ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-10

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匿名ユーザー

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歩く。
ひたすら歩く。
馬で二日かかる距離をひたすら歩く。
夜も昼も朝も夕べも宵も、歩く。

トリスタニアの首都トリスティンを出発して四日目、港町ラ・ロシェールを眼前にして、彼女は太陽を見上げた。
太陽の角度から見て、時刻は正午を過ぎているだろう、だが最終便には間に合うはずだと考えて、彼女は歩みを再開した。

「ちょっとお腹空いたわ」
『あれだけ食っといてか…冗談じゃねえや』

革製ローブのフードを深く被り、一人で歩いているその女性は、誰かと喋っているようだった。

「何よ、人のこと大食いみたいに」
『四日のうちにオークを十匹も食う奴が何言ってやがる!だいたいテメェ人間じゃねえだろ』
「ヒトってのは、ニンゲンって意味じゃなくて、他人って意味よ」
『けっ!まあったく、厄介な奴だぜ』
「またその話?武器屋から厄介払いされちゃったのは、デルフ、あなたじゃない」
『うるせえ!だいたいなあ、俺はテメーみたいな…』

その女性は、背中に背負った大剣と会話しながら、あえて街道を避けて、森の中を歩いてきたのだ。
デルフと呼ばれた大剣は口が悪く、持ち主を罵倒し続けたが、孤独な持ち主にとっては罵倒すらも楽しかった。

『これから町に入ってよぉ、人前で「吸血鬼がいるぞー!」って叫んでやろうか!俺は別に破壊されたっていいんだぜ』
「ふーん、やってみれば? 鞘に入ったら何も出来ないくせに」
物騒なことを言われながらも、彼女はなぜか笑顔のままだった。

港町ラ・ロシェールは、白の国アルビオンへの玄関口と言われている。
アルビオンはトリスタニアより国土が小さく、しかも宙に浮いているとあって、徒歩では決してたどり着くことは出来ない。
アルビオンに行くためには、空を行く船に乗るか、ドラゴンを操って飛ばなければならないのだ。
『けっ、吸血鬼のくせに先住魔法も使えねーのか、まあ使われても困るけどよ』
「その吸血鬼っての止めてくれない? …ルイズって呼んでよ」
『ルイズ?』
「そう、呼び捨てで良いわ」

彼女…ルイズは、ラ・ロシェールにたどり着くと、街道に並ぶ商店、宿、酒場には目もくれず、船着き場へと歩いていった。
船着き場へ向かう長い階段を上ると、それなりに高さのある丘の上に出る、そこには目もくらむ程巨大な樹がある。
木の枝には豆粒のようなものがぶら下がっているようにも見えるが、近づけばそれが船だと分かるだろう、この樹は王宮か、それ以上の巨大さがあるのだ。
ルイズは、木の根本に空いた巨大な穴から中へと入っていく、樹の内部は空洞になっており、行き先を告げる看板と、その脇には枝へと続く階段が設置されていた。
その中からアルビオン行きを選び、階段を上ろうとしたところで、すれ違った船員風の男から呼び止められた。
「おい、あんた」
「…私?」
「アルビオン行きはもう輸送船しか残ってないよ」
「輸送船でも人一人ぐらい乗れるでしょう?」
輸送船と聞いても動じない女を見て、船員風の男は呆れたような顔をした。
「輸送船に乗るなんてのは傭兵か貧乏人だ、女が乗るのは止した方がいい」
「おあいにく様」
くすりと笑みを浮かべ、背中の長剣を指さす。
「腕に覚えがあるのかい?身ぐるみ剥がされて投げ捨てられないように気をつけなよ」
そう言い残して男は去っていった。

ルイズが桟橋に登っていくと、そこには一隻の船が枝からぶら下がっていた。
輸送船と言うだけあって、飾り物のたぐいは付けられていない、せいぜい船体が白く塗られている程度だ。
所々が色あせて地肌が露出しているのを見て、さすがのルイズも
(途中で落ちるんじゃないでしょうね…)
などと考えていた。

ルイズは船員に金を払い、輸送船へと乗り込む。
甲板の扉から船室に入ると、パイプの臭いが鼻についた。
どうやらこの船は輸送船を名乗ってはいるが、運ぶのは物資ではなく傭兵や荒くれ者らしい。
ルイズはフードの中で顔をしかめ、甲板へと戻ろうと後ろを振り向いた。
「こんにゃろ!」
と、突然胸のあたりを蹴られた。
蹴られたと言うよりは部屋の中に押し込もうとした感じだが、ルイズはそれを意に介せず、少し強めに前進した。
「わっ、わったったたっ!?」
ルイズを蹴ろうとした男は、情けない声を出して背中から倒れた、どこかで見たような気がするが、よく思い出せない。
「こ、この野郎、てめぇ一度ならず二度までも、やってくれるじゃねえか!」
「どこかで会ったっけ?」
男は上半身を起こして、ルイズに啖呵を切った、特徴的な髭面に見覚えがあったが、何処で会ったのかイマイチ思い出せない。
『武器屋で追い返したじゃねーか』
デルフリンガーに言われ思い出す。
「あ、あの足の上に箱を落としてフギャーとか叫んで逃げていった奴ね」
「フギャーは余計だ!このアマ、今度こそギャフンと言わせてやらぁ!」
男が両手を胸の前で組み、ポキポキと指を鳴らし、ルイズを威嚇する。
「あまり騒がれると困るのよ、後にしてくれない?」
ルイズはまったく怖がる様子もなく、平然としている。
その様子を船室から見ていた何人かの荒くれ者が、男に向かってヤジを飛ばした。
「おいブルリン、おまえ舐められてるぞ!」
「細身のいい女じゃねえか!顔見せてみろよ!」
そう言って、船室から出てきた一人の男がルイズのフードを引っ張った。
フードの中から出てきた顔は、どう見てもまだ幼さの残る少女のもの、男達は一瞬あっけにとられたが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
「ハッハッハッハッハ!ブルリン、おまえこんなガキに舐められてんのか!」
「舐められるならアッチの方がいいな、ガハハハハ!」
笑い声に気づいた傭兵や、荒くれ者も船室から顔を出してくる。
困ったことに、今のルイズは注目の的だった。

「うるせーぞ!てめぇらからぶっ飛ばしてやろうか!」
困惑するルイズを余所に、ブルリンと呼ばれた男が怒鳴りだした。
「女に舐められて何言ってやがる」
「お?怒ったか?ブルリンちゃ~ん、ハハハハ!」
どうやら怒りの矛先が、他の傭兵や荒くれ者達に移ったようだ。

あれよあれよという間に喧嘩は始まり、甲板の上のみならず船室の中が戦場と化す。
もっとも、男の『意地』をかけた戦いは、貴族の決闘とも違う、どこか競い合うような雰囲気にも見えた。
ルイズは欠伸をすると、船尾の一角に腰を下ろし、そのまま眠ってしまった。

『お客さんだ』
「…?」
デルフリンガーが来客を告げ、その声でルイズは目を覚ました。
既に船は出航し、雲の合間から二つの月が輝いているのが見える。
ルイズの目の前に立っていたのは、先ほど喧嘩をおっぱじめたブルリンだった。
「なあに?」
「あ、いや、すまねえ、ちと見とれちまって…」
そう言うとブルリンはルイズの隣に腰を下ろした。
ルイズは興味なさそうに月を見上げていたが、隣に座ったブルリンが自分の横顔をじっと見つめていたので、仕方なくブルリンに向き直った。
意外なことに、ほとんど怪我らしい怪我はしていない、平民にしてはかなり強いのだろうか。
「喧嘩の続き?」
「い、いや、滅相もねえ、あんたの横顔があんまりにも綺麗でさ」
『やめとけやめとけ、こいつに近づくと怪我じゃ済まねえよ』
突然聞こえてきた声に驚き、ブルリンはあたりを見回した。
「だ、誰だ?」
髭面の大男が、驚いて周囲を見渡しているのが、どことなく可笑しい。
ルイズはくすくす笑いながら背中の剣を指さした。
「喋ってるのはこいつよ、意志ある剣、インテリジェンスソード、珍しいでしょう?」
ブルリンは心底珍しいと言った感じでデルフを見た。
「噂には聞いてたが、ホントにあるなんてなあ、な、あんたもしかして名のある傭兵さんかい?」
「これから名を売る予定よ」
「これから!?はぁ、こりゃ大胆なことを言うぜぇ。 傭兵って事は、アルビオンの内乱が目当てで…?」
「まあ、ね」

ルイズはトリスティンの酒場で聞いた話を思い出した。
アルビオンは現在、旧来の統治者たる『王党派』と、『貴族派』が内乱を繰り広げているらしい。
従軍経験はおろか、魔法の戦闘利用すらマトモに出来なかったルイズは、戦い方を知らない。
アルビオンでは貴族派と王党派が傭兵を欲している、そう聞いたルイズは、傭兵の実情を知るに良い機会だと考えてアルビオンにわたる決心をした。
「それで、どっちに付くんだい」
「それを聞いてどうするの?勧誘はお断りよ」
「い、いや、そうじゃねえんだ、俺もまだ決めかねてるのさ」
「あら、傭兵は賃金の良い方に付くと相場が決まってるんじゃないの」
「…そうじゃねえんだ」

ブルリンは、静かにアルビオンでの思い出を語り始めた。
彼はアルビオンで酒場のマスターに助けられるまでの記憶を失っていた。
ブルリンというのは本名ではなくて、以前つきあっていた女からそう呼ばれていたと話して以来、傭兵仲間の間ではブルリンと呼ばれるようになったらしい。
本当の名前は『ブルート』だと記憶しているが、その記憶すら本物かどうか分からず、自分が何者なのか分からなくて思い悩んだそうだ。
今回、アルビオンに行くのは、その酒場のマスターの手助けをしたいと思っての事だとか。
そのマスターが貴族派なのか王党派なのかを聞いてから、どちらに付くのかを決めるらしい。

『へー、見上げた傭兵もいたもんだな、なーなー俺を使わねーか?』
「デルフ…あんたいい加減にしないと全力で海に向かって投げるわよ」
『ちょっ、じょ、冗談だって!』
二人?のやりとりにブルリンが笑い出す。
「ガハハ!なんだ、その剣、デルフって言うのか、妙に人間くさいじゃねえか、ところで剣の名前を聞いたんだから、あんたの名前も教えてくれよ」
『こいつはル…』
デルフが「ルイズ」と言い切る前に、僅かに刀身を見せていたデルフを鞘に押し込んだ。「私の名は、『石仮面』よ、貴方と同じあだ名みたいなものよ」
「も、もしかして、それってメイジ様の二つ名って奴かい?」
「………」
「それなら、その細身にあれだけの腕力があっても頷けるなあ、やっぱり魔法で体を強くしたり出来るんでございましょうですかい?」
突然おかしな敬語をしゃべり出したブルリンに、ルイズはまた笑ってしまった。

「プッ、もう、慣れない言葉を使うもんじゃないわ」
「い、いや、貴族様だとは知らなかったもので、つい」
「私もね…過去がないのよ、メイジだなんて自覚も、もう無いわ」
「あ…すまねえ、俺が無神経だったよ、許してくれ」

ルイズは月を見上げた。
寄り添う二つの月が、ルイズの心に寂しさを去来させる。
あの日、自分の魔法で自分が火傷したあの日、キュルケは太陽のような輝きではなく、月のように優しく私を抱きしめてくれた。
タバサも、ギーシュも、モンモランシーも、あのマリコルヌも、私を心配してくれた。

寄り添う二つの月は、重なることはあっても接触することはない。
月は夜の闇を照らしてくれている、しかし、月が私たちに明かりをもたらしていると、月は知っているだろうか?
吸血鬼が側にいると知られれば、彼女らに迷惑がかかると思って、こうやって一人で旅しようと決めたことを、知っているだろうか。



「なあ…あんた、やっぱり綺麗だな」
ブルリンの言葉が、ルイズを現実に引き戻す。
「何よ、口説いてるつもり? …あんた汗くさいんだからあっちに行きなさいよ、私は眠いの」
「ひでぇなあ、俺、これでも清潔には気を遣ってるんだぜ?」
「十年遅い」
「ちぇっ」



ブルリンが船室に入っていく、すると、後甲板には風の音しか聞こえなくなる。

見張り台の船員は夜中でも周囲を警戒していた。

ルイズはフードを被りなおして、静かに…泣いた。


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