ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

12 寒い部屋、温い心

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12 寒い部屋、温い心

夜が世界を覆う。二つの月の光に圧され、星の輝きが弱々しい。ルイズは一人で窓枠に片肘をつき、夜空を見上げていた。
風が吹き渡り、ルイズの体を凍えさせる。痺れた頭にはちょうど良い。考えを纏めなくてはならない。
今、室内には自分しかいない。寝巻きに着替えさせた後、使い魔は外で寝るように言いつけた。表面上は居丈高に「授業妨害の罰」としてのこと。実際はそうではない。
不可解で、危険だ。少し遠ざけておきたかった。自分の使い魔だというのに。
あの傷、あの寝言、あの決闘。時折放つ、あの気配。考えるまでもなかったのに、今まで無防備に過ごしていた。
あの男は殺人者だ。平民で、字も読めない。それでもあいつは人を殺してきたのだ。人形を何に使うつもり?人を殺すために決まっている。

決闘の時のことを深く思い出す。ゴーレムが操られる直前、自分が感じた悪寒のことを。同軸上に立っていたゴーレム、自分、使い魔。
「何か」が使い魔から放たれ、自分を通り過ぎ、ゴーレムに取り付いた、と思う。言っていたではないか、「一対一の決闘」と。あの男は自らのその力で土人形を、ゴーレムを操る。
寒気が全身を走る。ルイズは思わず窓を閉じる。ベッドに勢いよく腰掛ける。幽かな月光を受け、部屋は薄く青らむ。膝に手をやり、俯く。

正直な話、主人に忠実でない使い魔など、誇れるものではない。表面上は忠実ではあるが、肝心な時に言うことを聞かない。腹の底で何を考えているのか、判ったものではない。
コントラクト・サーヴァント、失敗したのだろうか?考え直す。いや、本当に失敗したのなら、全くの他人ならば、とっくに私は殺されている。男は脱走しているだろう。
気に入らない。前向きだが下向きの考え。上方修正の材料が欲しい。気持ちが揺れていることを自覚する。あの男は、自分の魔法の才能が「ゼロ」じゃないことの証明でもあるのだ。
何とか飼いならせないものだろうか?その意識が彼我の間に溝を作っていることに、ルイズはまだ気づかない。

不意に顔をあげる。何かが割れる音。窓の外で誰かの声。近い。再び窓を開け、身を乗り出し、見回す。隣の部屋の窓が吹き飛んでいる。下を見ると、男が地面に横たわっている。ガラスと木の欠片がまぶされている。
キュルケが男を部屋に入れるのは、今に始まったことではない。ダブルブッキングもそうだ。平和なことだ。多少だが気が軽くなる。窓を閉め、部屋に明かりを灯す。
廊下の様子が気になる。男は文句も言わずに、磨かれた石の床に横たわっているのだろうか。流石にやりすぎただろうか。少なくとも今はまだ、ギーシュの他に被害は――

もの思いを妨害するかのように、再び男の声。さっきとは別人か。地面に肉体が打ちつけられる音。またか。
ギーシュは二股がバレた時に、あんな目にあったというのに。まったく得な性分だ。いつか自分にも恋人が出来るだろう。決してツェプルストーの家には――
更なる物音。男達の口々に叫ぶ声。そして、何かが燃えるボウという音。
なだというのだ。ルイズは苛立つ。こっちは真剣に考え事をしているというのに、隣の部屋では引きも切らずに男がやってきて、燃えて、墜ちてゆく。文句の一つも言おうと立ち上がり、廊下に出る。

廊下は部屋よりもなお寒かった。隣の部屋のドアをキッと睨みつけ、そして違和感。男は、使い魔はどこに?
どこか暖かい寝床を求めてさまよっているのか。そこまで考えた瞬間、思いつく。まさか。キュルケの部屋のドアを、物凄い勢いで開け放つ。

最初に背中が目に入った。部屋の中央に彼女の使い魔が、こちらに背を向けて立っている。顔だけで振り返る。無表情。部屋は月光で明るく、蝋燭が僅かに明度をあげている。窓は吹き飛ばされ、いびつな丸い穴と化している。
ルイズは手近な燭代を蹴り飛ばしつつ、使い魔に歩み寄る。

「キュルケ!」 男の横に立ち、奥に鎮座するネグリジェ姿の女に怒鳴る。
「取り込み中よ。ヴァリエール」 ベッドに横座りしたまま、キュルケが言う。レースのベビードールの他は何も見につけていない。
「ツェプルストー! 誰の使い魔に手を出してんのよ!」 目に怒りの炎を燃やし、手はわなわなと震えている。
「しかたないじゃない。興味があるんだもん」 キュルケは両手を上げる。 「決闘の時から、ずっと興味があったのよ。デーボに」
デーボ?使い魔の名前か。なんで自分より先にこの女に教える!?ルイズは男を――デーボを――じろりと睨む。
「来なさい。デーボ」 ルイズは使い魔の手を引き、部屋から出ようとする。
「あら、お戻りになるの?」 キュルケは幾分悲しそうにデーボを見つめた。ルイズはかまわず歩き出す。デーボも付き従う。
「また今度、続きを聞かせてね! すっごく興奮しちゃった!」 部屋の中から声が聞こえる。ルイズはドアを蹴り飛ばして閉める。

使い魔を連れ、部屋に戻る。内鍵をかけ、デーボに向き直り、叫ぶ。
「まるでサカリのついた野良犬じゃないの~~~~~ッ!」 怒りのあまり声が震える。男はなにやら呟いている。猫がいるなら犬もいるか。他人事のようなその態度が、ますます火に油を注ぐ。
机の引き出しから乗馬用の鞭を取り出す。振り向き、吠えるように言う。
「そこに這いつくばりなさい!」 鞭を振り上げる。デーボは怪訝な表情。なぜだと言い返す。
「ツェプルストーの女に尻尾を振るなんてぇーーーーーーッ!犬ーーーーーーッ!」 デーボを打ち始める。

キュルケの言ったことに嘘偽りはなかった。廊下で転がっているルイズの使い魔を見て不憫に思い、部屋に招きいれた。
入ってきた男は何をするでもなく立ち尽くしているため、多少不満に思いながらも水を向けた。男の素性、どこから来たのか。
話の枕に過ぎないはずの平民の話。キュルケは引き込まれ、他の男の優先順位を下げる。話の途中でルイズが闖入し、せっかくの興味の種を連れ去ってしまった。
デーボは説明しようとしたが、聞く耳の持たない主人の剣幕を見て、押し黙る。床に胡坐をかいて座る。大したダメージではない。やりすごそう。

誤解の解けぬまま、暴力が振るわれる。鞭の振るわれる音、そして肉を打つ軽快な音が、一定のテンポで室内を跳ねる。

男を痛めつけたルイズは多少気が晴れる。椅子に座り、足を組む。デーボに言う。
「あんたが誰とつきあおうがあんたの勝手。でも、キュルケはだめ」 息がまだ荒い。デーボ気の無い声で、わかったという。本当にわかっているのか。
ルイズは説明する。キュルケは隣国の人間であること。ツェプルストー家は自分の家の仇敵であること。使い魔たるお前は我がヴァリエール公爵家の禄を食んでいるのだから、自分の言うことには従うこと。
デーボにとっては全く無用な知識を教え込み、満足する。なんだかおとなしいじゃない。少しは鞭打ちが効いたかな?

気分が良くなり、余裕が生まれる。デーボを上から下まで見る。
「ねえ、明日は虚無の曜日だから、街につれてってあげる」 デーボは怪訝そうにルイズを見る。
「そんなボロ布、いつまでも着てちゃ私が恥ずかしいでしょ?服、買ってあげるわ」 デーボは珍しいと呟く。ルイズの耳には入らなかった。
再び廊下に出ようとするデーボを止める。またキュルケに引き込まれたらどうする。優しさを施すルイズの目には、石と大差ない硬さの木の床は目に入らない。


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