ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十四話『嘘と裏切りの月夜』

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匿名ユーザー

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第十四話『嘘と裏切りの月夜』

「ここから先は歩いていきましょう」
気取られると不味い、というロングビルの提案で、ルイズたちは森の中を歩くことにする。
昼日中でもなお暗いその森を照らすには、二つの月はあまりにも心細すぎた。
そんな心情を隠すかのように彼女たちは無駄口を叩く。
「あっ…かゆッ! 蚊に咬まれたわ…もうそんな季節かしら?」
「胸でも吸ってもらえば良かったのにね、そしたら少しは膨らんだかもよ?」
「うるっさいわねキュルケ! アンタは吸血鬼にでも吸われてなさいよ!
 そして軟骨でも喰らってなさい! …ホントに膨らむと思う?」
何のために馬車を降りたのかわからないような声だった。
しかし闇は、音さえも吸い込んで真っ黒に塗りつぶす。
この大声も、ルイズなりの虚勢ともいえたのかもしれない。
「そう言えば、吸血鬼ではありませんが、この辺りに『血を吸う亡霊』なんて噂がありましたね」
「えぇ~、ホントですか~ぁ?」
タバサはさっきから一言も口を利いていない。心なしか歩幅が狭くなる。
「ええ、何でも、うら若き乙女の血ばかり吸うのだとか」
「キャ、怖~い。ねぇダーリンお願い、わたしを護って?」
キュルケがここぞとばかりにリンゴォにまとわりつく。そしてルイズがさらに煩くなる。
(護ってほしいのは、こっちのほう)
タバサの戦闘意欲は、急激に縮こまっていた。
「でもミス・ロングビル、それってまんま吸血鬼じゃないですかァ?」
幽霊よりは、吸血鬼のほうがなんぼかマシだ、多分。
「フフフ。正体を知ったら、もっと怖いものかもしれませんよ?」
タバサはだんだん猫背になってきている。
いつものタバサを喩えて言うなら『ボーちゃん』だが、今のタバサは精神的に『まさお』以下だ。
「もっと怖いものですか? ね、タバサ、一体なんだと思う? 幽霊より怖いんだって」
雲が月にかぶさり、道が急激に暗くなる。
蜘蛛の巣が顔にかぶさり、脳卒中で寝たきりになりそうになるタバサ。
もうルイズでもリンゴォでもいいから、何かにしがみつきたかった。


「幽霊の 正体見たり 枯れすすき」
タバサは魔法の呪文を唱える。
「それがそういうわけでもないんです。なにせ、ここ最近でも行方不明者が出ていますから」
ざんねん! じゅもんはぼうがいされた!
だが小便をちびるような無様をタバサは晒したりはしない。
夜出掛けるとわかった時点で、既にこの程度の事態は予測してあったからだ。
お出掛け前のトイレは紳士淑女の嗜みである。
「もったいぶらないで教えてくださいよ、何なんです? その『怖いの』って」
とはいえ怖いものは怖いのだ。ぜひともキュルケには今の質問を自重していただきたかった。

「知りたいですか? まぁ、あなたたちも子供ではありませんしね、いいでしょう。
 答えは――『人間』ですよ」
途端にタバサの背筋が伸びた。そういうのは、全然問題ない。
「人間って…つまり『かどわかし』ですか?」
珍しくもない話である。こんな話で人を怖がらせるとは、とタバサは少々憤慨した。
勿論、それを表情には一切出さないが。
「そういうことですね…。『こんな時代』にはこういう噂話が幾つも生まれます」

「近頃は治安も随分悪くなりました。学院にまで盗賊が押し入る時代です」
『こんな時代』――乱世ほど怪異の伝説がまことしやかに伝えられる。
ここトリステインでもその例には漏れない。得体の知れぬ怪物の存在をどこかで感じている。
ひたひたと、戦乱の足音が、ぬくぬくと暮らすルイズたちの耳にも無意識ながら聞こえているのだ。
ふと、ルイズは思った。
これから戦う土くれのフーケも、この乱世ゆえに生み出された形のある亡霊なのではないか、と。
(亡霊が泥棒なんかしちゃ、いよいよ世も末じゃないの)
自分で考えた事がなんだかとてもおかしくて、ルイズはひそかに苦笑した。
(でも、世の末なら、そんなこともあるのかもね)


夜に吸い込まれるかのように、いつしか彼女たちは声を潜めていた。
しばらく森の中を進むと、ロングビルが一旦みなを制した。
「気を付けて下さい…。どうやら見えてきました。アレのようです」
その視線の先には、少しだけ開けた土地の上に建つ小さな廃屋。
少々距離があるがこの森の中からでも間違いなく存在を確認できる。
「森の中と違って、わりかし明るいわね」
森に慣れたせいか、この月明かりも随分マシなものに見えてくる。
これは好機でもある。
「このぶんなら、明かりを点けなくてもいけそうじゃない?」
「いくったって、ルイズ、相手は眠った猫じゃあないのよ? ここだって、気付かれてるかも」
少しだけ話し合い、一人が囮となることを決定。そして出来る限り確実に、素早く、全員で叩く。
「もしこれが『罠』だというなら、少なくともフーケには『目的』があるはず」
タバサが口を開く。
「だとすれば、おそらくフーケがすぐに攻撃を仕掛ける事はない」
タバサの推理によれば、フーケは追っ手に何らかのリアクションを期待している。
それが期待通りの反応か見極めるまでは、急いだ攻撃はないだろう。
その瞬間ならこちらが先手を取れるかもしれない。
無論、期待通りでなければ、フーケがどうするのかは目に見えている。
わからないのは、その『目的』だ。
「ミス・タバサ、わたしも基本的には同意見ですが、フーケが本当にただヘマをやらかした、
 という可能性もわずかにあります。小屋には明かりは点いていないようですが…どう出ますか?」
ロングビルが一応の注意を促すが、もう方針は決まっているし、のこのこ全員でかかって一網打尽に
されるような愚策が採れるはずもない。
「いずれにしても、『死に役』は誰がやる?」
相手はトライアングルクラス以上。万一に対応できるとすればタバサが適任であろう。
しかしここで名乗りを上げたのは、タバサでもロングビルでもなく、リンゴォ・ロードアゲイン。


「リンゴォ!? アンタ、囮なんて大丈夫なの?」
驚いて大声を上げかけるルイズをキュルケがたしなめる。
「…でもダーリン、相手はなかなか油断ならないわよ?」
キュルケも、リンゴォを信用しないわけではなかったが、それでもやはり心配であった。
「いえ、もしかしたら、ミス・ヴァリエールの使い魔である彼の『能力』なら、
 案外上手くやれるかもしれません」
ロングビルの言にも一理ある。敵の虚を突くなら彼の能力はうってつけと言えたし、銃も剣も呪文の
詠唱は必要ない。ルイズとキュルケも、この言葉に一応の納得をする。
「確認をしておくが……あの小屋まで近づいて敵を挑発しておびき出す。
 そして隙を突いて『破壊の杖』とやらを奪い返す…。いいな?」
「大体それでいい」
タバサと、不満そうな顔ではあるがルイズも頷いた。

「もうひとつ確認するが…」
「何よ、これ以上あるの?」
「フーケとやらがあの小屋にいた場合…そのまま倒してしまっても問題は無いな?」
これにはルイズも呆れた。
「アンタね、囮の意味わかってんの? ひょっとしてアンタ、一対一の決闘だとかそんなことに
 拘ってんじゃあないでしょうね? 言っておくけどね、これは『討伐』なんだからね!?
 『決闘』とはワケが違うのよ!?」
思わず声を荒げる。
「それほど馬鹿じゃあない…たぶんな。一応の確認をしたまでだ。
 敵も…命がけで我々の命を狙ってくるだろうからな。……何も無さそうならこちらから呼ぶ」
どの道、咄嗟の判断力がものを言う。敵がおびき出されてくれなければ、仕掛けなければやられる。
だがルイズの耳についたのはそんな正論ではなかった。
「たぶん!? 今『たぶん』って言ったでしょ! ホントにモガッ――」
キュルケに口を押さえられるルイズに一瞥をくれ、リンゴォは一人歩き出した。

一歩ずつ小屋に近づくリンゴォを注視するルイズとキュルケ。
何かあればすぐに飛び出していける体勢だ。
タバサは油断なく周囲にも目を配っている。敵は小屋の中とは限らない。
ましてあのド派手なゴーレムだけが武器というわけでもあるまい。
上空からひそかにシルフィードに探索させているが、目立ったものは見つからない。
彼女がリンゴォに目を向けると、彼はもう小屋の前に立っていた。
窓を覗き込んだり聞き耳を立てたりと一通り警戒して、彼は躊躇いなくドアを開けた。
もう少しおっかなびっくりでも損はないとタバサは思ったが、特に危険はなさそうだった。

「アイツも剣ぐらい抜いとけばいいじゃない」
「でもどうやら…中には何事もなさそうですね」
ここで、中を詳しく調べるため、タバサが小屋に向かう。
しかし、何故かルイズも一緒についてきて、済し崩し的に全員で向かうことになる。
「戦力をあまり分散させるのも得策とは思えませんし、大丈夫でしょう」
戦力を分散させない事と固まりすぎている事は違うとタバサは考えるが、確かにルイズとキュルケを
残していくのも不安だったのでそれに従う。
小屋の外でキュルケとロングビルが見張りに立ち、ルイズたちが中を調べる。
魔法を使ったという痕跡は見当たらない。それどころか、誰かが潜んでいたという様子もない。
そして、あまりにも呆気なく目的のものは見つかる。
『破壊の杖』を発見したのはリンゴォだった。

「杖らしきものといえば…これくらいだろうな。杖というには些か不恰好だが」
少し大きめの箱を開いて、リンゴォは『それ』を取り出した。
リンゴォの体に、異変が起こった。
異変、と呼べるかはさておいて、しかしリンゴォは自分の脳裏に浮かんだことに疑念を持たなかった。
リンゴォには、得体の知れぬ『破壊の杖』の正体がハッキリと掴めていた。
今初めて目にしたものについての情報に、何故か疑念の余地はどこにもなく、全てが理解できた。
頭に『流れ込んだもの』は不思議ではあったが、その理由はなんとなく察した。
(これも『使い魔』とやらのせいか…)
なんとはなしにルイズを睨んだ。
「な、何よ、何かあるのッ?」

「どうです? 何かありましたか?」
窓からロングビルが中を覗き込んでくる。
「え、ええ、『破壊の杖』が見つかったわ。随分呆気なかったわね」
そう、あまりにも呆気なさ過ぎた。
「手間がかからないに越したことはありませんわ。何事も」
タバサの警戒レベルが最大にまで引き上げられる。
『破壊の杖』が『見つかった』ということは、もはやこれは完全な『罠』である。
シルフィードに更なる警戒を命じる。この土地の周囲、どんな些細な変化も見逃してはならない。
『見つからない』という可能性もあった。その場合は、単にフーケが遠くへ逃げるための撹乱情報。
だが今確実にフーケはどこか近くで自分たちを監視している。

「それにしても…ミスタ・ロードアゲイン、『コレ』は本当に『杖』なのですか?」
小屋の中にいるのは拙い、とタバサに促され出てきたリンゴォたちにロングビルが問いかける。
「言われてみれば随分変な感じだけど…『破壊の杖』っていうぐらいだからこんなものなのでは?」
目的のものを見つけて少々安堵したのか、キュルケもその話に乗っかってきた。
無理をすれば杖に見えなくもない『それ』をリンゴォは無言で展開させてみた。
やはり、初めて見たはずなのに完璧に扱える。

「随分と手馴れた様子ですが……何か知っているのですか?」
「いや、こいつを見たのも初めてだ……」
ロングビルはルイズにも視線で尋ねてみる。が、何も知らないらしくルイズもかぶりを振った。
タバサにも目を向けるが、彼女は周囲を警戒しているのかこちらを見てもいない。
仕方なく声をかけようとロングビルは口を開きかける。
「だがコイツは杖なんかではない…。『武器』だ」
ロングビルは開きかけた口を閉じた。

「どういうこと? リンゴォ、何かわかったの?」
わかった、というよりは感じた、といったほうが正しい。
「形も撃ち方もだいぶ違うが…性質は銃に似ている。威力は桁違いだが」
「弾丸を発射する、という事ですか?」
この大きさでは、むしろ砲弾というべきか。

「ま、これが何かはともかく、目的の一つは達成したわ。あとはフーケをとっちめるだけね。
 ……ねぇダーリン、その杖…じゃなくて…まあいいわ、『破壊の杖』、ちょっと貸して?」
そう、後はフーケのみである。
しかしタバサにはなんだか嫌な予感がした。経験から来る勘である。
もう敵が動いてもいい頃だ。恐らく地の利も取られている。
対するこちらは五人。うまく動けば、たとえ罠の中だろうと賊を捕える事が出来る。
だが、嫌な予感は拭えない。
賊を相手に先を取られたくないのは百も承知である。
負けるつもりは微塵もないが、それでもここは一旦退いて敵の出方を待つ手も考えた。
追いながら戦うか逃げながら戦うか、いずれにせよフーケと戦わずしてここからは出られまい。
「フーケのヤツも、一体何を考えてるのかしら…。わからないってところが不気味ね」
ルイズも訝しがっている。この手の『読めない』戦いというのは、恐ろしくやりづらい。
チラと振り返って見ると、キュルケは手にした『破壊の杖』をじろじろと眺めている。


「へぇ~、ふぅ~ん、『破壊の杖』ねぇ…なんかよくわかんないわね」
「ちょっと、気ィ抜いてるんじゃあないわよ! いつ『土くれ』が来るかわかんないんだから!」
「はいはい、わかってるわよ。…夜明けまでには、終わらせたいわね」
ルイズに正論で注意されたのが効いたのか、キュルケも素直に周囲を窺いだす。
杖を取り出し、いつでも戦闘できるようにした。
「ミス・ヴァリエールの言うとおり…本番はここからですね。相手は盗賊、どんな卑怯な手を使うか。
 ところでミス・ツェルプストー、わたくしにも『それ』、見せてくださいます?」
キュルケは『破壊の杖』をロングビルに渡すと、リンゴォのほうへ一歩近づく。
警戒はしているが、時折愛しのダーリンに笑顔を送り、それを見たルイズがしかめ面をする。
ロングビルは、フーケへの警戒もそこそこに、『破壊の杖』をしげしげと興味深げに眺めている。
「ねぇリンゴォ、『アレ』ってあのスイッチで使えるの?」
ルイズの素朴な疑問にリンゴォは静かに頷く。

タバサは『破壊の杖』に興味が無いではなかったが、今はフーケの方が優先される事だった。
しかし、何故か今のルイズの一言が気にかかる。
一体フーケの目的は何なのか。そこに繋がるような気がした。
(…………)
『破壊の杖』は『杖』ではなかった。
その正体は、タバサにもよくわからないが、リンゴォを信用するなら『武器』である。
フーケがどういう人物かは測り知れないが、盗んだ以上はアレを使いたいはずだ。
(…………使い方――)

タバサが仲間を振り返ると同時に、キュルケの声が響き渡った。
「ミス・ロングビルッ!?」

「なんですかミス――ハッ!?」
名を呼ばれたロングビルも、答えようとして『異変』に気付いた。しかしもう遅い。
地面が急に盛り上がり彼女の足を、いや今はもう腰までを覆いつくしていた。
キュルケはロングビルを助けようとしたが、自分をも巻き込みそうな勢いに一瞬躊躇する。
「キュルケ! 『破壊の杖』をッ」
タバサの声に我を取り戻したが、『破壊の杖』にはもう間に合わなかった。
土塊はあっという間にロングビルの首まで包み込み、キュルケにも迫りつつあった。
飲まれそうになるキュルケの手をルイズが引っ張り、距離をとる。ひとまず命拾いである。
「に…逃げてッ!」
その言葉を最後に、ロングビルの姿は完全に土の中に消えた。
しかしそれでも飽き足らず、土塊はどんどんと大きくなっていく。
「リンゴォッ! 時を――」
言いながらリンゴォの右腕にルイズは手を伸ばすが、先にその手をリンゴォに掴まれてしまう。
「駄目だ。『敵』の姿が見えない」
「そんなッ! 彼女を見殺しにするのッ!?」
「そうだ」

「ミ……ミス・ロングビル…!!
 バカなァ――――ッ! 一体どこから! わたしは何も見ていないッ!」
動揺するキュルケたちの目の前で、土塊、いや土山は人の形を取りつつあった。
タバサは急ぎシルフィードを呼び寄せる。シルフィードもフーケの姿は捉えていない。
(全員で警戒していたはず…どこに潜んでいた?)
フーケの存在はどこにも、気配すら感じられなかった。
30メイルはあろうゴーレムが完成した。
ルイズは攻撃を仕掛けようとするが、中にロングビルがいることを思い歯軋りしてとどまる。
雲間から現れた月がルイズたちを照らす。ルイズは見た。
月光に照らされたゴーレムを。その肩に立つ人影を。
あの真っ黒なローブ、見紛うはずも無い。一体いつからそこにいたのか――――
そう、あいつは――
「フーケッ!!」


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