ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第二話

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 ルイズの朝の目覚めは酷く遅かった。
 それと言うのも、昨日のホワイトスネイクの『記憶』をDISCとする能力について詳しく聞いていた所為である。
「あー、この時間じゃあ、朝ご飯には間に合わないわね」
「私ハ、何度モ警告ヲ与エタ。ソレヲ無視シタノハ、ルイズ、君ダ」
 ベッドで寝覚めたルイズの隣に、ホワイトスネイクは悠然と存在している。
 その事実が、ルイズに不思議な安心を与えていた。
 絶対なる力が自分の管理下にある、優越感による安心。
 それがあんまりにも心地良くて、遅刻しそうなっているはずが、
 ルイズの口元は油断すると緩みそうであった。
「っと、いけない。授業にまで遅刻したら流石にマズいわね」
すでにホワイトスネイクによって用意されていた着替えに、袖を通し着替えを始める。
 ルイズが着替えている間、ホワイトスネイクは部屋の窓を開け、右手にDISCを一枚創りだす。
 その様子を、ルイズは着替えの片手間にちらりと流し見た。


 昨日の夜、ホワイトスネイクは自分の能力の他に、自分がどのような存在であるかも語り始めた。
『スタンド』
 傍に立つ者と言う意味を持つその単語で表すエネルギー体であると言う言葉に、最初は半信半疑であったルイズだが、ホワイトスネイクが自分の考えたままの行動をし始めてから、『スタンド』の存在を信じるようになっていた。
 自分自身の命令で動く使い魔。
 しかも、その命令の伝達スピードは凄まじく、まるで自分の身体のようだとルイズは思った。
 まぁ、真実、自分の身体な訳だったのだが。
 ともあれ、ホワイトスネイクはどんな命令であれ従うし、能力的にもルイズに不満は無い。
 まさに、彼女にとってホワイトスネイクは完璧な使い魔であった。

「さてと……そろそろ行くわよ」
 着替えを終え、杖を右手に持つと扉には向かわず窓際へ向かう。
 窓の外は晴々とした天気で、そろそろ授業の始業時間であることを告げていたので、ルイズは溜め息を吐き、少し急ぐことにした。
「ホワイトスネイク」
「可能ダ」
 考えている事を察した自分の使い魔に、頬が緩みそうになったが、それに耐え、凛とした表情でルイズは窓からその身を投げ出した。
 それに従うように、ホワイトスネイクも落ちていく。
 堕落の中、ホワイトスネイクがルイズの身体を左腕でルイズを抱え、右手でDISCを寮の外壁に押し付ける。簡単なブレーキと言うやつだ。
 部屋の窓から身を投げて、僅かに三秒弱。
 十分に減速した速度で着地したホワイトスネイクの腕の中で、ルイズは満足げに呟く。
「まぁまぁね」
 それは、素直ではないルイズの最上級の褒め言葉であるが、ホワイトスネイクに褒められて嬉しいと言う感情は存在しない。
「ほら、次は教室まで急ぎなさい」
 抱えていたルイズを今度は背中におんぶして、ホワイトスネイクは草原を走り出した。


「良かった……ギリギリ間に合った……」
 朝食は食べ損ねたが、なんとか授業には間に合うことが出来た。
 ルイズは、小さな胸をほっと撫で下ろし、適当な椅子に腰掛けた。
 ホワイトスネイクはと言うと、教室前でルイズを降ろした為、彼女の後ろに立ったままだ。
「………………」
「………………」
 沈黙が重たい。
 急いでいた為、ルイズは気が付かなかったが、ルイズとホワイトスネイクが教室に入ってきた瞬間、今まで雑談をしていた生徒達が一斉に喋るのを止めたのだ。
 彼らは皆、昨日のマリコルヌがミンチ寸前にまでされるのを見ていた。

―――目を付けられたらどうなるか分かったものじゃない。

 教室に居た生徒の大多数はそういう思考であった。
 無論、大多数と言うことは、そうは思っていない者も勿論居る訳で……

「おはよう、ルイズ」
 情熱で着色したように赤い髪に、それを一層引き立たせる褐色の肌と豊満な胸を合わせもった女生徒の挨拶に、ルイズは満面の笑みで返事をした
「おはよう、キュルケ」
 その微笑みに、キュルケは違和感を覚えた。
 家柄同士、憎みあう仇敵である自分に微笑むこともそうであるが、それ以上に、今朝のルイズは昨日までとは何かが違った。
「なあに、今日の貴方、ずいぶんご機嫌じゃない」
「そうかしら?」
「そうよ。そんなに使い魔がきちんと召喚できたのが嬉しかったの?」
「別に、使い魔が召喚出来たのが嬉しかった訳じゃないわよ」
 これは嘘。ルイズは使い魔が出てきた事に心底喜んでいた。
 最も、ホワイトスネイクの能力を知った今となっては、使い魔を召喚した喜びではなく、ホワイトスネイクを召喚した喜びに摩り替わっているが。
 キュルケは、そんなルイズの嘘を簡単に見抜いていた。
 伊達に一年間、家の因縁とか理由を付けてストーキングをしていた訳ではない。
 ルイズの陳腐な嘘など、キュルケには丸分かりなのだ。
 あんな亜人でこんなに喜んでいるなら、自分の使い魔を見せたらどんな顔をするのかしら?
 そんな思考が、キュルケの頭を過ぎり、すぐに自分の使い魔を呼ぶ。
 無論、自慢する為にだ。
「そうなの……あ、そうそう、紹介するわ。私のフレイム。
 どう、この尻尾。ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ」
「ふ~ん」
 大して興味の無さそうに返事するルイズに、キュルケは眉を顰めた。
 予定ならばここで苦々しげな顔をして、羨ましくなんか無いと言うオーラ全開の、意地っ張ルイズを見ることが出来たのだが、ルイズはこちらに全然興味を持っていない。
「羨ましくないの?」
 思わず、キュルケはそう聞き返してしまった。
 ルイズの召喚した亜人なんかより、こちらの方が絶対に良い使い魔なのに。
 その思考から出された言葉に、ルイズは何を言っているんだ、こいつは? と言う視線をキュルケに返す。
「なんで、私が羨ましがらないといけないのよ?」
 自尊心からではなく、本当に、ルイズは不思議そうに聞き返してくる。
 それにキュルケは、ホワイトスネイクに視線を向けた。
 どうやら、この使い魔。見た目以上にルイズの心を掴む何かがあったらしい。
 その何かが、自分のフレイムよりも優れていて、その所為でルイズが羨ましがらない。
 知りたい。
 ルイズが、自分の使い魔をサラマンダーよりも上位に置いているその理由を知りたいと思い、
 ルイズに訊ねようとした時、丁度良く扉が開き、担当の先生が教室に入ってきた。
 仕方なく、追求の手を中断するしかないことにキュルケは不満だったが、
 昼食の時に聞けば良いかと、席へと戻った。


 ルイズは、勤勉な生徒だ。
 自身の属性が分からない為、どの属性の授業もきちんと聞き、授業態度も非常に良い。
 それなのに、今日のルイズは何時もと違った。
 ホワイトスネイク。彼が居る為であった。
(ちょっと! あんたの方も気合入れなさいよ!)
(無茶ヲ言ウナ。本来デアルナラバ、私ノ視覚ヲ本体ガ感ジル事ハ、意図モ簡単ニ出来ル事ノハズナノダゾ)
(何よ、それって私が駄目な奴って言ってるの!?)
(違ウ。昨日モ、言ッタガ、『認識』ガ足リナイ。モット、当然ト、出来テ当タリ前ト思ウノダ)
 昨日の夜は、一瞬しか出来なかった。視聴覚への同調。
 授業時間を使って、その練習をしているルイズであったが、ぶっちゃけ、うんうんと唸って五月蝿い。
「ミス・ヴァリエール」
 シュヴルーズが、そんなルイズの態度に気付き、注意をしようと声を掛けたが、ルイズは気が付かない。
「ミス・ヴァリエール!!」
 もう一度、今度は大きな声を出し名前を呼ぶと、ルイズはビクッと跳ねて立ち上がった。
 教室中の視線が自分に集まっている事に気付き、顔を真っ赤にして座るが、シュヴルーズは、そんなルイズに前に出てくるように告げた。
「貴方が努力家であると言う事は、他の先生に聞いています。
 さぁ、この石を貴方の錬金したい金属に変えてごらんなさい」
他の生徒からは止めた方が良いと野次が飛ぶが、それは、ルイズの負けん気を刺激するスパイスにしかならない。
(あんな凄い使い魔が召喚出来たのよ! 錬金なんて目じゃないわ!!)
 そう、なんと言っても自分の使い魔は『心』を操り『記憶』をDISCに変える使い魔。
 そんな使い魔を召喚した私が、錬金程度できなくてどうする!!
 心から成功を確信し、杖を振り下ろすルイズ。


 結果は、全てを薙ぎ払う爆発であった。


 散らかった机の破片や爆発により砕けた硝子をホワイトスネイクは器用に片付けていく。
 その様子を、ルイズは椅子に座って、ぼ~と見ている。

 きちんとした使い魔は召喚できた。
 召喚できたのに、何故、自分の魔法は一向に成功しないのか。
 ルイズは、本当に疑問に思っていた。
 自分はゼロなのか?
 No
 何故なら、自分は使い魔を召喚している。
 しかも、あんなに素晴らしい力を持っている者を。
 では、何故失敗するのか。

……それはきっと……自分が悪いから?

「ソレハ違ウ」
 掃除をしていたはずのホワイトスネイクが何時の間にかルイズのすぐ傍にまで接近していた。
 ルイズは、掃除していない事に怒るよりも、ホワイトスネイクの言葉が耳にこびりついて離れない。
「違うって……何が違うのよ」
「ルイズ、君ガ悪イカラ、他ノ連中ノヨウナ事ガデキナイノデハナイ。
 君ハ、ソウイウ役割ナノダ。兵士ニ兵士ノ役割ガアルヨウニナ」
「何よ……それって、魔法が使えないのが、私の役割だって言うの……
 ふざけないで!! そんな、そんな訳無い!!
 魔法が使えないのが私の役割な訳無い!!」

 ルイズの怒声に、ホワイトスネイクは何も言わなかった。
 世の中には、自分が役割を演じていることすら知らずに居る人間が過半数だ。
 別に、彼は自分の本体に、その少数になれとは言わない。
 ただ、本体が自分の役割に満足していないのであれば、その欲求を満たすのもスタンドである自分の役目。
「自分ノ役割ガ不満デ、アルナラバ、ソノ場合、話ハ簡単ダ。
 欲シイ役割ヲ他人カラ奪エバイイ」
「……奪う?」
 随分と物騒な単語にルイズは思わず聞き返す。
 役割を奪う……一体、どういうこと?
「生物トハ『記憶』ノ集合体ダ。誰モ彼モガ、ソレヲ知ッテイナガラ『認識』シテイナイ。
 マァ、ソンナコトハ、ドウデモイイ話ナノダガナ。
 重要ナノハ、先モ言ッタヨウニ、生物ガ『記憶』ノ集合体デアルトコロダ。
 ドンナ些細ナ事デモイイ。例エバ、トイレデ、ケツヲ拭ク時ニハ、ミシン目デ紙ヲ切ルトカ、ソンナ些細ナ事モ『記憶』ガアルカラ出来ル事ダ。
 ココデ、ルイズ。君ニ質問ダ。
 素晴ラシイ料理人ガ居タトシヨウ。彼ノ作ル料理ハ人々ノ舌ヲ満足サセル。
 モシモ、ソノ料理人カラ、人々ヲ満足サセル料理ヲ作レル『記憶』ヲ抜イタラ、ドウナルト思ウ?」
「そんなの、作れなくなるに決まってるじゃない」
 幾ら腕の良い料理人もレシピも無しには料理は作れない。
 同様に、その美味しい料理を作れると言う事実を忘れているのならば、美味い料理なんて作れるはずがない。
 ルイズの返答に、ホワイトスネイクは、勉強を教えた子供が、初めて自力で問題を解いた時のように満足げに頷き、そこから、さらにもう一つの問いを口にした。
「デハ、ソノ『記憶』ヲ何モ知ラナイ、何モ作レナイ人間ニ与エレバドウナル?」
 先程の問題を飛躍させたものだが、簡単過ぎる問題だ。
 記憶が無くなれば作れない。
 ならば、記憶があれば作れるようになるに決まってるじゃないか。
「そりゃあ、美味しい料理が作れるように――――――」
 答えを形にしている最中、ルイズは止まった。
 1秒・・・2秒・・・3秒・・・4秒・・・5秒
 きっかりと静止時間5秒を体感した後、錆びた歯車のように不自然に口が動き始める。
「まさか……うぅん、でも、そんなことって……」
 うわ言のように漏れる言葉。
 それは、否定できないモノを否定する言葉であり、ホワイトスネイクが告げた事が、ルイズにとって、どれだけショッキングなのか、端的に表していた。
 そんなルイズの耳元へ囁くように、ホワイトスネイクは優しく語り掛ける。
「君ガ『魔法』トイウモノニ拘ッテイルノハ知ッテイル。
 ドレダケ君ガ辛イカモナ。何セ、私ハ君ナンダカラナ。
 ナア、ルイズ。トテモ簡単ナ事ナンダ。
 君ガ、一言、私ニ命ジテクレレバ、スグニデモ、君ハ新シイ役割ガ手ニ入ル」
 その囁きは悪魔の囁き。
 だが、ルイズにとっては天使の福音に其の物。
 目の前に渇望してやまない物を出され、それを断れる人間など、どれ程居るのだろうか。
 少なくとも、ルイズはそれを断れる人間では無かった。


 キュルケが、アルヴィーズの食堂で頑張って鶏肉を頬張っているルイズを見つけたのは、昼食の時間が始まってから半分程した頃だった。
 パクパクと、小さな口に鶏肉を一杯に頬張っているその様子がリスのようで、下品と言うように感じないのは、ルイズの容姿の所為であろう。
 ともあれ、キュルケはルイズに近づこうと足を動かし―――その場で止まった。
 なんというか……血走っている。
 何がと言うと、ルイズの目がである。
 獲物を狙う狩猟者のように鋭い目付きで、鶏肉をがっつきながら、辺りを見回している。
 そんな彼女の後ろには、ホワイトスネイクが教室の時と同じように、威圧感を撒き散らしながら存在していた。
 声を掛けるのも、近づくのも躊躇われる。
 そんな雰囲気を身に纏うルイズに、キュルケは首を軽く振って近づいていった。
「今朝の爆発は、また一段と凄かったわねぇ」
 フランクにからかいの言葉を掛けると、ルイズは食べていた鶏肉を皿に置き、口元を拭いながら立ち上がり、自分よりも背の高いキュルケを睨み上げた。
「何、なにか反論でもあるの?」
「――――――ッ!」
 反論したくても、反論できない。
 何せ爆発したのは事実なのだ。幾ら言葉を用いた所で、その事実を変えることは出来ない。
 苦々しげにルイズは、椅子に座り食べ掛けの鶏肉へと手を伸ばす。
 キュルケは、その様子に安堵していた。
 やはり、ルイズはこうでないと。
 今朝のように、余裕を持った態度ではなく、何時も切羽詰り、怒っていて、それでいて、誰よりも努力を忘れない、そんなキャラクターでないと。

―――そうじゃないと、可愛くないじゃない

 まぁ、普通にしている時もお人形みたいで愛らしいんだけどね、と心の中でキュルケは呟く。

 ここで、彼女の名誉の為に言っておくが、キュルケは同性愛者ではなく、普通の恋愛を楽しめる、普通な少女(?)である。
 ここでの、愛らしいとか、可愛らしいとかは、背伸びして頑張っていくルイズを見るうちに目覚めた、母性本能のようなものだ。
 まぁ、からかって、それに対して怒っている表情を見て、可愛いとか思っている時点で、母性本能とは、少しばかり離れている感じもしなくは無いが。
 とにかく、ルイズの苦悶の表情は、キュルケの母性を刺激する。
 なので、今回も、もうちょっと、その顔を、出来ればもう少し、怒った感じの表情見たいなぁ、のノリで、キュルケは悪ノリして、さらにからかいの言葉を掛けようと口を開くが

彼女は知らなかった。

その一言が、自分とルイズの間に、決定的な溝を作ることを。

「まぁ、これ以上責めるのも可哀想ね。例え、使い魔を召喚出来たとしても、『ゼロ』なんだからね」
 キュルケには罪は無い。
 何時もと同じノリで、軽く、飽くまで軽く口から出た言葉は、何時ものようにルイズの堪忍袋の尾を刺激して……
「ホワイトスネイク!!!」
 プッツーーーーーンと、小気味良い音と共にぶち切れたのだった。


 それをキュルケが避けられたのは、奇蹟だった。
 突然、鼻がむず痒くなり、人前だと言うのに大きなくしゃみをしてしまった。
 くしゃみの反動で下がる頭―――その頭の上、僅か数ミリの所をホワイトスネイクの右手が通り過ぎた。
「えっ?」
 最初、キュルケは何をされたのか分からなかった。
 ただ、目の前、もう掠っても良い所をルイズの使い魔の右手が
 恐るべき速さで自分の頭があった場所を薙ぎ払っていた事だけを認識して、あれに当たっていたら、頭なんて簡単にぐしゃぐしゃになるだろうなぁと場違いな事を思い浮かべていた。
「ちっ」
 初撃を外した事に対するルイズの舌打ちが耳に届いた時、キュルケはようやく正気に戻った。
 懐から杖を抜き、条件反射で魔法を唱えようとしたが、それは遅きに失した行為だった。
「ぐっ!」
 杖を手に掴んだ瞬間に、自らの首もホワイトスネイクに掴まれる。
 キュルケは自分を見つめるルイズの氷のように冷たい視線と、慈愛を持ち合わせていないようなホワイトスネイクの体温に、この唐突に訪れた事態が、自分の死である事にようやく気が付いた。
「……あっ」
 漏れた単音は、一体何を伝えたかったのか。
 キュルケ自身も、それは分からなかった。
 ゆっくりと流れていく世界。
 一秒が一日のような濃密さの死の淵で、キュルケは自分に振り下ろされるホワイトスネイクの左手を見つめ―――
「そこまで」
 止まった。
 キュルケも、ルイズも、ホワイトスネイクすらも止まった。
 先程のルイズの怒声で皆がルイズ達を見ていたが、
 誰一人、突然の事態に対応できなかった中で、ここでようやく事態を把握した第三者が出現した。
 それに全員の世界が停止したのだ。
 そして、その停止した世界を作り出した少女は、無言でルイズの後ろ姿に杖を向けている。
「タ……バサ」
 首を掴まれ、呼吸も儘ならないキュルケの声に唐突に現れた少女―――タバサは眉すら動かさず、ルイズに向けた杖を動かさない。
「やり過ぎ」
 タバサは、何時ものように自分をからかったキュルケに対する怒りを爆発させたと思って窘めの言葉を簡潔に述べたが、ルイズの身体は動かない。
 ただ、静かに、音を立てぬように歯噛みするだけだ。
「ホワイトスネイク!」
 怒りも顕わに、ルイズは使い魔の名前を呼ぶと、ホワイトスネイクは一瞬にしてその姿を、この世界から消失させた。
「「!!」」
 首を掴まれていたキュルケも、そしてタバサも驚愕に顔色を変える。
 ルイズはそんな二人の顔を見て、僅かに気が晴れたのか、
 幾分怒りを和らげた表情になっていたが、それでも回りから見れば、十分にプッツンしている表情だ。
 その表情のまま、ルイズは皿に残されていた鶏肉を一気に口の中に入れてから、小人の食堂を後にする。
 残されたキュルケは、タバサに助けられて立ち上がりながら、言い過ぎた自分の口を恨むしかなかった。


 小人の食堂を出たルイズは、暫く無言だったが、食堂から遠ざかるにつれて口の中で何かを呟き始める。
 その呟きは、食堂に居た二人の内の、良い所で邪魔をしてくれた蒼い髪をした少女への呪詛の言葉。
「あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女!!」
 なんという所で邪魔をしてくれたのだ。
 もう少し、後、もうほんの少しで、あの忌々しいツェルプストーの牛女を永久に黙らせて、ついでに自分の望むモノを得られたと言うのに
「先に私を侮辱したのはキュルケなのよ!!
 私は侮辱した事に対する報復をしただけなのに、何故止められなければならないのよ!!」
「少シ、落ツ着クノダ。我ガ本体」
「落ち着ける訳無いでしょう!! 
 ほんの少し、あの幼児体型が邪魔に入るのが遅かったら、今頃、私を『ゼロ』と呼んだあの女を始末していたのに!!」
「……我ガ本体ヨ。コウ、考エルノダ。
 アノ女ノ無キ者トスルノハ、マダ時期デハ無カッタ……トナ」
「どういう意味よ?」
 足を止め、ホワイトスネイクに疑問を投げ掛けると、昨日の夜のように、ホワイトスネイクの長く分かり難い講義が始まった。
「『運命』トハ、時ヲ戻ソウガ、加速サセヨウガ、決シテ変ワル事ハ無イ。
 君ガ、アノ女ヲ殺ス事ガ出来ナカッタノモ、ソウイウ運命ダッタカラダ」
「運命?」
「ソウ、運命ダ。
 ルイズ。『ナルヨウニシカナラナイ』トイウ力ニ無理に逆ラオウトスルナ。
 逆ラエバ、ヤガテハソノ反動ガ君ヲ襲ウダロウ。
 ダガ、逆ニ考エルノダ。運命ニ抗エバ、抗ッタ分ダケノ反動ガ来ルノデアレバ
 ソノ運命ニ抗ワズ、運命ニ乗ルノダ。
 ソウスレバ、キット行為スル道モ開ケルダロウ」
「何よ、それ。つまり、今はまだ、私を侮辱したあの女を生かしておけって事?」
 ホワイトスネイクの言葉に、ルイズは若干不満げにそう呟くが、確かに思い当たる節はある。
 あの時、確実にキュルケに当たると確信していたホワイトスネイクの右手が、偶然、当たらなかった。
 偶然……言い換えれば運命となるその言葉に、どうやらキュルケは守護されていたらしい。
「ソノ通リダ。ルイズ、コレカラノ君ハ、運命ノ流レヲ見極メル事ニ力ヲ入レタ方ガ良イ」
「運命の……流れね」
 ルイズは顎に手を当てて熟考する。
 運命。
 自分の使い魔である、ホワイトスネイクは記憶を操るスタンドだ。
 だが、そのホワイトスネイクですら、運命は操れないし、見ることも聞くことも出来ない。
 ならば、その運命を気に掛けるのは、使い魔の主である、メイジの役目。
「分かったわよ。これからはその事を心に留めとく事にするわ」
 正直な話、運命などルイズにはまったく分からないが、それでも気に掛けとくのと、まったく気にしないのでは、どちらが良いか考えるまでも無い。
「ダガナ……ルイズヨ。一ツダケ言ッテオク事ガ―――」

「おぉい! 聞いたか!?
 ギーシュの奴が平民とヴェストリの広場で決闘するらしいぞ!?」
「聞いた聞いた、なんでもその平民は、この間、ここに来たばかりの男らしいぞ」
「あぁ、あのデザート配ってた奴か。珍しい黒髪をしてたなぁ……顔も結構可愛かったし……」

 最後に一つ。
 これだけは伝えなければいけない事柄を伝える前に、ホワイトスネイクの言葉は食堂から出てきたらしい生徒達の話し声に中断を余儀なくされた。
 一方、ルイズはホワイトスネイクの言葉の続きよりも、聞こえてきた言葉に聞き耳を立てるのに必死である。
「貴族と平民が決闘だなんて馬鹿じゃないの?
 まぁいいわ、腹の虫は治まってないし、貴族に楯突いた平民の末路でも見て、気でも晴らしましょう」
 まるで何処ぞに散歩に行くような気軽さで、ルイズはヴェストリの広場へと向かうが、ホワイトスネイクはそんなルイズの後を追わずに、その後ろ姿を見ながら中断された言葉の続きを口にする。
「ドンナ運命ダロウト……ドンナ因縁ダロウト……ソイツラハ乗リ越エル。
 例エ、腕ガ無クナロウガ、例エ、友ガ死ニ絶エヨウガ、奴ラハ諦メナイ。
 アノ『黄金ノ精神』ヲ持ツ者達ハ。
 我ガ本体、ルイズヨ。決シテ『黄金ノ精神』ヲ持ツ者ヲ敵ニ回スナ。
 奴ラニハ如何ナル能力モ、如何ナル力モ、勝利スル事ハ出来ナイ」
 故に……『黄金の精神』を持つ者を見つけたなら、味方にすることを考えろ。
 元本体の結末を思い出しながら、ホワイトスネイクは心の中で、そう付け加えるのだった。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー