ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-33

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匿名ユーザー

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夜。ギアッチョはベランダの手すりに背中を預けて、あおむけに空を見上げていた。
「一つだけの月なんざ、もう長く見てねえ気がするな・・・」
片手に持ったワインを飲み干して、柄にもないことを考える。
グイード・ミスタとジョルノ・ジョバァーナ、あの二人と戦った夜、たった一つの地球の
月は自分を照らしていたのだろうか。ついぞ空など見上げなかったことを思い返して、
ギアッチョは首を振る。
黒い手袋に三角形に覆われた己の右手に、ギアッチョは眼を落とした。この手で
無数の人間を葬って来たことを思い出す。対抗組織の人間を、彼は腐るほど
殺して来た。しかしその一方で、組織の障害となるというだけのやましいところの
ない人間をその手にかけたことも一度ならずあった。
罪悪感はない。後悔もない。ギアッチョは、ただ生きたかっただけだ。パッショーネの
庇護なしには生きられない世界に絶望し、殺さなければ生きられない世界に絶望
しても尚、ギアッチョは生きたかった。唯一つの拠り所で、リゾットのチームで、
なんとしても生き抜きたかった。だからギアッチョは、人が牛を、豚を、鶏を
殺すように人を殺した。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――そして最後に殺された。

この世を修羅道と見紛わんばかりの凄絶な人生だった。ギアッチョにとって殺人は、
もはや呼吸と同じほどに当たり前の行為としてその身に染み付いている。まともな
人の心など、とうの昔に消え去ったはずだった。
しかし。
ならばなぜ、自分はルイズに付き従っているのだろう。ルイズを庇い、叱り、助けた
のだろう。ギーシュを殺さなかったのは何故だ?キュルケを叱ったのは?タバサを
助けたのは?
リゾットチームのほかには、ギアッチョの世界には彼にとってどうでもいい人間か、
そうでなければ殺すべき人間しかいなかった。何故なら彼は暗殺者だったからだ。
イタリアにいてさえ、彼は災禍を振り撒く魔人だった。魔人であらねばならなかった。

別の世界に召喚されようが、使い魔として契約をしようが、彼の思考は、言動は
暗殺者としてのものだった。キュルケが殺されようが、タバサが身代わりに
なろうが、ルイズが死んでしまおうがどうでもいいはずだった。なのに、何故自分は
彼女達を助けた?
――・・・贖罪のつもりってわけか?
後悔していないと思っていても、どこか心の奥底でわずかに罪悪感を感じていたの
だろうか。彼女達を助け導くことで、無数の犠牲者への罪滅ぼしをしているのだろうか。
しかし、ならば死ねばいいだろう。例え何万人の命を救ったところで、ギアッチョが
殺した人々が蘇るわけではない。彼らが願うものは唯一つ、ギアッチョの死である
はずだ。
それもいいかもな、とギアッチョは思う。イタリアに戻ったところで、もうどこにも彼の
居場所はない。そしてイタリアで生きる意味も、もはやありはしない。仇を討つ意味も
また、存在しない。彼らはその命と誇りの全てを賭けて戦い、そして負けたのだから。
みっともなく再戦を挑むなどということは、彼らを侮辱する行為でしかないと
ギアッチョは思っている。
ブルドンネ街のあの薄汚い裏路地のような場所で、惨めに哀れにのたれ死ぬこと
こそが、自分に相応しい末路だ。この手で消した数え切れない命は、もはや
ギアッチョが一秒でも早くその命を絶つことを願っているだろう。

ベランダから地面を見下ろして考える。氷の槍を作って飛び降りれば、それだけで
死ぬことが出来るだろう。ギアッチョは虚ろなまなざしで、数秒地面を見つめた。

ゆるゆると、実に緩慢な動作でギアッチョは顔を上げる。引き結ばれていたその
口からは、「・・・クッ」という声が漏れる。
「クックック・・・ どこにでもいるもんだよなァァ 全く度し難い人間ってのはよォォーー」
全然理解が出来ないことだが、自分が死ねばルイズはまた泣くだろう。自分を
友だと言ったギーシュはどうだ?キュルケとタバサは?一体どんな顔をするものか
自分には分からないが、バカみたいに真っ直ぐな奴らだ、また突っ走って危ない目に
遭うだろう。任務の情報が漏れている上に既に刺客が差し向けられていることを
思い出して、ギアッチョはやれやれと呟いた。結局自分は、どこまでも悪人なのだ。
いくら罪悪感を感じようが、いくら良心の呵責に苛まれようが、結局は自分の意思で
己の生死を決定出来る。自分の意思の赴くままに何かをすることに、微塵の躊躇も
ありはしない。
ギアッチョは静かに笑いながら、己の左手に眼を向けた。そこに刻まれたルーンは、
使い魔の契約の証だった。
――オレがこの手で命を救ったんだぜ 笑える冗談じゃあねーか ええ?おめーら・・・
リゾットの奴は責任をまっとうしろと言うだろう。プロシュートの野郎はマンモーニを
鍛え直してやれと言うかもしれない。メローネのバカはオレと代われと言いそうな
気がする。イルーゾォは、ホルマジオは、ペッシは、ソルベは、ジェラートは・・・。
地獄で自分を笑っているであろう仲間達を思い浮かべて、ギアッチョはフンと鼻を
鳴らす。この任務の間だけは、面倒を見てやろう。ギアッチョは今、そう決定した。

コンコンという音に、ギアッチョは部屋の入り口を見る。断続的に続くその音は、
扉から発されていた。
「入りな」
という彼の声で部屋に入ってきたのは、ルイズだった。ギアッチョは彼女を確認すると、
すぐに視線を外してまた手すりにもたれかかった。ルイズはベランダまでやって
来ると、ちょっと心配そうな顔でギアッチョを見る。
「・・・ねぇ どうして負けたの?」
今朝の決闘で、ギアッチョはホワイト・アルバムを使いもせずに敗北した。まさか力が
使えなくなったのだろうか、なんて心配しているルイズである。

「ワルドの野郎を信頼するな」と言いかけて、ギアッチョは口をつぐんだ。ルイズが
ワルドに向ける表情は、自分へのそれとどこか似ている。確定もしていないのに
迂闊なことを言うべきではないだろう。
何故そう思ったのか、そこに意識が至らないままギアッチョは言葉を返す。
「剣の練習だ」
「そ、そう・・・」
ルイズは納得したようなしてないような微妙な顔になるが、それ以上は何も
言わなかった。何も言わないまま、ギアッチョの隣で同じように手すりにもたれ
かかった。ギアッチョはルイズに、不思議そうに一瞥を向ける。
「・・・何か用でもあんのか」
しかしルイズは答えない。色んな感情の入り混じった、結果としてどこか悲しげに
見える表情で、何も言わずに空を見ている。何か悩んでいるのだということは
容易に察しがついたが、言う気のないことを根掘り葉掘り聞く気はない。そこまで
考えて「根掘り葉掘り」についてブチ切れそうになったが、自制心をフルに活用して
抑え込む。空気を読んだギアッチョにあの世で仲間達は涙を流して喜んでいる
かもしれない。
「・・・ギーシュ達は何をやってんだ」
何とはなしにそう尋ねる。ルイズは無理に笑顔を作ってそれに答えた。
「酒盛りしてるわよ 皆アルビオンへ行くのが楽しみみたい」
「遠足気分だな・・・あのガキ共はよォー」
そう言うギアッチョに、ルイズは「全くだわ」と笑う。二人して空を見上げたまま、
また静寂が流れ――、
「・・・・・・・・・私、結婚するの」
やがてぽつりと、ルイズはそう言った。

反応が気になって、ルイズはこっそりギアッチョを見る。いつもの無表情で、
ギアッチョは何も変わらず空を見上げていた。
「よかったじゃあねーか 憧れの子爵様だろうが」
ホントに喜んでいるのならこんな表情はするわけがない。そう分かっては
いるが、彼女が一体何に心を囚われているのか全く分からないので彼としても
そう言うほかはなかった。しかし何かを期待していたらしいルイズは、更に
悲しげな色を深めた眼を伏せて、一言「そうね」と呟いた。
これだからガキはなどと思いつつも、このままルイズを放置するのは気分が
悪い。仕方なく身体を起こすと、ギアッチョはルイズに向き直った。
「何を迷ってるんだか知らねーがよォォ~~ 言いたいことがあるなら言いな
オレじゃあなくていい キュルケでもタバサでもギーシュでも、言いたい奴に
ぶちまけろ あいつらなら真摯に聞いてくれるぜ・・・多分な
些細な感情のスレ違いから身を滅ぼしたバカをオレは何人も見てきた
おめーがそうなっちまうのは気分のいいことじゃあねーからな」

己の眼を覗き込むようにしてそう言われて、数秒の葛藤の後、
頬を染めながら彼女は恐る恐る口を開いた。
「・・・・・・・・・あの ・・・・・・えっと・・・その ・・・・・・・・・じゃ、じゃあ言うわ・・・」
深夜の静寂に自分の心臓の鼓動が煩いほどに響き、ルイズは大きく
深呼吸をする。そうしてからその真っ赤な顔を怪訝な眼で自分を見ている
ギアッチョに向けて、ルイズは怒鳴るような勢いで口を――

ズズンッ!!

開けなかった。素晴らしいタイミングで大地が鳴動し、ベランダの外に
二度と見たくなかった 巨大なシルエットが闇を切り抜いて姿を現した。


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