ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十五話『土くれを撃て』

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第十五話『土くれを撃て』

人気のない夜の森、場違いな巨人がそこに立っていた。
眼前のゴーレムにキュルケは不覚にも恐怖した。
命を奪うものに対する本能的な恐怖――
本能を怒りが塗りつぶしていくのに、二秒とかからなかった。
怒りが闘争本能を呼び覚まし、次の瞬間には憤怒の炎が敵に躍り掛かる。

炎は届かない。既にゴーレムの左腕が遮っている。
ゴーレムはその勢いで腰を捻り、反対の腕を振りかぶる。
キュルケにはその動きが随分とゆっくりに見えたが、
それは飽くまで人の大きさであればの話であり、その拳速は――

ゴーレムの拳は地面をまるでバターのように削り取った。
間一髪、キュルケは咄嗟に地面に転がって回避する。
しかし、その拳圧で吹き飛ばされた小石で足を痛めてしまう。
痛みはあるが、すぐ近くにいたルイズのほうが気にかかる。痛みを意に介しているヒマもない。
体を素早く転がして周囲を確認する。
(いた! どうやら無事なようね。そしてダーリンもタバサも)
「キュルケ! 大丈夫!?」
「これしきの痛み、へこたれないわよ!」
そして転がったままの勢いで立ち上がると、キュルケはゴーレムを、いやフーケを睨みつけた。
(特に親しくはなかったけど…仇は討つわ、ミス・ロングビル――)

キュルケには、敵をじっくり睨みつけているヒマはなかった。
ゴーレムの第二撃。一瞬の隙だった。
(しまった! かわす? 足――駄目、間に合わない――――)
思わず目を閉じる。体を衝撃が襲う。
身体が、宙に浮いた感覚――
(こんなに、呆気ないなんて――)
1秒、2秒…妙だ、とキュルケは思った。
風を感じて、彼女は目を開けた。
「…ありがと、タバサ」

何とかキュルケをつれて上空に避難したタバサ。キュルケは足に傷を負ったが大した負傷ではない。
「アタシのことより、ルイズとダーリンは?」
「シルフィードのスピードでも、今の一瞬では一人拾うのが精一杯だった」
「まさか、二人とも…!」
シルフィードから身を乗り出して下を見ると、取り敢えずキュルケはほっとした。
ルイズたちもなんとか無事のようだ。
しかしこのままではルイズたちがじきにやられてしまうのは目に見えている。
「早くあの二人も!」
タバサを急かすが、迂闊に近寄れない、と首を振られる。
敵にフレイムボールをぶち込むも、簡単に防がれ、キュルケは歯噛みした。

リンゴォ・ロードアゲインが剣を抜き放った。同時に左手が光るのを感じ、身体が軽くなる。
「お! やっと抜いてくれたか! まあ一丁、よろしく頼むぜ、『相棒』!」
機嫌よく声を張り上げたデルフリンガーだが、リンゴォはその声を無視。軽くへこんだ。
「あの…その…デルフリンガーっていうんだよろしくねー、あなたのお名前なんてーの? …はは…」
もう少しフレンドリーに話しかけてみるが、リンゴォは軽く無視。涙の出ない己を恨んだ。

ゴーレムのパンチが地面の穴を増やしていく。
冷静に回避していくリンゴォと、どうにかして生き延びるルイズ。
ゴーレムの拳は凄まじいスピードだ。しかし、打ち終わった瞬間には、そのスピードはゼロになる。
リンゴォが狙ったのはその一瞬。攻撃の隙、後の先を取る。
地面に突き刺さった巨大な腕を断ち切る。
「まずは一本だ…」
「よっしゃあ流石相棒! その調子で達磨作りと洒落込むか!」
「それもどうやら、無理のようだな」
ゴーレムの腕があっという間に再生していく。だがデルフリンガーは、会話が成立したのが嬉しかった。
「剣では無理か。本体を直接狙うしかあるまい」
ポイ、と剣を投げると、腰の銃を抜き放つ。地面に刺さった剣が何かぼやいている。
「え、なに? ひょっとしてオレ、出番終わり?」

ひょっとしたら敵のレベルを見誤ったのかもしれない、タバサはそう考えた。
ここから先は犠牲を覚悟しなくては成功の無いレベルの世界だ。
自分や、あのリンゴォ・ロードアゲインはともかくとして、キュルケたちを失いたくはなかった。
タバサは結論を出す。
「ここは戦略的撤退」
「逃げるですって!? この状況で? 冗談じゃないわ!」
ルイズたちを見捨てるような発言をしたと勘違いされたと思い、すぐに付け加える。
「勿論彼女たちも一緒に」
しかし、キュルケはその言葉を受け入れようとはしなかった。
「タバサ……ミス・ロングビルが殺られたのよ? アイツをただではおけないッ!」
「わたしたちまでやられてしまっては、元も子もない」
キュルケを説得しながらも、ゴーレムの隙を探るが、なかなかいいタイミングがない。
挑発や攻撃で隙を作ろうとしても、全て防がれた。
「タバサ、アイツには然るべき報いが必要よ!」
より厄介な事態は、キュルケが燃え上がってしまったことだった。

巨大な土の拳がリンゴォを押し潰そうと迫る。避けながらリンゴォは、敵の隙を探していた。
突然、フーケのゴーレムが爆発した。と言っても、胴体の一部が削れただけだが。
フーケはゴーレムの肩で舌打ちをした。
「まだいたのかヴァリエール…足手まといだ、さっさと消えろ」
リンゴォは事も無げに言い放つ。しかし、それを素直に聞くルイズではない。
「嫌よ、使い魔の分際で指図しないで! そうでなくたって、人がせっかく買ってやった剣を放り投げる
 様な恩知らずの言う事なんて、誰が聞くもんですか!」
後ろの方で『ソウダソウダ、オレヲ振レー』と言う声が聞こえるが、ルイズもなんとなく無視した。
ゴーレムの攻撃は、今度はルイズ目掛けて飛んできた。
みっともなくひっくり返ったが、どうにかして回避する。
「それにね! わたしは貴族なのよ! 仲間を殺った敵に背を――」
拳を打ち込んだ腕をほんの少し曲げると、ゴーレムはルイズを薙ぎ払った。
「キャッ!」
ルイズは一瞬、戦いの中で戦いを忘れた。いや、そもそも戦いを認識していたのか――

本来なら、ルイズは死んでいたはずである。
ゴーレムの手が当たる直前、突風が吹き、ルイズはよろめいた。
よろめいたと言うより、体重の軽いルイズはむしろ吹っ飛ばされた。
そのわずかな一瞬が、ゴーレムの描く死の円運動よりルイズの命を救ったのである。
しかし、錬金され鋼鉄と化していたゴーレムの指先がルイズの服を掠め、破けた。
破けただけでは済まされない。その衝撃たるや、ルイズはものの6,7メイルもぶっ飛ばされ、
その意識を刈り取られた。
「オイ! 大丈夫か嬢ちゃん!!」
近くに刺さっていたデルフリンガーが大声を上げるが、ルイズは目覚めなかった。
左腕が変な方向に曲がっている。恐らく内臓にもかなりの衝撃があっただろう。

フーケは二度目の舌打ちをすると、再び標的をリンゴォに戻した。


タバサにはわからない事だらけだった。
なぜ賊は姿を現したのか? 姿も見せずロングビルを殺せたというのに。
こちらを挑発して逃さないためか? しかしここでわざわざ自分たちを殺すメリットがわからない。
(『破壊の杖』もその『使い方』も、フーケは目的を達したはず)
だというのに、ここへ来てなぜ戦うのか。正体を知られたならともかく、今はそうではない。
(戦い方も、何か変)
キュルケにしたような容赦ない追撃を、ゴーレムはもう行っていない。
タバサたちにとってはありがたいことだが、生身の二人、本来なら死んでいておかしくない。
ルイズにいたっては、気絶しているというのに。
確かに今フーケは空と陸の二組を相手にしている。とはいえ、あまりにもぎこちない。
フーケの注意力が散漫というわけでもない。タバサたちの攻撃は全て簡単に防がれている。

しかし観察の甲斐あって、タバサはゴーレムの動きの特徴を発見した。
(警戒している……?)
先程からフーケは、リンゴォに『だけ』姿を見せていない。
常にリンゴォに対してゴーレムの影の中にいる。そのためリンゴォはまだ一発も撃てていない。
どこで知ったのかはタバサにはわからなかったが、フーケは『銃』を警戒していると見て間違いない。
その上リンゴォは今人間にしては異常なスピードで動き回っている。
敵がルイズに止めを刺さないのも、リンゴォの近くで迂闊に動けないからだ、とタバサは考えた。

だが、一つわかると、ますますわからないことになってくる。
そうまでしてなぜ自分たちと戦おうとするのか。
「タバサ! このままじゃあ二人がやられてしまうわッ」
確かに、キュルケの言うとおりだった。今はそれを考えても仕方が無い。
ここはルイズたちを助け出し、生き延びる事を最優先に考えなければならない。
もう誰一人失わせない。タバサはそう決意した。

「どうにかして隙を作り出す。『一瞬』あれば救出は出来る」
これにキュルケが返した言葉は、タバサにとってまったく予想外のものだった。
「何を言ってるのよ、いい? フーケのヤツをブチのめすってことが! 『救出』ってことなのよ!」
しまった、とタバサは思った。キュルケは冷静さを失っている。
「さっきも言ったように、わたしたちまでやられるリスクは犯せない」
たった今タバサは決意したばかりである。重要なのは全員で帰ることだ。
フーケを倒すことは出来るが、無傷で済むとは思えない。死ぬかもしれない。そんなのは駄目だ。
死なせるわけには、いかない。
「いい? タバサ…学院には『全員で』帰るのよ」
「だから……」
「あのゴーレムの中にはまだミス・ロングビルがいる」
タバサの言葉を遮ってキュルケが続ける。
「彼女の『誇り』と『魂』を取り戻して学院に一緒に帰る!」
「だからわたしはフーケを倒さなければならないッ!」
「…そしてここからじゃあそれは難しいわ。もっと近寄らなけりゃあ」

タバサは、キュルケがしゃべるのをじっと聞いていた。そして、静かに、悲しげに口を開いた。
「だけどそれは、とても危険。そんな作戦にわたしは協力できない」
「タバサはルイズたちを助けて逃げて。協力を頼むつもりは無いわ。…これはわたしの戦いよ。
 わたしが『破壊の杖』をミス・ロングビルに渡していなければ、彼女が死ぬ事はなかったんだから」
キュルケは、優しすぎる。だからこそ自分の友なのだ、そう誇りに思い、しかしだからこそ失えない。
「…足手まといになる。…言いにくいけれどキュルケ、あなたは絶対にフーケには勝てない」
「…………なんですって?」

地上では、リンゴォがもう何十回目になるかの拳撃を避けていた。
何かよくわからない力のおかげで、随分と早く動く事が出来る。
しかし、拳を避けても風圧で吹き飛ぶ小石がダメージを蓄積させ、激しい運動は体力を削り取る。
賊は自分の射程範囲に決して姿を現さない。あの土人形に撃っても意味は無いだろう。
『マンダム』で時を戻したところで、何の意味も無い。このままではジリ貧で負ける。
決定的な隙が必要だった。

「お、オイッ! 大丈夫かよ相棒! 避けきれるのか!?」
地面に刺さったデルフリンガーがリンゴォを心配するが、それに答える余裕は彼には無い。
「まだ一回しか振ってもらってねぇんだぜ! 頼むから死んでくれるなよ!」
っていうかオレを振れ、と怒鳴りながら、倒れたルイズに声をかける。
「嬢ちゃんもさっさと目ェ覚ましな! こんな所じゃ死んじまうぜ! あ、でも逃げる前にオレを
 相棒に渡してくれたらありがたいな~、なんて…ア痛ッ」
先程から何度も小石がぶつかってくる。幸運にも全てデルフにぶつかっているのでルイズに傷は無い。
「お前さんはこんなとこで終わっていい女じゃねぇんだ! だから早く目を覚ませ!
 死んじまう気か! ル…あれ? 嬢ちゃん、名前なんつったっけか? …じゃなくて、逃げろ!」

再び、上空。
「なんですって、と訊いているのよ、タバサッ!」
「キュルケでは勝てない。無理だと言っている。…行けば負ける」
下の状況をチラリと確認すると、しっかりとキュルケの目を見つめて続けた。
「ルイズとの『決闘』の時もそうだった。勝てるはずだったのに、勝てる実力を持っていたのに、
 ……あなたは敗れた。そして今度もまた負ける」
「そのときとは話がまるで違うわ!」
キュルケが反駁する。しかしタバサは変わらぬ眼で親友を見つめる。
「原因は同じ。誰のせいでもない、あなた自身の背後にある『感傷』のせいで敗れた」
「妙な事を…妙な事を言わないで、タバサ。わたしはツェルプストーの女よ?
 『感傷』なんかで負けたりはしないわ!」
タバサはキュルケから顔を背ける。
「感傷のまま、怒りのままに闘っても、勝利を掴む事は出来ない」
見せたくなかった。己の唇から血が流れるのを。
「…怒りだけでは……どうすることも出来ない………!!」
唇の血を拭うと、再びタバサはキュルケのほうを向いた。
「…『仇』は必ず討つ…! だけど今は耐えなくては…! 今は生き残らなければならない……!」
握り締めた拳、爪が肉を破っていた。
そのとき、タバサの目はキュルケを向きながら、キュルケを見てはいなかった。

「いやよッ! ミス・ロングビルはアタシのせいで死んだ!
 タバサ、アンタを親友だとは思っているけどその忠告には従えない!
 卑怯な手も使う、地獄に落ちることだってするわ…けど、逃げるってことだけは……」
「しないわッ!!」
瞬間、キュルケはシルフィードから飛び降りる。
「キュルケッ」
タバサの制止も聞かず、地面めがけて一直線に落ちていく。
そのままファイアボールを撃ち出すが、いとも簡単に全弾防がれる。

「フフ、怒りで我を忘れたか…いい的だぞッ!」
フーケのゴーレムが降りてくるキュルケにアッパーを繰り出す。
しかし、拳が当たる寸前にキュルケはフライで急加速、そのまま拳の隙間をすり抜ける。
「速いッ! ツェルプストー、ここまで動けるだとォ!」
タバサは友を止める事が不可能だと悟るやいなや、フーケを攻撃し、キュルケのサポートに回る。
「オオラァアッ!!」
キュルケが次にファイヤーボールを撃ったのは、フーケではなく、地面。
衝撃で舞い上がった砂埃に飛び込む。
一瞬の出来事だったが、タバサに気を取られたフーケはキュルケを完全に見失った。
「チィッ、どこへ消えた?」
「ここよクソ野郎ォォォオオオッ!!」
最大加速でフーケの後ろに回り、雄叫びを上げるキュルケ。

次の瞬間キュルケは、振り向いたフーケの『顔』を見た。
(ゴーレムは間に合わないッ! キュルケのほうが速い!)
タバサは、止めを刺すための追撃体勢に入る。が、キュルケは攻撃をしない。
「ば…バカなッ! ミス――」
キュルケは両側から迫るゴーレムの手に気付けなかった。

グチャリ。
嫌な音がして、生肉のハンバーガーが完成した。

飛び散った『ケチャップ』が顔にかかったが、タバサは動じない。
タバサは見ていた。ルイズの使い魔の動きを。
攻撃は、最大の隙。止めを刺した瞬間の隙、見逃すはずがない。
リンゴォが『スイッチ』を入れた瞬間、キュルケは、地面から2,3メイルの高さに浮かんでいた。
タバサはシルフィードの目を通して土煙の中のキュルケを発見。
(なぜ動かないキュルケ!?)
キュルケはそこで呆然として動こうとしない。
リンゴォが駆け出す。
(だがフーケにもなにが起こったかわからないハズッ)
攻撃はリンゴォに任せ、キュルケを拾い上げるために急降下する。
(シルフィードのスピードなら間に合う!)
が、フーケはこの異常現象に動じた様子もなく、『破壊の杖』をいじくっている。
すれ違いざま、タバサはフーケと『目』があった――――瞬間、全てを理解した。

「ロングビルゥゥゥウ!!!」
タバサが吼える。その炎のような怒りを受け、シルフィードは更なる加速をする。
ゴーレムの足がキュルケに迫る。だがシルフィードはそれよりも圧倒的に速い。
「キュルケッ!」
親友を抱えあげる。そのスピードはまさしく疾風。ゴーレムなどでは追いつけない。
再び舞い上がるべく空を見上げる。
タバサは、『フーケ』が『破壊の杖』をこちらに向けるのを見た。そのローブの下の邪悪な笑みも。
直感が危機を教える。
(まずい――まだ『6秒』――)

爆炎がシルフィードもろとも二人を吹き飛ばした。

ルイズのそれとは桁外れの威力の爆発。
その爆発を起こした『破壊の杖』は地面に落ちていた。
「グアァッ! 畜生、肩が外れた!」
予想外の反動にフーケは顔を歪める。しかし、すぐに笑みが浮かんでくる。
(危うく墜落するとこだったわ…。だけど! 『使い方』はビンゴ!
 威力は想像以上! 直撃はしなかったがあの爆発! …『ツイてる』!)

タバサたちは地面に転がったままピクリとも動かない。
シルフィードの緊急回避のおかげで命は助かったが、完全に意識が飛んでいた。
それでもフーケが完璧に狙いを定めていれば木っ端微塵になっていたであろう。
フーケが『破壊の杖』を使いこなせなかったのは、タバサたちの幸運だった。

フーケはついつい笑いを堪え切れなかった。
地面に無様に転がっているタバサとキュルケ。二人の顔。
特にキュルケの、自分の『顔』を見たときの表情といったらたまらなかった。
「ク…ククク……」
「…プッ、『ロングビルの仇ィ!』ってとこかしらねぇ……それに」
タバサに目をやる。
「はしたなく叫んじゃって…おばかさぁん……」
フーケは既に勝利を確信していた。

タバサは目的を果たしている。
キュルケの救出。負傷はしたが、命は助かった。
攻撃は最大の隙。リンゴォに全てを託した。
リンゴォがフーケの姿を射程範囲に捉える。
たった一発の銃声。タバサにはそれで十分だった。
しかしリンゴォは止まらない。この距離では、一発では不十分。
ゴーレムの拳がリンゴォに迫る。しかし、リンゴォのほうが速い。
勝利の『二発目』――標的は、断末魔をあげる事さえなく、崩れ落ちた。

「あたしがそこまで無策だと思うかい?」
思いも寄らぬ場所から声が飛んできた。
リンゴォは瞬時にそこに銃口を向けるが、ゴーレムの拳が直撃し、吹っ飛ばされる。
その直前、リンゴォも敵を見た。
声の聞こえたのは、ゴーレムの足元。声の正体は、ロングビル。
大木に強かに体を打ちつけ、リンゴォは意識を失った。

「やっぱり…『油断』なんてするもんじゃあないね……」
ゴーレムの膝ほどの高さに浮く『フーケ』は、血の流れる右肩を押さえていた。
「まさか…吹っ飛ばされながら撃ってくるとは…さっき肩が外れたばかりなんだよ?」
「だけどまぁ…作戦はおおむね成功ってとこかね」
チラリと、ゴーレムの肩を見上げる。
「フン…アンタがブチ抜いたのは、ゴーレムでもなんでもない、ただの土人形さ」
ローブに隠れて見え辛かったかしら、と小ばかにしたように伸びをする。
この距離で当てただけでも大したもんだがね、と感心しながらあくびをする。
周囲を見回し、もう誰もいないことを確認した。
(しっかし…試し撃ちのつもりが、あれで撃ち止めたァ、もったいないことしたかね。
 …そうでもないか、ガキ二人息の根を止められないんじゃ、使えないわ。何が『破壊の杖』さ)
フーケは、苦労して盗み出した『破壊の杖』をあっさりとあきらめた。
「そ、れ、に」
「今更そんな事どーでもいーわ」
そしてゆっくりと地上へと降下していく。

「…『トライアングル』? 『シュヴァリエ』? 『ガンダールヴ』?」
大地に倒れ伏した敵を見下ろしながら着地。
「…『土くれのフーケ』なのよ……」
右肩の銃弾を素手で抉り出す。
「砂粒が何万粒集まろうが突破できる壁ではないッ!!」

「それにしても……」
あらためてフーケはリンゴォを眺める。かなり大きなダメージを受けているが、生きているのがわかる。
「ホントに人間かい? ゴーレムのパンチで原形留めてるだけでも大したもんだっつーのに」
言いながら、恐れる様子も無くリンゴォに近付いていく。
(どーやら、手加減しすぎたかねぇ? そーゆー力加減にゃ、あんまり向いてないからね)
「でも、ま! そのおかげで……」
リンゴォの『右腕』を確かめる。
(どうやら、無傷のようだね、『アレ』は)
(危うく殺されかけて、壊れてました、じゃああんまりにも救いが無いからね)
「アレかね、人間っつーのは、わたしが思うよりタフなのかね」
リンゴォといいルイズといい、この連中の妙な悪運の良さにフーケは少し舌を巻いた。
「だ♪け♪ど♪」
彼女は今、かつてなくハイになっていた。
「いちばん『ツイてる』のは、このフーケなのよねぇ~キャフゥッ!」
スキップしたい気持ちを抑えながら、大きく深呼吸。
(しかし…本当に『戻す』とはね…。『6秒』か…。確かめた後でも信じられないよ。
 たかが『6秒』とはいえ、知らなきゃとてもじゃないがやられていたかもしれないね)
フーケはあらためて自分の幸運を噛み締めた。
(『時を戻す』マジックアイテム……こんなお宝、世界中探し回ったってどこにも無いよ!)
(ペラペラ使い方まで話したと思えば『ロングビル』がやられても使おうとしなかったっていうのは…
 ま、流石ってとこかね。アタシなら喋ったりしないけどね)


『破壊の杖』など、足元にも及ばない究極のレアアイテム。
勿論、誰にもこれの存在を知らせるつもりは無い。ましてや、売っぱらうつもりなど毛頭ない。
「なーに、安心しな。その腕時計、だっけ? アンタなんかよりずっと上手く使ってやるさ!」
たかが6秒も使いよう。フーケの夢は拡がりまくりだった。

「その前に、完全に止めを刺しておくかね」
そう言ってフーケは杖を振りかぶったが、呪文の途中で動きを止めた。
視線の先には、リンゴォの拳銃が落ちていた。
「フン…。せっかくだから、コイツももらっておくとするかねぇ…。
 ここまでイイ物頂いたんだ、お礼に自分の武器で殺してあげるよ。
 感謝いたしますわ、ミスタ・ロードアゲイン」
杖を下ろすと、鼻歌を歌いながら銃を拾いに行く。

「まだ終わってねェーぞッ! このアマ! かかってきやがれッ!」

フーケは反射的に銃から飛び退いて周囲を見渡す。
声が聞こえたほうを確かめるがそこにはルイズが倒れているだけだった。
あれは女の声ではなかった。警戒していたフーケは、『あるもの』に気付くと、自嘲気味に笑った。
「フン! インテリジェンスソードかい! そんなボロじゃ売れそうにもないね。
 せいぜい騒ぎな、後でアンタも始末してやるよ」
「ボロとはなんだテメーッ! コラ! 背を向けるとは何事だ! こっちを向け…お、オイ……」
再び銃を拾いに歩き出す。後ろで剣が吠えているが、そんなものは気にもならない。
「そしてフフフ…勝った……! このわたしの…!」

「いいえ、ロングビル…。勝ったのは……わたしたちよ。あなたじゃあない…」
聞こえてきたのは、女の声だった。


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