ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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布地を勢いよく引っ張り、残っていた水気を振り落とす。
才人の日課である、朝から始めた今日の洗濯も、昼が近づくころには、終わりに近づいていた。
「はいこれ。洗っといてね」
どすんっ、と重そうな音を立ててルイズの洋服や制服、下着が山積みで目の前に置かれる。
「ちょ、ちょっとまて! 何でこんなにあるんだよ!?」
「あんた達を診てあげてる間に、こんなに溜まっちゃったの。まったく、余計なことばっかりして。ニョホが一番悪いけど、あんたも同罪よ」
最近ルイズはジャイロのことを、ニョホと呼ぶようになった。どうやら、彼からチビと言われることの意趣返しらしい。
「あれは……、あの金髪野郎だって悪いんだぜ。だってあいつ」
事情を話そうとした才人を、ルイズは遮る。
「私は止めろって言ったわ。なのに無視して、その上勝手に怪我して死にかけるなんて、使い魔の自覚が無さ過ぎよ」
その上、あんた達を助けるために、秘薬まで取り寄せたのよ。とルイズは付け足す。
確かに、命を助けてくれたのは感謝している。だけどあの時、ギーシュの横暴を才人は目の前で見せられた。
我慢しろと言われても、とてもじゃないができなかった。
「ルイズ、確かに俺やジャイロを治療してくれて、命を助けてくれたことは感謝してる。……けど、俺はギーシュってやつが、正しいことをしたとは思っていない」
「あいつが正しいことをするほうが少ないわよ。私が言ってるのは、あんたは使い魔なんだから、主人の命令を聞かなくちゃいけないのに、反抗したってこと」
「あいつのほうが間違っていたんだ。なのに、それを見て見ぬふりしろっていうのか」
命令違反をしてごめんなさい、と言えば、まあ許してやるかと思ったのに。予想に反して才人は自分の主張を曲げず、逆にルイズをじっと見据える。
それが、ルイズの心を波立たせる。
「貴族の行いを正すのは貴族の役目よ。あんたが出しゃばるようものじゃないわ」
「悪い行いをしていても、貴族なら許されるってのかよ。それって変だろ」
彼が投げかけた、当然の疑問。それがどんな意味を持つのか、このときのルイズには理解できなかった。

「うるさいわね……。とにかく、服、ちゃんと洗っといてよ」
それだけ言い残し、ルイズは授業に向かうため、部屋を出る。その去り際に。
「まったく、……何も言わない道具のほうが、まだマシよ」
そう、短く呟いた。
その言い草に腹が立って、ドアを閉めたルイズに向かって、才人は服の山を蹴り飛ばした。
「さてと……、あとはこれだけかな」
やっと一抱えほどになった洗濯物をタライに移し、さっさと終わらせてしまおうと、才人は取り組む。
隣にいるはずのジャイロの姿は無く、洗濯は才人一人で行っていた。
「洗濯はオメーに任せるぜ。オレはちっと用があるんでな」
カゴ一杯の洗濯物を洗い場まで持ってきた二人だったが、ジャイロが突然、そう言った。
「ジャイロ!? そりゃどういう――」
「図書館に行っててな……。なんとか文字を理解できそうなんだ。早えーとこ覚えて、こっからオサラバしてーんでな」
脱出の方法を、探す。それは彼が以前から言っている目的であり、少年も期待していることだった。
「できるのか?」
「いい講師が見つかってよォ。なんとかなりそうだ」
ニョホ、とジャイロが笑う。
「それによ……。オメー、オレの決闘に横槍入れたろ」
ビッとジャイロが才人に指を挿す。鼻先にいきなり指を突きつけられて、才人は、うっ、と唸った。
「ケッコーオレ、根に持ってんだぜェー」
「何言ってんだよ。後半ピンチだったじゃねーか。それに俺だって、あいつに痛めつけられたんだぜ。俺だって権利ぐらいある」
「まーオレもそんなに遺恨を残してーとは思わねー。……そこでだ、今日の洗濯をオレの分までやってくれたら、この件はキレイサッパリ忘れよーじゃねーの」
そう言うと、ジャイロはくるり、と後ろを向いて去っていく。
「お……おい! マジで見捨てる気かよ!」
「頑張れよー。少年」
笑い飛ばされ、才人はぽつんと、取り残された。
溜息を一つ吐く。それから――、壁のような下着の山から、憤りを込めて、洗い始めたのだった。

洗濯が最後になって、ようやく才人は、なにも手洗いをする必要なんてなかったんだよな、と気付く。
立ち上がって辺りを見渡す。地面を見渡して、丸みのある石はないか、と探す。
一つ、よさ気なものが、見つかった。
これで、あいつがやったように、楽に洗濯ができるんだと思うと、何故かわからないが、嬉しさがこみ上げてきた。
タライの中に石を置く。力が一番伝わるように、中心へ。
知らず、手に力がこもる。
大丈夫だ。だってできたんだ。鉄球を回転させて、飛ばすことができたんだから。今回も、できるはずだから。
「やっ!」
気合と共に、石を回転させる。だが、石はすぐに勢いを失う。
「あれ?」
やり方が悪かったんだろうか。もう一度同じように試す。だが、また結果は同じだった。
「何でなんだよ……?」
今回と前回、何が違うのか。それがわかれば、できるはずなんだ、と才人は思った。
あっ、と気がついて、ぽんっ、と手を叩く。
武器だ。
前は手に持った鉄球を、武器だと思った。そしたら回転したんだ。
なら、……今回も。
石を手に取る。タライの中心において、そして、念じた。
――武器だ。これは武器。武器武器武器武器。……これは、武器!
紋章が僅かに、輝く。
「よっし……。いっけえ!」
力を込めて、手を放す。石は静かに、だが力強く回転を始め――。
才人が手を放した瞬間、意志はものすごい力で回転し、勢いを加速させる。その勢いで、水も回転し、水流が巻き起こる……までは、よかったのだが。
そのまま――、洗濯物を巻き込んで、タライを貫き、地面を採掘し、爆音を発して、吹っ飛んだ。
巻き込まれ切れ端になる下着。降りかかる土煙。巻き上がる砂煙。
折角綺麗に洗ったほかの洗濯物は無常にも、……やり直しをしなければならなくなり、がくっと才人は、膝を折った。
それとほぼ同時刻、ある教室から爆音が轟くのだが……、それはまた別のお話。

「魔法の成功確率がゼロ……。んで、“ゼロ”のおチビねェ……。よく言ったもんだ」
どこか遠いところで、爆発が聞こえたような気がしたが、すぐ静寂を取り戻す。
学院の図書室。その片隅で、ジャイロは何冊か本を片脇に積んで、読み漁っていた。
書士が留守の間に潜入し、独学の勉強をする。最近のジャイロの日課であった。
魔法による施錠をされている場所は入れなかったが、図書室はなかなか広く、それ以外の場所にも本はあった。
それを読み、文字を理解しようとしているのだった。
彼が読んでいるのは、文と一緒に、挿絵が載っている。恐らく、絵本の類なのだろう。
しかし……いい年こいた連中がいる学校に、なんで絵本があるんだ? と考えたジャイロだったが、考えるのもアホらしいので、止める。
「えーと……むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんと……で、いいのかコレは」
あーでもねーこーでもねーと、ブツブツ言いながら読んでいたとき。
ガチャリ、と、ドアが開く音がする。それをジャイロは目で追い、入ってきた者の顔を見て、声をかける。
「よォ……。また逃げてきたのかよ」
「大爆発」
「あのおチビ、加減しらねーからなァ」
ニョホホと笑う。対する少女は、無表情だったが。
「んで、……またヒマだっつーんなら、教えてもらえねーか、センセイ」
「……新メニュー試食」
「あー……、わかった。それで手ェ打つわ」
ジャイロが椅子に腰掛け直す。それに続いて――、タバサが、隣に座った。
ジャイロがタバサから文字の読み方を教わり始めたのは、つい先日のことだった。
いつものように図書室に忍び込み、わからない文字を考古学者のように躍起になって解読していたとき。
授業中の時間帯なのに、さも当然のようにタバサが入ってきた。
お互いに一瞥する。ジャイロは彼女を、いま授業中じゃねーのかよ、こいつ案外不良じゃねーのか? と思った。
対するタバサは、何を考えているのか、全く読めない。
だが騒ぎ立てるようなことはせず、そのままタバサは本棚に向かって行った。

そのうち、奇妙な音が聞こえるようになった。
ぴょん、とも、ひょん、とも聞こえる、なんとも気の抜けた音。
さすがに気になって、音のするほうを覗くと、タバサが必死に、自分の背丈より高いところにある本をとろうとしていた。
「……何やってんだ、オメー」
たしかこいつ以前、空中に浮いてたよな。それ使えばいいんじゃねーのか、と思ったが。
ジャイロの問いかけに答えず、タバサは再び跳ねた。
「なァ……、もしかしてオメー。本、取りてーのか?」
気になって聞くが、彼女は無言で答えない。
「じゃー、なにやってんだオタク? 傍目から見てると奇怪でよォ」
跳ねるのを止めたタバサが、杖を持って、なにやら唱える。
すると、彼女の体が浮く。……しかし、少ししか浮かばない。
「なんだ? もっと浮けばいいじゃねーか」
「できない」
「なんでだ?」
「わからない」
何故か分からないが、魔法を制限する力がかかっている、とタバサが言う。
「ほー。魔法っても案外、便利なよーに見えて不便だな」
ジャイロがタバサに近づく。そして手を伸ばして、本を取り、タバサに渡す。
「ほれ、コレでいいのか?」
面食らったような表情を作り、タバサは無言で頷く。
「図書室は静かにするもんだぜ。じゃーな、青いおチビちゃん」
ニョホホ、と笑ってジャイロが戻っていく。
「読める?」
「あー?」
「本」
「いや。サッパリわかんねェ」
「……教える?」
それは願ってもない。
これがきっかけで――、実に奇妙な授業が開始されることになった。

「オールド・オスマン。やはり彼は」
「ミスタ・コルベール。早合点は禁物じゃぞ」
学院の一室。トリステイン魔法学院を束ねる学院長――オールド・オスマンのいる学院長室で、コルベールはある報告をしていた。
「まず、これについては他言無用じゃ。すべてを明るみに出すのは、もう少し先でもよいじゃろうて」
ほっほ、と笑い、オスマンは遠見の鏡を映し出す。
「しかし、……伝説か。あんまりろくなもんじゃないのう。伝説がもてはやされるという時代は」
大抵、乱世じゃ。と老人は呟いた。
「なにか、不吉なことの前兆なのでしょうか……?」
コルベールが、額の汗を拭き取りながら、大魔導師に尋ねる。
「わからんよ。なにもわからん。一寸先は闇じゃ。そう決まっておる」
そして、それ以上この話題に触れることを、許さぬ空気になった。
遠見の鏡に映されるのは、学院の一部分。
ジャイロがギーシュと決闘をした、あの庭が映っていた。
「派手に暴れたもんじゃのう……。直すの大変じゃぞい」
それと同時に、ばんっ! と部屋の扉が開け放され、秘書を勤めているミス・ロングビルがずかずかと入ってきた。
「おお~う。ミス・ロングビル。今日も一段と綺麗じゃのう。どれ、儂が一つその綺麗の秘密を探り当ててや、ろぶぇつ!」
ロングビルの膝が、オスマンの腹に入る。
「オールド・オスマン! あれほど言ってるでしょう! 私が湯浴みをしているときに、使い魔使って下着持って行かないようにと!」
つまみ出されたネズミは、間違いなく、オスマンの使い魔だった。
「おお~モートソグニル。残念じゃ、見つかってしまったのか。惜しいのう。実に惜しい」
げしげしっ! ロングビルのつま先がオスマンの背中に当たる。
「まったくセクハラですわよ! オスマン学院長ともあろうお方が、生徒達に手本にならぬようなことをするなんて!」
「いやいや、まったくすまんのう。……ところで、ミス・ロングビル? もしかして……、今、ノーパン?」
げしげしげしげしげしげしげしげしっ!!!
誰もこの時、鏡の景色を見てはいなかった。
ギーシュが最後に倒れた場所に、奇妙に残る不気味な手形が一つあったことなど。……誰も気がつかなかった。
そして一陣の風が吹くと共に――、それは跡形も無く、消え去ったことなど。


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