ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十九章 夕暮れに昇る太陽

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夕方の暗いタルブ村の近くの森を、十歳にも満たない男の子が泣きながら走っていく。少年はシエスタの弟だった。アルビオンの攻撃から逃れる途中、家族とはぐれてしまったのだ。
「おかーさん! おとーさん! おねーちゃん! どこー?」
村が焼かれ、必死で逃げてきた彼は、既に方向感覚を失っていた。森の木々は空を覆っており、方向の助けになるものは何もなかった。
絶望に打ちひしがれそうになっていたそのとき、行く手にローブを着た女性が現れた。ようやく人に会えた安堵感に、女性に駆け寄ろうとして、少年は思わず短い悲鳴を上げた。
女性の手に杖があったからだ。今しがた貴族に村を焼かれた彼にとって、杖は見るだけで恐怖を抱くアイテムだった。
悲鳴を耳にしたのか、貴族の女性も少年に気づいた。少年は蛇ににらまれた蛙のように動けない。自分の人生はここで終わりなのだと少年は思った。
しかし、貴族の女性は少年の前でかがみこむと、意外にも優しい声で語りかけてきた。
「こんなところでどうしたいんだい、坊や? 迷子かい?」
少年は震えながら頷いた。
女性…フーケは内心で頭を抱えた。こんな子供に関わっている暇はない。とりあえずこの辺は安全のようだし、置いていくべきか。
それとも、リゾットが上空の竜騎士をひきつけるまではまだ時間があるだろうし、それくらいの時間は割いてやるべきか。
フーケは自分が悪党であると認めている。少なくとも、金のためなら大して知らない貴族の命が奪われたところで心は痛まない。
が、同時に理由もないのに犯罪に手を染めるほどの外道でもない。流石に泣いている年端も行かない子供を置き去りにするのは、自分が養っている家族を思い出し、心が痛んだ。
「まあ、いっか」
しばし悩んだ結果、フーケは少年に手を差し伸べた。なるべく安心させるように笑顔を浮かべる。
「おいで。お姉さんが連れて行ってあげる」
少年はまだ少し怯えていたようだが、おずおずとフーケの手を取った。
「よしよし、いい子だ」
(何してんだろ、私。これから戦争しようってのに……)
少年の頭を撫でつつ、思わず苦笑がした。とはいえ、村人たちが避難した場所に見当はついている。フーケはそこへ向かって歩き出した。

第十九章 夕暮れに昇る太陽

タルブの村は無残な姿をさらしていた。火竜によって焼かれた家々は燃え盛り、夕日を受けてその赤をより色深いものにしている。
草原ではアルビオンの部隊が展開し、トリステインの軍と火花を散らしていた。その上空をトリステイン側の竜騎士を追い払ったアルビオンの竜騎士が飛び交い、地上部隊を援護する。
数の上で勝り、制空権を確保しているアルビオン軍だが、けん制程度にしかトリステイン軍には仕掛けない。
その理由は上空で着々と砲撃の準備を進める『レキシントン』号を中心としたアルビオン艦隊にある。真正面から戦えば損害が出るため、まずは艦砲射撃によってトリステインを弱らせ、それから突撃する予定なのだ。
トリステイン側はそれを踏まえ、乱戦に持ち込もうとしているが、アルビオン軍は巧みにトリステイン軍の攻撃をかわし、弾き、いなし続けていた。
そんな時、タルブ村の上空を警戒していた竜騎士隊は自分たちの上空、二千五百メイルほどの高度を飛ぶ一騎の竜騎兵を見つけた。
見慣れない竜だった。その翼は固定されているかのように羽ばたかず、奇妙な轟音のような唸り声をあげている。
一瞬、警戒を強める竜騎士隊だったが、隊長のワルドからは近づいてくる竜騎士は叩き落せ、という指令を受けているため、とりあえず二騎ほどが撃墜へと向かう。
どんな竜であれ、アルビオンに生息する『火竜』のブレスを受ければたちまち燃え尽きる。向かった二人の竜騎士は勝利を信じて疑わなかった。

「前方から二騎、あがってきたぜ」
デルフリンガーが警告に、リゾットは燃えるタルブの村から視線を離した。氷のような冷静さで心を覆い尽くす。機械の操作において必要なものは冷静さであり、激情ではないからだ。
「あいつらのブレスには注意しろよ。一瞬で燃え尽きちまうぜ」
「……だろうな」
リゾットは機体を急降下させる。竜騎士たちは予想以上の速さに慌てて火竜の口を開けさせた。
火竜の喉の下には燃焼性の高い油の入った袋がある。コルベールやアヌビス神とのガソリンの素材選定の過程でそれを知っていたリゾットは火竜の開いた口目掛け、機首に装備された七・七ミリ機銃の弾丸を数発撃ち込む。

打ち込まれた銃弾の熱によって油が引火し、火竜は爆発。隣の騎士は爆発の衝撃で吹っ飛び、乗っていた騎士は、空中で焼失した。ゼロ戦はその炎を掠めるようにして降下すると、再び上昇する。
村の上空を飛んでいた竜騎士たちは、新たに現れた奇妙な竜を撃墜に向かった二騎の同僚が空中で倒されたのを見ていた。
攻撃手段は不明だったため、竜騎士たちは警戒して編隊を組み、上空へと舞い上がった。

「竜の喉の下、または騎士が弱点だな」
シエスタから譲り受けたこのゼロ戦には機首に七・七ミリ機関砲、両翼に二十ミリ機関砲が装備されていた。だが、その各種武装の弾が尽きればゼロ戦はただの空飛ぶ鉄の塊である。なるべく弾は節約したかった。
「さらに左下から十騎」
デルフリンガーの指示にもリゾットはたじろぐことなくゼロ戦を操作する。
初めて扱う機体ではあるが、ガンダールヴの力か、速度を高度に変え、そこから降下することでスピードを引き出すという操縦法も自然と出来た。
「日が沈むまでに決着をつける」
リゾットはそれが可能だと理解していた。ゼロ戦と竜では性能が段違いだからだ。
まず、速度が違う。火竜の飛行速度は地球の単位に換算して時速約150km、対してゼロ戦の最高速度は時速400kmに達する。ゼロ戦から見れば、火竜は止まっているようなものだ。
さらに、射程距離もこちらに利があった。火竜のブレスであろうと、貴族の魔法であろうと、ゼロ戦に装備された機関砲は射程の遥か先から攻撃を仕掛けることが可能である。
その射程を利用し、降下しつつ両翼の二十ミリ機関砲を射ち込み、二騎の火竜を爆発させる。爆発によって編隊が乱れ、ゼロ戦はその隙間を縫うようにして通り抜けた。
追い越された竜騎士たちは慌てて反転しようとするが、追いつけるはずがない。降下した勢いを駆って上昇し、ある程度のところでトンボを切るようにして再び降下。
首だけをこちらに向けている竜騎士たちに、リゾットは容赦なく弾丸を射ち込み、落として行く。
「後ろだけは取られるなよ、相棒。この乗り物、後ろに攻撃できねーだろ」
「下らない策だが、対策はある。取られないことに越したことはないが」
リゾットは自分のコートのポケットに入れた袋を一瞥し、再び機体を上昇させた。

タルブ村の住人は避難した先の森の中で、樹上に広がる光景に呆然としていた。
隠れた彼らを脅かすように低空飛行していた竜騎士たちが次々に空の上を飛ぶ何かに向かっていき、そして消えていくのである。
やがて、村人たちは狂喜し、歓声を上げ始めていた。
だが、シエスタとその家族はそれどころではない。弟の一人がいなくなっていることに気がついたからだ。
「私、探しに行ってきます!」
シエスタが村の方へ戻ろうとした時、森の奥から当の本人がフーケに手を引かれてやってきた。
「お姉ちゃん!」
弟はシエスタをみつけると、半べそを掻きながら駆け寄った。シエスタはそれを抱き寄せて背中をさすりながら、フーケに視線を向ける。
「ミス・ロ……じゃなくて、フーケさん、何で私の弟と一緒に!?」
「おや、シエスタ。この子はあんたの弟かい。迷子になってたからつれてきてあげたんだよ」
フーケは屈んで弟の涙をぬぐってやった。
「良かったね。そら、男の子なんだから、もう泣くんじゃないよ」
「うん……」
「よし、いい子だ。なあに、あの連中ならフーケ姉さんが追っ払ってきてやるさ」
頷くシエスタの弟に微笑みかけ、フーケは立ち上がった。シエスタは不思議そうな顔でフーケを見つめる。
「あの、フーケさん……。追い払うって?」
「言ったろ? 今、私はリゾットと組んでるのさ。で、リゾットがあんた達に恩を返したいって言うから、私もね」
「リゾットさんが!? 今、どこにいるんですか?」
勢い込んで訊くシエスタに、フーケは空を指差した。夕暮れ時の空ではまだ竜騎士が上昇しては消えていく。

「ありゃあ、竜の羽衣だ!」
一人の目のいい村人が、叫んだ。一人が気付くと、周囲の村人たちも次々と気がつき始める。
「そうだ、竜の羽衣だ! 本当に飛んだんだな!」
「しかも竜騎士どもが落とされていく!」
「じゃ、あれを使ってるのはこないだの貴族様方か!」
隠れていることも忘れ、住人たちは興奮して騒ぎ始める。フーケは肩をすくめた。
「ま、そんなわけよ。じゃ、私も行くわ。竜騎士は十分に引き付けられたみたいだし、私が地上の援護をしないとね」
最後にシエスタとその弟に笑いかけると、フーケは燃え盛る村へと走り去った。

地上部隊の指揮を執っていたワルドの所へ、慌てた様子の伝令が入ってきた。
「タルブの村方面より、巨大な土のゴーレムが現れ、我が軍の別働隊を蹂躙しております」
「ゴーレムだと? それくらい自分たちで何とかできないのか?」
「そ、それが、全長30メイルにも及ぶ上、破壊しても破壊しても再生しまして…。術者がどこかに潜んでいるのでしょうが、捕捉出来ません」
「……フーケか? しかし奴が何故トリステインに……」
ワルドは自軍の戦況を見た。今のところ、トリステイン軍は果敢に攻め込んできている。女王自らが指揮をしているためか、士気という点ではむしろこちらより高い。
とはいえ、数で勝る分、そう簡単に突破されることもない。無理に突撃してくれば押しつつんで殲滅できる。
だが、ただでさえ謎の竜騎兵に竜騎士隊を殲滅されつつある現在、別働隊が潰されていくとなると話は別だ。側面から崩された結果突破され、乱戦になっては砲撃もままならない。
結局のところ、地上でも上空でも風のスクウェアクラスのメイジである自分以上に頼れる人間はいない。ワルドはそう結論した。
「よし、私が出よう」
副官に指揮を任せると、ワルドは『フライ』を唱え、タルブの村方面へと向かった。

フーケのゴーレムが拳を振り上げ、叩き付ける。単純なその動作で、アルビオンの小隊は逃げ散っていった。
反撃として、炎や風が飛んできてゴーレムを砕くが、すぐに再生する。青銅や土のゴーレムも襲ってきたが、どれもこれもフーケのゴーレムの敵ではなかった。
(本隊ならともかく、別働隊に配属されてる連中はラインか、せいぜいトライアングルか。なら、このまま押し切れるね……)
フーケは戦況をそう判断した。
ドットやラインクラスはもちろん、トライアングルクラスのメイジであってもフーケのゴーレムを破壊するのは困難だ。
最も簡単な突破口は制御している自分を倒すことであるが、フーケは現在、岩陰に身を隠し、遠くからゴーレムを操っている。
平原といっても人が一人隠れるくらいの場所ならば無数にある。ゴーレムの妨害を避けながらフーケを探すのはそうそうできることではない。空から楽に探すことができる竜騎士は今、リゾットと戦っていていない。
何より、今、アルビオン軍はトリステインとも戦っているのだ。空を舞う謎の味方とフーケのゴーレムの動きでトリステイン側は勢いを増しており、結果としてアルビオンは側面のフーケに対応しづらくなっている。
リゾットとフーケの参戦によって、戦況はこう着状態から徐々にトリステインに傾きつつあった。
(このまま、うまい具合にトリステインが勝てばいいんだけど)
そう考えていたフーケの眼前で、ゴーレムが転倒する。土煙が立ち上る中を、ワルドが姿を現した。
「そう、上手くはいかないか。まあ、覚悟はしちゃいたよ」
呟くと、フーケはゴーレムを立ち上がらせ、ワルドに攻撃を仕掛けた。
一度戦ったゴーレムの動きは大体掴んでいるらしく、ワルドは体術とレビテーションを併用し、繰り出される攻撃を全て、寸前で見切って回避している。
踊るようにしてゴーレムの周りを回りながら、時折魔法でゴーレムの腕や足を吹き飛ばす。一度に倒さないのはゴーレムの動きからこちらの位置を割り出そうというのだろう。
フーケもスクウェアとトライアングルの間には一段階でも絶対的な壁があることは了解している。その壁を乗り越えてワルドを倒すには一瞬の機会にかけるしかない。
幸い、まだワルドにフーケの居場所は知られていない。チャンスを作り出す機会は必ず訪れるはずだった。フーケはじっとその機会を待った。

ゴーレムが左の拳を地面に抉りながら振りぬく。もちろん、ワルドはそれを回避したが、それと共に舞い上がった土煙に一瞬、視界を奪われた。
「これで潰れな!」
フーケは岩陰から走り出てワルドに向かうとともに、ゴーレムをワルドに向かって倒れこませた。30メイルの巨体がワルドに向かって殺到する。
ワルドにその巨体が触れる寸前、ゴーレムの体が砕け散った。ワルドが連続で唱えた『エア・ハンマー』が、ゴーレムの体を構成していた土を舞い上げる。
「所詮土くれ……。俺を潰せるとでも思ったか?」
フーケを見据え、冷たく告げるワルドに土が降り注ぐ。もちろん、小さな破片になったそれらではワルドはダメージを与えることはできない。
それでもフーケは呪文を唱える。そう、ここまでは計算通り。そのために姿を現し、走り寄ったのだ。距離を縮め、魔法を届きやすくするために。
ありったけの精神力を注ぎ込んだ『錬金』が完成する。土くれが無数の刃物が変わり、降り注いだ。
ワルドの顔が蒼白になる。無数の刃物が迫ってくるというその光景は奇しくもリゾットの使う『メタリカ』の技に似ていたからだ。
「うおおおお!?」
杖と義手で急所を庇うワルドに、容赦なく刃物は降り注ぐ。そして一本の刃がワルドの胸を貫いた。

時は少し戻って、トリステイン魔法学院、太陽の輝きを受けて光り輝く頭を持つ男がアウストリ広場に駆け込んできた。
「大変だ、ミス・ヴァリエール! 君の言った通り、アルビオンはトリステインに宣戦布告したらしい! タルブの村が攻められているそうだ!」
コルベールの情報に、キュルケが眉根を寄せて考え込む。
「じゃあ、やっぱりダーリンはタルブの村へ行ったのね」
「…………」
「ゲルマニアはトリステインと同盟してることだし、あたしが行っても問題ないわね。タバサ、悪いんだけど、シルフィードを貸してくれない?」
こともなげに言うキュルケに、コルベールは慌てた。

「ちょ、ちょっと待ちたまえ、ミス・ツェルプストー。君は確かにゲルマニア人だが、本学院の生徒だ。勝手に戦場へ行ったりは…」
そこにシルフィードがやってくる。キュルケとともに、タバサもその背に跨る。
「私も行く」
「……いいの?」
「一人じゃ危険だから」
キュルケの問いにタバサが誰にともなく答える。キュルケは感極まったようにありがと、と呟き、俯いた。二人の様子を見ていたコルベールは悲鳴に近い声を出す。
「ミス・タバサまで!?」
「…………」
沈黙したままのルイズに、キュルケは声を掛けた。
「ヴァリエール、貴方はどうするの?」
「…………」
ルイズは放心したように座り込んでいた。リゾットに置いていかれたことがショックらしく、先ほどからずっとこの調子だ。
アルビオンがトリステインに宣戦布告したとリゾットが言っていたことさえ、何度も問い詰めてやっと、ぼそぼそと話したくらいなのだ。
キュルケは一度シルフィードの背から降りると、ルイズの前にかがみこむ。
「ヴァリエール、ショックなのは分かるけど、そろそろ動きなさい。私たちと一緒に行くなら立ってもらわなきゃ困るし、そうでないなら部屋に戻りなさい。ここにいても始まらないわ」
「……………」
ルイズは動かない。キュルケはため息をついた。キッと視線に力を込めてルイズをにらむ。
「いい加減にしなさい!」
キュルケは言うなり、ルイズの頬を張った。それほど強くは打っていないが、ルイズは突然のことにびっくりしたようにキュルケを見る。
コルベールも驚いて二人を見ている。タバサはいつものように無表情だ。

自分に焦点があっていることを確認すると、キュルケはルイズの肩を掴んで揺さぶった。
「ルイズ、何を悲劇のお姫様ぶってるの!? 貴方は誰かが迎えに来てくれるまで待つタイプじゃないでしょう!? 使い魔においていかれたなら、追っていって捕まえればいいじゃない!!
 そうでないなら、さっさと出て行った使い魔のことなんて忘れなさい! 貴方は誇り高きヴァリエール家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでしょう!?」
自分のフルネームを大声で呼ばれ、徐々に虚ろだったルイズの瞳に生気が戻ってきた。杖を持って颯爽と立ち上がる。
「そうよ! 私はルイズ! あの馬鹿イカ墨、ご主人様の私を置いていくなんて許せないわ! 捕まえてきつくお仕置きしなくちゃ!」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、ミス・ヴァリエール! まさか……」
「はい、タルブの村まで外出いたします」
ルイズとキュルケはシルフィードの背に飛び乗った。
「三人とも、考え直したまえ! リゾット君だってそうそう馬鹿な真似はすまい。ここは学院で待って……」
コルベールの言葉に、ルイズは不敵に笑みを返した。
「お言葉ですが、ミスタ・コルベール。使い魔とメイジは一心同体。使い魔だけ戦場に行かせるメイジなど、貴族を名乗るに値しません」
「あたしはダーリンが心配だし、ヴァリエールが手柄を立てる機会をツェルプストーがみすみす見逃しては、家名の恥ですもの」
タバサはただ視線で拒絶する。
三人の譲る様子のない態度に、コルベールはため息をついた。
「仕方ない。私も一緒に行きたいが、ガソリンを作るのに精神力を使い果たしてしまったから、一緒に行っても足手まといになるだけだろう。くれぐれも怪我のないようにね」
「ありがとうございます、ミスタ・コルベール」
ルイズのその感謝の言葉を最後に、タバサはシルフィードの合図を送り、空高く舞い上がった。学院を眼下に臨みながら、ルイズがぽつりと呟いた。
「ありがと、キュルケ」
キュルケはそれを聞いて照れくさそうに顔を背け、タバサをせかした。
「お礼はダーリンを連れ戻してから言ってちょうだい。さ、急ぎましょ」


最初の接触から十二分で竜騎士隊を全滅させたリゾットは、その先の巨大戦艦を見すえた。
「相棒、アレが親玉だ。雑魚をいくら落としたって、あいつをやっつけなきゃお話にならねえ。ならねえが……。まあ、無理だぁね」
デルフリンガーがあっさりと告げる。リゾットもその意味を理解していた。
海の上に浮かぶ船なら底に穴を開ければ浸水させることもできるが、空に浮いているのでは多少、風穴を開けたところで影響はない。
だが、それは船にとって重要でない場所の話である。船にとって最重要部を破壊すれば、浮力が働く海上の船と違い、空飛ぶ船は時をおかずに落ちるはずだ。
「デルフ、あの船の風石はどこにある?」
「どこにって……一概には言えねえが、船の後ろよりか、船底近くじゃねえか? 風が吹かせやすいからな」
「狙うならそれか……」
ゼロ戦を加速させる。狙うは動力。人間だろうと船だろうと、それは変わらない。
そのとき、『レキシントン』号の右舷側が光った。一瞬後、無数の小さな鉛球がゼロ戦を襲った。風防が割れる。機体に小さな穴が穿たれ、機体は揺さぶられた。ついに砲撃が始まったのだ。
「散弾だ! 近づくな!」
デルフリンガーの警告に従い、二射目をゼロ戦を降下させて回避する。『レキシントン』には横にも下にも無数の砲台が並んでいた。これでは近づくことすらできない。
視線を下に移すと、『レキシントン』の向こうに展開していたトリステインの軍勢にも砲弾が打ち込まれ、戦線が崩壊しつつあった。
短く舌打ちし、リゾットは『レキシントン』から一時離脱する。
「近づかないことにはどうにもできないな………」
ほぞを噛むリゾットにデルフリンガーが指示を飛ばす。
「相棒、こいつを船の真上に持って行け。砲撃を向けられねえ、唯一の死角がそこにある。近づくなら、そこしかねえ」
「分かった」
リゾットは機体を上昇させた。十分な高度を確保した後、降下をはじめる。
そのとき、ゼロ戦の背後の雲の切れ間から烈風のように一騎の竜騎士が躍り出た。ワルドだった。

胸の奥から湧き上がる恐怖に、ワルドは唇をかみ締めた。逃げ出しそうな自分に空は自分の領域だ、と言い聞かせ、風竜を駆る。
敵の奇妙な竜騎兵を見た瞬間、ワルドの失われた左腕が激しくうずき、その乗り手を直感した。恐怖が襲ってきたが、今こそ恐怖を打ち払う機会だと思い直した。
リゾットの狙いは分からないが、こちらに仕掛けてくる以上、『レキシントン』を狙って、その死角である真上にやってくる。その読みは当たったようだ。
後はこの風竜の速度をもって、あの竜が攻撃できない背後から接近し、魔法でしとめる。
「ガンダールヴ! 俺は貴様を殺して、この恐怖を拭い去ってみせる!」
一声叫ぶと、急降下するゼロ戦との距離をぐんぐんと縮める。その中で気付いた。自分の前を飛ぶのは竜ではなく、ハルケギニアの論理ではない何かで作られた物だと。
『聖地』。その単語に、ワルドの胸に希望がわきあがった。左の義手で手綱を握り、ワルドは呪文を詠唱する。『エア・スピアー』。固めた空気の槍で、串刺しにしてやる。

「相棒! 後ろから来てる! さっき何か策があるって言ってたけど、本当にいけるのか?」
リゾットはデルフリンガーに答えず、コートから袋を取り出した。風防を開け、外に身を乗り出す。
メタリカをゼロ戦に潜行させ、エアロ・スミスを操った要領で制御する。スロットを最小にし、フルフラップ。ゼロ戦が急速に減速した。
後ろから迫るワルドとの距離があっという間に縮まる。
「何やってるんだ、相棒! スピードはともかく理由を言ってくれーーッ!?」
「人体に含まれる鉄分の量は成人男性で大体3500から5000mg。『メタリカ』はその僅かな量から大量の金属を作り出せる。
 鉄分以外の何かを金属に変換しているのか、それとも、鉄そのものを増やしているのか、俺にもわからない。だが、とにかく体積以上のものができる…」
リゾットは袋の中身をぶちまけた。中に入っていた大量の砂鉄が宙を舞う。磁力に制御されたそれらは量を増しながら、後方…つまりワルドと、その飛竜を覆い尽くした。
「たかが目くらまし!」
ワルドは一瞬、視界を奪われたものの、耐える。そう、ワルドは耐えられた。だが、その下の風竜はそうはいかない。目と鼻、そして口に大量の砂鉄を入れられた風竜は混乱し、ワルドの制御を離れて暴れまわった。
「く、くそっ!? 落ち着け!」

ワルドも幻獣の名騎手である。僅かな時間で態勢を立て直す。だが、その僅かな時間は、ゼロ戦がワルドの背後に回りこむのに十分だった。
「惜しかったな……、ワルド」
呟くと、リゾットはワルドに七・七ミリ機関砲を撃ち込んだ。肩に、背中に弾丸を受け、ワルドは苦痛に顔を歪め、消え去る。
「遍在か……。本体はどこか別の場所にいるな……」
一匹で墜ちて行く風竜を眺めて呟くと、リゾットは風防を閉め、メタリカを戻した。
「おでれーたぜ、相棒! もう駄目かと思った」
「下らない小細工だが、効果はあっただろう……」
ゼロ戦は再び降下を始める。下方に浮かぶ『レキシントン』の甲板に、二十ミリ機関砲の掃射が降り注いだ。

フーケは荒い息を吐いていた。ありったけの精神力を使い果たした影響で、立つことすらままならず、膝を突く。
辺りには轟音が鳴り響いている。トリステイン軍が砲撃されているのだろう。そちらはリゾットがどうにかすると思うしかない。
そのとき、夕日が陰った。見上げると、ワルドが立ちふさがっている。先ほどの攻撃で倒せなかったのだ。
「このっ!」
フーケは杖を掲げようとするが、ワルドの杖に弾き飛ばされた。至近距離で『エア・ハンマー』を受けて倒され、腹を踏みつけられる。
「危なかった……。この身体は遍在とはいえ、そう何度も死ぬのは気分が悪いからな……」
「そんな、どうして……」
フーケの言葉に、ワルドは自分の胸からフーケの作った刃を抜き、マントの下から真っ二つになったペンダントを取り出した。
「遍在を作り出すとき、身に着けている物も複製される……。母が私を守ってくれたお陰で致命傷にならなかった。だが……」
ワルドの目が狂気に光った。
「泥臭い盗賊の分際でッ! よくもッ! 母の肖像を破壊したなっ!! 蹴り殺してやる、このアバズレがッ!」
ワルドは完全にプッツンしていた。魔法を使わず、フーケの身体に何度も蹴りを入れる。フーケは抵抗することも出来ず、ただ打たれていた。骨がへし折れる音が耳に響く。

(……こりゃ…まずいね……。ちょっと、見栄、張りすぎたかな……。
 ごめん、テファ、皆……、帰れそうにない……。リゾット……私は………ここま…で……)
フーケが諦めて意識を失う寸前、突然、蹴りがとまった。
不審に思って目を開けると、ワルドは別の方を見ていた。その手には石が握られている。
「貴様ら……平民が何のつもりだ? 失せろ」
ぎこちない動きで首を回すと、シエスタと、フーケが助けたシエスタの弟が立っていた。
「ふ、フーケさんを放してください……」
「お姉さんを放せ!」
シエスタは震えながら、弟は勇ましく、ワルドに告げる。弟は石を持っている。どうやらそれをワルドに投げつけたようだ。
シエスタたちはずっと物陰からフーケを見ていた。危険なので見ているだけのつもりだったのだが、あまりのワルドの暴行に、二人ともいてもたってもいられずに割って入ったのだ。
「ば、馬鹿……早く、逃げな…」
「お前の知り合いか、マチルダ」
「うるさいね……。あの子らは関係ないだろ。さっさと私を殺して部隊に戻りな…」
ワルドを掴もうと手を伸ばそうとして、フーケは金属質の何かが服に入っていることに気がついた。
「放せって言ってんだろ!」
もう一度、石が投げられた。今度もワルドはかわしたが、その表情に怒りが浮かぶ。
「平民の分際で!」
ワルドが杖を掲げ、呪文を唱える。その魔法には二人をまとめて吹き飛ばすには十分な威力があるだろう。
その時、フーケはワルドに気付かれないよう、リゾットから渡されたものをそっと準備した。

ワルドは油断していた。杖を失い、精神力を枯渇させたメイジにできることなどないと。
ワルドは激怒していた。平民が自分に逆らったことに。
結果、ワルドの意識は完全にシエスタたちに向き、フーケの動きに気づいていない。
(悪いけど、利用させてもらうよ、シエスタ。ワルドがあんたたちに魔法を撃った直後なら、私は安全に反撃できるからね……)
フーケは自分が生き残るために、最善の解を導いていた。ちらりと最後にシエスタたちに目をやる。
シエスタは弟を抱きかかえ、背中を向けていた。自分の身を盾にして弟を守ろうというのだ。それを見た瞬間、フーケは反射的にそれをワルドに向け、引き金を引いていた。
FNブローニングM1910。DIOの館の兵器庫から見つかった数少ない使用可能な武器の一つが、フーケの手の中で乾いた音を立てる。
ワルドが仰け反った。遍在のためか、血は出なかったが、生きている。そして、ワルドは既にスペルは唱え終わり、シエスタたちに向けるはずだった魔法を、フーケに放った。
風の刃が肩を切り裂くのを感じながら、フーケは引き金を引き続けた。狙いなどついていないも同然の連射だったが、距離が近いこともあり、銃弾はワルドに次々と命中する。
ワルドは撃たれつつも杖を振る。『錬金』によって銃が土に変わる。だが、同時に放たれた銃弾が、ワルドの額を貫き、遍在はその姿を消した。フーケは土くれを投げ捨て、腕をばたりと投げ出す。
肩から血が流れ出ていくのを感じる。腹を蹴られたせいで内臓もずきずきと痛んだ。骨も二、三本折れているだろう。疲労は極限に達しており、気分は最悪だ。
「フーケさん!」
「お姉さん!」
声に首を回すと、向こうからシエスタと、その弟が走って来ていた。それを見て、フーケは最悪の気分の中に一抹の安堵を感じる。
(……はっ……、悪党に成りきれなかった…ね……。まったく……、馬鹿な真似したもんだ………。でも……この感じ……。悪く……な………)
そこまで考えて、フーケは意識と、思考を手放す。暗黒に包まれる直前、何かの生物の羽ばたきを聞いた気がした。

『レキシントン』号の甲板は見るも無残な様相を呈していた。マストはへし折れ、床には無数の穴が開いている。
だが、そこまでだった。真上から下への射撃では戦艦その物の攻撃力を奪うには至らず、現に今も『レキシントン』は砲撃を続けている。
「弾切れだな…、どうする、相棒?」
ゼロ戦を急降下、急上昇を繰り返して『レキシントン』号の上を飛び回らせるリゾットに、デルフリンガーが問う。
何度も繰り返しているうちに、こちらの攻撃手段がなくなったことが分かってきたのか、何人かの貴族が出てきて、弾速の早い『風』系統の魔法でゼロ戦を撃墜しようとしてきた。
「乗り込んで風石を破壊する」
「おいおい、無理だぜ、相棒。あの船、確かに長いし、相棒の射撃で平らになってきちゃいるが、こいつが止まるにゃ距離が足りねえよ」
「やってみなければ分からない。何度も上を飛んで、大体どのくらいの角度でなら突入できるかは掴んだ」
平然と言うリゾットに、デルフリンガーはため息をついた。
「いいぜ、相棒。相棒が言うからには少しは成功する目があるんだろ? 付き合って跳ぼうじゃねえか」
リゾットは一度、『レキシントン』から機体を離すと、散弾が届かないギリギリの角度で再度甲板に突入した。スピードを落とし、ふらふらと船尾へと降下する。
甲板のメイジたちは竜が疲れ果てたと理解し、ここぞとばかり呪文を放つ。元々船を制御するためのメイジのため、『風』が多かった。
リゾットはあえてその魔法の風を避けず、ゼロ戦を突っ込ませた。風の魔法が機体を激しく揺さぶり、プロペラが曲がり、翼の装甲板が何枚か吹き飛んだ。一本、リゾット目掛けて飛んできた魔法の矢をデルフリンガーで吸収する。
「やべぇんじゃねえの、相棒!?」
「いや……、これでいい。この風がいい……」
正面から風の魔法を受け、ゼロ戦がダメージを受けるが、同時に急速なブレーキがかかる。落ちるようにしてゼロ戦が船尾にたどり着く。
同時にメタリカをフルパワーで解放し、甲板の木材に含まれる僅かな鉄分とゼロ戦を引き寄せ、僅かでも減速する。
「ダメだ、相棒! ギリギリで足りねえ!」
「『メタリカ』! こいつを止めろ!」
ロォォォドォォォォ……


鉄分を集めて何本ものフックを作り出し、ゼロ戦につなげる。装甲板がはげれ落ち、フックが引きちぎれる。艦の縁にタイヤがぶつかり、機体に衝撃が走った。
だが、そこまでだった。ほとんど『レキシントン』から乗り出すようにしてゼロ戦は止まった。
「ふーっ、止まった…な!?」
デルフリンガーが息をつく間もなく、リゾットは風防を開けて飛び出した。突っ込んでくるゼロ戦に伏せていた貴族たちに、襲い掛かる。
貴族たちは慌てて立ち上がるが、その頃には最も近い位置にいた貴族は斬り伏せられていた。
慌てて魔法を撃ち出すが、ある魔法はデルフリンガーが吸収され、ある魔法は斬り伏せられた貴族に誤射することになった。魔法が収まったとき、リゾットの姿は掻き消えている。
「お前たちに恨みはないが……、この艦に乗ったのが運の尽きだ…。死んでもらうッ!」
視線をめぐらす貴族たちに、どこからともなく、リゾットの冷たい声が届き、それを聞いた貴族たちは自分の死を予感した。

「…い……ぶで……? だい………ですか? 大丈夫ですか、フーケさん!」
フーケは自分を呼びかける声で目を開けた。どうやら気を失っていたようだ。シエスタとその弟がフーケを覗き込んでいる。
「…わた…どれ……いた?」
上手く口が回らない。だが、シエスタは何を言ってるか理解したようだった。
「ほんの数分です」
シエスタの答えを聞きながら身体を起こそうするが、力が入らず、諦めた。肩に違和感を感じ、見ると、ワルドに斬られた傷が凍っていた。
「これは………」
「お久しぶりね、フーケ。ラ・ロシェール以来?」
声にゆっくり振り向くと、そこにはキュルケ、タバサ、ルイズがいた。後ろにシルフィードも控えている。
「これは、あんたたちがやったの?」
「そ、タバサがね」
「そう…ありがとう」
「止血と、簡単に治癒をかけただけ」


フーケが礼を言うと、いつもどおりタバサが呟く。
ルイズはその様子を面白くなさそうに眺めていた。
「……私は、ほっとけって言ったんだけど……」
「だから、ルイズ、説明したじゃない。フーケはラ・ロシェールでこっちの味方をしてくれたのよ」
「まあ、それは分かったけど……」
ルイズとしては一度殺されかけた相手をそう簡単に気を許すことは出来ない。その気持ちは分かるので、フーケは苦笑した。ゆっくりと言葉をつむぐ
「信じてくれなくても……いい。私にあんたたちと戦う気はない……よ」
平原の方へ視線を移すと、戦いが本格的に始まったせいか、アルビオンの部隊は全て本隊に合流している。とりあえず地上での戦いの役目は果たせたようだ。
「ねえ、フーケ。リゾットはどこにいるの? シエスタから訊いたわ。貴方、リゾットと組んでるんでしょう?」
キュルケの声に視線を戻す。タバサ、キュルケ、ルイズの視線がフーケに集まっていた。
フーケがシエスタに視線を送ると、シエスタが頭を下げた。まあ、目の前で色々あったから気が動転していたのだろう、とフーケは苦笑する。
口がうまく使えないため、視線を空に送る。全員空に目をやり、首をかしげた。
「あ、それなら、私、見ました。あの一番大きな船の上に、竜の羽衣で飛んで行ったようです」
シエスタが補足する。キュルケはそれを聞いて、整った眉を寄せて考え込んだ。
「参ったわね…。ダーリンを助けに行きたいけど……。タバサ、シルフィードであの戦艦に近づける?」
「無理」
タバサは首を振った。シルフィードといえども大砲の射程内に入れば撃墜されてしまうだろう。
全員、打開策が思いつかず、考え込んでしまう。砲撃音と、兵の喚声だけが辺りに響く。アンリエッタもあそこにいるのだ、と思うとルイズは訳もなく焦燥感に駆られた。
ポケットの中から水のルビーを取り出して嵌め、始祖の祈祷書を開く。
何もできないなら、せめて始祖にアンリエッタと、リゾットの無事を祈ろうと思ったのだ。それに、白紙のページでも見ていれば、何か思いつくかもしれない。
そんな他意のない気持ちで開いた途端、始祖の祈祷書と、ルイズのはめた水のルビーは輝きを放ち始めた。


「敵竜騎兵、本艦の直上に出現! 謎の手段により、攻撃を受けています!」
「敵竜騎兵の速度は尋常ではありません。いかなる魔法も追いつきません!」
「艦長! 敵竜騎兵が本艦に着艦! 騎兵は行方が知れません!」
『レキシントン』艦長、ボーウッドは次々と入ってくる伝令を聞いていた。
「落ち着け。敵はただの一人。『レキシントン』も他の艦も未だ健在。左砲戦を継続し、他の砲の人員を捜索にまわしてくれ。
 発見次第、呼子を使って他の人員を呼び、数で敵を押し包むのだ。魔法を使えぬ者には銃の所持を許可する」
落ち着き払って言ったものの、歴戦の軍人であるボーウッドも内心、驚いていた。一騎で二十騎の竜騎士を撃墜し、スクウェアメイジのワルドまで倒してのけた。
個人としてはボーウッドの知る限りでは最大の戦果だ。だが、あくまで個人として、である。仮に侵入者がこの艦を落とそうと、砲撃そのものは止まらない。
全ての艦を落とせるとして、一人では落としきる前にトリステインの兵は全滅していることだろう。
ボーウッドは軍人である。軍人として、自分自身の命をも駒のように考えることが出来た。自分たちがどうなろうと、アルビオンの勝利は動かない。それが間違いないことは、ボーウッドには明白だった。
そこに扉が開き、ワルドが入ってきた。
「子爵、無事だったのかね? さきほど、敵竜騎兵に撃墜されたと報告が入ったが」
今まで戦場でやられたのは全て遍在なのだから本体が無事なのは当然だが、それを一々説明することはせず、ワルドが言葉を続ける。
「ご心配なく。それより、侵入者の件ですが、私に案があります。兵を何人かお貸しください。できれば、艦長にもご一緒していただきたいのですが」
「ほぅ………聞かせてもらおう」
ワルドの提案に、ボーウッドは興味深そうに耳を傾けた。

「いたか?」
「いえ、いません。そっちはどうでしたか?」
「こちらもダメだ」
「よく探せ、黒い服を着た男らしい」
口々に言い交わしながら、艦内の廊下を慌しく何人もの人間が駆け抜けていく。彼らの手には杖が、あるいは銃が握られている。
彼らがいなくなった後、リゾットは再び動き出す。別段、物陰にいたわけでもないリゾットがなぜ発見されないかといえば、彼のスタンド『メタリカ』の力によるものである。
磁力を操作し、その磁力で金属を操るメタリカはその応用で、鉄粉を体の表面に付着させ、身体に周囲の背景を描くことで透明になることができる。
以前、ワルドと戦ったときは念を入れて『サイレント』を使用したが、リゾットは元々音や気配を絶つ技術に長けている。彼が本気で気配や音を絶てば、ほとんど感知されないのだ。
だが、いくら自分の身体を透明にしたとしても、物を動かせば気付かれる。
だからリゾットは人がいなくなるのを待ってから、手近の扉を僅かに開き、中を覗き込んで確認する。
そこは倉庫のようだった。目的の場所とは違うが、リゾットは中に身を滑り込ませた。
「相棒、どしたい? 風石があるのはこの部屋じゃねーぜ」
中に誰もいないことを確認すると、デルフリンガーが囁きに近い小声で話しかけてきた。
リゾットは倉庫の品を一つ一つ改める。
「……火薬はないな」
「ああ、弾薬とか火薬は別に管理されるんじゃねーかな。多分、今は砲撃の真っ最中だし、その辺りには人がたくさんいると思うぜ」
「そうか……。まあ、それはいい……」
リゾットはメタリカを発動し、鉄分を集め始めた。

ルイズは光る祈祷書のページに文字が浮かび上がっているのを見つけた。
古代ルーン文字だったが、ルイズは魔法が出来ない分、知識は人一倍蓄えてきたので、それを読むことが出来た。
ルイズは食い入るようにその文字を追った。キュルケやタバサ、フーケやシエスタの視線も気にならない。

「序文。

これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。

神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。
四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。

これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。
『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。
たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。

                                                        ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」

「ねえ、ルイズ。その本、光ってるけど、どうしたの? 何か書いてあるの?」
キュルケの声に、ルイズは顔を上げた。祈祷書を広げて見せる。


「この文字、見えないの?」
「文字? その本、白紙じゃない」
怪訝そうなキュルケに、ルイズは水のルビーをキュルケに渡した。途端に始祖の祈祷書とルビーから光が消える。
「それ、嵌めてみて」
「プレゼント? 何よ、今はそれどころじゃ……」
「違うわ。いいから嵌めて」
ルイズの剣幕に押され、渋々とキュルケは指輪を嵌めた。再び始祖の祈祷書を広げ、キュルケにみせる。
「何か見える?」
「いえ? 白紙に見えるけど……」
「そう、ありがとう。指輪、返して」
怪訝さを通り越して心配そうな顔でルイズを見るキュルケを無視して、ルイズは再び水のルビーを指に嵌め、祈祷書に視線を落とした。
信じられないことだが、自分はこの祈祷書の『読み手』として認定されているらしい。
書には続いて「初歩の初歩の初歩」と題して『爆発(エクスプロージョン)』という魔法の呪文が記してあった。
ルイズは『爆発』という単語から、自分が魔法を唱えると爆発していたことを連想した。あれは……ある意味、ここに書かれた『虚無』なのではないだろうか?
思えば、モノが爆発する理由を、誰もいえなかった。いつかワルドが言っていたことを思い出す。通常、魔法は失敗しても何も起きない。あの現象はルイズにだけ起きていたのだ。
すると自分は読み手で、虚無の魔法が扱えるということになる。だったら試してみる価値はあるかもしれない。
「タバサ、シルフィードで私をあの巨大戦艦のなるべく近くまで連れて行って」
「ルイズ、いきなりどうしたの? 何か思いついたの?」
キュルケのもっともな質問に、ルイズは呆然としたように答える。
「いや……、信じられないんだけど……、うまく言えないけど、私、選ばれちゃったかもしれない。いや、なんかの間違いかもしれないけど」

「何のこと?」
「あの戦艦をやっつける方法があるかもしれないのよ。何もしないより、試してみた方がましでしょ? とりあえずやってみるわ。やってみましょう」
ルイズがぶつぶつと独り言のように呟くのをみて、そこにいた全員は唖然とした。気が狂ったようにしか見えないからだ。
「ルイズ、大丈夫? 落ち着いて」
「み、ミス・ヴァリエール。とりあえず深呼吸して下さい」
「大丈夫、私は冷静。……お願い、タバサ。危険がない所まででもいいから、あの戦艦の近くに私を連れて行って」
タバサは困ったような顔でルイズを見つめた。だが、確かにここでぼーっとしていても何の事態の解決にもならない。ルイズが何か試したいというなら、それをやらせてみるのもいいだろう。
祈祷書を食い入るように見つめるルイズと困惑気味のキュルケとタバサを乗せ、シルフィードは空へ飛び上がった。

一方、艦内を探索していたリゾットは、遂に風石が安置されている動力室といえる部屋を探り当てた。
(グレイトフル・デッドならこの船一つくらい、すぐに制圧できるんだろうが……)
扉の前に立って感覚を集中する。中に人のいる気配がした。
(戦いは避けられないな……。無力化させた後、なるべく早く風石を破壊して逃げるか……)
リゾットは扉を開け、中へ飛び込む。まず目に飛び込んできたのは銃口だった。
「ようこそ、『レキシントン』号へ。艦長ともども、歓迎するよ」
ワルドの声とともに、青白い雲が現れ、リゾットの頭を包む。
「ヤバイ、『スリープクラウド』だ!」
デルフリンガーが叫ぶが、既に遅く、強烈な眠気がリゾットを襲う。リゾットはそれに耐えたが、眠気によって一瞬、隙ができる。それこそが敵の狙いだった。
銃口が火を吹き、杖が振られ、眠気から脱出したばかりのリゾットに銃弾と魔法が殺到した。
デルフリンガーが魔法を吸収し、銃弾が剣に当たったのか、金属音が響く。だが、残り銃弾は右肩に二発、左腿に一発、胴体に二発と確実にリゾットを貫いた。体が跳ね、血飛沫が舞い、リゾットは仰向けに倒れる。メタリカが解除され、リゾットの姿が現れた。


「勝った…」
感慨深げにワルドが呟く。ついに自分の人生に現れた障害の一つを取り除いたと思うと、歌でも一つ歌いたいようないい気分になる。思わず笑みが漏れた。
「子爵、君の言うとおりの結果になったな」
ボーウッドの言葉に深々と頷く。ワルドはリゾットが艦内の人間を皆殺しにするにしろ、船の動力を破壊するにしろ、確実にここまで来ると読み、ボーウッドとともに待ち伏せていたのだ。
そして魔法を吸収するデルフリンガーの能力を鑑み、銃兵を六人配置した。あとは自分と二人の遍在、水のトライアングルメイジであるボーウッドがいれば事足りる。
「……今度は私の読み勝ちだったな、ガンダールヴ」
銃兵の一人が銃を突きつけながら倒れたリゾットに近づいていく。リゾットは目を閉じ、ぴくりとも動かない。
銃兵は生死の確認のため、脈を探ろうと手を伸ばす。その手がつかまれたと思うと、銃兵は腹部に強烈な一撃を受けて昏倒した。
リゾットが跳ね起きると、同時にその場の銃兵たちの銃はもぎ取られ、リゾットの足元に転がった。ワルドはボーウッドとともに、すぐさま射程距離の外に逃れる。
「生きていたか、ガンダールヴ! 確かに仕留めたと思ったが……」
「…………銃弾対策はしていたからな……」
驚くワルドを感情のない目で見据える。その足元に鉄粉がまとわりついた鉄の板が落ちた。
「なるほど、どうやったか分からんが、その板を身体に仕込んでいたわけか。だが、全て防げたわけではないようだな……」
ワルドの言葉どおり、リゾットの右腕はあがらないようだった。いつもは両手で構えるデルフリンガーも左腕一本で構えている。よく見ると、左足も動きが鈍いようだった。
「そんな状態で私の遍在二人に勝てるかな?」
ワルドの遍在が『エア・ニードル』を唱え、前に出る。本体は決してリゾットに近づきすぎないよう、距離をとった。
「艦長、私が決着をつけますので、ご心配なきよう。銃兵諸君も下がりたまえ」
「そうか。子爵、後は任せた」
「相棒、こいつぁ不利だね。勝ち目はあるか?」
デルフリンガーが焦ったような声を出すが、リゾットは無言で剣を構えるだけだった。


エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ

ルイズは、シルフィードが上昇していく間、ずっと祈祷書のルーン文字を読み上げていた。それはキュルケはもちろん、博識なタバサですら聞いたこともない詠唱だった。
その不思議なルーンの詠唱がルイズの中にリズムを作り出していく。懐かしいようなそのリズムに、ルイズの神経は研ぎ澄まされていった。世界に自分と祈祷書以外の何物も存在しないかのような感覚だった。
それとともに体の中から何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転するような感じがルイズに生まれる。生まれて初めて、自らの系統を唱える感覚に、ルイズは高揚とともに疑問を覚えていた。
いつもゼロと蔑まれていた自分の、本当の姿がこれなのだろうか?

オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ

長い詠唱にも緩急が存在する。タバサはルイズの詠唱がクライマックスに近づきつつあるのを感じた。
「行って」
シルフィードに全速を出させ、『レキシントン』へとできるだけ接近する。大砲を避けて上昇するうちに、自然、その高度はあがり、『レキシントン』を見下ろす角度になった。
「タバサ、あれを見て」
キュルケが杖で指し示す方向を見ると、『レキシントン』の甲板に竜の羽衣が引っかかっていた。
ルイズもそれを見つけ、一瞬、心に迷いが生まれる。今から唱えるこの魔法の威力がどんなものであるか、ルイズ自身にも分からないからだ。
だが、体の中に生まれた波は、既に行き先を求めて暴れだしている。ルイズはともかく詠唱を続けた。

ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……

長い詠唱ののち、呪文が完成する。その瞬間、ルイズは己の魔法の威力と性質を理解した。


自分の魔法は眼下に広がる全てを巻き込み、消滅させることができる。
だが、選択もすることもできる。殺すか、殺さないか、破壊するか、破壊しないか。
ルイズは選んだ。そして、眼下に広がる『レキシントン』を始めとするアルビオン艦隊に向け、杖を振り下ろした。衝動が解放され、夕暮れ時にもう一つの太陽が昇った。

リゾットは追い詰められていた。腕一本と怪我した足では、白兵戦で二人のワルド相手に勝てる道理はない。
頼みの綱のスタンドだが、磁力による直接攻撃は遍在相手には通じにくく、周囲から刃物を生成する攻撃は常に張られた風の魔法で防御された。
本体を攻撃しようとめまぐるしく立ち回るものの、二人の遍在は決して本体に近づかせようとしない。逆に徐々に傷を負わされていった。
今やリゾットの足元には巨大な血溜まりができている。
「殺されるのが先か、失血で死ぬのが先か……。ガンダールヴ、お前はどちらが先だと思う?」
酷薄な笑みを浮かべながら二人のワルドが切り込んでくる。リゾットは一人の杖を受けたものの、その動作で隙が出来た。
「そこだ!」
残ったワルドの遍在が、リゾットのわき腹に杖をつきたてる。だが、リゾットはそれに構わず、二人の遍在をまとめて切り捨てようと大振りにデルフリンガーを振った。
当然、そんな大振りが通じるわけも無く、二人の遍在は軽く引いて避けようとして……足を取られ、首をはね飛ばされた。
「…………メタ……リ…カ………」
消え行く二人のワルドの足元には金属で出来た枷が嵌められていた。リゾットが自分自身の血で作り出したものだ。風の魔法で防御できるのはあくまで飛来するものであって、手のように絡みつくものには効果が無かった。
「後は………お前……だ。……本体」
静かに宣言するリゾットに、ワルドは舌打ちした。
「往生際の悪い奴だ。いや、流石はガンダールヴというところか。お前の能力はまだ俺には理解しきれない。とりあえず射程距離があるようだが……だが、もうそんなことは関係ないな。その有様では反撃どころか歩くことすらできまい」
リゾットの身体の各所は切り刻まれ、今また、深手を負った。メタリカが傷を塞ぐとはいえ、傷そのものが消えるわけではない。現に、リゾットはかろうじて立っているもの、ふらふらと左右に揺れている。


ワルドが魔法を唱え始める。『ライトニング・クラウド』。文字通り電光の速さで迫る魔法を回避する速度も、受けるだけの体力も、今のリゾットにはない。リゾットはそれでも諦めず、剣を構える。
絶体絶命のその瞬間、辺りが輝きに包まれた。
「な、何だ、これは?」
突然の出来事に今まで傍観していたボーウッドが声を上げる。ワルドもリゾットも何が起きたかのか分からない。
光に包まれても、人間には何も影響はない。だが、風石は違った。その光に触れた瞬間、消滅していく。
光の中、デルフリンガーの叫びが響く。
「おでれーた! こりゃ、『虚無』だ! 『虚無』の光だ! 誰かが『虚無』に覚醒しやがった!」
その言葉を最後に、辺りは光に塗りつぶされた。

ワルドは目を開けた。目もくらむような閃光が晴れると、艦内のそこかしこが燃え盛っていた。風石があった位置に目をやると、やはり消えていた。
幻ではなかったのだと思いつつ、周囲を確認する。ボーウッドや兵たちは無事だったが、目をやられている。そして仇敵のリゾットもまた、倒れてはいるが、生きているようだった。
「ガンダールヴ、今、留めをさしてやろう」
燃え盛る炎の中をリゾットに近づいていくが、突如、リゾットは跳ね起きた。身構えるワルドを無視し、リゾットは俊敏な動きで船室から走り去った。
追跡が脳裏をよぎったが、今はそれよりもこの艦から脱出することを考えるべきだと判断し、断念した。リゾットを殺してもトリステインに捕縛されては『聖地』にたどり着けなくなってしまう。
「いずれ決着をつけるぞ、ガンダールヴ……」
ワルドはボーウッドたちを置き去りにして船室を出て行った。


一方、リゾットは混乱する船内を抜け、甲板のゼロ戦の操縦席に座ったところで、ぐったりとした。
「デルフ……、今のは……お前か?」
リゾットが息苦しそうに紡いだ言葉に、デルフリンガーがカタカタとゆれた。
「ああ。“使い手”を動かすなんざ、数千年ぶりだからな。上手く出来るかどうか不安だったが、何とかうまく行ったぜ」
「まるで……内側から別の力を加えられているようだった」
「吸い込んだ魔法の分だけ身体を動かせるからな。だけど、これ、本当はやりたくねえんだよ。とにかく疲れるからな。あーしんど」
言葉とは裏腹に、いつも通りの軽い口調でデルフリンガーは答えた。
「さ、相棒、さっさとこんな船からはずらかろうぜ……と、言いたいが……」
「ああ、無理だな。ここから飛び立つには距離が足らないし、機体の損傷が激しい」
「どうやって脱出するつもりだったんだね?」
「船内のメイジの一人でも脅して脱出するつもりだったが……、この身体では……厳しいな。内臓はメタリカを使って避けたが、血を流しすぎた。少しずつ、メタリカで鉄分を増やして補っているが……意識がなくなりそうだ」
「仕方ない。じゃ、後は運を天に任せるか? うまくすりゃあ、この船も不時着できるだろうよ。それまで殺されなけりゃ、トリステインが保護してくれらあ」
「そうだな……」
しばし、二人は無言になった。リゾットの息遣いと、炎が燃える音だけが辺りに響く。沈黙を破ったのはデルフリンガーだ。
「相棒、さっきの光の話なんだが……」
「『虚無』といってたな。あの伝説の系統、『虚無』か?」
「ああ、それだよ。あれは『虚無』の魔法の初歩だ。で、それの使い手なんだが………」
そこまで言った所で、二人の耳に聞きなれた竜の羽ばたきが届いた。同時にゼロ戦が浮き上がる。

「お待たせ、ダーリン」
「キュルケ、それにタバサか」
シルフィードの背中からキュルケとタバサが二人係りでレビテーションをかけていた。浮き上がったゼロ戦の両翼をシルフィードが掴み、牽引しながら飛ぶ。
一旦、タバサはゼロ戦へのレビテーションを解除し、リゾットにレビテーションをかける。シルフィードの上に運ばれた血まみれのリゾットをみて、キュルケが悲鳴に近い声を上げた。タバサも眉をひそめる。
「ちょっとダーリン、大丈夫!?」
「手当てが必要。竜の羽衣を下ろしたら、学院に急ぐ」
「……俺を助けに来たのか?」
「ええ、ダーリンが一人で行ったって聞いてね。私たちを置いていくなんて酷いわ」
「………俺が一人でやったことだからな……。とはいえ……、助かった。感謝する」
そこでリゾットはシルフィードの上の最後の人物に気がついた。ルイズだ。疲れた表情をしていたが、それを上回る怒気を発している。
「ルイズか……」
リゾットの言葉が終わるのを待たず、ルイズはリゾットの頬をつねり上げた。ルイズの姉、エレオノールから身をもって伝授された技である。
「ねえ、イカ墨。『ルイズか』じゃないでしょう?」
そのままぐいぐいと横に引っ張る。地味に痛いが、この場合、文句をいう権利はルイズにあるので黙ってされるがままになる。
「ルイズ、その話は後でも……」
「黙ってて! 私は今、こいつと話をつけておきたいの」
「はい」
キュルケの抗議はルイズの怒気を含んだ声に封殺された。
「イカ墨、あんたは私の何?」
「使い魔だ」
ルイズのリゾットの頬を抓る手に力がこもった。


「そう、使い魔よね。なのに、あんた、何? 私を置いて、戦場に勝手に行ったわよね? それ、使い魔としてどうなの?」
「…………」
「多少の勝手は私だって大目に見るわ。あんたが自分のお金でキュルケと事業を起こすのも許可してあげたし、フーケを知らない間に味方につけてたことも、ちょっと腹は立つけど、この際だから許してあげる。改心させたみたいだしね。でも……」
ルイズはここで一呼吸置いた。
「ご主人様を蔑ろにするような真似は許さないわ。前に言ったわね? 『私が貴方のご主人様だってことを忘れなければ、それでいい』って。その一番大事なところを忘れるってどういうことなの?」
「俺の個人的な行動にお前を巻き込みたくは……」
ルイズの抓りが最大になった。
「それが蔑ろにしてるっていうのよ! 何? あんたまで、私のこと、無能な足手まといだとでも思ってるわけ? そりゃあ、あんたは強いわよ!
 伝説のガンダールヴで、スタンド使いなのかもしれないわ! でもね! 一人で何でもかんでもできるわけないじゃない! 人間なんだから! 大体!」
ルイズの語気と、手の力が急に弱くなる。俯いてぼそぼそと呟く。
「大体……置いていかれるのだって辛いんだから…………その辺のこと、考えなさいよ……。ご主人様に心配かけないで……」
「ルイズ…………」
リゾットはそれだけ言って黙り込む。なんとなく気まずい沈黙がシルフィードの上に降りた。
と、タバサが立ち上がり、黙り込む二人の頭に、杖の先を軽く当てた。まずリゾットに、そしてルイズに。
「……何だ?」
「何よ?」
タバサはリゾットを指差す。
「反省が必要」
ついでルイズを指差した。
「怪我人に無理させない」
そしてこう、最後に付け足し、再びゼロ戦にレビテーションをかけた。
「両成敗」

しばらくして、リゾットが口を開いた。
「………確かにな。ルイズ、すまない。今回は俺が全面的に悪かった」
「うん……。私の方も今いうことじゃなかったかも……」
ルイズもそれだけ呟いた。やれやれ、といった調子でデルフリンガーがため息をつく。
「まあ、ともかく、これでこっちは一件落着じゃねーの? あっちもそろそろ終わるぜ。ほれ、後ろの地上、みなよ」
全員がそちらに目をやると、アルビオンの艦隊が燃え上がりつつも地上に不時着し、それによって士気の低下したアルビオン軍に、トリステイン軍が突撃を敢行したところだった。
トリステイン軍の勢いは数で勝る敵軍を逆に押しつぶさんばかりだ。
「勝ったわね……」
ルイズは安心したように言った。
勝ち戦となった戦場を見るリゾットの脳裏にあの光がよぎる。
「あの艦隊をつぶした光……あれは?」
キュルケとタバサはルイズに視線を投げかける。ルイズは気が抜けたのか、ぼんやりと答えた。
「説明は後でさせて。色々あって、疲れたわ」
「………そうか…………。そうだな。俺も色々と後でお前たちに言うことがある」
リゾットは、自分のスタンドの秘密を話してもいいかもしれない、という気分になり始めていた。
そしてリゾットの耳に、歓声が聞こえてくる。
タルブの村の人々が手を振り、喜びと感謝の声を上げ、地上に降りるシルフィードを出迎えていた。シエスタとフーケもいる。
(とりあえず、彼らを守ることはできたな)
暗殺者がほとんど知らないような他人を守る、というのは奇妙な感覚だった。
(まあ、深く考えるの後でもいいだろう……。今は……血が足りないしな……)
そう最後に結論して、リゾットは目を閉じた。

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