ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十七章 真実を探す者、真実を待つ者

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匿名ユーザー

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アルビオン空軍工廠の街ロサイス。
そこに元レコン・キスタ総司令にして現アルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルは側近とともに来訪していた。
目的はアルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号の改装の視察である。
『レキシントン』はアルビオンが革命戦争(と、レコン・キスタでは先ほど終結した内戦を呼んでいる)の際に、反旗を翻した船で、元の名を『ロイヤル・ソヴリン』という。
「何とも大きく、頼もしい艦ではないか。このような艦が与えられたら、世界を自由に出来るような、そんな気分にならんかね? 艤装主任」
「わが身に余りある光栄ですな」
『レキシントン』号の艤装主任にしいて、艤装終了後は艦長となるサー・ヘンリー・ボーウッドが気のない返事を返した。
ボーウッドはクロムウェルを快く思っていない。彼は軍人であり、上官の命令に服従するが故にレコン・キスタに組したが、心情的にはアルビオン王国側だったのだ。
「見たまえ、あの大砲を! 余の君への信頼を象徴する、新兵器だ。アルビオン中の錬金魔術師を集めて鋳造された、長砲身の大砲だ! 設計士の計算では……」
「トリステインやゲルマニアの戦列艦が装備するカノン砲の射程のおおよそ一・五倍の射程を有します」
「そうだな、ミス・シェフィールド」
ボーウッドは途中でクロムウェルの言葉を引き継いだ長髪の女性を見つめた。冷たい雰囲気のする、二十台半ばくらいの女性だった。
細い、ぴったりとした黒いコートを身に纏っている。見たことのない、奇妙ななりだった。マントもつけていないため、メイジでもないらしい。
クロムウェルは満足げに頷くと、ボーウッドの肩を叩いた。
「彼女は、東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきたのだ。エルフより学んだ技術で、この大砲を設計した。彼女は我々の魔法の体系に沿わない新技術をたくさん知っておる」
「なるほど。しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為ととられますぞ?」
この『レキシントン』は国賓としてクロムウェルを始めとする神聖アルビオン共和国(新たなアルビオンの国名だ)の重鎮の御召艦としてトリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に参加する予定である。
親善訪問に新型の武器を積んでいくなど、相手国への遠まわしな脅迫であり、砲艦外交ここに極まれり、である。

アルビオンの伝統、ノブレッス・オブリージュ…高貴なる者の義務を信奉する彼にとって、そのような下品な真似は虫が好かないのだった。
「ああ、君には『親善訪問』の概要を説明していなかったな」
何気ない風を装って呟くと、クロムウェルはボーウッドを二言、三言耳打ちした。それを聞いたボーウッドの顔色が変わる。目に見えて蒼白になった。
「馬鹿な! トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではありませんか! このアルビオンの長い歴史の中で、他国との条約を破り捨てた歴史はない!」
激昂するボーウッドに、クロムウェルは静かに言い聞かせた。
「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許さぬ。これは、議会が決定し、余が承認した事項なのだ。いつから君は政治家になった?」
ボーウッドは軍人であり、彼にとっての軍人とは命令を忠実に執行する物言わぬ番犬である。こういわれては黙るほかにない。
「……アルビオンは、ハルケギニア中に恥をさらすことになります。卑劣な条約破りの国として、悪名をとどろかすことになりますぞ」
ボーウッドが苦しげにいうと、クロムウェルは鼻で笑った。
「ハルケギニアは我らレコン・キスタに統一されるのだ。聖地をエルフから取り戻した暁には、そんな些細な外交上のいきさつなど、誰も気に留めまい」
「条約破りが些細な外交上のいきさつですと? 貴方は祖国を裏切るつもりか!?」
ボーウッドがクロムウェルに詰め寄ると、その脇に控えていた男がすっと杖を突き出し、ボーウッドを制した。その男の顔を見て、ボーウッドが声を上げる。
「で、殿下?」
果たしてそれは、討ち死にしたと伝えられる、ウェールズ皇太子であった。咄嗟に膝をつき、ウェールズの差し出した手に接吻する。その手は氷のように冷たかった。
クロムウェルは満足そうに頷くと、周囲に促し、歩き出した。ウェールズもその後に続く。
ボーウッドは呆然と立ち尽くしていた。

クロムウェルは傍らを歩く貴族に話しかける。ワルドだった。羽帽子を被り、失われたはずの左手は義手が取り付けられている。
「子爵、君は竜騎兵隊の隊長として、『レキシントン』に乗り組みたまえ」
ワルドは密かに安堵した。空の上でなら、あの男…リゾットと出会うことはあるまい。
「目付け、というわけですか?」

クロムウェルは首を振ってワルドの憶測を否定した。
「あの男は決して裏切ったりはしない。頑固で融通が効かないが、だからこそ信用できる。余は魔法衛士隊を率いていた、君の能力を買っているだけだ。竜に乗ったことはあるかね?」
「ありませぬ。しかし、私に乗りこなせぬ幻獣はハルケギニアに存在しないと存じます」
だろうな、と言ってクロムウェルは微笑んだ。それから、不意にワルドの方を向いた。
「子爵、君の目的は何だ? 君の忠誠を疑うわけではない。が、トリステインにいても栄華は極められただろうに、何故こちらに裏切った?」
「『聖地』です。私の探すものはそこにあると思いますゆえ」
「信仰か。欲がないのだな」
元聖職者でありながら信仰心の欠片も持たないクロムウェルは笑った。
ワルドは首から提げたペンダントを開き、その中の肖像画を見る。綺麗な女性の肖像だった。それを見ていると、ワルドの心が……リゾットによって恐怖に打ちのめされた胸の奥が、再生されていくのだった。
しばし極小の肖像を見つめた後、ワルドは呟いた。
「いえ、閣下。わたしは世界で一番、欲深い男です」

第十七章 真実を探す者、真実を待つ者

キュルケたち一行は焚き火を取り囲み、リゾットの話す異世界の話を聞いていた。
自分が魔法のない異世界から来たこと、スタンドと呼ばれる異能力を持つこと、そしてスタンド使いがこちらの世界に召喚されていること。
タバサとキュルケは既に聞いていたので、ギーシュとシエスタに対する説明が主なものだったが、四人とも興味深げに耳を傾けていた。
「う~ん……。突飛もない話だなあ」
「月が一つしかなくて、貴族のいない世界っていわれても、想像できませんね……」
「でも、事実。そう考えたほうが色々なことが筋が通る」
半信半疑といった二人に、タバサが淡々と付け加える。
「まあね、僕もあの館でいろんな変な道具を見てなければ笑い飛ばしていたところだったけど……」
「信じられなければ、信じる必要はない。今までどおり、東方から来たと思ってくれていても一向に構わない」
「い、いえ、信じます! リゾットさんは意味もなく嘘をつく人じゃないって、分かってますから!」
慌ててシエスタが取り繕うが、リゾットに嘘は通じない。半信半疑レベルであることは表情や仕草から分かっていた。
「無理しなくていい。信じられないのが当然だからな」
「……はい」
内心を読み取られたことが恥ずかしいのか、シエスタは顔を赤くしてうつむいた。
「ま、相棒はどこから来たって相棒ってことよ!」
「そうですね。……あ、私、ご飯の様子見てきますね!」

「次はどこへ?」
リゾットの話は終わったと判断して、タバサが次の行き先を尋ねる。
「そろそろ、学院へ一旦戻ったほうが良いと思うんだが。学院を勝手に抜け出してしまったことだし。キュルケ、君はどう思う?」
DIOの館で財宝探しの目的を達成したギーシュはさっきから黙っているキュルケに話題を振ってみた。キュルケは答えず、爪の手入れをしていた。
無視されたことにギーシュは少し苛立つ。

「聞いているのかね?」
ギーシュが多少、声を荒げると、やっとキュルケは顔を上げた。
「……え? ごめんなさい、ちょっとぼんやりしていて、聞いてなかったわ」
「だから、僕はそろそろ学院へ戻るべきだと思うんだが、君はどうかね?」
「そうね…」
そういったきり、心ここに在らずと言った風情でまた押し黙ってしまう。ここ数日、夕飯などの自由な時間になるとキュルケはこんな調子だった。流石にリゾットも心配になる。
「大丈夫か? 疲れてるなら、今日はもう寝た方が……」
「大丈夫。ダーリンに気遣ってもらえて嬉しいわ」
頬を染めて笑うが、その笑顔にも妙に影があった。横で見ていたギーシュはそれを見てどきりとする。
今のキュルケは酷く儚げで、普段とは全く雰囲気が違っていたからだ。要するに、今までとは違う意味で色気がある。
(いかんいかん、僕にはモンモランシーがいるじゃないか)
頭を振って、ギーシュは今の感覚を振り払う。
「キュルケの体調も良くないようだし、リゾットには悪いがもう帰ろうじゃないか」
「そうだな……」
リゾットも同意する。しかし当のキュルケが顔をあげて反対した。
「大丈夫よ! 少し考え事をしていただけ! いつもどおりよ」
「……本当に体調は悪くないんだな?」
「ええ」
リゾットが真偽を確かめるため、キュルケの顔を覗き込む。キュルケは心臓の鼓動を抑えるのに苦労した。
「……嘘はついてないな。分かった。信じよう」
タバサは読んでいた本越しに二人を見て、首を傾げた。

実際、キュルケは体調が悪いわけではない。ただ、彼女は悩んでいただけだ。
手がかりが見つかればリゾットが喜ぶと思うが、それは同時にリゾットが元の世界へ帰る日が近づくことを意味する。それは嫌だった。
昼間はやることがあるので考えないようにしているのだが、こういった空いた時間になるとそれらが浮かび上がり、キュルケの思考はそこに流れるのだった。

「確かにギーシュの言うことにも理がある。もう一ヶ所回ったら一度戻ろう」
「あの貴族の娘っ子もそろそろ機嫌を直してるかもしれないしな」
リゾットがデルフリンガー、タバサと最後の一箇所を選び始めると、シエスタが明るい声を上げた。
「みなさーん、お食事ができましたよー!」
シエスタは、火にかけた鍋からシチューをよそって、めいめいに配り始めた。いい匂いが鼻を刺激する。
「こりゃ旨そうだ! と思ったら本当に旨いじゃないかね! 一体何の肉だい?」
ギーシュがシチューを頬張りながら呟いた。皆も口にシチューを運んで、旨い! と騒ぎ始めた。シエスタが微笑んでいった。
「オーク鬼の肉ですわ」
途端、全員シチューを吹き出した。今日の昼間、オーク鬼を倒したところなのでまさか……という気分になる。
「じょ、冗談です! 本当は野うさぎです! 罠を仕掛けて捕まえたんです!」
予想以上のリアクションにシエスタは焦って撤回する。キュルケなどは思いっきり咳き込んでいた。
「お、驚かせないでよね。でも、あなた器用ね。こうやって森にあるもので、おいしいものを作っちゃうんだから」
「田舎育ちですから。これは私の村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです」
シエスタは褒められたのが嬉しいのか、鍋をかき混ぜ、自分の皿にもよそいながら嬉しそうに説明する。
(ちなみに当初、シエスタは貴族の面々に遠慮して最後に一人で食事していたが、リゾットの「チームを組んで行動しているのに平民も貴族もない」という意見で、全員で食べるようになった。)

「父から作り方を教わったんです。食べられる山菜や、木の根とかを入れて、煮る。父はひいおじいちゃんから教わったそうです。私の村の名物なんですよ」
安心したのか、タバサがお代わりを要求し、シエスタはシチューをよそった。
おいしい食事を食べれば当然、みんな和む。リゾットは学院を出発してから一週間ほどたった今までの成果を振り返った。

あれからいくつかの場所を回ってみたが、いずれもハズレで、DIOの館以上の成果はなかった。
ケニー・Gを倒し、タバサが目覚めた後、館を探索したところ、黄金を始めとする大量の財宝・美術品の他に書物や電化製品、そしれそれに増して危険な品々が発見された。
財宝・美術品についてはギーシュとキュルケがしかるべきルートで換金し、書物に関しては好きなときに閲覧させてもらえるという条件で学院へ寄贈する予定だった。
美術品はいずれも地球ならば数十万から数千万ドルの値がつく品々だったが、美術品の値段は周囲の評価で決まる。
そのため、ハルケギニアでは売れないのでは、とリゾットは思ったが、キュルケに言わせるとそれならそれで売り方があるらしい。
残りの様々な物については使えそうな物、売れそうな物は持ち出し、使えそうにない物に関しては館に残した。
売却額がいくらになるか知らないが、DIOという人物は相当な資産家だったらしい。財宝だけでも大貴族が目を剥くような財産になる、とキュルケは断言していた。

(ルイズはどうしているだろうか……)
自分の恩人のことを考え、夜空を見上げる。月は変わらず二つ、そこにあった。と、そのリゾットの前に、新たな皿が出された。
見ると、シエスタが申し訳なさそうにはしばみ草のサラダが入った器をリゾットの前においている。
「ええと、ミス・タバサがどうしてもリゾットさんにこれをって……」
リゾットはタバサを見る。同志に対する親愛の視線が返ってきた。もちろん、その手にははしばみ草のサラダを持ち、黙々と食べている。
もはや抵抗する意思をなくし、リゾットは覚悟を決めてはしばみ草を食べた。
「……?」
想像した衝撃は襲ってこない。苦いことは苦いが、耐えられる苦さだった。

「シエスタ、これに何か特別の調理をしたか?」
「いいえ、何も?」
となると、考えられるのは自分がはしばみ草に慣れつつあるという可能性だけだ。人間の適応能力の高さに驚きながら、リゾットははしばみ草を食べ続けた。

食事の後、再び最後の一件を選ぶ。
「やはりここか……」
リゾットは一枚の地図を選んだ。
「なんというお宝だね?」
地図を突き出す。タルブ村の位置が示してあった。
「『竜の羽衣』だ。これで終わりにしよう」
シエスタがぎくりと身体を震わす。
「い、行くんですか? 本当に大した事ないものなんですよ?」
「何よ、貴方。知ってるの? タルブってどこらへんなの?」
キュルケの質問にキュルケは焦った声で呟いた。
「ラ・ロシェールの向こうです。広い草原があって……、私の故郷なんです」

翌朝、一向は風竜の上でシエスタの説明を受けていた。
しかしやはりどこか要領を得ない。とにかく、村の近くに寺院があり、そこに『竜の羽衣』と呼ばれるモノが存在しているという。
空を飛べるらしいが、マジックアイテムでもないインチキのものらしい。妙に恥ずかしそうなので、問いただしてみる。
「実は……、それの持ち主、私のひいおじいちゃんだったんです。ある日、ふらりと村に現れて、その『竜の羽衣』で東の地から私の村にやってきたって、皆に言ったそうです」
「すごいじゃない」
キュルケは素直に感心したようだ。シエスタは言葉を続ける。
「でも、誰も信じなかったんです。ひいおじいちゃんは、頭がおかしかったんだって、皆言ってます」

「どうして?」
「誰もその『竜の羽衣』で飛んでいるところを見たことがないんです。ひいおじいちゃんは『もう飛べない』といって住み着いちゃって。でも、大事なものだったらしくて、お金をためて貴族に『固定化』の呪文までかけてもらってました」
「変わり者だったのね。さぞかし家族は苦労したでしょうね」
「いえ、『竜の羽衣』以外ではいい人だったので、皆には好かれていたそうです」
「インチキじゃあなあ…」
ギーシュはため息をつく。だが、黙って聞いていたリゾットは、逆に『竜の羽衣』に興味が湧いた。
「俺の世界から来たものは大抵、使い方を知らなければインチキにしか見えないものばかりだ。知らべる価値はある」
「『破壊の杖』もそう」
タバサが同意する。
「問題はそれが村の名物ってことだな。仮に何かの手がかりでも、持ち出すわけにはいかない……」
リゾットの呟きに、シエスタは悩みながら答えた。
「でも……、私の家の私物みたいなものだし、リゾットさんがもし、欲しいなら、父に掛け合ってみます」
「まー、実物をみてみねーとなんともいえねーわな」
デルフリンガーが締めくくりを言って、風竜はタルブの村へと羽ばたいた。

さて、一方その頃、魔法学院。
未だにルイズは授業にも出ず、部屋、食堂、浴場、トイレの四箇所をローテーションする生活を続けていた。
リゾットがヴェストリ広場にテントを張っているとの話を聞いて訪れたが、そこはもぬけの殻だった。モンモランシーによると、リゾットはギーシュ、キュルケと授業をサボって宝探しに出かけたという。
何だか楽しそうで、余計に泣けてきた。自分は仲間はずれなのか、とますます落ち込み、今日もベッドの中で泣いていた。
リゾットが使っていた毛布を頭から被る。それを見ているとますます泣けてくるのだが、手放すこともできないのだった。
そんなある日、学院長のオスマンがルイズの部屋を訪れた。ルイズは慌ててガウンをまとい、ベッドから降りる。
オスマンは身体の具合を尋ねると、次に詔の出来具合を尋ねた。ルイズはうつむいて首を振った。

「その顔を見ると、まだのようじゃの」
「申し訳ありません」
「まだ式までは、三週間ほどある。ゆっくりと考えるがいい。そなたの大事な友達の式じゃ。念入りに、言葉を選び、祝福してあげなさい」
ルイズは頷いた。自分のことで手一杯で、詔を考えるのを忘れていたことを恥じた。
(ダメね、私。姫殿下は私との友情を思ってくださって、巫女の大役をくださったというのに……)
オスマンはルイズをしばらく眺め、立ち上がった。
「ところで使い魔のリゾット君はどうしたね? ケンカでもしたのかね?」
きゅっとルイズは唇をかむ。そんなルイズを見て、オスマンは優しい微笑を浮かべた。
「若い時分は些細なことでケンカをするものじゃ。時には素直に気持ちをぶつけてもいいんじゃないかの。リゾット君は大人じゃし、聞いてくれると思うがのぅ。ともかく、ちゃんと話し合わんことには、始まらんぞ」
そういって立ち去る。ドアが閉まった後、ルイズは呟いた。
「些細なことじゃないもん」
それからルイズは机に向かって始祖の祈祷書を開き、目を閉じると詔の作成に精神を集中させる。
目を開くと、ぼやけた視界に映る白紙のページに、何か文字のようなものを見えた。驚いて目をこするともう消えていた。
気のせいかとおもって再び精神を集中する。だが、なかなか集中できない。
これじゃダメだ、とおもって祈祷書を閉じた。落ち着いて、自分の今するべきことを考える。オスマンやキュルケの言っていたことが頭の中をぐるぐると回る。自分は何をすべきか、それを考えると、リゾットと話し合うことから始めるべき気がした。
「……そうよね。今のままじゃ、私は逃げてるだけだもんね…」
何故逃げていたのか? 要するに『覚悟』がないからだ。自分の使い魔と向き合うのを恐れていたからだ。
自分の使い魔を恐れるメイジがどこにいよう? ルイズは椅子から立ち上がった。着替えて外へ向かう。自分の使い魔を追うために。

リゾットたちはタルブ村の寺院を訪れ、『竜の羽衣』を見ていた。木で出来た奇妙な寺院の中に安置された、その濃緑の塗装を施された『竜の羽衣』は『固定化』の呪文のお陰で作られたそのままの姿でそこに存在していた。
キュルケやギーシュは、気のなさそうにそれを見ていた。タバサだけは好奇心を刺激されたのか、興味深そうに見つめている。
やがてリゾットがポツリと呟いた。
「珍しいな……」
「珍しい?」
リゾットの隣にいたシエスタが不思議そうに問い返した。
「どこの博物館だったかな……? 一度見たことがある。日本がまだ帝国だった頃に作成された戦闘機だ」
「あの…リゾットさん?」
シエスタはよく分からない単語を呟くリゾットを心配そうに伺う。リゾットはシエスタを見た。
「お前の曽祖父はインチキなどではない。これは空を飛ぶ。お茶を飲んだときに話しただろう? 飛行機だ」
「アレなんですか!?」
シエスタは目を輝かせる。タバサも目を見張って驚いていた。だが、横で聞いていたギーシュは吹き出した。
「冗談は止めてくれよ、リゾット。これはカヌーか何かだろう? それに翼をくっつけただけのインチキさ。大体、こんな翼じゃ羽ばたけない。羽ばたかないで空に浮かべるもんか」
「あたしもそう思うんだけど……違うの?」
キュルケさえも否定的だった。それほどそれはハルケギニアの技術からはかけ離れていた。説明するのが難しいので、リゾットは答えない。
「シエスタ。すまないが、曽祖父の残したものは、他にないか? 日記とかは?」
「えっと、あとは大したものは……、お墓と、遺品が少しですけど」
「それを見せてくれ」

シエスタの曽祖父の墓は、村の共同墓地の一角にあった。白い石で出来た幅広の墓石の中、一つだけ黒い石で作られ、その趣を異にしている。
「ひいおじいちゃんが死ぬ前に作ったものだそうです。異国の文字でかいてあるので、誰も読めなくって…。なんて書いてあるんでしょうね」
「やはり日本式の墓だな……。生憎、日本語は読めないが、シエスタの曽祖父は日本人だったんだろう」
「相棒、日本って何だい?」
デルフリンガーが興味深げに聞いた。
「日本は…トリステインとか、ゲルマニアとか、そういうのと同じ国名だ。そういえば…」
シエスタの黒い髪と瞳をまじまじと見る。リゾットに見つめられ、シエスタは頬を染めた。
「な、何でしょうか? そんなに見つめないでください……」
「その髪と瞳の色は、曽祖父から受け継いだのか?」
「は、はい! どうしてそれを?」

再び寺院に戻り、リゾットは『竜の羽衣』に触れた。すると兵器に反応して左手の甲に刻まれたルーンが光り、中の構造や操縦法が流れ込んでくる。
『竜の羽衣』の周りを一周しながらメタリカを展開し、各機関の隅々まで潜行させる。飛ばない原因は燃料切れと判明した。
「この世界にもガソリンがあるのか…? コルベール辺りに相談してみるか……」
見ると、タバサはプロペラを杖でくるくると回していた。ギーシュは胡散臭げに『竜の羽衣』を見ている。キュルケはまた何か考え事をしていた。時折リゾットを見て、ため息を吐いている。
キュルケの様子がおかしいので話しかけようとした丁度その時、シエスタが生家から帰ってきた。
「ふわ、予定より、三週間も早く帰ってきてしまったから、皆に驚かれました」
学院勤めの平民の大半は王女の結婚祝いに特別休暇を出される予定だったことを、リゾットは思い出した。

「ひいおじいちゃんの形見、これだけだそうです」
シエスタは古ぼけたゴーグルをリゾットに手渡した。
「日記とか、あればよかったんですけど、残さなかったみたいで。ただ、父が言っていたんですけど、遺言を遺したそうです。
 何でも、あの墓石の銘を読めるものが現れたら、その者に『竜の羽衣』を渡して、『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、だそうです。陛下っていうのはやっぱり、日本という国の陛下なんでしょうか?」
リゾットは頷いた。
「確か今も日本には皇帝がいたはずだ」
「そうなんですか…。ええと、実は私、お父さんにリゾットさんがひいおじいちゃんの国を知っているみたいだって言ったら、お渡ししてもいい、と言われました」
「いいのか? 俺に日本語は読めないが…」
「ええ…。その、陛下という方にお会いしたときに『竜の羽衣』をお返ししてくれるなら、構わないと思います。それに……」
シエスタは声を潜めた。
「管理も面倒だし……、大きいし、拝んでる人もいますけど、村のお荷物らしいんです」
少し考えて、リゾットは貰うことにした。これを動かせれば相当な機動力を確保できるからだ。
「分かった。ありがたく貰おう。もしも飛ばせるようになったら、一度、この村に見せに来ないとな……。お前の曽祖父の汚名を晴らすことで、恩を返すことにしよう」
「はい……。天国のひいおじいちゃんも竜の羽衣が飛ぶ姿を見れば、喜ぶと思います」
「ああ。そうだ。こいつの本当の名前を教えておこう。『ゼロ戦』だ」
「『ゼロ』? ミス・ヴァリエールと同じですね」
シエスタがそういって微笑むと、リゾットは頷いた。
「そうだな。『ゼロ』の使い魔の俺に相応しいかもしれない」

その日、リゾットたちはシエスタの生家に泊まることになった。貴族の客をお泊めすると言うので、村長までが挨拶にくる騒ぎになった。
リゾットはシエスタの家族を紹介された。父母に兄弟姉妹。八人もいる兄弟の一番上の姉がシエスタだった。
その不気味な目が恐ろしいのか、リゾットはあまり近寄られなかったが、シエスタは家族に囲まれて楽しそうだった。
その様子を眺めていて、唐突に十八のときに捨てた家族を思い出し、リゾットは戸惑った。

リゾットはゼロ戦の置かれた寺院…つまり神社の前で剣を振っていた。シエスタたち家族を見ていると、どう対処すればいいのか分からない、奇妙な感覚に襲われるからだ。
暗殺のときはこういった感傷を殺すこともできるが、今、この場で暗殺者の思考になるのは流石にためらわれた。
それでもゼロ戦の近くに来ているのは、やはり自分の世界へ戻ることを渇望しているからかもしれなかった。
どちらにせよ、剣を振るときはそれに集中し、雑念を捨てられた。
気がつくと、タバサが境内の階段に座ってこちらを見ていた。本を抱えているが、読んではいない。
「……どうした?」
剣を振りながら問いかける。タバサはしばらく沈黙を貫いた後、口を開いた。
「寂しいの?」
「!!」
リゾットは虚を突かれ、剣をとめた。
「どうしてそう思う?」
「分からない。だけど、貴方を見ていてそう思った」
リゾットは考えた。自分は寂しいのか、と。そうかもしれないが、よく分からなかった。
「よく分からない」
「そう……」
しばらく沈黙が流れる。

「……お前が俺を寂しいと感じるのは……自分自身が寂しいからか?」
「!!」
今度はタバサが虚を突かれる番だった。やはりしばらく考える。
「…よく、分からない」
「そうか……」
また沈黙が流れた。いつの間にか辺りには西日が射していた。
次に口を開いたのはタバサだった。
「貴方が私を信じるように、私も貴方を信じている。貴方は一人じゃない」
「お前も一人じゃない」
二人は同時に、お互いにしか分からないほど、かすかに笑った。
「私はもう行く。貴方に会いたい人が別にいるから…」
後半部に少し今までと違う感情を含ませ、タバサは去っていった。

見送るリゾットの後ろから、声がかかる。
「ここにいたんですか。お食事の用意ができましたよ。皆で食べましょう」
シエスタだった。家に帰ってきたせいか、いつものメイド服と違う、茶色のスカートに、木の靴、そして草色の木綿のシャツといった私服を着ていた。
「ミス・タバサを知りませんか? どこかに行っちゃって」
「いや、もう戻った…」
「そうですか。じゃあ、行きましょう」

神社からシエスタの生家へと歩いていく。途中で、一面に草原が広がっていた。夕日が草原の向こうの山に沈んでいく。
リゾットは故郷のシシリー島を思い出した。シシリー島でも海の向こうの山へ太陽が落ちていくのだ。
「……まるで草原が海みたいに見えるな」
「そういえば、リゾットさんは海の近くで生まれたんですよね」
リゾットが頷くと、シエスタは草原に向かって両手を広げた。沈む夕日が辺りを幻想的に染め上げる。
「この草原、とっても綺麗でしょう? 私、小さい頃から好きなんです」
「そうだな……」
シエスタは両手を広げたまま、草原の中へ分け入っていく。くるくると回ったかと思うと、草原の中に倒れ、見えなくなった。
「おい…?」
声をかけるが、返事がない。仕方なく、リゾットもシエスタが消えた辺りに分け入って行く。と、手をつかまれた。リゾットもそれがシエスタだと分かっているので、掴ませてやる。
「捕まえた……」
シエスタにいつもの純粋な笑みを浮かべられ、リゾットはどうしていいか分からなくなった。特に今日はその度合いが大きかった。
しばらくそのまま、シエスタはリゾットの手を握っていた。だが、やがて離す。その顔は寂しげに曇っていた。
「なんて…ね。無理ですよね。リゾットさんは私なんかじゃ捕まえられません。どうしても、元の世界へ帰るつもりなんでしょう?」
「ああ……」
リゾットは頷いた。
「帰って、何をするんですか? 誰か、待っている人でもいるんですか?」
リゾットはどう答えようか迷った。いつものように拒絶で返すことも出来る。だが、シエスタは真剣に、彼女なりに『覚悟』を決めて訊いている。だからリゾットも答えることにした。
「いない…。家族とは皆、別れた。仲間たちは皆、死んだ」

「それなら、どうして帰るんですか? ずっとこの世界にいても…」
「仲間はただ死んだんじゃない。裏切られて、殺された」
シエスタを怯えさせないように、なるべく感情を込めず、平坦に言う。それでもシエスタはびっくりしたようだった。
「だから俺は裏切った奴に復讐しなければならない。殺された仲間はそうなることも『覚悟』して戦った。だから、これは敵討ちじゃない。俺自身の納得の問題なんだ。
 『恩には恩を、仇には仇を』。恩を受けたら必ず返すように、俺たちの『誇り』と『信頼』を踏み躙った奴に、俺は報いを受けさせなければならない。そうしなくては次に進めない。
 少なくとも今、俺はそう思ってる」
「……それでリゾットさんは幸せになれるんですか?」
気がつくと、シエスタは涙を流していた。それを見てもリゾットは淡々と答える。
「俺は幸せという結果を求めてはいない。納得のいく、俺の中の真実を求めているだけだ。その真実を、俺はまだ見つけてはいない」
「分かりました……」
シエスタは涙をぬぐった。
「じゃあ、待ってます。貴方が真実を見つけるまで。その真実が、帰らなくてもいいっていう結論であることも、あるんですよね? なら、私はそれを待ちます。私は何の取り柄もないけど、待つことは出来ます」
「待っても、期待に答えられるかどうかは、分からない」
「いいんです。勝手に待つだけですから。でも、偶にでいいから、少しは私を見てください。一緒にお茶を飲んだり、一緒に働いたりしてください。それだけでいいんです」
「分かった……」
シエスタが歩き出す。リゾットはその後について歩いた。暗い気分だった。仕事以外で他人に涙など流させたくはない。
不意に、シエスタが振り向いた。もう涙を流してもいない。それどころか微笑んでいた。
「さっき、伝書フクロウが学院から届いたんです。サボりまくったものだから、先生方はカンカンだそうですよ? ミスタ・グラモンは顔を真っ青にしてました」
クスクスと笑う。だが、その内側がまるで戻ったわけではないのはリゾットには分かる。他人の感情を察せると言うのも問題だ、とリゾットは思った。

「あ、そうそう。私のことも書いてありました。学院に戻らず、そのまま休暇をとっていいですって。そろそろ、姫様の結婚式ですから。だから、休暇が終わるまで、私はここに居ます」
リゾットは頷いた。
「ねえ、リゾットさん。あのゼロ戦、もしも飛ばすことが出来たら、一度でいいから、私も乗せてくださいね」
「…ああ。もちろんだ」

翌朝、リゾットたちはゼロ戦をロープで作った巨大な網に乗せた。ギーシュの父のコネで、竜騎士隊とドラゴンを借り受け、それで学院までゼロ戦を運ぶことになった。
ギーシュは「どうしてこんなものを運ぶんだ?」と怪訝な顔をしていたが、リゾットの頼みについに折れた。竜騎士隊を呼んだり、網を作ったりの諸経費がかかったが、DIOの財宝を売った金からすればそんなものは何の問題にもならないという。
事件は、学院への帰途で起きた。

「…………?」
シルフィードの上のリゾットは左目に違和感があることに気がついた。しきりに目を擦るが、違和感は取れない。
「どうしたの、ダーリン?」
「左目がおかしい…。目が霞む」
「疲れてるんじゃないか? 君はいつも一番負担がかかるところで戦ってたしな。疲れて当然だよ」
「寝る?」
仲間が心配そうに声を掛けてくる。大したことはない、と言おうと思った途端、左目が像を結ぶ。
「!?」
どこかの森の中だった。オーク鬼が見える。この視点を持つ人間は必死に逃げている。オーク鬼の向こうに、倒れた馬と、廃墟らしき礼拝堂が見えた。

「何だ…、これは?」
「ちょっと、ダーリン。どうしたの?」
キュルケが焦ったようにリゾットの肩をゆする。
「ルイズの視界か?」
『使い魔は主人の目となり、耳となる』という言葉を思い出し、呟いた。だが、これでは逆だ。
「おい、相棒、左手を見ろ!」
デルフリンガーの声に右目の視界を落とすと、左手のルーンが武器を握ってもいないのに光り輝いてた。
だが、そんなことは問題ではなかった。今、問題なのは、この視界の持ち主であるルイズがオーク鬼に襲われているということだ。
辺りを見回すと、森の木の陰にまぎれて見えにくいが、打ち捨てられたらしき礼拝堂が見えた。
「タバサ、あの礼拝堂の門から50メイルほど離れた場所の上を飛んでくれ」
タバサは理由も聞かずに頷いた。リゾットがそうしろというのだから何か理由がある、と信じた上での行動だった。
その上にシルフィードが到達する。
「レビテーションを!」
叫ぶと同時に、リゾットはデルフリンガーを抜き、シルフィードから飛び降りた。
「ちょっと、ダーリン!?」
キュルケは慌ててレビテーションをかけながら、リゾットを見送った。

ルイズは逃げていた。
厨房のマルトーからどうやらリゾットたちがタルブ村に回るつもりらしいと聞き出し(マルトーは貴族嫌いだったが、ルイズの真剣な様子に渋々教えた)、タルブ村へと馬で駆けた。
だが、ちょっと近道をしようと思って普通の人間が通らない封鎖された道を通ったのが運の尽きだった。
捨てられたその開拓村は、オーク鬼の住処になっていたのだ。
オーク鬼は身の丈2メイルほどもあり、体重は標準の人間の優に五倍はある。突き出た鼻を持つ顔は豚そっくりで、二本足で立つ豚、という表現がしっくり来る姿をしていた。
数はおおよそ十数匹もおり、人間の子供が大好物というこの怪物は、自分から飛び込んできたこの餌に狂喜して襲い掛かった。
それでもルイズは杖を振って爆発を起こし、何匹かのオーク鬼に軽くない怪我を負わせた。
だが、多勢に無勢、逃げるしかなくなり、追い詰められていった。
ルイズとオーク鬼では体力が段違いの上、歩幅にも相当の開きがある。あっという間に追いつかれた。
「……な、何よ。あんたたち! 無礼よ! さっさと私に道をあけなさい!」
精一杯の虚勢を張るが、オーク鬼はにやにやと笑うだけである。
「この…っ! 道をあけないと…!」
杖を振り上げる。オーク鬼たちは少しひるんだようだが、自分たちの多勢を信じ、すぐに持ち直した。
獲物をなぶるように、一匹のオーク鬼が前に出、振られようとするルイズの杖を弾き飛ばした。その衝撃でルイズは転んでしまう。
ルイズは自分の死が避けられないことを感じた。恐怖が心の奥から湧いてくる。だが、それでも立ち上がった。杖はもう飛んでいってしまったため、両手に石を持って立ち上がる。
「私に触るな! 汚らわしいオーク鬼め!」
こんな連中に流す涙などない。自分は貴族なのだ。フーケにもワルドにも決して屈さなかった自分が、この程度の敵にどうして屈することができよう。その矜持がルイズを支えた。
だが、身体はどうしようもなく震える。知らず、自分の使い魔の名を呼んでいた。
「リゾット……」
来ないことは分かっている。だが、その名前はルイズの身体から勇気を呼び起こしてくれる気がした。

「リゾット…!」
再び名を呼び、石を握りなおす。オーク鬼たちはそんなルイズを眺めるのに飽きたのか、巨大な棍棒を振り上げた。ルイズも石を振り上げた。
「(リゾット、ごめん……)」
最後に心の中で謝罪した。石が届くより早く、棍棒はルイズの頭を砕く。それがはっきり分かった。だが、現実はそうならなかった。
オーク鬼が悲鳴を上げると、背中から無数のナイフを吹き出した。そのナイフは後ろに控えていたオーク鬼たちの顔面に突き刺さり、オーク鬼は次々と倒れていく。ルイズの眼前のオークもナイフに引っ張られるように仰向けに倒れた。
戸惑うオーク鬼たちの真ん中に、黒い影が落ち、光が一閃した。その一撃で、オーク鬼たちは首をはね飛ばされ、地面に倒れていく。
黒い影は攻撃の手を休めず、残ったオーク鬼を切り裂いていき、ものの十数秒で残らず倒してしまった。
「ルイズ、呼んだか?」
黒い影がルイズの前で止まり、名を呼ぶ。リゾットだった。いつもと同じ、何事もないかのような無表情だった。
その顔に安心すると同時にそんな自分が憎らしく、駆けつけてくれたことに喜ぶと同時に今まで不在だったことが腹立たしく。
緊張が解け、とにかくいろんな感情が吹き出たことで、ルイズは泣き出した。しゃくりあげながら、目頭から真珠のような大粒の涙をボロボロとこぼし、泣いた。
「一週間以上も、どこ行ってたのよ! もう、馬鹿使い魔! 馬鹿リゾット! 馬鹿イカ墨!」
「すまない……」
「宝探しとかいって、ご主人様に無断で行くんじゃないわよ!」
「……クビじゃなかったのか?」
「使い魔をクビにできる主人がいるわけないでしょ! 使い魔が主人を変えることも出来ないのと同じよ! もう、馬鹿!
 あんたが悪くないことくらい、私だって分かってるわよ。あんたと違って馬鹿じゃないんだから!」
理論は滅茶苦茶で筋も何もないが、とにかくこうなってしまえばルイズの方が強い。何しろリゾットは恩を返す身であり、基本的にルイズには下手に出ざるを得ないのだから。

そこに、シルフィードに乗ったキュルケたちが追いついてきた。
ギーシュは泣いているルイズと、それを見ているリゾットを見て、にやにや笑いを浮かべた。
「きみ、ご主人様を泣かせたら、いかんのじゃないかね?」
キュルケは複雑そうな顔をしていた。ルイズが元に戻るのは嬉しいのだが、リゾットがまたルイズにかかりっきりになってしまうと思うと実に寂しい。
(まあ、でも、とりあえずはいいか。ルイズがあのままじゃ、私も色々つまらないし)
こう思ってしまう辺りが、キュルケの人の好い所である。
タバサは首をかしげ、不思議そうな顔をしていた。でもとりあえず、二人を指差して思いついた言葉を言っておく。
「雨降って地固まる」
三者三様の視線を送られながら、ルイズは大いに泣き続けた。


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