ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第七話

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 才人は、今まで馬に乗った事など無い。
 元の世界では、バリバリのインドアタイプであった才人が、馬と触れ合う機会などある訳が無いし、仮にあったとしても、馬に任せて走らすのが関の山だろう。
だと言うのに――――――
「こら~、もっとスピード上げなさい。
 こんなんじゃあ、街に着く前に夜になっちゃうわよ~」
「あの……ミス・ヴァリエール。やはり、私がやった方が……」
「良いんですよ、ミス・ロングビル。
 今は使用人の教育期間ですから。馬車の御者ぐらいさせませんと
 って、こらっ! 揺れが激しくなってきたわよ!
 もっと揺らさずに走りなさい!!」
「無茶言うな!!」
 たは~、と溜め息吐く才人は、馬の手綱を確りと握り、あ~でもない、こ~でもないと必死に操作するのであった。
(とほほ……なんでこんな事に……)
 思い出すのは今朝のやり取りである。



「サイト、今日は街へ行くわよ」
 虚無の曜日。
 元居た世界なら日曜に相当するその日も、休む事無くルイズの世話をしていた才人は、唐突に出された言葉に、目を丸くした。
「街に? 何、買い物でも行くの?」
 ちなみにこの時点で才人は、もうすでにルイズに対して敬語を使っていない。
 と言うか、普段からあまり敬語を使わない才人は、誰に対してこうである。
 最初の頃は、それが気に食わなかったルイズであったが、もう慣れてしまったので何も言わない。
「買い物ねぇ……そういえば、あんた武器を持つと強くなるんだっけ?」
「えっ? 何言ってんだお前?」
 思い出したかのように呟くルイズに、才人は頭大丈夫かと言うニュアンスの視線を送ると、思いっきり急所を蹴り上げられた。
「おまっ……オレの…………切ない部分を…………」
「使用人なら自分の役割ぐらい、きちんと認識しときなさいよ!!
 あんたの手にあるルーンはね、武器を持ったら、滅茶苦茶強くなるって言うルーンなの!?」
 確か、そうよね? と後ろに待機しているホワイトスネイクに振ると、肯定の返事が返ってくる。
「ほらね、私の言ったとおりでしょ?
 分かったらさっさと、準備して馬を駆りに行くわよ。
 あっ、うん、やっぱり馬車ね。まだ怪我が完全に治ってないから、傷に響くの嫌だし
 って、何寝てるのよ! ほら、早く起きて、さっさと馬車を借りてきなさい! 早く!!」
「お前…………マジで無茶言うな……」
 切ない部分の痛みに気絶しそうな才人は、それだけを呟くのが精一杯であった。


 あの後、息絶え絶えで馬車を借りに行った才人は、馬車を借りる所でミス・ロングビルと出会って、何故か彼女と一緒に行く事で話が纏まってしまった。
 類稀なる会話術と言うべきか、彼女の言葉に、ついころころと返事をしてしまったのだ。
 おかげで、相乗りの事をご主人様に伝えて、もう一度切ない部分を蹴り上げられてしまったが。



「あれは……マジで勘弁して欲しいよなぁ……」
 優しく踏まれるならまだしも、力の限り蹴り上げられるのはどう足掻いても、ドメスティク・バイオレンスだ。
 正直、目から塩水がでちゃいますよ俺的な状態である。
「サイト~、着くまで暇だから歌でも歌いなさい~」
 横暴だ。あんまりにも横暴だ。
 後ろから響く、歌えコールにサイトは涙を堪えて、ドナドナの歌を歌い、そんな暗い歌を歌うな! と、後ろから、杖で思いっきり叩かれるのであった。



 一方その頃、キュルケはタバサの部屋で紅茶を飲んでいた。
 本当なら、ルイズの所で飲もうと思っていた代物だが、訊ねた時にはすでに部屋はもぬけの殻であった為に、もう一人の親友であるタバサの部屋へやってきたのだ。
 無論、部屋の扉はアンロックで開けた訳だが。


「それにしても、ルイズは何処に行ったのかしらねぇ」
 不思議そうに呟くキュルケの声に、タバサは反応しない。
 ただ、目の前の、自分の顔より大きい本に読み耽っている。
 別にその事にキュルケは腹を立てたりはしない。
 何故ならこの娘は、本の虫であり、どんな時でも本を手放さない、本フェチだからだ。
 そんな娘が、本を読んでいる時に返答をしてくれるなど、これっぽっちも考えていない。
「まぁ、街に秘薬でも探しに行ったか、何かなんでしょうね。
 ルイズの怪我、まだ治っていないみたいだし」
 加害者がその場に居ると言うのに話題にする内容では無いが、タバサは気にした様子は無い。
 いや、少しだけ、本当に少しだけ目頭がピクリと動き、その事に関する事に何かしらの思いがある事を示していたが、残念ながら、それだけの変化で気付ける人間など、それこそ居ない。


 実の所、タバサはルイズの事を警戒している。
 あれだけの怪我を負わしたのだ。
 自分の所に報復に来てもおかしく無い。
 いや、彼女の性格から鑑みても、報復に来るはずなのだ。
 今日、何処かへ出掛けたのも、恐らく怪我を完全に治す為の秘薬を手に入れる為だろう。
 そして、怪我を完全に治癒した時、こちらに仕掛けてくる。
 少なくとも、タバサはそう思っていたし、その為の準備もしている。
 来るなら来れば良い。だけど、今度は仕留め損なわない。
 そんなタバサの感情を表すように、手に握られている表紙が、少し歪んだ。


「ってな訳で、学院長ったら、わしはまだまだ現役だぞぃとか言って、私の事を口説いてくるのよ」
 他愛無い話を耳から耳に流している中、キュルケが思い出したかのように
「あっ、そうそう、ギーシュの奴なんだけど、きちんと回復したわよ」
 と、タバサにとって聞き捨てられない一言を漏らした。
「…………なんと言った?」
「えっ?」
「今、なんと言った?」
 普段、読書中には返事をしないはずのタバサからの返事に、キュルケは一瞬たじろいだが、すぐに先ほどの言葉を繰り返す。
「えっ、あっ、いや、だから、ギーシュの奴なんだけど、きちんと回復したわよ」
 ギーシュの症状を見たタバサは、その答えに思わず読んでいた本に栞を挟まずに閉じた。
そして、キュルケを真っ直ぐと見据えたタバサは、真剣な目つきでその先を促す。
「もっと……詳しく」
 まるで砂漠の放浪者が、オアシスを発見したような必死さで聞くタバサに、キュルケはただならぬモノを感じて自分が知っている、ギーシュに関する事の顛末を聞かせるのだった。





「それでは、私はこちらに用事があるので、失礼します。
 あぁ、それから、私の事は待たなくて結構ですよ。別の馬を借りて帰りますから」
 ミス・ロングビルは街へと着くと、そう言って狭い路地の雑踏へと姿を消していった。
 その後ろ姿が去っていくのを確認した後、ルイズは思いっきり不満げに、フンッ、と鼻を鳴らした。
「どうしたんだよ?」
「別に……ただ、ああいう手段が好きじゃないだけよ」
「?」
 頭に疑問符を浮かべる才人を一瞥して、ルイズは街へと歩き出す。
(まったく……監視だなんて、やる事が陰湿なのよ)
 おまけに、ご丁寧にも一緒の馬車に乗って、監視している事をアピールしているあたり、これを仕掛けた人間は相当に性格が悪い。
(言われなくても、こっちだって、今は、騒動はごめんよ。
 怪我だった治ってないしね)
 そう言って、学院の方を鷹のように鋭いを目で睨む。
「大方……学院長あたりでしょうね……」
 ルイズの言動の意味が分からない才人は、先程から浮かべている疑問符の数を増やす事しか出来なかった。



「とりあえず、武器屋ね、その後は何処か人の集まる場所に行きましょう」
「武器なんて、誰が使うんだよ?」
 大通りと比べると、どうにも不潔な感じがする路地裏を歩きながら、ルイズと才人は言葉を交わす。
「あんたに決まってるでしょ」
「あっ、やっぱり」
 使用人として扱き使われた挙句に、武器を持って戦えなんて理不尽だなぁ、と才人は嘆いたが、口には出さなかった。
 なんというか、そんな予感はしていたし、これから先も自分は決して平穏と言える生活なんて出来ないだろう。
 そんな確信めいた予感に、才人は目頭が熱くなった。




「寂れた所ね」
 開口一番にそう告げたルイズは、店主が唖然としているのにも関わらず、店の中の武器を観察し始めた。
 横に居るホワイトスネイクと談議しながら買う物を真剣に選ぶ様子は、どう贔屓目に見ても少ないお小遣いで買う物を迷っている中学生だ。
「この槍はどうかしら?」
「槍ト言ウニハ持チ手ノ部分ガ脆スギル。コレデハ、相手ヲ突イタ瞬間ニ折レル可能性ガアル」
 うん、ボクは何も聞いてないし、聞こえないよ。
 あれは、楽しく物を選んでいる中学生。
 断じて、相手が死ぬ様を想像しながら、武器を選んでいるメンヘラっ娘じゃあ無い!!
「脆い武器が多いわね。こんな強度じゃあ、首一つ落とせないんじゃないの?」
「ソウデモナイ。骨ト骨ノ間ヲ通スヨウニ斬レバ、肉ト脊髄ノ中身ヲ断ツダケダカラナ
 コンナ玩具ノヨウナ強度デモ可能ダ」
――――――断じて無いよ。多分。

「貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてまさぁ。
 ここにある武器達も、まっとうな所から流れてきた正規のもので、脆いだなんて、そんな事、決してありませんぜ」
 ようやく、ルイズの容姿と発言のギャップから復活した店主が、店の品の擁護を始めるが、相手が悪い。
 店主の脆くない発言を聞いたルイズは、長さが2メイルもありそうな大剣へ視線を向けると、瞬時にホワイトスネイクがその大剣に拳を打ち込み、ぶち壊した。
 唖然とする店主と才人。
 ルイズは、フンッ、と偉そうに鼻を鳴らし
「どう、これでもまだ脆くないなんて言い張るつもりなの?」
 堂々と、脆さを認識させた。
「良い、私が欲しいのは、武器なの。
 武器が素手に負けちゃあ、話にならないわよね」
 まるでホワイトスネイクの喋り方が移ったかのような粘着質なルイズの声に、店の店主は、ひぃぃと喉から声を出して、店の奥へと消えていく。
 恐らく、一番頑丈な武器を探しに行ったのだろう。
「すげぇな……ホワイトスネイクさん」
 店主に続いて現実に帰還した才人は、感嘆の声をあげながら、砕けた剣の欠片を拾う。
「別にこれぐらいなら訳無いわよ。
 と言うか……なんで、あんた、こいつに“さん”付けなのよ」
 私の事は呼び捨ての癖してと、じと目で睨んでくるルイズに才人は、いや、なんかね、と口篭る。
 才人は、チラリと名前の話題が挙がっているホワイトスネイクへと視線を送る。
 172センチある才人を見下ろす2メートルの身長を持つホワイトスネイク。
 さらに、その目の奥は、何か言い表せぬ恐怖を讃えるように瞳の形を取っていない。
 そんな存在と、ルイズが気絶している間、才人はずっと同じ部屋で過ごしていたのだ。
 ぶっちゃけて言おう。
 才人は、ホワイトスネイクに、めっさビビッている。
“さん”付けもそこから来たものだ。
 動物が腹を見せるように抵抗の意思はありませんと伝えるのと同じモノである。
「いや……まぁ、なんとなく」
 一応、プライドがある才人は、それを悟られないように言葉を濁す。
 ルイズは、目を細め暫く才人を見ていたが、はぁ、と溜め息を吐いて
「こいつの事は呼び捨てで良いわよ。
 そんな呼び方されちゃあ、あんたも落ち着かないでしょ?」
 同意を求めるようにホワイトスネイクに視線を向けると同時に、店の奥から店主が顔を覗かせる。
「あの~、こいつなんか如何でしょう?」
 宝石が散りばめられ、豪華の限りを尽くされたその大剣は、先程の剣よりも一回り程小さい。

 「これ、ほんとに丈夫なの?」
「えぇ! えぇ! かの高名なゲルマニアの錬金術師のツュペー卿が鍛えた剣ですぜ。
 さっきの剣なんか比べちゃあなりませんさ!」
 自信満々の店主の態度に、ルイズは、とんとんと刀身を叩きながら、じろじろと見る。
「私……ゲルマニアってあんまり好きじゃないのよ。
 そんな国の高名な錬金術師さんが作った剣……悪いけど、信用ならないわ」
 ホワイトスネイクがルイズの言葉に呼応するように右手を振り上げ、剣を壊そうとするのを察すると、
 主人は大急ぎで剣を抱きかかえ、一本の錆びた剣と取り替えた。
「何コレ?」
「いやぁ、実はこっちの方が頑丈だったのを思い出しまして
 これなら、幾らでも叩いて確かめてくださって結構でさぁ」
店主がヘコヘコして差し出した剣は、そんな店主の態度に、驚いたような『声』を上げた。
「おい! おいおいおい!! てめぇ、せっかく人が黙って、おっかねぇのが居なくなるのを待っていたのに、わざわざ目の前に出すたぁ、どういうことだ!?」
「るっせい! お前みたいなボロ剣とこの剣とじゃ、価値が違うんだよ、価値が!?」
 店主と言い争うボロ剣に、才人は、うわぁ、と驚きの声を上げ、ホワイトスネイクは振り上げた手を、ゆっくりと元の位置へ戻す。
「すっげぇ、この剣喋る!?」
「へぇ、インテリジェンスソードなんて……面白いものを置いているのね」
 物珍しげに才人は、ジロジロと店主と叫びあっている剣を観察し、ルイズは、顎の下に手を当てながら、何かを考え込んでいる。
「お前見てぇな、ボロ剣はさっさと壊されちった方が世の為なんだよ、このスカタン!」
「んだと、ゴラァ!! やれるものならやってみろ!
 言っとくが、てめぇ如きに壊される程、俺ぁ、柔じゃねぇぞ!!」
 剣のやれるものならの発言を聞いた瞬間、ルイズの口元は面白いぐらいに吊り上がる。
「じゃあやってみましょう」
 店主と言い合いをしていたはずの剣は、ひょいっとホワイトスネイクにその柄を掴まれ、ようやく自分の現状を思い出した。
「いやはは、その、今のは言葉の綾ってやつでな。
 いや、マジで勘弁して欲しいかなぁ――――――」
 なんとか延命を希望する剣に、ルイズは無言で首を横に振る。
 才人は、不憫な奴だなぁ、と十字を切り、せめて安らかな眠りをと祈りを始める。
「おい、こら! そこの奴! 見てねぇで助けろ! いや、頼む、助けてください!」
 そんなことを言われても困る。
 才人としても、本日三回目となる切ない部分へのダメージは、遠慮したいのだ。
 と言う訳で、素敵な笑顔を浮かべ、左手の親指を遥か天の上へと向け、歯を輝かせて
「うん、それ無理」
 キッパリと切り捨てた。
「テメェェェェェェ!!」
 剣の悲痛な叫び声と、ホワイトスネイクの拳が風を切る音は、ほぼ同時であった。



「……痛い」
 ホワイトスネイクの拳打は、ルイズのそんな一言で終わった。
 驚くべき事であるが、ホワイトスネイクの幾重の拳も、あの剣を砕く事は出来なかった。
 逆に、打ち続けたホワイトスネイクの拳の方が砕けはしないが、幾らかのダメージを負っている。
「ハァー……ハァー……貴族の娘ッ子……おめぇ、随分と無茶してくれるじゃねぇか……」
 泣きそうな声で、ボロ剣が呟く。
 どうやら、マジで砕かれる可能性を考慮していたらしい。
 そんな剣の様子に、ルイズは僅かに溜め息を吐いた後
「これ、お幾ら?」
 店主にこの剣の値段を聞くのであった。


 店主と値段交渉しているルイズを横に、才人は自分の相棒となる剣を握っていた。
 案の定、剣を握った時、左手の奇妙な痣が淡い光を放ち、身体が軽くなったような不思議な感触に才人は襲われていた。
「おでれーた。おめぇ『使い手』か」
 使い魔のルーンが発動中の才人に、剣はそう声を掛ける。
「『使い手』?」
 台詞を鸚鵡返しした才人に、剣は、しばし、黙り、そして
「うっし、俺の名はデルフリンガーって言うのだが、これからもよろしく頼むぜ、相棒」
 何故だか『使い手』については語らず、自己紹介をしたのであった。
 その事に疑問を感じた才人であったが、まぁ、別に良いかと、自分もボロ剣改め、デルフに名前を教える。
 そうこうしている内に、値段交渉を終えたらしく、ルイズはつかつかと出口へと向かって行く。
「ほら、行くわよ。次は人が集まる場所に行かなくちゃならないんだから」
 ルイズの横柄な態度に、才人は、あいつはツンデレ、あいつはツンデレ、と辛い時に唱えると楽になる呪文を唱えつつ、その後を追うのであった。



 次にルイズが訪れたかった場所は、人が多く集まる場所であった。
 何故、そんな所が御所望かと問えば、情報が欲しいとの一言が返ってきた。
 情報、情報ねぇ、と才人は首を捻り、RPGゲームで情報と言えば、酒場と言う事で、大通りの近くにあった、それっぽい店に入る事となった。
「「「いらっしゃいませ~!!」」」
 店の中に入ると大勢の少女が、きわどい衣装に身を包み給仕をしていた。
 いや、何ここ?
 ヘヴン? ボクは天国にでも迷い込んでしまったのかなぁ、と才人がぼーとしていると後ろから、本日三度目の切ない部分を直撃する蹴りが飛んできた。
「こんな所で情報なんて集められる訳無いじゃない!
 ほら、出るわよ!!」
 自分のした事の重大さを理解していないルイズは、何度喰らおうと慣れない痛みに地面をのた打ち回っている才人に、さっさと店の外に行くと告げるが、動かない。
「おまっ……本当、本当……ここだけは勘弁してください……」
 どうやらダメージが蓄積していたらしく、少々深刻な事態に陥っているようだ。
(しまった……やり過ぎたみたいね……
 む~、こいつが回復するまでここに足止めか。それにしても良い匂い……
 そういえば、お腹も空いてきたし、食事も取れるみたいだから、少しぐらい居ても良いかな)
 どのみち、才人が再起するまで動くに動けない。
 とりあえず、近場のテーブルの椅子に才人を無理矢理座らせ(勿論、やったのはホワイトスネイク)自分も同じテーブルの椅子に座る。
「ご注文を伺います~」
 胸を強調した服を着た黒髪の給仕が、注文を聞きにきたので、メニューから適当に品を選ぶ。
「そちらのお客様、ご注文はお決まりになりましたか?」
 悶える才人に答えられる道理は無い。
「無理みたいだから良いなよ」
「わかりました、では、しばらくお待ちください」
「あぁ、ちょっと待って。
 ここも、一応酒場でしょ? 噂話に詳しい奴って居ない?」
 黒髪の給仕は、ルイズの問い掛けに目を輝かせ、
「それなら、あたしが一番詳しいですよ!」
と、豊満な胸を張って答えた。



 ルイズが運ばれてきた食事を取りながら、黒髪の娘(ジェシカとか言うらしい)と会話している横で、才人は奇妙な容貌の者と対峙している。
「………………」
「………………」
 その者の名は、ホワイトスネイク。
 彼はルイズが話し込んでいる事もあり、暇を持て余しているのか、才人の事をじっと見据えていた。
「…………あの……」
「……………………」
 無言で。
 どうかと思う。
「あの、ホワイトスネイク……さん?」
“さん”は要らないとルイズに言われたばかりであるが、
 どうにも無言で、しかも無表情と来ているホワイトスネイクに、どうしても、“さん”を付けてしまう才人であったのだが
「ルイズガ、言ッテイタロウ……“サン”ハ、必要ナイ」
「あっ、はい、すんません」
 唐突に返された言葉に思わず頷いてしまった。
 そこで、才人は気が付く。
 今のが、ホワイトスネイクとまともに成立した初めて会話であった。
 会話を交わした。その事実に気が付いた才人は、どうせルイズの話も長引きそうだし、粘って、もう少し会話をしてみようと決心する。
「なぁ、あんたってさ、パッと見て人間みたいだけど、種族って何なの?」
「種族、ト言ウモノガ、ソノ存在ノ分類ヲ示スノデアレバ『スタンド』ト言ウ呼ビ名ガ、私ノ種族ダロウナ」
「『スタンド』ねぇ……聞いた事無いや」
「ソレハソウダロウナ。コノ呼ビ名ヲ付ケタノハ、DIOト言ウ名ノ男ダ。
 私モ、便宜上、ソレヲ使ッテイルダケニ過ギナイ」
「はぁ~、あだ名みたいなものなんだ?」
「ソウダナ……個々ガ好キ名デ呼ブ場合モアルカラナ。
 『守護霊』『悪霊』皆、好キ勝手ニ呼ンデイル」
「『守護霊』に『悪霊』って……あんた、幽霊だったの!?」
 驚くような声を上げた才人は、ホワイトスネイクを確りと見る。
 がっしりとした肉体に、へんてこな頭部。体に刻まれた変なマークに……足はキチンとある。
「いやいやいや、足だって、あるし、何より、触れるじゃん」
 そう言って手を伸ばし、ホワイトスネイクの手に触れた才人であったが、ホワイトスネイクは、首を横に振った。
「触レラレルカ触レラレナイカハ、些細ナ問題ダ。
 我々ハ、本来、スタンド使イ……要スルニ、我々ヲ扱ウ者ニシカ見ル事ハ出来ナイ精神体ダ」
「えっ? でも、見えてるじゃんか?」
 そう言う才人は、テーブルに置いてある水の数を数える。
 ひぃ、ふぅ、みぃ。
 きちんと三人分。
 つまり、ホワイトスネイクの分もあり、これは少なくとも給仕の娘には、ホワイトスネイクが見えてる事に他ならない。
「ソウダナ……私モ、ソレガ疑問ダッタガ、マァ、ドウデモ良イ。些細ナ事ダ」
 そう言い切るホワイトスネイクに、才人は、こいつ……理知的な喋り方してるけど、実は大雑把な奴なんだなぁと、妙に親近感が湧いてきた。
 出会ってから感じていた、苦手意識も自然と消えていく……ように感じる。
「なんだ、あんたって、案外大雑把なんだな。
 俺、てっきり気難しい細々とした奴かと思ってたんだけど」
 よく物事を考えずに言葉を口にしてしまうのは、才人の悪い癖であるが、ホワイトスネイクは、別に気にしていなかった。
 と言うか、才人はおろか、他の人間の言う事もホワイトスネイクにとっては瑣末事だ。
 彼にとって、自分が自発的に動くべきは本体の為だけであり、それ以外は全て面倒な出来事である。
 今、こうやって才人と会話しているのも、彼にとってこの数日間で目覚めた、暇に対する拒否反応だ。
 暇を潰す事だけが目的であり、それ以上でも、それ以下でも無い。
「ってな感じなんだけど……参考になった?」
「えぇ、助かったわ。ありがとう」
 才人とホワイトスネイクが、適当な会話に花を咲かせているうちに、ルイズと黒髪の娘の話も終わり、食事に集中しようとしたルイズが、ふと顔を上げる。
「あんた、全然食べてないじゃないの?
 何、お腹空いてないの?」
 才人の手前に置かれた食事の類は、痛みに耐えていた才人が注文出来なかった代わりに、ルイズが頼んでおいた代物だ。
 焼き立てのパンと、具材たっぷりのスープに、ドレッシングの掛かった何か良く分からない野菜のサラダ。
 見るからに美味そうなラインナップであるが、ホワイトスネイクとの会話に集中していた才人は、まったくそれらを食べてない。
「食べないなら食べないでも良いんだけど、
 私が食べ終わったら、店から出るから、食べるなら早くしなさいよ」
 そう言って、残り僅かな鶏肉の照り焼きを、パクパクと食べるルイズに、才人は早食いで答えるのであった。



 その頃、才人とルイズが居ない学院では、キュルケとタバサが、ギーシュの部屋の扉を開け、モンモラシーがギーシュに対して、あ~んをしている現場を押さえていた。
 ギーシュとモンモラシーは勿論だが、そういうウブな行為をあまりしたことが無いキュルケですら顔を赤らめ、黙ってしまった中で、タバサだけが、つかつかと靴音を荒く立てながらギーシュへと近づく。
「質問がある」
「なっ、なんだい?」
 いつもの無感情で起伏の無い声ではなく、何か言い知れぬ凄みを含む声に話しかけられたギーシュは、どもりながらも返事をする。
「貴方の今の状態とそうなった理由を詳しく教えて」
「状態と……理由?」
 何を聞いているんだと首を傾げるギーシュだが、タバサの目があんまりにも鋭いので、仕方なく、つらつらと言葉を述べていく。
「状態と言われても……気分が凄く良いぐらいだね。
 魔法も、また使えるようになったし……後、そうなった理由って言うのは、僕が正気に戻った理由かい?
 正直に言うと、ルイズと決闘した後から今日までの記憶が、すっぽりと抜け落ちていてね。
 モンモラシーに、今までの事を聞かなかったら、自分が壊れていたなんて、さっぱり分からなかったよ。
 でも、聞いた話では、ルイズが僕の事を元に戻してくれたんだろう?」
 ギーシュの問い掛けに、モンモラシーとキュルケは、同時に首を縦に振る。
 それを見て、タバサは何かを考えこむように、僅かに目を瞑った。
 ギーシュの症状は誰が見ても、もう、治せない状態であった。
 ある理由から、色々と精神の病気について調べているタバサですら、ギーシュは一生あのままだと思っていた。
 しかし、彼は目覚めた。
 記憶の欠落はあるが、それ以外は、元のギーシュそのままだ。
 つまり、完治している。あそこまで精神的に壊れていたと言うのに。
「………………」
 無言で閉じていた目を開き、タバサは自室へと戻っていく。
 試す価値はある。
 否、これだけの成果を出しているのだ。
 望みは十分にある。
 問題は――――――どうやって頼むかだ。
 一人、足早に歩くタバサは、その事を只管に考えていた。




「あんた、よく、そんなの買うお金があったわねぇ」
「一週間だけ厨房で働いてたから、その駄賃を貰ってたんだよ」
 帰りの馬車の上で、才人は手綱を上手く操りながら、ルイズの言葉を律儀に返していた。
 行きで苦労した甲斐があったのか、今の才人の手綱捌きは、そこそこ上達しているように見て取れる。
「ふ~ん、で、それ誰に上げるのよ」
 ルイズが興味津々で訊ねるのは、才人が買った一つの腕輪だ。
 ヒスイ細工の綺麗な腕輪は、少々値は張ったがそれだけの価値に見合う輝きと美しさを持っているが、才人が自分で嵌めるにはサイズが小さく、明らかに誰かのプレゼント用の品物だった。
「いや、世話になっている同室の娘にな」
 思えば、シエスタには随分世話になっている。
 ルイズ付きの使用人になってからも、シエスタの部屋から通っている才人は、毎夜、シエスタと顔を合わせる事で、一日の疲れを癒しているのだ。
 それに、この二、三日はマッサージまでしてくれている。
 感謝するなと言うのが無理な話であった。
「ふ~ん……」
 なにやら詰まらなそうに相槌を打つルイズに、はて、自分は何か気に障る事でも言ったかと恐慌する。
「……いや、別にあんたが誰と付き合おうが、私には関係無いんだけど
 使用人としての本分を忘れてまで、付き合うの駄目だからね」
 ふんっ! 鼻を鳴らして使用人として自覚を持てと言うルイズに、薄ら寒いものを感じた才人は、そういえば! と大きな声を上げて、話題を逸らす。
「給仕の娘と随分長話していたみたいだけど、一体、何を聞いてたんだ?」
「そうね……まぁ、世の中にどんな人間が居るかって言う世間話よ」
 何が楽しいのか、ルイズの声は先程と打って変わって、幾分、楽しそうな韻を含んでいる。
「中でも、モット伯とか言うのが、一番興味を引いたわね。明日辺り、会いに行くのも悪くないわ」
「明日は馬が借りられないだろ?」
「学院から近いから、徒歩でも大丈夫よ」
 明日が楽しみね、と笑うルイズに、明日は、足がパンパンになるまで歩かされるであろう予想が、頭に浮かぶ才人であった。



 だが、その予想は少しばかり早く実現することとなる。
 その夜、部屋からシエスタの荷物が無くなっている事に愕然とする才人に、料理長のマルトーが放った言葉によって



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー