ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

11 倦む現実、死ぬ夢

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11 倦む現実、死ぬ夢


デーボは使い魔――というより、下男――としての生活を続けている。理由は簡単、手足をもがれているからだ。人形は届かない。ギーシュに圧迫をかけるも、青ざめて知らないと言われるばかり。未だ一銭も持たず、あまり満足な食事も与えられていなかった。

朝は早い。寝苦しさと痛みに耐え切れず、床に平行になったかのような背骨を軋ませ、朝日の前に起きる。そのまま何をするでもなく朝を迎え、ルイズを起こす。
服を着せ、靴を履かせ、背中を丸めてマントの留め金も止める。互いに無表情。ルイズは何を考えているのかは判らない。こっちも何を考えているか、相手に読み取らせはしない。
外の水汲み場までバケツで水を汲みに行き、また部屋に戻る。ルイズの顔を洗う。これはすぐに自分で洗うようになった。デーボの手のひらと指に付いた傷は、他人の顔を洗うのに適さない。
食堂に行き、床でパンを食べる。雨でもなければ、外に持っていき、そこで食べる。食べられもしない肉の匂いが漂う中で、わざわざ唾を飲み込む理由はない。
食事の際外に出る理由はもう一つある。学院の裏手に回り、食堂の勝手口に近づく。あの時、シチューを施してくれたメイドが立っている。ぎこちない笑顔。
残飯を貰う。メイドは厨房へ戻る。その場で食べ、空いた容器を扉の横に置く。立ち去る。
初めは不満げなルイズだったが、一週間も経つうちに何も言わなくなった。
食事が済むとルイズは教室へ、デーボは彼女の部屋へと戻る。床を箒で掃き、塵は面倒なので窓から散らす。机と窓を雑巾で拭く。バケツは一つしかない。その後は洗濯をする。軟らかい下着を、硬い手が擦る。

上記のいずれかで失敗をすると、食事が抜かれる。逆に言えば、食事以外に取り上げるものがない。衣服はボロ布だし、部屋を追い出してはルイズ自身が困る。
信頼の一片も生み出すことなく、互いの日常は続く。デーボは疲れていた。

掃除洗濯を終えると、主人の授業の供をする。相変わらずルイズの後ろに座る。
その日は黒い長髪を後ろに撫で付けた、面長の男が教えていた。丸眼鏡の奥の目が細められている。
「皆さん。前任のネメシス先生が、残念ながら実験中の事故で怪我を負ってしまいました」 生徒達を見回し、優しい声で告げる。
「ネメシス先生が教職に復帰できるまで、私、ミハエル・ゼールビスが『魔法とそれ以外の併用生活』について教えていきたいと思います」 よろしくお願いしますとにっこり笑う。

授業内容は初めこそ興味を持った。生活とは名ばかりで、やたらと実戦的な話が続く。
「――パンの元の麦粉は、ただ火をつければ燃えるだけですが――」
「――ハサミと同じで、位置をずらして左右から衝撃を加えれば――」
「――火は油だけで燃えてるのではなく、まわりの風から必要なものを――」
「――例えば馬車に苦土をたっぷり詰め込んで、それを練成して――」
だがそれも、板書が始まるまでの間だった。この世界の言葉、聞き取りはできるが字が読めない。文盲である。
労働の疲れが眠気を呼ぶ。酒も入らずに昼間から船を漕ぐ。デーボは無為な生活に疲れていた。最後の仕事を夢に見る。

ルイズは熱心にノートを取っていた。通路を隔てた側に、キュルケが座っている。退屈そうに頬杖を付いている。ルイズの方を向く。
「ねえ、こんなの真面目にやる必要ないわよ」 小声で囁く。
「なんでよ?」 ルイズはキュルケに目もくれず聞き返す。
「知らないの?あいつのあだ名。『血煙』っていうのよ。あいつただの――」 身を乗り出して教師の素性を暴露しようとする。

「…なぜ………冷蔵庫……………」 男の呟きが聞こえた。二人が振り返る。ルイズの使い魔は椅子に浅く座り、頭を直角に垂れた体勢で眠っていた。寝言だ。
キュルケはクスクスと笑う。ルイズはむかっ腹を立て、使い魔を睨む。使い魔が授業を聞いてどうする。別に起きている必要はないのだ。自分に言い聞かせ、正面に向き直る。
「ヒヒヒ………グフヘヘ………」 奇妙な笑い声が後ろから聞こえる。ルイズは苛立つ心を懸命に抑える。
「…ケケケ………ウギ…………」 笑い声が人間離れしてきた。他の生徒が聞き耳をそばだてる。
「てめーの…………キン………小便…………」 女子生徒がひそひそと囁きあう。男子生徒がこらえきれずに吹き出す。キュルケは楽しそうな顔で男を見つめる。ルイズは我慢の限界を迎えた。
「ちょっと!なんの夢みてんのよ!」 男を揺り動かす。教室は笑いに包まれる。なおもデーボは眠り続ける。
最後の手段にでようと、ルイズが蹴り倒そうと立ち上がる。足を振り上げる瞬間、男は静かにはっきりと言った。

「死ね」

紛れもない殺意のこもった一言に、教室は静まり返る。止めようのないルイズの足が使い魔に当たる。呻き声をあげて男は目を覚ます。ルイズを見上げ、椅子に座りなおす。誰もが無言。
ルイズは座る。しばらくの間をおいて、教師が困惑した表情で授業の続きを切り出す。皆が皆、人知れず息をついたような空気。それから逃れるものはいなかった。

平民が貴族を打ち破った。あやしげな力を用いて、自分の手を汚さず、残酷に。ギーシュの立場はそう変わるものでは無かった。同情の声も一部からは上がっていた。

デーボを見る生徒達の目は、もといた世界でのそれと大差がなくなった。彼を平民だからといないかのように扱う人間はいなくなった。目をあわせようとする僅かな人間も、主人の他にはいなくなった。恐れを知らない一人の女性と、彼女の使い魔以外は。
デーボは疲れていた。人形はまだ届かない。


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