ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第三話

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 シエスタは、一週間前から幸せに包まれていた。
 一週間前。
 水場で洗濯をしている時に、挙動不審な少年を見つけたのが、事の始まりであった。
 平賀才人と名乗った、その少年は最初、
ここ何処だよ!
どうして月が二つあるんだよ!?
つうか、メイド!? えっ? ヘヴン?
 とか、訳の分からない事を叫んでいたが、どうにか落ち着かせて話を聞いてみると、日本と言う場所から、ここに迷い込んできたらしい事が分かった。
 恐らく、才人が他のメイドや魔法学校の職員に見つかっていたなら、彼にはまた違う未来が待っていたのだろうが、運が良かったのか、悪かったのか、才人が最初に遭遇したシエスタは、日本、と言う言葉に聞き覚えがあった。
 シエスタの曽祖父が、口癖のように言っていた言葉が日本と言うらしい。
 曽祖父の言葉を聞いていた祖父が、自分の息子、つまり、シエスタの父親に話し、父親がさらにそれをシエスタに話していたのだ。
 少年に興味を持ったシエスタは、知り合いの中で一番偉い料理長のマルトーに、事の次第を話し、ここで雇ってくれるように頼み、才人がここで働けるように取り計らった。
 その時に、気を利かした同室のメイドが別の部屋に移り、何故か才人と同室になってしまったのはご愛嬌である。
 基本的に、二人とも、雑用の仕事で忙しい為に、夜に日本と言う場所についてと、才人曰く、別世界である、この世界について会話するのが、この一週間で新しく出来たシエスタの日課である。
 そして……才人が二段ベッドの、上の方のベッドで眠っている中、もう一つ追加された日課をシエスタは行っている。
「うふ……うふふ……才人さんの手、とっても綺麗ですねぇ」
 眠っていて気が付かない才人の手に頬擦りをして愛でるのが、シエスタの追加された日課だ。
 この世に生まれてから見た中で、才人の手はシエスタの中で一番、綺麗で、肌触りが良かった。
 昔からこうなのだ。
 シエスタは、綺麗な手を見ると、つい触ったり、頬擦りしたくなってしまう。
 無論、そんなことを我慢しないでやっていれば、今頃、両親はシエスタの事を水のメイジの元に連れていっただろう。
 幼い頃のシエスタも、その事をおぼろげに理解しており、これまでずっと、その手に関する感情をシエスタは隠し続けていた。
 だが、才人の手は、そんな我慢を丸ごと無意味であったと言うように、シエスタの手に対する感情のタガを完璧に壊してしまったのだ。
 曽祖父の言っていた、日本と言う場所からやってきた少年。
 それだけでも、シエスタにとっては特別な存在であるのに、手も完璧とくれば、シエスタでなくとも特別な感情を抱くのは吝かではない。


 その浮ついた心が悪かったのだろうか。
 ちょっとした、本当に些細なミスを彼女はしてしまった。
 アルヴィーズの食堂で、食後のデザートを配っている最中に貴族が床に落としたビンに気が付かなかったのだ。
 その貴族は、そのビンが元で、二人の女性からビンタを喰らい、両の頬を真っ赤に染め上げ、シエスタに食って掛かってきた。何故、ビンを拾わなかったのかと。
 言い掛かりそのものの怒りを受け、シエスタはすっかり恐怖で萎縮してしまう。
 確かに、ビンを気付かず拾わなかったのはシエスタの非だ。
 しかし、拾った所でこの結末は結局変わらなかったじゃないかと、傍で見ていた生徒の内の何人かの賢い者達は思っていたが、所詮平民の娘が一人、怒鳴られているだけ。誰一人それを助けようとせず、逆にせせら笑っていた。
 誰もがシエスタの味方をしない中で、ただ一人、同じくデザートを配っていた少年がシエスタを責め立てていた貴族に反論し始めした。
 平賀才人。
 あの素晴らしい手を持った少年である。


「イヤャァァァァァァァァァッ!!」
 幸せが根本から崩れる音がする。その音を聞きたくなくて、シエスタは悲鳴を上げた。
 彼女の視線の先には、吹き飛ばされる少年の身体。
 その少年を吹き飛ばした青銅のゴーレムは、追撃はせずに主であるメイジの指示を待っている。
「強情だな、平民。這い蹲って、一言謝れば許してやると言うのに」
 青銅のゴーレムを操るメイジ―――ギーシュ・ド・グラモンが、才人に呆れたように降伏を提案するが、
 才人は立ち上がり―――
「絶対、嫌だ」
 ファイティングポーズを取り、決闘の続行を態度で示す才人に、ギーシュはやれやれと首を振り、杖を振るう。
 その動きと同時に青銅のゴーレム―――ワルキューレは動き出し、才人の顔や腹を手加減無しに殴り続ける。
―――まるで、サンドバックだな。
 シェイクされ続け、まともに機能しない脳でそう考え才人は苦笑した。
 無論、殴られている顔の筋肉は、才人の意思通りに動かず苦笑を形作る事さえ出来ないが、もはやそんなことは関係無かった。
「俺、死ぬのかなぁ……」
 暢気に呟いたその言葉は、口から出る事さえしない。

 痛くて苦しい
 辛くて泣きたい
 自分がどうしてこんな風に殴られているのか、忘れそうになる。

 なんというか、才人には予感があった。
 こうなるのでは無いか。
 見るも無残なまでに殴られ、顔は腫れあがり、喉は口から流れた血がこびりついて、動きさえしない。
 そんな光景が一瞬、頭を過ぎったが、結局、自分は“此処”にこうしている。
 思えば……あの予感がした瞬間に、自分は、こうなる『覚悟』をしていたのでは無いだろ――――――
「グガッ!!」
 骨にも、筋肉にも見捨てられた鳩尾に減り込むワルキューレの拳。
―――効いた。
 今のは正直、もう痛みになれたと思ってた身体に、思い上がるなと警告する痛み。
(激痛に、さらに二乗したような感覚だな)
 その痛みの所為か、鈍っていた思考がクリアになっていく。
 おかげで、今、自分の頭に向かってくるワルキューレの蹴りがはっきりと見えた。

―――まぁ、見えたからって避けられないんだけどな

 ゴンッ、と鈍い音が広場に響くのと同時に才人の身体は、宙を舞い……桃色の髪をした少女の足元へと辿り着いた。


 他のメイジ達の笑い声が、ルイズには遥か遠くのように聴こえていた。
自分の足元に居る少年。
 彼は先程まで、貴族に凛とした表情で挑み続け、今、ボロクズのように倒れ伏している。
―――何なのよ……これは。
 その倒れている少年を見ていると、ルイズは自分でも良く分からない感情が、自分の中に生まれている事を感じ取っていた。
 それは憐憫か? それとももっと別の感情か?
 判断は出来なかったが、これだけは理解できる。
 認めたくない事だが、どうやらこいつは、平民の癖にプライドが、敵に媚びないだけの『覚悟』があるらしい。
 前々からルイズは思っていた。
 ルイズにとっての理想の貴族とは、姉であるカトレアである。
 しかし、その姿勢と言うか物事に対する取り組みは長女のエレオノールを手本としている。
 エレオノールは何時も凛とし、他者を寄せ付けない雰囲気を出していたが、それは反面、誰にも媚びない、真に誇り高い者が纏うオーラであった。
 このようになりたい。
 誰にも頭を下げず、誰からも認められる、長女のような貴族に……
 そう、胸に秘めてルイズは生きてきた。
 だが、現実は甘くは無い。
 どうしてもプライドと折り合いを付けなければならない事態はあったし、誰かに頭を下げる事なんて、かなりあった。
 故に、自分は今だ理想を体現出来ていない。
 だと言うのに……平民でありながら、その理想を体現している者が、今、こうして目の前に現れているのだ。
 怒りはあった。
 平民なんかが、と言う思いも確かにあった。
 けれど、それ以上に、ルイズはこいつに負けて欲しくは無いとも思っていた。
 平民が貴族に勝てるはずなど無いのに、何故だか、そう思っていたのだ。

「ソレガ、今ノ君ノ望ミカ、ルイズ……」

 主が望めば……その者は、スタンドは動く。
 それが例え、実現不可能に近い事であろうと……
「正直……コノ少年ヲ勝タセルノハ難シイ。ダガ、不可能デハ無イ」
 淡々と語る使い魔の言葉に、ルイズは驚愕の表情をホワイトスネイクへと向ける。
「うそ……こいつ、こんなボロボロなのよ?
 一体、どうやって勝たせるのよ?」
「ソウダナ……コレガ、勝利ノ鍵ダ」
 そう言ってクルクルと左手で回転させているDISCと何処から盗んできたのか、 果物を切る為のナイフを右手に持つホワイトスネイクに、ルイズは、何か言い知れぬ違和感を感じていた。
 何か足りない……?
 今朝と、今のホワイトスネイクを比べると、何かが足りないようにルイズは思えたが、ホワイトスネイクが視線で訴えてきた。
 一瞬で良い、隙を作ってくれと。
 隙なんて、どうやって作れば良いのよ、とルイズは心の中で毒づいたが、一つ、名案が浮かぶ。
 自分の欲求と彼の勝利。
 二つを併せた完璧な案に、ルイズは心の中で笑った。
 そうして――――――


「その決闘、待った!!」


 大声で決闘の停止を呼びかけた。


「その決闘、待った!!」
 そんな声が、辛うじて残っていた右耳の鼓膜を刺激する。
 刺激の元凶を探し、僅かに動く首を回すと、意外にもその刺激の持ち主は近くに居た。
 桃色の髪をした少女……その勝気な瞳が、自分と戦っていた相手に向けられている事を
 才人が気付いた時、才人は動かない唇を動かしていた。
「な……に……を……ごほっ」
 していると続けたかったが、途中で傷付けられた胃から胃液が逆流し、口内の血と交わり朱染めの体液を吐瀉する。
 その様子に、ルイズは少しだけ眉を顰めて
「あんた黙ってなさい!」
 大声で、そう叫んだ。
 なんというか、今の少女の声には有無を言わさない迫力があり、才人は吐いたままの姿勢で立ち尽くす。
 座って休まないのは、今、座ったら、もう立ち上がれないからだ。
「なんだね、ルイズ。今は神聖な決闘の最中なんだ。
 ご婦人は、大人しく下がっていてくれるかい?」
「残念だけど、そうも行かなくてね。
 ギーシュ、私と賭けをしない?」
「賭け?」
 生真面目なルイズの口から、そんな言葉が出た意外さにギーシュは不思議そうな顔をしたが、
 ふむ、とだけ呟き、首を動かして先を促してきた。
 どうやら、このまま抵抗も出来ない平民をボコボコにしても詰まらないと感じたのだろう。
 ルイズは、相手が興味を覚えた事に対して、心の中でガッツポーズを取りながら、言葉を続ける。
「賭けの内容は……この平民が貴方に勝つか、どうかよ」
 ルイズが宣言した内容に、周辺のギャラリーがざわつく。
 所々で、正気か? ついに頭まで『ゼロ』に、とか色々と言葉が飛び交っているが、それを無視してルイズは言葉を続ける。
「そして、賭けるモノは、相手に一つだけ何でも要求をすることが出来る権利よ!!」
 堂々と告げるルイズに、ギーシュは何を言ってるんだ、こいつは、と言う視線を送るが ルイズはそんな事関係ないとばかりに口を動かし続け、全員の注目を自分へと引きつける。
(さぁ……これで良いんでしょう、ホワイトスネイク。
 ここまでお膳立てをしてやったんだから、必ずその平民を勝たせなさいよ!!)
(無論ダ)
 誰にも諭されないようにホワイトスネイクは音も無く、才人の後ろへと近づく。
 ただの学生である才人には気配なんて感じることも出来ず、ホワイトスネイクの接近を許してしまう。
 そうして

―――ズブリ、と頭部にホワイトスネイクの右手が突き刺さった。


(始メマシテガ、コノ場合ノ正シイ挨拶ダナ)
(なっ、誰だてめぇ! ……あれ? 俺、声……出てる?)
(ココハ、オマエノ精神ノ中……私ハ、直接オマエノ頭ニ語リカケテイル)
(どーりで頭に響く訳だ。つーか、何の用だよ。今、忙しいだけど、決闘とか決闘とか決闘とかで)
(問題ハソレダ……オマエハコノママデハ、負ケテシマウ所カ、死ンデシマウ。
 オマエモ、幾ラ何デモ死ニタクハ無イダロウ)
(そりゃあ……死にたくないに決まってるよ……だけど、あいつは、あいつだけはぶん殴らねぇと気が済まないんだよ)
 才人は、知らず知らずのうちに歯噛みしていた。無論、顎など疾の昔に砕けているので、出来るはずなど無いのだが、この感覚だけの世界では、不思議と顎に力を入れることが出来ていた。
(……オマエハ、私ノ知ッテイル人物ニ良ク似テイル。
 ソイツモ、オマエノヨウニ何度死ヌヨウナ目ニ遭ッタトシテモ諦メナカッタ。
 私ハ思ウ。オマエニハ、奴ノヨウナ『黄金ノ精神』ガ宿ッテイル)
(なんだそれ? 焼肉のタレの親戚か?)
(イヅレ、オマエニモ分カル時ガヤッテクル。
 イイヤ、モウ分カッテイルハズダ。
 デナケレバ、コノヨウナ勝チ目ノ無イ戦イヲスルハズガ無イノダカラナ……)
 段々と頭の中に響いていた声が遠くなっていく。
 それと同時に、頭部に何かが入ってくる感触がする。
 何かが自分の身体に馴染む感覚。
 それが何なのか才人には分からなかったが、その感覚が、才人の意識を外界へと向けていき……
(最後ノサービスダ……オマエノ『痛覚』ヲDISCニシテ抜イテオイタ。
 オ膳立テハ、ココマデダ。存分ニ、ソノ力ヲ、私ニ見セテクレ)


「さぁ、どうするの!? 賭けにノるのノらないの!?」
「良いだろう、その賭けにノらせて貰おう……これで良いかい、ルイズ?
 さぁ、早くそこを退いてくれ。その、平民にトドメを刺せないからな」
 余裕の表情で、そう告げるギーシュ。
 ルイズは、その言葉に満足げに頷きながらライン越しにホワイトスネイクへと話しかける
(そっちはどう? 準備万端?)
(何モ問題ハ無イ。ムシロ、君ハ奴ヲ殺サレル方ヲ心配シタ方ガ良イ)
(ふぅん、予想以上になんとか出来たって訳……一体どんな記憶DISCを使ったのよ?)
(誤解ガアルヨウダガ、今回、私ハ記憶DISCヲ使ッテイナイ)
(はぁ? じゃぁ一体どうしたって――――――)

「行け、ワルキューレ!
 そいつの頭をかち割ってやるんだ!!」
 本当なら、ギーシュは平民が謝ったら、すぐにでも決闘を止めるつもりでいた。
 だが、中々謝らない強情な平民と、賭けを提唱してきたルイズによって、その考えは捨てるしかなくなっていた。
 仕方なく、ギーシュはこの平民を殺す事にした。
 別に平民を殺した所で、貴族には罪にならない。
 彼ら貴族にとって、平民と言う肩書きがあるだけで人間では無いのだ。
 だから、罪悪感など微塵も感じない。
 まるで、ランプに集る小煩い羽虫を潰すような気軽さで、

 ギーシュは―――真っ二つにされる、ワルキューレを見た―――

「「へっ?」」
 間抜けな声をあげたのは、ギーシュとルイズの両名。
 二人とも、目の前の現実が突飛過ぎて脳の処理限界を超えてしまったのだ。
 誰が信じられる。
 先程まで良いように殴られ続けていた平民が、たかだか果物ナイフでワルキューレの青銅の胴を切り裂いたなどと。
「――――――ッ!」
 声など出ない。出してる暇も無いし、出す気も無い。
 ただ、痛みも身体の限界も、力学も、空気抵抗も忘れて、才人は走り出した。
 自らが標的と定めた敵へと向かって
「わ、わるキュー!!」
 慌てて残りのワルキューレを出そうとするが、時すでに遅し、
 物理法則を無視したかのような才人の速さは、一息の踏み込みでギーシュの懐へと入り込んでいた。
 そして、喉に当てられる刃。
 まるで、獲物に喰らいつく猛獣の歯のようにギラつくその刃にギーシュはすっかりビビってしまった。
「コ……降参する! 降参するから、命だけは助けてくれ!!」
 だが、首からナイフの刃が外される事は無い。

「頼む……なぁ、頼むよ。謝るから、許してくれ……お願いだ」
 ギーシュの懇願が効いたのか、それとも肉体的にすでに限界だったのか、
 果物ナイフをギーシュの首元から外し、てくてくと才人は歩き出す。
 そして
「あっ……」
 殴られ続けた才人を見て、呆然としていたシエスタに笑いかけた。
 その微笑みは、顔の筋肉が殴られた影響で腫れあがり、
 まともに働かなかった為に随分と歪なものであったが、確かに笑っていた。
「――――――」
 その笑顔のまま、口を僅かに動かし、才人の身体は、今度こそ地面に倒れ伏した。
「才人……さん……」
 倒れた才人を見て、ペタンと座り込んでしまうシエスタ。
 今までの出来事に対し、脳の処理能力が追いつかないのだ。
 回りの貴族達も同様であった。
 ただ、驚きの表情でこの決闘の一部始終を見つめているだけ。
 そんな中で、ルイズとホワイトスネイクだけが正気に戻っていた。
 と言うか、ホワイトスネイクは最初からの、この結末になることを知っていたし、ルイズはホワイトスネイクに声を掛けられて、やっと正気を取り戻したのだ。

 平民が……貴族に本当に勝った……

 ホワイトスネイクがどうにかして勝たせると言っていたが、まさか、こんなに圧倒的とは思っていなかったのだ。
 ともあれ、なんとか再起動を果たしたルイズは、悠然とした動作を心がけてギーシュへと近づく。
 その顔は、先程の才人が表現したかった満面の笑みで彩られている。
「さぁ、ギーシュ。賭けの清算をしましょう?」
 なるべく穏やかに、なるべく優雅に、ルイズはギーシュへと話掛けるが、ギーシュは一度、身体をビクンと一度振るわせた後、ガタガタと肩を揺らし始めた。
 最初、ルイズは首にナイフを突きつけられた恐怖に震えていると思っていた。
 しかし、事実はまったくの逆。
 ギーシュは、限りなく憤っていたのだ。
「ルイズ……この賭けは無効だ……」
 腹の底から響かせるように、ギーシュは厳かにそう告げる。

 この返答にルイズは、眉を顰めた。
 何を言ってるんだ、こいつは。
 平民に負けたら、強制的にギーシュの負けである。
 なのに、無効とは……
「何、ふざけたこと言ってるのよ!!
 約束を守りなさいよ! あんたそれでも貴族なの!!」
「あぁ、貴族さ! 誇り高きグラモンの末弟にして、土のメイジだ!
 だから、だからこそ、本気を出せば、あんな平民如きに負ける訳が無い!!」
 そう言って、ギーシュは杖を振るい、薔薇の花弁からワルキューレを六体作り上げた。
「あの時、僕のワルキューレは一体だった。
 しかし、本来なら僕は七体のワルキューレを扱う事が出来るメイジだ!
 故に、あの勝負は全力で挑んでいなかったとして無効だ!!」
 速効で勝負を終わらしてしまった事が裏目として出てしまった。
 ギーシュに、貴族に対して、平民に負けたと言うのは耐え難い恥である。
 もしも、ギーシュが七体全てを出し切って負けていたのなら、こんな事にはならなかっただろう。
 しかし、今の彼には逃げ道が、全力を出していなかったと言う“言い訳”が存在してしまっていた。
「憐れね……現実が信じられないからって、そんな逃げ道に走るなんて…… それでも、誇り高き貴族なの?」
 本気でルイズはギーシュに対して憐れみを感じていた。
 そう……次のギーシュの言葉を聞くまでは……
「お前に貴族云々を言われる筋合いは無い!!
 魔法も使えない癖に、ただ威張り散らすだけの『ゼロ』が!!
 ハッ、そうか……君、あの平民とグルだったんだろう?
 それで、魔法を使えない者同士、知恵を振り絞って僕を倒そうとしたんだろ?
 そうなんだろ? ハハッ、何が憐れだ。君の方がよっぽど憐れだよ。
 さっきから貴族、貴族と……魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!」

 普段のギーシュならば、こんな言葉を吐かなかっただろう。
 だが、平民に自分のゴーレムを壊された事、そして、その現場を他の学生達に……
 特にモンモラシーに見られた事が、彼から余裕と―――危機感を奪っていた。
 故に彼は気が付かなかった。
 ルイズの握られた拳から、血が流れていた事を……
 誰かが、その、あまりにも強く、手を握り締めた為に爪が食い込み出血しているその拳を見れば、この後の事態を避けられたかもしれなかった……
 しかし、運命は無情である。結局、誰一人、その事実に気が付かず、ルイズは一歩、確りと足を踏み出してしまった。
「ねぇ……ギーシュ……決闘しましょう……
 貴方は魔法を使っても良い。勿論、使い魔も良いわよ
 私も使い魔を使わせて貰うから、そのぐらい許可するわ」
 何の感情も込められていない言葉。
 あまりにも怒りに、頂点を一巡して、無感情にまで辿り着いた怒りに、ルイズは静かに向き合っていた。
 その様子に気が付いた者が、ギャラリーにちらほらと見受けられてきたが、ギーシュはそんなことに気が付かず
「良いだろう……だが、君は魔法を使えないから実質、君の使い魔のみが、
 メイジである僕と戦うんだ。僕のヴェルダンディは出すまでも無いよ」
「そんなこと言わないで……だって、貴方、今度負けたら使い魔が居なかったら負けた……
 とか言い出すに決まってるわ。なら、最初から使い魔が居た方が手間が省けるもの」
「何の手間だい?
 君が僕に負けて地面に這い蹲って、泣いて部屋に帰る時の手間かい?」
 その時は、勿論ヴェルダンディで部屋に送ってやるさ、と呟くギーシュにルイズはもう一歩近づく。
 そして、本当に透明な声で……
「いいえ……貴方の墓穴を掘る手間よ」
 ゆっくりと告げた。
 瞬間、ルイズの隣に立っていたホワイトスネイクの身体が弾けた。

 否、“弾けたような速さ”でギーシュへと肉薄した。
 スタンドとは本体の精神エネルギー。
 例えば、一人の人間が100メートルを七秒で走れたとしよう。
 それが、どれだけ感情を燃やした所で、その人間の限界。
 そして、それが世界の法則。
 肉体と言う世界に縛られた檻では、感情を幾ら燃やした所で、どうしても限界を超える事が出来ない。
 だが、スタンドは精神エネルギーの結晶体。
 肉体を持たず、世界との繋がりが緩いスタンドは、世界と言う檻に囚われず、時折、そのスタンドに予め決められていた性能の限界を超えてしまう。
 無論、限界とは、それ以上、先へ進めないから限界である。
 その為に、スタンドが成長して限界を超える際は、基本的に新たな能力の使い方に目覚める。
 すでにして性能が限界に達していたスタープラチナが、限りなく『0』に近い静止した時間を動けるようになったように……
 エコーズが、その姿を変えて、能力を変化させたように……
 オアシスが、それ以上強くなれない肉体の為に、周囲を脆くする能力を身に付けたように……
 だが、ホワイトスネイクは、新たな能力には目覚めなかった。
 この世界では無い、世界。
 スタンド使いが居た世界で、新たな能力に目覚めず、スタンドの基本性能を一時的に飛躍させ、誇張でも何でもなく『限界』を超えたスタンドが一体だけ居る。
 シルバーチャリオッツ。
 仲間を殺された怒りが、超えられるはずの無い限界を超えたように、
 ルイズのホワイトスネイクもまた超えられぬはずのない限界を超えていた。
 有り得ぬはずのスピード。
 有り得ぬはずの精密動作
 有り得ぬはずのパワー
 ルイズとギーシュの距離は10メートルは離れていた。
 しかし、ホワイトスネイクはその距離を一瞬にして『ゼロ』にして、同時に六体のワルキューレを粉々に粉砕していた。
「ほら……これで貴方を守る存在はいなくなった……
 ねぇ、本当に使い魔を呼ばなくて良いの? このままじゃあ貴方……」
 ルイズの淡々とした言葉は、ギーシュの耳には届いていない。
 何が起こったのか、さっきの平民所の話では無い。
 ガチガチと歯がなる。
 認められない。認められるはずが無いと。

「ヴェルダンデ!!」
 自分の使い魔を呼ぶ。
 ヴェルダンデは、主の望むままにルイズの足元に大穴を空け……動かなくなった。
「なっ……何を……」
「ん~、綺麗なDISCね。流石はジァイアントモール……主よりもよっぽど価値があるわ」
 手に何か円形のものを持って、ルイズが呟く。
 もう、訳が分からなかった。
 この状況もそうだが、自分の近くに居たはずのルイズの使い魔が何時の間にか、ルイズの傍に控えている。
 その様は、下される命令を待つ兵士のようであり……処刑の号令を待つ、死刑執行人であった。
「さてと……それじゃあ……奪わせて貰うわ……貴方の才能を……ね」
 円形のモノを口に咥えたルイズが、つい、と指揮棒を振るように右手を振った瞬間に、ホワイトスネイクがギーシュの眼前へと現れ――――――

「えっ……?」
 訳が分からなかった。
 全力で振りぬかれたはずの使い魔の右手は、自分の頭をぶち壊す訳でもなく、ただ通り過ぎてしまった。
 これは……もしかしたらチャンスじゃないか……
 ギーシュは、最後の最後で油断を見せたルイズを嘲笑った。
 ルイズも、ルイズの使い魔も、すでにギーシュに背を向けていた。
 その隙だらけの背中に、剣を創り飛ばそうと、ギーシュは呪文を唱えた。 が……それが形になることは無かった。
「な……なんで?」
「お探しのものは、これかしら?」
 ルイズがギーシュへと振り向く。
 その頭には、二枚になった円形のモノの一枚が、頭に突き刺さっていた。
「それは……」
「……貴方、自分から出たモノなのに分からないの?
 これは、貴方の魔法の才能……土のドットクラスなんてカスだけど、
 まぁ、ありがたく使わせ貰うわ」
 そう言って、ルイズはこれまで一度も触れなかった杖に触れ、大きく杖を振り上げた。
 それに伴い、粉々になったはずのワルキューレ達が、次々に形を取り戻していく。

「中々、便利じゃない……」
 感心したように呟くルイズに、ギーシュは、もう自分は、この化け物に勝つことが出来ない事を悟った。
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……
「あぁ、そうそう―――あんたには出て行ってもらうわ」
 気付かれた……この世で最も恐るべき存在に気付かれた。
 ギーシュは気絶したかったが、襲い掛かる恐怖の波でそれすらも出来なかった。
 ただ、震えてルイズの言葉を待つしかできない。
「出て…………行くって…………何処……に?」
「決まってるじゃない」
 ルイズは、無感動に無感情に無慈悲に無意義に無意気に

「――――――あの世よ」

 お前はこの世に価値が無い。
 まるで、無為な者を見るような目で自分を見つめるルイズの視線に、ギーシュが目を逸らそうとした瞬間、目の前が塞がれた。
 何かが、頭の中に入ってくる……
 そんな感覚がしたかと思うと、ギーシュは自分の首を自分で絞めていた。
「ぐぇぇぇぇっ!!」
 苦しそうに呻くが、自分の手だと言うのに、思うとおりに動かない。
「ギーシュッ!!」
 ギャラリーの中で、心配で部屋に戻った振りをしてギーシュを見に来ていたモンモラシーがギーシュに近寄り、首に回っている手を外そうとするが……外れない。
「ギーシュ!! ……ギーシュ!!
 ルイズ、お願い!! 彼を助けてあげて!!!」
 何をしたか分からないが、ルイズがギーシュに何かをしてこうなった事は分かっていたので、ルイズに助けを求めるが、
 彼女はワルキューレに倒れ伏した平民を担がせて運ぼうとしていた。
 呆然としていたメイドもついでに抱えている。
「お願い!! お願いよ、ルイズ!!!」
 モンモラシーの嘆願に、ルイズは振り返りさえせず、ヴェストリの広場を立ち去ってしまった。
 そうこうしている内に、ギーシュの顔色が青から土色へと変色していく。
もう余裕が無いのは明白だった。
「ギーシュ!! お願い、手を離して、ギーシュ!!!」
 モンモラシーが泣き腫らした目と、枯れた声で叫んだ瞬間、彼女の耳に魔法の詠唱が届いた。
「エア・ハンマー」
 風の槌がギーシュの頭を酷く叩く。
 それによって、ギーシュは気絶し、手に込められていた力もあっさりと抜けた。
「タバサ!!」
 普段寡黙でこんなイベントには来ないであろう彼女が来た事に対する疑問はあったが、モンモラシーは素直にタバサがここに居る事を喜んだ。
「ありがとう! 本当に……本当にありがとう……」
 泣きじゃくるモンモラシーを余所に、タバサは天国に片足を突っ込んだギーシュへと近づく。
 ギーシュの足元、そこに光る何かを見つけたからだ。
 円形の形をした何か。
 鍋敷きのようであるが、これが、ギーシュに自分の首を絞めさせた原因だろう。
 タバサが、それを懐にしまうと、タバサの後を着いてきたキュルケが、ふらふらと広場に到着する。
 ギャラリーが騒然となっている中、この騒ぎを起こしたのがルイズだと知ると、キュルケは自責の念で潰れそうになった。
―――自分が……自分が引き金を引いた所為でこんな事に……
 もう遅すぎる後悔が、彼女を絶え間なく責めていた。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー