ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔ファイト-22

最終更新:

familiar_spirit

- view
だれでも歓迎! 編集
 頭を抱えて寝てしまいたいけど、わたしにはそれも許されない。
 うう、落ち着かなきゃ。クールに、クレバーにならなきゃ。頭を冷やそう。涼しい夜風で冷静さを取り戻そう。
 窓を開けると、中庭にはまだキュルケ達がいた。ミキタカとぺティが近づいて何か話してる。なんだか妙な取り合わせ。
 何か動く影が見えると思ったら、ミス・ロングビルが宝物庫の壁を歩いていた。世の中にはいろんな趣味を持ってる人がいるものね。
「ねえルイチュ、なんで怒ってんのさ。せっかくルイチュのために集めてきたのに」
 こいつ、まだ分かってない。
「あのね、罪の意識とかそういう問題はとりあえず置いておきましょう」
「うん」
「あなたはバレなければと言ったけど、本当にバレないでいられると思う?」
「うん」
「ここがどこか知ってる? トリステイン魔法学院。石を投げればメイジに当たるの」
「うん?」
「大切な物が無くなった。誰かが持っていったに違いない。よし、とりあえず魔法で探してやれ。こうなるわよね、当然」
「……うん」
「きっと犯人はすぐに見つかるわね。使い魔はその場でバッサリ、ご主人様はよくて強制退学ってとこかしら」
 グェスは貴金属の類を手に立ち上がった。顔色は真っ青だけど同情の余地は無い。
「ちょ、ちょおっと出かけてきまァす……」
「今夜中に全部返してきなさいよ」
 人のいる部屋から盗るくらいだから、人のいる部屋に返すこともできるでしょ。
 もし返せなかったら……見つかったら……考えるのはやめた方が賢明ね。ああ、胃が痛い。
 感覚の共有ができず、秘薬の材料を探せず、あの小心っぷりじゃ護衛なんてまず無理。
 できることは他人の物を掠め取ってくること……なんて使いを魔召喚してしまったんだろう。
 ゼロにはあれが相応しいとでも言うつもり? あれじゃゼロより悪い、マイナスよ。

 グェスが小物の類をかっさらっていき、部屋には一振りの剣と鍵、それに対応する謎の包みが残された。
 さすがの大泥棒も一度に返すってのはできないみたいね。
 そりゃそうでしょうよ。剣なんて持ってうろついてたら、ただでさえ犯罪者風なのが不審者丸出し。
 そもそもどうやって盗んだんだか。警吏じゃなくたって捕まえるわ、まったく。
 ベッドの上に剣を投げた。鍵と包みは……ふうむ。
 鍵は複雑な形をしている。包みも立派なもんね。けっこう価値があるものかも。
 てことは中身は……いやいやいや、他人の物を勝手に開けたりしたら怒られるでしょ。
 ダメダメ、これはグェスが来るまで隠しておくの。
 そんな思いとは裏腹に、なぜかわたしは手の中で鍵をいじっていた。
 ダメダメダメ、本当にダメ。いくら気になるからって言っても……気になるのよね、たしかに。
 返す前にチラッと見るくらいは許されるんじゃないかしら。いや許されないでしょ。
 でも犯罪か何かに関わってくるものだとしたら大変じゃない?
 そうよね、これは貴族としての義務感というべきものよ。
 もしかしたら、この包みが原因で人死にが出たり、大騒動が巻き起こったりなんてことも。
 ……よし、ちょっとだけ開けてみよう。ちょっとだけ。
 ごく自然なふうを装うため、鼻歌交じりで窓を閉め、カーテンを引いた。
 外ではタバサを中心に四人と一匹が勉強会をしている。ああ真面目なこと。
 ミス・ロングビルは壁の上で地面と平行になって悩んでいるみたい。あの人も謎ね。
 鼻歌は二番に差し掛かった。部屋の扉から顔を出し、左を見て、右を見て、誰もいないことを確認する。
 よし。ああ、ちょっとドキドキしてきた。何が入ってるのか予想もつかない。
 開けた瞬間襲いかかってくるものだったりしたらどうしよう。
 鍵を差込み、捻り、包みが解けて……あ……ああ、ああああ、こ、これは!

 風の噂で聞いたことがある。偉大なメイジが召喚した恐るべき異世界の書物があると。
 その本を読んだ男性は情欲を掻き立てられ、一晩に五回六回は平気の平左だという。
 これが、その本。異世界の文字なんて読めたものじゃないけど、それでもわたしには分かる。
 そもそもこの本に文字なんて必要がない。どこをめくっても裸の女性しか出てこないんですもの。
 なんという写実的な絵柄。美しい色彩。紙の手触りもすっべすべ。すごい。これはすごい。
 ううむ……ぺらっ……うううううむ……ぺらっ……激しいわ。なんて情熱的なの。
 んん? この黒ずみ何かしら……邪魔ね。よりにもよって重要なところにばかり張り付いてるけど。
 唾かけてこすってみたらどうだろ。でもこれ一応他人の物なのよね。
 こんなスゴイ物、失くした人は必死で探してるかもしれない。早いトコ返した方が……おおおお!
 か、か、か、絡みもあるのね。なんて実践的な。おおお、あんなに脚を! そんなとこ舐めるの!?
 くうう、返す返すもこの黒ずみが憎い! 憎い! 何よこれ、何なのよ。
 ありのままの真実を明らかにするべきじゃないの? 人間、隠さなきゃいけないものなんてないはずよ?
 そのままを曝け出す、その姿勢に美が込められているんじゃなくて? それを、この黒ずみ! 指の腹でこすっても消えない!
 これが無ければ! これさえ無ければ! もっといいのに! いいにきまってるのに! いいのよ! いいわ! いいんだって!
「おい、ルイズ。何を見ているんだ?」
 魔法で消すってのはどうかしら。そうだ、ミキタカが虚無とか言ってたっけ。
「その本もしかして……」
 虚無。無。つまりは消失させるってことよね。てことはこの黒ずみも消せるんじゃない?
 あーあ、わたしが虚無の使い手だったらな。こんなのちょちょいのちょいなのに。
「なあルイズ。それキュルケの本じゃないのか」
「あ、これキュルケの本だったのね。教えてくれてありがとうマリコルヌ……え?」
「どういたしまして……え?」
 な……ナアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアァァァァアアアアアアァァアアァアアァアアアアアァアアーッ!?
「な、な、な、な、な、な、なんで、なんでマリコルヌがここにいるのよ!?」

 マリマリマリマリマリマリマリマリマリコルコルコルコル……。
「ごごごごごごごめん、ちょ、ちょっと待ってて」
「うん」
 水差しからコップに水を一杯注ぎ、一息で飲み干す。まだ足りない。もう一杯飲み干す。
 まだまだ足りない。水差しに直接口をつけて全部飲む。
 口の端からこぼれた水を袖口で拭って、ぐう、少しは落ち着いたか。
「マリコルヌ! 何の用があってここに来たの!」
「君の使い魔を男子寮で見たから教えてやろうと思って」
「そ、それはありがとう。でも、でも、でもね、女性の部屋にノックも無しで入ってくるなんて!」
「ノックはしたよ。中からいいわよって声が聞こえたから入ってきたんだけど」
「あ、ああそう」
 逃げ場無し。
 ええと、ええと、ええと、ええと。どうしようなんて言い訳すればいいんだろう。
「勘違いしないでよね。わたしはあくまでも学術的な好奇心からこの本を読んでいたの」
 我ながらあまりにも白々しい。
「でも、キュルケの本だろ、それ。嫁入り道具とかいって見せびらかしてた本」
「ええっとね、あのね、あれよ。女の子には色々あるの。殿方が踏み込んでいい領域じゃないの」
「そうなのか」
「そうなのそうなの。ね。分かったらちょっと一人にしてもらえる?」
「そうなのか……」
 背中を押しやって無理矢理外へ追い出したけど、それで何が解決するってわけじゃない。
 そんなことわたしにだって分かる。マリコルヌはこれっぽっちも信じちゃいないに決まってる。
 わたしがマリコルヌの立場だったら絶対に……そう、言いふらす。

 なんてこと……よりにもよってマリコルヌに見られるだなんて。
 わたしをからかうことに血道をあげてるデブちんに目撃されるなんて。
 もうダメだわたしは終わりだおしまいだ明日からあだ名はエロのルイズだ人の本盗んでエロスに走るエロのルイズだ。
 キュルケはなんだかんだで懐が広い。少し性的な言い回しを使うとすればお尻の穴が大きいから、貴重な書物であっても、戻ってさえくれば内々で済ませてくれるはず。
 グェスとわたしが頭を下げればきっと許してくれるだろう。
 でもこの際それは問題じゃない。キュルケがわたしをからかうなり嫌味を言うなりして矛を収めてくれたとしても、マリコルヌは面白おかしく吹聴する。確実に。噂は広まる。絶対に。
 で、わたしはゼロのルイズからエロのルイズにランクアップするってわけ。
 どう? こんな人生って楽しくない? ええ、全っ然楽しくない。あははははははは……。
「どうしたのルイチュ。面白そうね」
 脳よりも先にわたしの背骨が指令を出した。
 扉が開き、グェスの声が鼓膜を振るわせたその瞬間、彼女の顎先を足の甲で蹴り抜いていた。
 ベッドに倒れたグェスに対し、追い打ちの踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ……。
「ルイチュちょっと待って! 痛い痛い、痛いって!」
「痛いからやってんのよ馬鹿犬!」
 まだおさまらない。引き出しを開け、中から鞭を取り出した。
 ベッドの上、怯えた表情でこちらを見上げるグェスが嗜虐の炎に油を注ぐ。
「ほら、見て見て。何も無いでしょ」
 両手を開いてこちらへ見せる。
「全部返してきたの。これも、これも。全部元あったところに返すから」
 ベッドの上の剣を胸に抱き、包みと鍵、中の本も引き寄せた。
「だから、さ。もう怒んないでよ。あたし達お友達じゃない。ね?」

「友達?」
 鼻で笑ってやるわよ。何が友達? 馬鹿にしてんの?
「あんたにとっての友達ってのは何? いざという時は見捨てて? それ以外も迷惑かけっ放しで? 都合のいい時だけ友達で?」
「ルイチュ……」
「親友に置いてかれたって? そりゃ置いていかれるわね。あんたみたいに信用できないやつ、誰が連れていくっていうのよ」
 鞭の先をグェスの顎に突きつけた。
 グェスは悲しそうな、悔しそうな顔をしていたけど、そんなものがどうだっていうのよ。
「馬っ鹿じゃないの? 使い魔と主人が友達同士なんてお目出度いこと考えてるわけ?」
「そんな……」
 一振り、二振り、軽快なフットワークでわたしの鞭が避けられた。
「避けるなッ!」
「落ち着いて! 何かよく分からないけど冷静になってルイチュ!」
 グェスは扉ににじり寄っていく。逃がすわけないでしょ馬鹿犬。
 杖を手元に……あれ。杖を……杖、杖、杖。
「ひょっとしてこれ探してる?」
 どういうわけか、わたしの杖はグェスの手元にあった。あ、グーグー・ドールズか。
「あんたって人は、やることといえば泥棒ばっかり……その杖、こっちに寄こしなさい」
「魔法使わない?」
「使わないと思う?」
 グェスがそろそろと後ろ手で扉に手をかけた。わたしは床を踏み抜く勢いで一歩踏み出す。
「グェス!」
「これ返してくるから! また後でねルイチュ!」
 最後に投げつけた乗馬鞭は見事に扉へ突き刺さった。うおっ、すごい。怒りは人間を強くするのね。
 グェスの馬鹿犬が逃げ、行き場を失くした怒りだけが残された。

「あの馬鹿! 馬鹿! 大馬鹿犬!」
 首輪をむしりとって壁に投げつけた。馬乗りになって枕を殴りつける。
「役立たず! 無能! 使い魔失格よ! 帰ってきたって入れるもんですか!」
 空になった水差しを床に叩きつけ、グェスが逃げた扉を平手で何度も打った。
「全部グェスのせい! ぜえええんぶグェスのせい!」
 さっき閉めたばかりの窓を開け、外に向かって喉が痛むまで吼えた。
「馬鹿いぬウウウウウウウウウウウウウウウウ! 帰ってくるなアアアアアアアアアアアアアア!」
 眼下ではさっきの面子に加えてモンモランシーと大釜がいた。見るたびに数が増えている。
 ミス・ロングビルが壁の上から滑り落ちたみたいだけどそれが何。
 皆、呆気に取られてわたしの方を見上げている。だから? え? 
「何見てるのよ!」
 力任せに窓を叩きつけ、ついでに鍵もかけ、扉にはつっかえ棒をかけ、グェスが帰ってきても入れないようにし、着替え、ランプを消した。
 雲の無い空には赤い月と青い月。わたしはベッドの上で一人ぽっち。
 暑くないのに寝苦しい。眠いのに眠くない。何度となく寝返りを打つ。どんよりとしたまどろみがわたしを包む。
 さっさと逃げて、主に恥をかかせて、他人の物盗んで、主に迷惑をかけて。無能。駄犬。
 ちょっと言いすぎじゃない? 召喚されたばかりで戸惑っているのよ。
 何が言いすぎよ。使い魔が主人に仕えるのは義務よ、義務。
 そんなことないわ。異郷から無理矢理呼び出したのよ、彼女の持つ物全てを捨てさせて。こっちだって仕えるに値する努力をしなくちゃ。
 なんでわざわざそんなことしなきゃいけないの。餌あげて、寝床あげて。それだけでもありがたいでしょ。
 彼女は人間よ。しかも友達だと言ってくれた。そんな言い方ってないわ。
 平民よ。しかも無能な。口先だけの役立たずで臆病者。わたしを守ってくれなかった。
 守ってほしかったの?
 当然よ。それは使い魔がまず第一にすべきことでしょ。

 使い魔に守ってもらう必要なんてないでしょ。使い魔が臆病なら、あなたが使い魔を……友達を守ればいいじゃない。
 本末転倒ね。だったら誰がわたしを守るっていうの。
 何遍も何遍も言ったでしょ。あなたのことはわたしが守る。
 はァ?
 もう少し素直になるべきね。よぉく知ってるでしょ、喧嘩するより仲良くした方が楽しいって。
 あなたがそんなだからグェスがつけあがるんじゃない。えっらそうに、何様よ。ちょっと可愛い子を見るとすぐに鼻の下伸ばしてるくせに。
 い、いや、あの、それはね、あくまでも本能というものなのよ。自分ではコントロールできないものなの。
 いっつもいやらしいことばっかり考えて。マリコルヌにまで見られて……。
「それは……」
 自分で出した声で目が覚めた。ああっと……何考えてたんだっけ。我ながらぼんやりさんね。
 わたしはやっぱり一人で寝ていて、隣には誰もいない。夜の冷えが火照った頭を撫でていく。
 怒りを発散するためにした数々の所業は、グェスへの怒りを静める効果があったものの、その分愚かな自分が浮き彫りになり、自己嫌悪の情が膨らんでいく。
 結局全てわたしに返ってくるのよ。
 グェスが帰ってこなければ水差しや鞭を片付けるのはわたしになる。
 馬鹿はわたしだ。悪い状態をより悪くしてる。
 無能もわたしだ。ゼロ以下の無能はいない。
 主人失格もわたしで、犬……いや、犬より悪い、犬以下のモグラもわたしだ。
 グェスを扱えないのもわたし、本に熱中したのもわたし、物や人に八つ当たりしたのもわたし。
 そこまで知っていて、それでもわたしはグェスが戻ってくれば怒鳴り散らすんだろう。わたしは救えない。
 枕を手に取り、扉を押さえる棒に向かって投げつけた。くるくると回って見事命中。枕もろとも棒は倒れ落ちた。
 少しだけスッとした。わたしは怒った顔のまま床につき、枕無しで眠りに落ちた。ばーか。みんなばーか。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー