ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔ファイト-18

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 本来は良識の府の象徴的存在としてあるべきなのだが、トリステイン魔法学院の学院長室は、部屋の主と同じくどこまでも軽かった。
 秘書が本の整理をすれば背筋に指を這わせ、秘書がかがめばネズミを走らせ、秘書が横にいれば臀部へと手が伸び、三度に一度秘書からの反撃が受ける。
 このように乱れた部屋が権威を持とうはずもないのだが、今日の学院長室は気まずくも重い雰囲気に包まれていた。
 原因はただ一つ。「遠見の鏡」に映し出された平民の女だ。
 後ろを振り返らず、すれ違う者の目を気にもせず、全力で手と足を振り、廊下を真っ直ぐに駆けていく。
「オールド・オスマン」
「うむ」
「あの平民、逃げてしまいましたが……」
「うむ」
「あの逃げ足! そして躊躇の無さ! 主人への気遣い皆無! あんな使い魔見たことない!」
「うむむ……」
 真面目と不真面目、ハゲとヒゲ、好一対の二人は苦い顔を見合わせた。
「まさかあそこまでアレな使い魔とは予想外でした。やはり参加者はある程度絞っていくべきかと」
「まぁ待て。結論を出すのはまだ早かろう。あの使い魔にしても何かしらの考えがあってやっておることかもしれん」
 万事に拘泥しないオールド・オスマン個人としては、なるだけ門戸を広く開いておきたい。
 だが使い魔の自覚が無いただの平民を晒し者にしては、使い魔本人も主のメイジも気の毒だろう。
 しかし開始前から爪弾きにするというのも問題だ。どうすべきか、慎重に事を決める必要があった。
「平民の使い魔はもう一人いたはずじゃな。それを見て決めるのもよかろう」
「はあ」
「それにじゃ。君の意見を汲むとすれば総合的な評価をつけることになる。臆病さを打ち消すだけの長所があれば問題あるまい」
「なるほど」
「私としても実現させたいと思っておるよ。君の提案した『使い魔大品評会』を」

 お父さま、今までお世話になりました。
 お母さま、わたしの死体に怒りをぶつけるのはやめてくださいね。
 ちいねえさま、悲しませてごめんなさい。
 もう一方姉さまがいたような気もするけど、たぶん気のせい。そうですよね、エレオノール姉さま。
 ……ここまで悲観的なこと考えておいてなんだけど、あれ当たったからって死にゃしないわよね。
 医務室行きは確定だろうけど。あーあ、秘薬って高いのよね。顔に傷でも残ったら嫌だから使わなきゃならないし。
 以上、時間にして一秒半。あ、今二秒になった。
 人間の潜在能力というのは大したもので、ワルキューレがわたしに振り下ろした拳を見ながらここまで色々と考えることができた。
 殴られる覚悟を決めて、その百倍はグェスをぶん殴ることも決めて、わたしは頬を差し出したけど、今日のわたしは良くも悪くも全てが裏目で、望んでもいない助けが入った。
 わたしの頬と青銅で作られた拳の間に一枚の掌が差し込まれた。
 人を殴り飛ばそうとするだけの勢いがあったはずなのに、ぴたりその場で静止する。
「勇気と無謀とは似て非なるもの」
 厚く、傷だらけで、でもほんのりとした暖かさを持つ掌の持ち主は……。
「蚤の無謀をとるか、人の勇気をとるか。当人次第じゃな」
 ぺティ!
 いきなりのお説教にムカッときたものの、どうやらその相手はわたしじゃなかったらしい。
 ぺティの目は食堂の一隅を占める大釜へと向けられていた。
 わたしは退いた。殴られる気こそあれ、退く気なんてさらさらなかったのに、それでも一歩退いた。
 半ば以上はよろけていたと思う。これを認めるのはとんでもなく悔しいんだけど、わたしを襲ったワルキューレではなく、助けてくれたぺティに圧されていた。
 よろけ、転びかけたところを後ろの誰かが受け止めてくれた。
「老師、よろしくお願いします」
 その誰かは見なくても分かった。あんたまた人の見せ場とる気?

 かわいい女の子に容赦しないくらいだから、老人のぺティにだって容赦するわけがない。
 ワルキューレの拳がぶんぶん振るわれる。当たれば死ぬ。嘘。でも大怪我はするでしょ。
 そんな攻撃が降りそそぐ中、ぺティのフットワークは羽根のよう。すげー。
 その左手には、たぶん荷運びしていた中から失敬してきたんだろう、ワインが一瓶握られていた。
 右手には、いつも着ている使い古したコートが提げられている。
 そのコートで暴れる牛をあしらうようにして、左足で一撃、ワルキューレの足首へ蹴りこんだ。
 さらに避けたところでもう一撃、椅子の上から着地しなに鋭く蹴り刻み、青銅の足首が大きく変形する。
 流れるように三撃目が決まり、青銅の足首がポキリといった。
 さっすが修行者、やってくれるわ。ギャラリー含むわたし、歓声。
「ふむ。あきらめは悪いようじゃな」
 釜の中でくぐもった詠唱が乱反射している。ぺティを取り囲み、ワルキューレが全部で三体練成された。
 ギャラリー含むわたし、ブーイング。修行者だからって平民相手にやりすぎでしょ。
 周囲が騒ぐ中、当のぺティと、わたしの後ろの誰かさんは、慌てる様子も見せない。
 ぺティにいたっては右手のワインのコルクを飛ばし、喉を鳴らして飲む始末。落ち着いてるっていうか混乱してるのかしら、ひょっとして。
 ギーシュがワルキューレをけしかけようとした時には、すでにワインが一瓶空になっていた。速っ。
 あーあ、あの飲み方は悪酔いするわよ。殴られて痛くて、起きたら頭も痛いって最悪じゃない。
「それではいくかの」
 行くってどこに行くのよ。酒飲みの行くとこっていえば一つしかないけど。
 ぺティは大きく息を吸い込んだ。大きく大きく吸い込んだ。どこまで吸うの?
 吸った分だけ吐き出した。大きく大きく吐き出した。吐きすぎじゃない? 内臓出るわよ?
 ぺティの呼吸はどこまでも大きくなる。息遣いがここまで聞こえてくる。変なの。
 その息遣いに合わせて口から赤い何かが出てきて、うええっ内臓……いや内臓じゃない。内臓は青銅を切断しない。濡れてる……液体? ワイン?

 口から出てきた赤い液体が……っていうと血みたいね。
 ワインか血か分からない何かが、形を変え、矢継ぎ早に噴き出された。見た目はともかく、威力に関しては血やワインなんてものじゃない。
 ゴーレムの末端を狙い、液状の円盤が次々に命中した。足首を断ち切られ転ぶもの、頭を削り取られるもの、腕が落ちるもの。
 あらゆる方向へ飛び、かといって狙いは過たず、真紅の散弾がワルキューレを斬りさいなむ。
 直線で飛ぶならともかく、あきらかに不自然な軌道を描くものもある不思議。これ、魔法?
 ギャラリーは喝采を通り越して呆然、ただ一人空気の読めない誰かさんだけが拍手を送る。
 もう這いずる事すらできないくらいズタボロにされたワルキューレを避け、ぺティが大釜へと進み出た。
 足を踏み出すたび、手を差し伸べるたび、床に飛び散った赤い飛沫がダンスを踊る。何これ。
 どうやら魔法ってことは間違いないみたいだけど、原理はこれっぽっちも分からない。
 釜の底に指をかけ、返した。息を呑むギャラリー含むわたし。
 重そうな釜を軽々とひっくり返したから驚いたわけじゃない。
 中のギーシュが幽鬼のように痩せこけていたからというわけでもない。
 わたし達が驚いた理由は、釜の中にいたのがギーシュだけじゃなかったから。
 二体のワルキューレがギーシュの両脇、一体だけ突出したワルキューレが小脇に剣を携えていた。
 その剣を前へ突き出し、ギャラリーの呑んだ息が悲鳴として吐き出されんとしたその時。
 ぺティが、ぺティのコートが、ゆらめいた。その動きは、例えるとしたら意地の悪い蛇。
 蛇が、その身を縮ませ、思い切り伸ばす。反動でぺティは縦に一回転、横に半回転、半秒ほどで天井近くに跳び上がった。

 ワルキューレの剣はコートを突き刺し、なぜか抜けなくなったみたいでもがいているけど、誰もそちらは見ていない。
 上。滞空速度は異常なほどに遅い。混乱するギャラリーが身を乗り出し、輪をかけて混乱しているはずのギーシュが撃墜を命じる時間は充分すぎるほどあった。
 左からワルキューレ。右からも同じタイミングでワルキューレ。
 迎撃されることを知りつつ、正しい放物線を描いてただ前へ落ち、左右から襲いくるワルキューレに向けてそれぞれ一本ずつ脚を伸ばした。
 打撃をくわえようって蹴りじゃない。その証拠にワルキューレは削れもへこみもしていていない。
 ぺティの脚はあくまでも遮蔽物を排除するために伸びていた。
 二体のワルキューレに挟まれる形で落ちてきたぺティが、両の脚でワルキューレを押しのけた。
 ということは、つまり、ギーシュは丸裸でぺティの前に身を晒すことになる。
 ワルキューレに脚をかけたままで、十字に組まれた手刀がギーシュの喉元へと突きつけられた。
 なんて早業! 始まった、と思った次の瞬間にはもう終わっている。まるで稲妻ね。
 壁に押し付けられた格好でギーシュは動けない。動いてみようがない。
 怒りのためか、それとも焦りのためか。青ざめていた顔に赤みが差してきた。そしてこけた頬に柔らかな肉が……ってええええっ!?
 充血し、濁っていた目に一条の光が差した。だらしなく半開きになっていた口元に力が戻る。
 視線はしっかりと定まり、くたびれていた髪は艶やかさを取り戻し、一匹の幽鬼がわたし達の知るギーシュ・ド・グラモンになった。

 モンモランシーは驚き、戸惑い、そこから喜び、喜びを隠すように口を一文字に引き結んだ。
 彼氏彼女で百面相してりゃ世話無いわ。
「もういいようじゃな、お若いの」
 右のワルキューレを蹴り、その反動で左を蹴り、誰かさんの隣に着地した。悔しいがお見事。
 支えを失ったギーシュは壁を背にして尻餅をついた。
 モンモランシーは「馬鹿馬鹿大馬鹿」とギーシュを叩く。その瞳からは滂沱と流れる涙がって見せ付けんじゃないわよ。
「お嬢様、そうむやみに殴っては頭が馬鹿になってしまいます。ゲ……ゲ」
 そう思うのなら止めなさいよ。だいたい馬鹿に関してはもう遅いわよね。
「よかった、よかった。仲直りできた。ねっ」
 ……誰?
「お疲れ様でした老師」
 よくよく考えてみると、あんた何もしてないじゃない。
 いつの間にか殺伐だった空気が微笑ましいそれに変わり、ギャラリーはなぜか拍手。わたしも拍手。
 確実に見せ場をとられた。絶対に気のせいじゃない。ちょっと涙目でわたしも拍手。グェス何処行った。見つけたら皮剥いでやる。


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