ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

タバサの大冒険 第6話 後編

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 ~レクイエムの大迷宮 地下6階~

『さて…残るはテメエの番だな?』
「ううッ…!」
 意地の悪い口調で、デルフリンガーはハイウェイスターの本体である噴上裕也を見下ろして言う。
『どうするよタバサ?煮るかい、焼くかい?それともバッサリかい?』
「……………」
 タバサは無言で、噴上裕也の前で再びクレイジー・Dを展開する。
 ただそれだけで彼女の意志は明らかとなる。地面にへたり込んだままの噴上裕也は冷や汗を流しながら彼女の姿を見上げ、顎を指で弄ると言う彼特有の無意識下での恐怖のサインを示した。
「……参った。悔しいけどよ、あんたの勝ちだ」
 しばしの無言の後、噴上裕也はふぅ、と嘆息して、タバサの姿を見据えたまま言葉を続ける。
「あんたのガッツは大したもんだ。俺と運命の車輪の二人掛かりでも倒せなかった……。
 マジで強いヤツだと思ったよ。どんなピンチだろうと冷静な判断を下せる、あんたのその精神力がな。
 俺の負けだ……マジでビビッたよ。だが喜んで“敗北する”よ。
 アンタのような人間と戦って敗れ去ることは、寧ろ誇るべきことなんだと俺は思う」
 そして、やってくれ、と言わんばかりに噴上裕也は全身から力を抜いた。
 そんな彼からは、既に一切の闘争心が感じられない。
 タバサは暫くの間、いつも通りの無表情のまま噴上裕也を見下ろした後、おもむろにクレイジー・Dのスタンドを解除してくるりと振り返って彼に背を向ける。
 運命の車輪との戦いでマントを失った彼女の細くて小さな肩が、噴上裕也の目にはっきりと映る。
「!?」
『おい……タバサ!?』
 驚愕の表情を浮かべる噴上裕也とデルフリンガーに、タバサはいつも通りの小さな声で答える。
「もう終わった。先に進む」
 そのまま、噴上裕也のことなど気にも留めずに次の階層に進む為の階段を目指して歩き始める。
『おいおいおい!?そんなコト言って、またアイツがあの足跡野郎を出して来たらどーすんだよ!?
 また後ろから襲われたら、今度こそどーなるかわかんねーぞ!?』
 悲鳴のように騒ぎ立てるデルフリンガーの言うことは尤もだった。
 運命の車輪によって火達磨になりかけ、また他ならぬ噴上裕也のハイウェイスターから体内の養分をかなり吸い取られた以上、普段通りの無表情で歩いている物の現在のタバサは体力を相当消耗しているはずだった。
 それなのにタバサは、噴上裕也を放置して彼に対して無防備な背を向けている。
 自分でも、まったく以って不思議だとタバサは思う。
 以前のタバサなら、噴上裕也が降参を宣言した時に、そのまま確実にトドメを刺していただろう。
 だけど出来なかった。やろうとさえ思わなかった。
 そのことに関係して、タバサの中には一つの疑問があった。
 何故ハイウェイスターは運命の車輪が炎を巻き起こした時、自分だけ逃れようとしなかったのか。
 例え本体に受けたダメージの影響を与えない自動追尾型のスタンドであろうと、タバサと共に共に炎に撒かれる必要があったのだろうか?
 ハイウェイスターはスタンド使いの分身とも言うべき大切な存在であるにも関わらず、だ。

 きっと、戦いたくない相手なのだろう。
 タバサは自分の背後にへたり込む噴上裕也に対して、そういう判断を下した。
 スタンドはスタンド使いの無意識下の精神に影響を受けて発現する存在。
 ならば噴上裕也の中にも、先程のハイウェイスターが見せた、己の命を賭けてでも仲間の勝利の為にその身を犠牲に出来る「覚悟」があるのでは無いだろうかと思ったのだ。
 そうした「覚悟」を持つ人間が、タバサは好きなのだ。尊敬している、と言っても良い。
 お人好しな性格ばかりのハルケギニアの友人達は勿論、あのエコーズAct.3だって同じだ。
 そして娘の自分を守ろうとして、心に一生消えない傷を残すことになった母もそうだったのだから――
「もう何もしないなら、それでいい」
 そんな噴上裕也が、自らの敗北を認めたならば、それだけでタバサは充分だった。
 そして真摯な瞳でタバサを見据えて言った彼の言葉を、嘘だとは思いたくなかった。


『……タバサ。本当にいいのか?』
「いい」
 デルフリンガーが自分の身を案じてくれているのが、はっきりと伝わって来る。
 だがそれでも、タバサは迷わずに言った。
『ま…しゃーねえか。アンタは一度そう言い出したら聞かないヤツだからなぁ』
「そう?」
『そうさ。意外とガンコ者だぜぇ?』
「…………」
 それ以上は何も返さずに、タバサは無言になって歩き続ける。
「何もしないなら、それでいい……か」
 先程から地面に座り込んだままの噴上裕也が呟いて、力無い所作で立ち上がる。
「――甘いぜ。甘すぎるぜ。そんな甘っちょろいことでよォ~……
 この先の大迷宮を戦って行けると思ってんのかァ!?ハイウェイスタァァァァーッ!!」
 叫んで、噴上裕也はようやく完全に回復したハイウェイスターを再び発動させた。
 ごく近距離でさえあれば、ハイウェイスターは噴上裕也の意志によってある程度自由に操作出来る。
 噴上裕也は無防備な背を向けるタバサに向けて、時速60kmの超高速でスタンドを急接近させて行く。
 そして間も無く、前を行くタバサに追い付いたハイウェイスターは彼女の細く、触れただけでも折れてしまいそうな首筋を狙い、その掌を叩き付けようとして――
「……何故だ」
 噴上裕也は呆然と呟いた。ハイウェイスターの掌は、タバサの首筋に触れる直前で止まったままだ。
 タバサは一切の抵抗する素振りを見せず、その顔を僅かに振り向かせて、自分の背後に立つ噴上裕也とハイウェイスターの姿をじっと見つめていた。
 いつもと変わらぬ、氷のように無感情な彼女の瞳が噴上裕也を射抜く。
「何故…抵抗しなかった!俺がこうしてまたハイウェイスターで追跡する可能性は充分にあった!
 罠を仕掛けるなり、クレイジー・ダイヤモンドで迎え撃つなりする方法もあった筈だ……
 なのに何故!お前は何故それをしようともしなかったんだ!?」
 ハイウェイスターの動きを止めたまま、噴上裕也はタバサ達に近付きながら叫ぶ。
 タバサはその視線を噴上裕也に向けながら、静かな口調で答えた。
「……あなたが、嫌いじゃないから」
「………!」
「嫌いじゃない人と戦うのは…嫌だから」
 尊敬出来るかもしれない相手を、自らの手に掛けるということは、何よりも耐え難い苦痛だ。
 かつて一度、ハルケギニアで最愛の友人達と戦わねばならなくなってしまった時に、自分の胸の内に生まれて来た、あの果てしない恐怖感と絶望感を再び味わうことになるのは、もう二度と嫌だった。
 既にタバサには、噴上裕也に対する敵意は持っていない。
 例え敵同士として出会った関係であろうと、今はもう噴上裕也のことを殺したくは無かったのだ。
「……カッコ悪いぜ。そんなこと言われちゃあ…今の俺ほどカッコ悪い話はねーぜ…!」
 唇を強く噛み締めて、噴上裕也は今度こそ闘争心の全てを失ってハイウェイスターの発動を解除した。

「負けたよ。今度こそ完ッ璧にあんたに負けたよ。
 あんたの心には前に突き進む為の「覚悟」ってヤツがあるらしい…。
 吉良みたいなドス黒い「邪悪」なヤローとは違う、もっと気高く誇り高い精神がな……
 あんたとそこのお喋りな剣なら、この奥にいるレクイエムに辿り着けるだろう。
 ――クレイジー・ダイヤモンドか。仗助のヤツと言い、あんたと言い……
 どうやらそのスタンドは、マジで大切なモンってヤツが何なのかを、俺に教えてくれるらしい」
 真正面からタバサの顔を見つめて、噴上裕也は胸の内にある本心からの言葉を吐き出した。
『ま、オレもアンタがそこまで言うならもう構わねぇけどよぉ~……
 あの時テメエがマジでタバサに仕掛けていたら、オレは何があろうとテメエのことをブッた斬ってたぜ』
 普段とさほど変わらぬ口調でデルフリンガーは言う。しかしその言葉の中には、普段のように冗談を交えた気配が全く無く、今の彼なら本気でやるだろうと思わせるだけの凄みがあった。
「悪かったよ。だがもう二度とあんなコトはしねーから、安心してくれや」
『へいへい、ま、肝心のタバサにその気が無いんじゃ、どうしようもねえがな。なあ、タバサ――』
 そこでデルフリンガーがタバサの名前を呼んだ瞬間。
 彼女の体がぐらりと傾き、体勢を崩してその場に倒れ込もうとしていた。
『な!タバサ!?』
「おっと――!」
 倒れそうになったタバサの体を、慌てながらも噴上裕也が手を伸ばして受け支える。
『オイオイ!テメー、どさくさに紛れてタバサの胸を掴むんじゃねー!
 やっぱり今からオレ様が速攻でブッた斬ってやろーか!?』
「アホか!こんなチビの薄っぺらい胸なんぞ誰が……って、ンなこと言ってる場合か!!」
『そうだった!おいタバサ、しっかりしろ!おーいタバサ!』
「……うるさい」
 半開きになった目で、弱々しい口調ながらも、それでもタバサははっきりと二人に返事をする。
『タバサ!……ったく、いきなりブッ倒れたりするモンだから、オレ様おでれーちまったぜ』
「………お腹」
『ん?』
「……お腹空いた……」
 深く息を付きながら、タバサはやや虚ろな表情で受け支える噴上裕也の顔を見上げる。
 自分が彼に抱きすくめられている格好になっていることに対しては、特に嫌悪感の類は無いらしい。
『は…腹が減ったぁ!?オイオイ、何かと思ったらそんなことで……』
「いや、こいつぁ結構マジな話だろうぜ」
 幾ら女性としては未成熟だからと言って、若い女の胸を掴み続けることには抵抗があるのか、それとも先程のようにデルフリンガーを挑発したくないのか、ともあれ噴上裕也はタバサを支える為にその体を掴む手の位置を変えつつ、口を開いた。


「さっきから俺が随分とハイウェイスターで養分を吸っちまったからな……
 その結果、こいつの身体が代わりの栄養分を求めて「空腹」を訴えるのはごく自然な話だろう」
『……だったら今すぐタバサにその養分ってヤツを返してやれよ、オイ』
「俺だって出来るならとっくにそうしてるさ。
 だがな、ハイウェイスターは元々俺が大怪我をした時に目覚めた能力でな……
 傷を治す為に養分を吸収する力はあっても、相手に「供給」するって機能はねえんだよ」
『何ィー!?じゃあ今すぐタバサが食えそーなモンを持って来やがれってんでぃ!』
「食い物か……病院からくすねて来た点滴ならあるんだがな。
 ま、ちと味はマズいが養分だけなら大したもんだ。こいつで我慢して貰うとするか」
『なんだよ、この……何だぁ?透明な袋に入った薬みてーなモンは』
「薬なんだよマジで。まあ、お前みたいな喋る剣が点滴なんて知ってるワケねーか……
 おい、お前タバサとか言ったな?とりあえずこん中に入ってる奴を飲め。
 味は良くねぇし腹も膨れねーが、栄養だけならタップリあるぜ?」
「………うん」
 噴上裕也は点滴をタバサの口元に近づけて、中身を口に含むように促した。
 彼の言葉を素直に聞き入れたタバサは、言われた通りに点滴のパックに軽く口を付けて、
そのまま母親に抱かれる赤ん坊のように、点滴の中身をちゅうちゅうと吸い始める。
「んっ…う……あまり美味しくない……」
「我慢してくれ。飢え死にするよりはマシだ」
「うん……んっ、ちゅ…ふぅ……はぁ……」
『本当に大丈夫なんだろうな、オイ』
「栄養面については問題ねぇ。後は点滴の栄養が体内に回るまで、暫く安静にしてた方がいいだろうな」
『暫く、か……このフロアーに敵はもういねーのか?』
「わからねえな。少なくともさっきまでは俺とズィー・ズィーの野郎しかいなかったが」
『おいおい。また新しい敵が出てくる可能性もあるってコトかい?』
「ああ。俺達、この世界の住人が単なる“記録”に過ぎねぇってことは知ってると思うが、そうした“記録”が、時間を置いて次から次へと這い出してくるって可能性は否定出来ないな」
『クソッ……!タバサがこんな調子じゃあ、オレにゃー満足に守ってやるコトは出来そうにないぜ……!』
 タバサの腰のベルトの中で、デルフリンガーが口惜しそうに歯噛みをする。その時だった。

「――いやいや安心給え。そちらのお嬢さんの身の安全は、私が保証させて貰うよォ~」

 突然、その場に第三者の声が聞こえて来る。
 落ち着き払っているその声は、若いようにも、歳を取っている様にも聞こえる、そんな男性の声だった。
『ン!?誰だッ!』
 デルフリンガーが鋭く吼え、噴上裕也も油断の無い表情でハイウェイスターを展開する。
「ハハハ。まあ落ち着いてくれ、喋る剣クン。私は決して敵じゃあない」
『信用出来ねぇな。持ち主以外は信用するなってゆーのが、オレのポリシーなんでね』
「なるほどな。どうやら君は私が思っている以上に、修羅場を潜り抜けているようだ。声の調子でわかる」
 真っ直ぐにこちらに向けて声の主が近付いて来るのが、タバサ達の目に映る。
 歳の頃なら三十代後半から四十歳のどの年齢でも構わないような、中年の男性だった。
 小洒落たスーツと帽子を羽織り、脇にはワインボトルをブラ下げながら、手には包み紙に覆われたサンドイッチ。もう片方の手では、そのサンドイッチに対してこれでもかと言う程ペッパーを掛けている。
 だが、その容貌や服装とは別に、タバサ達にはその男の様子に違和感があった。
 それは恐らく、しっかりした足取りで歩いて来ているのに、足音が殆どしない為だろう。
 この男は油断がならない。ダバサを守るように陣取るデルフリンガーと噴上裕也の間に緊張が走る。
『オイ』
「なんだよ?」
『いざとなったら特別にオレ様を使わせてやる。と言うか、使ってくれ。タバサを守らにゃなんねえ』
「わかった……ハイウェイスターでやるだけやってみるが、正直このオッサンを止められる自信が無いぜ」
 こくりと頷いて、噴上裕也は一旦タバサをその場に座らせ、壁にもたれ掛かるような姿勢を取らせた。
 それから彼は、改めて目の前のスーツ姿の男に対して意識を集中させる。
 既に発動させたハイウェイスターを通して、目の前の男の「臭い」はもう覚えた。
 これでこの階層内にいる限り、何処にいようと完全に位置を特定出来る。
 そうした自分の能力に対する「自信」が、噴上裕也の精神に勇気を与える。

「おやおや、本当にやる気かね……これは困ったな、一体どうすれば信じてくれるのかね?」
 やれやれとでも言いたげに、スーツ姿の男が肩を竦める。
 そのショックで、サンドイッチに掛けていたペッパーが舞い上がり、男の鼻腔へと侵入して行く。
「……ヘ、ヘ、ヘブショッ!!」
 たまらずに、スーツ姿の男が大きなクシャミを上げた。その隙を見て、噴上裕也は高らかに宣言する。
「――今だッ!行け、ハイウェイスター!奴の養分を吸い尽くしちまえッ!」
 近距離時の精密動作優先の操作に切り替えて、噴上裕也はハイウェイスターを目の前の男に向けて走らせる。その超高速のスピードによって、ハイウェイスターはあっと言う間に男の前へと辿り着き、その拳を叩き込もうとする。だが――
「フム、これが幽波紋(スタンド)か……
 今まで戦ったことは無かったが、ま、こうなっては仕方が無いね。
 では、少しだけお相手させて頂くとしようか」
 そんな飄々とした言葉と同時に、スーツ姿の男が忽然と姿を消した。
「何ッ!?」
『――上だ!跳躍しやがった!』
「上だとォ~~~!?」
 いち早く男の動きを察知したデルフリンガーの叫びに、噴上裕也は釣られて上方を見上げる。
 その言葉の通り、噴上裕也の目に天井ギリギリの高さを滑空するスーツ姿の男が見えた。
『おでれーた!助走抜きであんな高さを飛ぶなんざ普通の人間じゃねぇぞ!?』
「ちぃッ…!ハイウェイスター、戻って来い!」
 その動きで、スーツ姿の男の狙いが本体である自分であると察知した噴上裕也は、ハイウェイスターを自分達の元へとダッシュさせる。その自慢の超スピードで
スーツ姿の男が着地するよりも早くハイウェイスターは噴上裕也達の元に到着。
 特にタバサを最優先に守れる位置に陣取りながら、スーツ姿の男の動きを捉えるべく宙を仰ぐ。
「さあ来やがれ!来ると同時に、テメエの体から養分を全部吸いとってやるぜ!」
「ホホウ……なるほど、流石に素早いな。では、こんなのはどうかね?」
 スーツ姿の男が落下し始める直前、サンドイッチを持っていない方の腕を天井に伸ばす。
「な……!?」
『なんだとォォォー!?』
 まるで伸ばした腕に吊るされるように、男の体は地面に落ちることなく天井と並行の距離を維持したまま、天井の下を滑って来る。伸ばしている方の手の先端に、何やら光り輝く電光のようなものが見えた気がしたが、今はその光の正体よりも、スーツ姿の男が何処へ向かって移動しているかの方が、噴上裕也達にとっては遥かに重要だった。
 このままではまずい。
 男を止めねば、ハイウェイスターはおろか自分達の上まで通り過ぎて、背後に回られてしまう!
「プフゥ――ッ!」
 動揺する噴上裕也を尻目に、スーツ姿の男は口元に含んだ何かを彼に吹き付けて来る。
 もの凄い勢いで飛んで来るそれを回避しきれずに、噴上裕也は真正面から額にそれを受けてしまう。
「うぅおぉぉぉォ!?」
 突然のビリッとした感覚と共にやって来た、体の隅々にまで電流が駆け巡っているような感覚に、噴上裕也は全身の身動きが取れなくなってしまう。そのショックで、スタンド発動の為の精神力が途切れてしまい、自分達の目の前においていたハイウェイスターの姿がゆっくりと消失して行く。
「よっ――と」
 そして、噴上裕也の危惧通りにスーツ姿の男はタバサ達の背後へと回り込むことに成功する。
『しまった!おいテメエ、しっかりしろ!ヤツが後ろに回り込んだぞ!?』
「だッ!駄目だ…身動きが…全く取れねえ……!奴は……一体何をやりやがったって言うんだ……!?」
「そいつを今から教えてあげよう」
 スーツ姿の男が、先程まで伸ばしていた手を口元に運びながら先程から変わらぬ軽い口調で言う。
「――「波紋」だよ」

「は……もん…だとォ!?」
 噴上裕也は満足に首も回らない現在の自分の体を呪いつつも、スーツ姿の男に聞き返す。
「そう、波紋だ。東洋――と言っても私が生まれた世界の話だが、
 ともあれにそこには「仙道」と言う不思議な術が伝えられている……
 その中の秘術の一つに、体内の生命エネルギーを活性化させる特殊な呼吸法がある。
 それによって生じた生命エネルギーが、まるで小石を落とした水面のように
 波紋の形に類似していることから、そう呼ぶんだ」
「波紋……」
 その場に座り込んでいたタバサが、点滴パックから口を離してスーツ姿の男を見やる。
「そして、さっき君にやったのは波紋を流し込んだサンドイッチのキュウリを額に当てることで、君の脳神経を混乱させて一時的に全身を麻痺させてやったってワケさ。
 脳は肉体の全てに指示を与える大切な器官だからねェ」
「キュウリだとぉ~~~?」
 本人からは見えなかったが、確かにタバサの目には、噴上裕也の額に緑色の物体が張り付き、更にそれがパチパチと小さな火花のような物を散らしているのが見えた。
「そう、キュウリ。あんまり強い波紋じゃないから、放っておけばすぐ動けるようになるよ」
「信じられるか、そんなコト……!」
 未だに自由にならない体を必死になって動かしながら、噴上裕也が答える。
「だけど本当のことだからねえ……さっきも言っただろう?ホントに私は君らの敵じゃないんだ。
 ただ君がどうしても信用してくれないので、今みたいにちょっと、ね」
 軽く肩を竦めて、男は先程から手にしたままのスライスされた赤くて丸い物体をぴこぴこと動かす。
「あァ、ついでに言うと、さっき私が天井を滑ってるように見えたのも、このトマトに波紋を流すことでトマトと一緒に私の体を天井に固定してたからだったりするんだよ。
 そしてこのトマトが元々含んでいた水分を利用して、天井を移動して来たんだが……
 まァ、おかげでこいつを食べる前に随分とバッチィ目に遭わせてしまったな」
 食べ物を粗末にするのはイカンからね、と言いながら、その男は手に持ったままだったトマトをそのままサンドイッチに乗せて、そのトマトごと手に持ったサンドイッチを平らげて行く。
「波紋……ジョナサンの…DISC…?」
「――ホウ」
 タバサは壁に手を付いて、未だによろける体を何とか起き上がらせてその名前を口にした。
 「波紋」と言う名前には聞き覚えがあった。
 かつてタバサがこの階層に辿り着く前、吸血鬼――
 と言ってもハルケギニアとは異なる世界で生まれた、異なる能力を持った吸血鬼だが、ともあれ彼らの使役する屍生人と戦った時に、様々な世界の人々の記憶が封印されている銀色のDISCの中を使って、タバサ自身も波紋を使ったことがあった。
 そして、そのDISCを発動する際に頭に入り込んできた記憶の中に、目の前のスーツ姿の男に良く似た人物を見たことがあるような気がしたのだ。
「ジョナサン……ジョナサン・ジョースターか。
 なるほどな、確かにこの世界ならば、彼の“記録”も何処かに存在していてもおかしくはないな……」
 タバサの推測を裏付けるかのように、その男は懐かしむようにその名を呼びながら一人ごちる。
「見たことがある……」
 タバサはかつてDISCで見た記憶を一つずつ思い出して行くかのように、ゆっくりと口を開いて行く。
「ジョナサン・ジョースターの先生……一緒に吸血鬼と戦って……ジョナサンを……守った……」
 DISCで見た記憶の中でも、“彼”の最期の光景はタバサもはっきりと覚えていた。
 元の記憶の持ち主であるジョナサン・ジョースターという人物にとっても、“彼”との出会いやその死は言葉では言い表わせない程の大きな意味を持っていたに違いない。
 そして、そんな“彼”の生き様に深い感銘を覚えたのを、今でもタバサは忘れていなかった。


「君はどうやら私のことを知っているらしいが、お互いに初対面同士、ここは敢えて名乗らせて貰おう。
 私はツェペリ。ウィル・A・ツェペリ男爵だ。
 君達の「勇気」は認めるが、「勇気」だけではレクイエムの大迷宮は突破出来んよォー」


 そう言って、新しいサンドイッチを取り出した彼は先程と同様にペッパーをたっぷりと振り掛ける。
 そして舞い上がったペッパーに鼻腔を刺激されて、ヘブショ、とクシャミを飛ばしたのであった。



 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued…



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー