ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第3.5話

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匿名ユーザー

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「……随分と大変な事をしてくれたものじゃ」
 窓から赤い光が差し込む学長室。
 その重厚な椅子に座り、オールド・オスマンは、扉近くに立つルイズに、ほっほっと笑いながら話しかけた。
 まるで近所の御爺さんのようなオスマンに、ルイズはニコリとも笑わず、ただ立ち尽くしているだけだ。
「さて……ここに呼ばれた理由は分かっているかの?」
「はい、禁止されていた貴族間の決闘を行った事ですね」
 淀みなく答えるルイズに、オスマンは、そうじゃ、と頷きながら髭を擦る。
 長くて真っ白の髭は、オスマンが自分の身体で一番自慢できるものだ。
「ルールが何故あるか……分かるな、ミス・ヴァリエール?」
「ルールを誰一人守らなければ、国は、法は正しく動きません」
「そうじゃ……例え、それが生徒同士の喧嘩が原因で発展した決闘であったとしても、それをそのままにしておくと、確実にルールは無くなる。
 故に、ミス・ヴァリエール。君に今回の件の罰を与える」
 罰と言う言葉にもルイズは動じない。ただ在るがままを受け入れる水のように、ただそこに居る。
「君に1週間の謹慎処分を与える。1週間、ルールの重要性について、確りと思い返しなさい」
「はい」
 ルイズは罰を聞くと、すぐに踵を返し、学長室を後にしようとするが
「これ、まだ老人の長話は終わっとらんぞ」
 オスマンの声に身体を急停止させる。
「まだ何か?」
 オスマンに振り返らず、後ろを向いたままのルイズに、ぼけぼけとした学長室の空気が変わった。
「本当に……わしがしようとしている話が分からぬか、ヴァリエール」
「ミスを付けてください。幾らオールド・オスマンと言えど、呼び捨てはいけません。
 さっき、貴方は言いました。ルールは守るべきだと。
 貴族は貴族同士を敬い、助け合う。その為に相手に対する礼儀は必要ですよね?」
「ミス・ヴァリエール!!」
 オスマンの雷鳴の如き声が、学長室に響き渡る。
 事務仕事で話に入ってこなかったロングビルでさえ、ビクッと思わず反応してしまった声だったが、
 ルイズは後ろ向きのまま先程と同じように微動だにしていない。
「ミスタ・グラモンが、魔法を使えなくなったそうじゃ」
「…………」
「さらに言うと、君が彼と決闘をして、君が去る時に彼は自分で自分の首を絞めたそうじゃな」
「さぁ……私は自分の眼で見ていないのでなんとも……」
「話を誤魔化すのもいい加減にせんか!!!!」
 立ち上がり、声を荒げるオスマンにルイズは振り返り――――――
「誤魔化してなどいません!!」
 学長室に来てから初めて声を荒げた。
「彼は、私を侮辱しました!」
「侮辱程度で魔法を使えなくし、殺そうとしたと言うのか!!」
 オスマンの怒声に、ルイズは肩を揺らした。
 それは別に、今更このオスマンの声に恐れをなした訳ではない。
 侮辱“程度”!?
 この男は、侮辱程度と言ったのか!?
 オスマンの言葉に、ホワイトスネイクを嗾けなかったのは、ルイズに残っていた僅かな自制心から来るものであった。
 その自制心で、自身を律したルイズは、オスマンへと向き、静かに淡々と、だが、荒々しく言葉を紡ぐ。
「では、オールド・オスマン―――貴方に尋ねます。
 貴方は、他の人に使えて当然。なのに、自分はそれを使えなくて、使える者達と同じ扱いを受けた事はありますか!?
 その事で、お情けを貰ってるだとか、家の名前だけで、居座っていると、言われた事はありますか!?
 他の者が、使えて当然のモノを、これ見よがしに見せ付けてきて、使えない事を詰られた事がありますか!?
 いつも、陰口を叩かれて、話しかけてくる者達が、挨拶のように馬鹿にしてきた事がありますか!?
 自分よりも下の者に、使えない癖に、何を偉ぶっていると思われた事はありますか!?――――――」

 それは、聖歌のよう透明であり

 それは、狂歌のように終わりがなく

 それは、鎮魂歌のよう悲しみに溢れていた

 聞くに堪えない、言葉の羅列に、ミス・ロングビルどころかオールド・オスマンすら、その目を見開き、ルイズを見つめるしかない。
「貴方は……貴方は、家族に使えない事を心配された事がありますか!?
 誰よりも、何よりも尊敬している目標の人に、使えない者として見られた事がありますか!?
 自分を表す二つ名が……使えない事の意味を持つ言葉にされた事はありますか!?
 それを、皆が……使える者達が……毎日のように…………
 毎日のように私に言ってくる気持ちが……貴方に分かりますか―――オールド・オスマン!!!!」
 これが、ギーシュを殺害寸前まで追い込んだ、ルイズの感情の正体だった。
 最初は、ただの劣等感であった。
 それが、一年と言う月日で、様々な要因で歪んでいき……目の前の少女となった。
 オスマンは思う。
 もしも、ミス・ヴァリエールが召喚した者が、この奇妙な姿をしている者ではなく、もっと普通な……
 そう、魔法を奪えるような力を持ってさえいなければ、この感情と折り合いをつけて、生活していただろう。
 しかし、運命の悪戯か、ブリミルはなんという者達を出逢わせてしまったのか。
 歪んだ感情の捌け口を求めていた少女と、偶然、その捌け口にピッタリ合う力を持っていた使い魔。
 オスマンは所詮使える者だ。
 ルイズの苦しみが、どれ程のものなのか、知る由も無い。
 どうすれば良いと言うのだ、自分に。

 一体どうやって、雨の中に置き去りにされたような目をした少女を救えば良いと言うのだ。


「…………ミス・ロングビル」
 名前を呼ばれて、我に返ったロングビルがオスマンを見る。
 それに対して、オスマンはただ頷くだけ。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
 今日は、色々とあって疲れただろう……もう部屋に帰って休みなさい……
 罰に関しては、後日改めて――――――」
「貴方は!! 常に見下されて生活したことが―――!!」
「もう良い!!! もう、十分に伝わった……
 眠りなさい、ミス・ヴァリエール。
 眠って、眠って、眠って……その身体を休めてくれ……」
 オスマンは、それだけ告げて、椅子に深く腰を下ろした。
 ルイズは、まだ何か言っていたが、ロングビルに連れられて、学長室を後にする。
 ホワイトスネイクもその後を追う。
 そうして、学長室にただ一人残されたオスマンは
 悲しそうに、ほほっと笑う、その顔には後悔しか浮かんでいない。
「一年……たったの一年じゃ……
 一年前のミス・ヴァリエールは希望に満ち溢れていた。
 自分が使える魔法を見つける為に、あらゆる努力をしていた……
 そんな彼女を……ここは一年であそこまでにしてしまった……
 ……悔やんでも悔やみきれんな」
 そう言って、オスマンは静かに目を瞑り、何処とも知れぬ者に祈りを捧げた。
 どうか、あの少女に眠りの中だけは安息が訪れるようにと……


「頼む……返して……僕の……まほっ……」
 真夜中の医務室。
 そこに現在眠っている人間は三人。
 一人は、精肉屋に行く為の下拵えをされたマリコルヌ。
 もう一人は、貴族に勝った平民、平賀才人。
 そして、最後の一人、ギーシュ・ド・グラモンは、ルイズに魔法DISCを奪われる瞬間の夢を見ていた。
 それは、正しく悪夢だった。
 彼の持つ、全てを、魔法も碌に扱う事の出来ない『ゼロ』に粉々にされる悪夢。
「うわっ……わ……あぁぁ……来る……来るな……・・・僕に……近づくなぁ!!」
「きゃっ!」
 悪夢での自分の叫びを現実でそのまま叫んだギーシュは、それで目が覚めた。
 慌てて自分の首を確かめてみるが、何にも束縛されていない。
 きちんと、呼吸が出来る。
「良かったぁ……」
「……あの―――」
「うわっぁあぁぁぁ!!」
 声を掛けられたショックで、またも大声を上げるギーシュであったが、そういえば、さっき、小さな悲鳴が聞こえたなぁと思い、落ち着いて回りを良く見てみると、闇に溶け込むかのような黒髪をしたメイドが、水差しを持ってこちらを見ていた。
 忘れもしない……自分が、こうなるキッカケを作ったメイドだ。
「おまえっ!!」
 立ち上がり、メイドの肩を掴むと、メイドは声を荒げ。手を振り解こうとする。
「おっ、落ち着いてください!! ミスタ・グラモン!!」
「落ち着ける訳が無いだろう!! お前の所為で、僕は、僕は!!」

―――魔法が使えなくなったんだぞ!!

 そう叫ぼうとして、初めて、それをギーシュは正気の中で認識した。
 自分は……魔法が使えない……惨めな『ゼロ』になってしまったのか……
 ギーシュは、夢にも思わなかった。
 本来使えるべきモノが使えない苦痛が、これ程のモノとは。
 なるほど……ルイズは、これを毎日味わっていたのか。
 恐らく、最初から使えない者の苦悩は、これの何倍も大きいのだろう。
 そんな苦悩を持った者に、自分は、一体何を言ったのか。

――――――魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!――――――

 違う……違うのだ。
 今、分かった。
 彼女は、別に偉ぶって、貴族らしくしていた訳では無い。
 魔法を使えない彼女にとって、貴族とは最後の拠り所。
 魔法も使えず、貴族も否定されたなら、一体彼女は何なのか?
「くそっ……僕が……僕が馬鹿だったのか……」
 もっと早く気付けば良かった。
 彼女の居場所を奪ってしまった自分の一言に。
「謝りに……謝りに行かないと……」
「お待ちください、ミスタ・グラモン!
 まだ、動いては駄目です! お身体に障ります!」
「邪魔をしないでくれ!
 ルイズに……ヴァリエールに謝りに行かないといけないんだ!」
 今度は、メイドがギーシュの肩を掴み止めに入るが、
 これでも、一応は男であるギーシュに体格差で負けている少女が止められるはずが無かった。
「わかっ、わかりました。ミス・ヴァリエールの元へ行く事を許可しますから
 このお薬を飲んでください」
「何の薬だい、これ?」
 ポケットから薬包紙に包まれた粉末状の薬を取り出したメイドは、ミス・モンモラシからの差し入れです、と答えてくれた。
「モンモラシーからか……そういえば、彼女にも心配を掛けてしまったな」
 自分に駆け寄ってきてくれた時の、彼女の悲痛な表情を思い出したギーシュは、その薬を一気に呷りメイドから手渡された水差しで喉の奥へと流し込む。
「どうですか、お薬の味は?」
「良薬口に苦しだよ。う~、マズいなぁ、もう」




「そうでしたか……結構高かったんですけどねぇ、そのお薬……」





 ルイズは、自室のベッドの上でシーツに包まり丸くなっていた。
 自分は魔法を使えるようになっている。
 それも、自分を見下していた奴から手に入れたDISCで。
 そう思うと、ルイズは夕方あれだけ取り乱していたのが嘘のような笑みを浮かべていた。
 自分は、一年間を、劣等感の中で暮らしてきた。
 今、思い返しても、あの一年間は反吐が出る。
 だが、それも明日から……いいや、今夜から変わる。
 最高の気分でルイズは、魔法で燈したランプを、また魔法で消す。
 明日は早くから、あの平民の様子を見に行かなきゃならない。
 ご主人様に無断で使い魔のルーンを譲渡したのに、最初は怒りを覚えたが、ホワイトスネイクの台詞でその怒りも消えた。

―――適材適所……全テノ力ニハ、相応シイ者ガ居ル。アノ、ルーンモ、ソノ類ダッタダケダ―――

 そうだ、適材適所だ。
 あの平民が、私のルーンを扱うように、あんな貴族らしからぬ、ただ魔法が使えるだけの無能共の才能は、もっと毅然とした人間に与えられるべき者だ。
 ただ、魔法が使えるだけで貴族と名乗っている連中は、豚のように地べたを這いずり回って『ゼロ』の気分を体感させてやる!!
「見返してやるわ……私を、私を『ゼロ』と呼んだ全てのメイジを……
 うぅん、全ての人間を、絶対に見返してやるわ!」
 あの目障りな優男の才能は奪ってやったので、後は、いつも、いつも、私を侮辱していた、あの精肉屋に並ぶべき豚と、自分を『ゼロ』と呼んでくる、忌々しいツェルプストーの女。
「一先ずは、この二人をね。
 まぁ、後は……おいおい、決めていけば……ふぁぁぁああぁぁ……良いかな……」
 トロンとした目付きで、夢心地に入るルイズは、そういえば、キュルケを無能にする時に邪魔をした奴も居たわねぇ、と思い出した。
 だが、すぐにそれも忘れる。
 また邪魔してきたら諸共奪えば良いし、邪魔をしてこなかったら、それで良い。
 自分の記憶の限りでは、あの娘は確か……
 私の事を『ゼロ』とは読んでないのだ……か……ら……


「ヤット……眠ッタカ……」
 ルイズが夢の世界へと旅立った事を確認すると、ホワイトスネイクは椅子に腰掛ける。
「平賀才人……カ……」
 珍しく物思いに耽るホワイトスネイクは、あの『黄金の精神』を持った少年の事を思い出していた。
 あの少年の持っていた『覚悟』
 あれは、もしや……
「……イヤ、気ノ所為ダナ……ソンナハズ絶対ニ無イ」
 そう呟く、ホワイトスネイクの言葉は、誰にも、少なくとも、ホワイトスネイクの耳にすら届いていなかった。



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