ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十一話 『愛の蜃気楼』

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匿名ユーザー

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 アンリエッタは裸に近い格好でベッドに横たわっていた。身につけているのは、薄い肌着一枚で、普段はゆったりとしたドレスのスカートに隠れてしまっている白く細い足を投げ出している。
左手には空になったワイングラスを持ち、右手は顔を覆うように被せてしまっている。それによって表情は読めなくなってしまっているが、口元はきつく結ばれていた。
アルビオンにて貴族派が王党派に総攻撃を仕掛けてからすでに四日が経過していた。いまだにルイズたちは戻ってこず、王党派がどうなったのかもわからずじまいである。
なにせ空に浮かぶ大陸であるがゆえに、貴族派が制空権を掌握している以上は情報が下に全く降りてこないのだ。
とは言っても、アンリエッタも結果については想像がついていた。王党派三百に対し貴族派五万。およそ二百倍もの数を相手にどうやって勝てと言うのか。
となればあの勇敢な皇太子は真っ先に・・・そしてルイズたちも巻き込まれて・・・
最悪が脳裏をよぎるとアンリエッタは勢いよく起きあがり、枕元のテーブルからワインのビンを掴むとグラスになみなみと注いで一気にあおった。まるでイヤなことを振り払うかのような飲みっぷりであったが、アンリエッタはもう何度同じことを繰り返したか知れない。
「・・・信じることしかできないのがこんなに辛いことだったなんて・・・」
このセリフももう何度目かわからない。アンリエッタは酒気を帯びたため息を漏らした。少し酔いすぎかもしれないと思ったアンリエッタは空になったグラスに杖を振り下ろした。
その先から水が溢れ注がれ、見る間に一杯の水がグラスの中に満たされていく。空気中の水蒸気を液体に戻す『水』系統の初歩の呪文。
「『風』や『火』だったならあなたを助けにいけたかしら・・・・・・」
そう呟いては見たが所詮は幻想でしかない。王女である以上それは出来なかっただろう。生まれた時にはアンリエッタの人生は決定されていた。そう思うと自嘲気味な笑いがこぼれた。気付けば水もこぼれていた。
慌てて魔法を止めて水を飲んだ。冷たい液体が喉を通っていくと徐々に頭も冷えていき、少しだけ冷静に慣れた。再びベッドに倒れ込む。
「わたしったらなんて贅沢を言っているのかしら・・・この世には望むことさえ許されない人だっているというのに・・・それに、王女だからウェールズさまに逢えたんじゃない」
それでも心の片隅ではきっと身分が違っても出会えたという小さな小さな確信に似た気持ちはあった。二人は愛し合っていたのだから。
アンリエッタは頬を染めて寝返りをうち横向きになった。その赤さには酒気以外のものも混じっているようだ。
目を瞑れば簡単に思い出せる、楽しく、輝いていた日々の記憶。
ほんのわずかの期間だったけれど、そこに込められた思いは今まででも最も強いと実感できる、十四歳の夏・・・。
残像のように揺らめく二人。手を取り合って寄り添い、重なる二つの唇。
けれど、その唇からはついに紡ぎ出されなかった言葉・・・・・・。
もう紡ぎ出されることはない言葉・・・・・・。
アンリエッタは閉じた瞼から涙を流して静かに意識を夜に預けた。


緑鮮やかな森。澄んだ湖水が映し出す山並み。それらはまるで此方と彼岸を結んでいるかのような、おぼろげな印象と同時に壮大な自然を見るものにぶつけてくる。
それもそのハズ。その広さ約六百キロメイルにも及ぶそこ、ラグドリアン湖は人間のものではないからだ。人よりも遙かに長い歴史を生きてきた先住民の一、水の精霊が住まう楽園であった。
水の精霊はたちは湖の底に城と街を築き独自の文化と王国を持っている。その姿はあまりに美しく、どんな悪人も心を入れ替えると言うほどである。そんな水の精霊は誓約の精霊とも呼ばれ、その御許においてなされた誓約は決して違えられることがないと伝えられている。
とは言え、水の精霊はその姿を見ることさえ困難で、伝承の真意を確かめることは不可能に近かった。
だが、それでよかったのかもしれない。絶対に破られない約束よりも、破られるかも知れない約束の方がお互いの心を近くで感じられ、信じ合うことが出来るのかも知れないから。
そしてアンリエッタは今、そのラグドリアンの湖の中にいた。一糸纏わぬ生まれたままの姿で夜を映し込んだ水面にその体を沈めていく。徐々に徐々に沈んでいく体は、まるで水に溶けてしまったかのようで、ちょっとした喪失感と、それを遙かに上回る開放感を与えてくれた。
眩い美貌を主張し始めた顔を冷たさにこわばらせたが、それもすぐにほだされていく。空を見上げれば二つの月がよりそっている。
ルイズには悪いことをしてしまった。
今日はこの近くに設けられた会場で太后マリアンヌの誕生日を祝う園遊会が開催されているのだ。そこにはトリステイン王国以外にもアルビオン王国、ガリア王国、そして帝政ゲルマニアといった場所から着飾った貴族王族がやってきている。
一昨日から続くその園遊会でアンリエッタは晩餐会、舞踏会、詩吟合わせetcetc・・・。少女であるアンリエッタには堅苦しい以外の何物でもなかった。だからアンリエッタが抜け出そうとするのは至極当然の流れではあった。
お付きの者として連れてきた桃色の髪の少女には自分の代わりに布団に潜って貰い、従者たちの目をごまかして貰っているのだ。
「今度美味しいクックベリーパイをごちそうしなくちゃね」
一番の親友の笑顔を思い浮かべてアンリエッタも笑った。ひんやりとした水が初夏の暑さに混ざり合い何とも心地よかった。
しかし、しばらく一人で泳いでいると不意に岸辺に人の気配を感じた。アンリエッタは慌てて体を池に沈めた。
「・・・誰?」
しかし人影は答えない。誰だろう?まさか従者のラ・ポルトだろうか?まさかルイズ?見つかって逃げてきたのだろうか?だが、返事をしない辺りどれとも違うらしい。不安になってアンリエッタは叫んでいた。
「ぶ、無礼者!名乗りなさい!」
すると慌てたような声が岸辺から届いた。
「ああ、待ってくれ。怪しい者じゃないんだ、散歩をしていただけで・・・・・・。君こそこんな夜更けに水浴びだなんて、どうかしたのかい?」
慌ててはいるが悪びれてはいないその物言いにアンリエッタはむっとした。人の裸をじっと覗いておいてその態度はなんなのよ、と。
「だから、名乗りなさいと言っているのです。わたくしはこれでもさる国の王女です。厄介なことになる前に名乗って立ち去りなさい」
湖に体を隠したまま言うその言葉に威厳を感じようもなかったが、人影はそれでも驚いたらしい。
「王・・・女?まさかアンリエッタかい?」
「王女を呼び捨てるとは不届きなッ!名乗りなさい!」
さっきよりも強く言ったが内心怖くてたまらなかった。自分を呼び捨てにできるものなどそうはいない。よほどの権力者か、よほどの無礼者かのどちらかでしかない。夜の森に自分は一人なのだと思い出すと、王女の仮面は容易く崩れてしまった。
しかし、人影はアンリエッタの不安をよそに高く笑った。
「あっはっは!これは失礼いたしました。私はアルビオン王国が王族、テューダー家が嫡子、ウェールズ・テューダーにございます。おそれ多くも貴女様の従兄となるかと存じますが・・・」
「ウェールズさま?ウソッ!」
会ったことこそ無いが名前くらいは知っている。今は亡き父王の兄君アルビオン王の長男。プリンス・オブ・ウェールズ。アンリエッタは顔の赤みが激しくなるのを感じた。
「今日の夜に到着したばかりでね。音に聞こえたラグドリアン湖を一目見ておこうと散歩に出たのさ。驚かせてすまない」
「いやですわ・・・もう・・・・・・」
「こちらを向いてもかまいませんわ」
そうアンリエッタが言うと長身の影が振り返る。そして目と目があった瞬間、アンリエッタの体中を電撃が駆け抜けた。湖の水で冷やされた体が瞬時に炎に焦がされたように熱くなるのを感じたのだ。
凛々しく整った顔立ちにはにかんだ笑顔。金髪は月光を浴びてその光を増しているかのようで、青い瞳に吸い込まれそうになってしまった。
それは向こうも同じだったようで、「驚いた。綺麗になったね・・・アンリエッタ」と、飄々としてつかみ所のない王子の口から出たときは同様がおもいっきり表に出てしまったかも知れなかった。恥ずかしさからアンリエッタは俯いてしまう。
「そ、そんなことありませんわ」
「驚かせるつもりはなかったんだがね。ただ、散歩をしていたら水音がしてね、見に行ってみれば誰かが水浴びをしているじゃないか。ごめん。じっと見入ってしまった・・・・・・」
「え・・・・・・?」
「いや・・・このラグドリアン湖に住む水の精霊が、月明かりに惹かれて湖面に姿を現したんじゃないかって・・・思ってしまって・・・一度見てみたいと思っていたんだ。水の精霊の美しさの前には二つの月も恥じ入るほどだ・・・何て言われているぐらいだからね」
「わたくしで、残念でしたわね」
しかしウェールズは気恥ずかしげに頬をかくと、アンリエッタの眼をしっかりと見つめながら真摯な声で言った。
「そんなことはないよ。水の精霊を見たことはないけれど・・・君より美しいということはないだろうね。君は、もっと美しい」
アンリエッタは俄に赤くなっていく顔を隠すためにはにかみながら顔を伏せた。
「アルビオンのお方は、冗談がお上手ですわね」
「じょ、冗談なものか!きみ、僕は王子だよ。嘘をついたことは一度もない!本当に君が綺麗だと思ったんだよ!」
ウェールズは慌てた調子でそう言い、アンリエッタの手を握っていた。依然見つめてくる眼は本当に綺麗で、胸の鼓動はまるで魔法をかけられたように速くなっていた。目の前の従兄・・・名前しか知らなかった異国の皇太子。
アンリエッタも知らず知らずのうちにその手を握り返していた。退屈だった園遊会が、急に華やいでいくのを感じた。まるでこのラグドリアン湖の湖面のように鮮やかに、美しく・・・


恋に落ちた二人が親密になっていくのにさほどの時間はかからなかった。ここでしか同じ時間を共有できないことを知っていた二人は毎夜毎夜園遊会を抜け出してはラグドリアンの湖畔で密会を繰り返した。
待ち合わせの合図は湖水に投げ込まれた小石の音。その音を聞けば先に来ていた方が茂みから姿を見せ、周囲に人気がないかを確認した後、恋人に合い言葉を投げかける。
「風吹く夜に」
そうウェールズが口にすれば、
「水の誓いを」
そうアンリエッタが答えるのだった。
その日も二人は手を繋いで湖畔を歩いていた。
「遅かったねアンリエッタ。待ちくたびれたよ」
「ごめんなさい。晩餐会で呼び止められちゃって。酔っぱらいの話はうんざりだわ」
「しょうがないさ。君の姿を眼にすれば誰だってつい呼び止めたくなってしまうだろうからね」
「え?わたくしどこかおかしいですか?」
アンリエッタは慌てたように顔や髪を整えようとした。するとウェールズは微笑んでアンリエッタの髪をいじった。
「君が綺麗だからさ。その澄んだ眼も、小さな口も、整った鼻も・・・この栗色の髪も全部だ」
そう言われるとアンリエッタは気恥ずかしさから途端に赤くなり俯いてしまう。そんなアンリエッタを見てウェールズは笑い出すので余計に恥ずかしくなってしまうのだ。
「はははは!本当に君は綺麗なだけじゃなくて可愛いね!」
「しっ!いけませんわ、そのような大声をお出しになっては。どこに耳があるかわかりませんわ」
「なあに、こんな夜更けに水辺で聞き耳を立てているのは水の精霊くらいのものだよ。ああ、しかし一度でいいから見てみたいものだね。月が嫉妬する美しさとはどれほどのものなのだろうか」
ウェールズが楽しそうな調子で言うのでアンリエッタは唇を尖らせて、この恋人を困らせてやろうと思った。
「なぁんだ。そうでしたのね。私に会いたいわけじゃありませんのね。水の精霊が見たくって私をつき合わせているだけですのね」
その時、ウェールズが不意に立ち止まった。そしてアンリエッタの顔を優しく挟むと唇を近付けた。アンリエッタはちょっと戸惑うそぶりを見せたが、すぐに目を瞑った。しばらくの間ウェールズとアンリエッタは唇を重ねた。そしてウェールズが顔を離した。
「君が好きだ。アンリエッタ」
「わたくしだって、お慕いしております」
アンリエッタは顔を真っ赤にしながら、それでも勇気を振り絞って愛の言葉を呟いた。しかしウェールズは寂しげに目を瞑った。心のどこかでこの恋の結末を予想しているかのように。
「ははは・・・まったく、お互い面倒な星のもとに生まれてしまったものだね。愛する人と逢うことさえ夜を選び変装せねばならないなんて。願わくばただ一度でいいから、太陽のもと、誰の目もはばからずに、君とこの湖畔を歩いてみたいものだ」
無理に明るく取り繕うウェールズが愛おしくなったアンリエッタは、その胸に寄り添った。しばし目を瞑っていたが、何か決心したように離れると、湖に向かって歩き始めた。
「アンリエッタ?」
怪訝に思ったウェールズが止めようとしたが、その手をすり抜けてじゃぶじゃぶと水の中に入っていった。そして深呼吸を一つ。
「トリステイン王国王女アンリエッタは水の精霊の御許で誓約いたします。ウェールズさまを永久に愛することを」
そしてウェールズを呼ぶ。
「次はウェールズさまの番ですわ。さあ、わたくしと同じように誓ってくださいまし」
ウェールズは迷わず水の中に入っていった。そして真っ直ぐにアンリエッタのもとに行くと抱きかかえてしまった。驚いたアンリエッタがウェールズの肩にしがみつく。
「ウェールズさま?」
「足が冷えてはいけないからね」
「そんなことどうだっていいですわ。それよりも、ウェールズさまは誓ってくださらないの?」
ウェールズは困ったような顔を見せた後、急に神妙な顔つきになり、前を見据えて言葉を投げかけた。
「アルビオン王国皇太子ウェールズは、水の精霊の御許で誓う。いつしかトリステイン王女アンリエッタと、このラグドリアン湖の湖畔で太陽のもと、誰の目も憚ることなく手を取り歩くことを」
それは確かに誓約の言葉だった。しかしそれは愛を謳ってはいなかった。アンリエッタはウェールズの胸に顔をうずめると、聞き取れないであろう大きさの声で呟いた。
「・・・・・・愛を誓ってはくださらないの?」
その時、一瞬湖面にキラキラと光が瞬いた。しかしすぐに静寂が訪れる。二人は顔を見合わせた。
月の光か精霊が誓約を受け入れたしるしなのか・・・・・・ウェールズとアンリエッタはいつまでも寄り添ってラグドリアンの美しい湖面を見つめ続けた。


アンリエッタは不意に目を覚ました。どうやら酔いが回って寝てしまったらしい。頬をさわると涙の跡がある。
「・・・ウェールズさま」
思い出してまた泣きそうになったとき、窓が叩かれた。
「誰・・・?こんな夜更けに王女の部屋に訪れる者が名を名乗らぬと言う法はありませんよ。名乗らないのであれば人を・・・」
「ボクだよ」
その言葉を耳にした瞬間、アンリエッタの顔から表情が消えた。
「ボクだよアンリエッタ。ここを開けておくれ」
アンリエッタはまるで声に引き寄せられるかのように窓へ駆け寄った。そして窓越しに声をかける。
「ウェールズさま?ウソ・・・だってアルビオンはもう・・・」
「ああ、確かにアルビオンは貴族派に落とされてしまったが、なんとかボクだけ脱出できたんだ。君のお友達のおかげでね」
「ルイズたちが!生きているのですね!ああ・・・よかった・・・」
アンリエッタは窓を開けるとウェールズの胸に飛び込んだ。何度も夢で感じた体温がそこにはあった。頭を優しく撫でてくれる手も、よく通る声も、ウェールズのものだ。アンリエッタは再び涙を流した。
「あいたかったよアンリエッタ。なんて泣き虫なんだ」
「だって・・・あなたが死んだものとばかり・・・そうだわ、ルイズたちは?あなたを助けにいったわたくしのお友達はどこに?」
「彼女たちはとてもいい人たちだね。気を利かせてボクだけを送り届けてくれた。挨拶は後日すると言っていたよ」
「まあ、ルイズったら」
するとウェールズはしばし考え込む仕草を見せたあと、アンリエッタの眼を見た。
「実は・・・君にお願いがあるんだ」
「なんですの?お部屋が必要でしたらすぐにでも用意させますわ」
「ボクと一緒にアルビオンへ来てくれないか?」
「で、でも今あそこには貴族派が・・・」
「そうだね。でもアルビオンには・・・ボクには君の力が必要なんだ。国内にも何人か協力者はいるけれど、信頼できる人がもっと必要なんだ。一緒に来てくれるね」
「わたくしは・・・・・・」
しかしウェールズは諦めることなく渋るアンリエッタに熱心な口調で語りかける。
「無理は承知のうえだ。でも、勝利には君が必要なんだ。あの激しい争いの中で気付かされたよ。ボクには君が必要なんだって」
ウェールズのその言葉にアンリエッタは揺れた。愛しい人に必要とされている事実が鼓動を早める。そしてダメ押しとばかりにウェールズはアンリエッタのもっとも欲していた言葉を口にした。
「愛している。アンリエッタ。だからボクと一緒に来てくれ」
もうダメだった。ウェールズが唇を近づけると、アンリエッタもそれに応じた。二人の唇がまさに重なるその時、
「アンリエッタ様、お休みですか?」
ノックの音が二人を止めた。アンリエッタが慌ててドアに駆け寄る。
「ど、どうしたの?」
「おお、姫様。マザリーニですぞ。夜分に申し訳ありませぬが報告申し上げたいことがございましてな。実はアルビ・・・」
「ごめんなさい枢機卿・・・わたくし疲れが酷いみたいで・・・また明日でもいいかしら?」枢機卿であるマザリーニはこんな夜更けに無駄話をするような人物ではないことはわかっていたが、それでも今は一刻でも長くウェールズと一緒にいたかった。
「なんと!・・・ふむ、わかりました。女王陛下にはお伝えしてありますゆえ、明日でも問題ありますまい。それではお早めにお休みになられますよう・・・」
そう告げてマザリーニは扉の前から去っていった。アンリエッタは扉に耳を当てて足音が遠ざかるのを確認していたために気づかなかっただろう。ウェールズの口が醜く歪んで笑っていたのを・・・・・・


トリステインの王宮の中庭に大きな影が差した。それは徐々に大きくなり、やがてその影の上に何かが降り立った。
「・・・到着」
「よーし、僕が一番乗りだッ!ああ、なんか久しぶりに地面を踏んだなあ・・・」
降り立ったのは竜であった。そしてその背から人影が次々と降りてくる。全部で六つと人影じゃないのが一つ。人影の中の一つが大きく伸びをして背骨をならした。
「しかし飛ばせば一日かからずにつくもんなんだな」
「シルフィードが飛ばしてくれたからよ。ご苦労様、シルフィード」
背の高い女がそう声をかけるとシルフィードと呼ばれた竜が嬉しそうに鳴いた。その体を小さな影が優しそうに撫でている。
「でも休むのはまだ早いわ。ウェールズ様をアンリエッタ様にお見せしないと」
「もっとも、その前に色々とありそうだがね・・・」
「何を言っているんですか。もうここには敵はおりません。さあ、胸を張って行こうじゃないか!」
そう言った影が大股で王宮に向かおうとしたとき、何かにぶつかったらしく跳ね返った来た。
「いたた・・・鼻を打ってしまった」
「貴様らここがどこだかわかっているのか?」
六人以外の野太い声が影から発せられた。ぶつかった何かはごつい体をした男だった。さらにその声を合図に中庭を取り囲むように次々と衛兵が現れる。
「侵入者が大声でぺちゃくちゃと・・・ずいぶんとマヌケな賊がいたものだな」


「誰が賊ですって?わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」
賊と言われたことにむかっ腹なのか、ルイズと名乗った少女は厳つい男に面と向かい、胸を張ってそう言った。残念ながら張ったところでどうと言うほどの胸ではなかったが。
「ふむ・・・なるほど、見れば目元が母君そっくりだ。いや、失礼いたした。私はマンティコア隊の隊長を務めておりましてな、こんな夜更けに風竜がやってきたので何事かと。では取り次ぎますのでどうぞ中にてお待ちあれ」
隊長はルイズを牽引するかのように歩いていく。残りの影たちもその後に続こうとしたが、他の隊員たちの杖によって阻まれてしまった。
「・・・おい、こりゃどういう了見だ?」
長身の影がそう言うとルイズは振り向き、その光景に抗議の声を上げた。
「ちょっと、あれはどういうことなの!」
「あなたの素性はわかりましたが、他の方の証明がついていない。見れば平民もいるようですし」
「あれはわたしの――」
ルイズが隊長に食ってかかろうとしたとき、隊員たちがざわめいた。どうやら押さえ付けられた一人が隊員を押し分けて進もうとしたらしい。
「待ていッ!貴様勝手に進むんじゃあないッ!お前らは外!ヴァリエール嬢が中だッ!」
隊員の一人が進む肩を掴んだ瞬間に、こんどは別の手が隊員の腕を掴んだ。
「へ、平民風情が何をするかッ!」
「お前こそ、貴族風情が誰の肩を掴んだのかわかっていないらしいな・・・」
その言葉に隊員は改めて今掴んだ肩が誰のものなのかを確認した。王宮の窓から漏れる明かりを受けてその顔が見えた。
「あ、あなたはッ!」
その後を他の影が継ぐ。
「ええい、静まれ静まれいッ!このお顔が目に入らぬかッ!そちらにおわすお方をどなたと心得るッ!」
「おそれ多くもアルビオン王家の後継者ッ!ウェールズ・テューダー皇太子にあらせられるわよッ!」
「頭が高い・・・控えおろう」
「オメーらが言うな」
その言葉に隊長も振り向いてその顔を見た。確かに見たことがあるウェールズ皇太子の顔であった。マンティコア隊は慌てて杖を引いた。
「なぜあなた様がトリステインへ!」
「その話をアンリエッタ様とするのよ。もちろん通してもらえるわよね?全員」
ルイズの「全員」にアクセントを置いた物言いに隊長は冷や汗を流してしまった。そして小さく呟く。
「いやはや、血は争えませんなァ・・・」
「何か言った?」
「あいや、何でもありませんぞ。ささ、こちらへ・・・」


アンリエッタはウェールズが駆る馬に揺られていた。
マザリーニをやり過ごした後は何だか気まずくなってしまい、キスをしかけたことにアンリエッタが顔を赤くしていると、ウェールズが手をさしのべてきた。
アンリエッタはその手を見つめた後、ゆっくりとその手に自分の手を重ねた。
それを合意の合図と見なしたのかウェールズはアンリエッタを抱きかかえるとベランダから飛び降りた。
アンリエッタは叫びそうになるのを必死で堪えるとあっという間に地面に着地してしまった。衝撃もなく。
「さあ、いこうか」
ウェールズが木に停めておいた馬に跨るとアンリエッタを引き上げて前に乗せ、出発した。
そして今アンリエッタは心地よく揺れる馬の背で、ウェールズの胸に寄り添ってその体温を感じていた。
(よかった・・・本当に・・・)
二人を乗せた馬は闇の中に消えていった。


接客用であろう広間に案内されたルイズ一行はイスの背もたれに身を預けたり机に突っ伏したりと、各々が楽な格好でくつろいでいた。もっとも、ルイズとウェールズは姿勢を正したままだが。
「いや、しかし凄まじい旅だったね」
「そうねえ。もうあたしくたくただわ。早くお風呂で汗を流してゆっくり眠りたーい」
「・・・・・・ふぁ」
「おいタバサ、お前今あくびしたろ?本で隠したって見えたぞ」
「しかたないさウェザー。彼女はシルフィードの操縦もしていたのだからね。僕らよりも体力を使っているのさ」
「そう言うことよ。それよりダーリン忘れてないわよね?『帰ってきたらデート』してくれる約束だものね」
「ああ、忘れてはいないが・・・」
ウェザーがちらりとルイズを見るとじと眼でこちらを見ている。慌てて視線を正面に移した。と、ちょうど枢機卿マザリーニが入ってきたところであった。
白髪白髭に丸い帽子を被り、痩せすぎの骨張った体を灰色のローブに包んでいる、見た目五十あたりの男である。実際は四十らしいのだが大分老けて見えた。
「ウェールズ皇太子殿、こちらに話し合いの席を設けましたのでご足労ながら移動をお願いいたします」
ウェールズは静かに立ち上がると従者に案内されてどこかへ移動してしまった。
「おい、姫様に先に会わせてやってくれよ」
しかしウェザーの言葉に一瞬マザリーニは反応したかに見えたが、平静な顔でこう返した。
「その件なのですがアンリエッタ殿下は気分が優れないらしく、後日改めて顔を見せると申しておりますので今日はお引き取り願わなければなりません」
「ちょっと、なによそれー。ここまできてそんな扱いするなんて、トリステインは礼儀も知らないのね」
「むむむ・・・しかし姫様の御気分が優れないと言うのならばしかたないだろうね・・・美人は風邪を引いても美しいって言うけど、姫様なら見た方が熱を出してしまいかねないからね」
「無駄足」
「そんな・・・」
各々が反応を見せたがマザリーニは動かなかった。ウェザーはその時窓の外でがやがやと何かしているのが目に入った。
ワルドが着ていた服によく似た服を着ているのを見ると、どうやら魔法衛士隊らしいことがわかる。しかしその紋章はグリフォンでもさっきのマンティコアでもない、見たこともない幻獣のものであった。
隊員たちが隣に従えているその幻獣は馬の胴体に鳥の前足、嘴を持つというなんだかグリフォンと馬を足して二で割った感じであった。ほどなくして隊員たちがその幻獣に乗って次々に飛び立っていってしまった。
視線を戻すとマザリーニが従者を呼びだしてきた。
「皆様お疲れのようですのでお送りしましょう」
ルイズたちは渋々立ち上がったが、ウェザーだけは依然イスに腰を下ろして動こうとしない。
「どうしたのウェザー?」
「マザリーニ・・・だったな。お前、嘘をついているな・・・?」
「何を言うかと思えば・・・何を根拠にそんなことを言うのかね?」
「あの王女様が気分が優れないから会わないだと?ウェールズが来ているのにか?そんなはずがない。あいつがウェールズのことを話していたときの顔を見りゃあ、ウェールズがいればインフルエンザだって吹き飛ばして駆け付けるぜ」
インフルエンザという聞き慣れない言葉にギーシュだけは首を傾げたが、ルイズたちは納得しあうように顔を見合わせた。マザリーニが汗をかき始めた。
「何を言っておいでかさっぱりだ・・・とにかく、今姫殿下は君たちと会える状況ではない・・・はっ!」
「『会える状況ではない』・・・ようするに緊急事態と言うことか」
マザリーニは観念したように机に手をつくと震える声で話し始めた。
「・・・姫様が・・・何者かに攫われてしまったのだ・・・さっきはドア越しに声が聞こえたのに、今行ってみると声すらしない・・・アルビオンの皇太子を出迎えねばならぬから至急用意をしなければならず、
 女王陛下が開けてみるとすでにもぬけの殻だったよ。庭の木には馬を縛っていた後があった・・・」
「じゃあさっき外で飛んでったやつらは捜索隊か」
「・・・これはあくまで国内での問題だ・・・・ウェールズ皇太子に知られるわけにはいかない」
「・・・じゃあトリステインのやつらで解決すりゃいいんだろ」
ウェザーは立ち上がり、マザリーニの横を通って部屋の扉に向かった。
「まあ、あたしはゲルマニア出身だけど、学校の籍はトリステインだしね」
キュルケが髪を掻き上げてウェザーに続く。
「シルフィードなら後を追える」
タバサが読んでいた本を閉じて扉に歩み寄った。
「姫様の一大事にこのギーシュ・ド・グラモンが薔薇の役目を果たして見せよう!」
キザッたらしく口に薔薇の造花をくわえてギーシュも続いた。
「ま、待て!君たちはまだ学院の生徒だろう!危険だ!」
マザリーニが振り返りウェザー立ちに叫ぶ。敵は王宮の警備をかいくぐり一切争った様子もなくアンリエッタを攫っていった手練れなのだ。
「姫様とは小さい頃からの友達・・・危険に飛び込むのにこれ以上の理由はいらないわ!」
しかしそれでも彼らは止まらない。最後にルイズが扉のノブを掴むと全員で開け放った。颯爽と外へ向かう五人の背後から声がした。
「報告では賊はラ・ロシェールに向かっているらしい!」
マザリーニの声に五人は振り返らず手を上げて答えた。
「姫様はよい友達をお持ちになられましたな・・・・・・」
マザリーニは小さく呟いた。


グリフォンと馬を足して二で割った幻獣ことヒポグリフに跨った追跡隊の面々十数名は怒っていた。賊は王宮屈指の警備を誇る王族の部屋の警備をなんなく突破して、王女アンリエッタを連れ去っていったのだ。屈辱的であった。
近衛の魔法衛士隊は王族の身辺警護を許されたエリートの中のエリートである。そのエリートたちの警備を嘲笑うかのような手口。どこから突破されたのか、どこから抜け出したのか、それすらわからないままである。
まるで全員が夢を見ているかのような、狐に化かされたような感覚に戸惑ったが、近場の農村でそれらしき人影を見たと聞いたときには全員すでに追跡の用意は出来ていた。
犯人の正体はわからないが、全員はっきりしていることは犯人の顔を見たら間違いなくプッツンするだろうと言うことだけだった。
「走れィ!姫様をお救いせねば我ら末代までの笑い者よッ!」
隊長の叱咤でヒポグリフ隊は一丸となって疾駆する。その執念だろうか、しばらくしないで前方百メイルに一頭の馬が走っているのを見つけた。上には二人。片方は女性らしい。
隊長は凶悪な笑みを浮かべた。この屈辱を何倍にもして返さなければ収まらない。
「『屈辱は晴らす』『姫様は取り戻す』、両方やらなくちゃあならないのが魔法衛士隊の辛いところだな。お前ら覚悟はいいか?俺は出来てる」
そう言い、隊長が手を振り下ろすとまず炎の魔法を道の周りに放って敵を照らし、女をアンリエッタだと確認、土の魔法で壁を出して馬を止めると、雪崩かかるようにそこに殺到した。
前の二人が馬の足を切り裂き、次の一人が馬を蹴倒しバランスを崩す。飛ばされた二人の内気絶したアンリエッタだけを一人が空中でキャッチし、残りの隊員が賊に次々に炎球、氷槍、風の刃で襲いかかった。
犯人はまるで小型の竜巻に巻き込まれたかのようにボロボロになって地面に落ちた。明らかに絶命しているのが一目でわかる傷が体中に刻まれている。
「我が隊の奥義、見たか不届き者ッ!これが!これが!これがッ『ジェットヒポグリフアタック』だッ!いや、見ることすらかなわなかっただろうな、フフフ・・・」
もはやピクリとも動かない犯人に隊長はそう言い捨てた。それからアンリエッタの安否の確認に入った。
「姫様は無事か?少々手荒であったからな、まあお叱り程度ならあとでいくらでも・・・」
「そ、それが隊長!確かにアンリエッタ王女だったはずなのに・・・」
アンリエッタを受けとめた隊員が震えながら何かを言っている。隊長が落ち着かせようとして近づいたとき、信じられないものを見てしまった。
「あ・・・ああ・・・さっきまでアンリエッタ王女だったはずなのに・・・一体コイツは誰なんだァーッ!」
隊員が抱えていたのはアンリエッタの透き通るような肌ではなく、焼けたような肌をして額に黒眼鏡をかけた脚がグンバツの女だった。隊員の誰もがアンリエッタに間違いはないと確信していたのに全くの別人である。
「隊長!死体がありません!」
ボロ雑巾のようになった犯人の死体も霧のように消え失せてしまっていた。まるで幻を見せられたような気分だ。だから、背後の気配に気づくのに一歩遅れてしまった。
「ハッ!」
隊長が気づいたときには背後で呪文は完成していた。巨大な竜巻が隊員たちを襲った。
「ば、バカな!こんな風が・・・!」
しかし隊長の叫びも豪風の中にかき消えてしまった。四肢が断ち切られ体中の皮膚が剥がされるような痛みに隊長はついに意識を手放した。


ウェールズが杖を下ろすと、目を覚ましたアンリエッタは震える声でウェールズを非難した。
「ウェールズ様、あなた・・・いったいなんてことを・・・」
「驚かせてしまったね」
ウェールズはにこやかに笑った。それを見たアンリエッタは腰に下げた水晶のついた杖をウェールズに突きつけた。
「あなた・・・ウェールズ様じゃないわね!」
「何を言っているんだい?ボクはウェールズだよ」
「ウソよ!よくも魔法衛士隊の人たちを・・・」
するとウェールズは両手を開いて抵抗の意思がないことを示すと、そのままアンリエッタに近づいていった。アンリエッタの杖がウェールズの胸を突く。
「君に疑われたらボクはもう生きてはいけない・・・君の魔法でボクを殺してくれ・・・」
アンリエッタの手が震え始めた。泣き出しそうな口元からは魔法の詠唱は漏れてこない。代わりに嗚咽が漏れ聞こえた。
「なんで・・・何でこうなってしまったの・・・?」
「ボクを信じてくれるねアンリエッタ」
「でも・・・こんな・・・」
「訳は後で話すよ。今はボクを信じてついてきてくれ・・・」
ウェールズは馬を引き、泣きじゃくるアンリエッタを乗せた。その後ろに自分もつく。勢いよく駆けだした馬の蹄の音が静かになった夜に溶け込んでいった。


シルフィードでアンリエッタを探しているルイズ一行は、街道上に転がる魔法衛士隊の姿を見つけた。タバサがどうするか聞いてきたのでウェザーは着陸するよう言った。
「こいつは一体・・・」
ウェザーが転がる魔法衛士隊の一人に近づくと、まだ息をしていた。
「ウェザー!こっちの人たちも息があるぞ!」
「こっちも!」
どうやら傷をおっただけで死者は出ていないらしかった。ウェザーは隊長らしき男のもとへ行くと起こしてやった。
「おい、何があった?」
「あいつ・・・殺したのに死んでなかった・・・それにとんでもない風の使い手・・・俺の腕が・・・千切れてしまった・・・」
「なに?」
ウェザーは耳を疑った。なぜならその隊長の腕はしっかりとくっついているのだから。どころか傷一つない。なぜこんなにも弱っているのか。
「姫さ・・・ま・・・ラ・ロシェ・・・ル」
そこまで言って隊長は再び気絶してしまった。
「ウェザーどうする?」
ルイズが尋ねてきたのでウェザーはしばし黙考してから指示を出した。
「増援がすぐくるはずだ・・・ギーシュ、ヴェルダンデを使って呼びに行かせてくれ」
「わかったよ」
ヴェルダンデを降ろしたシルフィードは軽快に飛んでいった。


「ねえウェールズ様・・・」
馬に揺られながらアンリエッタが尋ねた。ウェールズの胸に体を預けてはいない。
「私のこと愛してくださってます?」
「何を聞くんだい、ボクのアンリエッタ。愛しているに決まっているじゃないか」
それはずっと焦がれていた言葉。欲しかったはずの愛。でもなぜか心は満たされない。なぜだろうかとアンリエッタが考えているとき、轟音が響きアンリエッタは投げ出されてしまった。その体をウェールズがキャッチして街道脇の草むらに落ちていく
「なにが・・・」
「チィ・・・新手か・・・」
立ち上がったウェールズの視線の先には降り立った風竜と、その背に乗り込む五人の影があった。
「姫様!」
「ルイズ!」
駆け寄ろうとした二人だが、それぞれウェザーとウェールズに掴まれて阻まれてしまった。
「おいおいウェールズ・・・王宮にいるんじゃなかったのか?」
「君たちもきたのかい・・・」
ウェールズは非の打ち所のない笑顔で答えた。ギーシュはうろたえているらしくウェールズとアンリエッタを交互に見ている。
「ウェザー・・・どういうことだい?ウェールズ皇太子が姫様を誘拐だなんて・・・第一彼は王宮にいるはずだろう?」
「どうもこうも君たちと一緒にいたのは影武者だよ・・・今頃は正体を明かして事情を話し、アンリエッタの件も承認してる頃だから、君たちももう帰った方がいい・・・」
「あの言葉も・・・あの敬礼も・・・全部偽物ってことか?」
「くどいね・・・あまり時間がないんだボクたちの邪魔をしないでくれ・・・」
「くどいのはあなただわ!姫様!そこにいるウェールズ様は偽物です!本物はわたしたちが王宮にお連れしています!」
しかしアンリエッタはルイズとウェールズを交互に見るだけで歩み寄ろうとはしなかった。
「ルイズ・・・ウェールズ様の体温も言葉も本物だわ・・・でもあなたが嘘を言うはずもない・・・私にはわからないわ・・・」


ウェールズはアンリエッタの肩を引き寄せると、満足そうにルイズたちを見た。
「聞いての通りボクは本物だ。それに彼女は自分の意志でついてくると決めたんだよ・・・それでも邪魔をするというのなら、本格的に叩きつぶさなければならなくなる」
「姫様!聞きましたか!その人はウェールズ様ではありません!」
ルイズの言葉にアンリエッタもウェールズから離れて顔を見上げた。アンリエッタの顔は泣きそうで、瞳にはすでに水分が浮いている。
「ウェールズ様・・・ご冗談でしょう?そうよ・・・本当は貴族派に何か魔法をかけられたのではないですか・・・?でもなければ・・・」
「アンリエッタッ!」
いきなりのウェールズの恫喝に一同はびくりとしてしまった。ウェールズは続ける。
「ボクは君を愛しているんだよ・・・」
「え?」
いきなり人前で言われたのでアンリエッタは顔を赤くしてしまった。
「だから・・・だからどうかボクの邪魔をしないでくれ・・・」
そしてウェールズはどこまでも整った笑顔でこう言った。
「ボクは君たちを殺したくないんだ」
その瞬間何かが爆ぜた。真っ先に反応したタバサとウェザーがウェールズの左右から攻撃を仕掛ける。同時にアンリエッタの絶叫が響き渡った。
「いやああああああああ――ッ!」
風圧の拳と風の刃、笑うウェールズ。そして一瞬の交錯。
地に倒れ伏したのは――――ウェザーとタバサだった。
「・・・強い・・・」
「ぐ・・・詠唱一回で二人同時攻撃だと・・・?」
土をかきむしるようにして二人が苦しがる。タバサは手に、ウェザーは腕にそれぞれ風による傷を受けていた。
(み・・・見えなかったわ・・・いくら力が戻ってないと言ってもあのウェザーとタバサを同時に・・・!)
ルイズの眼には一瞬ウェールズの杖が光ったかと思った瞬間には二人は倒されていたように映っていた。
「ルイズ・・・お姫様を連れて増援を呼びにいきなさいな」
キュルケが前に出て杖を取り出す。ギーシュとシルフィードもそれに続いた。
「早く行きなさいよ。何だかわからないけど・・・あのウェールズ皇太子はおかしいわ・・・でも放ってもおけないしね・・・」

「ししし正直怖いけれどね・・・姫様のためだ・・・やってやるさ!」
「きゅいきゅい!(お姉さまの仇!)」
「ならわたしだって・・・!」
「偽物でも、好きな男が死ぬのを見せたくはないでしょ?」
キュルケは振り向くことなくそう言った。ルイズは黙って泣きじゃくるアンリエッタのもとに行き、その小さな体で隠してやった。
「やれやれ・・・まだわからないのかい?君たちではボクに勝てない・・・もう立つのは止めるんだ」
「納得いくか・・・」
ウェザーとタバサも立ち上がる。傷口からは血が溢れて二人の服を濡らしていた。
「人の恋路を邪魔する奴は・・・馬に蹴られて死ぬんだぜ!」
今度は四人プラス一匹が絶妙のタイミングで四方から攻撃を仕掛けた。脱出不可能にして回避不能の攻撃。しかし再びウェールズが光ると、巨大な竜巻が五つ現れ五人を吹き飛ばしてしまった。
(おかしい・・・強すぎやしないか?しかも死角に回ったキュルケにまで正確に魔法を当てているなんて・・・)
ウェザーの考えをよそにウェールズがアンリエッタのもとに近づいていく。ルイズが杖を抜くが、閃光と共にルイズははじき飛ばされてしまった。
「さあ、邪魔する者は誰もいない。ボクたちの旅を続けようじゃないか!」
ウェールズが優しく手をさしのべるが、アンリエッタはその手をはねつけた。
「いいえ・・・あなたとの旅はここまでだわ・・・あなたはウェールズ様じゃないもの・・・本当にウェールズ様なら私のお友達に手を上げるはずがありません。ましてや殺すだなどとッ!
 あなたがたとえ本当のウェールズ様でも・・・私はあなたをウェールズ様だとは認めないわッ!」
ウェールズは少しとまっどたようだが、優しく笑うとアンリエッタの腕を掴んで引き起こした。その手にはギリギリと力が込められて、アンリエッタは苦悶の表情を浮かべている。
「ああ、アンリエッタ・・・言っただろう?ボクを疑わないでくれと・・・そんなことを言われたらボクは君を無傷で連れて行く自信が・・・揺らいでしまうよッ!」
ウェールズが杖を振り上げたとき、アンリエッタを掴む腕めがけて風の刃が放たれた。ウェールズは咄嗟によける。
「よく言ってくれたねアンリエッタ・・・」
全員が刃の飛んできた方を見た。暗闇から徐々に人影が現れ、輪郭を作っていく。そして月光に照らされて見えたその顔は紛れもなく、
「ウェールズ様ッ!」
今二つの月の下で、二人の王子が対峙する。


「やれやれ・・・ボクの偽物が出てきたか」
「いいや僕が本当のウェールズだ。アンリエッタは僕が守る」
それだけ言うと二人は杖を勢いよく交えた。しかし二人とも鍔迫り合いをさけて後ろに飛び退くと同時に呪文の詠唱を始めた。ウェザーたちにも聞き覚えのある呪文。
「「『ウィンド・ブレイク』!」」
二人の中心でぶつかり合った風の塊はしばらく競り合ったが相殺しあい、辺りに強風を撒き散らして砂埃を舞い上げた。
「キャアッ!」
全員が一瞬だが視界を失ってしまう。そして晴れたときウェールズたちは再び杖同士で競り合っていた。
「しまった・・・どっちがウェールズだ?」
「これじゃあ援護できないじゃない!」
悩んでいる間にも片方のウェールズがもう片方に圧し勝ちそうである。このまま押し負ければ風の刃で切られるだろう。しかし助けるにもどちらを援護すればいいのかの決め手がない。
全員が手をこまねいている中、アンリエッタが何かを呟いた。
「・・・・・・ラグドリアン湖」
ルイズの後ろで俯いているだけだったアンリエッタは意を決して立ち上がると、屹然として言った。
「ウェールズ様!『風吹く夜に』!」
その言葉に押しているウェールズは訳の分からない顔を見せたが、押さえ込まれたウェールズは違った。
「『水の誓いを』・・・そうだね、アンリエッタ」
それを聞いたアンリエッタがウェザーたちに叫んだ。
「本物は合い言葉を言ったウェールズ様です!わたくしたちしか知らない合い言葉を答えてくださったわ!」
「そうとわかれば・・・」
「助太刀できるというものさッ!」
傷を負ってはいるがウェザーたちはウェールズを囲むようにして立ち上がった。本物のウェールズも偽物からいったん離れ円に入る。
「う・・・うう・・・」
「やっつけてやるぜ・・・偽物」
冷や汗をだらだらと垂らしながらも偽物は諦めなかった。呪文を即座に唱え始めたのだ。
「させるかッ!」
全員が飛びかかるが、またも光と共に偽物の周りに竜巻を発生させ、ウェザーたちをはじき飛ばしてしまった。そして偽物は標的をウェールズからアンリエッタに変更したらしく、ルイズとアンリエッタめがけて駆けだした。
「ルイズ逃げろ!」
「いやよ!わたしは・・・逃げないわッ!」
ルイズは向かってくるウェールズに向けて魔法を放った。ウェザーは経験しているのでわかるが、初見でいきなり爆発するルイズの魔法は避けるのがむずかしいのだ。ましてや偽物は真っ直ぐ突っ込んでいる。
案の定偽物は爆発をもろにくらったらしい。爆発が近かったためかルイズたちもあおりを受けてしまったようだが。
「無事かルイズ!」
「うーん・・・なんとか・・・姫様ご無事ですか?」
そう言って振り返ったルイズは驚愕の声を漏らしてしまった。
「ひ、姫様が・・・二人ィ?」
ルイズの言うとおり、そこには姿形も声までも全て同一のアンリエッタが並んで立っていた。二人のアンリエッタは言われて気づいたのか隣を見て驚き、お互いに距離を取った。
「ルイズ、わたくしが本物のアンリエッタですわ」
「いいえ、ワタクシこそが本物ですわ。ルイズ、あなたならわかってくれるわよね?」
しかしルイズはクルリとアンリエッタたちから背を向けるとこう言った。
「・・・ウェールズ皇太子が決めて下さい・・・それなら姫様も文句はないはずです・・・」
「・・・わかった」
ウェールズが二人のアンリエッタの前に歩み寄り、交互に顔を見た。そして左のアンリエッタの手を掴んだ。
「ウェールズ様!」
ウェールズは掴んだアンリエッタを背に回し、もう一人のアンリエッタの方を向いた。左のアンリエッタは喜びの表情を見せながら、ウェールズの背に、杖を向けて呪文を――
「やっぱり君が偽物か」
完成させるよりも早く振り向いたウェールズの杖が左のアンリエッタの杖をはたき落とした。
「な、なんでバレたんだ・・・ハッ!その、その指輪は・・・!」
手を繋ぐウェールズとアンリエッタの指には水と風のルビーが光り、その間に虹を架け渡していた。ルイズが得意そうに解説を始める。
「さっきわたしが姫様にお返ししといたのよ。ウェールズ様に完璧に化けて見せたんだもの、姫様にも化けるかも知れないでしょ?」
「ルイズ・・・お前やるじゃあないか」
ウェザーが後ろからルイズの頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。全員の視線が痛いほど偽物に突き刺さる。
「く・・・そ!本当はアルビオンまで連れてこいと言う命令だったけれどしかたない!ここで始末するッ!」
偽物の髪が逆立ち、眼がぎらつき始めた。本性を現した偽物は杖も拾わずに手を向けただけで巨大な竜巻を発生させた。その風圧はあのワルドを遙かにしのぐものであった。
「これは・・・今の俺じゃあどうしようもないぞ!」
「ウェザーッ!僕たちに雨をッ!」
ウェールズの声に顔を向けると、アンリエッタとウェールズが詠唱を始めていた。綺麗なハモりが心地よく耳を打った。ウェザーはウェールズに言われたとおり、二人の上に雨を降らせた。すると、二人の周りに水の竜巻がうねりながら立ち上り始めたのだ。
『水』、『水』、『水』、そして『風』、『風』、『風』。
水と風の六乗。
選ばれし王家にのみ許されたヘクサゴン・スペル。互いが互いの詠唱を邪魔することなく、むしろ干渉して増大させている。二つのトライアングルが絡み合い、超巨大な津波のごとき竜巻を生みだした。
その大きさはすでに偽物の竜巻を遙かに上回っていた。ぶつかり合った竜巻は瞬時にヘクサゴン・スペルに飲み込まれ、そのまま偽物を吹き飛ばして消えた。
「すごい・・・」
「これが王族の力ってわけね。とんでもないわ」
各々が感想を口にしながらズタボロになった偽物に近づくと、偽物は氷が溶けていくように消えてしまった。
「化けてたんじゃない!幻だったんだ!」
全員が体を確かめると、偽のウェールズに受けたハズの傷がキレイサッパリなくなっていた。
「あの竜巻も、僕たちを一瞬で倒したのも・・・」
「俺の『ヘビー・ウェザー』と同じ、潜在意識に訴えかけるものだったんだろうな・・・体温や声も、風邪も痛みも、実際は自分の中で作り上げていたに過ぎない。心を弄ぶゲスな魔法だ・・・これで追跡隊の件も納得できたな・・・『ウェザー・リポート』!」
ウェザーは空気のセンサーをはり、辺りを警戒する。するとすぐに反応が見つかった。街道脇の林の中に空気の乱れを感知したのだ。
「そして来たな・・・増援隊ッ!」
駆け付けた増援隊に賊が林の中にいると指示すると、怒濤の勢いで林になだれ込んでいった。
「まあ、ネタがわかっちまったら意味がない魔法だしな。すぐに見つかるだろう。それより・・・」
全員の視線が一点に集まる。手を繋ぐウェールズとアンリエッタ。
「ウェールズ様・・・どれだけこの時を待ち望んだことか・・・」
「心配をかけてしまったね。でももう大丈夫。僕はここにいるから」
ウェールズはアンリエッタの体を引き寄せた。二人の体温がしっかりと重なる。
「愛しているよ。アンリエッタ」
「わたくしも愛しております。ウェールズ様」
二人が唇を重ねると、まるで祝福するかのように星たちが瞬いた。
「いいわねえ、王族のラブストーリーだなんて」
「ううう・・・姫様・・・」
「涙の動機が不純」
「でもこれで・・・」
「ああ。これにて、アルビオン行きの任務は完了だな」
ウェザーは二人を満足そうに見つめていた。


ケニー・Gは林の中を走っていた。
「はあ、はあ、クソッ!あんな魔法が使えるなんて聞いてなかったぞッ!それにスタンド使いがいやがるとは・・・畜生!こんな世界に迷いこんじまってよぉ・・・せっかく強そうな勢力につけたってのに!大失敗だ!」
後ろからは明かりと複数の叫び声が聞こえてきていた。さっきの増援部隊だろう。なんとか逃げ切らなくては。そう思っていたとき、木々の影から声が聞こえてきた。
「ケニー・G・・・」
「っ!・・・誰だ?」
足を止めると目の前の木の陰から真っ黒いローブを纏った人間が現れた。夜の闇も手伝って素顔は愚か性別さえよくわからない。しかし自分の名前を知っていると言うことは『レコン・キスタ』の者であろうと納得したケニー・Gはその黒ローブに助けを請うた。
「お前も『レコン・キスタ』だろう?実は手違いがあってな。いや、俺のせいで失敗した訳じゃないんだ・・・追っ手ももう来ている。助けてくれ!」
手を合わせて懇願するケニー・Gを見たローブは口の端を歪めて杖を取り出した。
「いいとも・・・助けてやるさ・・・全てからな」
「なっ!」
ケニー・Gが何か言うよりも早くローブの杖が光り、ケニー・Gはその場に倒れた。ローブはしゃがんで脈を確認し、死んでいるのを確かめてから立ち上がった。
「死はもっとも身近な友人・・・・・・果たしてお前が死の淵に立ったときにもその言葉を言えるかな?クロムウェル・・・」
明かりが近づいてくるのを見たローブは滑るように木々の闇に引いていった・・・


To Be Continued…

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