ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十話 『そよ風の中で』

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第二十話 『そよ風の中で』

半壊した貴族派はその後いったん引いて体勢を立て直すつもりらしく、あれから三日たった現在、ニューカッスル城はつかの間の平穏を迎えていた。
『ヘビー・ウェザー』の説明を受けていない兵たちは三百が五万を返り討ちにした戦いを『奇跡の戦』と呼び、城内の士気は高まっていた。
「とは言っても、援軍を迎えた反乱軍に勝てる道理はもはやない・・・」
ウェザーは自分にあてがわれた部屋の中で、ルイズ、キュルケ、ギーシュに向かってそう話した。
「ま、王党派が勝てたのも結局のところダーリンのおかげだしね」
「・・・『ヘビー・ウェザー』なしでも戦力になりたいところだが・・・あれ以来力が入らないままだ」
「それってなくなっちゃったってこと?」
「いや・・・微妙にだが回復はしているんだ。一週間かそこら大人しくしていれば戻るだろうが、恐らくは能力に対するリバウンドだろう」
ウェザーは自分の左手を見る。あの光はなんだったのか。伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーンが刻まれた左手。ルイズが触れたとき強く輝いて『ヘビー・ウェザー』を止めた。(ルイズと『ガンダールヴ』・・・調べておいて損はなさそうだな)
オスマン辺りにでも聞いてみるかと考えているとルイズが話し始めた。
「でも・・・」
ルイズが膝の上に置いた拳を強く握る。
「もうあんなことしないでよ・・・?勝手に暴走して・・・勝手に死ぬなんて許さないんだからね」
少し潤んだ目で下から睨んで言った。それにウェザーは軽く笑って答えた。
「もうしないさ・・・次も止まる保証はないし・・・お前らも巻き込むところだった。それに一回使うたびに力が出せないんじゃ、お前を守れないだろう?」


ルイズはその言葉に顔を赤くしたが、腕を組んでそっぽを向いた。
「わ、わかればいいのよ。使い魔はご主人様を守るのが仕事なんですものね!」
その様子にウェザーとキュルケは笑った。と、ようやくギーシュが口を開いた。アルビオンに着いてからずっと寝ていたためにいまいち話しについていけなかったが、ようやく一区切りついたらしいと見て自分から話題を振ったのだった。
「ふむ・・・僕が寝ている間に何やら深刻なことがあったらしいね。とは言え、一応とはいえ平和なのだから、今は戦のことではなく楽しい話をしようじゃないかね。たとえばそうだな・・・料理なんかはどうだね?」
ギーシュの話題にみんなが食いついた。
「そういえばここで出された料理には野菜が多かったな」
「そういえばそうかしら?ここの人たちって菜食主義の神職だとかかしら?」
「そんなわけないでしょうよ。単にメイドたちも逃がしちゃって簡単な料理しかできないんじゃないかしら。ところで菜食主義ってチーズとかは食べちゃってもいいわけ?」
「ああ?そいつはダメだろーな。乳製品や卵は牛や鶏のもんだからな。クリーム使ってるケーキもアウトだろうよ」
「へええ~~!じゃあクックベリーパイもダメなのね?ならわたしは菜食主義にはなれそうもないわ」
「でもきっとその方が体の調子もいいんだろうな」
「菜食か・・・ふむ、一つ提案があるのだがね」
ギーシュが指を立てたので皆が注目した。


「トリステインに帰ったら『エスカルゴ』料理を食べに行かないかい?」
三人が同時に固まった。しかしギーシュはそんな様子に気づいた風もなく得意げに話し続ける。
「カタツムリなら菜食主義から外れるだろうし、美味しいカタツムリを食べさせるところを知っているんだ。そうだ、秘薬をくれたモンモランシーもさそってンペストッ!?」
ルイズとキュルケのハイキックがギーシュの延髄にキまった。
「吐き気をもよおす『邪悪』とはッ!」「何も知らないギーシュがNGワードを言ってしまうことだ・・・!」「「ギーシュが何も知らずに『エスカルゴ』だなどと!テメーだけの都合でッ!」」
二人が目をぎらつかせながらギーシュに迫る。脳が揺れたギーシュは尻餅をついたまま後退るがすぐに追いつめられてしまう。
「あんなもの見た後でカタツムリが食えるかーッ!」
「え?え?ちょ、まっ・・・ゥんがァアアア――アァッ!」
ウェザーは指とその谷間を使いギーシュの名前を占った。
「『ギ』『ー』『シュ』・・・天国地獄、大地獄・・・・・・」
どうにも助かりそうにないのでギーシュで遊んでいる二人を残して外へ出た。
よく晴れた空の下、どこからか入ってきたそよ風が廊下を歩くウェザーの横を通り過ぎていった。


城の人が自分のために用意してくれた部屋の隅でタバサは座っていた。膝を抱え込むようにしてそこに顔を埋めて動かない。
「きゅいきゅい・・・(ねえお姉さま・・・)」
ベランダからシルフィードが心配そうに顔を出している。先ほどから何度も何度も声をかけているが全く反応がないのだ。
「きゅい!きゅーい!(もう!入っちゃうのね!)」
そう鳴くとシルフィードはベランダから室内に入ってきた。しかし五メイルを超す巨体の竜が窓から入っていったというのに、窓枠にはヒビ一つなかった。それもそのはずだった。
中に入っていったのは青い髪をなびかせたスタイルグンバツの女性だったのだからだ。文句のつけようのない肢体でタバサに近づいていく女性に、ただ一点の文句を付けるとするのならば、それは『全裸である』と言うところであろう。
もっとも、それに文句を付けるかどうかはあなた次第だが。
「お姉さま最近はちっともご飯食べてないのね。体壊しちゃう」
「シルフィード、ここで変身してはダメ」
「変身しないと中に入れないのね!」
そう、この女性はシルフィードである。風韻竜である彼女は人間の姿に変身することが可能なのである。そのシルフィードはタバサのまえに仁王立ちになると腕を組み、頬を膨らませた


「お姉さまったら大好きなはしばみ草もちっとも手を着けなかったのね。本当に体壊れちゃうの」
「必要な栄養は摂取した」
「ダメなのー!そんなことじゃおっきくなれないのね!お姉さまは小さいんだから!」
そう言って胸を張るシルフィード。組んだ腕の上からキュルケとタメを張れる柔らかメロンがこぼれていた。その瞬間、タバサが下げていた顔を機械的に起こしてシルフィードを見た。その眼は神話に出てくる魔眼と呼ぶに相応しい禍々しい光を放っていた。
「黙れ。もぐぞ」
「ヒィッ!」
思わずシルフィードは身震いしてしまった。身長のことを言ったのに。いつもならここで退散してほとぼりが冷めるのを待つのだが、なんだか最近のタバサの様子は心配でならない。そう思ったシルフィードは逃げ出そうとする足に活を入れて背筋を伸ばした。
「そそそそんなこと言っておお脅したってダメなものはダメなのね。お姉さまがちゃんと食べてくれないとシルフィ心配でご飯が喉を通らないのー」
タバサは黙ってベランダの一角を見た。そこには何かが食い散らかされた後だけしか残っていない大きな皿があった。シルフィードが汗を垂らす。
「あ、あれは間食だからご飯には入らないのね!ね?」
必死に弁明し出すシルフィードにタバサは薄く笑って言った。
「わかった。ご飯はちゃんと食べる」
タバサがようやく笑ってくれたことが嬉しかったのか、布団のシーツをひっ掴み、飛び跳ねながら部屋から飛び出していった。どうやら今すぐ食べさせるために厨房に向かうつもりのようだ。
いつもならその姿で人前に出るなと叱るところだったが、タバサはため息をこぼして再び俯いてしまった。頭の中に渦巻くのは己の無力さ。偏在のワルドとの戦いで自分は何も出来なかった。
「相手は格上だったから」なんて甘い考えが通用する世界でタバサは生きてきていなかった。無理難題を力で切り抜け、荒唐無稽な任務も知恵を働かせたし破天荒な相手を正論で切って落としてきた。
全てはあの人のため。あの人を救うため。あの人を守れる力が欲しかったのだ。そのために学び鍛え修羅場を切り抜けてきた。なのに・・・
悔しさと同時にキュルケとギーシュに対して嫉妬している自分に気付き、さらに体をちぢ込めた。
「・・・・・・母さま・・・」
タバサの小さな呟きはカーテンを揺らすそよ風に紛れて消えた。


「きゃあッ!」「うおッ!」
人気も少ない廊下の角でウェザーは何かにぶつかって後ろに倒れていた。その上にはぶつかってきたものがのっかている状態である。
歩いていたウェザーに風のごとき速さで何かがぶつかったため勢い的に負けたウェザーが飛ばされ、ずっこけた何かがその上に乗ったのだ。しかもぶつかってきたのは何かではなく女だった。
青い髪がタバサを想起させるが長い髪とやや大人びた風貌はむしろその姉か母を連想させた。ウェザーは素直にキレイだと思ったが、同時に違和感を覚えた。初めそれはこの女の着ているもののせいだと思った。
女はシーツみたいな白い布を体に巻いているだけで、到底衣服とは呼べそうにないものだったからだ。しかし何かが引っかかる。ウェザーがその引っかかりの正体に頭を回転させていると、馬乗りになった女が話しかけてきた。
「わ、ウェザーなのね!」
女の正体はシルフィードであった。
「俺の名前を知ってるのか?・・・何者だ一体」
下敷きにされた姿勢のままウェザーが警戒心もあらわにそう問いただしてきた。
シルフィードにしてみれば何度か背中に乗せたしたまに風を使って遊んでくれるタバサの知り合いの気さくなお兄さんなのだが、シルフィードが人間になれることを知らないウェザーにしてみれば
戦争真っ只中の城内で見たこともない女が自分の名前を知っていたのだから警戒もしようと言うものである。
(しまったのね!正体ばれたらお姉さまにまた『はしばみ部屋』にいれられちゃう!もう『はしばみの処女(ハシバミ・メイデン)』はいやなの~!)
かつての記憶が甦りがたがた震え出すシルフィード。ウェザーの上で。
「お、おい・・・!」
「や、やっぱりあなたは知らない人だったみたいなの!ぶつかってゴメンなのね!」
それだけ言うと身軽にウェザーの上を飛び越えて全力疾走でどこかへ行ってしまった。しかし上を飛んだと言うことは下から見えていたわけだが。
「・・・マジで何者だ?」


仰向けに倒れたままの姿勢でウェザーは呟いた。その後考えてもしょうがないと思い直して立ち上がり、人気の少ない廊下を歩いていった。と、そこでメイジにあった。ウェザーも治療してもらった水のメイジだ。
「ああ、ちょうどいい。フー・・・じゃなくてエルメェスの部屋はどこか知らないか?」
「エルメェスさんならこの廊下を真っ直ぐの突き当たりですよ」
もちろんエルメェスはここにはいない。お尋ね者のフーケを置いておくために口から出た名前がエルメェスだったのだ。
メイジに礼を言って廊下を進む。そのうちに目的の部屋についた。ウェザーは何の躊躇もなく扉のノブを回した。
「おいフーケ・・・・・・」
ザ・ワールド!時は止まる。
フーケはちょうど着替えをしていたところらしく、脱いだ服が腕に引っかかっていた。背を向けていたが扉が開いたことに驚いたのか、上半身を捻っている。目を丸くしてこちらを見ている。
                  ~一秒経過~
白いパンツ一枚だけで肌の露出が尋常じゃない。しかも肌は予想以上にキメが細かく白かった。
                  ~二秒経過~
脚は細いが盗賊家業の賜物か、引き締まっている。こういうのをカモシカのような脚と言うのだろうか。
                  ~三秒経過~
その脚から腰、腰から胸へ上るラインはしっかりとくびれており、キュルケとはまた別種の色香があった。
                  ~四秒経過~
胸は服に隠れてはいるが、その膨らみはルイズなら確実にキレること請け合いである。形もイケメンだッ!
                  ~五秒経過~
そして時は動き出す・・・
WRYYYYYYという空耳が聞こえてきそうな時間が過ぎたとき、フーケが肩を震わせながら何事かを呟いている。


「ば・・・」
「ば?」
「バニッシングーッ!」
フーケの投げつけた花瓶がウェザーの顔面に直撃した。
「うぐあ!」
ウェザーが吹っ飛んで倒れている間にフーケは着替えを済ませる。
「つつつ・・・」
起きあがったウェザーに鬼気迫る迫力のフーケが迫る。
「堂々と覗きしやがってからにィ・・・!」
「お、落ち着け、誤解だ!」
その後変態の汚名を晴らすために頭を下げ弁解し、結局三十分は費やしていた。
「ふーん・・・たまたまねー」
「お前まだ疑ってるだろ・・・まあ、ノックしなかった俺も俺だが、見たのなんざ一瞬だ一瞬」
フーケはベッドに腰掛けウェザーは床に座らせられながら話をしている。
「しかし何でまたこんな時間に着替えなんかしていたんだ?」
「出てくからよ」
フーケは至極当然といった風にきっぱりとそう言った。
「今からか?傷は塞がったといっても無茶するなよ。それにお前は薬が・・・」
ウェザーの心配を鼻で笑い飛ばし、ベッドのスプリングを利用してフーケは勢いよく立ち上がった。
「『土くれ』のフーケ様を舐めるんじゃあないよ。あんなかすり傷ごときでヒーヒー言ったりはしないさ。それに・・・一刻も早くここから離れたいのよ」
「・・・ああ、そう言えばお前貴族嫌いなんだっけな」
「うん・・・まあそんなところだよ」
煮え切らない態度のフーケではあったが、ウェザーは特に言及しなかった。
「まあ、傷跡は消えていたから大丈夫だとは思うが、もう少し自愛するんだな」
「ふん、今さら誰が私のことなんて気にするって言うんだい?」
「家族がいるんだろう?大切な家族が・・・。それにお前キレイなんだからもったいねーぞ」
「は?え、あう・・・」


その途端フーケが顔を真っ赤にして俯いてしまった。傷に響いたのかと心配したウェザーが近づいてみる。
「どうした?」
「真顔で恥ずかしいこと言うなよ・・・・・・あれ?何であんた私の傷跡が消えたって知ってるんだい?」
「あ」
その瞬間フーケから何かドス黒いオーラが漏れてきた。ウェザーは嫌な汗をかきながらこれが漆黒の殺意か・・・、と一人納得していた。
「へえ・・・随分とじっくり見てくれたらしいじゃないかい・・・ええ?」
「や、ちが「バニバニバニバニバニバニッシングッ!」
フーケのラッシュによって飛ばされた意識の中、ウェザーは髪を逆立てたフランス人に「お前も女難か?」と言われてさらに手招きまでされたので全力で戻ってきた。俺は違う俺は違うと何度も繰り返した。
叫んで落ち着いたのかフーケが息を整えながら喋った。
「ま、まあ、不本意ではあるけれど借りは借りだ。必ず返すとウェールズに伝えといておくれよ」
「俺はお前の召使いじゃないんだが」
「ヴァリエールの嬢ちゃんの使い魔だろ?知ってるよそんなこと。でもさ、私ウェールズの顔見たらきっと黙ってられなくなっちゃうから・・・」
ウェールズの名前を出すたびに拳に力を入れるフーケを見てウェザーは頷いた。
「わかった」
「悪いね。でも・・・聞かないんだね、理由」
「聞けば答えるのか?言いたくないのなら言わなければいい。言いたくなったら聞いてやるし、力になれるんだったらなってやるし、なれないのなら関わったところで意味はない・・・」
「親切なんだか淡泊なんだか・・・・・・じゃあさ、私があんたの過去聞いたら教えてくれる?」
恐らく興味本位で聞いたのであろうフーケにウェザーは真剣な顔のまま答えた。
「教えてやろうか?」


「ん・・・いや、いいよ。結局過去のことで力になんかなれるはずがないんだしね」
「だが未来のためになら力を貸せる・・・」
どこか遠い目をしているウェザーを見てフーケは少しこの男に対する興味の持ち方を変えた。この男の不思議な力よりも、この男自体を知りたいと思った。
「ふうん・・・そっか、そうだね」
フーケはベランダに足を進めた。ウェザーは体の向きだけでそれを追う。
「これからどうするんだ?」
「しばらくは大人しくしてようかな。家族に会いに行くのも悪くないしね。ま、幸いこの辺は勝手知ったるなんとやらってね」
しかしそこで急に顔を赤くして俯いてしまった。ベランダの手すりにおかれた指がせわしなく動いている。
「それで、あと、その・・・あ、あり・・・」
急にフーケの声が小さくなってしまったので、ウェザーは聞き返してしまった。
「あり?アリーヴェデルチか?」
「ありがとうって言ったんだよ!」
フーケは自分で叫んだことが恥ずかしかったのか見る見る顔を赤くした。
「ちちち違うからね!今のはアリーヴェデルチって言おうとして噛んじゃっただけだからね!わかった!?」
もの凄い剣幕で怒鳴られてウェザーは思わず首をかくかくと縦に振っていた。
「と、とにかくじゃあね」
「ああ、またな」
フーケはベランダから飛び降りた。そしてそんなフーケに対するウェザーの言葉は、
「・・・・・・そう言えばあいつブラしないのか?」
この世界にブラジャーがないことを知らないウェザーはそう呟いた。


城からしばらく行ったところにある草原をフーケは歩いていた。
「あー・・・調子狂うわー・・・」
盗賊という職業柄比較的マイペースなはずの自分だがウェザーと話しているとなぜだか調子が狂ってしまうのだった。
こちらのペースに巻き込もうとしても向こうはどこ吹く風でちっとも揺らぎやしない。どころかこっちを巻き込む節さえあるのだ。
それに立ち向かったときはこちらの歩みを阻むくせに、背中に立たれると後押ししてくれる。
「なんだか風みたいなやつだね」
だだっ広い空間の中フーケは一人呟いて伸びをした。
「さーて、テファたちのおみやげ何がいいかねえ」
フーケは頬を撫でるそよ風に朗らかに笑った。

「はい、なんでしょう?」
「ん?いや、俺は何にも言ってねーよ」
とある森の中の小さな村で、美しい少女と錆び付いた剣が話し合っていた。
「いきなり声かけるもんだからおでれーた。どうしたんだい?」
「え?その・・・私の名前を呼んだ気がしたから・・・」
剣はカタカタと震えながら話し続ける。
「ふーん。でもそれは俺じゃないな。声に聞き覚えはなかったのかい?」
すると美少女はしばし考える仕草をしてからゆっくりと話した。
「・・・マチルダさん・・・の声でした」
「マチルダ?知り合いかい」
「ええ。とっても『知り合い』なんです。ほら、あなたを送ってきてくれた人ですよ」
「ああ、姐さんか。しかしいいねえ、通じ合ってる感じで。俺も早く使い手に名前呼ばれてーな」
「デルフさんなら大丈夫ですよ。案外すぐ近くまで来てるかも知れませんよ?使い手さん」
「そうだったらおでれーた」
二人の笑いは森の木々を軽く揺らしたそよ風にのって飛んでいった。


ウェールズは会議室に向かって歩いていた。時刻はすでに夕方をさしている。
頭の中は今後のことで渦巻いていた。ウェザーにアンリエッタのもとへ行くと約束した。しかし明日にも敵は数をそろえて再びやってくるだろうし、以前空は封鎖されたままだ。
もうウェザーには頼るわけにはいかない。怪我人の治療のためにここに留まっていてくれているが、次の攻撃の前に帰さなければならない。
悩みながらも会議室にたどり着き、大きな扉を開いた。
「皆、遅れて済まなかった」
会議室にはすでに父王はじめ隊長たちが大きなテーブルに座っていた。ウェールズは自分の席に向かって歩いていく。
「む?」
しかし、いつもなら父王の隣に置いてある椅子が今日はない。部屋中を見渡すがすでに席はすべて埋まってしまっている。いったいどうしたことかと悩んでいると、父王が議会開始の宣言をしだしたのだ。
「それではこれより会議を行う」
「ち、父上?まだ私は座ってはおりませ・・・」
「貴族派からの通達では明日早朝に攻撃開始とのこと」「援軍でしょうか、減った数は取り戻しておるようですな」「全く、貴族派に援軍とはどこの痴者か!」
会議は侃々諤々とした調子で進んでいく。ウェールズ一人を残して。
「ふむ・・・では我らも総力を持ってこれを迎え撃つこととする。よいな?」
一同が賛成ッ!と叫んでいる。しかしウェールズは納得がいかなかった。なぜ自分がこの会議に入れないのか。その時、父王の袖から何かが落ちた拾い上げてみるとそこには驚くべきことが書かれていたのだ。


「では次の議題は、ウェールズの亡命についてだが」
「っ!なんと!」
ウェールズは我が耳と目を疑った。落とした紙にはトリステイン王家に亡命の旨を伝える内容が、そして父王の口からはそのことを直に聞かされたのだ。
「そうですなあ、やはりここはトリステインに頼るのが一番かと」「そうだな。あそとは以前より親しくやってきたゆえ、快くとはいかずとも無下に扱うことはあるまいて」「トリステインなれば我が輩も賛成ですな」
「みんな何を言っているんだ?何を・・・」
「では、我らが祖国アルビオンの未来は我が不肖の息子、ウェールズに託すとしよう!皆、この老いぼれについてきてはくれぬか?」
「何をおっしゃるか陛下!我らの心はすでに一つ!」「いかにも!あなたとならばどんな戦場も恐ろしくはありませぬ!それにこれは負け戦ではない!」「そうだ!これは我らが心を見せ付ける戦い!ウェールズ様に繋ぐための戦いである!」
次々と立ち上がり思い思いの心の丈を叫んでいる。ウェールズは知らず知らずのうちに震えていた。恐れではない。恐怖ではない。
「殿下!我らの魂はいつまでもこの地にてあなた様の帰りをお待ち申し上げております!」「未来永劫に!」「ウェールズ皇太子万歳ッ!ジョージ王万歳ッ!アルビオン万歳ッ!」
そこはもはや会議の様相を呈してなどいなかったが、文句を言う者など誰もいなかった。皆の心はすでに一つなのだから。ウェールズは震える心を必死に抑えつけて、大きく頭を下げた。
「みんな!必ず帰る!皆の想い、確かに受け取った!」
そう言うと皆が笑った気がしたが、ウェールズは確かめることなく背中を向け、会議場を後にした。
一人歩く廊下に続く水滴を夕闇のそよ風が震わせた。


翌朝早朝、ウェールズを含んだ六名と一匹はヴェルダンデが礼拝堂に掘った穴から先に回っていたシルフィードの背に乗り込んだ。それを確認したタバサがシルフィードに出発の合図を出すと、力強く羽ばたいて進みだした。
見上げれば今まさに城に攻撃が始まったらしく、煙を上げていた。ウェールズはそこへ向かっていつまでも敬礼をしていた。
ルイズはそんなウェールズを見ながら奇妙な達成感と、不思議な虚無感に見舞われていた。王女の以来は果たした。王子も救えた。しかし、国は救えなかった。当然そんな大きなものなぞ望めるべくもなかったが。
ルイズは眠気に襲われると、あっさりと意識を手放した。ウェザーにもたれかかるようにして眠るルイズをウェザーは優しく受けとめた。

ルイズは夢を見ていた。故郷の夢。忘れ去られた小池の真ん中に浮かぶ小舟の中に一人で寝転んでいた。なんだかひどく疲れてしまったが、もう助けてくれる優しい手はないのだと思い出した。
しかたがなく自分で起きあがって船を漕ごうとしたとき、奇妙なことに気づいた。池の水が完全に干上がってしまっているのだ。なんだろうと思いながら池底に足をつくととてつもなく熱かった。
見上げれば凶悪な太陽が憎らしいほどさんさんと輝いていた。これでは岸まで渡れないと諦めたとき、熱で揺らぐ岸に人影を見つけた。なんだかよく知った人のような気がするが、とにかく助けてもらわなければ。
「ねえ、あなた。私を助けてよ」
すると人影がやんわりと首を振った。
「お前は自分でここまでこなくちゃいけない」
「そんなこと言ったて、水はないし下は熱いし、無理よ」
そう言うと人影が空を仰いだ。つられて空を見上げると、いきなり現れた厚い雲が太陽を隠してしまい、ものすごい量の雨を降らせたのだ。でも不思議なことにルイズは濡れなかった。
そうこうしているうちに池には雨水が貯まり、漕ぎ出せるようになっていた。
「そこからはお前がやるんだ。大丈夫。俺は信じているぞ」
その言葉を聞いたルイズは力強く頷くと船を漕ぎだした。岸に向かって、人影に向かって。
夢の中のそよ風が漕ぎ出すルイズを優しく後押ししてくれた。

貴族派の再攻撃によってニューカッスル城は落とされた。
死体と瓦礫が入り交じる中、長身の貴族が歩いていた。その足取りはややおぼつかない感じだが、杖を頼りに何とか前へ進んでいる。トリステイン魔法衛士隊の制服を身に纏ったワルドであった。
しかし左腕は二の腕から先がなく、その目にはくまがつき、頬はこけている。まるで何か恐ろしいものを見てしまったかのような有様である。
「おお、子爵!こんな所にいたのかね?どうだ、ウェールズ皇太子は見つかったかね?」
ワルドはこの快活な声の持ち主である聖職者に膝をついて頭を垂れた。
「これはクロムウェル閣下、おいででしたか。目下捜索中なのですが、依然ウェールズの死体は・・・」
申し訳なさそうにするワルドをその男は手で制した。
「なに子爵、余も今来たところでな。皆の働きによってこの度の戦は勝利できたのだよ。まあ、多少の問題はあったようだがそれは些末な問題だ。違うかね?」
「いかにも。被害は前線にいた傭兵がほとんどでしたからな。補充には困りませんでした、閣下」
ワルドに閣下と呼ばれるたびに男は困ったような顔を見せる。
「やれやれ、貴族議会の決定とはいえ、一介の司教にすぎぬ者が『余』などという言葉を使わねばならぬとは辛いな。とはいえ、微力の行使には信用と権威が必要なのでな」
にこやかに笑うクロムウェルだが目の色だけは変わらない。
「しかしハルケギニアの『結束』にはウェールズ皇太子の死が必要不可欠だというのにだ、彼はちっともその姿を見せてはくれないらしいな」 
「申し訳ありません閣下。私の力がいたらぬばかりに・・・」
「何を言うか子爵!君はよくやってくれたよ。左腕をなくそうとも君は貴重な人材だ。生きていてくれただけでも良しとしなければな。疲れただろう?だが私が来たからにはよけいな手間は省いて見せよう」
そう言うとクロムウェルは腰から杖を引き抜きなにやら呪文を唱えてから、アルビオン兵の死体の額にその先端を触れさせた。するとなんと、死したはずの肉体が再び生気を得て立ち上がったではないか。


「やあおはよう」
するとアルビオン兵は仇敵であるはずのクロムウェルの前に膝をついた。臣下の礼である。
「寝起きの所悪いのだがね、我らが愛しきウェールズ皇太子はどこにおられるのかな?」
「ウェールズ皇太子はトリステインに亡命なさいました」
「ほっほう、かの国にかね?ふむ・・・やはり始祖は余に味方していたか」
クロムウェルが何事かブツブツと呟いているのをワルドはただじっと見ていた。その視線に気づいたのかクロムウェルがワルドに笑いかけた。
「子爵、これは幸運だ。ウェールズ皇太子がアルビオンに向かっておる」
「では今すぐにでも追っ手を?」
しかしクロムウェルはワルドの提案をやんわりと下げた。
「なに、どうせやるのならばまとめての方がよかろう。凛々しき王子と麗しの姫は一つになるのだよ。死の淵でね」
クロムウェルは不気味に笑った。
「ではすでにトリステインに『レコン・キスタ』の者が?」
「うむ。その者と出合ったことは始祖ブリミルが余に与えてくださった貴重な出会いの一つと考えておる。
なんと奇異なことにその者は杖も呪文も使わずに魔法を、幻術を操るのだよ。ウェールズ皇太子と最後に会った時にも連れていたのだがね、彼は果たして覚えているのやら・・・」
ワルドは杖も使わずに魔法を操る者ときいてウェザーを思い出した。左腕と潰された胸が疼く。


「閣下・・・もしよろしければその者の名をお教え願えますか?」
「かまわんよ。君も彼も同じ『レコン・キスタ』の同志なのだからな」
クロムウェルは気味の悪い笑みをその頬に張り付けたままこういった。
「ケニー・Gだ子爵」
「ケニー・・・G?聞かぬ名ですな」
「うむ、そう思うだろうな。素性を語ろうとはしないがおそらくは東方より迷いい出てしまった者であろう」
「そんな怪しい素性の者を引き入れてよろしいので?」
「子爵。余はすべての行いにはそれに対する責任や代価が必要だと思っておる。ゆえにその者の行動が責任を果たしていないものならば、それ相応のことが起きるのであろうと常々考えているのだよ」
ワルドにはその言葉にまじる皮肉が痛かった。クロムウェルはかまわず杖を掲げて詠唱をしては次々と死んだ者たちの額に当ててゆく。
「だが、結局のところ人間は死を恐れてはいけない。何せ死はもっとも身近にいる最大の友人なのだから」
死者たちが生前の色を取り戻し次々に立ち上がっていく。
「そうは思わんかね?子爵」
そう言ってこちらを見るクロムウェルの後には臣下の礼を取る生きた屍たちの列ができていた。
生暖かいそよ風が鉄と血と死の臭いを運び、ワルドの背筋を震わせた。

To Be Continued...

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