ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第四話

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 モンモラシーは、朝一番でギーシュのお見舞いへと来ていた。
 友人には、二股していた奴に、よく会いに行けるわねぇ、と言われたが、仕方ない。

――――――だって、好きなのだから。

 あの浮気性は困り者だが、それさえ無ければ、お調子者で女の子に優しくてキザでドットで…………
………………・・・せめて、浮気性ぐらい秘薬で治しておくべきか。
 そういえば、惚れ薬なんて言うのもあったわねぇ、とか考えていると、医務室の前に辿りついた。
 でも、なんというか、様子がおかしい。
 朝一番と言ったが、空はまだ薄暗い。
 だと言うのに、扉が僅かに開いている医務室から話し声が聞こえてくる。
 なんだろうと思い、僅かな隙間をそっと広げて中を窺ってみると、そこにはコルベールとロングビルの姿があった。
 そして、その二人が囲っているベッドの上には―――
「ギーシュ!!」
 扉を勢い良く開け放ち、ベッドの上に居るギーシュへと呼びかける。
 コルベールとロングビルは、唐突に響いた大声に、驚いたような表情でモンモラシーを見たが、彼女にそんな事は関係ない。
「あぁ、ギーシュ、ギーシュ!
 心配したのよ、私。でも、良かった。なんともないようで……ギーシュ?」
 なんというか違和感がある。
 目をぼんやりと開けたままのギーシュは、あぅあぅと呟いて、中空を見つめているだけで、自分に対してまったく反応してこない。
「ねぇ、ギーシュ、どうしたのよ、ねぇ、ちょっと、ふざけないで、どうして、ねぇ
 お願い、返事を、返事をしてよ、ギーシュ!!」
 モンモラシーの悲痛な叫びが、早朝の学園に響き渡った。
 水差しを洗いに行って戻ってくる途中であったメイドは、その声に、くすりと笑みを溢した。




 今朝の目覚めは、ルイズにとって最高であった。
 何時も自分で取っていた服が、杖を振るだけで手元へとやってくる。
 そんな、メイジにとっての当たり前が、ルイズにとっては、とてつもなく嬉しかった。
 そのまま、気分良く着替えていた所で、机の上に置かれている手紙に気が付く。
「ホワイトスネイク」
「ナンダ?」
「これ何?」
 ホワイトスネイクの返答は、夜中に扉の下から挿し込まれたらしい。
 中を開いて見ると達筆な字で、ルイズが起こした決闘騒ぎの罰が書いてあった。
 あの時、オスマンが言ったように、ルイズは謹慎一週間で決定の印が押されていた。
「一週間……暇になったわねぇ……」
 この決定にルイズは対して、不満を持っていなかった。
 何せ、罪を犯したのは事実なのだから。
 その罪と言うのは、勿論、禁止された決闘を行ったことであって、ギーシュから才能を奪って殺害寸前まで追い込んだのは、彼女の中では罪ではなく、ギーシュに対する報いであったのは説明するまでもないが。
「まぁいいわ、あの平民の様子も見に行きたかったし……」
 自分の使い魔のルーンをDISCとして差し込まれている、あの少年。
 あの時の速さは、通常時のホワイトスネイクを遥かに上回る速度であった。
「使い魔は、もう居るし……無難な所で使用人って所かしら……
 執事って程に落ち着いた様子は無かったし、ん~」
 少年を自分専用の護衛として雇う気満々のルイズは、どんな肩書きが少年に合うのか、
 じっくりと考えながら医務室まで歩き始めた。
 部屋を出て、医務室のある学園の方に行く為の螺旋階段を下りる時、見慣れた赤毛がルイズの目に留まる。
「あっ……」
 キュルケはルイズを見つけた瞬間に、元々俯いていたその顔を、さらに俯かせた。
 だが、すぐに顔を上げて何時ものように、色気を帯びた笑みを浮かべてルイズに手を振った。
「ルイズ、元気? 昨日は大変だったみたいねぇ!
 で、どうなの? 噂では、ギーシュの魔法を使えるようになったとか、言われてたけど
 どうなのよぉ、そこんところは」
 明るく振舞うキュルケに、ルイズは煩そうに顔を顰め、腕を軽く振るう。

 伸びる腕

 押さえつける手

 押し付けられる身体

 ホワイトスネイクがキュルケの身体を、杖を抜く暇も与えずに、壁に押し付けたのだ。
 呆然とするキュルケにルイズは、グイッと顔を近づける。
 目を逸らす事も許さない。
 強い視線でキュルケの目を見据えながら、ルイズの口が開く。
「良い、よーく聞きなさいよ。
 私は、これから医務室に行くの、用事があるからね。
 あんたの相手は、その後。精々、魔法を扱える最後の時間を楽しんでおきなさい」
 そう言ってルイズは、壁にキュルケを押し付けていたホワイトスネイクを消し、そのまま螺旋階段を下る。
 これ以上、言葉を交わす気の無い事を態度と行動で示されたキュルケは、そのままの体勢で赤髪を揺らし、耐え切れぬように叫ぶ。
「ねぇ、ルイズ、何が、何が、貴方をそこまで変えてしまったの?
 それは、私? 私が原因の事で、貴方は変わったの!?」
 キュルケの慟哭にルイズは首を振るう。
 変わった……?
 違う、私は手段を手に入れただけに過ぎない。



 人間とは、泡のようなものだ。
 小さな気泡の人間も居れば、大きな気泡の人間も居る。
 気泡を大量に持つ人間も居れば、一つしか持たない人間も居る。
 千差万別の大きさと数がある気泡達だが、共通している事が二つある。
 それは、その気泡の中に入ってるモノが感情であると言う事と
 もう一つ、その気泡は『起爆剤』さえ見つけてしまえば、理屈も何も無く、破裂してしまう事だ。
 そして破裂した泡は、中に溜められていた感情を噴出す。
 噴出された感情は、周囲に何があろうと、その発散を止められない。
 いや、割れた当人にとっては、止める気もしないだろう。
 ルイズは、今、まさにその状態だ。
 魔法を奪うと言う、完璧な『起爆剤』を見つけてしまったルイズは、
 16年間溜め続けた、使えない者として泡を破裂させてしまった。


 記憶の積み重ねが人間であると、ホワイトネスイクは自らの主に言っていた。
 ならば、この鬱積した感情もまた、ルイズと言う人間を形作る重要な因子なのである。



 例え、その中の感情がドロドロに溶け合った黒であったとしても、だ。



「ルイズ……」
 どうすれば、どうすれば、あの少女は、元の意地っ張りだけど、自分に正直な少女に戻ってくれるのか。
 考えても、考えても、キュルケの頭には、何も浮かんでこなかった。
 そんな親友の苦悩を、螺旋階段の一番上で眼鏡を掛けた少女は静かに見つめていた。





 医務室に行って、ルイズが最初に目にした光景は、黒髪のメイドが真っ赤になって使用人になる予定の少年の身体を拭いている場面であった。
「………………」
「………………」
 少し血走った目で、半裸の少年の世話をしているメイドもそうであるが、
 初めて同年代の異性の身体を直接見たルイズも、時が止まってしまっている。
 別に何も後ろめたい事は無い。
 シエスタはシエスタで、自分を助けてくれた才人の身体を拭いていただけであるし、ルイズも、ただ医務室の扉を開けただけだ。
 だと言うのに静止時間は、こくこくと過ぎていく。
 永劫に続くかと言うような、その静止時間は、ブッチギリで10秒を越えた時に少年から漏れた僅かな呻き声で、ようやく進み始めた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あのですね!
 これは、これはその……汗を拭いてあげてるだけでして!」
「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そのぐらい分かってるわよ!
 べ、別に変な勘違いとか、その、初めて男の子の裸を見たから動揺とか、してないからね!!」
 二人して吃って真っ赤な顔をしているその様は、傍から見るととてつもなく変な光景であった。
「そ、そ、そ、そうですよね!
 怪我人の身体を拭いてたぐらいで勘違いなんてしませんよね!」
「も、も、も、勿論じゃない!
 か、勘違いなんて、そ、そんなものしないに決まってるじゃない!」
 あはは、と乾いた笑い声を出すシエスタに、ルイズはなんとか平常心を取り戻そうと、息を吸ったり吐いたりしながら、備え付けの椅子へと座る。

―――私は冷静、私は冷静、私は冷静―――

 なんとか頭から先程の光景を消そうと試みるが、基本的に箱入りで異性の裸に免疫が無いルイズにとって、それは至難の業である。と言うか、成功なんてするはずも無い。
 シエスタはシエスタで、ようやく落ち着いたのか、また才人の身体を拭く作業を再開させている。
 両人共、耳まで真っ赤に染めあげ、まるで熟れたトマトのようだ。
―――
――――――
―――――――――
 幾許かの時が過ぎて、ようやく丁寧すぎる作業が終わったシエスタは、脱がせた才人の服を着せ始める。
 かなり長い時間を掛け、若干の平常心を取り戻したルイズは窓の外を見ながら、作業を終えたシエスタに声を掛けた。
「ねぇ……そいつってさ、なんであんなのと決闘したの?」
「それは……私の所為なんです」
 そういえば決闘してたのを手助けしただけで、理由までは知らない。
 あの時、広場に一緒に居たこのメイドならば知っているのでは無いかと聞いてみると、ある意味、予想通りの答えが返ってきた。
(ふぅん……やっぱりね)
 一緒に居たのだから無関係では無いと睨んでいたが、案の定である。
 続く、シエスタの言葉で、あの時の詳細を知る。


 どうやら、最初の発端は、シエスタがギーシュの香水の瓶を拾わなかったのが原因らしい。
 それが元で、二股がバレてその八つ当たりに晒されていたのを、
 才人が庇い、そんな才人の態度にますます腹を立てたギーシュが決闘を申し込んだらしい。
「ふん……馬鹿ね」
「確かに平民が貴族に歯向かうなんて馬鹿かも知れませんけど、才人さんは!!」
 恩人が侮辱されたと思い、声を荒げるシエスタにルイズは違う違う、と手を振り、
 溜め息を吐きながら、自分の言葉が誰に対するモノなのかを明確にする。
「私が馬鹿って言ったのは、ギーシュ……決闘を申し込んだ貴族の方よ。
 あんた、落ちてた香水の瓶には気付いて無かったんでしょ?
 それなのに、責任を追及するなんて馬鹿げてるわ。
 おまけに、二人の名誉が傷付けられた?
 傷付けたのは誰よ? 少なくとも、あんたやそいつじゃあ無いわね」
 フンッ、と鼻を鳴らし不機嫌に呟くルイズに、シエスタは、この人は普通の貴族じゃあ無いみたいと心の中で呟く。
 彼女の中の貴族とは、平民に対しての配慮など、まったくしない。
 そういう思考回路が最初から存在していないのだ。
 だと言うのに、選民思想で凝り固まった今の貴族にしては珍しく、この少女は、もしかして、平民を人間として見ているのでは無いか、とシエスタは思ったが――――――
「話を聞く限り、やっぱりあいつは貴族として失格ね。力を奪って正解だったわ。
 あんなのが、私と“同じ”貴族だったと思うと反吐が出るわ」
 その言葉に、シエスタはやっぱり違う、とルイズに聞こえぬように呟いた。
 この少女は、心の底まで貴族で出来ている。
 確かに、今の彼女には、無実の者に罪を擦りつけられた事に対する怒りもあるが、それ以上に、
『貴族』と言う名を持った者が、無実の者に罪を擦りつけ『貴族』の名に泥を塗った事に対しての怒りの方が占めるベクトルが大きいのだ。
 才人に対し、治療費を出してくれた事などから、平民に対しての理解はあるらしいが、それも上の立場から見た者の理解である。
 対等とは程遠い。
 そう思うと、才人や自分を昨日、ここに運んでくれた事や、秘薬の代金を全額負担してくれた事に対する有り難みの気持ちが薄れていくのをシエスタは感じていた。


「ところで、今日はどのような用事でここに来られたのですか?」
 なんとなく突き放したような感じの言葉を吐いてしまった自分に、心の中で失敗した、と思ったが、言ってしまった言葉は戻らない。
 相手も、言葉に含められていたニュアンスに気が付き、目を鋭くさせたが、まぁいいわ、と呟いて、すぐにその鋭さを取り払った。
「そいつの様子を見に来たんだけど……まだ、目覚めてないみたいね」
「治療をしてくださった方のお話では、もう目覚めても良いとの事ですが……」
 磨耗した精神が休息を欲しているのか、それとも、もっと別の要因なのか。
「目覚めても良いって事は、もう治療は終わってるのよね?」
「えぇ、治療自体は昨日、全て終わっていますけど」
「なら……問題は無いわね」
 シエスタの言葉に、ルイズはホワイトスネイクを出現させる。
 唐突に現れたホワイトスネイクに、シエスタは驚愕の表情を浮かべていたが、ホワイトスネイクが現れた事は、さらなる驚愕への布石であった。
「ホワイトスネイク、あいつを起こしなさい」
 命令が下されると同時に、ホワイトスネイクの手にDISCが出現する。
 それを寝ている才人の頭に差し込んだ。
「何をしてるんですか!?」
「『覚醒』のDISCよ。
 どれだけ深い眠りだろうが、DISCの命令には逆らえない」
 自慢げに説明するルイズの目の前で、ベッドの上に寝かされていた才人の身体が震える。
「うぅ……うぅん……」
 そして、DISCを差し込んでから僅か三秒
 上半身を起こして、間の抜けた欠伸を才人は披露した。




 そこは、ハルケギニアではなく、もっと、もっと遠く、そして辿りつけない世界。
 知る者が語れば、悪鬼の巣窟とも、この世の天国とも答えるその場所は秋葉原と言う、日本と言う国の電気街であった。
 その街の一角の、古ぼけた店に修理を頼んでいたパソコンを取りに来た才人は、突然の事態に目を丸くしていた。
 なんというか、気が付いたら皆、全裸なのだ。
 下着一枚身に着けていない通行人達を見て、才人は一瞬、ぽかーん、と大口を開けていたが、
 すぐに自分も服を着ていない事に気が付いた。
 何が起こったのか分からないが、このままでは警察に捕まると、凄まじい勢いで才人が服を着終わる頃に、街を歩いていた通行人達も、この不可解な現象に叫び声を上げ始めていた。
 とりあえず、面倒になるのは嫌だったので、早足でその場を立ち去る。
 預けていたパソコンを回収することも忘れて、駅へと向かった。
 とりあえずは、家へと帰ろう。
 そう思い、駅への近道である路地裏を通ろうとした時に『ソレ』は現れた。
 自分の身長以上もある鏡。
 これは、なんだろうか?
 疑問に思った才人は、石を投げ込んでみたり、家の鍵を差し込んでみたりと色々試した挙句に、結局、その中に入る事にした。
 中に何が待ち受けているのか、才人は分からなかったが、何故だか分からない予感だけは存在した。
 多分、この鏡を通過したら、自分は『別の世界』に行くのでは無いかと言う予感が……


 そうだ……それで俺は……


 その予感の通りに月が二つある異世界に来てしまったのだ。
 始めは、この突飛な事に、才人は驚いた。
 驚いたが『絶望』はしなかった。
 何故だか分からない世界で、一人だけだと言う事実すら『絶望』を才人に与える事は出来なかった。
 何故なら、そういう予感があり、こうなると言う『覚悟』を才人は無意識に持っていたからだ。
 そうして、自分はシエスタと出会って……それから……


 あの桃色の髪の少女と、出会ったのだ。




「ふぁぁぁぁぁ……ん」
 ピキピキと起きたばかりの筋肉が張る音を、ぼんやりと才人は聞きながら、大きな欠伸をした。
 なんというか、もの凄く目覚めが良い。
 十時間以上グッスリ眠った後の目覚めも、ここまで爽快感を与えてはくれないだろう。
 そんな事を、つらつらと考えていると、急にベッドに押し倒された。
「にぇ、にゃんだ!?」
 回らない舌で、叫んだ声は自分で聞いても酷く間抜けで泣きたくなったが、
 それよりも、今、自分に抱きついてきてる者の方へと意識がいく。
「良かった……良かった……才人さん、本当に、良かった……」
 抱きついてきた少女は、泣きながら才人の覚醒を喜び、その胸の中で、彼の暖かさを感じていた。
「ごめん……心配掛けた……」
 泣いている少女を安心させる為に、才人も確りとその細い身体を抱きしめる。
 二人がお互いの体温を感じている中、ルイズだけが不機嫌そうにその光景を眺めていた。



「ちょっと」
 一分か二分か、まぁ、ともかく時間が暫く経過すると、ルイズは、とうとう我慢しきれずに声を掛けた。
 その声に、才人は、うわわわわぁ、とあからさまにうろたえて、シエスタは、と言うと、なんだか物凄い目でルイズを見てきた。
 その目は明らかに、空気を読んでくださいと言っていたが、あえて無視する。
「あんた!」
「はい、なんでしょうか!」
 ルイズの怒声に、才人は、これは逆らうとマズいなと感じて、思わず敬語で返答する。
 と言うか、さっきから予感が訴えてくる。
 これから、この少女に扱き使われると言う、あまりにも叶って欲しくない予感が……
「あんたを、これから私専属の使用人に任命するわ。
 この私の世話が出来るのよ、ありがたく思いなさいよ」
「なっ! どっ、どういう事ですか!?」
 桃色の少女の言葉に、シエスタが噛み付いているが、才人は、多分、少女の言った通りになる事を感じていた。
(『覚悟』はあった……『覚悟』はあったけど、正直、泣きてぇよなぁ……)
 これから起こるであろう苦難の道の『予感』に、才人は溜め息しかでなかった。




 アルヴィーズの食堂での豪勢な昼食を前にして、キュルケは昨日と今朝のルイズの様子を思い出してブルーになっていた。
 そんなキュルケの隣には、目の前の料理をパクパクモグモグハグハグと次々に胃袋へと収める暴食魔人が座っている。
「ねぇ……タバサ」
 そんな暴飲暴食娘に、キュルケは声を掛ける。
 何時もの彼女らしくなく、とても弱々しい声。
「どうして……ルイズは……」
 その先は続かなかった。キュルケは、言葉を詰まらせ、テーブルの上に載っていたワインを呷る。
 タバサは、ルイズの事を魔法が使えないメイジであり、それを理由に周囲から苛められていたぐらいのことしか知らない。
 だから、ルイズの事は『危険』だと認識していた。
 虐げられていた者の所へ、虐げていた者達に復讐するだけの力が手に入ったなら、
 どんな聖人や天使だろうと、その力を振るう。
 何故なら、そういう者達は信じているからだ。
 虐げられている自分達の事を助けてくれる何かが、何時か、きっと自分達を救ってくれると。
 タバサ自身、そんなものに一片の希望すら持っていないが、心の底ではもしかしてと思っている。
 もし、あの使い魔を召喚したのが自分であるならば……
 自分は、何の疑問も抱かずに祖国へと戻り、あの男を――――――
 そこまで考え、タバサは首を振るう。
 本筋から話が逸れている。
 今は、そんなIFを考えている暇では無い。
 おくびにも出していなかったが、タバサは昨日からキュルケの護衛をしている。
 もしも、自分がルイズであるならば、仇敵の家柄であり、尚且つ、自分に対してからかいの言葉を毎日掛けてきたキュルケを狙いに来るだろうと考えたからだ。
 キュルケ自身、あのからかいの言葉にそこまでの意味を見出していなかったが、あの言葉はルイズの自尊心を傷付けるのに、十分な威力を持っていた。
 そんな言葉を毎日のように掛けていたのだ。殺意を抱かれる恐れは多いにある。
 と言うか、今朝の言葉からして、ルイズがキュルケに対して殺る気満々なのは、疑う余地も無かった。


「そういえば……今朝から、モンモラシーを見ていないわね……タバサ、知ってる?」
 話題を変えよう、別の娘の話を振ってきたが、振ってから、
 キュルケはモンモラシーがギーシュの恋人である事を思い出した。
 恋人が突然、メイジでは無くなったのだ。
 かなりショッキングな出来事だったのだろう。
「ちょっと、様子でも見に行こうかしらね……」
 心配そうに立ち上がるキュルケの手を掴み、そのまま椅子へ座らせる。
 困ったような顔をしているキュルケに、皿一杯に盛られた料理を差し出す。
「今は、良いわよ。食べる気分じゃないから」
「そう言って、昨日の夜から何も食べていない。
 おまけに目の下にクマも出来ている」
 その言葉に、慌てて手鏡を取り出して目の下を確かめるキュルケにタバサは、ゆっくりと声を掛ける。
「大丈夫、彼女の様子は私が見に行く。
 だから、貴方は食事をして、部屋で休むべき」
「別に大丈夫よ。
 今はダイエット中だし、それにこのクマも、大したことじゃあ無いわ。だから―――」
「―――お願い」
 休むように懇願するタバサの姿に、キュルケは溜め息を吐いて、わかったわ、と呟いた。
 それに満足したタバサは、モンモラシーの様子を見に行く為に食堂を後にする。
 勿論、自分の代わりの護衛を用意するのも忘れない。
 タバサが居なくなった後の食堂では、変なテンションの青髪メイドが、キュルケの口に無理矢理食事を運ぶと言う珍妙な光景が見られたとか。



「あの……シエスタ」
「………………」
「その、怒ってるのは分かるよ、けどさ……」
「………………」
「話ぐらいは聞いてくれても良いんじゃないのかなぁと、ぼかぁ思うんですけど……」
「………………」
 現在の時刻は夕刻。
 朱色の空と二つの月が合わさって、絶景を作り上げていたが、そんな事を気にしている暇では無かった。
 私……怒ってます。物凄く怒っています。
 そんな、怒ってますオーラを身に纏って才人の事を無視するシエスタに、正直、才人はビビッていた。
 ルイズが宣言した使用人になれ、と言う発言に、猛然と噛み付いたシエスタだったが、他ならぬ才人自身が、別に構わない、と言ってしまったので、どうにもならなくなってしまったのだ。
 そんな訳で、晴れて才人はルイズの使用人となってしまった訳であるが、それも明日からの話だ。
 別に才人としては今日からでも良かったのだが、幾ら秘薬で治療したと言っても、怪我をしてから一日しか経っていない。
 万が一と言う事もあるので、シエスタの提案で今日も医務室で夜を過ごす事となったのである。
 しかし――――――
「おーい、シエスタ。あの、マジでそろそろ限界なんだけど、あの降りていいかな?」
 昨日の昼から気絶していた才人は、当然の如く尿意を催しており、
 その排泄をしようとベッドから立ち上がろうとすると、シエスタが無言で止めてくる。
 その目は、怪我人ですからベッドから立つなんてとんでもございません、と告げていたが、
 はっきり言って、シエスタのお仕置きであるのは疑うまで無い。
 使用人のピンチだと言うのに、姿の見えないルイズは、昼頃までここで話し込んでから姿を消している。
 と言う事で、現在、医務室には才人とシエスタしかおらず、シエスタに完全にビビッている才人にとっては動くに動けない状況なのだ。
「あの~、シエスタさん。本当、本当、ちょっと、トイレに行くだけですから、勘弁してください、お願いします」
 涙目で訴えてくる才人に、シエスタも限界であることをようやく悟り、無言だった口から、
 久方ぶりに、仕方ありませんね、と発音が聞こえる。
 やった! と叫びのをグッと堪えた才人が、ベッドから降りようとすると、シエスタが手で静止してくる。
 あれ、許可してくれたんじゃないの?
「はい……才人さんは怪我人ですから、怪我人の方のトイレは“コレ”ですよね?」
 シエスタの手に微妙に黄色い尿瓶が握られているのを見た才人は――――――泣いた。


 同時刻
 静寂が支配する部屋の中で、赤色の明りに照らされたキュルケは俯いてベッドに座っていた。
 夕焼けの赤と地の赤で、彩色された髪で隠れた顔には、
 普段の彼女ならば絶対にするはずの無い愁いの表情を張り付かせている。
「……ルイズ……」
 何処か、遠くへと行ってしまった友人の名を呼ぶように、意地っ張りで素直では無い桃色の少女の名を呼ぶ。
 返答など期待していない。
 喪失感を紛らわす為だけに発した、その言葉に―――
「なぁに……キュルケ?」
―――反応したのは、血の様に赤い空と二つの月を背にする漆黒のローブを羽織る少女であった。



 氷柱を背中に突っ込まれたような気分だ。
 自分一人だけしか存在していなかった部屋に、物音一つ立てずに、この少女は現れた。
 息が……苦しい。
 ルイズの放つ威圧感に、キュルケは呼吸すら忘れてしまっていた。
「ねぇ……何か用なの?
 せっかく、私が足を運んできたのだから、面白い話題なんでしょうねぇ?」
 ケラケラと童女のように笑うルイズは、なんというか、言い知れぬ不気味さと人を惹きつける魅力を身に纏っている。
―――違う
 こいつは、こんなのはルイズじゃあない。
 自分の知っているルイズは、あんな化け物みたいな笑い方はしないっ!
「貴方……誰?
 どうして、ルイズの姿をしているの!?」
 敵意を込めた視線に、ルイズは、フンッ、と鼻を鳴らし、右手を掲げる。
 瞬間、ホワイトスネイクが背後からキュルケの頭を一文字に薙ぎ払い、DISCを奪い取った。
 込み上げる喪失感に泣きそうになるのを我慢しながら、キュルケはルイズを睨むのを止めない。
 その様子に、使い魔から渡されたDISCを頭に差し込んだルイズは口を開く。
「一体、何を言っているのか、さっぱり分からないけど、私は私よ。
 他の誰でも、他の何者でも無いわ」
 淀みなく答えるその言葉に、キュルケは首を振る、違う、と
「私の知っているルイズは、我慢が出来なくて、すぐになんでも癇癪を起こすけど、それでもこんな事をする娘じゃあ無かった!
 他人から力を奪うような娘じゃあ、絶対に無かったわ!!」
 我慢していたはずの涙が流れているのを、キュルケは気が付かなかった。
 18年間共に歩んできた才能を奪われたのだ。無理も無い。
 しかし、今、ここでその悲しみに泣き崩れていたら、もっと大切なモノを失ってしまう。


「ねぇ……ルイズ、もう止めましょう。
 奪った才能を返して、また何時ものように一緒に学びましょう?
 そうして、他人から奪った才能なんかじゃあ無くて、貴方自身の才能を育てて行けば良いじゃない……」
「………………」
「こんな事をしたって根本的な解決にはならないわ。
 ねぇ、お願いよ、ルイズ。何時もの優しい貴方に戻って。
 努力家で、意地っ張りで、誇り高い貴方に―――」
「五月蝿い!
 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い
 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
 ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!!!」
 髪を振り回し、取り乱したように叫ぶルイズに、キュルケは近づこうとするが、動いた瞬間、ホワイトスネイクに床に叩きつけられた。
「がはっ―――!」
 肺の中から追い出された空気が、口から漏れる音を自身で聞いたキュルケは、それでもルイズに言葉を掛け続ける。
 今なら、先程のような余裕を持っていない今ならば、自分の言葉もルイズに届くはずだ。
 いや、届かせなければならない。
「こんな……こんな力に振り回されるのは貴方じゃあ無い!
 今の貴方は、この使い魔の力に酔っているだけ!
 お願い! 正気に戻って! ルイズ!!!」
 最後の言葉を吐き出したと同時に、キュルケの口から血が噴出す。
 上から踏みつけてくるホワイトスネイクに、何処か、生きるのに重要な器官が潰されたのかも知れないが、それでも止める訳にはいかない。
大切な、友達を助ける為に……
「ルイズ……」
「うるさいって言ってるでしょ!
 戻れですって!? あの魔法を使えず、侮辱され続け、屈辱を投げつけられていたアレに!?
 冗談じゃない! 私は戻らない! あんな! あんな! 最低の場所に戻るなんて絶対イヤ!
 酔っているだけ? 違う! 私は『使いこなしている』だけ!
 この力で、貴方達を、私を『ゼロ』と馬鹿にした連中全てを、私は―――!!」
感情のままに吐露するルイズの言葉を、キュルケは遮ろうとするが、それはまったく別の形で中断された。


 窓側の壁全てが、一瞬にして破壊されたのだ。



 見晴らしの良くなった部屋の中で、乱れた髪を気にも留めずに、ルイズは壁を壊した闖入者へと目を向ける。
 蒼い髪に眼鏡を掛けたその少女は、ウィンドドラゴンの幼体の上に立ち、
 その身体に似合わぬ大きな杖を、迷い無くルイズへと向けていた。
「二度目よ……貴方が、私の邪魔をするのは……」
 ポキリと散らばった廃材を踏みつけ、ルイズはドラゴンへと一歩踏み出す。
 キュルケを踏みつけていたはずのホワイトスネイクも、その後に続いていく。
「貴方……『覚悟』はしているのでしょうねぇ
 人の邪魔をするって事は、排除されるかも知れないって言う『覚悟』を」
 淡々と語るルイズに、タバサは僅かに口を開く。
「昼間……モンモラシーとギーシュに会った……」
「何を言っているの?」
 ルイズは、疑問符を頭の上に浮かべていた。
 何故、ここでギーシュの話題なのか。
 この眼鏡の娘は、ギーシュと何か親密な中で、その為、邪魔をしているとでも良いたいのだろうか?
 そんなルイズの困惑を余所にタバサは言葉を続けた。

「彼は……壊れていた。心も、記憶も……何もかも」

 それは、無感動な彼女にしては珍しく、誰が聞いても怒っていると分かる、静かな怒声であった。
 それが異常な事だと分かったのは、倒れているキュルケだけで、普段のタバサを知らないルイズは、ただ、壊れたの、と詰まらなそうに呟く。
「情けないわね……私は、16年間、魔法を使えない事に耐えてきたのに。
 一晩も耐えられないなんて……貧弱ね」
 蔑むような声色を発した、その『敵』へ、タバサは呪文を紡ぐ。
 ウィンディ・アイシクル
 タバサの最も得意とする、トライアングルスペルの一つだ。
「へぇ……」
 感心したようなルイズの声に、タバサによって作り上げられた氷の矢が、一斉に襲い掛かる―――が
「ウオシャアアアアアアアアアア!!」
 ホワイトスネイクの烈火の如き叫び共に繰り出された拳で、全て叩き落された。
「―――ッ!」
 あの使い魔が有能な事は、能力から見て推測出来たが、まさかここまでとはタバサも思っていなかった。
 しかも、氷の矢を真正面から叩き壊したと言うのに、ホワイトスネイクの両手には傷一つ存在していない。
 辛い、戦いになる。
 シルフィードの背中の上で、次なる呪文を紡ぐタバサは、これまでの戦いの中で最も困難な事になるであろう事を感じていた。


 一方、ルイズも内心は焦りを持っていた。
 ホワイトスネイクは有能だ。
 本体の性能も言わずもがな、その能力は、使い方さえ考えれば、最強の盾にもなり、矛にもなる。
 が、射程距離の内部であるのならばの話だ。
 ルイズにとっての一番の問題は、どうやって空を飛ぶ敵に近づくのか、だ。
 今奪ったばかりの魔法で叩き落すと言う選択肢もあるが、今の一撃から、魔法の技量は、今まで奪った二枚のDISCの中に記憶されているモノよりも、遥かに上であることが理解できる。
 そんな相手に、地面から相手よりも下手な魔法を撃った所で、通用するはずも無い。
 長期戦になれば、人が来る。
 否、もうすでに壁の破壊音に気が付いて、宿直の教師が近づいてきているかも知れない。
 となると、ここは出し惜しみ無しで、ホワイトスネイクを至近距離まで近づかせ、短期決戦で勝負をつける。
 奪ったDISCの中で使えそうな呪文を全て引っ張り出しながら、ルイズは、敵意を剥き出しにして、タバサを睨みつけた。




 そんな二人が激突するのを見ている事しか出来ないキュルケは、満足に呼吸が出来なくなった身体で、静かに立ち上がった。
 もうすでに戦いの場は、キュルケの部屋から移り変わり、二つの月が浮かぶ空が、戦闘の場となっている。
「何故……」
 どうして二人が戦わなければならないのか。
 どうして私は、二人を止める事が出来ないのか。
 キュルケは悔しくて堪らなかった。
 そんな彼女の足元に、きゅるきゅると鳴きながら、今まで部屋の隅で震えていたフレイムが擦り寄ってくる。
 口元を紅く染める主人を心配するようなフレイムに、キュルケは大丈夫と告げると、動くだけで激痛を訴える身体に鞭を打ち、二人の後を追っていった。





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