ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-35

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「ちょっと、どこ行くのよ」
ゴーレムの肩から飛び降りようとする仮面の男に、土くれのフーケは非難めいた
口調で問いかける。
「ヴァリエールの娘を追う」
「わたしはどうするのよ」
「貴様は時間を稼げ 船が出港したならば後は好きにしろ」
合流は例の酒場で、と最後に言い残して男は宵闇に消えた。
男の去った方向を忌々しげにねめつけて、フーケはチッと舌打ちする。
「勝手な男だね全く・・・ま、これであいつともおさらば出来るわけだけど」

一方酒場では、降り注ぐ矢の雨にその身を晒しながらギーシュのワルキューレが
厨房へと走っていた。次々と突き刺さる鏃に身体をよろめかせながらも、どうにか
目的地へと辿り着く。
「本当にそう上手くいくかなぁ」
とぼやきつつも、ギーシュはキュルケの指示を遂行する。ワルキューレを操って
油の張られた鍋を乱暴に掴ませ、入り口に向かってそれを投げさせた。
「弱気になってちゃ、出来るものも出来なくなるわよッ!」
語尾に気合を込めてそう言うと、キュルケは素早く立ち上がって入り口に
ぶちまけられた油に点火する。こんな時でも余裕を忘れない表情でキュルケが
再び杖を振ると、威勢のいい音を立てて炎が燃え上がり、今まさに中に踏み込もうと
していた傭兵の一隊に容赦なく襲い掛かった。ごうごうと唸りを上げて燃え盛る
火炎に巻かれて一も二もなく逃げ出す彼らに、キュルケは追撃の手を休めることなく
杖を掲げて呪文を唱え続ける。敵に身を晒す彼女に罵声と共に無数の矢が射掛け
られるが、とっくに読んでいたと言わんばかりにタバサが風で弾き飛ばし、その風を
使ってそのまま敵陣に炎を運び込む。怒涛の如く攻め立てる猛火に隊としての
統率もなくして逃げ回る彼らを満足げに眺めて、キュルケは優雅に一礼した。
「名もなき傭兵の皆様方 こんなにたくさんの鏃、わたくしとっても感激しましたわ
お礼と言ってはなんですけれども、この『微熱』のキュルケ、精一杯お相手させて
いただきますわ」

意思を持つかのように自由自在に襲い掛かる炎に、魔法の使えない傭兵達は
弓矢を放り出してなすすべもなく逃げ出した。どこからか調達した水をかぶって
突撃を敢行した一団もあったが、それもタバサのエア・ハンマーで丁重に追い
返されていた。そんな様子を俯瞰して、フーケは呆れたように首を振る。全く
使えない奴らだと思ったが、目的は足止めなので傍観を決め込むことにした。
そしてそのまま二分が経ち三分が経ち――五分が過ぎる頃には、殆ど全ての
傭兵が散り散りに逃げ出していた。
フーケはちらりと桟橋の方向に眼を遣る。船はまだ出港してはいないようだった。
「やれやれ・・・命を助けられた恩だけは返さないとね」
土くれのフーケは一つ嘆息してそう言った。

「十秒以内に出てきな!宿ごと潰されたくないならね」
聞き覚えのある声が上から降ってくる。ギーシュは不安げな顔で二人を見た。
「ど、どうする?」
「どうするって・・・出るしかないでしょ」
キュルケの言にタバサが頷いて同意の意を示す。フーケの秒読みが聞こえる
中素早く二言三言言葉をかわし、彼女達は入り口目掛けて一気に走り出した。
飛び出して来たキュルケ達を見てフーケは口を開いたが、その口から言葉が
出る前に彼女目掛けて逆巻く風に乗せて炎と石塊が撃ち出された。
「なッ!?」
いきなりの攻撃に面食らいつつも、フーケは自身にそれらが着弾する前に
なんとかゴーレムの手を割り込ませる。
「このッ・・・ものには順序ってもんがあるでしょうが!」
怒りを露にして再び地面を睨むが、
「・・・!?」
彼女の視界には誰一人として映らなかった。

左下からゴォッという音が聞こえ、眼前の光景に驚きながらもフーケは
反射的にゴーレムの掌をその方向に向ける。当てずっぽうな動きでは
あったが、そうして突き出された手は見事にキュルケの火球を受け止めた。
しかし一瞬遅れてキュルケを見たフーケは、またも目を疑った。その場に居た
のはキュルケ一人――ギーシュとタバサはどこにも見当たらなかったのだ。
――まさか!?
フーケはゴーレムごと半壊した宿屋を向いていた身体を捻る。肩越しに見た
後方では、フーケに無防備に背を向けてタバサが疾走していた。タバサの
行く手からは、彼女の使い魔シルフィードが翼を羽ばたかせて猛然と
接近している。
「あの風竜で船まで逃げようってわけかい!そうはさせないよッ!」
フーケのゴーレムは乱暴に宿屋から崩落した岩塊を掴む。

ドシュゥゥゥッ!!

その手から投げられた岩石は風を切り裂いてシルフィードに迫り、
「きゅい!?」
面食らった風竜は岩の弾丸を避けたまま、螺旋を描いて上空高く逃げて
しまった。フーケはニヤリと笑うと、杖を振りながらタバサを見下ろす。
「ツメが甘いのよおチビちゃん!」
フーケの言葉に呼応するかのように、ゴーレムの足元からは四体の
甲冑の騎士が生まれ出す。武器を持たないその騎士達は、二体がタバサ、
二体がキュルケに徒手空拳で躍りかかった。二人はそれぞれ風と炎で
応戦するが、トライアングルの中でも上級に位置するフーケの錬金は
そうたやすく破れるものではない。逃げ回りながら奮戦するタバサ達だが、
後ものの数十秒でフーケの騎士が彼女達を捕らえるであろうことは火を
見るより明らかだった。

大ゴーレムに続く騎士達の練成でかなりの精神力を消耗し、フーケは
若干荒い息を吐きながら笑う。
「諦めなさいな チェックメイトよお嬢様方」

「僕を忘れてないかい?ミス・ロングビル」

突如聞こえたその声にしまった!と心で叫ぶがもう遅い。フーケが声の
する方へ振り返るのと、ギーシュのワルキューレが半壊状態のベランダ
から跳躍したのはほぼ同時だった。フーケが呪文を唱える間もなく、
拳を振りかぶったワルキューレはその射程に彼女を捉えていた。
「女性に手を上げたくはなかったんだが、僕の友達の為なんだ
許してくれたまえ」
余裕ぶった口調と裏腹に、冷や汗をダラダラ流す顔を笑みの形に歪めて
ギーシュが言う。その言葉にフーケが痛みを覚悟する前に、ワルキューレの
拳がフーケに容赦なく炸裂した。
「うぐッ・・・!!」
脇腹を強かに殴り抜かれて、フーケはゴーレムの肩から吹っ飛ばされた。
――・・・ッ!中々のコンビネーションだわね・・・でも甘いわッ!
頭から宙に放り出されても、フーケは闘志を失くしていない。己の右手に杖が
あることを確認し、冷静な心でレビテーションを――
「きゃああっ!?」
いつの間にか接近していたシルフィードに腹をがっちりくわえられ、フーケは
思わず杖を取り落としてしまった。

「かかか、勝ったのかい僕達は!?」
「うるさいわよギーシュ ほら、よく見なさい」
キュルケとタバサに駆け寄って、興奮と不安の入り混じった口調で落ち着きなく
問い掛けるギーシュを軽くたしなめて、キュルケは楽しそうに宣言した。
「勝利よ わたし達のね」

杖を折られて、フーケは地面に横たわっていた。腰に両手を当てた格好で
キュルケが正面から彼女を見下ろしている。緊張が解けたのかその場にへたり
込んでいるギーシュの横には、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴くシルフィードの
頭を撫でて労うタバサがいた。
「シルフィードに岩を投げられた時は肝を冷やしたわ」
そう言ってキュルケは肩をすくめる。作戦が失敗したら、即座にシルフィードで
逃げるつもりだったのだ。シルフィード自体には当たらなかったが、あの投石は
それでも十分すぎる効果を発揮した。もしギーシュの不意打ちが失敗していれば、
シルフィードが戻ってくるより早くキュルケとタバサはやられていただろう。
勝利を喜びながらも、彼女達は己の甘さを思い知った。

「さて、牢獄に叩き込まれる前に何か言っておくことはあるかしら?ミス・ロングビル」
一応杖を握ったまま、キュルケはフーケに尋ねる。フーケは勝者の余裕を見せる
キュルケをキッと睨み――
「お願い!見逃して頂戴!」
がばっと頭を下げた。予想だにしないフーケの行動に、キュルケは目を白黒させる。
「は、はぁ?何言ってるのよあなた」
「まだ売り払ってない盗品を全部あげてもいいわ!だからお願い!」
プライドも捨て去って殆ど倒れ込むような形で土下座するフーケを、キュルケは
信じられないといった顔で見下ろす。
「あなた、自分がしたこと忘れたわけ?わたし達を殺そうとしておいてよくもまぁ
そんなことが言えたものね」
「そのことは謝るわ!本当よ!あの男・・・ギアッチョに殺されかけて、そして
地下の牢獄で死刑を待つ身になってわたしはようやく命の大切さを思い出したわ
あんた達と同じ、わたしにも守るべき人がいる・・・ その子達の為にわたしは
死ぬわけにはいかないのよ」

フーケは必死の面相で訴えるが、キュルケは呆れたように首を振る。
「いい加減になさい 今時そんな嘘を一体誰が信じるって言うのよ」
「嘘じゃないわ!その証拠にさっきあんた達が宿から出て来るまで待ってた
じゃない!やろうと思えば宿屋ごと踏み潰すことも出来たのよ!」
ギーシュは見ていられないという顔で、タバサはいつも通りの無表情でフーケを
見つめている。乱れた服の裾を直そうともせず、フーケは思わず同情して
しまうほど哀れに助けを乞うている。キュルケもちょっと困った顔を見せたが、
破壊の杖の一件を考えるとフーケに同情の余地はない。
「・・・悪いけど、あれだけ躊躇なく人を殺そうとしてくれた後でそんなことを
言われても全く信じられないわ みっともない命乞いはやめなさいよ」
その言葉に、フーケは弾かれたように起き上がった。
「ッ!?」
「どれほど惨めだろうがみっともなかろうが・・・あの子達の為に私は生きなきゃ
ならないのよッ!」
上半身を起こして、フーケは懐から何かを抜き放つ。双月を反射して鈍色に光る
それは、およそメイジには縁のないもの――ナイフだった。
基本的に、メイジは剣を持たない。杖を差し置いて剣を持つなどということは、
杖で生きる彼らにとっては恥ずべきことであった。にも拘らずフーケは懐に
ナイフを忍ばせ、迷うことなく引き抜いたのである。それに気付いてキュルケ達が
驚いた瞬間、フーケはシルフィードに飛び掛った。シルフィードに乗って何とか
逃げ切ろうとするフーケの賭けは、しかしタバサのウインド・ブレイクによって
あっさり挫かれる。叩きつけられた風で彼女のナイフは後方へ弾かれ、彼女
自身もまた風を受けて仰向けに倒れこんだ。
「あぅッ!」
「・・・本当に、何としても逃げ出すつもりってわけね」
キュルケは一つ溜息をつくと、努めて感情を殺した顔でフーケを見る。
「だけどダメよ 今更あなたは信じられないわ」

「ほら、行くわよ!」
町の衛士に突き出そうと、キュルケはフーケの腕を取る。
「ま、待ってくれたまえ!」
しかしフーケを引っ張り起こそうととする直前、ギーシュがキュルケを呼び止めた。
「何よギーシュ、信じるって言うの?」
綺麗な顔に困惑の色を浮かべて彼女はギーシュを見る。ギーシュはまだ迷って
いるようだったが、意を決して口を開いた。
「ぼ・・・僕はフーケを信じるべきだと思う 勿論彼女の行動が肯定出来る
わけじゃないが、彼女の言っていることは僕にはよく分かるんだ」
その言葉に、フーケが驚いた顔でギーシュを見る。
「命を失うような目に遭えば、多かれ少なかれ人は変わる・・・僕もそうだった
散々馬鹿にされた挙句に自分の魔法で殺されかけて、僕はようやくルイズの
受けていた屈辱が理解出来た きっとフーケも同じなんだと思う
眼前に己の死を突きつけられて、彼女はやっと死の恐怖が理解出来たんだ
そして、己の死によって彼女の言う守るべき人達が一体どうなるのか・・・
それすらも、彼女はそこで初めて理解したんだと僕は思う」
ギーシュは真剣な眼でフーケを見据える。
「・・・ギーシュ」
キュルケは何か言おうとしたが、この上なく真面目な彼の眼を見て黙り込んだ。
キュルケに申し訳なさそうな顔を向けて一言「ありがとう」と言って、ギーシュは
フーケの前にしゃがみこんだ。
「フーケ・・・いや、ミス・ロングビル 僕にはあなたにメイジとしての誇りが
あるかは分からない ・・・だから、あなたが守るべき人達にかけて誓って欲しい
これからはその人達の為だけに生きると」
その言葉に、フーケは肩を震わせて俯く。その口から小さく、しかしはっきりと
こぼれた「誓います」という一言に、ギーシュは満足げに頷いて立ち上がった。
「すまないキュルケ・・・でもきっと大丈夫だよ 僕には分かるんだ」
自信に溢れる笑みでそう言うギーシュに、キュルケは溜息をついて笑う。
「全く・・・あなたって、本当にバカよね」


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