ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

10 遅い目覚め、早い駆け足

最終更新:

familiar_spirit

- view
だれでも歓迎! 編集
10 遅い目覚め、早い駆け足

三日ほど眠った後、ギーシュは目を覚ました。もっとも、起きた時点では時間の経過を知りようもない。部屋の明るさから、昼だとしか判別がつかない。あとは自分の体内時計。空腹だった。
自分の部屋の、自分のベッドだ。起き上がり、体中の痛みに最前までの記憶が呼び起こされる。
大勢の生徒の前で――自分の友人と、彼女の前で――いいように弄ばれ、死ぬ寸前だった。誇りある貴族が足蹴にされ、血反吐にまみれ、杖を折り……。最悪だ。
二人の女性とは破局だ。人望も失墜するだろう。あの「ゼロ」の使い魔に負けたのだ。部屋の静寂が身にしみる。
ギーシュは一人、自嘲の笑いを漏らす。誰にでもない、自分に向けたポーズだ。そんなものがいらないことは判っている。包帯の巻かれた頭をうなだれ、溜息をついた。

部屋のドアが遠慮がちにノックされ、応答する前に開く。黒髪のメイドが入ってくる。確か…決闘の間接的な原因を作ったのが彼女だった。いや、自分か?
半身を起こしているギーシュに気づくと、メイドはビクリと身をすくめる。ギーシュは不審も怒りも面には出さず、用件を優しく尋ねる。いつもの調子であり、芝居がかって見える。それをたしなめてくれる人間は、彼の周りにはいない。
メイドはこわばった面持ちで、自分は頼まれて様子を見に来たのだという。視線は下に向いている。ギーシュは自分の失敗を悔いる。平民とはいえ、女性にあの態度。勘当されても文句は言えない。
しかし頼まれてと言った。いったい誰に?楽しい想像が頭に浮かぶ。慈悲と憐憫の情に流されて、モンモランシーが決意を取り下げたのだろうか。
目が覚めたと告げに行くのだろう、メイドがそそくさと立ち去ろうとする。名前を聞いておく。彼女の名はシエスタと言うらしい。顔をしっかりと覚える。扉が閉まるまで、ギーシュは笑顔で見送った。

モンモランシーにどんな言葉を掛けるのが一番効果的なのか、横になりながら考える。哀れみを誘うような、ひどく打ちひしがれたような……、待てよ。頼んでいたのがケティだったらどうする?彼女には年上として、安心感を与える言葉を……。

授業の終わる鐘の音が部屋にまで響く。耳を澄ます。しばらくして、足音が近づいてくる。パタパタと小走りのものが一つ。ゆっくりと歩くものが一つ。さっきまでの浮かれ気分はどこかへ消えた。
扉が開かれ、傷だらけの大男が薄ら笑いを浮かべながら入ってくる。ギーシュは己の状況を噛み締める。体中の包帯が身を締め付けるような錯覚に陥る。
ゼロのルイズも一緒についてきているのが、僅かでも救いだろう。なにがどう救いなのか、自分でもよくわかっていない。僕が殺されそうになったなら、止めてくれはするだろう。一滴の水のようにありがたい。
観念したギーシュは上体を起こす。男が、使い魔が近づいてくる。見ると、ギーシュよりも直りが遅いようだ。飼い主が秘薬をケチったのか?
そういえばこいつは、召喚された時から死に体だった。その時と合わせて、一体いくらつぎ込んだのだろう。ルイズの顔を見る。微妙な表情。彼女も災難なことだ。
自分の災難を目の前にして、ギーシュは自嘲の笑いを漏らす。今こそ欲していたものだった。

すべてを失う覚悟に反して、要求は非常に小さなものだった。人形を複数。それと金。金は秘薬の代金分だけでいい。人形は膝丈ぐらいの、地味なもの。そして最後に、黙っていること。ルイズが口を挟む。人形なんてどうするのよ? まったく同感。
男は生返事を返す。ルイズはぶちぶちと文句を言う。拍子抜けしたギーシュは口を滑らせる。それだけでいいのかい?男は部屋を見渡す。物色する目つき。ギーシュはあわてて約束する。
急げと言い残して男は部屋を出る。ルイズがわめきながら後に続く。人形なんかどうするのよ!?廊下に響く。そして静かになった。

ギーシュは一人考える。人形をどうするかは自明のはずだ。操り、動かして……それからどうするんだ?誰彼かまわずに襲い掛かるのか?バカな。そこまで血に飢えてはいないだろう。今後、なにかするつもりなのか?たとえば……。
思いつかない。それが嫌な予感を生む。気が重い。

ノックの音。ギーシュは心持ちそのままに、不安定な声で応えた。結果的に、それが良かったのだろう。心配そうな顔を隠しもせずに、モンモランシーが入ってきた。
嫌な時間の後には、楽しい歓談の一時。禍福は糾える縄の如し。そう、これが終わったら気の進まない仕事がある。家に手紙を出し、人形を用立ててもらわなくてはならない。何の為かも判らぬまま。答えが出ないまま先に進むのは、不安だ。

ギーシュは嘘をつくのが下手という訳ではなかったが、用件を伝えるにあたって隠すべきことが多すぎた。必定、文章は不自然になって行く。何かを隠しているということは、身内が読めばすぐに判るだろう。疲れているギーシュには、それを客観的に眺める余裕がない。
まだ日が暮れるには時間がある。包帯を解き、フリルの付いたシャツに着替える。痛む体をおし、敷地内の詰め所にまで降りてゆく。
手紙を届けてくれる旨を辛そうな顔と声で伝える。早馬が駆け出す。これで安心だ。手紙の内容がちょっとした手違いを生むことは、まだ誰も知りようがない。

場面転換、ついでに時間も次の日


太陽が天頂から地面に引き込まれ始める時刻。複数の荷馬車が一列に、街道を通ってゆく。先頭の馬車には太った中年の男。青い髪、青い髭、白地に青のストライプシャツ、紫のベスト、紫の鍔なし帽。
男は王国有数の商人であり、荷馬車の列は商隊である。彼は巨大な店を持つことに飽き足らず、販路の拡張と商品の仕入れを自らの手で行う。そしてまた、貴族の御用商人としての顔を持つ。
横を早馬が追い抜いてゆく。男は自分の馬に鞭を打つ。後続にも速度を上げるように伝える。目的地は近い。王立軍元帥の館はもう見えるだろう。


グラモン家の家訓はそこに住まうものなら周知のことであり、主人付きの執事から、庭師の甥までもが了解していた。
馬が衛兵と問答し、門をくぐり、薔薇の咲き乱れる庭を進み、館に入る。館の女主人の元に、息子からの手紙が届けられる。
大粒の宝石を付けたリングをはめた指が、手紙を開く。視線が手紙の上を嘗め、眉間に薄く皺が寄る。内容もさることながら、なんだろう、この文章は。なにかを隠している。
愛すべき他の息子達のことを考えれば答えは簡単。人形は女性へのプレゼントだろう。だが、まだ何か、不信が残る。頼りない四男坊、鞘当てに敗れてこんな手紙を?だとしたらどうする?親として、するべきことは?
そとが賑やかだ。窓を開け、門の方を見る。使用人が庭先に集っている。御用商人が来たらしい。
長い隊列の後ろの馬車には平民用の嗜好品。前に行くに従って、高級になっていく。頼めば、手に入らないものはない。
先頭の馬車には何が入っているか、隊商長――あの太った、人相のいい男――しか知らないらしい。
彼以外には開けられない鉄の金庫が入っている(彼が死んでも、財産は永久に残るのだ。誰の手にも触れさせず)とも、振り上げれば炎が巻き起こる、魔剣が束になっているとも伝え聞く。
彼になら、私と息子に必要なものが手に入るかもしれない。女主人は、ゆっくりと立ち上がり、応接間へと向かった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー