ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

タバサの大冒険 第7話 後編

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 ~レクイエムの大迷宮 地下8階~


 ガタンッ!

 乳母車を抱えるハーヴェストと、それを奪い取ろうとするハイウェイスターの手の力が反発を起こし、乳母車が大きく揺れる。二つの力が拮抗することで、ハーヴェストの走行スピードに若干のブレーキが掛かる。
『ぬううッ……!』
 数で圧倒的に勝るハーヴェストから、ハイウェイスターは中々乳母車を引き離せない。
 両者が抵抗を続けるその度に、ガタガタと音を立てながら乳母車全体に振動が走る。
「……ふぁ……ふ……フギャア!フギャア!フギャア~!!」
 やがてその振動に耐え切れなくなったのか、眠っていた赤ん坊が目を覚まして耐えられないとばかりに泣き始める。迷宮内に、赤ん坊の神経質な叫び声が途切れることなく反響して行く。
『クソッ!こいつらとっとと離しやがれ!ええいッ!俺としたことがまた女を泣かせちまったぜ!』
 乳母車の中の赤ん坊が女であることを思い出したハイウェイスターが毒づく。
 何とか彼女を救い出そうとハイウェイスターは更に手に力を込めるが、何時まで経ってもハーヴェスト達によってガッチリと固定された乳母車を奪い返すことが出来ずにいる。
 ――そして、ハイウェイスターが焦りを抱き始めたその瞬間、それは起こった。
「ホギャア!ホギャア!ホギャアァ~ッ!」
『な…何だッ!?ガキの姿が……見えなくなってくッ!?』
 泣き喚く赤ん坊を中心として、ハイウェイスターの目の前にある全ての“もの”が透明になって消えて行く。
 その現象はやがて、乳母車全体に広がってそれを掴むハイウェイスターの腕にまで広がって行った。
『こ…これはスタンド能力だッ!このガキがスタンドで何でもかんでも透明にしちまっているのかッ!』
 これはあくまでも、見えている物が透明になるだけの能力であるらしく、ハイウェイスターには未だに乳母車を掴む自分の手の感触を確かに存在していることを感じていた。
 そもそも、視界よりも嗅覚によって相手を捉える能力に長けているハイウェイスターにとっては赤ん坊の姿が見えないことなどは大した問題などでは無かった。
 そして、乳母車に触れているハイウェイスターの体の透明な部分がどんどん広がって行くと共に、乳母車の足元に群がっているハーヴェスト達の姿もまた、次々と透明になっているのがハイウェイスターにはハッキリと“見えて”いた。
『邪魔スル奴ガイルゾ…!』
『目障リダゾ…!』
『ヤッチマウゾ…!』
『片付ケチマウゾッ…!』
 そんな声と共に、ハイウェイスターの体に妙な刺激が走り出す。
『うおっ……な、なんだッ…!?』
 脚から胴体、両腕に頭と、体の下から上に向かって「痒み」にも似た刺激が全身を覆って行く。
 背筋に冷たい予感が走ったハイウェイスターは、乳母車を掴んでいる片手を離して自分の体を払う。
 彼の手に何かが当たる感触が伝わって来る。それは全長数cm程の塊のような感触だった。
 そう――それは丁度、未だに足元で乳母車を抱えて走り出す、ハーヴェストの体その物のような感触!
『うおぉぉぉーーーーッ!!?』
 ハイウェイスターが全身を覆う刺激がハーヴェストによる「攻撃」であると気付いた時、たまらずに乳母車を掴んでいたもう片方の手も離してしまう。衝撃によってハイウェイスターの体が吹き飛ばされ、ゴロゴロと無様に地面を転がり回る。乳母車の運搬から離れたハーヴェストの群れが更にハイウェイスターを痛め付けるべく、四本の腕でハイウェイスターの体を次々に削り取って行く。
『クタバッチマエバイインダゾッ!』
『邪魔ハサセナイゾ!』
『トドメヲ刺シテヤルゾッ!』
『グッ…!ち、ちくしょう、こいつらッ…!駄目だ、振り払えねぇッ!』
 乳母車の中の赤ん坊が離れて行くのを、地面に倒れ伏したハイウェイスターは「臭い」で感知していた。
 それと共に、自分や自分を襲うハーヴェストの姿の透明化が解除され、目で見えるようになって行く。
「――クソッ!嫌な予感はしてたが、予想通りになっちまったぜ!戻れハイウェイスター!」
 ハーヴェストの攻撃によるダメージでハイウェイスターが完全に身動き一つ取れなくなる直前。
 自分自身の“鼻”でタバサ達をここまで誘導して来た噴上裕也が大急ぎで自分のスタンドを解除する。

「波紋疾走(オーバードライブ)!」
「クレイジー・ダイヤモンド!」
 スタンドを解除した噴上裕也を後方に下がらせて、前に出たツェペリの波紋とタバサの装備するDISCのスタンドが、ハイウェイスターの襲撃の為に乳母車の運搬から離れたハーヴェストの群れを一掃する。
 そのまま未だに乳母車を手放そうとしないハーヴェストの本隊を追跡すべく、間を置かずに走り出す。
「…しかしフンガミ君。大分手酷くスタンドをやられていたようだが、君自身は大丈夫なのかね?」
「ああ…ハイウェイスターは遠隔操作にしていたからな。だがここまでスタンドにダメージを受けちまった以上、次に出せるようになるまで結構な時間が掛かっちまうな」
 自分のスタンドがこうも手酷いダメージを与えられたことに歯噛みをしながら、噴上裕也は答える。
 それと共に、先程までハイウェイスターが繰り広げていた一連の攻防を、自分の記憶として頭の中に叩き込む。ハイウェイスターが“見た”光景を、本体である噴上裕也が共有して行く。
「……俺達は確かに奴らに近付いてる。それは間違いねぇ。
 だが気をつけてくれ。あのガキの乗った乳母車やコソ泥野郎のスタンドは、今は姿が“見えない”」
「見えないだと?」
 顔色一つ変えずに走りながら、ツェペリが背後を走る噴上裕也に首を向けて尋ねる。
「ああ。あの赤ん坊のスタンド能力だ。自分を含めて、その辺の物を何でもかんでも手当たり次第に 透明にしちまうってヤツだ。どうやらあのガキがストレスを感じると共に発動するシロモノらしいな……
 ギャアギャア喚いて涙からストレスを垂れ流しにしてるのが「臭い」を通じてよーくわかるぜ」
 涙にはストレスの原因となる物質が含まれている。だからこそ人は思い切り泣いた後は気分が スッキリするのだという話を思い出しながら、噴上裕也は言った。
『おいおい。姿が見えねぇんじゃあ、一体全体どうやって掴まえりゃあいんだよ?』
「それを今から考えようって話だろ。ま、俺だけなら奴の「臭い」を辿れば楽勝なんだがな」
『そう言っときながら、さっき大切なスタンドをボコボコにされてたのは何処のどいつだぁ?あ~ん?』
「やかましい!
 ……と言いたい所だが、確かにあそこまでハイウェイスターをやられちゃあ返す言葉もねえな」
『あらら。こいつはマジで重傷だわ』
「……見えるようにする」
 そこで噴上裕也とデルフリンガーの会話を制止するように、タバサがぽつりと呟いた。
『見えるように……って、何かいい手があるのかよ?』
「ある」
 デルフリンガーの問いに、タバサは迷うことなく断言する。
「だから、あなたの力が必要」
 そしてタバサは、自分の腰に挿したデルフリンガーの柄を軽く撫でて言葉を続けた。
「フム。何か策があるようだね、タバサ」
「…………」
 ツェペリの問いにタバサは小さく、しかし自身有り気に頷いた。
「よし、ではここは君に任せよう。私は君のアシストに回る。君の手並み、見せて貰うよ」
「わかった」
『よーし!オレに出来るコトなら何でもやってやるぜ!期待してるぜタバサ』
「うん。お願い」
 答えて、タバサは走りながらハーヴェストに盗まれずに済んだDISCの一枚を取り出す。
「――近いぞ!もうすぐだ……もうすぐ奴らの至近距離に入るぞッ!」
 彼女の後ろを走る噴上裕也が、赤ん坊の「臭い」を捉えてそう宣言する。

「ホギャア!ホギャア!ホギャア!」
 タバサ達が顔を正面に向ける。そこには何も見えなかった。
 だが彼女達の耳には、真正面から赤ん坊が泣き喚く声が確かに聞こえて来た。
「気をつけろ!透明になってる範囲はどんどん広がっているらしい…スタンド共も襲って来るぞ!」
「…………!」
 噴上裕也の叫びと共に、タバサは赤ん坊のスタンド能力で、それに近付く自分の体が少しずつ
透明になって行くのが見えた。時間を掛ければ不利だ。そう判断したタバサは迷うことなく手に持った
黄金色の装備DISCをデルフリンガーの柄へと差し込む。
「発動」
『よっしゃあ!』
 気合を込めたデルフリンガーの雄叫びと共に、差し込まれたDISCが刻み込まれた能力を解放する。
 その「愚者(ザ・フール)のDISC」を中心に生じた霧が、デルフリンガーに効果を増幅されたことで階層
全体を覆い尽くすかの如き勢いで広がって行く。
 そして霧は乳母車に乗る赤ん坊の所まで広がって行き――
 そのまま彼女のスタンド能力によって、透明になって掻き消える。
 そして、透明な部分は一定の大きさの塊となって前方へ向かって線状に伸び、透明な軌跡を作る。
『――おでれーた!だが確かに、これなら赤ん坊が何処にいるか見えるな!』
 赤ん坊が何もかもを透明にしてしまうならば、逆にその周囲を透明に出来る何かで覆ってしまえばいい。
 そして、ザ・フールのDISCが生み出した霧によって、赤ん坊を中心に生み出される透明な部分が剥き出しになれば、その部分こそが赤ん坊がいる中心点としてタバサ達の目にもはっきりと“見える”。
『……マタ来タゾッ……!』
『邪魔ナ奴ラダゾ……!』
『返リ討チニシテヤルゾ……!』
 赤ん坊が霧を透明にし続けている方向から、ハーヴェストの声が聞こえて来る。
 そして間も無く、乳母車を運んでいたハーヴェストの群れから、その一部分がタバサ達を迎撃すべく飛び出してくる。それまで赤ん坊のスタンドによって透明だったハーヴェスト達が、乳母車から離れたことによってその姿を露わにしていく。
 タバサは接近して来るハーヴェストに構わず、次に使うべきDISCを取り出そうと懐を探る。
「…………ぅ……っ!」
 タバサに群がるハーヴェスト達の四本の腕が、彼女から少しずつ皮や肉を削り取って行く。
 「痒み」にも似た痛みがタバサから集中力を奪って行くが、タバサはそれに耐えながらも何とか目的のDISCを取り出すことに成功する。
 ――その瞬間。
 急激に視界がぼやけ出したと思ったら、そのままタバサは全身の自由を失ってその場に崩れ落ちる。
『タバサ!?』
「ぅあ……!?う……あぁっ……!」
 タバサは必死になって立ち上がろうとするが、体が全く言うことを聞いてくれない。
 心なしか、今も彼女を襲っているハーヴェストの攻撃による痛みも麻痺しているように感じる。
 その中で先程取り出したDISCを取り落とさなかったことだけは、僥倖と言うべきだろうか。
『しししっ……!』
 彼女を嘲笑うハーヴェストの声にタバサが頭を上げると、ハーヴェストの一部が何やら細長い何かを持っているのが見える。
 それを見た瞬間、タバサは自分の身に何が起きたのかをはっきりと理解した。
「いかん……!」
 タバサの異変を見て取ったツェペリが速度を上げ、倒れ伏した彼女へと近付く。
「波紋疾走(オーバードライブ)!!」
 そして右手を振り上げ、彼女の体に纏わり付いているハーヴェストに向けて波紋を叩き込む。
「う……くぁ……っ!」
 ハーヴェストを通して、タバサの全身に波紋が流れて来る感覚が伝わって来る。
 彼女の体に張り付いていたハーヴェスト達は、彼女の体にくまなく流れる波紋エネルギーを受けてたまらずに跳ね飛ばされて行く。全身の神経が混濁する中で、急に外から明確な刺激を与えられたことにタバサは不快感を隠せずに声を漏らした。


「タバサ!しっかりしろ、大丈夫か!?一体ヤツに何をやられたんだ!?」
「……どうやら、こいつを体の中に流し込まれたらしいな」
 駆け寄ってきた噴上裕也に、ツェペリは先程ハーヴェストが運んで来た細長い物体を拾い上げて言う。
「こいつは……旦那の持ってたワインじゃねーか!?」
「そうだ。体内に直接アルコールを流し込めば、それだけで激しい酩酊効果がある……
 つまり彼女は今、酔っ払っていると言うわけだ。それも酷い泥酔状態だな」
 取り返した自分のワインボトルをしまいつつ説明するツェペリの言葉が正しいことは、今、噴上裕也が感じ取っているタバサの体が発するアルコールの「臭い」が証明していた。
「飲み過ぎには気を付けていたんだがねえ……それがこんなことになるとは」
「クソッ!こんな状態じゃあタバサに無理はさせられねえ!
 スタンドエネルギーの回復を待って、もう一度俺のハイウェイスターで……!」
「……大丈夫」
 噴上裕也の言葉を制して、タバサは震える手で体を起き上がらせようとする。
 体内を駆け巡るアルコールとハーヴェストから受けたダメージによって、そんな単純な動作も一苦労だった。
「タバサ!何が大丈夫なんだよ、そんなフラフラの状態で…!」
「……ツェペリさん」
 傍らに立つツェペリの顔を見上げて、タバサは言葉を続ける。
「私を……連れてって」
「いいのかね?」
「うん」
 自分の目を真っ直ぐに見つめて聞いて来るツェペリに、タバサははっきりと頷いた。
「わかった」
「ツェペリの旦那!」
 非難めいた口調で叫ぶ噴上裕也に、ツェペリは厳しい視線を送る。
「フンガミ君、これは彼女の決めたことだ。先程私は彼女のアシストに回ると言ったばかりだしな。
 彼女の意思は、出来る限り尊重させて貰うつもりだよ」
「………クソッ!」
 そう宣言するツェペリの言葉に、噴上裕也は無力な自分に向けての怨嗟を込めて、吐き捨てる。
「わかった!わかったよ、だが俺も付いて行くぜ!もうすぐハイウェイスターのエネルギーも回復する。
 次にまたタバサに何かあったら、今度こそ俺も手を出させて貰うからな!」
「いいだろう」
 そう言って、ツェペリは片手で軽々とタバサの体を抱き上げて、再び乳母車を追って走り出す。
 後に続いて走り出す噴上裕也に、タバサは軽く首を向けて、言う。
「……心配してくれて、ありがとう」
「…………!よせよ、俺は別に、礼を言われる程のコトはしちゃいねえ」
「いいの。ありがとう」
 それは、タバサの心から思っていた本心だった。
 面と向かって言われた噴上裕也は、気恥ずかしそうに頭をボリボリと掻き始める。
「……かぁ~!まァとにかくだ、俺達はまだあのガキを奪い返してねぇ。気合入れて行こうぜ、タバサ!」
「うんっ」
『やれやれ、お前さんがンなこと言われて恥ずかしがるような柄かよ』
「うるせえ!テメエもちったぁ気ィ入れろよ、デル助!」
 そんな噴上裕也の態度に、デルフリンガーが呆れたような口調で口を挟んで来た。
「ま、その辺はとにかく……あまり時間が無いのは確かだね。私達は先に行かせて貰うよ」
「あ!おい、ツェペリの旦那!」
 既にザ・フールのDISCによって生み出された霧は晴れ始めている。
 一刻も早く決着を付けるべく、呼吸一つ乱さずに走っていたツェペリはその速度を一気に増して
走り去って行った。
「……ええいッ!」
 自分より遥かに年長で、その上タバサを抱きかかえているにも関わらずに自分を遥かに上回る
スピードで走るツェペリに内心舌を巻きながら、噴上裕也も彼らの後を追って走り続ける。


「う……ぐぅっ……」
「さてタバサ…!再び追い付いたのはいいが、今度はどうするつもりかね?」
「オギャア~!オギャッ、オギャッ、オギャア~~~!!」
 これまでの騒ぎを知って知らずか、乳母車の中の赤ん坊は変わらずに泣き続けている。
 辛うじて残っている霧の中で、透明の赤ん坊が移動する跡を目にしつつ、ツェペリは脇に抱える
タバサに尋ねる。ただでさえ泥酔状態のタバサはツェペリに抱きかかえられた状態で、その上物凄い
速度で走られた為に、絶え間なく続く揺れによって脂汗を流して気絶しそうな程の最悪な気分に
陥っていたが、それでも何とか顔を上げて赤ん坊が生み出す透明の軌跡を見る。
「……これを」
 そしてタバサは、先程から握り締めたままだった銀色の能力発動用DISCをツェペリに向けて差し出す。
「これを…このDISCを赤ちゃんの足元に向けて…投げて」
「足元……あのスタンド向けて、と言うことかね?」
 タバサを抱える反対側の手でDISCを受け取って、ツェペリがそれを確認する。
「そう。……そうしたら」
 次にタバサは危なげな動作で、それでもツェペリの体に触れないようにしながら腰のベルトから
デルフリンガーを引き抜く。
『お?オレの出番か?』 
「私が合図をしたら……すぐにDISCを発動させて」
 他に装備するDISCが無かった為に、一応能力用に装備しておいたDISCを頭から出してタバサは頷く。
『あいよ。しかしそーゆー言い方をするってこたぁ、これからかなりギリギリの真似をしようって訳だな』
「……あなた達が、頼り」
 タバサが神妙な顔を浮かべながら答える。
『フフン……お前さんにそこまで言われちゃあな、こっちもヤル気が出てくるってモンだぜ。
 おうツェペリのおっさん!アンタも気合い入れてブン投げろよ!?』
「勿論だとも、デルフ君」
 一度不敵な笑いを作ってから、すぐに表情を引き締めてツェペリは正面に向き直る。 
「では――行くとするかッ!」
 裂帛の気合と共に、ツェペリはタバサに指示された通りの場所へ銀色のDISCを投げ放つ。
 ツェペリの膂力によって、DISCは古代インドで用いられたと言う投擲用武器のチャクラムの如く猛烈な勢いで飛んで行き、やがて赤ん坊のスタンド能力によって透明化され、見えなくなる。
「10……9……8……7……」
 DISCが床に跳ね返って転がる音が聞こえない以上、どうやらタバサの狙い通りに乳母車の真下を走るハーヴェストの一体に差し込まれたようだ。タバサはそれを信じて、数を数えながら完全に頭から外した装備DISCをデルフリンガーの柄に押し当てる。完全に差し込むのは、まだ早い。
「6……5……4……3……」
 ツェペリは何も言わずに、タバサを抱えてハーヴェストの群れとの距離を離さぬように走り続ける。
 タバサの手に握られるデルフリンガーも、“その時”が来るのを無言で待っている。
「2…………1っ……!!」
 そこでタバサは、力一杯にDISCをデルフリンガーの柄に差し込む。それと共にデルフリンガーは迷うことなく、そのDISCが宿しているエネルギーを自らの体内に吸収し、増幅して撃ち出した。

 ――そして、0。
 カウントが終わると共に、乳母車を抱えたハーヴェストが走っている位置から大爆発が生じた。
 その爆発は周囲のハーヴェスト達を巻き込むと共に、その上に乗せられた乳母車をも爆風で宙に浮かび上がらせる。
「何ッ……これは!」
 驚愕の表情を浮かべて思わず立ち止まるツェペリには構わずに、デルフリンガーから無数の糸が伸びて、前方へと吹き飛ぼうとしていた乳母車に絡まり付いた。
 そしてデルフリンガーを握り締めているタバサがその手を力の限り自分の方へと引き寄せようとするのを受けて、デルフリンガーは糸が巻き付けられている乳母車をタバサ達の元へと引き寄せる。
 そして少しでも落下の際の衝撃を殺せるように、出来る限り優しく乳母車を近くの地面に着地させる。
 差し込まれてから10秒後に「破裂するDISC」をハーヴェストの一体に投げ込むことによって生じる爆発で乳母車を運搬するハーヴェストの群れを一掃、またそれによってハーヴェストが乳母車から手を離した所を「ストーン・フリーのDISC」の能力で糸を伸ばし、乳母車を掴み取って落下の衝撃を食い止める。
 かなり乱暴な作戦だったが、タバサはそれ以外に手持ちのDISCでハーヴェストの大集団から乳母車を奪還する方法は無いと判断していた。
 特にストーン・フリーのDISCは普通に能力を発動させていても乳母車を掴み取れなかっただろうが、
デルフリンガーの力を借りてその効果を増幅させてやれば上手く行く筈だと計算していた。
 殆ど賭けに近い作戦ではあったが、結果として見事タバサの目論見通りに事が進んだのである。

「………しまった!」

 だが、最後の最後でタバサは失敗した。
 痛恨の表情を浮かべて、タバサは目の前の光景を見つめる。
 ハーヴェストが破裂した際の衝撃で、赤ん坊が乳母車から投げ出されていたことに、タバサは気付かなかった。
 いや、気付いていても反応出来なかったのだ。
 その事実に気付いた時は、既にデルフリンガーに差し込まれて増幅されたストーン・フリーのDISCの
糸が、当初の予定通りに乳母車を掴み取るべく伸びていたのだから。
 引き寄せた乳母車の透明化が解除されて行くのを目にしたた時には、もう手遅れだった。
 そして、ザ・フールの霧に透明の軌跡を作りながら、赤ん坊が吹き飛んで行く先に広がっているのは――
『水路かぁぁぁぁーっ!!』
 迷宮内を縦横無尽に広がる「ナイル川」と呼ばれる水路に向けて、赤ん坊が落下しようとしている。
「…………っ!!」
「うおッ」
 タバサは必死になって、赤ん坊を追おうとツェペリの腕の中でもがく。
 しかし先程ハーヴェストによって体内に直接ワインを注入された体はまるで自由に動いてくれない。
 彼女の剣幕にたまらずツェペリが抱きかかえる手を離した際に、タバサの体は無様に地面へと転がり落ちる。
「あぁっ……!あ……!!」
 幾ら手を伸ばしても届く訳が無い。今までの人生において、少なくともタバサが三度経験した絶望――
 父親が暗殺された時。母親が自分を守る為に毒を呷って永遠に心を閉ざしてしまった時。
 そして、トリステイン魔法学院の仲間達に敵として刃を向けてしまった時。
 あの時の深く冷たい絶望が、拭いようの無い恐怖が、今再びタバサの胸に去来する。
 自分のせいで。また、自分のせいで――
 その絶望と恐怖は、いつしか自身に対する呪詛となってタバサの心を食らい尽くそうと広がり続ける。
 そしてタバサの心に完全な止めを刺そうと、赤ん坊が水路へと墜落しようとする、まさにその瞬間。
「………っ!?」
 落ちなかった。水面へと激突する音すら立てずに、赤ん坊の体は透明のまま水路の真上で静止している。
「ホギャア!ホンギャア!ホンギャア~!」
 透明の為に顔までは見えなかったが、赤ん坊は先程と全く同じ様子で元気に泣いている。
 その位置で赤ん坊を掴んでいる人型の腕が、彼女のスタンド能力によって少しずつ見えなくなって行く。
「――ハイウェイスター。やっと回復したぜ」
 一度「臭い」を覚えてしまえば、そのスタンドは「臭い」の持ち主の所まで瞬間移動出来る。
 自らのスタンドに赤ん坊の「臭い」を覚えさせていた噴上裕也が、タバサ達の背後でニヤリと笑った。

『んで?どーするんだよ、この嬢ちゃん。一緒に連れて行くのか?』
 先程からタバサの胸に抱かれている赤ん坊の姿を見ながら、デルフリンガーが意見を求める。
 僅かに残ったハーヴェストを全滅させて一旦休憩を取ることが決まってからと言うもの、タバサはずっと赤ん坊を抱いたまま離さないでいた。
 自分のせいで命危険に晒してしまった申し訳なさと、その命が助かったことへの喜びで、胸がいっぱいだった。
 そして赤ん坊を抱いたまま、何度もごめんなさいと謝り続けるタバサの姿に、その場にいた誰もが何も言うことが出来なかった。
 タバサは泣いていた。
 母親を守る為に、感情と共にかつての名前を捨てる決意をしてから、涙を流すのはこれが初めてだった。
 泣いていたら、母を守れないから。泣き虫のままじゃ、強くなれないから。
 それなのに、今は涙が止まらなかった。それでもいいとタバサは思った。
 哀しみを捨てしまったら、泣くことまで忘れてしまったら、きっと人間は壊れてしまうのだと思ったから……。
 そしてタバサの胸で抱かれる赤ん坊は、まだ少しぐずってはいたが、少なくとも近くにいるタバサ達を丸ごと透明化させてしまう程のストレスはもう感じていないらしい。
 スタンドの影響も、せいぜいタバサの着ている制服が少し透明化して見えなくなっている程度だった。
「難しいな。この先、襲って来る連中はヤバくなる一方だろうしな。
 そんな中で、このガキを連れたまんまってのは相当厳しいだろうな」
 赤ん坊を抱きかかえているせいで、胸元が剥き出しになっているタバサの方へ出来る限り視線を送らないようにしながら、噴上裕也がデルフリンガーに答える。
「私も連れて行くのは反対だな。
 フンガミ君の言う通り、これからの戦いにはこの子の存在は邪魔になってしまう」
 そう同意するツェペリの言葉に、赤ん坊を抱いたタバサが非難混じりの視線を向ける。
 だが当のツェペリは一向に気にした様子を見せない。
『ま、普通に考えりゃあそうだわな。かと言ってここまで苦労したってのに、置き去りにすんのもなぁ』
「託児所でもありゃいいんだがな。そうでなくても、誰が気の置ける奴に預けて面倒を見て貰うとか……
 まあ、それが出来りゃあ苦労はしねえか」
 冗談半分で呟いた噴上裕也の言葉に、タバサとデルフリンガー、そしてツェペリは顔を見合わせる。
 心当たりが一つだけある。
 気心の知れた相手で、職業柄家事万能で、しかも常に安全な場所にいる人物。
『……シエスタに頼む、ってのはどーだ?』
 タバサとツェペリも考えていた内容を、そっくりそのままデルフリンガーが代弁する。
トリステイン魔法学院の学生寮の部屋でタバサ達を送り出してくれた、あのメイドの少女の顔が
二人と一本の脳裏に浮かぶ。
「そうだな……彼女に任せるなら安心だろうが、しかし」
「……戻れない」
 タバサの呟きが、折角思い浮かんだ名案を完全に瓦解させてしまう。
 今、彼女達が挑んでいるレクイエムの大迷宮は下りの為の階段しか無い一方通行だ。
 シエスタのいる学生寮の部屋に戻る為には、最下層にいるこの大迷宮の守護者――
 レクイエムと呼ばれる存在を打ち倒さねばならない。
 そして今問題になっているのは、その最下層へ進む為に、この赤ん坊をどうすべきかという話だった。
 ――本当にシエスタに頼めれば良かったのに。
 落胆する一同に向けて、少し考える素振りを見せてから噴上裕也は口を開いた。
「……なあ。そのシエスタって奴なら、その赤ん坊の面倒を見てくれるって言うのか?」

『ああ。幾ら何でも、あいつなら連れて来た赤ん坊を放ったらかしになんざしねーだろ』
「そして、そいつはお前達とは顔見知りって訳か」
「そうだね。私も一度だけ会ったことがあるが、タバサとデルフ君達の方が付き合いは長いようだ」
 噴上裕也の問いに対して、デルフリンガーとツェペリがそれぞれに答える。
 再び思案の表情を浮かべてから、やがて噴上裕也は決然とした態度で言った。
「よし。それなら、俺がその赤ん坊を連れてシエスタって奴の所へ行ってみるぜ。
 このガキを見せてアンタ達の事情を説明すれば、何とか信用して貰えるかもしれねぇしな」
「!」
『なんだとぉ…!』
 予想外の噴上裕也の言葉に、タバサ達は目を見開いて彼の方を見やる。
「そうは言うが、フンガミ君。彼女の元へと行く為のアテはあるのかい?」
「心配ねえ。さっき、ハーヴェストの野郎が隠し持ってたブツの中に面白いモンがあった……ほれ」
 頷いて、噴上裕也は人の記憶を封じた銀色のDISCを一枚取り出した。
「どうやらこのDISCを使えば、この大迷宮を一時的に脱出出来るらしい。
 あんた達が言う、そのシエスタって奴の所までな。
 俺がそのガキを抱いたまま使えば、一緒にこのダンジョンを抜けられるだろうさ」
 噴上裕也が「ディアボロのDISC」と書かれたそのDISCをタバサ達に見せ付ける。
『んじゃあ何か?この嬢ちゃんを連れて帰るってことは、オメーはここでリタイヤって訳かい?』
「……ああ、そうなるな」
 どこか冗談交じりに言った筈のデルフリンガーの言葉に、噴上裕也は神妙な顔で頷いた。
「悔しいけどよォ、俺がこんなことを言うのも、もうこれ以上はアンタ達の力になってやれそうにねぇ……
 そう思ったからなんだ。
 あんな虫みてーなチンケなスタンド相手にも、俺のハイウェイスターは手も足も出なかった……
 これ以上アンタ達に付いて行った所で、逆に俺の方が足手まといになるんじゃねーかって、そんな気がしてな…。
 アンタ達を見捨てるような、スゲーカッコ悪いことを言ってるってのはわかってる。だが……」
「…………いい」
 拳を固く握り締めて言葉を続ける噴上裕也に、タバサは顔を上げながら言う。
「気にしないでいい。その気持ちだけで、充分」
「タバサ……すまねぇな、情けないこと言っちまって」
「ううん。これ以上、あなたを巻き込めない」
「……本当に、すまねえ」
 赤ん坊を抱きながらこちらを見上げて来るタバサに対して、噴上裕也は心から深く頭を下げた。
『顔を上げろよ、フンガミ。お前、本当はタバサの胸が見たいんだろーが。無理すんなよ』
「うるせえよデル助。……だがま、確かにお前の言う通り、見たいってーのは否定しねーよ」
 デルフリンガーにそう返しながらも、噴上裕也はついっとタバサの胸元から目を逸らす。
「フンガミ君、先程の君の言葉は「恐怖」から出た物だ。
 そして今のは「恐怖」を克服した者の言葉では無い。君は「恐怖」に負けたのだ」
 厳しい瞳で噴上裕也を見据えながら、ツェペリが言う。
「だが――」
 そこでふっ、とツェペリは表情を崩して言葉を続ける。
「君はそれを知っている。自らの内にある感情の正体が「恐怖」であるということをな。
 そして、その中で自分が考え得る最善の道を選ぼうとしている。
 そのことを責める者は誰もいるまい……私でさえ、責めることは出来ないさ」
「……ツェペリの旦那」
「この赤ん坊を頼むよ、フンガミ君。君は確かに我々の力になってくれているのだ。
 何処へいようと、君は私達の「仲間」なんだ。それは紛れも無い「真実」なんだよ」
 噴上裕也の肩を力強く掴んで、ツェペリははっきりとそう言った。

『ヘッ……!まあ気にすんなよ、フンガミ!
 これからもタバサはオレ様が守ってみせるさ!ツェペリのおっさんもいることだしな』
「ツェペリの旦那……デル助……」
 瞳に何か熱い物を感じながら、噴上裕也は大きく頷いた。
「ああ、わかったよ!このガキのことは俺に任せろ。だから二人共、タバサのことをくれぐれも頼んだぜ」
 そして噴上裕也は、タバサの方を振り向いて真正面から彼女と向き合った。
「気を付けてくれ、タバサ。この先はそれこそ何が起こるかわからねぇ……
 だが、俺はお前のことを信じてる。そして待ってるぜ、お前が無事に帰って来るのをよ」
「…………うん」
 そこでタバサは立ち上がって、彼と同じように噴上裕也を真っ向から見据えて、言う。
「本当に……ありがとう、ユウヤ」
 そう答えるタバサの顔に、今初めて見る笑顔が浮かんでいたのを、噴上裕也は確かに見た。
「……それじゃあ、名残惜しいが…タバサ、その赤ん坊を」
「うん」
 タバサが差し出した赤ん坊に、噴上裕也が手を伸ばす。
 そして彼の手が赤ん坊に触れようとした瞬間。
「ふぇ……?ふ、フギャア!フンギャア!フンギャア~~~!」
「うおぉッ!?」
 慌てて噴上裕也が手を離そうとするが、その前に彼の手が先端から透明になって
見えなくなっていく方が早かった。そして赤ん坊の泣き声と共に、透明の範囲が次々に広がって行く。
「これはこれは…フンガミ君、あまりこの子に好かれてないようだねぇ。
 いや、それとも彼女がタバサに懐き過ぎているのかな?これは」
『おい……フンガミ!女に優しいってぇーテメエのポリシーはどうしたよ!?』
「うるせー!かぁ~ッ、今までガキには興味ねぇつもりだったが、こりゃ考え方を考え直す時かァ!?」
「ホンギャア~~~~!!」
 先程までの静寂が嘘のように、その空間が蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれる。
 そんな中で、泣き喚く赤ん坊を抱くタバサは、一人静かに、何かを口ずさみ始める。


「ひとつ願いごと――叶うとしたら――優しい腕の中、声を聞かせて――」


 それは遠い昔に聞いた、懐かしい旋律。
 夜、ひとりぼっちで寂しい思いをしていた時に、母がそっと自分を抱き締めながら聞かせてくれた歌。
 闇の中で自分が怖がらないように、その手で優しく包み込みながら歌ってくれた、子守唄。


「あの日、抱えてた花は枯れたの――そんな胸の奥、誰も知らない――」


 この歌は、母と過ごした大切な思い出の象徴。
 自分と母とを、今でも結びつけてくれていることを、証明する言葉――。


「散った花びら――そっと拾い集めたら――」


 微笑みを浮かべながら、優しげに――そしてどこか悲しげに、彼女は歌い続ける。
 その歌を聴いて、泣き叫んでいた赤ん坊も次第に声を小さくして、やがて笑顔を取り戻して行く。
 今、この場にいる誰もが、耳を済ませて彼女の歌声を聴いていた。


「青い翼広げ飛んでゆく――風が誘う、天と地へ――
 どうかこの願い、叶うなら――魔法など――私にはいらない――」


 またすぐに、戦いの時はやって来る。それと共に、大切な人達との別れも。
 だけど、今だけは。今だけはそれを忘れたかった。
 今、確かにここにある、この安らぎの時間は、誰にも壊せないものだから。
 大切な人達と過ごしている掛け替えのない一瞬を、記憶という永遠の中に閉じ込めたかったから――




 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued……



+ タグ編集
  • タグ:
  • ディアボロの大冒険
  • タバサ

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー