ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

タバサの大冒険 第5話

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匿名ユーザー

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 ~レクイエムの大迷宮 地下一階~

『おでれーた。ホントにこいつぁ大迷宮って感じだぜ……』
 腰のベルトに挿したデルフリンガーの感嘆の声に、タバサも無言で頷いて同意する。
 この世界が生み出した“記録”によって再現されたトリステイン魔法学院の学生寮の床から、階段を下りたタバサとデルフリンガーを待ち受けていたのは、まさしくダンジョンであった。
 薄暗く、見たことも無い構造物で作られた内壁。
 今こうして立っているだけで、タバサの精神を押し潰してしまいそうな、息苦しい圧迫感すら感じる。
 タバサが学生寮の部屋に辿り着く前に潜って来た行程など、ここに比べれば児戯に等しい。
 そう思わせるだけの凄味が、この大迷宮の中から伝わって来るかのようだ。
『こいつぁマジで骨が折れそうだな……なあタバサ、これからどーするんだい』
「DISCを探す」
 タバサは即答する。
 各階層毎に様々なDISCやアイテムが落ちているのは、エンヤホテルまでの道程と変わらない。
 そしてこのレクイエムの大迷宮には、今まで以上に数々のDISCや敵が待ち受けていると言う。
 先程、タバサ達は学生寮の部屋でシエスタ達の“記録”からそう説明を受けたばかりだった。
 ならば出来る限り、使えるDISCは回収しておかねばならない。
 あのエンヤ婆との対決で、ほぼ全てのDISCを消耗してしまった自分は手数が足りない。
 そんな焦りと不安も、今のタバサの中にはあった。
『あいよ。誰でも使える一回こっきりの魔法のDISC、ってワケだ。
 もし元の世界に持って帰ったら、革命どころの騒ぎじゃねーな』
 デルフリンガーが冗談めかして言った言葉には何も答えないまま、タバサは足を進める。

 タバサ達がやって来た世界ハルケギニアは、「貴族」と呼ばれる人々が用いる魔法の力によって繁栄している世界だ。だからこそ魔法の力を扱うことの出来る貴族と平民では、「人間」としての扱いに天と地ほどの差がある。
 無論、そうした貴族至上主義による社会制度に不満を抱いている者は決して少なくない。
 だが平民による統治を掲げた革命が成功した試しは、ハルケギニアの歴史上
殆どと言って良いほど存在しない。何故ならば彼らは魔法という力を使うことが出来ないから。
 魔法を持たぬ者の力など、それを持つ者達にとっては全く恐るるに足りぬ存在なのだ。
 「平民」とは貴族に使役される者という意味では無い。
 魔法の力を扱うことの出来ない「か弱い存在」を指して言う言葉なのだ。
 そして魔法を扱える貴族は誰よりも優れた存在であり、だからこそ魔法の技術を研鑽し、より高い知性を以って力の弱い平民を守っていく必要がある。
 そして、平民は自分達よりも優れた能力を持った貴族を敬わなければならない。 
 そういう考えで以って、ハルケギニアの人々は自分達の歴史を積み重ねて来た。

 力を持つ者は、弱い者を守る為にその力を使わねばならない。
 その理屈は、確かに正しいとタバサは思う。
 だが、今のハルケギニアの人々は、あまりにもその考えに囚われ過ぎている。
 そうした考え方は、魔法の力を行使出来る貴族特有の高邁な考え方ではあるまいか。
 それだけで「貴族」が「平民」を支配する理由にはならない筈だと――今のタバサはそう考えていた。
 貴族とは、魔法の力を扱えるという「能力」を持っているだけの、ただの人間に過ぎない。
 魔法の使えない平民よりも、必ずしも貴族が高潔な人間であるという訳では無いのだ。
 もし、貴族の誰もがその力の意味を自覚し、何よりもまず
それを操る自らの精神を高めねばならないと言う考え方を得ているなら、
全ての貴族が誰よりも気高く、高潔であらんとする為の鍛錬を自らに課しているというなら――
 何故、自分の父は権力闘争の中で殺されたのだ?
 娘である自分を守る為に、母が心に一生残らぬ傷を残すことになってしまったのは何故なのだ?
 今そこにいる人間が持つ物、持たざる物は、全て「運命」が引き合わせた結果に過ぎない。

 だが、それだけなのだ。
 生きている人間の価値は、決して生まれ持った素質や能力だけで決定されるものではない。
 人間は自分に与えられた「運命」を乗り越えなければならない。
 例え歩むべき道がどれ程苛酷であろうとも、その先にある「正義の道」を目指して歩むことが、人間の「運命」なのだ。


 魔法が使えないばかりに「平民」として蔑まされるべき平賀才人が、どれだけ気高い「誇り」を胸に抱いて自らの主人の側で戦い続けて来たのは何の為だ。

 貴族として生まれながらも、満足に魔法を扱うことの出来ないゼロのルイズが、それでも決して挫けずに、遥かなる高みを目指して前へ進むことを止めなかったのは何故だ。

 そんなルイズを口先ではからかいながらも、心の奥で常に彼女を心配し続け、
そしてまた伯父一族の手で両親を永遠に奪われたが為に、誰にも心を開くことを
しなくなってしまったタバサにまで深い愛情を注ぎ続けてくれた親友キュルケの想いは何だと言うのだ。

 この世界によって形作られただけの“記録”に過ぎないシエスタのが、
その優しさを自分に向けてくれたのは一体何だったのだ――。


 彼らがその胸の内に抱いている、光り輝く「正義の心」に比べれば、ハルケギニアの人々が未だに己自身の存在意義として信じている「貴族」や「平民」と言った区別は、なんとちっぽけな物に過ぎないのだろう。
 貴族の象徴とも言うべき魔法の力を行使する為の杖を失い、たった一人で
この世界に放り出されたタバサには、それが良くわかる。
 かつてタバサが抱いていた、一人で鍛え続けた魔法の力さえあれば、たとえ自分以外の全ての人間が敵であったとしても、それでも構わないという考えは――間違いだったのだ。
 タバサがハルケギニアで出会った大切な人達だけでは無い、この世界で初めて出会って間も無かったと言うのに、自らの存在を犠牲にしてまでタバサの為に道を切り開いてくれたあのエコーズAct.3も、自分にそのことを教えてくれた。
 そして一緒にこの世界まで飛ばされて来て、学生寮の部屋で自分の身を案じる
言葉を掛けてくれただけでなく、共に戦う為に今こうしてタバサの傍らにいてくれるデルフリンガー――

 自分の為に、これだけの想いを伝えてくれる人達がいる。
 彼らから受け取った「心」こそが、自分の本当の「力」になるのだと言うことを、今のタバサははっきりと理解していた。
 だから、一枚でも多く迷宮内に落ちているスタンドのDISCを探さねばならない。

 今のタバサには一人で戦えるだけの力は無いのだから。
 タバサが今、彼らの力を必要としているから。


 ~レクイエムの大迷宮 地下二階~

「……おかしい」
『うん?一体どうしたってんでい、タバサ』
「能力が……わからない」
 デルフリンガーと共に大迷宮を探索して行く内に、既にタバサは何枚かのDISCを発見していた。
 黄金色に輝く装備用DISC、紅に染まった射撃用DISC――
 その中で、一つだけ発見した銀色の能力発動用DISCに対して、タバサは強い違和感を感じていた。
 今までは、手に入れたDISCの正体やその発動効果は、漠然とであるが
わかるようになっていた。だが、この銀色のDISCに限ってのみ、能力発動用の物ということ以外のことは、その能力が全く掴めなかったのだ。
 そしてもう一つ、今まで見たことの無い、しかし“とてつもなくヤバイもの”であると感じさせるアイテムがあった。そのアイテムは辛うじて「発動用DISC」であると識別出来る銀色のDISCとは異なり、使い方や効果はおろか、どういうわけだかその姿形すら、手にしているはずのタバサにもハッキリとは理解出来ないのだ。
 こんなことは初めてだ。
 これらのアイテムを迂闊に使ってしまったら、それこそどんなことが起きるか予想も付かない。
 拾ったタバサ自身も、発動用DISCや“ヤバイもの”を使うべきかどうか考えあぐねていた。
『わかんねえ、だと?』
「うん。……多分、この場所のせい」
 曖昧な表現を用いてはいる物の、タバサは強い確信を以ってその言葉を口にしていた。
 レクイエムの大迷宮には、今まで以上に大きな制約が掛かっている――
 先程、学生寮の部屋でシエスタから聞かされた話の中にそんな話があった。
 恐らくこの銀色のDISCの能力が識別出来ないのも、そうした“制約”の一つなのだろう。
 だが、一見些細とも思えるようなこの制約に、タバサはそれを仕込んだ“何者か”の強い悪意を感じ取っていた。まるで、そうとは知らずに遅効性の毒を飲まされて、長い時間を掛けてその身をジワジワと蝕まれ、自らの窮地を自覚した時には既に手遅れになっているかのような、そんな空恐ろしさすら感じるのだ。
 この毒に飲み込まれぬように、注意を払い続けねばならない。
 そんなタバサの内心を知って知らずか、デルフリンガーはフム、と頷いてから言葉を続ける。
『ちょっといいかい、タバサ』
「………何?」
『ちょっとオレにそのDISCを貸してくれねーかな。
 いや、オレの体ん中に直接ソイツを差し込んでくれるだけでいーんだが』
「わかった」
 タバサはデルフリンガーに言われた通りに、刃と一体の構造になっているデルフリンガーの鍔の部分に、正体のわからない銀色のDISCを差し込む。

『おー、こいつは……フムフム…なるほど、な』
 そんなデルフリンガーの独り言を何度か聞く内に、もういいぞ、と言われて
タバサはDISCをデルフリンガーの鍔からDISCを取り出した。
『わかったぜ、タバサ。
 いやコイツの能力がってワケじゃねえが、そいつを識別するコトもやろうと思えば出来るな』
「……どういうこと?」
『前にも言ったかもしれねーが、オレっちの能力の中に「持ち主が触れてる武器の性能がわかる」って力があんだけどよ。その力がココに落ちてるDISCにも使えそうなんだな、コレが。
 多分、そこにあるワケのわかんねーモンも、正体がわかるんじゃねーかと思うぜ』
 タバサが手にしている“ヤバいもの”を指して、デルフリンガーが言う。
『まァお前さんが手に持ってるだけじゃわかんねーままだし、オレにDISCを差し込まれても同じだ。
 ハッキリと意識して識別すっぜ!って思わねーと、まあ無理だね。それともう一つ』
 そこで一旦区切ってから、今度は言葉の中に不敵な物を含めて、デルフリンガーが続ける。
『オレのもう一つの能力……受けた魔法を吸収するってヤツを応用すれば、DISCを
発動する時にそのパワーをギリギリまでアップさせられそうなんだわ。
 ま、実際使う時はオマエさんの精神力も借りることになっちまうだろうが……
 DISC一枚につき、一回こっきりの魔法の杖みてーな感じだな、こりゃ』
 以前拾ったことのある「プロシュート兄貴のDISC」のような物か、とタバサは思った。
 もっとも、あちらの場合はDISCを発動させた階層ならば永続的に効果があったものだが。
『オレっちの能力をいつ、どこで使うかってゆーその辺の判断は、タバサ、アンタに全部任せるぜ。
 実際、制限云々を抜きにしても、マジでやるとしたら結構ホネが折れそうだしな』
 タバサはこくりと頷いてから、デルフリンガーの言葉を胸の奥でもう一度反芻する。
 識別と能力発動の強化、この二つの能力をタバサの任意に――
 使用制限が掛けられているとは言え、複数回に渡って行使出来るというのは、確かに心強い話だ。
 だがそれには、デルフリンガー側の力の限界で回数制限がある。
 ならば、彼自身が言う通りに、その力を借りるタイミングは慎重に決めなくてはならない。
 そして今、タバサの目の前にあるのは全く正体のわからない“ヤバイもの”と、
それでも何とか発動用と言うことだけはわかっている銀色のDISC。
 少しの間逡巡してから、タバサは決断する。
「これを識別して」
 手に持った“ヤバイもの”を近付けるようにして、タバサはデルフリンガーに告げる。
『あいよ。んで、そっちのDISCは結局どうするよ?』
「使ってみる」
 迷わずにタバサは言った。幸い、現在タバサ達がいる部屋には特に敵の姿は見受けられない。
 ならばDISCの能力を発動させることで、その正体がわかるかもしれない。
 その結果として大きなデメリットが生じるかもしれないが、敵のいないこの部屋の中ならば、少しはその危険も抑え込めるだろう。
 この大迷宮の中では、いつ、どこで、何が必要になるかわからない。
 出来る限り消耗は最小限に抑えなくてはならない。
 その為に、今ここであまりデルフリンガーを消耗させる訳にはいかないのだ。
 タバサは冷静にそう判断して、決断を下した。少なくともタバサ自身はそのつもりだった。
 その中に「自分の一方的な意志でデルフリンガーに無茶をさせたくない」という気持ちが含まれていることに、彼女自身は気付くことすら無かったが。

『そんじゃ、いっちょやってみるとすっか。
 ……ムムムム、迷宮に封じられし秘宝よ、今こそ自らを覆う神秘の影を拭い、その姿を現し給え…』
 これから識別する“ヤバいもの”に向けて、わけのわからない呪文を唱えるデルフリンガー。
 勿論、こんな言葉には何の意味も無い。ただのジョークか、もしくは精神統一の為の暗示に過ぎない。
 デルフリンガーの性格を考えれば、間違いなく前者であろう。
 そのことがわかっているので、タバサは何も言わずにその言葉を聞き流す。
『――タバサ』
「何?」
 重苦しい口調でタバサの名を呼ぶデルフリンガーに、タバサはいつものように小さな声で問い返す。
『ちっとはツッコミを入れてくれよ……それがボケに対する礼儀ってヤツだぜ?』
「早くして」
『………へい』
 タバサの冷たい一言に突き刺されて、デルフリンガーはがくりと気を落としたように答える。
 そして、そうこうする内に“ヤバいもの”がほんの僅かに光ったと思った瞬間、タバサは次第にそのアイテムの姿形を正確に把握出来るようになって行く。
 デルフリンガーの識別が、成功したのだ。
『フゥッ――終わったぜ、タバサ』
 疲れた、とでも言うように、先程よりは少し気だるげな口調のデルフリンガーの言葉を受けてタバサが視線を片手の中の“ヤバいもの”に落とすと、既にはっきりと本当の形を彼女に見せていた。
「………紙?」
『おう。そいつは「エニグマの紙」っつってな。
 これまた多少の制限はあるみてーだが、中に持ってる道具をしまい込めるらしいぜ』
「わかった」
 折角だから試してみようと、タバサは拾った装備DISCの何枚かをエニグマの紙に近付ける。

 すると――

「!」
『な?オレの言った通りだろ』
 不敵に笑うデルフリンガーの前で、タバサの手の中のDISCがエニグマの紙に吸い込まれて行く。
 確かに、彼の言った通りの効果があった。
 これは便利だ、とタバサはエニグマの紙の能力に心の底から感動を覚える。
 だが、それは同時に、直接このエニグマの紙に何かがあれば、一度に大量のアイテムを失うことにもなりかねない危険性も含まれていると言うことである。
 油断は出来ない。油断とは心の隙であり、その弱さを見せたら必ずそこを突かれてしまうものだから。
 DISCを収めたエニグマの紙を懐に収めながら、タバサはこの大迷宮の中には決して「安心」などと言う言葉が無いことを、再び自らに言い聞かせることにした。
「……それじゃあ」
 エニグマの紙と入れ替えにするような形で、タバサは銀色の発動用DISCを構える。
「使う」
『おう。気をつけろよ、タバサ』
「わかってる」
 そう答えて、手に握り締めたDISCの正体を探るべく、タバサはそれを自分の頭の中に放り込んだ。

 この銀色に輝くDISCは、何処か遠い世界で生きて来た人達の記憶を形にしたもの。
 スタンドのDISCを装備する時に感じる、個々のスタンドが持つ「力の色」とはまた違う感覚。
 発動までの一瞬に、元の持ち主がそれまで刻んで来た“記憶”がタバサの頭に流れ込んで来る。
 彼らスタンド使いの扱うスタンドとは、使い手の精神をそのまま形に表わした鏡であり、タバサ達ハルケギニアのメイジにとっては密接不可分な、主人と使い魔の主従関係とはまた異なる存在である。

 例えて言うならば、そう――
 あの快活で可愛らしかったシャルロットと、今の自分の関係が近いのかもしれない。
 ガリア王国の王家一族に生まれ、両親からたっぷりと愛情を受けて育った王女シャルロットは、母の精神が壊れてしまったあの時に、母と共に死んだのだ。少なくとも、今までタバサはそう思っていた。
 だがそれでも、かつて自分が贈った“タバサと言う名の人形”を自分の娘だと信じ込んで、一人で守り続けているあの女性を、自分は母として守っていかねばならないとも感じている。
 いつかシャルロットから全てを奪い去った者達に復讐を遂げ、母の心を取り戻せるその日まで、自分の感情など何もかもかなぐり捨ててでも生きていこうとした果てに、今のタバサがここにいる。
 しかし、憎むべき者達に復讐を誓う為にタバサとして過ごして来た時間の中で、彼女は沢山の大切な人達に出会ってしまった。彼らと過ごした楽しい時間がタバサにはあった。
 それは、どれだけ幸せな記憶であろうとも、あのシャルロットが決して持っていないものであり、今のタバサにとっては何よりも換え難い「誇り」なのだ。
 母に愛されるべきシャルロットの名前を、自分が母に贈った人形と交換することで、母を守る人形としての役割を選んだタバサという少女が積み重ねて来た記憶は、もう悲しいだけのものでは無い。
 彼女がタバサとして生きることを決めた時の、辛くて悲しい記憶しか目の前に待ち受けていなくても、母を守る為ならそれでも構わないと言う「覚悟」は、あの愛すべき人達の優しさによって覆されてしまったのだから。

 シャルロットとしての過去。タバサとしての現在。
 まるで二つの異なる人格が、ひとつの体の中に同時に存在しているようにも思える。

 だが、それは違うのだ。
 シャルロットが人を愛するということを、そしてその為の「覚悟」を、他ならぬ母からその身を賭して教えられたからこそ、今のタバサはどんなに苦しくても戦い続けることが出来るのだ。
 シャルロットとタバサは今でも繋がっていて、決して切り離せるものでは無い。
 「彼女」は違う誰かになってしまったのでは無いのだ。

 過去は、殺せない。
 そして今、ここで誰かの記憶が「DISC」として残されていること、それ自体には何も意味は無いのだ。
 記憶は次々に積み重ねられて、いつだってその姿を変えて行くものだから。
 例え去って行ってしまった者達がいたとしても、彼らが目指そうとした「意志」は、生きている者達の手によって受け継がれ、先へと進めていく為の確かな「力」となるのだから。
 人間の記憶とは、このDISCのように「形」として残されたままのものでは無いのだから――


 DISCから記憶を引き出し、自分の力とするというのは、即ちそういうことでは無いかとタバサは思う。
 過ぎ去っていった者達の記憶に触れることで、生きている自分が現在を歩んでいく為に必要とする力。
 何処かの世界の誰かから力を分けて貰う為に、今、DISCの記憶をタバサは全身を通して感じていた。

 見覚えのある風景。タバサも良く知っている場所。トリステイン魔法学院だ。
 ああ、この記憶の持ち主は、私の知っている人。
 タバサはより深く意識をDISCに刻まれた記憶に同調させる。

 ――私は「ゼロ」なんかじゃない!

 悲痛な叫びが聞こえる。誰よりも誇り高くあらんとしながらも、その誇りを奪われた者の叫び。
 当たり前のことを、当たり前に出来る者達に対する嫉妬と羨望。自分にはそれが出来ないという焦り。

 厳格で、それ故に常に自省と研鑽忘れぬ父と母、そして一番上の姉に対する畏怖と尊敬。
 自らもまた弱さを抱く故に、常に自分を優しく抱き締めてくれるもう一人の姉への思慕。
 生まれながらに重い使命を背負った最愛の友人に対して、その身を深く案じる深い友情。
 かつて憧れていたはずの人が、己自身の野心の為に邪悪へと染まってしまった時の悲しさ。

 そして、自身が召喚した使い魔を初めて目にした時の失望と――
 その使い魔へと自分が惹かれて行くことへの、心地良さと戸惑いの同居。
 彼自身に対する侮蔑の気持ちが、尊敬と信頼に満ちたものへと変わって行くのがわかる。
 彼が他の女性に惹かれる姿を見た時の、狂おしいまでの渇きと怒り、不安、虚無感。

 その人の記憶に、タバサは確かに覚えがあった。
 誰にも認められることなく、しかしそれでも、決して諦めずに己の道を精一杯に歩き続ける人。
 厳しさの裏に、人に対する深い優しさを胸に秘めている彼女のことを、タバサは知っている。
 同じ魔法学院に通う同級生として、お互いに少しずつ打ち解け始めているクラスメイト。
 ハルケギニアで離れ離れになってしまって以来の、タバサの友人の一人である、彼女の名は――


『サイトの……ばかぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!』


 ――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 どんな魔法を唱えても爆発しか起こせない彼女の、またの名を「ゼロのルイズ」。
 彼女の記憶を形にしたDISCの発動による大爆発に呑み込まれながら、
タバサはクラスメイトの一人である彼女の名前を懐かしく思い返していた。


「………けほっ」
 タバサの吐く息から、黒い煙のような物さえ立ち上っているように見える。
 折角シエスタが身繕いを手伝ってくれたと言うのに、これでまた自分の服はボロボロだ。
 今度会ったら謝らなくてはいけないな、とタバサはまるで人事のようにそんなことを考えていた。
『ンゲハッ!ゲホゲホッ!い、いっきなし爆発するなんて、まったくオレ様ホンキでおでれーたぞ!?』
「……両方、やっておけば良かった」
 タバサはいつも通りに感情の感じ取れない声で、そう呟いた。
 発動と同時に爆発を起こすDISC、それが「ルイズのDISC」の能力だったのだ。
『ウーム。しょっぱなからこんなんじゃあ、こりゃもう拾ったDISCを 片っ端から調べてった方がいいかもしんねーなぁ』
 冗談めかしているが、デルフリンガーが心の中では本気でそう考えているのは明白だった。
 出来るならばタバサだってそうしたい。だが、その為に必要なデルフリンガーの力にも限度はある。
 学生寮の部屋でシエスタから貰った「ゼロの使い魔」と銘打たれた本で、デルフリンガーの力を回復出来るというが、この先の探索でそれが見つかると言う保証は無い。
 このレクイエムの大迷宮の攻略において、デルフリンガーの持つ能力は貴重だ。
 出し惜しみをしたまま力尽きてしまっては本末転倒だが、かと言って無駄な浪費もまた愚の骨頂である。
 だからタバサは、考えていたことを素直にデルフリンガーに言うことにした。
「そうかもしれない……でも、それは無理」
『だよなぁ……あーあ、どっかにオレの力を使わなくても識別が出来るDISCとか無いもんかねぇ』
「……あると思う。多分」
『お、自信がありそうだな。何か根拠でもあるのかよ?』
「ただの、勘」
『ありゃま。勘ねぇ…期待して損した、って言いたいトコだが、マジでありそうなのが微妙にムカつくぜ』
「どうして?」
『そりゃ当然!オレ様のアイデンティティーの一つが失われちまうからだよ。
 DISCだのアイテムだのを識別すんのはオレ様だけの特権!こんなカンジじゃねーとな』
「……でも、あなたが疲れる」
『そこなんだよなぁ。ま、どっちにしろこの世界から抜け出せりゃあ、何だろうと構いやしねーか』
「うん」
『それじゃ、とっとと次へと行くとしようかい』
 デルフリンガーの言葉に頷いて、タバサは前に向かって一歩を踏み出した。
 だが、その瞬間、カチリという音と共に、階層全体に届くかのような大きな声が響き渡る。

「あ」

『タバサはここよッ!ここにいるわよォーーーーーッ!!』

 今いる階層にいる全ての敵に、タバサの現在位置を知らせてしまう「エンプレスの罠」が発動する。
 この罠のせいで、間も無くこの階層の全ての敵がタバサに向けて殺到することになるだろう。
『……おい、タバサ。ひょっとして、これってスゲーピンチなんじゃねーのか?』
「うん。……これから、ピンチになる」
 言葉の内容とは裏腹に、冷静な顔でタバサは答える。こうなってしまった以上は焦っても仕方が無い。
 タバサはこれから姿を現すであろう敵を、一つ一つ叩いて先に進んで行かねばならないのだから。
『――お!』
「ううう…何故か知らねェが、妙にノドが渇くぜェ……なあぁ~…?」
『ちぃッ、早速お出ましかよ!?――タバサ!』
 デルフリンガーの声に振り返って見れば、通路の奥から
小汚い浮浪者と言う風体の男が近付いて来る。だが、目の前の男は“ある力”によって、人ならざる吸血鬼に――ハルケギニアのそれよりも、遥かに凶暴な怪物としてその身を変えている。
 タバサは一気に距離を詰めるべく、小汚い浮浪者に向けて一気に駆け出して行く。
「あったかい血ィィィ~……ベロベロ飲みたいィィィ~~~!!」
 そういえば、と走る中でタバサはふとハルケギニアからこの世界に来る直前のことを思い出していた。
 未知の古代遺跡の探索の途中で、ルイズやキュルケ達と共に遺跡を守護するガーディアン達と戦い、それっきりデルフリンガー以外の面々とは離れ離れになったままだ。

 皆は今、一体何をやっているのだろう。
 ひょっとしたら今でもあの遺跡で戦い続けているのかもしれない。
 相棒のデルフリンガーをこちらに持って来てしまったが、彼の相棒の平賀才人は大丈夫だろうか?
 魔法を唱えれば全て大爆発を起こしてしまうルイズは、ちゃんと無事でいるだろうか。
 今までまともに魔法が使えなかったルイズが、今までどんな想いをして戦って来たのか――
 タバサには今、彼女の気持ちが少しだけわかったような気がしていた。
「あなたも、頑張って――ルイズ」
 タバサは口の中で、今は離れ離れになってしまった友人に向けてそう呟く。
「――ザ・ハンドっ!!」
 そしてタバサは装備用DISCのスタンドを開放し、目の前の敵に向けてその力を目一杯に叩き込んだ。



 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued…



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