ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第九話 『柵で守る者』中編

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匿名ユーザー

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「振り下ろせぇぇぇぇぇっ!」
「!?」

 振り向けば、そこには薔薇を携えたギーシュと、ハンマーを振りかぶったギーシュのスタンドが視界に移る!
 完全に不意をつかれた攻撃に、ラバーソールは……慌てることも取り乱すこともせず、冷静に対処した。身に纏った『黄の節制』を操作し、振り下ろされたハンマーを受け止める!

(うおっ!? こっちも速ぇ! だが!)

 ド ム ッ !

「!?」
「無駄だつってんだろーがこの田ご作がぁぁっ! テメーらの脳みそはマヌケか!? 何べん無駄無駄言えば気が済むんだぁ!?」

 いともあっさり受け止められたウォーハンマーは、驚愕するギーシュの目の前で、肉に潰されてぐしゃぐしゃにひしゃげて行く。

「俺のスタンドはいわば『力を吸い取る鎧』! 『攻撃する防御壁』! エネルギーは全て分散吸収し、欠片も俺にはつたわらねぇ!」
「くそっ!」

 とっさにハンマーを手放し、ギーシュは代わりに杖を一閃させた。舞い散る花びらは、ギーシュの操作によって肉の隙間に除いたラバーソールの顔へとむかって――

「無駄ぁっ!」

 せり上がってきた肉の本流に阻まれ、飲み込まれていく。

「なっ!」
「俺の本体に貼り付けて錬金しようとしたんだろうがよぉー!」

 とっさに飲み込まれた花びらを青銅の剣に錬金するも、その切っ先はラバーソールに達する前に、肉にへし折られてぐしゃぐしゃの塊となる。それを、ギーシュは感覚で理解した。

「こっちはテメーの鼻くそよりちっぽけな魔法の事ぐらい、きちんと調べてんだよ!」

 そして、その身に纏った『肉』が膨れ上がり、ギーシュと才人に向かって雪崩打つように放たれる! 何処にこれほどの質量が!? と驚愕するような量の肉が、二人に迫る!

「手足の一本なんて甘っちょろいのはやめだ! 足全部食い尽くしてやるぜ!」
『うおわぁっ!?』

 いきなり増量した敵の攻撃に対する二人の対応は、それぞれ『回避』と『防御』という対照的なものだった。
 才人は、ルーンのもたらすスピードと動体視力で回避する道を選び、ギーシュは己のスタンドを操って、

「生えろ『フェンス』!!」

 自分の体の正面にフェンスを構築し、己を飲み込もうと押し寄せる肉の濁流に対応させた!

(衝撃を反射するフェンス! どんなに強力なパワーだろうと、こいつの前には無意味!)

 肉は濁流の如き勢いをそのままに、フェンスに向かってぶつかって――反射したエネルギーによって、弾き飛ばされる!


(よしっ! やった!)

 自分の能力の発揮した効果に、ギーシュはガッツポーズをとって、

 ぶにょんっ

 その彼の目の前で。
 肉は再びフェンスに絡みつくと、なにやら愉快な効果音を立ててフェンスをつきぬけた。

「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 自分のスタンド唯一の能力を、二回目の戦闘で早くも突破されたギーシュの驚きは、いかほどのことか。
 反射能力が効いていないのかと思ったが、そうではないらしい。現に、フェンスに触れた部分だけは跳ね返ったのか、不自然な形でへっこんでいたが――網の節目節目からは、心太を押し出すように肉がブジュルブジュルと押し出されていく!
 しかも、取り残された部分もフェンスの枠に向かって触手を伸ばし……枠を包み込んでバキバキと粉砕した。次の瞬間には、フェンスは跡形も無く消え去っていた。

(す、隙間から押し出されてるのか? やっぱり反射できるのはフェンスの『網』の部分だけで、それ以外は全部穴だらけ!? し、しかも枠が壊れたらフェンスが消えたぞ! 枠がないと存在できないとか、そういうオチなのかぁー!?)

 意外というか、見た目どおりのマヌケな弱点であった。若干予想していたとはいえ、実際突きつけられるとショックである。

「……なんだぁ? このフェンスは……強いのかと思ったら、穴だらけじゃねえか。 使えねえクソ能力だぜ」

(その点だけは同感だが……だが!)

 呆れたようなラバーソールの声に、ギーシュは歯噛みした。そうこうしている間にも、本体の右脛とスタンドの右手に食い込んだ肉片は、肉を食い破りギーシュに激痛を与える。

(い、痛い……昔の僕なら泣いて騒いでるくらいに痛い! それに……)

 ちらりと右腕を見ると……スタンドの右腕に肉が食いついた形で、皮膚が溶かされ中々グロテスクな惨状をかもし出している。

(す、スタンドの受けたダメージが僕にも伝わってるのか……クージョーが言っていたのはこういう事か。ワルキューレと何もかも同じというわけには行かないみたいだな……)

 そこまで考えて、ギーシュは己が持っているもう1つの戦闘手段を思い出す事が出来た。
 思い出すと同時に、ギーシュは動いた。手にした杖を振りかざし、花びらを宙に舞わせて、せまる肉の津波から逃げながら呪文を唱え……発動させた!

「――ワルキューレッ!」

 花びらから生まれた三体のゴーレムは、うねうねと蠢く肉の波を押さえ込もうと、組み付いた。傍から見ればその思惑は完璧に成功したように思えたが、ギーシュは歯噛みする。

(3体……くそっ! 矢張り!)

 限界一杯の七体出すつもりで呪文を唱え、七体分の精神力を消費にも関わらず、現れたのは三体……右脛と右手の激痛が、ギーシュの精神集中を妨げた結果だった。
 接近戦を挑む事も適わず、錬金も使えず。挙句の果てにワルキューレすら満足に出せない最悪の状況……ギーシュが敵に対して切れる手札は、もう無かった。


 対するラバーソールはといえば……ワルキューレを肉で押し潰しつつも、最早ギーシュを敵とは認識していなかった。
 この世界原産のスタンド使いというから、どんな輩かと思ってきてみれば……なんとも意味の無いクソ能力しか持たない、近距離パワー型だ。
 相手の能力が何であれ、ラバーソールは接触タイプの近距離パワー型には絶対に負けない自信があるし、能力の相性は最悪に近い。
 彼がギーシュに対する警戒度を下げたのは当然の流れだった。

(そんな事より……問題は、こっちのクソ野郎だよなぁ~)

 ちらりと、その警戒心の大半をひきつける男に視線を投げる……そちらでは、ラバーソールにとって信じられない光景が広がっていた。

「っ! くのっ!」
『相棒! 右だぁっ!』

 肉の包囲網の真ん中で、才人は飛び掛ってくる肉の触手を回避し続けていた。

 ラバーソールはさっきから『黄の節制』で完全な包囲網を作ろうとしているのだが、あの凄まじいスピードで駆けずり回っている為に中々囲む事ができないでいた。
 結果として、埒の明かないイタチゴッコを演じる事になるのだが――忘れてはいけないのは、今の才人は足首を肉に喰らわれているという事だ。
 それを感じさせない才人の動きが、ラバーソールの警戒心の大半を才人に呼び込む結果になった。

 飛び掛ってくる触手を、回避し、切り払って対処する……得体の知れない剣の攻撃力もさることながら、圧倒的な量の肉に対してかすり傷一つ負わない完璧な回避力はラバーソールに嫌な記憶を呼び起こさせる。

(スピードと攻撃力を兼ね備えてるってわけか……伝説だかなんだか知らねぇが、けったくそ悪い! まるで鼻クソヤロウのスタープラチナじゃねえか!)

 かつて自分を完膚なきまでにぶちのめしたスタンドの存在を思い出し、ラバーソールはつばを地面に吐き捨てた。只でさえ『黄の節制』の動きは全自動ではなく自分で操作しなければならないため、スピードのある敵には相性が悪いというのに……得体の知れない攻撃力と回避率まで持ってるとなると、最悪の敵といってよかった。

 警戒の仕方に差異はあっても、無防備な自分を晒すなどという愚かな行動はしない。ギーシュが相打ち覚悟で突っ込んでくれば即座に対応するだけの策は用意してあった。

 ……ラバーソールの足元に残る、肉の山である。
 この肉の山、いいところ馬一等分ぐらいの大きさしかないが、大きさ=質量ではない。厩舎の馬を食いつくし、巨大化した『黄の節制』は、己の姿を圧縮して小さくなる事も可能なのだ。一頭分どころか、厩舎の馬を食い尽くし、そのれがそのまま質量となっているのである。
 ぶっちゃけ言ってしまうと……今サイトたちに襲い掛からせた肉と足元の肉その質量を比率に直すと、4:6で足元の肉のほうが断然多いのである。

(例えあいつらが飛び道具を使ったとしても、相打ち覚悟で飛び込んできたとしても!
 奴らじゃあ俺には勝てねぇのよぉ~!)

 逃げ回る『二人』に対して、心の中で勝ち誇るラバーソール……彼の目的は二人の生け捕りであり、殺害ではない。
 このまま反撃できない状態で追っかけまわして時間を稼ぎ、張り付いた肉片が二人を無力化するのを待てばいいのだ。
 今、この男にはギーシュと才人しか見えていない。

 ラバーソールは、地球においては名うての殺し屋であり、ハルケギニアではその凶悪さで知られる傭兵である。
 品性下劣で下種な男ではあったが、馬鹿でもマヌケでもない。
 以前ならば無敵のスタンドの上に胡坐をかいていたところだが、承太郎との戦いにおいて喫した敗北は、ラバーソールを成長させていたのだ。
 敵と戦う事になればその敵について徹底的に調べ、戦闘方法や弱点を把握し、対策を立ててから戦う、慎重な戦い方をてにいれたのである。

 ラバーソールは知っていた。
 ギーシュの扱う魔法の種類、才人のガンダールヴの力の事……そして、才人の主である『ゼロ』のルイズの存在を。
 彼はルイズを敵にすらならないだろうと考え、殆ど警戒していない。

 それによって手に入った先入観が、仇となる……ラバーソールは知らなかった。
 ルイズの失敗魔法の性質と……先日の戦いで彼女の中に芽生えた『意思』の存在を。


 ――何故、自分は魔法が使えないのか?

 それは、ルイズが常日頃から抱き続けた疑問であり、彼女自身が解決しなければならない思い命題である。

 ――何故、自分の魔法は爆発するのか?

 魔法成功率ゼロ。そこからとって『ゼロ』のルイズ。
 その二つ名は、彼女にとっては侮辱以外の何者でもなく、この上なく不名誉な物だった。
 彼女は、自分の起こす爆発が疎ましくてしょうがなかった。何故成功しないのか、何故爆発ばかり起きるのか……?

 魔法が使えて当然のメイジという集団の中にあって、魔法がつかえない事は、とてつもない痛みを伴う。
 しかも、彼女の家系は王家に連なる公爵の一門であり、彼女自身もそれを誇りに思っていたから、心の痛みはなおさら大きなものとなった。
 平民のメイドにすら陰口を叩かれ、両親から魔法が仕えないことを心配されるのは辛かった。
 辛かったが……それ以上に辛かったのは、自分が存在する価値の無い、未来の無い存在なのだと断定される事だった。
 勿論、彼女はそんな評価に甘んじようなどとはしなかった。忌まわしい失敗魔法の爆発を何とかしようと試行錯誤を繰り返したし、これからもそうするだろう。

 コンプレックスは彼女の心の片隅にうずたかく降り積もり、彼女の気高い魂の片隅に、鬱屈したどす黒いシミを作っていた。

 だが……

(ミスタ・ズォースイ)

 自分と同じような境遇の男の存在が、彼女の心にさわやかな風を吹かせ、シミを吹き飛ばした。

 イカシュミ・ズォースイ。
 自分と同じでコモンマジックも使えないメイジの落ち零れ、故に没落した貴族。
 けれども、彼はルイズのように己が力を否定しなかった。己の出来るたった一つの事をひたすら徹底的に磨き上げ、オールド・オスマンに見初められる程に高めたのだ。
 その力でもって灯の悪魔に立ち向かい、勝利に少なからず貢献した。

 悪魔との戦いが終わった後、ルイズは問わずに入られなかった。何故、イカシュミは絶望しなかったのか。何故、そんな前向きであれたのか。
 この時の返答を、ルイズは一生忘れる事は無いだろう。

(小さな力と絶望する事はたやすい……だが、絶望したところで己の力が高まるわけでもない。
 正直に言えば、俺も最初は自分の力に失望していた。だが、失望しようと絶望しようと現実は変わらない……。
 現実の方が変わらないのならば、自分自身の見かたを変えればいいだけだ。俺が君と違うところがあるとすればそこだろう)

 言葉の一つ一つが重かった。
 ルイズは知らなかったが、イカシュミ……リゾットのこの言葉は、正真正銘彼自身の、演技の無い言葉だった。
 矢に射抜かれてからスタンド使いになったリゾットは、最初その使い方が分からなかった。
 スタンドのビジョンが体内に潜むというかなりの変り種だった事もあるが……発現したばかりの頃のメタリカは、単純に磁力を操る事しかできなかったのである。
 しかも、パワーはそれ程強力ではなく、スタンド能力としては『並』でしかない。
 はっきり言ってかなり弱かった。
 相手の血液から刃物を作る、鉄分を纏って保護色を作る……これらの強力な能力は、己のスタンドの使い方を試行錯誤して生まれた物なのである。
 正しい意味で、リゾットとルイズは似たもの同士だった。

(先生……あなたは言いました! 現実のほうが変わらないのならば!)

 今のルイズは、ブラックサバスの前で怯えていた時の彼女とは違う。今の彼女には……力がある!

(見方を変えろと! 先生がコモンマジックを磨き上げたように、私にはこの爆発がある!)

 鬱屈したコンプレックスの向こうに見えた『爆発』に、イカシュミの言葉に感銘を受けたルイズは利用価値を見出した。
 それはまさに! ジョースター家伝来の逆転の発想!
 どんな魔法を使っても爆発するのは、『どんな魔法でも爆発を起こせる』という事……! その事に、ルイズは自力で気が付いたのだ!

 そもそも、ルイズがこんな真夜中に外を出歩いていたのは、自分の爆発がどの程度実戦で使えるのかを試すためだったのだ。
 それ故に――準備は気味が悪いほどに万全だった。

 次々と生み出すワルキューレで抵抗しながら逃げ回るギーシュと、憎たらしいほどに避けまくる才人の二人を警戒していたラバーソールは、ルイズが動いたのを見て鼻で笑った。

「――おいおいおいおいおい。出来損ないのお嬢ちゃんが何するつもりだぁー? 後でたぁぁぁっぷり犯した後に食ってやるからよぉー、そこでお漏らししながら待ってな!」

 にたにたと笑って自分に向かって何かを投げようとするルイズを侮辱する。
 余りにも屈辱的な言葉に対し、ルイズは無言で手にした物を投擲した。
 爆弾か何かかと思って多少警戒したラバーソールだったが……飛んできた物の正体を見ると、浮かべた嘲笑を更に深める。

「石ぃー!? メイジが呪文つかわねぇーなんざ聞いたこともねーぜ!」

 言いつつも侮ってはいない。毒が塗られている可能性もあると考え、ラバーソールは『黄の節制』の肉を地面から突き上げさせ、包み込む。
 それを確認して、ルイズは杖を振り上げて……ルーンを唱えた。

 それは、ありとあらゆるメイジにとって基礎の基礎である呪文。
 彼女が最も成功させようと躍起になり、最も失敗数が多い呪文。

「『錬金』――!」

 ルイズの杖から見えない力が迸り、石を構成する原子へと干渉する。
 明らかに制御しきれていない魔力の本流に、石は……

 ど ん っ ! ! ! !

 肉の中で、爆発した!


 『黄の節制』は、ありとあらゆる衝撃を吸収して分散させる、攻撃する防御壁である。
 その黄色い肉の壁にとって、包み込んだ物が爆発しようが全ての衝撃を分散するし、一寸やそっと熱では小揺るぎもしない。
 故に、ルイズがその爆発で攻撃を仕掛けようが何をしようが、『無敵の盾』を突き抜けることは無い。実際、ダイナマイトを包んで耐え切った事だってある!
 その筈なのに。
 散らされるはずの衝撃は、水が網を通り抜けるように肉を貫通し、本体であるラバーソールを強かに打ちのめした!

「ぐっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 爆発の衝撃に貫かれ、悲鳴を上げるラバーソール。衝撃で吹き飛ばされる事こそ免れた物の、意識が一瞬飛んで、サイト達を追いかけていた肉の塊の動きが止まる。
 二人はチャンスとばかりに距離をとってか……そこでようやく、杖を構えるルイズに気が付いた。

「――ルイズ!?」
「み、ミスヴァリエール……!」

 呆気に取られる二人をよそに、ルイズは己を散々馬鹿にした敵に対して高らかに告げる。

「呪文を使わないですって? ……私は最初から、あなたを呪文で倒すつもりだったわ!」

 誇り高く吼えるその瞳には、確かな光が宿っていた。

「こ、このクソジャリがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 怒鳴り散らして立ち上がりながら、ラバーソールはパニック状態を脱しようと必死だった。

(い、今の爆発……俺の『黄の節制』の防御を分散せずに突き抜けやがった! い、いや……スタンドを通して感覚で分かるぞ……! あの衝撃は、肉とそのものをすり抜けたんだ!)

 勿論、肉に隙間などある筈が無い。そもそも、スタンドから感じ取った感触では、肉の隙間をすり抜けたとかそういうチャチな衝撃ではなかった。
 文字通り、肉をすり抜けたのである――!

(あ、あのメスガキの魔法……何か得体の知れねえもんを感じるぞ! まさか、スタンドなのか!?)

「って、効いてないな……」
「直接ぶちのめすしかなさそうだね……」

 うろたえる内心を表に出さないラバーソールの姿に、才人とギーシュは互いに打ち合わせを開始する。

「才人。君の足はどうなんだい? 痛みは……」
「なんか、ルーンの力で麻酔してるみたいな状態」
「成る程……ちなみに言っておくと、僕のほうは滅茶苦茶痛い……呪文の援護は期待しないでくれ」
「は?」
「さっき、逃げるのに殆ど使い切った……後は簡単な錬金ぐらいしか出来ない」

 実際はワルキューレ一体分ぐらいの精神力が残っているのだが、痛みで集中できない事を考えると、錬金ぐらいしか出来ないだろう。
 しかも……才人に比べて、ギーシュの状態は最悪といっていい。

『……はやく決着をつけないとヤベェぞ!』

 ぼたぼたとギーシュから滴り落ちる血に、デルフリンガーは声を張り上げる。
 ギーシュの右腕はスタンドのダメージをフィードバックし、悲惨さの度合いを増していた。
 脛のほうも肉に覆われて分かりにくいが……かなり深いところまで貪り食われている感触がある。
 真っ青になって脂汗を垂れ流すその姿に、普段の格好つけしーの面影は欠片もない。

 こんなに追い詰められているのに……ギーシュは全く敵の攻撃を受けていないのだ。ただ、肉を貼り付けられただけだ。
 デルフリンガーは才人の肉体の情報を、ルーンを通じて感じ取っていたのだ……才人のほうも、肉によるダメージは決して軽い物ではないのだ。

(相手に肉を張り付けりゃあ、後は待ってるだけで勝ちってわけかぁ!? なんつー能力だ……!)

 肉を貼り付けるだけで勝てる能力……魔法では有得ない現象に、デルフリンガーは戦慄する。


「……だったら、私がっ!」

 立っているのもやっとなギーシュに替わって、ルイズが一歩前に出た。
 練習用に用意しておいたピンポン球サイズの小石を握り、それをラバーソールに向かって投げ――

「『錬――「同じ手に乗るかメスガキがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」!?」

 ルイズが呪文を詠唱しようとした瞬間に怒号が響き、ラバーソールの纏った肉が脈動した。
 爆発するような勢いで広がった肉の触手は、放り投げられた小石にぶつかり、包み込んで、錬金が発動する前に、その小石を粉々にすりつぶす!

「顔は綺麗だから可愛がってやろうと思ったが……やめだ!
 てめーは真っ先に潰して喰らってやるぜ! 命乞いでもすりゃー別だがよぉー!」
「誰が! 魔法を使えるのが貴族じゃない! 敵に背を向けないのが貴族なのよ!」
「そーかい! なら!」

 石を捕らえ磨り潰した勢いをそのままに、『黄の節制』がルイズを覆い尽くそうと広がる。その有様はまさに肉の津波だ。
 津波は猛烈な勢いでルイズを飲み込まんと襲い掛かるが、それを見逃すサイトたちではなかった!

「――フェンスよッ!!」
「ルイズッ!」

 ギーシュのスタンドがルイズの正面にフェンスを構築し、才人がルイズの体を抱き上げ、バックステップでその場を離脱する。
 肉の津波はフェンスにぶつかると波濤のように砕け散ったものの、すぐさまフェンスを覆い隠し、ぐしゃりぐしゃりと食いつぶした。

 食いつぶす間に、ギーシュもその場から離れ、飛び下がっていたサイトに合流する。

(ある程度の『勢い』がある『物体』なら、衝撃を反射して跳ね返せるみたいだな……『勢い』と『衝撃』が無ければ跳ね返せないのか)

「ルイズ! 何か無いのか! お前、なんでも爆発すんだろ!?」
「駄目よ! 錬金意外じゃ狙いがつかない……!」

 ギーシュが奇妙なほど冷めた思考で己のスタンド能力の特性を把握する横で、才人達主従はそれぞれ武器を構えて敵を見据える。
 ラバーソールは怒りに顔を歪めて、己のスタンドを操り、 黄色い肉で全身を覆い隠し、一歩一歩ギーシュたちに向かって歩き出す。

「オムツも取れてねぇクソガキ共が俺様の手を煩わせやがって……! 黙って磨り潰されてりゃいーんだよぉこの田吾作共がぁー!」
「はっ! 真っ平御免だね!」

 ヂャキリと音を立ててデルフリンガーを構える才人。その頬にはジワリと脂汗が浮かんで流れ落ちる。

(デルフとギーシュの様子からして、俺の脚も実は相当やばい事になってんだろーなー……これってひょっとして、殺さなきゃ生き残れないってシチュエーションか!?)

 人を殺す。
 それをやらなければならないという事実は、平和な日本で暮らしてきた才人にとっては到底受け入れられない過酷な物だった。倒す事は考えられても、殺す事は出来ない……それが、現代日本人の一般的な感覚である。

(ええいっ! 覚悟を決めろ俺!)


 ぎりりと、歯を食いしばってラバーソールを睨みつける才人。そう、分かっていたはずなのだ。ここは中世の世界で、戦争とかも一杯する世界で……人が簡単に死ぬ世界だと。
 ここで躊躇っては自分自身もどうなるかわかったもんじゃないし……ルイズも殺されてしまう。
 そんな事を許容するわけにはいかなかった。

(俺はまだ死にたくねえし、ルイズだって死なせやしねえ!)

 気合を入れて覚悟を決めて。才人はデルフリンガーを振り上げて……己の足に巣食う『黄の節制』に向かって振り下ろす。
 自分の肉を傷つけないように、薄皮一枚残すよう肉だけを切り離したのだが――切り離された肉片は、落下する前に触手を伸ばし、再びその足にへばりつく。

「っ! 無理か……」
「なにやら無意味な事に必死になってるみてーだなー」

 自分の足を切りつけた才人をみて、ラバーソールは一転して愉快そうに笑った。一歩一歩確実に歩み寄りながら、冷酷に現実を突きつける。

「生憎だが、俺のスタンドは一度くらいついたら離れねーんだぜぇ?
 我がスタンド『黄の節制』に! 弱 点 は な い !」

 ぼ う ん っ ! !

 気合を入れて覚悟を決めた目の前で。
 ラバーソールの纏った黄色い肉が、いきなり炎に包まれた! 上空から落下してきた火の玉が、肉を包みまわりに生えた草まで焼きつくさんと全てを嘗め回す。
 驚くべきは……

「こぉーんな風に、火で燃やそうが何しようが通用しねーんだよぉっ!」

 炎に包まれてなお、余裕の笑みを消さないラバーソールと、そのスタンド能力! 炎に包まれながらも、黄色い肉はぐつぐつと沸騰するようにあわ立つだけで、焦げ後すら付いていない!

「なっ――!?」
「上からこそこそ無駄な努力ご苦労様だぜ阿婆擦れがぁー!」

 絶句するルイズ達の目の前で、ラバーソールは肉の触手を真上に向かって吹っ飛ぶような勢いでブン投げる。細く伸びた触手を眼で追っていけば、その先端は上空を飛行する見覚えのあるドラゴンの尻尾に絡み付いていた!

「シルフィード!」
「乗ってるのは、キュルケとタバサかよ!?」


「な、なんなのよあのバケモノ!」

 きゅいぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!

 尻尾に食い込む『黄の節制』が食い込むのか、はたまた消化されているのか……シルフィードは切なげな悲鳴を上げる。タバサはすぐさま後ろを振り向いて呪文を唱え、己が使い魔の尾に喰らいついた触手を、氷の刃を放って切り離す。

 あの後……大柄な衛兵を追っていたキュルケとタバサは、一旦衛兵を見失ってしまったのだ。つけられている事に気づいたラバーソールに撒かれたのである。

 すぐさま捜索の為にシルフィードに飛び乗って辺りを散策していたところ……異様な空気に包まれた一体を発見した。
 異様というよりは、タバサにとってとても馴染み深い空気だと言っていいだろう。
 それは、広範囲に展開された『サイレント』の結界。空気の振動を無理やり遮断する壁が、ドームのようにその場に展開されていた。
 何事かと思い見てみれば、交戦するルイズ達がいたのだ。恐らく、どこかにあの大男の仲間が潜んでいて、外に騒ぎを漏らさないために展開したのだろう。
 どう考えても異常事態である。
 それで。慌ててフォローに入ったのだが……結果は無残な物だった。

 きゅいぃぃぃぃぃぃぃっ!!

 触手の大本を切り離したというのに、シルフィードの悲鳴が途切れる事は無かった。
 一体何事だと、タバサは改めて尻尾のほうを見て……絶句した。
 尻尾に絡みついた触手が、カチコチに凍ってとげのような物を出して食い込んでいたのだ!

「これは――」
「どいてタバサ!」

 キュルケもすぐさまその状態に気が付いて、杖を振るう。

「ちょっと熱いけど、我慢してねシルフィード!」

 振るった杖の先から炎が放たれて、凍りついた触手を炙った。表面の凍りついた部分が見る見る溶け出して……

 ドバジュゥッ!

 なんと、肉片は一瞬で沸騰したかと思うと、弾ける様にして辺りに飛び散って更に侵蝕する範囲を広げてしまった。

「なっ……!?」
「これ……ただの肉片じゃない」

 更に悲痛さを増したシルフィードの悲鳴をバックミュージックに、キュルケは目玉をひん剥き、タバサは警戒心を強める。
 しゃがみこんで己の使い魔の背中を叩き、着地するように促すタバサ。己が食われる激痛に耐えながら、シルフィードは空中を旋回してから、滑空するようにギーシュ達の後方に着地する。

 どしゃぁぁぁぁぁぁっ!

 否、着地というよりは……不時着のほうが近いだろう。土煙を上げて地面に突っ込み、ぐったりと体を横たえるシルフィードを、二人はぽんぽんと叩いて囁いた。
 一人は簡潔に、一人饒舌に。

「待ってて」
「御免ねシルフィード……代わりに、あのバケモノは私たちがきっちり仕留めて来るわ」


「くたばりなぁぁぁぁぁぁっ!」
「くそっ! フェンス!」

 ラバーソールの放つ肉の本流に、ギーシュはとっさにフェンスを生やし、杖から放った花びらを貼り付けて、叫ぶ。

「ルイズ! 錬金だぁーッ!」
「! 『錬金』!」

 ギーシュの叫び声からその意図を了解し、ルイズは杖をふるってフェンスに張り付いた花びらに錬金の術をかけた。すると、

 ど ん っ !

 モノが小さかったせいか極めて小規模だったが……フェンスに張り付いた花びらが爆発を起こし、『黄の節制』に衝撃を与え、その動きを一瞬止める。
 その隙に、才人がルイズを抱えて間合いを取り、ギーシュもその後を追って走り出そうとして……足に力が入らず、転倒してしまった。

(!?)

 とっさにスタンドで地面を殴りつけて、その反動で前に飛ぶ。その背中ギリギリのところを、フェンスを突き抜けギーシュの足をも潰そうとする黄色の触手が通り過ぎる。

「っ!」

 無様な体勢で前に飛んだために、倒れこむ形で才人達の傍らに着地するギーシュ。右足を見れば脛に広がる黄色の肉は、脹脛の辺りにまで侵蝕していた。
 視界に入った右手などは、骨が露出して見たくも無い状態になりつつある。

(ま、不味い……喰われすぎたのか!? この足じゃあ、もう立つのは無理だ! 痛みが引いてきたと思ったら……!)

 幸い、才人のほうは喰らいついた肉が少ないために、ここまで酷くは無いようだが……それも時間の問題だろう。

(逃げるのは無理、防ぐのも無理……どうすればいい!? 考えろ、考えるんだギーシュ・ド・グラモン!)

 考えろといっても、自分が使えるのは穴だらけのフェンスと、痛みでままならない錬金だけだ。
 ルイズの爆発を絡めれば何とかなるかもしれないが……相手も、素直に引っかかってくれるとは思えない。
 コレが自分ひとりだったなら、ギーシュは諦めて戦う事を放棄していたかもしれない。
 だが、今のギーシュにはルイズがいる。異性としての興味が無いが、彼女は『レディ』であり、グラモンの家の人間であるギーシュが、命を欠けて護るべき対象である。
 守るべき者の存在が、ギーシュを奮い立たせていた。

「テメーら、実に、実に脳みそがマヌケだなぁ~、あぁん? 同じよーな事ばっか繰り返しやがって……」

 潰す事すら億劫になったのか、ラバーソールはフェンスを破壊せずに、網から心太のように肉を押し、それを操っていた。

「が、それもそこまでだ……テメーの足は、もう殆ど俺のスタンドが食い尽くした。
 そして――」

 ふわりと、ギーシュのうなじを冷たい風がなで上げる。
 寒気を催すその風に振り向けば、こちらに向かって走りよりながら呪文を唱える、タバサの姿が見えた。走っている間に呪文の詠唱は完了しているらしく、杖を振るっただけでその呪文は発現した。

 唱える呪文は……水・風・風の、トライアングルスペル、『ウィンディアイシクル』!

 一瞬でタバサの周りに浮き出した何十本もの氷柱は、タバサの敵……ラバーソールに向かってその切っ先を向けて、殺到する。
 対するラバーソールは……余裕の笑みを崩さなかった。

「俺の『黄の節制』に!!」

 ラバーソールの一喝に応じ、フェンスに押し出されていた肉が扇状に広がって、氷の槍を絡め取った。

「弱点なんぞ! ありゃしねぇーんだよクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 氷の槍が放つ冷気で硬質化した肉は、それでも柔軟性を失わずに、氷の槍を締め上げて粉々にぶち砕く!

「!」
「参ったわね……火も氷も効かないなんて!」

 追いついてきたキュルケが、唱えていた呪文を中断して歯噛みした。加勢に来て数秒と立たないうちに、彼女達の攻撃手段は全て無駄だと理解してしまったのである。

(いや、熱疲労を試すか? 肉に効くかどうかは分からないが……)

 キュルケの存在によって脳細胞を回転させ、ギーシュは改めてうねうね蠢く肉を睨みつけて……違和感に気付く。

(ん?)

 それは、肉に埋もれたフェンスの網。何も付着していなかったはずの場所に、ポツリポツリと白いキラキラした物がへばりついていたのだ。

(あれは……まさか、霜? なんでフェンスにそんな物が……!)

 迷ったのは一瞬。
 自分で生み出した能力だからだろうか? ギーシュは、目の前で起きている現象と、それを生み出した存在にいたるまで、全てを理解した。
 そして、納得する。
 これは、ただのフェンスではない。『物理攻撃を跳ね返す』だけのちゃちなフェンスではない! 普通の人間にも視認出来る圧倒的なパワーは、伊達ではなかったのだと!
 気付くと同時に、ギーシュは叫んでいた。
 敵に作戦を気付かれる前に、対策を立てられる前に、一刻も早く行動しなければならない!

「タバサぁー! フローズンだぁぁァァァァァァッ!」
「!?」
「フェンスを中心に、ありったけの魔力を注ぎ込めぇ!」

 叫ばれた事よりも、その内容を聞いて、タバサを含めたメイジ一同は思わずギーシュのほうを見た。
 いかれたとしか思えなかったのである。ギーシュが今叫んだ魔法は、戦闘用ではなく日常生活用のスペルなのだから……貴重な生肉などを冷凍保存して空輸したりするときに使う、冷凍用の魔法である。冷やす速度は超速いが、一定の極狭い範囲を冷やす呪文のため、戦いの最中に使えるような呪文ではない

 得体の知れない敵との戦いで、気でも狂ったか?
 若干の失望を胸に、タバサはギーシュの眼を見返して……絶句する。
 その眼に、狂気は無かった。ただ、敵の喉笛に喰らいついてでも倒すという固い意思が、爛々と輝いている。
 この状況と、あの魔法のチョイスで、狂ってるでもなく勝利を確信している……

 ああ、この男は狂っていないんだと、タバサは思った。そして確信する。
 こいつは馬鹿だ。筋金入りの馬鹿だ。それで勝てると信じてる大馬鹿者だ。
 そして自分は、それ以上に馬鹿なのだろう。この男の目に宿る執念に、賭けてもいいと考えてしまう自分は。

「――!」
「ちょ! タバサ!?」

 無言で頷いて詠唱を始めるタバサを、キュルケは慌てて止めようとするが……遅かった。
 只でさえ詠唱の短い呪文である。百戦錬磨のタバサはほぼ一瞬で詠唱を完了させ、杖を振るって魔力をこの世に顕現させる。
 フローズンは、視覚的な変化こそ無いものの、引き起こされる現象は即効性があり劇的である。
 タバサが杖を振るってから数瞬もしないうちに、その現象をラバーソールは体感する事になった。

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