ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十四話 『Re:決闘日和 ~Blind Spot~』

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第十四話 『Re:決闘日和 ~Blind Spot~』

港町ラ・ロシェール。狭い峡谷の間の山道に設けられた小さな街である。
人口は三百人程度しかいないが、アルビオンへの玄関口として常に十倍以上もの人々で賑わいを見せている。
立地条件から昼間でも薄暗いのだが、裏通りのさらに奥深く、日の光から逃れるかのようにして一軒の居酒屋が存在する。
その『金の酒樽亭』には酔っぱらった傭兵や、カタギとは縁遠い輩がたむろしている。
しかしそう言った連中しか開かないはずの扉が、今日に限っては違った。
はね扉を開いて現れたのは白い仮面にマントの長身の男と目深にフードを被ったやはり長身の女だった。
男は女に奥の席に行くよう指示をすると店主と話し始めた。女は少し覚束ない足取りで席にたどり着くと身を縮めて座った。
酔っぱらった男たちは目配せをすると女の席に近づく。
「お嬢さん、連れがどっかいっちまってんだろ?一緒に呑もうぜェ」
「一人は寂しいよなァ、楽しくお話しするだけだからよ」
下卑た笑みを顔中に張り付けて、男が女のフードを持ち上げた。誰かが口笛を吹く。それほどに女は美人だったのだ。
切れ長の目に、細く高い鼻筋。紛れもなく『土くれ』のフーケである。
しかし、その目は虚ろでどこを見ているのか定かではない様子だ。意志の強かった眼差しはない。
「こいつは上玉だ!肌が象牙みてえだぜ!」
無粋な男が肩に手を回し、フーケの顎を持ち上げる。
しかしフーケはその手を払うどころか、肩を震わせてビクビクと落ち着かない様子で、男たちを恐れているようにも取れる。
「なんだぁ?お前もしかして生娘か?」
生娘の一言で男たちのテンションが一気に最高潮へと持ち上がった。
「寂しいと冷えるだろ?俺たちが暖めてやるよ。体でな!」
肩に手を回していた男がフーケの胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。しかしその手を別の手が掴み、男を吹き飛ばした。
「っつつつ・・・何しやがるテメェ!」
全員が一斉に武器を取って乱入者を睨む。白い仮面をつけた男だった。
「彼女は私の相方でね・・・あまり手荒には扱って欲しくないんだ」


白仮面の物腰は柔らかく、貴族だとすぐにわかる。しかし酔って頭に血が上った男には貴族も平民も関係なかった。
「命が惜しくねえらしいなテメェ!」
「おい止めろって。貴族ってことはあいつメイジ・・・」
同僚の制止も振りきると男は剣を振り上げた。
「テメェぶっ殺してやらあッ!」
しかし白仮面は慌てず騒がず素早く杖を引き抜くと同時に詠唱を完成させ、男の胸に突き刺した。
胸から杖を引き抜くと、栓を抜いたワインのように赤い血が零れ出し、断末魔を上げることなく男は絶命して床に倒れた。
重い物体が落ちる音以外には何も聞こえなかった。仲間が殺られたとは言え、依頼でもないのにメイジ相手に喧嘩を売るバカは今しがた死んだ奴くらいだ。
傭兵が命を懸けるのは金のためだけだ。
「フム、お騒がせしてしまったかな。店主、迷惑料だ」
そう言って白仮面はカウンターに袋を投じた。重量感のある音からはかなりの額だと思われる。
「さて、諸君」
白仮面に呼ばれた傭兵たち全員がビクリと身を震わせる。貴族に手を出したのだから相当の仕打ちを覚悟した。
だが、白仮面は優しく囁きかけるかのような声音で話しかけてくる。
「君たちに『仕事』を持ってきた」
意外な展開に傭兵たちは口を挟もうとしたが、言外に断れば死だというニュアンスを含んでいるのに気づき、みな口をつぐんだ。
「仕事だからな、報酬もあるぞ。受けるのか?受けないのか?」



机の上に置かれた袋は、先ほど店主に投げ渡したものの比ではない。いぶかしんでいた傭兵たちもこれには文句をつけなかった。
「金さえ払っていただけるんならばもちろん承りまさあね。なあみんな!」
『オオーッ!』
仲間が殺られたことなどすでに彼らの頭にはなかった。あるのは金に対する欲求と鬱憤を晴らせる場が与えられたことだけである。
「内容はある場所を襲うだけだ。合図があるまでは好きにしてていい」
「へい、かしこまりまして。へへっ、仕事の前の景気付けだ!呑むぞォーッ!」騒ぎ出した傭兵たちを尻目に白仮面はフーケに向き直ると、ニヤリと笑った。
「クククッ、すっかり良い子になってしまって。『教育』の成果が出てきたかな?」
「あ・・・う・・・・・・」
フーケの答えに満足そうに頷くと、マントの中から白い小粒を取り出した。緩慢だったフーケが急に俊敏になりそれに手を伸ばすが、ヒラリとかわされてしまう。
「言っただろうフーケ。仕事が終わるまでおあづけだと。だからしっかり仕事をしておくれ。私のフーケ・・・」


アルビオンに向かうには港があるラ・ロシェールに向かわなければならないらしく、時間もないと言うので馬を飛ばし、途中で何回か馬を代えて走っている。
「早くしないと日付が変わっちゃうわよー」
「・・・・・・」
渓谷の隙間を縫うように滑空するシルフィードの背中からルイズの檄が飛ぶが、ウェザーもギーシュも無言だ。
もう何時間馬に乗り続けたかも分からなくなり、先行するシルフィードに届く声で怒鳴る気力もなかったのだ。
「ひい、ひい、か、彼女たちは風竜だから楽だろうけれど、僕らは馬なんだぞ!」
「お前はまだ乗り慣れているだろうが・・・」
あえぎあえぎ喋るギーシュにウェザーも疲れた様子で付き合う。所々で馬のブハーッという荒い息が合いの手として入る。
当然だ、早馬でも二日かかる距離を一日で行こうというのだから。それでもすでに空には月が出ていた。
「しかし・・・港町と言っていたのに進むのは山道ばかりだな。海はどこにあるんだ?」
「アルビオンに行くのに海なんか渡らないよ。君はそんなことも知らないのかい?」
ギーシュたちには異世界のことを話していないので当然こういった反応が返ってくる。その対策としては適当に言葉を濁すことで回避することにしている。

「俺のいた所は船といえば海だったからな」
「へえ、そうなのかい。あれ?そう言えば君の出身地を聞いていなかったよな。どこの生まれだい?」
「あー・・・遠いところだ」
「遠いところじゃわからないよ。具体的な地名を教えてくれ」
面倒なことになったと思った時、突如渓谷の上から松明が投げ込まれた。松明の炎に驚いた馬が竿立ちになり、二人は放り出されてしまった。
倒れたギーシュの真横に矢が刺さる。
「奇襲だ!」
腰を抜かしたギーシュの襟首を引っ付かんで引き立たせると目の前に空気の層を作り出した。これで矢はしのげるだろう。
「ギーシュ、ワルキューレを出せ!」
慌ててワルキューレを四体作り出して前面に並ばせる。柔らかい青銅に矢が何本も刺さった。
「ルイズ!」
先行していたシルフィードにも矢が襲いかかったが加速して振りきる。
しかし狭い渓谷内ではシルフィードは旋回出来ないのでどうしても距離を取って渓谷の上にでなければならないのだ。
(援護は期待できないが無事か。・・・敵は上のポジションを取り数も不明・・・)
もっとも、ウェザーは端から数を気にするつもりはなかった。
崖の上一帯に小さい雹を降らせれば沈黙するだろうと打算し、雲を集め始めたとき、崖の上に小型の竜巻が起こった。
襲撃者たちはもんどり打って崖から転落していき、うめき声をあげた。
崖のさらに上方、雲に隠れた朧月を背景に大型の獣に跨がったマントの男がいた。
「誰だ?」
「知らないけど彼が蹴散らしてくれたらしいね。助かった・・・」
男はゆっくりとこちらに降りてきた。そこでウェザーははじめて男が学院に来た王女の護衛の兵であったことを思い出した。
「ワルドさま!なぜここに?」
返ってきたシルフィードの背からルイズが飛び降りて駆け寄ってきた。
「知り合いかルイズ?」
「ええ、まあ・・・」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・いや、なに、その・・・すまないが誰か水を持っていないかな・・・?」
なぜか息も絶え絶えなワルドは獣から降りると膝に手をつきそれだけ言った。汗がヒゲから滴っている。
ギーシュが荷物から水筒を出して渡すと、ワルドは貴族らしからぬ豪快な飲みっぷりを披露して見せた。これには一同驚いたものだ。
「ぷはっ、はぁ。いや、すまないありがとう」
「それで、なぜここにワルドが?」
「いや、実は姫殿下から君たちに同行するよう命じられてね。君たちだけではやはり心もとないらしい。かといって一個部隊つけるわけにはいかない。
 で、僕の出番と言うわけだったんだが・・・学院の正門で落ち合うつもりが深い霧のせいで見つけられなくてね・・・やっと晴れたと思ったら僕一人で・・・」
最後はちょっと涙声だった。普通なら生徒たちが歩いている時間にいい大人が一人でさ迷っている光景を思い浮かべると、ウェザーもなんだか泣きそうになってしまった。
タバサがじぃっ、と見てくる。
こっち見んな。
とりあえずギーシュとキュルケに襲撃者たちの取り調べを任せてこちらはワルドに向かう。
「だが王女がそう指示したという証拠を見ない以上信じてやることはできないな」
「そんな!ここまで全力で飛ばしてきたのにまた帰れって言うのかい?」
本当に泣き出しそうなワルドを庇うようにルイズが両手を広げて前に飛び出してきた。
「待ってよウェザー!彼の素性はわたしが保証するわ」
「やっぱり知り合いか」
「ええ。彼はワルド子爵と言って、女王陛下の魔法衛士隊のグリフォン隊隊長よ」
よくわからないのでタバサに聞いたら「偉い」の一言だけが返ってきた。
なるほど、乗ってきた大型の獣は確かに本で見た幻獣の特徴を兼ね備えた、紛れもないグリフォンだ。
「ご理解いただけたかな?なら道中よろしく頼むよ。と言っても町まではもう距離はないがね」
ワルドが指差した方には微かに明かりが見えていた。ギーシュとキュルケの帰りを待っているとほどなくして二人がやってきた。
「奴らはなんと?」
「子爵、あいつらはただの物取りだと・・・」
「フム、ならば捨て置こう」

ヒラリとグリフォンに跨がるとワルドはルイズを優しく抱き上げて前に乗せる。その行動に全員が唖然としたが、次の一言で呆然としてしまった。
「彼女は僕の婚約者なんだ」
ルイズは顔を赤くして俯いてしまった。他人の婚約に口を出すつもりはないが、予想だにしなかった理由に思考がついてこないのだ。
それでもなんとか全員シルフィードと馬に乗ることができた。
「今日はラ・ロシェールに一泊して明日朝一番でアルビオンに渡ろう」
ワルドは先頭に立つと高らかに宣言した。
「諸君、出撃だ!」
ラ・ロシェールまで二百メートルもないのに、今までの遅れを取り戻そうと張り切るワルドを五人は涙なしでは見ることができなかったと言う。

ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』は貴族を相手にするだけあって、豪華な作りであった。
一行は一枚岩から削り出したテーブルに陣取ると、旅の疲れを癒すためにくつろいだ。
ちなみにワルドは少しでも活躍を見せたいのか率先して『桟橋』へ乗船交渉に向かったのでいない。
「どっこいしょっと」
ウェザーが椅子にどかりと体を投げ出すのを見たルイズが渋い顔をする。
「ちょっと、あんた『どっこいしょ』なんて年寄り臭いわよ」
「んなこと言ったってなあ・・・疲れたんだよ」
「あら、本当?馬で腰を痛めたのならあたしがマッサージしてあげるわ。もちろん馬乗りでね」
「キュルケ下品よ!」
「あら、何でかしら?腰をマッサージするなら背中を跨がなくちゃできないわ。馬乗りになるのは当然よ。あなたいったいナニを想像したのかしら?いやらしいわ」
またぞろルイズとキュルケがやいやいと騒ぎ出したので話題を強制的に変えた。
「年寄りと言えばあのオールド・オスマンって何歳なんだ?」
「百歳とか三百歳とか言われているけど、実際年齢は誰も知らないんじゃないかな」
「多分本人も知らない」


テーブルに突っ伏したギーシュと青汁みたいなジュースを注文して味わうようにちびちびと飲むタバサが答えてくれた。
「まあ今さら年齢不詳ごときじゃ驚かないがな。それからお前らは全員二年生なんだろ?全員ルイズと同じ十六歳なのか?」
「いや、僕は十七だよ。タバサは十五だしキュルケは十八だからね。必ずしも年齢が統一されているわけじゃないんだ」
「あなたは?」
タバサの一言に喧嘩していた二人もこちらに身を乗り出してきた。
(そう言えば話していなかったな)
「わたし聞いてないわよ」
「見た感じ二十七、八ってところかしら」
「三十九だ」
ザ・ワールド!時は止まる!それからきっかり九秒で全員復活した。
「な・・・『何歳』だってェー!」
「さささ三十九ゥーッ!」
「わたしの三倍強・・・」
「恋に年は関係ないわ!」
四者四様の反応が返ってきた。ギーシュはただただ驚くばかりだし、タバサなんかは口の端からジュースがこぼれている。
キュルケはどうでもよさそうだがルイズはうんうん唸っている。
さて、この状況をどう収集するか考えているとワルドが帰ってきた。
「アルビオン行きの便は明後日にならないと出ないそうだ」
「そんな、急ぎの任務なのに・・・」
「あたしはアルビオンに行ったことがないからわかんないけど、どうして明日は船が出ないの?」
キュルケの疑問にはウェザーも同意だった。ワルドが答える。
「明日の夜は月が重なるだろう?『スヴェル』の月夜だ。その翌朝がアルビオンが最もラ・ロシェールに近づく時なのだよ」
(月が関係するということは潮の満ち引きなんだろうか?しかしまさかこの世界でも『引力』に関わろうとはな)
話し終わったワルドが机の上に鍵を並べた。
「なんにせよ疲れているだろうから、今日はもう寝よう。部屋割りだが・・・」
ワルドの提案した部屋割りは妥当だった。女同士のキュルケとタバサ、男同士のウェザーとギーシュ、そして婚約者同士のルイズとワルド。
      • 最後のはどうだろうか?
部屋割りを聞いたルイズは顔を赤くして「まだ早いわ!」としきりに拒んだが、何やら大事な話しがあるらしいとのことで納得した。


「君も一杯どうかね?ルイズ」
貴族相手の『女神の杵』でも一等豪奢な部屋にルイズとワルドは泊まる。ベッドなんかは天蓋付きだ。
ルイズは促されるままに椅子に腰かける。ワルドが杯にワインを満たしていく。二人分のワイン。それを掲げる。
「二人に」
ルイズも俯きながら一つを手に取り軽く合わせる。かちん、と澄んだ音がした。
「姫殿下からの手紙はあるかい?」
ルイズはポケットの上からそれを確認したが、同時にアンリエッタとウェールズのことを思い出してますます気が重くなってしまった。ワルドはそれを単なる緊張と受け止めたらしく、優しく微笑みかける。
「久しぶりだからね・・・緊張するのも無理はない。実を言うと僕も緊張しているんだ」
「まあ、どうして?」
「何せ久しぶりに見た君は一段と美しくなっていたからね」
「まあ、ワルドさまったらいけない人・・・」
ルイズの頬が赤く染まる。そんなルイズを見ながらワルドは思いを馳せるように喋り出す。
「覚えているかい?あの日の約束・・・。あの池にうかんだ小舟で、ご両親に叱られると必ず君はあそこでいじけていたね。ほうっては置けなかった・・・」
「あなたヘンなことばかり覚えているのね」
ワルドは口の端を上げて笑う。
「君は失敗ばかりだけど、誰にも負けないオーラを放っていた。魅力と言ってもいい。君は特別なのさ。その証拠に君の使い魔――」
「ウェザーのこと?」
「ウェザー?変わった名前だね。彼の左手のルーンは伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印なんだ」
「ガンダールヴ?」
ルイズがいぶかしむようにワルドを見る。
「そうさ、始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔・・・誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」
「信じられないわ」


ルイズはワルドが冗談を言っているのだと思った。確かにウェザーは『スタンド』という未知の能力を操るし、バカに強い。
そこいらのメイジなんかよりも格段に強い気もするが、それはやはり贔屓目だろう。
伝説の使い魔だなんて信じられない。まして自分はゼロなのだ。ワルドの言うような力などあるはずがない。
ワルドは俯いて動かないルイズに視線を送りながら、熱っぽい口調でルイズに語りかける。
「君は偉大なメイジになる。この僕が保証するよ。それで、だねルイズ・・・」
ワルド今までになく真剣な口調になるのでルイズも思わずいずまいを正してワルドを見た。
「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」
「え?」
いきなりのプロポーズにルイズは慌てた。
「このワルドには『夢』がある。いずれはこのハルキゲニアを動かすような貴族になって見せる」
「で、でも!わたしは・・・まだ十六よ・・・」
「もう充分大人さ。自分のことは自分で決めれるし、父上も許してくださっている」
ルイズは視線をそらして考え込んでしまった。
「久しぶりだから戸惑っているのだろう。旅はいい機会さ、きっとまた懐かしい気持ちになる。なに、僕も急かしてしまったみたいだ、返事は今でなくてかまわないよ」
ただ、とワルドは付け加えた。
「僕は君が受けてくれると『信じている』よ」
その瞬間ルイズの脳裏に浮かんだのはウェザーだった。自分を『信じている』と言った男。自分のことを文字通り命を懸けて救ってくれた使い魔。
自分がワルドと結婚すればウェザーはどうなるだろう?なんだかんだで交友関係は広げているから誰かが世話を焼くだろう。
キュルケか?ご飯を奢ってもらっているメイドか?まさかタバサが?
しかしルイズはそれを認めたくなかった。
「僕は急がないよ」
ワルドは優しい。憧れていた。なのに、この気持ちは何?
ルイズは得体の知れないわだかまりに悩んだ。




翌朝、ウェザーが朝食を取るために階下に降りようとドアを開けると、目の前にワルドが立っていた。身長もさして変わらない二人の目線がぶつかる。
「邪魔だどけ。蹴り殺すぞ」
「朝一番に仲間にかける言葉が蹴り殺すだなんて物騒だな。朝は弱いのかい?」
「知らん。だが朝一番に男と見つめ合っていればそんな気分にもなる」
「・・・」
ワルドが脇によけて道を開ける。その横を通過するときにワルドが囁いた。
「君は『ガンダールヴ』なんだろう?」
ウェザーが足を止めたのを見て今度はしっかりと話しかけてくる。
「フーケの件で興味がわいてね。昨日部屋でルイズにも聞いたが、君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね」
ウェザーの無言を肯定と解釈したワルドがさらに続ける。
「僕は歴史と兵に興味があってね、調べていたら『ガンダールヴ』にたどり着いた」
「勤勉だな・・・」
「ありがとう。さて、ところで本題なんだが、ちょっと手合わせを願いたいんだ」
「手合わせ・・・だと?」
ワルドは杖を引き抜いて意味を示した。要するに『決闘』がしたいわけだ。ウェザーはワルドをじっくり見た。
すると、いきなり脳内に映像が流れ込んできたのだ。
ワルドが徹底的に決闘を断られる映像だったり、そのくせしつこくお願いしていたり、挙げ句ロリコン扱いされる映像だったりと全編通してワルドが悲惨だった。
ウェザーは思わずよろめいてしまった。


「大丈夫かい?本当に朝は弱いんだね」
「・・・いいだろう。受けてやる」
「本当かい?なら朝食を取ってからにしようか。君の体調が戻るまで待つよ」
「ああ・・・」
ワルドは意気揚々と階段を降りていったが、その背中を見ていたウェザーは何だか哀れでしょうがなかった。
決闘を受けたのも不憫だからというのが五割だった。残りの五割は不信感。
ワルドは『ガンダールヴ』をルイズから聞いたと言っていたがウェザーはルイズにはまだ話していない。
知っているのはオスマンだけだ。他にこのルーンを怪しむとすれば・・・

鈍色の雲に覆われた空の下、ウェザーとワルドはかつて使用されていたという今はただの物置と化した練兵場に、二十歩ほどの距離を取って向かい合った。
物置と化しているだけあって樽や空き箱が積まれ、苔むした旗立台だけがかつての栄華を匂わせる。
「古き良き時代、まだ王が力を持っていた、そして貴族たちがそれに従っていた時代・・・・・・、名誉と誇りを何よりも重んじ、矜持をかけて魔法を唱えあった、最も貴族が貴族然としていた時代。とは言え、矜持と言ったって女の取り合いなんかだがね」
「あいにくと俺は歴史に疎くてな・・・やるならさっさとやるぞ」
ウェザーは宿で借りたナイフを左手で弄びながら言う。左手のルーンが光り身体が軽くなるのを感じた。
「せっかちだな。少し待ちたまえよ。立ち会いにはそれなりの作法というものがある。介添人がいなくてはね」
ワルドがそう言うと、練兵場の入り口にルイズが現れた。その後にはギーシュ、キュルケ、タバサの三人も付いてきている。
「ワルド、来いって言うから来てみれば・・・どういうことなの?」
「彼の実力を試したくなってね」
「何言ってるのよ!わたしたちは仲間でしょう?」
「だからだよ。お互いの能力は把握しておくべきだからね。それに、僕は貴族で男だ。強いか弱いか。それが気になり出すともうどうしようもない」
ワルドに言っても無駄だと悟ったルイズはウェザーに向いた。


「ウェザー止めなさい!ワルドは魔法衛士隊の隊長なのよ、ケガするわ!これは命令よ!」
しかしウェザーはルイズを見ずにどこ吹く風だ。
「なによ!どうなっても知らないんだから!」
ルイズはふてくされてそっぽを向くと、練兵場の橋の空き箱を椅子がわりにして座った。三人も各々が見やすいように座る。
「では、介添人も来たところで、始めるとしようか」
ワルドは優雅な、しかし隙のない仕草で杖を引き抜くとフェンシングの構えのように、前方に突きだした。
「ケガしたからって泣くんじゃねーぞ」
「フフフ、大した自信だな・・・ではこの『閃光』ことジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、容赦せん!」
ウェザーがルーンにより向上した身体能力でもってワルドに迫る。二十歩を一瞬でゼロににして左手のナイフを振り下ろす。
しかしワルドはウェザーの速さに対応し、杖でナイフを受けるとその勢いで後ろに下がり、すぐさま突きを繰り出してきた。
風切音がウェザーの耳元を掠めたかと思えば、頬から血が流れ出していた。
「野郎・・・」
ワルドの突きを避けながらその内の一つに会わせて踏み込んでナイフを肩に突き刺そうとしたがワルドは優雅に飛び退り、華麗に構えを整えた。
「どうしたねウェザー君?伝説の力とはこの程度かね?」
ウェザーを挑発するワルド。しかしウェザーは意に介した様子も見せずに指を鳴らした。
パチンという乾いた音と共にワルドの肩に掛かっていたマントのグリフォンの刺繍が一人でに裂けたのだ。
「どうしたねワルド君?衛士隊長の力ってなこの程度かね?」
「おもしろい・・・」


二人の疾風のような攻防を眺めていた四人は二人がようやく止まったのを見て大きく溜め息を吐いた。
三人は概ねウェザーの応援をしていたがルイズは心中複雑を極めていた。
ウェザーの頬から血が出たときなどは引きつった声を出し、今しがたワルドのマントが裂けたのを見たときは息が止まりかけた程だった。
「うーむ、やはりグリフォン隊隊長の肩書きは伊達じゃあないな。あのウェザーを圧してるぞ。しかし僕に勝った者としてウェザーには負けてもらっては困るなぁ」
「何言ってんのよギーシュ。ダーリンだって負けてないわよ。あのマントを切り裂いた攻撃見えた?ナイフの扱いまでできるなんてダーリンたらますます素敵だわ!」
「彼はナイフに関しては素人。何か別のモノで切り裂いた」
完全に見物客と化しているギーシュとキュルケの話しにタバサが口を挟んできた。
「別の何か?それって例の先住魔法のこと?」
「わからない」
「うーむ、彼は本当に何者なんだろうか?」
三人が話しに熱中している間にも二人の戦いは第二局に入ろうとしていた。

ウェザーは考える。
ギーシュ、フーケとメイジとの戦いはいくつか経験しているが、このワルドは今までのメイジとは段違いで強い。
ギーシュにしろフーケにしろ、ワルキューレやゴーレムと言った遮蔽物を置き、接近戦は避けていた。
学院の授業でもメイジは魔法に頼り切っていることと、杖がなければ魔法が使えないこともすでにわかっていた。
だからこそナイフでの接近戦を仕掛けたというのに奴は離れるどころか自ら乗ってきたのだ。
ウェザーの思考を読んだのかワルドが話し始めた。
「魔法衛士隊はあらゆる状況でも戦えるよう特別な訓練がされている。詠唱さえ戦いに特化され、杖を剣のように扱いながら詠唱を完成させることができるのさ」
今度はワルドが仕掛けた。剣のように袈裟懸けに切り払ってくるのをウェザーは半身になってかわすとナイフを横に薙いだ。
しかしマントの端を切り取っただけで、薙払ったことによりウェザーの身体が開く。
その土手っ腹にワルドの杖の柄がめり込む。思わず飛び退いたウェザーが耳にしたのは聞き慣れない言葉だった。


「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ・・・」
詠唱だと気付き止めようとしたが、それよりも早く詠唱が完成し、巨大な空気のハンマーが正面からウェザーを襲った。
「うぬあ!」
とっさにガードしたものの風の勢いに十メートル近く吹き飛ばされ、積み上げられた樽や空き箱に盛大に突っ込んでしまった。壊れた破片が土埃と共に空に舞い上がった。
脇で見ていたルイズが勝負ありだと止めようとしたが、ワルドは閃光のごとき速さで倒れたウェザーに飛びかかった。
四人が息を呑み、ワルドが勝利を確信した瞬間、崩れた破片の中から声がした。
「俺のいた所にはこんな記録がある・・・ハリケーンによって巻き上げ飛ばされた木材が、鉄の塊である車を易々と破壊したっていう記録がな・・・鉄でそうなら人間に当たったらどうなるんだろうな?」
その途端、ワルドに向けて猛烈な暴風が吹いてきた。その風に乗って砕けた樽などの破片が凶器となってワルドに降り注ぐ。
「試してみるんだな!お前自身でッ!」
「ぐあああッ!」
咄嗟に『エア・ハンマー』で打ち落とそうとするが、瞬間風速八十メートルの木の弾丸には減速が限度で、腕を出し身を縮めて急所への攻撃を防いだが、風に巻かれて反対側の壁に叩き付けられた。
腕や肩には木材が刺さり痛々しい、思わず膝を突いた所に、暴風に乗って正に風になったウェザーが迫り、ワルドの膝を踏み台にして顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐぅ・・・」
「勝負ありだな」
ワルドの手からは杖が落ちていた。



一部始終を見ていた四人はその結果に驚いた。応援していたとは言えまさか魔法衛士隊の隊長をここまでのすとは思っても見なかったのだ。
ルイズはすぐさまワルドに駆け寄り抱き起こした。
「ワルド!大丈夫なの?」
「うっく・・・ああ、破片はそんなに深くは刺さっていないみたいだからね。ただ・・・婚約者の前で負けてしまったのでは格好が付かないな・・・おまけに鼻血がとまらない」
「いいのよワルド。すぐにお医者様に見せに行きましょう」
ワルドを支えるようにしてルイズは寄り添うとウェザーの横を通り過ぎていった。
「ワルド本当に大丈夫?」
しかしワルドはルイズの声が耳に入らなかったのか、「そうか、風の先住魔法までとは・・・」とぶつぶつと独り言を言っている。
その目つきに、ルイズの背筋が震えた。
(いやだわ、わたしったらワルドのことを怖いだなんて・・・)
一方で一人になったウェザーのもとには三人が駆け寄る。
「ダーリンすごいわね!惚れ直しちゃったわ!」
「まあこの僕に勝ったのだから当然かな」
「大丈夫?」
浮かれる二人とは対照的にタバサが淡々とした調子でウェザーの身を案じた。
「あの風の魔法のことか?たしかに直撃したからか腕が痺れているが・・・まあ、あとは軽い打撲程度だ。なかなか強かったぞ、あいつは」
本当のところはスタンドによるガードを行っていたので大分軽減されているのだが。
(ゴーレムみたいな実体型でない魔法にもある程度スタンドは干渉できるのか)とウェザーは新たに認識した。
ナイフを返してくると言って去ったウェザーの背中を見ながらキュルケが呟いた。
「ウェザーって本当に何者なのかしら。相手はスクウェアクラスのメイジよ。ギーシュやフーケとは訳が違うわ」
その言葉にギーシュは肩を大いに落とした。


「けれども彼はまだ本気を出してはいない」
「ウソ?スクウェア相手に手加減したって言うの!」
「子爵もまた全力ではない」
「ん、まあ、確かに今回のこれはあくまで手合わせだものね」
と、そこで気落ちしていたギーシュが口を挟んだ。
「彼の正体と言えば、出身地はかなり遠くだと言っていたよ。で、だ。僕はある仮説を立ててみたんだが聞いてくれ」
ギーシュはもったいぶって咳払いをすると掌を空に向けて開き肩の高さに持ってくると、目を見開いて叫んだ。
「実はウェザーは遙か遠くにあると言われる聖地を守るエルフの一族だったんだよ!」
「「な、なんだってー!」」
「考えても見てくれ。あの強力な先住魔法(?)、どこか浮世離れした言動、そしてかたくなに脱ごうとしないあの帽子」
ギーシュの説明にキュルケがハッと息を呑む。
「まさかあの帽子って、エルフの尖った耳を隠すためのものだって言うの?」
「僕と彼は昨日相部屋だったが、僕が眠るまで彼は決して帽子を脱ごうとはしなかったよ。ところで今の仮説を聞いてどう思う・・・?」
「すごく・・・本当っぽいです」
「なら詮索は禁物」
「そうだね、タバサの言うとおりだ。今後一切彼の帽子を取ろう何て考えてはいけないな」
「ま、あたしはエルフでもダーリンなら大好きなんだけどね」
盛大な勘違いだったが、三人はそれで納得し宿に帰っていった。


その夜、ウェザーは一人ベランダで月を眺めていた。一階の酒場でギーシュたちと酒を飲んでいたのだが、やけに頭をじろじろ見つめてくるので居づらくて逃げ出したのだった。持ってきたワインをグラスに注ぎながら空を見上げる。
曇ってきてしまい星は見えないが、薄くなった雲の隙間から重なった月がわずかな光を地上に注いでいた。
一つしかない月はかつて自分がいた世界の月を思い起こさせる。
ウェザーが最後に月を見上げたのはいつだろうか。ペルラと最後のおやすみのキスをした夜だ。
あの時からウェザーの心は死に、復讐に塞がれた双眸はただ仇を見つけることのみに使われたのだ。
記憶を奪われグリーン・ドルフィンに入ってからもずっと記憶を取り戻すことに追われてそんな余裕はなかった。
「ホームシックとはな・・・ワルドと戦ってから何かおかしいな」
もっとも、元の世界にはもはや自分のホームはないのだからお笑いだった。あの世界の物語にはすでに『自分でないウェザー』がいるのだ。
自分が入る余地はない。ならばなぜ自分はこの世界に呼び出されたのか?
この世界の物語の『登場人物』になることを許されたからなのか、あるいは物語を進めるための『道具』として呼び出されたのか・・・。
『ウェザー・リポート』として生きるべきなのか『ルイズの使い魔』として生きるべきなのか。
ウェザーはこの陰鬱な気分を振り払うためにワインをあおった。
二杯目を頂こうとビンを持ち上げたとき背後のドアが開かれる気配に振り向いた。
「・・・ルイズか、どうした?」
ルイズは町の医者にワルドを見せに行き、そのまま看病をしているはずだった。少し怒ったような眼をしてベランダに出てきた。
「ワルドの看病は良いのか?」



「もうとっくに治って一階でみんなと話してるわ。そんなに傷は深くなかったんですって!」
最後の方は責めるような口調だったのでウェザーは肩をすくめて見せた。それが勘に障ったのかルイズはさらに詰め寄りがなる。
「あんたねえ、自分のしたことわかってるの?確かにあんたは強いわよ。近くで見てきたわたしが一番良く知ってるわ。
でもね、今回ばかりはいくらあんたでも無事じゃすまなかったかも知れないのよ?じっさい魔法を受けて身体打ったでしょ?大丈夫なの!」
途中から怒っているんだか心配しているんだかわからなくなっていた。本人も混乱してきたらしいので、一息入れるためにグラスを渡してやった。一つしかなかったのでウェザーが使ったやつにワインを入れてだ。
「とりあえず飲んで落ち着け」
「う、うん・・・」
しかしルイズはちっとも飲もうとせず、グラスのふちをじっと見ているだけだ。
「いらないんなら返せ。俺が飲む」
「の、ののの飲むわよ!」
伸ばした手からグラスを遠ざけて一気に飲み始めた。一気飲み、ダメ絶対。
「どどどど、どうよ、飲んだわよ?」
「何で勝ち誇ってんだ・・・」
空になったグラスを奪い取るとウェザーはもう一杯注いで自分で飲んだ。その横ではルイズが顔を真っ赤にして口をパクパクしている。
「あんたなにやってんのよー!」
「ワインを飲んだに決まってんだろ?それより、何か用事があってきたんじゃないのか?」
「え?いや、その・・・一階にいないから何してるのかなって・・・」
「月を見てたんだ。二つあったはずの月が重なって一つになってるのを見ていると、元の世界を思い出すんでな・・・」
「・・・やっぱり帰りたい?」



上目遣いで心配そうに尋ねるルイズは酷く小さかった。頭に手を乗せて撫でてやると、払われるかと思ったが以外にもされるがままになっていた。
「今の俺にはここが俺の世界なんだ。とは言え、こんなちっこいやつの使い魔なんてやっかいな存在になっちまっているがな」
「あら、それならもっと感謝して貰わなきゃね。このわたしの使い魔になれたのだから。それから、わたしを守るって言うならもう少し体も鍛えたら?
もういい年なんだから、お・じ・さ・ん」
腰に手を当てて胸を張るルイズはすっかりいつもの調子だった。
「ガハハ、言うじゃねーか」
「あはははは」
しかしすぐにまた俯いてしまう。少し間を置いてから決心したようにウェザーを見つめる。
「わたしね・・・この任務が終わったらワルドと結婚するかも知れないの」
「なに?じゃあお前もしかして結婚相手にケガさせた俺を怒りに来たのか?」
「違うわよ。ただ、あなたはこのことをどう思うのかなって・・・」
ルイズは迷っていた。魔法の使えない自分に初めて『信じる』と言ったウェザーと、わたしが将来すごいメイジになると『信じている』ワルド。
そもそもが平民であるウェザーを引き合いにだすのが間違いだということには気づいていないようだった。
「・・・お前が本当にワルドのことを愛しているのならそうすればいい。愛する者同士が他人の無粋な手によって引き裂かれるのを・・・俺は二度と見たくはない」
ルイズはウェザーのこの哀しそうな瞳を知っていた。ギーシュとの決闘に勝ち、ヴェストリの広場を立ち去るときに見たあの眼だ。深い悲しみを知っている眼。
ルイズは自分がワルドを愛しているのかわからなかったが、それ以上は聞くことが憚られてしまった。
気まずい雰囲気が漂う中、いきなり辺りが暗くなった。本格的に曇ってきたかと思ったがそうではなかった。
見上げれば遙か上まで伸びる巨大な人形。三十メイルに達しようかという巨体に二人は見覚えがあった。ただし今回の素材は岩だ。


「このゴーレム・・・まさか『土くれ』のフーケ!」
ゴーレムの肩の位置に人影が二人いた。片方は紛れもなくフーケだったが、もう片方は仮面を被っていて素顔が見えなかった。
「フーケ!」
呼びかけてみるが反応がない。虚ろな目をしてこちらを見下ろしているだけだ。
ウェザーはその目を知っていた。監獄にいた頃、新しく男子房に入ってきた囚人が麻薬中毒者で殺人を犯したのだ。その男はいつも虚空に目をやり脱力して動かかった。
結局入所三日目に鳥になって死んだが、見ていた者の話では「I CAN FLY!」と叫んでいたらしい。どうでもいいが。
おそらくフーケはあの仮面の男に捕まり何かしらの薬によって操られているのだろう。現に仮面の男が肩に触れると身を震わせたのが下からでもわかった。
「さあフーケ、仕事だぞ」
しかしフーケは何かに抵抗するかのように首を振るだけだった。白仮面はやれやれと言った風に肩をすくめると、まるで出来の悪い子供に諭すかのような声音でフーケに囁く。
「フーケ、聞き分けの悪い子にはキツイ『教育』をしなきゃあならないんだぞ?」
その途端フーケの震えがまし、恐怖から逃れるような絶叫と共にゴーレムの拳を振り下ろさせた。
「ルイズ逃げろ!」
咄嗟にルイズを掴んで部屋の中に退いたが、今さっきまで立っていたベランダは粉々になってしまった。ウェザーはルイズを階下に急がせると、フーケの方を見据えた。
「俺はお前の覚悟を信じているぞ」
「あ・・・」
それだけ言うと踵を返して階段を目指した。



一階もすでに修羅場と化していた。いきなり扉を破って現れた傭兵の一隊が、一階にいたワルドたちを襲撃してきたのだ。
四人は魔法で応戦しているが傭兵たちの数はいっこうに減らない。町中の傭兵がここに集結しているらしかった。
四人はテーブルを倒して盾にし、矢が飛んでくる合間に魔法で攻撃するが、向こうは対メイジに慣れているらしく、最初こそ何人かが犠牲となったが以降は完全に射程外からの矢による攻撃を徹底した。
そこにルイズとウェザーが到着する。矢をくぐり抜けてテーブルに滑り込んできた。立ち上がるとすぐに戦況の把握を開始する。
「こっちはフーケが現れた。今回は岩のゴーレムだ」
「ホント?こいつらだけでもやっかいなのに・・・」
他の客はカウンターの下で主人と一緒に震えていた。戦況は明らかに不利だった。このままではこちらのエネルギーが先に切れるだろう。
そうなれば戦局は一気に傾き、傭兵たちはなだれ込んでくる。
全員が思案に暮れているとワルドが全員に聞かせた。
「このような任務では半数が目的地にたどり着ければ成功とされる」
その言を聞きギーシュが青くなったが、他のみんなは納得したらしい。こんな時まで青汁モドキを飲んでいたタバサは一気にあおると、けぽっ、と息を吐いて自分とキュルケ、ギーシュを杖で指して「囮」と呟いた。そして残りの三人を指して「桟橋へ」と呟く。
しかしウェザーは反論した。自分の『ウェザー・リポート』を使えば人数は関係なく全滅させられるだろう。だが囮の三人が同時に制してきたのだ。
「ここはあたしたちに任せて」
キュルケが魅力的な赤髪をかきあげてウィンクしてみせる。
「うむ、その通りだ。君の先住まほおぶぅッ!」
ギーシュが何か言おうとしていたようだがタバサとキュルケの肘を顔面に左右からくらい沈黙した。
「大丈夫。行って」
タバサが頷いて言う。



「聞いての通りだ、裏口から抜けるぞ」
「え?え?ええ!」
ルイズが驚いた声を上げてワルドを止めた。
「キュルケたちを置いていくの?」
ウェザーがルイズの肩に手を置き耳元で話しかける。
「大丈夫だ。こいつらを『信じろ』。仲間だろう?」
「でも・・・」
渋るルイズにキュルケの背をキュルケが蹴飛ばした。軽くとは言え体格の差からルイズがちょっと飛び上がった。
「何すんのよ!」
「それだけ元気なら大丈夫ね。でもね、ヴァリエール、あたしはあんんたのために囮になるんじゃないから」
「わ、わかってるわよ」
ルイズは三人に向き直るとぺこりと頭を下げた。それを見たキュルケは満足そうにウェザーに視線を移す。
「・・・帰ってきたらデートくらいしてやるさ」
「うふ、俄然やる気がわいてきたわね」
笑顔が何とも色っぽかった。
「さあ急ぎたまえ!なに、僕たちの友情は離れていようとも変わることはないさ!たとえ君がエルへなっぷ!」
また何か言おうとしたギーシュだったがキュルケとタバサのクロスボンバーをくらって悶絶した。
「気をつけて」
タバサが杖を握り直して言った。
「お前らもな」
ウェザーたちは酒場から厨房に出て裏口のドアを開けた。敵の姿はない。三人は一気に夜のラ・ロシェールの街へと躍り出た。
再び顔を出した月の明かりが三人の影を壁に映した。光の加減のせいかその内の一つが歪み、まるで笑っているかのように揺れた。

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