ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第八話

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匿名ユーザー

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「・・・・・・ふぅ」
夕焼けの赤が夜の闇に侵食されている時間帯。
シエスタは纏めた荷物を宛がわれた部屋の床に、ドサリと置いた。
「・・・・・・まったく、運が無いですね・・・・・・私も」

モット伯。
平民の娘を雇い入れては、食い散らかしていると言う黒い噂を持つ、
学院に近い土地に領地を持つ一流貴族だが、シエスタは前々から彼に目を付けられていた。
方々に手を回して、自分に対しての興味を逸らそうとしたが、今日、とうとう、モット伯の所で働くと言う事で話がついてしまった。

「貴族の方に毎夜、身体を求められる生活なんて・・・・・・平穏じゃないです」
不満げに呟くシエスタは、整理整頓されている荷物から、一つのバスケットを取り出す。
そこそこの大きさのバスケットを開くと中には、何かを包んだ薬包紙が大量に入っている。
薬包紙の一つに一つに、シエスタしか意味の分からないように組み合わせた文字で名前が書いてあり、
どう見ても一介のメイドが持つべき物で無い事が見て取れる。
「ここから才人さんの所へ戻るのは、ちょっと大変そうですけど・・・・・・仕方ないです」
なるべく早く戻りたい所であるが、急いでは事を仕損じる可能性がある。
しかし、だからと言って、ゆっくりしていたら自分の貞操が、あんな手の汚い貴族に奪われてしまう。
「それだけは嫌ですね」
初めては好きな人と決めているシエスタは、即効性と隠匿率の高い薬を手に取り、なんとかしてこれを飲ませる方法を模索し始めるのだった。



「くそっ! 頼む! もっと早く走ってくれよ!」
焦れたような才人の声に、彼を乗せて走っている馬は嘶きを上げて答えるが、今ひとつ速度が遅い。
「その馬、今日は街まで行って帰ったきた奴だから、疲れているのよ」
それに私も乗ってるしね、と才人の腰に捕まり、馬に乗っているルイズが喋るが、才人の耳に届く事は無い。
「頼む、頼む、頼む!
 間に合ってくれ! お願いだ!」
必死なのも無理は無い。
マルトーからシエスタが、モット伯と言うルイズが言っていた貴族の下へ奉公に言ったと聞いて、ルイズの部屋へ戻った才人は、彼女に、モット伯がどんな人間なのかを聞いたのだ。

曰く、その者の屋敷へ行ったら、少女は貞操を奪われるだろう。
曰く、世話をするのは昼だけでなく、夜のベッドの上でも世話をしなければならない。
曰く、嬲るだけ嬲って飽きたら、そのまま金だけ握らせ路上に捨てられる。

主に少女に対する、様々な黒い噂・・・・・・と言うよりは、事実を告げられた才人は、真っ青な顔で部屋を飛び出した。
自分の恩人の、貞操の危機に才人は、この世界に来てから初めて本気で焦っていた。
使用人のそんな様子に、部屋に残ったルイズは、どうやらモット伯絡みで何かあったのだろうと推測し、才人の後を追うのであった。
そして、現在に至る。
すでに夜も大分更けてきた中、もうに床に入り、一戦始めている恋人達も居るだろう。
もしも、モット伯が、そんな連中のように床に入って準備をして、シエスタを待ち構えているのならば・・・・・・・・・・・・
才人は、自分の頭に浮かぶ悪い考えを、首を振って否定し、ただ、早く屋敷に着けるように馬を走らすだけしか出来なかった。
一方、ルイズも才人程では無いにしても焦っていた。
モット伯の行為は、女として何よりも許せない行為であるし、何より誇り高いトリステインの貴族がすることでは無い。
そんな者が平然とした顔でのさばり、あまつさえ犠牲者を増やそうとしている事実が、ルイズの堪忍袋の尾に直撃していた。
才人の知り合いのメイドとやらが手篭めにされている現場に、もしくは事の終わった後とかに踏み込んだとしたら、間違いなく後の事を考えず、モット伯を文字通りこの世から消してしまうだろう。
勿論、そんな事をやって一番困るのはルイズであるが、困ると分かっていても、その事態に陥ったとしたら、確実にプッツンいくだろうし、ルイズ自身、それを止める事は出来ない。
故に、そのような困った事態にならないように、シエスタとか言うメイドが犠牲になる前に着いてくれるよう、ルイズは、疲れてへばっている馬の尻を、自前の鞭で酷く叩くのであった。
理由違えど、焦る才人とルイズの間で、買われてから一度も抜かれていない剣は、尻を叩かれて暴れる馬の揺れに合わせて、寂しそうにその身を揺らしていた。


「次はこの料理をお願いします」
「は~い、今行きます」
「ワインの数が少し足りないみたいだから、誰か倉庫に行ってとってきてくれない?」
「あっ、私、行きます」
厨房に飛び交う少女達の声に雑じり、聞く者に安堵の感情を抱かせる少女の声が響く。
シエスタがこの屋敷に来て最初の仕事となる厨房の手伝いに来て、まず始めに驚いた事は、厨房で料理している人が全て女性・・・・・・しかも、皆、年若い、少女と言っても差し支えない者達だったことだ。
組んだ人の話では、ここの雑用は料理から力仕事まで全て女性が行っており、男性は護衛の為のメイジと衛兵だけらしい。
ほんと、良い趣味してるわよね、と憎々しげに呟く女性の雰囲気から、恐らく全てのメイドがモット伯の夜のお世話をしているのだろう。
なんとなく、メイド達の活気が無いのも無理はないなぁと、シエスタと一人頷いた。
ともあれ、食事と言うのは口から摂取し、尚且つ料理の味で薬の苦味なども誤魔化しやすい。
幸いにして、シエスタと組んだもう一人のメイドは、愚痴を溢しながら自分の仕事に集中しており、何をしようが気付かれる事は無い。
適当に相槌を打ちながら、シエスタは薬包紙の中身を少しずつ、モット伯の料理へと混ぜていく。


シエスタが、何故このような薬を、大量を持っているのか。
それは、彼女の曽祖父が残した手記によるものだ。
東の地から来たとシエスタが聞いている曽祖父は、博識であり、
彼が暇な時に戯れに残した手記には、様々な豆知識にも似た生活の知恵が記されていた。
他人から嫉まれず、馬鹿にされないように生活していたシエスタは、曽祖父の残した手記を読むのが何よりの楽しみとなっていた。
手記の中には、自分がこれまで知らなかった事や、当たり前のように思っていた事の真実など、幼いシエスタの好奇心を満たす様々な事柄が書いてあった。
手の大きさで対象との距離を測る方法。
卵を片手で一気に三つ割る方法。
そして・・・・・・一つの言葉。
何故、曽祖父がその言葉を手記に記していたのかは、今となっては分からない。
ただ、曽祖父の手記に一貫して書いてあるその言葉は、
シエスタにとって、金銀細工の装飾品より、彼女の心を掴んで放さなかった。


―――私は、ただ植物のように平穏に生きたかっただけだ―――


平穏に生きる。
言葉にすると単純だが、実際問題実践するとなると、案外大変なものだ。
それも、平民のような貴族のさじ加減一つで、死ぬような者は特にだ。
シエスタは、薄々気付いていた。
手記に記されている、この言葉を実行するには、何者の干渉を吹き飛ばす『力』が必要になると。
故に、彼女は『力』を準備していた。
非力で魔法も使えない自分の『力』
子供の頃から野山に入り、茸や薬草に関しての知識を高めていったシエスタは、その『力』の在り処を薬に求めた。
それが、この薬の山だ。
だが、準備をしていたこの薬の山も、今までは、まったくと言っていい程、役には立たなかった。
それもこれも、彼女には『立ち向かう意思』と言うものが、根本から欠落していた為だ。
平民にとって、一種の洗脳とも言える貴族へと畏怖は、平穏に生きると言う目標を持っているはずのシエスタからも、貴族に対する反抗心を奪っていた。
例え、薬の効力が100%だろうと、貴族ならばどうにかしてしまうのでは無いか?
そんな疑念がシエスタの心にはあった――――――この間までは。
そう、平賀才人と言う少年が、ギーシュと言う学生だが、れっきとした貴族を倒してしまった時から、シエスタの心から、疑念も畏怖も消え去らしてしまった。
簡単な話だ。
自分と同じ身分の者が、貴族を倒した。
その事実がシエスタに、欠落していた『立ち向かう意思』を作り上げ、貴族が畏怖の対象では無い事を教えてしまったのだ。
こうなると、もはや彼女に怖いものは無い。
自信が付いたと言えば聞こえが良いが、簡潔に言えば、シエスタは調子に乗っていた。
普通の人間ならば、調子に乗った所で、貴族に対してのどうしようもないパワーバランスに、やがては気付くだろうが、シエスタの場合は、その限りでは無い。
何故なら、彼女は用意していた『力』があり、性質が悪い事に、その『力』は半端な貴族には太刀打ちできない程に強力であったからだ。



「どうぞ、メインディッシュでございます」
ソテーされた牛肉に濃厚なソースが絡められている料理をモット伯の目の前に出したシエスタは、テーブルに腰掛けている他の貴族を見渡した。
どれもこれも、下駄な笑みを浮かべて自分の事を――――――より正確に言うなら自分の体を見ている。
明らかに好色が見受けられるその目に、シエスタは吐き気をするのを堪えて、さっさと厨房へと引き返す。
彼女の耳には、聞く事すらおぞましい会話が流れてくる。
「ほぅ、あれが今日入った娘ですか。
 なるほど、気立てのよさそうな娘ですなぁ」
「発育も中々で、これは味見のし甲斐があるのでは?」
「はて、味見とは何の事かな、私には何の事かさっぱりなのだが」
「これは失礼、伯爵。失言でしたな」
ガハハ、と耳に残る笑いにシエスタは無表情で口元を押さえる。
ふと、押さえている手に目がつく。
(嫌だ・・・・・・もう爪がこんなに・・・・・・)
こまめに切っているはずのシエスタの爪は、何故か今日に限って異様に長くなっている。
伸びすぎた爪は、まるで獲物探して回る猛禽類の鉤爪のように、鈍い光を燈していた。


ルイズと才人がモット伯の屋敷へと着いたのは、彼らが食事を終え、酒を片手に談笑をしている最中であった。
途中、『疲労』のDISCを抜けば良い事に気がついたルイズが、馬の頭からDISCを抜き、凄まじい勢いになったので、予定よりも遥かに早く着く事が出来た。
その所為で、乗ってきた馬が(疲労を忘れさせていただけで、無くした訳では無いので)潰してしまったが、彼女にとってそれは些細過ぎる問題であった。
門番に、ヴァリエールの名を出し急ぎモット伯へ取り次ぐように言うと、彼女達は応接間へと通され、そこで待つように告げられた。
待つ事、十数分・・・・・・・・・・・・奇抜な衣装に身を包むモット伯と衛兵二人がルイズと才人の前に現れた。

「これはこれは、夜分遅くに一体何の用ですかな?」
もったいぶったようにゆっくりとした喋り方で、訪問の理由を問い掛けるモット伯にルイズは、フンッ、と鼻を鳴らすと手早く目的を告げる。
「今日、引き取ったメイドが居るでしょう」
「んっ? ・・・・・・あぁ、あの娘ですか。
 確かに、居りますが・・・・・・何か御用でも?」
「あんたの犠牲者をこれ以上増やすのは、女として、貴族として許せたものじゃない。
 だから、そいつは私が引き取るわ」
ルイズの発言に、モット伯は驚きのあまり目を丸くしてルイズを見ていたが、やがて、くすくすと忍び笑いをし始めた。
眉を顰めるルイズに、いやいや失礼と言いながらモット伯は口を動かす。
「はて、犠牲者とは一体何の事でしょうか?
私には皆目検討もつきませんが」
とぼけるモット伯の様子に思わず、プッツンしそうになったルイズであるが、彼女よりも辛抱ならない人物が、今、この場に居た。
「とぼけるな!! シエスタは何処だ!? 何処に居る!?」
自分自身驚く程の剣幕で、才人はモット伯に詰め寄るが、近づく前に衛兵の槍がその行く手を遮る。
「威勢が良いのは褒め所だが・・・・・・見た所、君は平民のようだな。
 下がりたまえ。貴族相手にその態度・・・・・・命が幾つあっても足りないぞ?」
「うるせー!!
 貴族貴族、そんなに貴族が偉いのかよ!! シエスタを返せ!!」
貴族が偉いのかよ、の件でルイズの眉が動いたが、まぁ、使用人の教育は後ですれば良いと、とりあえずルイズはその発言をスルーしたが、モット伯は違った。
彼も一応はトリステイン貴族。傲慢と自尊心の塊である彼は、貴族全般に言える事だが、侮辱に対して敏感である。
「・・・・・・貴族に対して、私に対して、その態度、気にいらんな」
「そりゃ良かった。立場を利用して女を嬲る奴に気に入られたら、鳥肌が出ちまう」
ルイズは思った。
もしかして、この使用人。人を怒らす事に関しては、かなりの腕を持っているのでは無いのか、と。
事実、モット伯は、明らかに怒りを抑えている表情をしている。
公爵家の娘である自分が連れてきた平民で無ければ、今すぐに八つ裂きにしているだろう。
「サイト、少し落ち着きなさい」
「俺は十分、落ち着いて――――――」
「いいから! 少し黙ってなさい!!」
幾ら挑発をして貰っても構わないが、戦闘になるのはマズい。
自分の怪我は、まだ完全に治っていない。
それはつまり、ホワイトスネイクもまた普段通りの性能を出せないと言う事だ。
これが、どうしようもないドットやラインクラスの連中ならば歯牙にも掛けない事なのだが、相手は、あの娘と同じトライアングルのメイジ。
なるべく戦闘は避けなければならない。
「君の所の平民は、どうも躾がなっていないようだね」
憮然とした顔で告げるモット伯に、ルイズは、えぇと頷きながら、一歩前へと進んだ。
ホワイトスネイクは、今は消えている。
あの奇妙な格好は見る者の警戒心を煽り、今からルイズがすることの邪魔になると考えたからだ。
「躾が出来ていないと言うのは同意しますが・・・・・・」
言いながらルイズは、モット伯へと近づいていく。


10メイル

「立場を利用して女を嬲る・・・・・・の件は、私も同意するところですね」
ゆっくりと、しかし確実に歩を進めるルイズ。

8メイル

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」
険悪な表情で、自分の耳に入った言葉を聞き返す、モット伯。

6メイル

「ですから、自分が貴族であることを利用して女性を言いなりにするなんて
 誇り高いトリステインの貴族がすることではございませんね」
くすり、と蔑みの笑みを溢す。

4メイル

衛兵の槍がそこから進むのを拒む。
どうやら、ここまでが限界のようであったが、もう十分に近づいた。
「なんという謂れ無い侮辱だ!! 幾ら公爵家の娘であろうが、これ以上の横暴は命を縮める事となるぞ!!」
「命を縮める? 縮めてるのは・・・・・・あんたの方でしょう!!」
瞬間、ホワイトスネイクが槍衾を越え、モット伯の眼前へ出現し、その魔手を振り上げ一気に振り下ろす。
誰も彼も、あまりにも突然過ぎる闖入者に反応できず、結果、ホワイトスネイクの手はモット伯の顔面に喰らいついた。
「サイト!!」
才人は、ルイズの一声に呆気に取られていた顔を切り替え、背中の剣を振り抜く。
間合いには、すでに入っている。
「キタキタキター!!
 やっと抜いてくれたな、相棒!!」
「あぁ、抜いたからには役に立てよ!!」
振り抜いた勢いのままの袈裟懸けで、槍を打ちつける。
槍越しに伝わってくる衝撃に堪らず手を放して、武器が無くなった衛兵にデルフを突きつけ
「まだやるか?」
戦闘の継続を確認する才人に、彼らは両手を挙げ降参のポーズを取った。
元より、はした金で雇われた連中だ。自分の命を危機に晒して戦う忠誠など無いに等しい。
「よくやったわ、とりあえず、そのままそいつらを見張っておいて」
手早く衛兵を無力化した才人に褒め言葉を口にし、ルイズはモット伯の頭に手を突っ込んでいるホワイトスネイクの隣に立つ。
「どう?」
「反吐ガ出ルトハ、コノ男ノ為ニアル、ト君ハ言ウダロウナ」
何時も通りの感情の揺れがまったく感じられない声を発しながら、
ホワイトスネイクはモット伯の頭から一枚のDISCをルイズへと差し出した。
「視テミルカ? 中々ニ刺激的ダト思ウガ」
差し出されたDISCを頭部へ挿しこむと同時に、モット伯の『記憶』がルイズへと流れ込んでいく。


泣き叫ぶ少女。
笑う男の声。
血に塗れたシーツ。
虚ろな目から零れる涙。
助けを求め、動く口。



あまりのおぞましさに、ルイズは乱暴にDISCを抜き取った。
「何よ、これ・・・・・・何なのよ、これ!!」
どうしてこんなに惨い事が出来るのか。
例え、平民の娘だとしても、このような扱いをして良いはずが無い。
湧き上がる不快感と嫌悪感から、ルイズは『記憶』DISCを抜かれ呆然としているモット伯を思いっきり、蹴っ飛ばした。
『記憶』DISCを抜かれた者は軽度の者ならば、自分が何者であるかを見失う程度であるが、今のモット伯のように全ての『記憶』を抜かれた者は、まさに生まれたばかりの人間のようになり、自分がどのように寝て、どのように起きて、どのように食べて、どのように生活していたかを全て忘れる。
つまり、今の彼のように心神喪失状態になり、何も考えられないようになるのだ。
だが、生温い。
あれだけの事をしていたと言うのに、たかだか生きる屍と化しただけでは生温い。
ルイズの考えを察したのか、ホワイトスネイクは、もう一枚、『記憶』では無く才能のDISCを抜き取ると、全力でモット伯の股間を蹴り上げた。
プチリ、と男性が聞くと発狂しそうな音が周囲に響く。
才人も、衛兵も、咄嗟に自分の切ない部分を押さえて、痛みを堪えるように顔を顰める。
それだけの事をやったのは確かなのだろうが、それでも憐れだと感じてしまうのは、同じ男性としての性だろうか。
どさり、と倒れこむモット伯の頭にルイズは『記憶』DISCを戻す。
「アグウワァァァァァァァァァ!!!!」
意識が戻ったモット伯は獣のような雄叫びを上げ、両手で股間を押さえ込む。
「無能ならぬ不能なんて、貴方らしい末路ね」
小馬鹿にしたかのように、フンッ、と鼻を鳴らし、今度は衛兵へと向きを変える。
凍りつく衛兵だったが、次の瞬間に始まった、醜い命乞いならぬ、息子乞いにうんざりとした顔でルイズはホワイトスネイクに命じる。
軽く頷いたホワイトスネイクは、DISCを二枚取り出し、それぞれの衛兵の頭に挿しこむ。
それっきり、彼らの口が開く事は無かった。
それどころか、彼らは無言で叫び声を上げるモット伯を抱え、応接室を出て行ってしまったのである。
「何したんだよ」
暫く呆気に取られていた才人であったが、明らかに挙動がおかしくなった衛兵の事を問い詰めるとルイズは、ふふん、と自慢げに口元を吊り上げる
「・・・・・・男として機能しなくなったんだから、今度は女として教育してあげるように『命令』しただけよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うげぇ」
めくるめく官能的な男色を思い浮かべてしまい、思わず喉から胃液が出そうになる。
ホワイトスネイクが命令したのなら、容赦など欠片も存在しないだろう。
となると、良くて朝まで、下手をすると丸一日、掘られる事態に陥るに決まっている。
「自分が行った行為が、どれだけ苦痛な事か・・・・・・身を持って知りなさい」
ルイズにしてみたら殺されるより酷い仕打ちをしているつもりなのだが、実問題、不能にされた挙句にカマを掘られるのが、死ぬ事より辛いかは才人には分からなかった。
付け加えるなら、分かりたくも無い。
「さてと、さっさとメイドを連れて帰るわよ」
「良いのかよ、勝手に連れていって」
「良いのよ。向こうが難癖付けてくる頃には、私の怪我も治ってるから」
怪我が治ったのなら、別に騒動でも何でもござれだ。
まぁ、魔法の才能を奪われたと言うのに、その事を表立たせるような動きを、あの能無しが見せるはずも無いと思うが。
「ともかく、私が良いと言ったら良いのよ。ほら、分かったら、早くメイドの所に行って帰れるって事を知らせてあげなさい。きっと泣いて喜ぶわよ」
急かすルイズの言葉に、才人は今頃不安な気持ちで一杯であろうシエスタの事を思い出し、応接室から飛び出していく。
その後姿にルイズは、
「・・・・・・ご主人様に感謝の言葉ぐらい吐いてから行きなさいよ」
誰一人、自分とホワイトスネイク以外居なくなった応接室で、不満げにそう呟いた。



唐突に屋敷に響き渡った悲鳴に、爪きりをしていたシエスタは、薬が効く時間にしては少し早い事に首を傾げた。
(おかしいですね・・・・・・もう少し後に効能が出るはずなんですけど)
おまけに、こんな叫び声をあげるなんて、予定には無い。
混ぜる分量でも間違えたか?
いや、それは無い。
分量も確認したし、混ぜた料理を全て平らげたのも確認している。
どこにも、不手際など無く、完璧のはずだ。
しかし、そうなると、この叫び声は一体?
疑問と不安が織り交ざったような、言い知らぬ焦燥感に顔色が変わっていく。
「違う・・・・・・分量も完璧・・・・・・確認もした・・・・・・私は失敗なんてしていない。
 だから、この悲鳴は私とは無関係・・・・・・」
呟きながら、シエスタは爪を噛んでいた。
ガリガリと、強く血が出る程に。
「・・・・・・タ・・・・・・ど・・・・・・・・・・・・シ・・・・・・」
ふと、耳に届く声に、シエスタは爪を噛むのを止めた。
聞き覚えのある声が、どたどたと足音を伴わせて、この部屋に近づいている。
シエスタは、その声の主が誰なのかに気がつくと、半ば呆然として立ち尽くしてしまった。
それは、ここに居るはずの無い、愛しい人の声。
忘れたくとも忘れられない、蠱惑的な手を持っている、自分に『立ち向かう意思』を教えてくれた人。
「シエスタ!」
「サイトさん!」
扉を凄まじい勢いで開き、聞き慣れた声と見慣れた姿で現れた少年に、シエスタは思わず抱きついてしまった。
先程の焦燥が嘘のように無くなっていくのが、シエスタにはまざまざと感じられた。
顔を見るだけで、声を聞くだけで、心の平穏が保たれる。
そんな心の拠り所が、目の前の少年である事を、シエスタは再認識することとなった。


「遅い」
屋敷の外に出た才人とシエスタに、ルイズが投げ掛けた言葉は、時間に対する文句であった。
「無茶言うな。シエスタの事を探すのにも時間が掛かったり、見つけてからも、二人で必要な荷物を見繕ったりとか、大変だったんだぞ」
「ふ~ん」
才人の反論に不承不承ながら、ルイズは納得した。
シエスタが、今持っている荷物は、手提げのバスケットと旅行カバンが一つ。
あれだけの時間で、それだけ荷物を纏めてきたのなら、むしろ褒めるべきが正しい形である。
「ところで・・・・・・どうやって帰るんだよ。
 乗ってきた馬は、へばってもう走れないんだろ?」
「それなら大丈夫よ・・・・・・ここにも馬は居るから、それを借り――――――る必要は無さそうね」
何処と無く、緊張したような声色で告げるルイズの横で、ホワイトスネイクが何時も無表情であるはずの顔に憤怒を張り付かせ、空を見上げていた。
それに釣られて、才人とシエスタも空を見上げる。
二つの月が輝く空には、全長が6メイルもある竜がゆっくりと羽ばたきながら、ルイズ達へと下降していた。
地面へと降り立つ最中、竜の背中から少女の顔が覗く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙のまま見つめあう二人に、薄ら寒いものを感じた才人は、一歩どころか、五歩程度ルイズから遠退く。
「何の用?」
竜が完全に地面へと降り立つと同時に、地面へと降りた少女へ、油断無く問うルイズに、
少女は、自分の背より大きな杖を地面へと落とす。
「話がある」
杖を落とすと言う事は、メイジにとって戦う手段を放棄すると言う事だ。
動物で言うならば、腹を見せ、降伏を誓う動作に等しい行為に、ルイズは少女の、話があると言う言葉の重さを悟る。
「話なら後で聞くから、今は学院に送ってくれる?」
地面に落ちた杖を拾い、訊ねるルイズに、少女は頷き自らの使い魔へと言葉を掛ける。
主の言葉に従い、その身を伏せた竜の背に乗るルイズに続き、才人とシエスタは少女へと軽くお辞儀をしながら、竜の背中へと乗り込む。
最後に少女が竜の首の部分に乗り、手でトントンと頭を軽く叩くと、竜はキュイキュイと鳴きながら、大空へと羽ばたくのだった。
初めて竜に乗ったシエスタは、馬では味わえない感触に興奮しながら、モット伯の屋敷の方を見る。
「サイトさんが来るのなら、お薬使うんじゃなかったなぁ」
あれも、結構高かったのに、と惜しむように呟く言葉は、風の音に紛れ、虚空へと消え去るのだった。

ベッドの上に寝かされているモット伯は、屈辱と怒りでごちゃまぜになりながら、下半身から絶えず発せられる痛みに悶えていた。
自分の事を運んできた衛兵達は、今は部屋の外で声を張り上げている。
聞こえてくる内容は、不手際から怪我をしたモット伯、即ち自分が、自らの魔法で治療している為、誰も彼もこの部屋に入っていけないと言うものだった。
最初、何を言っているのか分からなかったが、次第に状況が読めてくると、いますぐに違うと叫びたかったが、先程まで叫び声をあげていた喉は枯れ果てており、もはや単音すら満足に発音できない。
部屋の外に出ようとしても、今の自分は動くだけで激痛を伴い、立ち上がる事さえ儘ならない
やがて、部屋の外に集まっていた気配が、次々と消失していく。
恐らく、衛兵の説明に納得して部屋の前に集まっていた人々が散っていったのだろう。
完全に人の気配が消え失せると、二人組みの衛兵が、部屋の扉を開け、モット伯が寝ているベッドの近くまでやってきた。
二人は、まるで死人のように虚ろな表情で、自らの服を脱いでいく。
(なんだ! こいつら、一体何をするつもりなんだ!?)
脳で理解はしているが、本能はそれを認める事を拒絶するモット伯であったが、二人がベッドの上に這い上がってくると、流石に認めるしかなかった。
(私の・・・・・・私のそばに近寄るなああ――――――ッ!!!!)
あまりのおぞましさに喉が張り裂けんばかりばかりに叫ぶが、やはり、声は出ない。
最後の最後まで、手で掴まれ、服を無理矢理剥ぎ取られても、モット伯は叫ぶ努力をしたが、結局、それは実る事が無かった。
結局、彼は30分間、シエスタ特製のお薬によって心臓が停止するまで、自分がしてきた行為を味わう事となったのであった。



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