ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

タバサの大冒険 第7話 中篇

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 ~レクイエムの大迷宮 地下8階~


「……ツェペリさん、は?」
 右肩の痛みに顔を顰めながら、タバサは先程からもう一方の敵と一人で戦っていたツェペリの姿を探す。
「心配すんな。ツェペリの旦那なら、ほれ。あそこだ」
 タバサの手当てを続けながら、噴上裕也は軽く首を振ってツェペリの居場所を指し示す。
 普段通りの飄々とした態度を崩さずに、それどころか片手でたっぷりワインの注がれたグラスを弄びながら、ツェペリは身の丈2メイルを越える程の巨漢の攻撃を紙一重の動きで避け続けていた。
『おでれーた。余裕綽々って奴だな……人間って奴も鍛えりゃあそこまでの動きが出来るのか』
「全くだ。おかげで下手にハイウェイスターで割り込んだら、逆にこっちが足手まといになりそうだ」
 先程のラバーソウルとの戦いで発動させたハイウェイスターはそのままに、噴上裕也はデルフリンガーと共に驚嘆の表情を浮かべながらツェペリの動きを見守っていた。
 無論、万が一ツェペリが倒されたら即座にハイウェイスターを叩き込んでやるつもりなのだが、
目の前のツェペリがあの巨漢に敗れるという姿がどうしても想像出来なかった。
 当のツェペリはタバサ達がラバーソウルを蹴散らしたことを察して、不敵な笑みを向けて来る。
「どうやら、もう片方の奴は倒すことが出来たようだね」
「おかげ様でな。タバサがまた怪我をしちまったが……とにかく、後はそいつをブッ倒すだけだな」
 ハイウェイスターを前面に出して、噴上裕也は援護の用意があることをツェペリに知らせる。
 彼の意図を察したツェペリは、逆に軽く首を振ってその必要はないと答えた。
「君はタバサの治療に専念してくれ。ま、こいつは私がチョチョイと片付けてしまおう」
 ツェペリの言葉に、噴上裕也達は彼がそれまで戦っていた巨漢の姿を見上げる。
 全身盛り上がった筋肉と、その瞳に満たされている知性とは程遠い、獰猛な攻撃の意思。
 そして全身から放出する威圧感は、最早彼が人間を超越した存在であることをはっきりと示していた。
 しかしそれでも、この男はツェペリの前に敗れ去る。その確信が、噴上裕也達にはあった。
「屠所の…ブタのように……青ざめた面にしてから、おまえらの鮮血の暖かさをあぁぁ味わってやる…!」
「切り裂きジャック…かつてイギリスを恐怖のドン底に陥れた殺人鬼。
 そして今はただの屍生人(ゾンビ)か。
 フフフ……こんな所でまたしても出会うことになるとは、世界とは狭いものだねえ」
「ウヒッ、ウヒヒヒヒヒヒ……どいつもこいつも…バラバラに切り刻んでやるぜ」
 ジャック・ザ・リパーとも呼ばれるその巨漢が、丸太のように太い右腕を天上へと突き出した。
「絶望ォーーーーに身をよじれィ!虫けらどもォオオーーッ!!」
 咆哮と共に、その指先から体内に隠し持った銀色のメスを突き出しつつ、ツェペリに向けて振り下ろす。
 しかしツェペリは、放たれたジャック・ザ・リパーの右腕を軽く後ろに向かって跳躍し、あっさりと回避する。そしてそのまま、空中で片手に持ったワイングラスの中身を軽く口に含み――
「波紋カッター!」

 パパウパウパウ!パウッ!

 歯の隙間から、超圧縮されたワインがジャック・ザ・リパーに向けて勢い良く吹き出される!
 ツェペリの波紋を帯びて刃のように鋭く固定化されたワインが、たった今振り下ろされたばかりのジャック・ザ・リパーの右腕を真っ直ぐに走り、ツェペリの胴程もある太さを持つその腕を綺麗に切断する。

「!」
「何だとォ…!?」
『ワインで腕をブッた斬りやがった…!おでれーた、これじゃあオレの立場なんてありゃしねえぜ!』
 驚きの声を上げるタバサ達の声を背後に、ツェペリは綺麗な動作で地面に着地する。
「ウ…ウ…!UGOOOOOOOOOOOO!!!」
 一瞬にして右腕を失われたジャック・ザ・リパーは激昂の雄叫びを上げ、今度は全身からメスを突き出しながらツェペリに向かって駆け出して行く。
「ノミっているよなあ……ちっぽけな虫けらのノミじゃよ!」
 ツェペリは平然と、ジャック・ザ・リパーの体内から撃ち出されたメスをもう片方の手で持ったワインの瓶で弾き返しつつ、彼の戦いを見守っているタバサ達に向けて不敵な笑みを浮かべながら口を開く。
「あの虫は我我巨大で頭のいい人間にところかまわず攻撃を仕掛けて戦いを挑んでくるなあ!
 巨大な敵に立ち向かうノミ……これは「勇気」と呼べるだろうかねェ?」
 いいや、ノミどものは「勇気」と呼べんなあ。それでは「勇気」とはいったい何か!?」
「KUHAAAAAAAA!!」
 メスを全て弾き返されたジャック・ザ・リパーが、今度は生き残った左手をツェペリに対して叩き付けようとする。しかし先程と同じように、ツェペリはその攻撃を何なく回避。
 地面をも砕くかの如き勢いで振り下ろされたジャック・ザ・リパーの左腕は、まさにその勢いのまま床を突きぬけ、岩の様な左拳が地面へと埋もれる。
「「勇気」とは「怖さ」を知ることッ!「恐怖」を我が物とすることじゃあッ!
 呼吸を乱すのは「恐怖」!だが「恐怖」を支配した時!呼吸は規則正しく乱れないッ!
 波紋法の呼吸は勇気の産物!人間賛歌は「勇気」の賛歌ッ!人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!
 いくら強くてもこいつら屍生人(ゾンビ)は「勇気」を知らん!ノミと同類よォーッ!!」
 その瞬間、ツェペリが爆発的な勢いで、ジャック・ザ・リパーに向けてその脚を伸ばして行く。
 その足には光り輝く波紋のエネルギー。屍生人(ゾンビ)に滅びを与える、太陽の光。
「仙道波蹴(ウェーブキック)ーーーーーッ!!!」
「GYAAAAAAAAA~~~~!!!」
 猛烈な勢いで放たれたツェペリの蹴りと共に体内に波紋エネルギーを流し込まれたジャック・ザ・リパーが、断末魔の悲鳴を上げてのたうち回る。
 体のあちこちに亀裂が入り、少しずつその巨体が崩壊を始めて行く。
「O……OGOOOOO~~~…!」
 だが、地面から左腕を引き抜いて、ジャック・ザ・リパーは最後の抵抗を試みる。
 それを受けてツェペリは大きく息を吸い込み、合わせた両手に再び波紋エネルギーを集中させる。
「恐れを知らぬ屍生人(ゾンビ)に掛ける哀れみは一切無し!
 これぞ太陽の波紋ッ!山吹色の波紋疾走(サンライトイエロー・オーバードライブ)ゥゥゥーーーッ!!」
 反撃する隙も与えぬまま、ツェペリは太陽の如き輝きを放つ波紋エネルギーをジャック・ザ・リパー目掛けて叩き込む。散滅するに足る決定的な量の波紋を流し込まれ、身も心も殺人鬼へと堕ちて行った男は、今度こそ抵抗すら出来ないままにその肉体を塵へと還して行った。
「これが戦いの思考の一つ――「恐怖」を我が物とすることだ」
 一部始終を見守っていたタバサ達の方に振り返り、ツェペリはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「さて、結構な道草を食ってしまったが」
 タバサの応急手当が終わってから、ツェペリは世間話でもするかのような口調で言った。
 ジャック・ザ・リパーを倒した後、ゾンビ馬による縫合が終わったタバサの傷をより早く、そして確実に治療する為に、ツェペリの手によって彼女の体に生命活動を促進する為の波紋が流されていた。

「最初に私が波紋法に出会ったのも、元は医者が治療の為に使っているのを目にしたからさ」

 とはツェペリの談であったが、おかげで今のタバサは、受けたダメージ自体は別にしても、右肩に走る痛みは大分和らげられていた。後は出来る限り栄養を摂って、安静にしていればより完璧に治癒するだろうと言う話だったが、休むにせよ、先に進むにせよ、まずはこの階層の敵を全て叩いて安全を確保しなくてはならない。
 その為に今、階層内の敵の「臭い」を感じ取れる噴上裕也に、皆の視線が集中していた。
「フンガミ君、このフロアにまだ敵がいるかどうかわかるかね?」
「そうだな…さっきの連中みてーに胸クソ悪くなるような臭ぇー感じはしねえが、やってみよう」
 噴上裕也は頷いて、この階層全体の「臭い」を捉えるべく、その嗅覚をより鋭敏になるよう集中する。
「クンクンクンクン……」
 波紋の呼吸によって肉体を活性化させているせいか、歳の割には殆ど「臭い」を発していないツェペリや金属特有の錆臭さを発するデルフリンガーの匂いまでもが、噴上裕也には手に取るように感じられる。
 そしてミルクのように柔らかくて甘ったるい匂いの中に、咽返りそうになる程濃密で突き刺さるような血の香りを発散しているタバサの匂いを捉えた時、噴上裕也の胸は痛んだ。
 今でこそ平然とした顔をしているが、やはり彼女は確かに傷付いているのだ。
 彼女自身がどう思っているかなど関係無い。目の前に傷付いた女がいて、自分はその女が目の前で傷付くのを止められなかったと言う事実に、噴上裕也は激しい憤りを覚える。
 ――もうこれ以上、目の前で女が痛め付けられるのを見せられてたまるか。
 決意を新たに固めて、噴上裕也は再び階層内へと嗅覚を向ける。
 あのイエローテンパランスやジャック・ザ・リパーの死肉のように、反吐が出そうな悪臭を放つ存在は感じ取れない。だが、まだ出会っていない“何か”がいる。その「臭い」を噴上裕也は確かに捉えていた。
「ムゥ……」
 更に嗅覚を集中する。今、自分が感じ取れる「臭い」は二種類ある。
 一つはタバサよりも更に柔らかい印象の匂いだ。それ程強くは無いが、しかし確かにそこに誰かが存在しているのは間違いない。
 そしてもう一つは良くわからなかった。「臭い」自体が階層全体に散らばっており、しかも余程意識して捉えなければ掴み取れないような、そんな微弱な反応がそこかしこに漂っている。
『どうだ?何かわかったか?』
「ああ…イマイチ確証は持てねえが、誰かいるのは間違いねぇ」
 嗅覚の集中を解いて、噴上裕也はデルフリンガーにそう答えた。
『なんでぇ、頼りねえな。お前さんの自慢の鼻はその程度なのかよ?』
「うるせえな。並の奴じゃあ、こっから「臭い」自体を感じ取れねーっつーの」
「……誰かいるのは、確か?」
 タバサが小さな声で噴上裕也に尋ねる。彼はああ、と答えて、先程捉えた「臭い」について説明する。
「フム…他にも誰かいるような気がするが、ハッキリとわかる「臭い」は一つだけ……か」
「探しに行く」
 迷いの無い口調でタバサが断言する。
「そうだな…正体が不明だとしても、相手の居場所がわかっているならばこちらから仕掛けてみるのも まァ、悪くは無いかな」
 タバサの言葉に、ツェペリも一応の同意を見せる。
『おう。タバサがそう言うならオレは何処までも付いてくぜ』
「お前は単にタバサに付いて行かざるを得ないだけだろーが、デル助」
『何だとう?じゃあテメエは付いて来ないってゆーのかよ?』
「馬鹿言え、俺がいなきゃ案内も出来ねぇだろ。俺も一緒に行くっての」
「……決まりだな」
 全員一致の見解を見せて、その意志を再確認すべく一同はお互いにうむ、と頷き合う。
「出発」
 タバサのその一言と共に、一行は噴上裕也の先導で「臭い」の発信源に向けて歩き出した。


「これが「臭い」の元……だな」
 噴上裕也の案内を受けて、一同は特に何の障害も無く、目的の場所に辿り着いていた。
『おいフンガミ…お前さんの言う「臭い」の元ってのは、本当にこいつで合ってるんだろうな?』
「ああ、間違いねぇ。ただ、まさかこんなモンだとは俺も思ってもいなかったがな……」
 おでれーた、と呟きながら噴上裕也は問題の「臭い」の発生源を見やる。
 それは何処からどう見ても、それが何なのか識別できないような奇妙な代物だった。
 只一つ、それがどう考えても“ヤバいもの”であることは、誰の目から見ても明らかだ。
「果てさて。こいつは一体どうしたものかな」
 ツェペリでさえ、目の前の“ヤバイもの”を見下ろしながら顎に手を当てて思案を巡らせている。
 その中で一人だけ、タバサは迷うことなく“ヤバいもの”へと手を伸ばして行く。
「……おいタバサ、何やってんだよ!?」
 後一歩で“ヤバいもの”に触れようとしていた彼女の手を、噴上裕也が掴み取って静止する。
「何考えてんだお前はよォー…
 こんな“ヤバいもの”に下手に触ったら、何が起きるかわかんねーだろうが!?」
「大丈夫」
 心配そうにタバサを見つめる噴上裕也の顔を見上げて、彼女は自信たっぷりに答える。
「大丈夫だから、任せて」
「大丈夫って、お前……」
『まあ、心配すんなよ、フンガミ』
 タバサが腰に付けたベルトに固定されているデルフリンガーが、二人の間に口を挟んで来る。
『ここはタバサに――いや、このオレに任せな!今すぐこいつの正体を明らかにしてやるからよぉ』
「明らかに…って、お前……」
「出来るのかね?」
 不安げな表情を浮かべたままの噴上裕也とは対照的に、ツェペリは冷静にデルフリンガーへ尋ねる。
『ああ、問題ねぇ。オレっちは前にもこーゆーブツを鑑定したコトがあるんでね』
「成る程。それが君の能力と言うヤツかね?」
『そーゆーこった。他にももーちょい力は持ってんだがよ、それはそん時までのお楽しみってヤツだぜ』
「ははは、それは頼もしい話だな」
 ツェペリは鷹揚に笑ってから、未だにタバサの腕を掴んだままの噴上裕也へと顔を向ける。
「なあフンガミ君、ここは一つ彼に任せてみようじゃないか」
「ツェペリの旦那……」
「君がタバサを心配する気持ちはわかるが、ここはデルフ君の出番のようだ。君の出る幕じゃあ無い」
 静かな口調で、それでもはっきりと厳しい態度で以ってツェペリは断言する。
 しばしの沈黙の後、やがて噴上裕也は観念したように嘆息して、タバサの腕を掴む手を離した。
「……わかったよ。おいデル助、上手くやれよ。くれぐれもタバサを危険な目に遭わせるんじゃねーぞ!」
『ンなこと、テメエに言われるまでもねーよ!
 …さーて。んじゃまあ、とっととこいつの正体を拝ませて貰うとしよーぜ、タバサ』
「わかった」
 まだ肩に傷が残る右手でデルフリンガーの柄を握り締め、タバサは反対側の手で“ヤバいもの”に触れる。それと共にデルフリンガーはタバサの左手を通して、目の前の“ヤバいもの”を認識するべく自らの精神力を注ぎ込んで行く。
 やがて“ヤバいもの”が淡く光り輝いたと思った瞬間、その真の姿をタバサ達の前に現して行く。

 森を包み込む霧が晴れるかのように、デルフリンガーの力によって“ヤバいもの”の姿が明らかになる。
 パイプを組み合わせたような骨格、その周囲と中身をすっぽりと覆う華やかな色の布。
 中に小さな物を収容するように作られたスペースには、ふわふわと柔らかそうな毛布が敷かれている。
『……なんだこれは』
「……乳母車だろ」
 呆然と呟くデルフリンガーに、噴上裕也が気の無い返事を返す。
 彼の言う通り、目の前にある“ヤバいもの”の正体はどう見ても乳母車にしか見えない物体だった。
「………赤ちゃん」
 そしてタバサの一言で、一同の視線が乳母車の中にあるものに集中する。
 その中では、毛糸の帽子を被って顔面に白粉のような物を塗られ、ただ分厚いだけのタバサのそれとは異なる妙に鋭角的で真っ黒なサングラスを掛けた、奇妙と言えばあまりに奇妙な風体の赤ん坊が毛布に包まれて眠っていた。
 これによって、目の前にある物体が乳母車であることが、疑いようのない事実であると証明される。
「フム……フンガミ君が認識した「臭い」と言うのは、この赤ん坊のことだったんだな」
「そうなるな。しかし…どっかで見たことがある気がするな、この赤ん坊」
『ん?ひょっとしてお前のガキだったりすんのか?』
「バカ抜かせ!だけど確かに、この赤ん坊を見たのは杜王町だった気がするな……
 杜王町…赤ん坊……スタンド………そうだ!思い出した!」
 大きく目を見開いて、噴上裕也は乳母車の中で眠る赤ん坊に顔を近づける。
「このガキ、仗助とアイツの親父が拾ったっつー赤ん坊じゃねーか!スタンド使いの赤ん坊だぜ!
 そーか、道理でどっかで見たようなキテレツな格好をしてると思ったら……!」
「…………ふぇ」
 興奮気味に語る噴上裕也の声に、赤ん坊の体がピクリと反応する。
「うるさい。起こしちゃ駄目」
 タバサは人差し指を口元に当て、非難めいた口調で噴上裕也に言う。
「あ?あ、ああ……すまねぇ、タバサ」
「しかし…この赤ん坊がスタンド使いだって?
 フンガミ君、こんな小さな赤ん坊までがスタンドを使える物なのかい?」
 タバサ達と同じように赤ん坊を覗き込みながら聞いて来るツェペリに、噴上裕也は大きく頷いた。
「ああ。一度その才能に目覚めちまえば、スタンド使いに年齢なんぞ関係ねー。
 コイツ以外にも、生まれて一年も経ってねえようなガキがスタンドを使ったって話もあるくれーだからな……
 俺は違うが、このガキみてーに生まれながらのスタンド使いって奴も間違いなく存在してるぜ」
「なるほどな。波紋とは異なる、個人の才能と言うヤツか……考えようによっては危険な能力だな。
 この子のように幼い子供や、あるいは邪悪な精神の持ち主が歯止めを利かせずにその力を使えば、大層恐ろしいことになるやもしれんな」
「そうだな。俺の住んでた町にも、人殺しの為だけにスタンドを使うようなゲス野郎が大勢いたよ。
 ま、そう言う奴らは仗助みてーな連中が一人一人片付けて行ったんだが……」
 呑気に眠る赤ん坊の顔を見つめながら、噴上裕也は先程から自分の胸に引っ掛かっている何かを思い出そうとしていた。自分は今、何か肝心なことを忘れている。そして、それは何だと言うのだ?
 赤ん坊を興味深げに見つめるタバサの顔を見ながら、噴上裕也は思案を巡らす。そんな時だった。
「…………ん!?」
 極限まで発達した噴上裕也の“嗅覚”が、こちらに接近して来る何者かの「臭い」を感知していた。

「気をつけろ!誰かがこっちに近付いて来るぞ!」
「!」
 噴上裕也のその言葉に、タバサとツェペリは赤ん坊から顔を離して即座に臨戦態勢を取る。
『おいフンガミ……そいつぁマジな話なんだろうな?』
「冗談でこんな話が出来るかよ。大マジだ、しかも数がわからねえ」
 自分達を守るように、噴上裕也はハイウェイスターを発動させてデルフリンガーの問いに答える。
「小さな、それも同じ「臭い」をする奴らが一斉に集まって来てるって感じだ。
 こんなコトは初めてだぜ……しかもマズイことに、俺達はそいつらに囲まれてる」
 四方八方から今自分達がいる部屋に「臭い」が集まって来るのを自覚しながら、噴上裕也は言う。
「私達は袋の鼠ってことかい?フム…敵の正体がわからない以上、確かにそいつはマズイねェ」
「……見極める」
 下手にこの部屋を動かずに、敵の正体を確認する。タバサは言いたいことはそれだった。
『ま、敵を迎え撃つのはいいんだけどなぁ……この赤ん坊はどうするよ?
 マジでオレ達が囲まれてるってんなら、こいつ色々とジャマになるんじゃねーのか?』
「確かに、邪魔だね」
 デルフリンガーの言葉をツェペリはあっさりと肯定する。
「だが下手に狭い通路に打って出て各個撃破、と言うのも避けたい所だ。
 危険も大きいが、結局の所はこの部屋で迎え撃つのが一番生き残る可能性が高いだろう。
 東洋の諺で言う所の、背水の陣――さしずめこの赤ん坊が、我々にとっての背水になるのかな」
「はん…!イタリア人の癖に良くもまあそんな言葉知ってるよな、ツェペリの旦那」
「………来た!」
 噴上裕也の言葉を遮るような形で、タバサが鋭く言葉を漏らした。
 そして彼女の言う通りに、通路の奥から小さな影が部屋の中に足を踏み入れ、その姿を現して行く。

『見・ツ・ケ・タ・ゾ…!』
『奴ラガ…イタゾ…!』
『ヤバイモノヲ…持ッテルゾ…!』
『収穫…スルゾ…!』
『「ハーヴェスト」ノ…収穫ダゾ!』

 そんな声が部屋の周囲全体から響き渡って来る。その刹那、無数の影が部屋の中に殺到して来る。
 まるで亀の甲羅のように丸みを帯びた頭と胴体に二本の足、そして左右に二本ずつ腕を生やした姿。
 僅か数cm程の大きさしか無いそのスタンドの群れが、タバサ達に向けて一斉に飛び掛って来た。
「……っ!クレイジー・ダイヤモンド…!」
 装備DISCのスタンドを展開して、タバサは「ハーヴェスト」と名乗ったそのスタンドを叩き潰して行く。
 だが、後から次々に湧き出して来るハーヴェストの大集団に対しては、全く有効打になっていなかった。
「ハーヴェスト…!?見るのは初めてだが、こいつらがそうだってゆーのかよォ~!」
 話にだけ聞いたことのあるスタンドを前に、噴上裕也もハイウェイスターで彼らを追い払おうとする。
『うおぉ!こりゃなんつー数だよ!?おいタバサ、なんかのDISCでまとめて吹っ飛ばしちまうか!?』
「駄目…!皆が…巻き込まれる…!」
 新しいハーヴェストを弾き飛ばしながら、タバサはデルフリンガーの提案を即座に却下する。
 大迷宮の中に落ちている装備用DISCの中には、確かにその発動効果によって広範囲に渡って攻撃出来る種類の物も存在する。だが、今のタバサの側にはツェペリや噴上裕也、
それに乳母車の中の赤ん坊までいる。
 彼らを巻き込むような形でのDISCの発動は出来ない。
 今の段階ではハーヴェストを一体ずつ各個撃破して行くしかない事実を腹立たしく思いながら、
タバサはクレイジー・ダイヤモンドの拳を振るってハーヴェストを潰して行く。
『手ニ入レルゾッ…!』
『頂キダゾ…!』
「………っ!?」
 クレイジー・ダイヤモンドの攻撃を掻い潜ってタバサの懐に潜り込んだハーヴェストの何体かが、タバサがこの大迷宮で手に入れたエニグマの紙等のアイテムの一部を奪って逃げ出して行く。
『頂イタゾッ…!』
『ラッキーダゾ…!』
『モットモット欲シイゾッ…!』
 貪欲さを剥き出しにした声を上げるハーヴェストの塊が、タバサ達の頭上を飛び越えて行くのが見えた。
「な…何だとォーッ!?」
 噴上裕也の叫びを意にも介さずに、ハーヴェストの群れはタバサ達三人が揃って背を向けている
空間に向けて着地する。
 その場所には、噴上裕也が言う所のスタンド使いである赤ん坊が眠る、一台の乳母車の姿。
『貰ッ…タゾ…!』
『サイコーダゾ…!』
『ザマミロダゾッ…!』
『スカット…サワヤカタゾッ…!』
 乳母車の足元に群がって来た大量のハーヴェストが、力を合わせることで自分の体長を遥かに越える乳母車を軽々と持ち上げる。そしてタバサ達の死角を突いて、乳母車を奪ったハーヴェストの大集団は全速力で今いた部屋から逃亡を始めたのだった。

「パウッ!……ヌウゥ、どうやらしてやられたようだな…!」
 纏わり付いて来るハーヴェストを波紋カッターで切り裂きながら、ツェペリが痛恨の表情を浮かべる。
「ド畜生がッ!奴らの狙いはあのガキだったってコトか…!」
「それは少し違うな、フンガミ君…奴らの目的は我々の持っている道具を強引に奪い取ることだろう」
 私のワインボトルも何時の間にか盗られてしまった。後に残ったのはこの空のグラスのみさ」
 既に一滴のワインも残っていないグラスをチラ付かせながら、ツェペリは足元へと近付いて来る
ハーヴェストに波紋エネルギーを乗せた蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。

 本来ならば、生身の肉体では精神エネルギーの顕現であるスタンドに触れることは出来ない筈なのだが、ツェペリが体得した波紋と言う生命エネルギーを接触させることで、スタンドにも影響やダメージを与えられることが今までの戦いで判明していた。
 かつて、より効率的にスタンドの才能を発現させるべく、未知の物質で作られた弓と矢があった。
 そして生前のツェペリが追い続けた、吸血鬼を生み出す石仮面――
 これら二つは等しく、人間の内に秘められた未知のエネルギーを引き出す為の道具である。
 そして、石仮面が生み出すエネルギーと正反対の作用を持つ波紋法の生命エネルギーもまた、人間の生命に深く結びついたパワーの一つ。
 そう考えた時、波紋法とはスタンドと言う才能に近付くべく生み出された「技術」の表れであり、ついにその「技術」がスタンドの「世界」にまで入門して来たのだ――そう考えても良いのかもしれない。

「ギれるモンなら何でもいいってか!重ちーとか言うヤツ、相当意地汚いヤローだったみたいだな……!」
「……取り返す」
 仲間の大半を乳母車の奪取に加わった為に、今タバサ達に纏わり付くハーヴェストの数は殆どいない。
 タバサは残ったハーヴェストをクレイジー・Dで確実に掃討しながら、はっきりとした声で言った。
「赤ちゃんを、取り返す」
 自分の欲望の為に、何も知らずに眠る子供ごと乳母車を掻っ攫って行ったハーヴェストに対しての憤りがタバサの声の中には含まれていた。クレイジー・Dの拳が、最後に残ったハーヴェストを叩き潰す。
「そう言うと思ってたぜ、タバサ。あのガキの「臭い」は既にハイウェイスターに覚えさせておいた。
 念の為、自動操縦で先行させる。
 俺も自分の鼻で奴らの動きを探って誘導するから、二人共俺に付いて来てくれ」
「わかった」
「うむ。任せたよ、フンガミ君」
 噴上裕也の言葉に、タバサとツェペリが揃って頷いた。

「よし……行けッ、ハイウェイスター!くれぐれもガキの「養分」を吸ったりするんじゃねーぞ!」
 噴上裕也の意志を受けて、人間型から足跡のみに姿を変えたハイウェイスターが時速60㎞の超高速で乳母車に眠る赤ん坊の「臭い」を追って駆け出して行く。
 人一人が余裕で通れる通路を越えて、右へ左へ。
 着実に近付いて来る赤ん坊の「臭い」を辿って、ハイウェイスターは更に歩みを進める。
『………見つけたぜ!』
 間も無くして、視界の先にハーヴェストの絨毯に敷かれて移動する乳母車の姿が入って来た。
 乳母車との距離を詰めながら、ハイウェイスターは考える。
 スタンドとしては、自分のパワーは並以下だ。単純な殴り合いならば、今タバサが使っているクレイジー・Dの足元にも及ばないだろう。だがそれは目の前のハーヴェストとて同じこと。そうしたパワー不足を補う要素として一度に大量に姿を現せるのだろうが、僅かな時間の力比べならば自分の方に分があるだろう。
 目的はハーヴェストの掃討では無く、あくまで奴らが持っている乳母車を奪取することだ。
 ならば強引に乳母車を奪い返した後、全速力で自分の本体である噴上裕也達の元に戻ればいい。
 精密動作はハイウェイスターが最も苦手とする能力だったが、乳母車を掴み取るぐらいならば
 自分でも何とか出来る筈だ。問題は、中に赤ん坊が入った乳母車を持ち抱えた状態でこのすばしっこいハーヴェストから逃れることが出来るかどうかだが――
『……やってみるか……!』
 頭に浮かんだ僅かな迷いを振り払って、ハイウェイスターは覚悟を決める。
 最高移動速度60㎞と言う自分の能力は、ハイウェイスターと、そして本体である噴上裕也にとっての誇りだ。その誇りを信じて、ハイウェイスターは乳母車を奪還するべくハーヴェストへと近付いて行く。
『コソ泥野郎め!その赤ん坊は返して貰うぜッ!』
 足跡から人型へとその姿を変えて、ハイウェイスターはハーヴェストと並走しながらその手を乳母車へと伸ばす。ハイウェイスターの手に、乳母車のフレームの手応えが確かに伝わって来る。
 そしてハイウェイスターはそのまま一気にハーヴェスト達の手から乳母車を奪い取ろうと力を込める。




 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued……



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