ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔は刺激的-15

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 ヴェストリの広場に通じる道を少し逸れた場所に、いつ誰が作ったのかも知れない小さな花壇が存在した。
 猫の額ほどに小さなその花壇は、元々人通りの少ない場所に作られた事もあって荒れ放題となっていた。
 だが、その場所をある日一人の女性が偶然発見し、その女性の手により忘れ去られ荒れ果てていた花壇が
 今では小さな可愛らしい花が人目を忍ぶようにひっそりと咲き、その女性の眼を楽しませていた。
「みんなは元気でやってるかねえ…」
 貴族の屋敷ばかりを狙いその盗みの手口から『土くれ』のフーケと巷で騒がれている怪盗は、疲れた表情で
 小さな花に囁きかける。
 学院に眠る宝物を盗む為にオールド・オスマンに近づいて上手くこの学院に潜入したまでは良かったが、
 オスマンのセクハラや日々の雑務で疲れ果てていた。
 先日の使い魔暴走事件で眠りの鐘を使う様にオスマンに進言し、破壊の杖と呼ばれる強力なマジックアイテムや
 吸血鬼が書いたとされる書物などお宝がわんさか眠る宝物庫に入ろうと試みたが、結局許可は出されなかった。
 今のところ収穫ゼロである。
「アンタたちもこんな所でよく咲けるねえ…」 
 学院への潜入に成功し敷地内を調べていて偶然発見したこの場所は、今では彼女の乾き荒んだ心を潤わせる
 唯一の憩いの場所となっていた。 
 時折彼女はここを訪れ、花壇を手入れしたり花に話しかけたりする事でその疲れた心を癒していた。
「アンタにも外の世界を見せてやりたいけど…無理だろうねえ」
 森の奥でひっそりと暮らす少女を思い一人呟く。いつしか彼女は自分の世界に入り込み現実から逃避する。
 「ギーシュと平民が決闘するぞー!!」
「彼女持ちとギーシュのファンは絶対入れるな!」
 幸せだった頃の思い出に浸っていた彼女を、生徒たちの無慈悲な声が現実に引き戻す。 
「まったく、暇な連中だよ」
 溜息を吐き、無駄と知りつつもオスマンに知らせる為にミス・ロングビルは重たい足取りで花壇を後にした。

 背後から響き渡る喧騒に耳を塞ぎながら、ミス・ロングビルがとぼとぼと歩いていると、その横を一人の少女が
 憤怒の形相を浮かべマントを靡かせながら風の如く走り去っていった。
「あれは…ミス・ヴァリエール?」
 決闘がそんなに見たいのかと考えたが、彼女の使い魔が平民だった事を思い出して納得した。
 ギーシュと決闘をする相手も平民だ。おそらくは彼女に無断でそんな事になったので怒っているのだろう。
 如何でも良いと思い歩みを進めると、今度はメイドと生徒が叫びながら何かを蹴っている場面に出くわした。
「このエロオヤジ!エロオヤジ!エロオヤジ!」
「僕だって触ってないのに!ないのに!ないのに!」
「ちょっと二人とも止めてッ!このままじゃ死んじゃうわよ!!」
 ミス・ロングビルが気になって近づいてみると、マリコルヌとその使い魔の少女が地面に転がったボロ切れを蹴り、
 モンモランシーが必死に二人を止めていた。
 しかし、そのボロ切れを良く見ると手足が生えていた。人の様だが誰だか解らないほどボロボロになっていた。
「やめろお前たち!私を誰だとゲブァッ」
 ミス・ロングビルは声を聞いてやっと判った。蹴られていた人物は王宮から査察に来ているモット伯だった。
「ちょっと!貴方たち止めなさい!!」
 だが止まらない。荒れ馬の如くキレて殺さんばかりに蹴りを入れる。
 モット伯は『波濤』の二つ名を持つトライアングル・メイジだが、杖も出せずにドットと平民にタコ殴りにされていた。 
「止めなさいって言ってるでしょッ!!」
 ミス・ロングビルは花壇の手入れに使うスコップを二人の頭にブッ込み、なんとか動きを止める。 
 モンモランシーは頭から血を流し気絶した二人を見て涙目になりながら治療を行なった。

「それで、何があったんですか?」
 気絶したマリコルヌとその使い魔を放置してモンモランシーに事情を聞いてみると、三人でヴェストリの広場へ
 歩いていると、モット伯に出くわしメイド服を着た使い魔の少女、トリッシュに学院長室まで案内しろと命令して
 止める間もなくお尻を触り、それにブチキレたトリッシュとマリコルヌがボコボコにしたのだという。
 常にオスマンのセクハラを受けているので、ミス・ロングビルにはその気持ちが良く判った。
 しかし、同情はするが流石にこれは庇いきれない。オスマンならまだ許されるだろうが、王宮の使者である
 モット伯にこの様な振る舞いが許される筈が無い。
 それにこのモット伯にはヤバイ話が裏の世界で幾つも流れていた。
 最近平民の間で蔓延している『グリーン・ディ』と『オアシス』と言う名の二つの麻薬をこの男が流していて、
 それで得た巨万の富で誘拐された貴族や平民の少女たちを買い漁っているという噂だ。
 これは噂でしかないが、裏の世界でそんな噂が流れる事それ自体がこの男の危険性を物語っていた。
「あの…私、モット伯を医務室まで運びますので、その二人をお願いします」
「え?あ!ちょっとお待ちなさい!!」
 ミス・ロングビルは慌てて止めるが、その静止を聞かずモンモランシーはモット伯をレビテーションで浮かして  
 逃げる様に目の前から走り去ってしまった。
「はぁ…何でこんな事になっちまうのかねえ」 
 ミス・ロングビルは溜息を吐き、その溜息の分だけ幸せが逃げていくのを感じた。

 気絶していたトリッシュとマリコルヌを起こし、事態を把握していない二人に対し少し説教をした後に
 真っ青になっているマリコルヌを何とかすると安心させてミス・ロングビルは学院長室に向かった。
 その途中でモンモランシーと出会い、モット伯の容態を尋ね軽傷と聞いてホッとする。
 ギーシュの決闘を見る為に急ぐモンモランシーとそこで別れ学院長室を目指した。
「失礼します」
 学院長室に入るとオスマンとコルベールが何やら話し合っていたが、ミス・ロングビルに気付いて話を打ち切る。
「では、私はこれで」
「うむ。くれぐれも内密にな」
 コルベールがオスマンに会釈し学院長室を後にしたのを見送りオスマンの前に歩み出る。
「おお、ミス・ロングビル。胸とか凝っとらんかの?マッサージ得意なんじゃが」
「オールド・オスマン。スコップをブッ込まれるのと農薬をお茶に混ぜられるの、どちらがお好みですか?」
「じょ~だんじゃよ。で、なんじゃ?決闘ならもう終わっとるぞ」
「ご存知なら結構です。それからもう一つ御報告することがあります」
 マリコルヌとトリッシュのモット伯に対する暴行事件を聞き、流石のオスマンでもマズイと感じたのか
 ミス・ロングビルに医務室まで同行する様に命じた。
「わたしはかいだんからおちました。これはじこです」
 医務室に着き、既に眼を覚ましていたモット伯にオスマンが詫びの言葉をかけると呆けた様に答え、
 また眠ってしまった。
「事故と言っとるが?」
「そ…そんな事はありません!私は確かにこの眼で見ました!!」
 モット伯が蹴られている現場を見たからこそ、ミス・ロングビルはオスマンに報告したのだ。
 だが、被害者であるモット伯が階段から落ちたと嘘を吐く。それに様子もおかしい何故棒読みなのだ?
 そこで、ミス・ロングビルは気付いた。ここまでモット伯を運んだのはモンモランシーだ。
 彼女は水のライン・メイジで『香水』の二つ名を持つ。彼女がモット伯に何かをしたとしか考えられない。

「ま、本人もこう言っとる訳じゃし。この件はお終いにしてええじゃろ」
「お言葉ですがオールド・オスマン。相手は王宮の使者です、このままでは……」
「ミス・ロングビル。花に掛ける優しさを少しばかり生徒に分けてくれんかの?」
 オスマンの言葉にミス・ロングビルは頷く。確かに生徒の事を思うならこれで終わりにした方が良いだろう。
 オスマンに対する進言もあくまで秘書としての役割の内であり、仕事を果たしたまでだ。
 それに彼女はモット伯の様な貴族が大嫌いだった。
 これで全て終わりなのだと思ったが、オスマンは一つとんでもない事を言った。
 それは彼女にとってこの事件より重要な事だった。
「オールド・オスマン。今、何と仰いました?」
「花じゃよ。育てとるんじゃろ?しかし、花に愚痴を言う位ならワシがいつでも聞いてやるのにのう」
 おどけながら近づいてお尻を触ろうとするオスマンにスコップをブッ込み、ミスロングビルは泣いた。
 この学園で彼女にとって唯一の楽園は、今、この瞬間崩壊したのだ。
「じゃあの、ワシ行くから。今日はもう休んで貰ってええよ」
 泣き崩れるミス・ロングビルを見てマズイと思ったのか、オスマンはそそくさと医務室を出ようとする。
 しかし、思いついた様にミス・ロングビルに声を掛けた。
「フーケちゃんや、破壊の杖とアリャーキの書物以外は何でも持ってってええから。ワシ、大目に見ちゃう」
 オスマンは最後にそう言い残し医務室を出た。しかし、泣き崩れる彼女にその言葉は届かなかった。


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