ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十話 『Shall We Dance?』

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ギーシュの奇妙な決闘 第十話 『Shall We Dance?』


 ――深夜のトリスティン学院に、平民の侵入者が暴れ、生徒を負傷させる!

 この一報は夜明けを待たずオスマン学院長に知らされ、300年生きた彼をして驚愕させた。
 それもその筈。襲撃してきた『黄の節制(イエローテンバランス)』の『ラバーソール』という男の名前に、二つ程心当たりがあったのである。

 一つは、巷に流れる噂として。
 『ラバーソール』の名前は、メイジ殺しで有名な傭兵として、トリスティン全土に轟いていており、多少なりとも軍務に携わるオスマンの耳にも届いていたのだ。
 もう一つは……『黄の節制』というスタンドの名前だ。オスマンはその名前を聞いた瞬間、承太郎から聞かされた話の中に、そんな名前の敵がいた事を思い出していた。
 オールド・オスマン……興味の無い事柄については痴呆の老人並に物覚えが悪いものの、興味があったり重要だったりする事柄だと、異常なほどに記憶力が冴え渡るジジイ。故に、承太郎の話に出てきた敵の話は、全部覚えていたりする。
 承太郎をして、『恐ろしい奴だ』と言わしめ、彼を追い詰めた事もある猛者……それを、学院に通う生徒たちが撃退してしまったというのである。

 オスマンは襲撃者の存在に気付けなかった己を恥じると共に、それを撃退してのけた生徒たちに対して、驚嘆の意を示した。
 関係各所に対して連絡を行った後、その生徒たちを呼び出して、可能な限り賞賛の言葉を贈り、その労に報いることを伝えようとした。
 ギーシュは負傷の度合いが酷かった為に治療がまだ終わっておらず、功労者を一人欠く形となったが……兎も角、学院長室に4人の若い功労者たちが集まる事になったのである。


「さて、君達は良くあの男を捕まえてくれた……あれは、『メイジ殺し』で知られる凶悪な男でなぁ」
『……はぁ』
「奴は今、『星屑騎士団』の方々に引き渡した。一件落着、っちゅー奴じゃ。逃げたというサイレントを使ったメイジについても、追っ手がかかる予定じゃ」
『…………はぁ』
「君達の、『シュヴァリエ』への爵位申請を宮廷に出しておいたから、追って沙汰があるじゃろうて……その年でシュヴァリエっちゅーのは、大したもんじゃぞ! この場にいないグラモンの分も勿論申請済みじゃ!」
『………………はぁ』
「ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた。残念ながら、才人君に関しては、貴族ではないから何も出せんがな」
『……………………はぁ』
「ま、まぁ、そういうわけじゃ。
 あの男の能力……『傍らに立つ使い魔』ついては、くれぐれも他言無用にな」
『…………………………はぁ』

 んがしかし。
 オスマンが放った様々な褒め言葉や、タバサの爵位、才人に対する爵位不授与等……反応があるべき話の内容に対して、皆清々しいほどに無反応。
 というか、呼び出された四人共、眼が虚ろでやばい。四人を連れてきたコルベールは、一歩引いた位置でやれやれとばかりに肩を竦めている。

「あ、あの……そこまで無反応だと、ワシも怖いんじゃけど……どったの??」
「……むいんだ」
「ほへ?」
「眠いんだよ」

 がちゃり、と才人は実かにあるデルフリンガーを手にし、殺気剥き出しの眼でぎろりとオスマンを睨みつけ、

「こっちは夜通し戦ってたっていうのに……コッパゲ先生に報告して、夜明けになって、ギーシュの治療が長引いて、治療も終えて、ジジイの長話聞かされて、ようやく眠れると思ったら呼び出されて……」
「お、落ち着きたまえ才人君……色々と支離滅裂じゃぞ!」

 今にも斬りかかって来そうなほどに殺伐とした才人の様子に、オスマンはうろたえて視線をそらす。どうでもいいけど、猛獣を前にした時って、視線逸らしたらアウトらしいね。

 逸らした先にいた者達も……成る程、才人が断片的に出した言葉の通り、とても眠そうだった。
 タバサとキュルケはなんというか、意識があるかどうかも疑わしいし、ルイズに至ってはその場でこっくりこっくりと船を漕いでいる始末。

「て、徹夜ッて事は……一睡もしとらんのか? マジで」
「おう。だから早く寝させてくれよコンチクショウ」
「…………」

 まぁ、そういう理由があるのならば、無理に話を進めるわけにもいかない。
 この状態では、話したところで覚えられる可能性は低いだろうし、改めて後日伝えた方が良かったかもしれない。
 とりあえず、最後に一つだけ伝えてから、解散させる事にした。

「今日の夜はフリッグの舞踏会じゃから、これで終わりとしようか」
『………………………………はぁ』
「今日の主役は君達じゃからな。遅れんようにしてくれ」

 『スタンド』の事を知らない人間たちには、『五人が学院に侵入し、フーケの真似をして宝物庫に押し入ろうとした『メイジ殺し』の傭兵を撃退した』という、スタンドに触れない、微妙に捏造した情報を流してある。
 『ラバーソール』というよう兵の評判も、そのまま伝えておいた。
 ゾンビのような足取りで部屋を出る四人と、医務室で唸っているであろうギーシュは、周りの人間にから見ても、文句なしにシュヴァリエに値する手柄を立てたように見えるわけだ。

「流石に、真実そのままを漏らすわけにもいかんからのぉー」

 ラバーソールに無実の罪をでっち上げてしまった事に対する呟きに、部屋に残ったコルベールはこくりと頷いて、

「ええ……まさか、もうアカデミーが動き出しているとは」
「最近のアカデミーは、酷いもんじゃな」

 何が、とは言わなかった。言われずとも、コルベールには分かっていた。
 元々王立魔法研究所という部署は、以前から芳しい噂を聞くようなところではなかったが、昔はまだマシだった。
 論理的な点で言うのならば、あまり変わっていないし、『人一人解剖しかねない』『珍しい使い魔見つけたら、とりあえず解剖』という実情は変わっていないのだが。
 それでも、昔のアカデミーはまだ統率が取れていたのだ。王室から命令があれば人体実験は慎んだし、使い魔の主からの要請があれば、回収した珍しい使い魔を返却するぐらいの度量はあったのに。

「私が……」
「?」
「私が、実験小隊を率いていたときは、少なくともメイジの誘拐などという真似をしでかすような部署ではありませんでした」

 血を吐くような感情でもってもたらされた言葉には、否応を言わせぬ重みがあった。
 平民でなければいいという意味で放たれた言葉ではない。コルベールが口にし、オスマンが頭を痛めるのは、アカデミーの動きが完全に暴走状態にあるという事だった。
 人体実験は王家の禁止令にも関わらず隠れてこそこそ続けて、使い魔を回収すればどんな苦情が来ようと二度と返却しない。

 正直、今のアカデミーの連中だったら、『虚無の秘密を探る』なんて理由で、王室の人間を解剖しても不思議ではない。いや、驚いて怒りはするだろうが、意外には思わないだろう。

「アカデミーにおる者の話では……彼らは今真っ二つに割れておるそうじゃよ。
 『良識派』と強行……いや、『暴走派』とでも言うべきか。厄介なのは、表向きは全員が良識派という事じゃな」
「暴走派が全員、己の行為を隠していると?」
「うむ」
「それは……罪を自覚してでしょうか」
「違うの。残念ながら」

 人の善なる部分を信じたがるコルベールの言葉に、オスマンは悲しげに首を左右に振るった。

「暴走派の連中は……単純に『研究』が出来なくなるから、己の存在を秘匿しておるに過ぎん。自分達の行いが『罪』であると知ってはおるし、『罰』の存在も知っておろう。
 じゃが、それは知識だけで感情が伴わん。奴らに罪悪感など欠片もあるまい」
「…………そうでしょうな」
「すまんな。君には酷な言い方だったかもしれん」
「いえ、薄々わかってはいたのです……落ち込んでもいられませんしね」

 ラバーソールに行った簡単な尋問の結果得られた、ほんの僅かな情報。
 『博士(プロフェッサー)』と呼ばれるメイジの存在。
 手がかりといえば、偽名一つだけという状況だが、それでも動かないわけには行かない。
 コレだけでアカデミーを槍玉に挙げられないので、必然的に自衛を中心として対策を練らねばならない。

「即急に、警備を強化しましょう。フーケの事を理由に挙げれば、増援の許可も下ります」
「うむ……まぁ、全てはフーケの事が終わってからじゃがな」
「ズォースイ君はいかがいたします?」
「帰って来次第、又調べ物をしてもらう事になりそうじゃな」

 今、すべき事を。今、出来る事を。
 不利な現状に甘えず、オスマンとコルベールはこれからの事を話し合い、生徒を助け守るため、死んだ仲間に報いるために頭脳を回転させた。






 さて。オスマンの話に出てきたイカシュミ……リゾットは何をしてたかと言うと……

「さぁー! 祝勝祝いよ! 呑んだ呑んだぁー!」
「祝勝祝いってよぉー……祝勝ってのはよくわかる、スッゲーよく分かる……勝利を祝ってんだからな……けど、何でその上に又祝いがつくんだぁー!?」
「って、ちょ、ギアッチョ……落ち着……ギャー!?」
「祝うのを祝ってどうすんだええ!? 舐めてんのか! この言葉俺を舐めてんのかぁー!」
「ふ、フーケたんちょっと飲みすぎなんじゃあ」
「硬い事言わずに呑め呑めー! 私はあんたらと違って死ぬまで呑めなかったんだから大目にみなさいっての!」
「たっく、しょうがねぇなぁぁぁぁぁぁ……ほれ、そのサラミ俺が貰うぜ」
「あ、兄貴~! 俺は、俺はね……」
「ペッシ……おめーはその箪笥が俺に見えるのか!?」
「……お前ら……頼むから少しは自重しろ」

 大仕事を終えて宴会おっぱじめた愉快な仲間達を前に、頭を抱えていた。
 なんというか、阿鼻叫喚という四字熟語がぴったりの環境である。

 リゾットはオスマンからフーケの調査を依頼された時、これは好都合だと思い快諾した。
 オスマンに言われなければ、彼自身が進言して名ばかりのフーケ調査に乗り出す算段だったのだ。
 元傭兵のネットワークに、こちらが言い出すまでも無く利用価値を見出す辺り、あの老人は矢張り只者ではない。
 その後は、フーケと同じく適当に死体をでっち上げ、逃走する手はず『だった』。

 ――なのに。
 合流地点のアジトについたら、やたら得意絶頂になって酒盛りしてる仲間達がいたわけで。

「あ、りぞっと~! おかえりー!」
「……フーケ、お前はとりあえず酒樽から直接飲むのはやめろ。
 ギアッチョ、イルーゾォを解凍してやれ。プロシュート、ペッシの酒癖はいつもの事だろう」

 ようやく自分の存在に気付いた紅一点の暢気な声に、リゾットは疲れた様子を隠そうともせずに各々に注意を向けて、腰を下ろした。
 隣のホルマジオがにやりと笑って、

「よぉー! お疲れさん」
「ホルマジオ……お前も、この惨状を止めてくれ頼むから……」
「そうは言ってもなぁー、打ち上げは必要だろ?」
「……俺が言いたいのは、節度という意味でだな……」
「しょぉーがねーなー。我らがリーダーは……ほれ、お前も呑め呑め」

 ホルマジオに進められて、渋々リゾットはグラスでワインを受けて、飲み干す。
 芳醇な味わいが口内を駆け抜けて……そのあまりの旨さに、眉をひそめた。
 高級すぎる。今の自分たちが買っていいものではない。
 むしろ、そんな贅沢するくらいなら、少しでも多く仕送りを増やすべきだろう。

「おい、このワインは……」
「だじょうーぶよ! あたしが前に貴族からぎってきたやつだからぁ~!」

 けらけら笑うフーケに、リゾットは深い深いため息をついた。こうなったらもう何を言っても無駄なのである。
 ハイになった酔っ払いに敵う者はいないのだ。得にフーケの場合はそれが顕著だ。
 この場で一同全員で作戦会議をする事をあきらめ、リゾットは惨状の中でも信頼できる二人に絞って声をかけた。

「ホルマジオ、プロシュート……」
「……しょーがねぇーなぁぁぁぁぁ……何があった」
「――どうした、リゾット」

 ホルマジオはやれやれと肩をすくめながら、プロシュートは気持ちを切り替え修羅場の表情でリーダーに問い返す。

「ああ。一寸な……イルーゾォが言っていた話は、本当か?
 替え玉が用意できなくなったという話は……」
「ああ、残念ながらな」
「まぁ、不可抗力って奴よ」

 あくまで率直に自分達の不手際を認めるプロシュートとは対照的に、ホルマジオはにっかり笑って、

「ギアッチョの奴が請け負った仕事に不手際があってなぁー……いや、俺達のじゃなくて依頼人のほうにな。
 敵の護衛に、スクウェアクラスのメイジがいたのを見落としてやがった。悪い事に『偏在』使いの風のメイジでな。閃光のなんとかつったか」
「それで、標的を生かして捕らえる余裕が無くなったらしい……それがどうした? 違約金なら多目にせしめたぞ」
「……しばらく教師を続けなきゃならなくなったと思ってな」

 リゾットの口にした言葉には、二人だけではなく周りで騒いでいた連中までもが我に返って目をむいた……完全に入ってしまったペッシと、気絶したイルーゾォは帰ってこなかったが。

「な、どういう事だリゾット!」
「死体無しでは、怪しまれるからな」
「おいおいおいおいおいおい……適当にでっち上げればいいだろ」
「……無辜の人間を、か? 確実に怪しまれるぞ……オールド・オスマンは特にな」

 自分と同じ格好の人間が行方不明になり、同時期に自分がぐちゃぐちゃになって死んだとなれば……一寸頭のいい人間なら、関連性を視野に入れるはずだ。事が大逆犯の逮捕というだけに、騎士団は些細な事件など見逃すかもしれないが、オスマンが見逃すと考えるのは楽観的に過ぎるというものだ。
 『死体』の調達はあくまで『暗殺』という、土くれとは無関係に見える現象によって調達せねばならない。
 そうでなければ、確実にばれる。
 かといって、死体無しでいなくなっては……

「余程遠い場所から浚えば兎も角……今からでは時間もない」
「……俺達も丸くなったもんだな」

 プロシュートが、嘆息して忌々しげに吐き捨てる。
 かつて、『飛行機が落ちるよりは被害が少なくてすむ』等と言いながら列車丸ごと巻き込んで殺戮しようとした男が、無辜の人間一人殺すのに躊躇っている。その現実が、この生粋のギャングには苛立たしいらしい。

「それとは違うだろう……けど、そこまでして残る必要があるのか?」
「今の状態で『死ぬ』デメリットが大きすぎるからな。星屑騎士団の事も気になる。
 お前達は先にゲルマニアへ脱出していてくれ。俺も、機会を見て『死』んで後を追う。村で落ち合おう……DISCの扱いについては、フーケに任せる」
「あいよ。精々高く売り飛ばしてやるよ……国が買えるぐらいにね」
「やれやれ、大仕事を前にリーダー不在か」

 意気揚々と笑うフーケをよそに、これからの心労に思いをはせ、メローネは思いの限り脱力した。
 何せ、これから行くゲルマニアでは、『皇帝暗殺』というとてつもない大仕事が待ち構えているのだ……それをリーダー不在でやる事がどんなに困難な仕事となるか、考えるだけで欝だ。

「連絡すら取れねえんだろ? やれやれ、本当に面倒だぜ」
「あそこは国力はあるが、スタンド使いの数は少ない……お前達ならやれるだろう」

 理由は分からないが、ゲルマニアという国には自分達と同じように召喚されるスタンド使いが極端に少ないのだ。
 余談だが、リゾットたちが召還されたのはフーケの故郷であるアルビオン、承太郎達、星屑騎士団のスタンド使いはトリスティン、ラバーソールはガリア王国の出身(?)である。

 確かに、この国やガリア王国の王様を殺すよりは難易度が下がるだろうが、困難な事に変わりは無い。スタンドと違い、メイジの使う魔法は非常に凡用性が高く、百戦錬磨の彼らでも苦戦させられる場面が多々あるのだ。
 間違いなく、この世界に着てから最難関であろう仕事を前に、我らが兄貴は襟元を正し……

「兄貴~! きいてるんスカ兄貴ぃ~~~~!」

 シリアスな雰囲気をぶち壊す弟分に、『よし。後でぶちのめす』と決意するのだった。






(――ふむ)

 『博士』は、視界の先で繰り広げられている会話に、興味心身で聞き入っていた。
 並んでいるのは、騎士団の人間と、王立魔法研究所の所長であり、会話の内容は……

「だから、我々にそんな事を聞かれても困るといっているんだ! 魔法学院に人が忍び込んで、どうして我々が調べられなきゃならないんだ!?」
「しかし、現にあなた方は先日も学院の使い魔を無断で……」

(流石に、動きが早いな……オールド・オスマン)

 襲撃から一晩しか立っていないというのに、既に騎士団を動かすオスマンの器量に感嘆させられると共に、自分の今現在の上司とどうしても比べてしまう。

「そんな事は知らん! ええい! 研究の邪魔だ!」

 縄張り意識むき出しで怒鳴り散らし、王家の命で来ている騎士団の連中を叩き出すその姿は、どう考えてもオスマンよりも遥かに格下である判断せざるをえない。
 王立魔法研究所の歴史上異例の若さで所長に就任し、数々の画期的な発見を遂げている、無能とは程遠い人物ではあるのだが……精神的に幼稚な部分が目立ち、『天才と何とかは紙一重』を地で行くような人物だった。

 あの幼稚さは、騎士団の追及から自分たち研究員を遠ざけてくれるし、所長の才能は人格上の欠点を補って余りある貴重なものだと考えていたから、『博士』は軽蔑するなどもってのほか、尊敬の念すら抱いていたが。

(この人は、『先』には至れないだろうな)

 漠然とした思いと共に、視線を手元の擂鉢に戻す。仲に山盛りにされているのは、それだけで立派な庭付きの一戸建てが立つほど値の張る代物で、秘薬の材料だ。砕きすぎると薬効が薄れるため、慎重に扱わなければならないものだった。
 それらをプチプチと潰しながら、ラバーソールによってえられた成果に思いをはせた。

(正直、学院のメイジが目覚めたと聞いて……サンプル程度にしか期待してなかったんだがな。
 全く、あれほどまでの『力』を見せてくれるとは)

 襲撃の失敗によって、学院側は侵入者対策をガチガチに固め、学院に寝泊りする二人を誘拐するチャンスが激減するだろう。
 アカデミーにかけられた嫌疑がどうなろうと、それだけは揺るがしようがあるまい。
 だが、『博士』にとってはそれらの重要な事態も些細な事に過ぎない。彼は意外と突き抜けたポジティブさの持ち主だった。

(絶大なる収穫だ……彼らは、『貴重』なサンプルなどではなかった。『極上』のサンプルだった。百の失敗に値する収穫だぞ、これは。
 我らに『先』に至る『可能性』を見せてくれた……ふむ、しかしガンダールヴか)

 ガンダールヴは伝説の使い魔であり、始祖ブリミルの虚無によって召喚された者の筈だ。
 という事は、それを召喚したというルイズ・フランソワーズは……虚無の担い手なのだろうか?

(ふむ)

 ありえない話ではないだろう。
 彼女の起こした爆発は、『黄の節制』の防御をたやすく突き抜けて、ラバーソールにダメージを与えた。
 『この世の極小の粒』を操るとされている虚無ならば、肉の防御くらい簡単に突き抜けるだろう。

(ヴァリエールの三女が虚無の担い手ならば、ふむ、面白い。
 是非研究してみたいな……始祖ブリミルの『虚無』は、『先』の力なのか?
 取るに足らない系統の一つなのか? それとも……『先の先』?
 解剖して、その体の隅々に至るまで解析すれば……虚無の全貌がわかるやも……おや?)

 気が付けば、擂鉢の中身は完膚なきまでに砕かれ、粉末状になっていた。
 明らかに砕きすぎである……又やってしまったと『博士』は頭を掻いた。
 思考に熱中すると周りが見えなくなるのは彼の悪い癖だった。
 まぁ、これはこれで使いようはあるが。
 水でぬらして発酵させれば、更に高価な秘薬の一種になるのだ。
 想定していたものとは違うが、仕方が無い。

(何にせよ今やるべき事はないな……騎士団の眼が厳しいうちは一旦自重するべきか)

 砕きすぎた粉末と同じだ。一旦時を置けば高価なものになる。
 運命も、今は遠くとも時間を置けば、近づき掴みやすいものとなろう。
 それまでは。

(つかの間の安息と、しゃれ込もうか)

 そして、その安息が明ければ、又激動の時間がやってくるのだ――







 フリッグの舞踏会――そこで踊ったカップルは結ばれるという、年頃の青少年が信じやすいかにもな伝説のある、学院の伝統行事である。
 オスマンに呼び出されてから今まで爆睡し、完全とはいえないものの前後不覚になるほどの疲労から回復した才人は、貴族達の豪華絢爛な行事を、バルコニーから眺めていた。
 実にあきれ返るほどの豪華さである。
 料理もさることながら踊ってる連中の格好とか、豪華絢爛な装飾とか……なんともはや、現代日本人の感覚からは想像もつかないような世界である。

 真夜中のバルコニーに出ているというのに、室内からの灯りと貴金属による乱反射で真昼のように明るいのである。
 呆れながら、才人はワインとチーズをぱくついて……嘆息する。傍らに立てかけられたデルフリンガーが、カタカタとそんな相棒を囃し立てた。

『踊らねぇーのか? 相棒』
「踊ろうにも、相手がいないよ」

 この舞踏会に参加が許されているのは学院で学ぶ貴族のみであり、平民の参加は許されていない。
 才人は使い魔という事として特例でこの場にいるが……それでも、平民である。
 好き好んで使い魔の平民などという特殊極まるカテゴリの人間と踊ろうという、奇特な貴族の婦女子などいるはずが無かった。

 案外、キュルケなら誘うかもしれないが……その当人はたくさんの男たちに囲まれて笑っていた。
 親友のタバサは踊りになど無関心で料理をむさぼり、その胃袋がブラックホールである事をアピールしていたりする。

 二人の親友同士の姿を苦笑して眺めながら、才人は今一番胸の中で膨らんでいる疑問を、隣にいる相棒に投げかけた。

「それにしても、なんだったんだあいつは」
『さあな……見当もつかねーよ』

 彼自身アカデミーという場所についてはルイズから聞かされていたが、まさか彼らのほうからこうも率先して誘拐を企ててくるなど、思いもしなかったのである。

「お前、何か知ってるんじゃないのか?」
『名前だけさ。武器屋の軒先で腐ってた時に、耳にしたんだ……まさか、あんな得体の知れない力もってるとは思わなかったぜ。
 まぁ、捕まったんだし、そのうち黒幕も割れるだろ』

 よくよく考えたら、このインテリジェンスソードについても、同じくらいに謎が多い。こんなに錆付いているというのにスタンドやら肉やらをスパスパ切り裂くし……本人ですら自分が何故あそこまでの威力を発揮するのか、おぼえていないと来た。

「だと、いいんだけどなぁ」

 何か嫌な予感が胸中を満たすのを、才人は感じていた。
 あの恐ろしい黄色の肉で、本当に終わりなのか……これが、『始まり』に過ぎないのではないかという、最悪の予感が、漆黒のヘドロとなって胸中に張り付いていく。

『ところで、相棒のご主人様はどうしたんだ?』

 暗く沈む才人の表情を慮って、デルフリンガーは話題を変えてみる。
 この場にいない少女の話題を向けられた才人は眉をひそめて、

「さあ……着替えるって言うんで、部屋追い出されてからはしらね」
『知らないって……』
「ったく、人が疲れてるから手伝ってやろうって思ったのに、なんだよあの態度は……」

 グチグチとつぶやいたその時だった。

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~~り~~~~!!」

 ホールの門に控えた呼び出し衛士が、ルイズの到着を告げたの


「…………」
『……こりゃおでれーた! 馬子にも衣装だな!』

 ホールに入って来たルイズの姿に、才人は絶句し、デルフリンガーは驚いたように感嘆詞を漏らした。
 ホワイトのパーティドレスに身を包み、バレッタで髪をまとめたルイズの姿は、普段の彼女からは想像もつかないくらいに輝かしい美しさがあり、只でさえ可憐と表現してよかった彼女の魅力を、より一層引き立てていた。
 これには四六時中一緒に居た才人もびっくりだ。

 ホールに現れたルイズの魅力を見た貴族たちは、彼女がパーティの主役という事もあって、こぞって彼女をダンスに誘う。
 今までゼロのルイズと馬鹿にしていたというのに、掌を返したような扱いである……その反応が気に食わないのだろうか?
 ルイズは彼らの誘いを悉く断り、バルコニーで寛ぐサイトの元へとやってきた。
 明らかに悩みを抱えてます、という顔つきの才人に、ルイズは両手を腰に当て、

「楽しんでる……用には見えないわね」
「なぁな……あの、『ラバーソール』の事が気になってしかたがねーんだ」

 才人は狙われた本人であるし……デルフリンガーから金で動く傭兵だと聞いてからは、それを雇った者の存在を不気味に感じずにはいられなかった。

「ふぅん……」
「そういうお前はどうなんだよ、踊らないのか?」
「相手がいないのよ」
「一杯誘われてたじゃねえか」
「……お、踊って差し上げても、よろしくてよ?」
「踊ってください、じゃねえのかよ」

 自分の相棒と、そのご主人様の、見事にすれ違ったやり取りに、デルフリンガーは声を潜めて笑った。
 何という事は無い。ルイズは、掌を返した男共に怒ったのではなく、踊る相手を最初から決めていただけなのだ――

 しばらくの沈黙が二人の間に横たわった。
 横臥するそれの存在は決して不快ではなく、心地よい程度に加速した鼓動と、酸味のある感情を胸に抱かせる心地の良いものであった。

「もう、今日だけだからね」

 その空気を打ち破ったのは、差し出されたルイズの掌。

「私と一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」






(今頃は、餓鬼共が舞踏会ではしゃいでるんだろうな……)

 酒気で火照った頬に夜風を浴びながら、フーケは学院で行われている舞踏会に思いを馳せる。
 アジトの外にある切り株の上で、彼女は二つの月を見上げて呑みなおしていた。
 豪華絢爛な食事も、貴族たちとの語らいも、没落貴族にとっては貴重なものであったはずだが、彼女の食指が動く事はない。
 今の彼女にとっては、大した価値が無い。
 今、このアジトで仲間たちと囲む酒宴のほうが、舞踏会などに参加するよりも余程愉しかった。
 安物の干し肉は豪華絢爛な食事よりも彼女の食欲を刺激したし、仲間たちと交わす下卑た冗談はどんな貴族の褒め言葉よりも耳に心地いい。
 酒は同じくらいに高級品だが、例えコレが安物でもフーケは仲間達との酒宴を選ぶだろう。

「――ここにいたのか」

 月見酒に興じる最中に声をかけられても、フーケの上機嫌は崩れる事がなかった。くるりと背後を振り向いて、

「あら、リゾットじゃない」
「この上月見酒とは……相変わらずのザルだな」
「そりゃあ、子供の頃からあんた達に鍛えられたからね」

 何気に仲間達の中で誰よりも酒量のあるフーケは、からからと笑ってみせた。
 全く、目の前の連中と着たら、年端も行かない頃の彼女に平然と酒を勧める不良共だったのである。
 その彼女が今となっては、彼らを上回る酒量を誇っている。
 リゾットはフーケの傍……草の上にどかりと座り込んで、共に月を見上げる。

「何か、思い出していたのか?」
「ん? ああ……学院で舞踏会があるなって、そう思っただけ」
「そうか……」
「あんたは参加しないでよかったの? リゾット」
「豪華な舞踏会より、あいつらと飲むほうが愉しいからな」

 自分と全く同じ意見を、この鉄の男が持っている事にフーケは驚くと共に、快活に笑った。
 酒も手伝ったのだろうが……こんな、愉しい気分は久しぶりだったのである。

「そう? あんただと貴族のお嬢様に引っ張りだこだと思うけど……」
「どうだろうな……あまり興味が無い。そういうお前はどうなんだ?」
「……何がよ」
「学院に、未練は無いのか?」

 死んでまで放棄してきた場所への未練、と言われて、フーケは一瞬考え込んでしまった。
 彼女は貴族が嫌いであり、それを鼻にかける連中が反吐が出るほど嫌いだ。
 魔法学院などはそういった蛆虫共の巣窟であり、あそこで暮らしている間、彼女は蛆の海を泳いでいるようなおぞましさから開放される事はなかった。
 それを知った上でのリゾットの質問は、無礼な行為であり起こって当然と言う類のモノだった筈だが……フーケは何故か、怒る気になれなかった。
 リゾットが言いたい事は、大体分かっているのである。

「……オスマンのジジイが、あたしが死んだ事で何か言ってたのかい?」
「ああ。かなり悲しんでいるように見えた」

 フーケの脳裏をよぎるのは、蛆虫の海の中で見つけた、幾人かの例外の事。
 食わせ物の医務室の主、禿げた頭の研究者、セクハラ連発なスケベ爺……彼らは全員、平民と貴族の垣根の無い人間であり、没落貴族であるフーケを完全なる同格の存在として扱った。
 彼らは自分の死に関して怒るだろうか? 悲しむだろうか? 少なくとも、他の貴族たちとは違う反応を示してくれるだろう……彼女はそれを確信していた。
 だが、

「だからって、戻りたいとは思わないさ」

 所詮、彼らはフーケとは違う。フーケは『持たざる者』で、彼らは『持つ者』なのだ。双方の間に共感が存在する事はありえないし、する気も無い。
 彼らから向けられる感情が、どれだけ暖かいものであってもだ。

「あたしの居場所はアンタ達の中。そこ以外にはないよ」
「そうか……」

 リゾットはそれ以上何も言わずに、無言で星空を見上げる。
 フーケもそれを追って空を見上げ……星空の絨毯に横臥する二つの月を、眼を細めて眺めた。






『おでれーた! 相棒はてーしたもんだぜ! ご主人様のダンスの相手をする使い魔なんて、始めてみたぞ!』

 デルフリンガーが驚嘆する眼前で、主従は踊る。

 ダンスの経験絶無の才人だったが、ルイズが彼に調子を合わせて踊ってくれたおかげで、なんとか体裁を保つ事はできた。
 とはいえ、ぎこちないステップと流れるようなステップの生み出す不協和音は避ける事ができなかったが……

「ありがとう」

 舞踏の最中、ルイズが何の前触れも無く礼を口にしたので、才人は驚いた。

「な、何がだよ……?」
「だって、灯の悪魔の時とか、昨日の傭兵の時とか……私を助けてくれたじゃない。危ないところを、その、抱き上げて……」
「……気にすんなよ」

 照れ隠しをするようなルイズの様子に、才人は笑った。
 ああ、畜生……今日のこいつ可愛いじゃねーか! と頭を抱えたくなる。

「俺は、お前の使い魔だろ? 守るのは当然の事さ」

 かっこつけて言い切って、自分がギーシュのような言動をしている事に気付き、一寸へこんだ。






 目を覚ましたら……目の前に、天井があった。

(なんだか、前にもこんな事があったような気がするな)

 ボーっとして精彩を欠く頭でコメントして、それがいつだったかを思い出す。
 そうして辿り着いたのは、リンゴォと言うゼロの使い魔との決闘……その後に直行した医務室での目覚めだった。
 それと比べると、あたりがかなり暗く、時刻は夜中であるようだった。

(と、いう事はここは医務室? 確か、僕は……)

 少しずつ少しずつ回転を早める頭脳でもって、紐を手繰るように自分がここにいる理由を思い出す。
 真夜中に現れた星屑騎士団の隊長。
 名前で悩む自分と、それに声をかけてきたゼロの主従。
 三人に声をかけてきた衛兵。
 衛兵に化けた黄色い肉を操るスタンド使いとの、恐ろしい戦い。
 皆の援護を得て掴み取った、薄氷の勝利……

(あ、そうか……僕はあの後痛みで気を失って倒れたのか)

 その時の痛みと右拳の惨状を思い出し、ギーシュの顔面から血液が全面撤退を開始した。
 水の秘薬を使えば十分に治る怪我だとわかっていても、自分の手がぐちゃぐちゃのボロボロになっていたのだ。
 ばっと、己の右腕を目の前にかざそうとして……そこで始めて、自分の腕に感じる圧迫感に気付いた。
 自分の腕を押さえつける物の正体を把握しようと、視線をめぐらせたギーシュはその意外な正体に目を丸くする。

(へ? も、モンモランシー??)

 ベッドに横たわるギーシュの体によりかかるようにして眠っていたのは、モンモランシーその人だった。
 気付いてから、息を呑む。彼女は、いつも着ているような素っ気の無い制服ではなく、若葉色のパーティドレスに身を包んでいたのだ。
 只でさえ普段ではお目にかかれない姿の彼女に、医務室の窓から漏れる、双月の灯りがデコレーションされて、幻想的な美しさをギーシュの網膜に焼き付けて……

「も、モンモランシー……君はなんて美しいんだ……」

 そんな彼女の姿に見とれてしまい、ギーシュは自由な左手でモンモランシーの髪の毛に手を添えて……ふと、気が付いた。気が付いてしまった。

(あれ? ……なんでモンモランシーはパーティドレスなんて着ているんだ?)

 素朴て単純な慰問である。パーティドレスとは文字通りパーティの際に着るものであり、日常やお見舞いの際に着るものではない。
 それは紳士淑女のたしなみである。
 ひょっとして……パーティか何かの帰りに来てくれたのか?
 そこまで考えが至れば、十分だった。

「あ゛」

 そう。今日は確か……フリッグの舞踏会。
 学院の恋する乙女達が待ち焦がれる一大イベントの、当日なのである。

(つ、つまりモンモランシーは、フリッグの舞踏会の帰りにここに立ち寄って……
 ぼ、僕は思いっきり寝過ごしたのかァーーーーーーーーーッ!!?)

 内心で絶叫する我らがギーシュ。思い出されるのは、フリッグの舞踏会を前にしてルンルン気分で選んだ装飾品を抱えて、『自分以外の人間と踊ったらオラオラよ』と顔を赤くして告げてくるモンモランシーの姿だ。
 自分の想い人の思わぬ姿にハートを直撃され、2も3も無く首肯したギーシュだったが……

(ま、不味いぞ! 彼女は、今日と言う日に僕と踊る事を楽しみにしていただろうに……それを寝過ごすとはなんたる不覚!)

「んみゅ……ギーシュ……!?」

 ――傍らで目覚めたモンモランシーの声は、比喩でも揶揄でもなくギーシュの時を凍りつかせた。
 そこで始めて、自分の動揺した気配が彼女を刺激し、目覚めさせてしまたことに気付く。
 猫みたいな寝息がかわいらしかったとか、そういう理由からではない。
 彼女との約束をすっぽかした自分に対する罪悪感からくる硬直……故にギーシュは一言も発する事ができない。
 モンモランシーの寝ぼけ眼が、自分を確認した瞬間怒りに燃えたことも、それを助長した。

「あ、いや……モンモランシー!? ぼ、僕は、あの……ご、ごめん! まさか、寝過ごすとは……!!」
「…………」

 わたわたと弁明するギーシュに、モンモランシーは――

 ぽろっ

 何の前触れも無く。
 見開いた両の眼から、大粒の涙を落とした。

(へ????)

 一瞬、寝ぼけた結果流れた涙かと思ったが、違った。モンモランシーの怒れる双眸からは次々と涙が溢れ出し、シーツに雨粒となって落ちる。

「よかっ……た……」
「も、モンモランシー?」
「この馬鹿ぁ……」

 なじる言葉にも力が無く、その小さな体は頼りなく震えるだけだった。

「なんであんたは……そうやって危険なところに飛び込んで死に掛けるの? 今月何回目だと思ってるのよぉ……」

 モンモランシーは、怒りつつも己の正直な心情を吐露した。ギーシュの決闘による瀕死の重症をきっかけとした連続入院は、彼女の心に喪失の恐怖を植えつけていたのだ。
 退院しては死に掛け、退院しては死に掛け……モット伯の一軒で彼女自身が痛めつけた分を含めれば、もう4回目なのである。
 しかも、今回は彼女の見ていないところで勝手に戦って勝手に死掛けたのだ。不安を感じないほうが、おかしい。
 正直、フリッグの舞踏会の事など、彼女の脳裏から完全に消えうせていた。

「モンモランシー……大丈夫だよ。僕は……」
「何が大丈夫なのよっ……人にコレだけ心配させておいて……」

 必死で慰めようとするギーシュだったが、全てが徒労に終わる。
 泣く子にゃ敵わぬという表現ではないが、今のモンモランシーはギーシュの言葉に聞く耳を持たなかったのだ。
 とうとうベッドに突っ伏して、啜り泣きを始める彼女を前にして、ギーシュは苦悩した。

 一体どう説得したものか……女性に喜ばれ慕われる経験は豊富でも、マジ泣きされた経験は絶無に近いギーシュでは荷が重かった。
 いつもの気障な言葉では余計泣かせてしまう事くらいは理解できる分、不自然な沈黙が続いてしまい……ふと、その沈黙の中でギーシュは思い出したことがある。

 ゆっくりとした動作でむずがるモンモランシーの頭をなで、スタンドを傍らに出現させると、ギーシュは意を決して言葉を紡いだ。

「モンモランシー、今日の君は水の精霊のように美しいね」
「……! 何よ! 私は真剣な話を……」
「その君に誓おう」

 激昂しかけるモンモランシーを抑え、ギーシュは宣言する。

「水の精霊に誓うように、君に誓おう。
 来年のフリッグの舞踏会を、君と一緒に踊る事を誓う」
「――え?」
「それまで僕は絶対に死なないし斃れないから、心配しないでおくれモンモランシー」

 フェンスオブディフェンス。柵で守る者……それがギーシュのスタンドにつけた名前であり、意味。

(僕と僕のスタンドは、君への誓いを絶対に守り通して見せる)



 その時のギーシュは、いつもの気障なノリではないにしろ、そこまで事態を重く見て誓いを立てたわけではない。



「そ、そういえばフリッグの舞踏会は……?」
「へ!? い、いや……僕に聞かれても困るよ……多分、終わってるんじゃないかな」



 故に、彼は知る由も無かった。
 彼がたった今恋人に立てた誓いが、とてつもなく困難な道であるという事を。



「そんなぁ……せっかくめかしこんできたのに……」
「ご、ごめんよモンモランシー……」
「……べ、別にいいのよ。ギーシュだけのせいじゃないし。それより……」



 『困難な道』に『栄光の光』を降り注がせ、『光り輝く勝利者の道』へと変える事が出来るのか?
 その答えをギーシュが掴むのは、大分先の事である。



「さっきの約束、守ってよね!」













ギーシュ・ド・グラモン: 退院後、訓練場でスタンドの能力把握にいそしむ事となる。

モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ:寝起きでギーシュにわめいた内容が恥ずかしかったらしく、しばらくは合うたびに顔を赤くしていた。

平賀才人: ギーシュの特訓に付き合って、ガンダールブの使い方の把握にいそしむ。なお、食事事情はテーブルについての食事が許されるなど、改善されたようだ。

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール: 相変わらずのツンデレ女王様ぶりだったが……才人に着替えを手伝わせたりはしなくなったらしい。

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー:敵にダメージを与えられなかったのが堪えたのか、影で色々特訓するようになった。

タバサ: キュルケの特訓に付き合ったりして、髪の毛一本分ほど人付き合いに積極的になった。

イカシュミ・ズォースイ(リゾット・ネェロ):引き続き学院への潜入を続行する事となった。

ジョータロー・シュヴァリエ・ド・クージョー: ラバーソールにオラオラをぶちかまして事情聴取する。

オールド・オスマン: フーケへの対応が完全に後手後手に回った事に歯噛みし、全国指名手配の礼状を申請。

ラバーソール:承太郎にオラオラされて事情聴取されるも、彼の情報に価値はなかった。

『博士』:雌伏の時という事で、暇な時は家でゴロゴロしているらしい。

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