ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

タバサの大冒険 第3話

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匿名ユーザー

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 ~山岳地帯 地下10階~

『もう見失わないッ!この小さいヤツを15秒以内に仕留めるッ!』
 無作為に室内を動き回る弾丸中継のスタンド「マンハッタントランスファー」に
中継されたライフルの弾丸が、タバサ目掛けて飛来する。
「うっ……!!」
「ストーンフリー!オラァッ!!」
 同時にタバサがライフルの弾丸に翻弄されている隙に、自らのスタンド「ストーンフリー」を
展開しつつジョリーン――空条徐倫がタバサに密着して来る。
 タバサは攻撃用DISCのザ・ハンドで応戦しようとするが、精密動作の難しい
ザ・ハンドでは、中々ジョリーンのストーンフリー相手に直撃を与えることが出来ない。
 逆にジョリーンの側もザ・ハンドの一撃を警戒しているのか、その攻撃も
 タバサにダメージを与えると言うよりは、タバサの行動を封じて
致命的な隙を作る為の牽制に徹している風にも見える。
 そしてタバサとジョリーンがお互いに膠着状態に陥っている間に、
マンハッタントランスファーが撃ち込んで来る弾丸が、絶妙な位置でジョリーンを避けて、タバサ一人を狙って降り注いで来る。
 結果として、二人掛かりで攻め立てて来る敵に対して、一人で対処し続けるタバサの側は
消耗する一方であった。このままではジリ貧状態が続いたら、やがてどちらか一方に
完全に態勢をを崩され、その隙に残った片方からトドメの一撃を受けるのを待つばかりであろう。

 ――どちらか片方さえ倒すことが出来れば。

 今タバサの脳裏にあるのは、その考えだけだった。
 実を言えば、距離を置いたマンハッタントランスファーをこちらのすぐ側に引き寄せる方法はある。
 ザ・ハンドの能力を「発動」させ、自分とマンハッタントランスファーの間に
広がる空間を「削り取って」しまえば良いのだ。
だが、その手段は有り得ないとタバサは即座に却下する。
 それは、ザ・ハンドのDISCを攻撃用DISCとして装備してしまっている為だった。
 運の悪いことに、ザ・ハンドのコミックスによる強化も未だに出来てはいない。
 今の段階でザ・ハンドの能力を発動させてしまっては、マンハッタントランスファーを
引き寄せた所でザ・ハンドのDISCは消滅、一撃で倒せるだけのダメージを与えきれずに
マンハッタントランスファーには逃げられ、目の前のジョリーンから
ストーンフリーのラッシュを受けて、自分一人が再起不能(リタイア)にされるだけだろう。
 仮に、ザ・ハンドが強化されていて、一度の発動で力を使い果たさなかったとしても同じことだ。
 ジョリーンのスタンド、ストーンフリーは細かな糸の束が集まって人の形を作っている。
 それを応用して、ストーンフリーには傷ついた仲間の傷を縫合して癒すという使い方も出来る。
 マンハッタントランスファーをタバサの側に引き寄せるということは、
彼女と密着しているジョリーンの手元にも移動させ、ストーンフリーによって
回復させるお膳立て整えてしまうということだ。ジョリーンかマンハッタントランスファー、最低でも
どちらかを確実に無力化しない限り、この戦いに勝機は無いのだ。

 タバサは決して、ザ・ハンドの他に装備用DISCを持っていないと言う訳では無い。
 だが精密動作性を別にすれば、現在持っているDISCのどれもが
ザ・ハンド程の高い攻撃力を持ち合わせておらず、今戦っている両者に
致命的なダメージを与えることは極めて難しいだろう。
 そんなDISCをわざわざ持ち歩いているのも、DISCの能力発動を見込んでの事だ。
 装備用としては貧弱でも、自らが置かれた状況とタイミングを見計らって
能力を発動させられれば、それはどんな強力な武器にも勝る。
 王には王の、料理人には料理人の……そして恐らくハルケギニアの貴族や
彼らに使役される平民にも、各人に見合った個性や役割が与えられているのだろう。
 既に今までの戦いで、タバサはそれを嫌と言う程思い知らされていた。
 あのエコーズAct.3も、己を犠牲にしてまで、自分にそれを教えてくれたのでは無かったか。
「…………っ」
 この窮地を逃れる術は必ずある。そして、その方法は恐らく――
 タバサは自分の考えを信じて、銀色に輝く一枚の発動用DISCを取り出した。
「ホワイトスネイクの…DISC!?クッ、それを使わせる訳には……!」
 ストーンフリーの勢いを強くするジョリーンに今は構わず、タバサはそのDISCを構え、そして――
「承太郎のDISC…!」
 自分とジョリーンから出来る限り離れた方向に向けて、タバサは力一杯そのDISCを放り投げた。
「あれは……父さんのDISCッ…!!」
 そのDISCの正体が、かつて“本来の世界”で彼女の宿敵「ホワイトスネイク」の手によって、
自分の父親の記憶を封じ込められたDISCであることに気付いたジョリーンは、
目の前のタバサに構わずDISCに向かって駆け出して行く。
『何ッ…空条徐倫!?しかしその程度のことで我が「マンハッタントランスファー」の
逃げ道を塞いだと思っているのかァッ!』
 マンハッタントランスファーを通して、本体のスタンド使いの意志がタバサにも聞こえた。
『照準点に変更無し!全身を確認、頭部に固定!発射(シュート)ッ!!』
「く……――ッ!」
 タバサの頭部目掛けて撃ち込まれるライフルの弾丸を、体を捻ることで
辛うじて右肩で受けながらも、タバサは両腕を持ち上げて射撃用DISCの一枚を能力発動させる。
「エンペラー!」
 タバサの意志に応じて、自由自在に室内を飛び回る銃弾型のスタンドが、
今度は逆にマンハッタントランスファー目掛けて猛然と疾駆する。
 ジョリーンが自分に背を向けて離れて行っている以上、無作為に移動する
 マンハッタントランスファーをこの隙に、それも確実に仕留める為には、
使い手の意志によって弾丸の軌道を自在に変えられるエンペラーのDISCを使うのが最善の策。
 ライフルの実弾とは違うスタンドパワーの塊を防ぐことが出来ずに、
マンハッタントランスファーは飛来したエンペラーの弾丸を回避出来ず、直撃を受ける。
『こ…こいつ…!いつの間に、これほどのDISCを……』
 それが、マンハッタントランスファーの断末魔となった。
 タバサは消滅して行くマンハッタントランスファーに構わず、承太郎のDISCを
追い掛けて行ったジョリーンの直線上の位置目掛けて走り出す。
 承太郎のDISCを手に取っていたジョリーンが、タバサの様子に気付いて振り返るが、もう遅い。
「フー・ファイターズっ!!」
「ぐゥ……ッ!」
 タバサの持つもう一方の射撃DISCから放たれるプランクトンの弾丸が、ジョリーンに命中。
 ジョリーンが起き上がるより早く、タバサはジョリーンが倒れるまで、フー・ファイターズの弾丸を打ち

続ける。次から次へと放たれる弾丸の雨を受け続けた末に、ついにジョリーンの体が崩れ落ちる。
「……あのままあんたを攻め続けていれば、確かに倒せたかもしれない……。
 だが!だが、それでも!父さんのDISCがそこにあるのだとしたら…
 あたしはそれを取りに行かない訳にはいかないだろう…!」
 最後にタバサにそう言い残して、ジョリーンの姿をした“記録”は消滅して行った。

「……………」
 タバサは無言で、ジョリーンが手にしていた承太郎のDISCを拾い上げる。
 本来、このDISCの能力はスタンドの精密動作性を大幅に高めること。
 だが少し前の階層で、同じように戦った別のジョリーンの“記録”が
このDISCを守るようにしていたのをタバサは覚えていた。
 もしかしたら。
 このDISCは空条徐倫と言う人物にとって、とても大切な物なのでは無いかと思ったのだ。
 例え命と引き換えにしても、惜しくは無いと思えるくらいに――
「父様。……母様……」
 ジョリーンは父、空条承太郎の為に自らの命を投げ打つ覚悟で戦った。
 では自分はどうだろう?自分の父親は幼い頃に政治抗争の中で殺されてしまった。
 母親は自分を庇って毒を飲み干した結果、正気を失い、今ではタバサのことすら
誰なのかを認識出来ず、昔自分が母にプレゼントした人形を
“幼い娘のシャルロット”だと思い込んでいる。
 父を、母を、両親の血が自分に流れていることを、タバサは今でも誇りに思っている。
 だがガリア王国の王家という一族の名前は、今のタバサにとっては
憎悪と怨嗟で以ってのみ想起される存在でしか無い。貴族とは高貴で気高く、
また優れた知性と魔法の力によって人々を導いて行ける誇り高き者こそが
貴族と呼ばれるに相応しいのだと人々は語る。
 ――冗談では無い、とタバサは思う。
 名誉や栄光と言う名の虚栄心を守ることばかりに終始して、自分から
両親を永遠に奪い去った者達の誇りなど許されない、認めてやる訳にはいかないのだ。
 人間が目指すべき黄金の精神とは、誇り高き血統とは、そんな所から来る物では無いはずだ。
 本来なら「貴族」でも無ければハルケギニアで暮らす「平民」ですら無い、
「貴族」という存在がいない世界からやって来た平賀才人ですら、今では
ゼロのルイズの使い魔であることに確かな「誇り」を抱いているに違いないだろうから。
 自分も、ハルキゲニアに置き忘れてきた「誇り」を、取り戻さなくてはならない。
 守らなければならない母の元へ帰る為に、トリステイン魔法学院の友人達と楽しい日々を送る為に。
「……私は、帰る」
 いつものように小さな声で、しかし力強く宣言してから、タバサはゆっくりと歩き出した。

 ~山岳地帯 地下11階~

「んくっ……んっ…」
 コップに注がれたキリマンジャロの雪解け水を飲み干しながら、タバサは手持ちのアイテムを確認する。
 装備は攻撃用のザ・ハンド、防御用の強化済みイエローテンパランス、能力用のダークブルームーン。
 射撃DISCのフー・ファイターズとエンペラー、ラバーズ、タワーオブグレー。
 それ以外のDISCはデス・13とチリペッパー、エンプレス、ハーミットパープル、ペットショップ、
 エンポリオのDISC。承太郎のDISCはこの階層に来た際に使ってしまったので、もう無くなっている。
 そして体力回復用のモンモランシー特製ポーションに、今食べているはしばみ草のサラダ。

 正直に言って、手持ちのアイテムは安心出来る程には数が多い訳では無い。
 それでもタバサ自身が今までの戦いで経験を積んでいるということもあり、当面は何とかなるだろう。
 しかし、突然この状況が変化したとしたら、どうなるだろう?
 その時になって、自分はこれまでのように切り抜けることが出来るのか?
 先刻からタバサの胸の内に湧き上がっている漠然とした不安感は、
 彼女がこの階層で新しく発見したDISCの発動に由来する。

『古からの死臭ただよう館に……迷い子が階段を下るとき!
 おのが自身はその正義を老婆と問い!しかるのちに残酷な死を迎えるであろう』

 あのDISCは、確か「老師トンペティのDISC」と言う名前だったか。
 自分がこの先訪れる階層について、予言という形で知ることが出来る能力らしい。
「……おばあさん?」
 “階段を下りる迷い子”と言うのは、この異世界に入り込んだ自分のことに間違い無いだろう。
 だが今までの階層で戦って来た敵の中に、老婆の敵はいない。
 そして“古からの死臭が漂う館”という表現。これは恐らく、近い内に
今までとは全く違う敵と、古い館のような階層で戦うことになるという意味だろう。
 ――覚悟を決めなくてはならない。
 「覚悟」を抱いて己自身の内にある「恐怖」を退けてこそ、始めて勝利を手にすることが出来る。
 例えどんな敵が現れたとしても、タバサには負ける訳にはいかない理由がある。
「む……っくん」
 その為にタバサは、まず好物のはしばみ草のサラダを食べて万全の状態を作り上げることにした。

 ~エンヤホテル 地下12階~

「………当たった」
 はしばみ草のサラダを食べてお腹一杯になったタバサが階段を降りた先は、古ぼけた建物の中。
 なるほど、老師トンペティのDISCの予言は早速的中したと言う訳だ。
 そしてあの予言は他にもまだ続きがあった。
 予言が最後まで本当ならば、次にやって来るのは――
「やあ~……いらっしゃい…」
 違う。老婆では無かった。簡素な作りの衣服に身を包んで、子供を抱きかかえた女性だった。
「いい所ですねェ~…このホテル…あなたも泊まりに来たんですかぁ?」
 そう言う女性の目の焦点はまるで合っておらず、本当にタバサの方を向いているのかすら疑わしい。
 良く見ればその顔も、ニキビに塗れて膨れ上がり、ドス黒く変色している。
 そして意識を周囲に向ければ、目の前の子連れの女性のように
異様に血色の悪い顔を不機嫌そうに向けた中年男性やら、全身に穴ボコが開いて
皮膚がチーズみたいになっている若い男などが、のろのろとした動きで――
 しかし確実にタバサの方に向かってと近付いて来る。
「すみませんねェ~~…私ってば耳が遠い物で、何を言われてるんだか……」
「ザ・ハンドっ!!」

 ガォン!!

 タバサは攻撃用に装備したDISCのスタンドの一撃を子連れの女性に叩き込む。
 触れた者全てを消し去るザ・ハンドの右手に全身の大部分を削り取られ、
残った子連れの女性の体がくるくると部屋の中を転がり、やがて消滅する。
 ――こいつらは、死者だ。
 今まで戦って来た人々の“記録”とも違う、ただ動き回っているだけの死体。
 タバサは迷うことなく、近寄ってくる亡者の群れに対して攻撃を加える。
「フー・ファイターズ!」
 射撃DISCによってタバサの指から発射される
プランクトンの弾丸が、更に姿を現してきた死体の幾つかを吹っ飛ばす。
 しかしどれだけ死体の群れを倒しても、次から次へと際限なく死体の数は増えていく。
 このままでは駄目だ。仮にこの死体をスタンドとするなら、
本体である「スタンド使い」が何処かにいるはず。
 そしてそれこそが予言ので知らされた「老婆」に違いあるまい。
「…………!」
 踵を返して、タバサはダッシュ。そのまま部屋のドアを強引に開け放って、ホテルの通路に躍り出る。
「ハーミットパープル(隠者の紫)…!」
 同時に周辺感知の能力を持つ装備DISCを発動させ、タバサはホテル内の構造を頭の中に叩き込む。
 思った以上に狭い場所だ。数で追い立てられれば、防ぐ手立ては無いだろう。
 タバサは人が隠れていそうな場所を虱潰しに、しかし最短のルートを通って探し回る。
 途中にチラホラと姿を見せる死体達は出来る限り無視しながら
スタンド使いの本体を探して行く中で、タバサはオーナーの部屋と思しき部屋のドアを開け放つ。
「ヒェッ!?……お、おお~、これはいらっしゃいませ~。何か御用ですかな、ヒェッヒェッ」
 ようやく見つけた。部屋に飛び込んで来たタバサの剣幕に、腰を抜かせて驚いてみせる老婆の姿。
 今まで出会って来た死体とは違う、邪悪に、しかし強く意志を感じさせる輝いた瞳。
 そうだ。彼女こそ、前の階層で予言で見た“古びた館の老婆”であり、
あの亡者共を操っているスタンドの本体に間違いない。
「ええ。……あなたに、用がある」
「おお~、それはそれは。何なりと御申しつけ下さい。
 あ、ワシはこのホテルのオーナーのエンヤと申しますですじゃ」
 お互いにシラを切り通しているのは先刻承知だったが、タバサはそれ以上は
何も口に出さずにエンヤと名乗った老婆に一歩ずつ近付いて行く。
 近付いて、至近距離からザ・ハンドの一撃を叩き込むつもりだった。
 エンヤ婆の側にも何か策はあるだろう。他に死体を操る以外の能力を隠しているかもしれない。
 それを見極める為にも、今は死中に飛び込んでみせる必要がある。
 来るならば、来い。タバサはエンヤ婆の一挙手一投足まで注意を払いながら、彼女に接近して行く。
「…お客のマナーが良くない。ちゃんと注意しないと…」
「そうですか、そうですか。そりゃあ申し訳ございませんのォ~。
 何しろ外国から遥々観光に来られるお客様目当ての店なんで、言葉も通じ難くて大変なんですじゃよ」
「………本」
「ウムン?何ですと?」
「本を読んで、勉強しないと」
「おお、そうですのォ~。それは必要なことですのォ」
「そう。本を、読んで――っ!」
 そこまで言って。タバサは一気にエンヤ婆との距離を詰めてザ・ハンドを展開。
 一撃で勝負を決めるべく、エンヤ婆に向けてその右手を振るう。
「キィエェェェーーー~~~~ッ!!!」
 その刹那、物凄い勢いでエンヤ婆が飛び上がり、ザ・ハンドの右手を回避してタバサから距離を取る。
 ザ・ハンドのコントロールの難しさを差し引いても、老婆とは思えぬ程の凄まじいスピードでだった。
「…………く!」
「ヒェ~ッヘッヘッヘッ!そんな生っちょろいスタンドでワシを殺せると思ったのかァー小娘ェ!?」
 タバサに対して嘲笑を上げる今の姿こそが、エンヤ婆の真の姿なのだろう。
 邪悪そのものが形になったかのような笑みを浮かべながら、エンヤ婆は高らかに宣言する。
「このワシの「正義(ジャスティス)」で!お前のその無愛想なツラを
 恐怖でグチャグチャに変えた後で改めてブッ殺してくれるわい!
 ここがお前の墓場になるのじゃああぁぁウケケケケェーッ!!」
 その宣言と共に、エンヤ婆に操られて部屋のあちこちから新しい死体の群れが湧き出してくる。
 ――また一つ、老師トンペティのDISCの予言の真実が明らかになった。
 「正義を問う」とは即ちエンヤ婆のスタンド「正義(ジャスティス)」を指していたのだ。
 そして最後に残された予言はただ一つ。「しかる後に残酷な死を迎えるだろう」……。
「そこまでは……嫌」
 残酷な死を迎えるのは敵の方だ。死者を操っているエンヤ婆にこそ、死の世界は相応しい。
「デス・13のDISC…!」
 タバサは装備DISCの一枚を頭に差込み、その能力を発動させる。

『ラリホォォォ~~~ッ!!』

 DISCが力を使い果たして消滅する代わりに、タバサを取り囲んでいた
亡者の群れに強烈な睡魔が襲い掛かり、次々にその場へと倒れ込んで深い眠りに身を委ねて行く。
 タバサは眠りこけている死体に構わずに、エンヤ婆のみに狙いを絞ってザ・ハンドを振るう。
 だが、異様な素早さで動き回るエンヤ婆に対して中々決定打を与えることが出来ない。
「キィヒヒヒ、馬鹿め当たるものかァ!そしてェ!」
 またしても新たに現れた死体が、タバサに向けて一直線へと突っ込んで来る。
「うっ……!?」
 エンヤ婆に気を取られ過ぎていたタバサには、その死体の動きを避けきることが
出来ずに、部屋の中に置かれていたテーブルに頭から突っ込んで行ってしまう。
「く……ううっ…!」
 他の死体が倒れ込んだタバサに向けて近寄って来る姿を視界の端に捉え、
タバサは慌てながらも自分を転ばせた死体にザ・ハンドの右腕を叩き込んだ。
 死体、消滅。そのまま起き上がって態勢を整える、そうしようとしたその瞬間。
「キエェェェーッ!!」
「……っ!?」
 エンヤ婆が懐に隠し持っていたナイフを取り出し、タバサの顔面目掛けて投げつけて来る。
 頭を振って何とか逃れようとするが、完全に回避しきれずに左の頬が刃に当たって薄く切れてしまう。
 チクチクとした浅い痛みと共に、タバサの頬から一筋の赤い血が流れ出す。
 だがこの程度、致命傷には遠い。タバサは完全に立ち上がり、再びエンヤ婆に対して向き直る。
「クッ……クククッ…」
 突然、エンヤ婆が含み笑いを浮かべる。
 まるで、今この段階で自分が決定的勝利を掴んだとでも言うように。
 まずい。
 タバサはエンヤ婆の態度に、今までとは違う危険な雰囲気を感じ取っていた。
「ククク…ウケケケケッ!ウヒャハハハハァ!このホテルの中で血を流したな!
 もうこれで完ッ璧にお前は勝機を失ったのじゃあぁぁぁぁ!!ウコケケケケケケッ」
 ――やはり。
 あのナイフの一撃が、こちらにとっては致命的なダメージになってしまったらしい。
 しかしタバサにはその理由がわからない。
 エンヤ婆のスタンド、正義(ジャスティス)の真の能力が、だ。
 ザ・ハンドに比べて威力が劣る上に、残りのエネルギーも少なかったが、
ここはエンペラーとフー・ファイターズで確実に攻撃を命中させるしか無い。
 そう考えたタバサがエンヤ婆に向けて両手を向けた、まさにその瞬間。
「…………っ!?」
 突然タバサの頭がぐらりと傾き、そのまま真横の方向に吹っ飛ばされて地面に叩き付けられる。
 先程ナイフが掠めた左の頬がやけに重い。何とか瞳を傷口の方に見やると、
 そこはもう出血が泊まっており、代わりに霧のような物質が問題の傷口から生じていた。
「これがワシの「正義(ジャスティス)」!「正義(ジャスティス)」の有効射程範囲内で傷を付けられた
 ヤツは、誰であろうと傷ついた場所を中心にワシの意のままに操れるのじゃあああぁぁ!!」
 完全に勝利を確信しているのだろう、エンヤ婆の高笑いが部屋の中に反響する。
 タバサは一発でも射撃DISCを撃ち込んでやろうとエンヤ婆に手を向けるが、
その前に傷口から自分の頭をコントロールされ、あらぬ方向へと頭ごと全身を吹き飛ばされる。
「さああぁ~~~てこれからお前をどう料理してくれようかのォ?
 そぉうじゃ、そういやトイレの掃除を最近サボっておったからのォ~~~~
 これからお前に掃除してもらうとするかのう!!」
 そう言うが早いか、エンヤ婆はタバサの頭を引き摺るような形で、
 部屋の脇に設えてある扉に向けて、タバサの体を誘導して行く。
「なめるように便器をきれいにするんじゃ、なめるように!
 ぬアアアめるよォオオオオにィィィィ!!だよん。レロレロレロレロ」
 エンヤ婆の咆哮を聞いて、タバサの全身に氷のツララで突き刺されるような
冷たい恐怖感が走る。恐らくこの老婆は本気でそれを自分にやらせるだろう。
 それだけでは無い。その後も考え付くだけのありとあらゆる屈辱と恐怖を与えて、
タバサの中にある「正義の心」を完膚無きまでに打ち砕こうとするに違い無い。
 それだけは何としても避けねばならない。
 幸い、傷を付けられ操られているのは頭だけ。
 ならば、両腕はまだ自分の自由に動くに違いない。
 それを信じて、タバサはエンヤ婆に気付かれぬように注意しつつ、懐からDISCを一枚を取り出した。
「……ヌッ!?」
「ペットショップのDISC…っ!!」
 氷を操るスタンド「ホルス神」の本体である怪鳥のDISCを頭に差し込むタバサ。
 その刹那、まるで鳥の羽のように両手をパタパタと振りながら、
 タバサの体が宙に浮かんでそのままフッ、と部屋の中から消えて行く。
 ペットショップのDISC。
 同じ階層の別の場所へ向けて、まるで瞬間移動の如く飛び去ることが出来るDISCである。
「……うおのれぇぇぇぇい小娘ェェェ!じゃが「正義(ジャスティス)」の効果範囲はこのホテル全体!
 この先の階層に至る脱出経路など存在せぬわい!
 そしてお前がここから逃れられぬ以上、依然このワシの勝利は変わらん!
 何処にいようと絶対に逃すものかァァァ!!探し出して脳みそ!ズル出してやるッ!
 背骨バキ折ってやるッ!タマキンがあったらブチつぶしてやっとるわッ!」
 エンヤ婆はタバサを探すべく、後ろに死体の群れを引き連れながら通路へと飛び出した。
「「正義(ジャスティス)」は勝つ!!」

「ごくっ……んっ…んんっ…ぷはぁっ…。はぁっ、はぁっ……」
 モンモランシー特製ポーションを飲み干して、タバサは先程の戦闘で受けたダメージの傷を癒す。
 だがそれでも、左頬の傷口からは「正義(ジャスティス)」の霧が止まらない。
 恐らく本体であるエンヤ婆を倒さぬ限り、永久にこのままに違いない。
 しかし、一体どうやって倒せばいい?
 「正義(ジャスティス)」の能力は既にわかっている。
 霧によって、有効射程範囲内で傷付けられた者を自由自在に操る能力。
 あの死体の群れも、「正義(ジャスティス)」の射程範囲内で殺された者達を
「正義(ジャスティス)」の霧を使って操っているのだろう。そして、その有効射程範囲は――
 恐らくホテルを構成するこの階層全体。
 現在タバサの頭が自由になっているのも、エンヤ婆が自分の姿を見失っている為だろう。
 もし発見されたら、その瞬間に「正義(ジャスティス)」によって
タバサの体を操って先程の続きを始めるに違いない。
 今の内に、何としてでも対抗策を考えなくてはならない。
 手持ちのアイテムで、エンヤ婆を倒す為に出来ることは無いか、タバサは深く考える。
「………あ」
 そして、一つだけ思いついた。
 「正義(ジャスティス)」を使わせる隙を与えずに、あのエンヤ婆を倒す為の手段が。
 だが、それはかなり危険を伴うアイデアだった。一歩間違えれば、倒れるのはこちらの方だ。
「………ううん」
 それでも、やるしかないとタバサは思った。勝利への道はそう容易いものでは無い。
 自らの命を削り取るだけの「覚悟」を抱いてこそ、始めて勝利の栄光を掴み取ることが出来る。
 それこそが人間の目指すべき「正義の道」なのでは無いだろうか。
 あのゼロの使い魔の平賀才人が、まだ召喚されて間もない頃に
彼を怒らせたギーシュ・ド・グラモンに向かって、決然と立ち向かって行ったように。
 やろう。決然と覚悟を決めて、タバサは立ち上がる。
 既にホテル内部の構造はハーミットパープルの発動によって理解している。
 そして自分のアイデアの実行に最適な場所を目指して、タバサは一歩を踏み締めた。

「おにょれえぇぇぇぇ!何処に隠れおった小娘えぇェェェ!?」
 血走った目で、ホテル内の何処かに隠れている筈のタバサを探す
エンヤ婆の耳に、突然誰かの声が聞こえて来る。

『タバサはここよッ!ここにいるわよォォォーーーーーッ!!』

「何ッ……エンプレスじゃと?」
 エンヤ自身、知らぬ間柄では無かったスタンド、エンプレスの声である。
 彼女の宣言と共に、タバサが現在いる場所がエンヤ婆の頭の中にハッキリと浮かび上がって来る。
 しかし、ホテルの中にエンプレスの罠など仕掛けただろうか?
 まあ、どうでも良いことだ。あの小娘が発見出来たのなら、今すぐ
その場所に赴いてブッ殺してやればいい。
 「正義(ジャスティス)」は無敵だ。あんな小娘に負ける訳など無い。
「ウヒヒヒヒッ、待っておれよ小娘!今度こそお前を地獄へと送ってくれるわい!」
 そして間も無く、エンヤ婆は現在タバサがいるらしいホテルのロビーへと向けて突っ走る。
「…………!」
「よォ~やく見つけたぞォ、小娘エェェェ……」
 タバサはロビーから通路の出入り口から少し離れた位置、
即ち現在部屋の中に踏み込んで来たエンヤ婆と距離を置いた所に立っていた。
 一歩も動かぬまま、油断の無い表情でこちらの様子を窺っている。
 何か策があるのかもしれない。
 例えば、スタンドのDISCで床に罠を仕掛けている可能性など充分にある。
 しかしタバサはもう「正義(ジャスティス)」のスタンドの支配下にあるのだ。
 何処にいるのかさえわかってしまえば、後はエンヤ婆の好きに操ることが出来る。
 ならば、策を使わせる暇など与えずブッ倒してしまえばいい。
 エンヤ婆はそう考えて、エンヤ婆はスタンドを通して後ろの死体達に向けて命令を出す。
「お前達ィ!あのクソ生意気な小娘をとっ捕まえるんじゃア!
 そォして奴をボッコボコにブン殴って完ッ全に再起不能にしてやるんじゃあああぁぁァァァ!!」
 その命令を忠実に実行するべく死体達が動き出すと共に、
エンヤ婆自身もまた、タバサに向かって駆け出して行く。
「ワシの「正義(ジャスティス)」は無敵じゃああぁぁぁッ!!」
 エンヤ婆の意志によって、タバサの頬の傷口から潜り込んだ「正義(ジャスティス)」が
再びタバサの体を操って地に這わせようとする。だが。

「――レッド・ホット・チリペッパー!」

『限界無く明るくなるッ!!』

「なぬぅぅぅゥゥゥおわぁぁぁぁーーーーーッ!!?」
 装備用DISCの発動。チリペッパーのDISCの電力放出によって、ロビー内部が
文字通り目も眩む光の波へと包まれる。突然の発光に
瞳をダイレクトに灼かれて、たまらずにエンヤ婆はもんどり打って床に転げ回る。
 その中で、エンヤ婆はチクリと体を突き刺す痛みを感じる。
 が、目を潰されているエンヤ婆にはそれが何なのかわからない。
 そんなことよりも、早く「正義(ジャスティス)」であの小娘の体を操ってしまわねば。
 それだけで、この戦いは勝てるのだから。
「「正義(ジャスティス)」ゥゥゥッ!!」
 ドスン、と何かの倒れる音。恐らくタバサが頭を操られてスッ転んだ音に違いあるまい。
 いいザマだ、とエンヤ婆は視力と共に再び勝ち誇った気分を取り戻していく。
 やがて完全に目を開けられるようになったエンヤ婆は、くるりと首を振ってロビーの様子を確かめる。
 見れば、今まさに地面に倒れ込んだタバサが死体達の群れに囲まれようとしている所だった。
「――勝った!第三話完ッ!!」
「……いいえ、あなたの負け」
 エンヤ婆がタバサに向けて堂々と宣言するが、強い意志の光を瞳に湛えたタバサが
はっきりとエンヤ婆の言葉を否定する。今、タバサは絶望するどころか、
逆に僅かに唇を吊り上げて、まるでこれこそが狙い通りだと勝ち誇っている様にさえ見えた。
「あなたが前に出て来てくれたから、上手く行った。……この死体を、盾にしようとしなかったから」
 何だ。こいつは一体何を言っているんだ?どうしてここまで冷静でいられる?
「あなたがエンプレスのDISCで…ちゃんとここまで来てくれたから」
 エンヤ婆の顔に焦りの色が浮かぶ。
 タバサは教師が生徒に説明するかのように、静かに語りかける。
「あなたが、DISCの光で目を眩ませてくれたから……ここまで来られた」
 タバサは後ろを振り向いて、今まさに死体の一つが彼女に向けて
その両腕振り下ろさんとする様子を静かに見つめていた。
 そして彼女の手には、防御用に装備していた筈のイエローテンパランスのDISCが握られている。
 ここに至って、エンヤ婆はようやくタバサが何を企んでいたのか――
 先程自分に何を仕掛けたのか、ようやく理解することになった。
「なッ!ま、ま、まさかァァッ!?」
 死体が振り下ろして来た両腕を、タバサは避けもせずに背中で受け止める。
「ぐっ……げほっ…!」
 ずしりとした衝撃がタバサの全身に走り、口元から息が漏れる。
 ――そしてそのダメージが、死体を操っている筈のエンヤ婆に向かってそっくりそのまま返って来る。
「うぐおぉぉぉっ!?」
「……ラバーズの、DISC。これなら、確実にあなたにダメージを与えられる…」
 かつて、本来の世界で敵に捕らえられたエンヤ婆の始末の為に用いられた、因縁のスタンド。
 それが今、再びエンヤ婆から「運命」をもぎ取るべく、タバサの手によって自分に仕掛けられている。
 タバサが受けたダメージをそのまま特定の誰かに跳ね返すラバーズのDISCの能力。
 その能力によって、別の死体によってタバサの腹に深くメリ込んだ蹴りの痛みが
エンヤ婆に対してそっくりそのままダイレクトに伝わって来た。

「ぬぉわああぁぁぁっ!?おごぉおぉぉっ!!」
「あぅっ……ぐっ…げほっ、ううあっ……」
 一切の抵抗も見せずにひたすら死体によって殴られ、蹴られ、蹂躙され続けるタバサの
感じている痛みが、次から次へとエンヤ婆に向けて跳ね返ってくる。
 よりエンヤ婆に早く、深いダメージを与えるべく、タバサは防御用DISCまで外していたのだ。
 出血で視界が赤く染まっていく。内臓を痛め付けられ、口から血反吐を吐くのも何度目だろうか。
 己自身の血に塗れて全身を真っ赤に染め上げられた今のタバサの姿は、
 トリステイン魔法学院において呼ばれる「雪風」の二つ名とは、まるで掛け離れていた姿だった。
「なっ…!ウゲッ…なんちゅーマネをしやがるんじゃあァァァァこの小娘ェェェェ!――ブゲェェェ!!」
 何度目になるかも知れぬタバサのダメージを跳ね返されて、ついに耐え切れずに
エンヤ婆はその場に倒れ伏した。そしてそれを確認してから、タバサはようやく次の動きを見せた。
「タワー……オブ、グレイ……っ!」
 射撃用のDISCを能力発動させることで、室内のごく短距離の位置を
瞬間移動して死体の群れから逃れたタバサは、彼女と全く同じダメージを受けて
ボロボロになっているエンヤ婆から見て、あと数歩の距離まで辿り着いていた。
「ウッ、ウヒヒヒヒッ…!ワシにトドメを刺すつもりか……?」
「……………」
「だっ、だが…やはり甘いのう、小娘…!それだけのダメージを受けて…
 その足でワシの所までそ辿り着けると思っておるのかァ~!?
 辿り着く前に「正義(ジャスティス)」で全身傷だらけのテメエの体を
 隅から隅まで片っ端から残さず操ってくれるわい…!」
 タバサは無言で、血塗れの体を立ち上がらせてエンヤ婆に近付いて行く。
「やはり最後はワシの勝ちじゃあァァァ!!くらえ「正義(ジャスティ)」……」
「ダークブルームーン!」

『水のトラブル!嘘と裏切り!未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカード!』

 エンヤ婆がこちらを操って来る前に、タバサは今まで能力用に装備していたDISCを発動させる。
 ダークブルームーンのDISC。能力用装備として使う分には水場を自由に移動出来るだけだが、
発動時の効果は全く異なる。その能力は部屋内にいる全ての敵にダメージを与え、
そのダメージを自分の体力として吸収することが出来るのだ。
「おごォ!?」
 瀕死のエンヤ婆、そして距離の離れた死体達からも体力を吸収して、先程までのダメージを
一気に回復させたタバサは、エンヤ婆に最後の一撃を与えるべく駆け出そうとする。
「うっぐおおぉぉぉぉ!!まッ…!まだじゃあ……!まだ貴様が近付くよりも
 「正義(ジャスティス)」発動の方が早いわぁ!まだ終わった訳では無いのじゃあぁぁぁァァァッ!!」
「違う……」
 呟いて、タバサは最後に一枚だけ残されていた銀色の発動用DISCをエンヤ婆に向けて投げつける。
 発動したり、投げ付けたりした者を一時的な混乱状態に陥らせる、エンポリオのDISC。
「うおわあああああぁぁぁぁぁ!!?」
 DISCを投げ込またエンヤ婆は、混乱のせいでその場で悶絶。
 「正義(ジャスティス)」発動の為の集中力を途切れさせてしまう。
「あなたの「正義」は、もうお終い……!」
 エンヤ婆の前に立ち塞がり、高らかに宣言するタバサ。
 そして攻撃用ディスクのザ・ハンドの右手を、傷だらけのエンヤ婆に向けて叩き込む!
「うぽわあぁーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 断末魔の悲鳴を上げて、今度こそエンヤ婆はタバサの一撃によって、「残酷な死を迎えた」のだった。

 ~エンヤホテル跡 地下12F~

 エンヤ婆を倒したことで、「正義(ジャスティス)」の霧によって形作られていたホテルは消滅。
 後に残るのは墓場同然の廃墟のみ。
 操られていた死体もその主を失って、ただの死体へと戻って行った。
 これでようやく次の階層に進めるはずだが、今の戦いはアイテムを始めとする消耗が激し過ぎた。
 先程使用したダークブルームーンの効果でそれほど体力に不安が無いのと、
この階層に下りて来る前に食べて来たはしばみ草のサラダのおかげで
お腹の具合には何の問題が無いのが、せめてもの救いと言えば救いなのかもしれないが。
「……でも、行かなきゃ」
 いつまでもここでこうしている訳にもいかない。
 ラバーズのDISCの効果を最大限に高める為に外していた
イエローテンパランスのDISCを防御用に装備しなおして、タバサは階段を探して歩き出す。
「――あっ!」
 自分が発見した物を見て、タバサは驚きのあまりに声を上げる。
 階段はあった。いつもの下り階段とは違う、上り階段である。
 この階段を上れば、今まで通過して来た階層を逆走することになるのだろうか?
 それも違う気がする。この先で待ち受けているのは、また別の新しい“何か”では無いだろうか。
 タバサにはそんな予感がする。
 だがその前にやらねばならないことがあった。
 タバサは階段の側に落ちていた剣を拾い上げ、無造作に鞘から抜いた。
『~~~んっ、プハァ!やっと出られたぜ……っておお!?誰かと思ったらお前、タバサじゃねえか!』
「久しぶり」
 タバサが異世界に巻き込まれた際に、離れ離れになってしまったインテリジェンスソード。
 平賀才人の相棒であるデルフリンガーに、タバサは今、ようやく再会したのだった。
『こりゃおでれーた……いや、マジでおでれーたぜ。
 お前さんと会えたってのもそうだが、何よりもその格好が何よりもオドロキだぜ』
「………そう?」
 デルフリンガーに言われて自分の姿を見てみれば、確かに酷かった。
 「正義(ジャスティス)」に操られる原因となった左頬の傷から漏れ出していた霧は
確かに消えているものの、服もマントもボロボロに引き裂かれ、
タバサ自身の血を吸って赤黒く染まっている。
 これがドス黒い染みとなって永久に服から消えなくなるのも、そう遠い話では無いだろう。
 よく見れば眼鏡のフレームは歪みに歪んで、レンズにもあちこちヒビが入っている。
 満身創痍。今のタバサを表わすのに、これほど的確な言葉もなかった。
『マジで一瞬誰なのかわからなかったぜ……そうだな、こいつぁまるで』
「まるで?」
『――いや、やっぱ言えねえ。若い娘っこのアンタにゃ到底こんなコト言えねーぜ』
「そう」
 デルフリンガーが言おうとしていたことを要約すると、まるで暴漢に――
 それも幼女趣味の性犯罪者に寄ってたかって襲われたみたいだ、ということなのだが、
 確かに先程までタバサの置かれていた状況は「性犯罪者」云々の言葉を
 「死体」に置き換える必要はあれど、それ以外は全く以ってデルフリンガーの言う通りだった。
 デルフリンガーが何を言おうとしたのか気になったが、
何やら自分を気遣ってくれている態度が伝わって来たので、タバサもその話については
それ以上は聞き返さないことにして、その代わりに別の疑問をデルフリンガーにぶつけてみる。
「あなたは、どうしてここに?
『わかんねエ。オレも気付いた時は、もうあのバケモノみてぇなバーさんの所に放り出されてたんだ。
ただどーも、別の誰かがあのババアの所にオレを置いとけ、って言ってた気もするんだよな』
「別の、誰か……」
 タバサはふと、側に聳え立つ上向きの階段に目をやった。
 エコーズAct.3が言っていたレクイエムの大迷宮。そしてデルフリンガーの語る何者か。
 全てはこの階段を上ればわかる。タバサの胸に強い確信が生まれていた。
『でもマジで、もう一度アンタに会えて良かったぜ~。
 もし会えなかったら、オレっち永遠にあの屋敷ん中で閉じ込められっ放しだったのかもしれねえし』
「……うん。一緒に、付いて来て。帰れる…かもしれない」
『なぬ!?そいつぁマジなのか!?』
「わからない…。でも、それを確かめに行くの」
『そうか……オレっちの知らない所で、何か色々とわかったコトがあるみてえだな』
「歩きながら説明する」
『よし、頼むぜタバサ。オレとお前さんで、一緒に元の世界に帰るとしようぜ!』
「うん」
 こくりと頷いて、タバサはデルフリンガーを握り締めながら階段を上っていく。
 その途中、階段を上りきるより前に、タバサ達の目の前に真っ白な光が広がって行く。
 視界が閉ざされ、意識まで溶けて行きそうなその感覚の中で、二人の耳に誰かの声が聞こえて来る。



「――ごきげんよう、ミス・タバサ。そしてようこそ、新たなる大迷宮の道へ――……」



 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued…



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