ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十三話 『夢枕のち閃光』

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第十三話 『夢枕のち閃光』

ルイズは夢を見ていた。かつての自分を夢に見た。母に叱られて隠れているのだ。すぐそこでは召し使いたちが自分を探していた。自分に哀れみを向けながら。
「上の二人は才能に恵まれているというのに・・・」
「ルイズ様はなんでだろうな・・・」
ルイズは悔しくて歯がゆくて唇を噛んだ。
召し使いたちがこちら側を捜索しだしたので、ルイズは『秘密の場所』と呼んでいる、中庭の池に向かう。ルイズが唯一安心できる場所。
池の真ん中には小さな島があり、ほとりには小船が一艘浮いていた。ルイズは叱られるといつもこの小船に逃げ込んだ。小さく丸くなっていると不意に上から声がかかる。
「泣いているのかい?ルイズ」
まだ声変わりしたばかりだろう声は優しく鼓膜を振るわせる。
「手を貸してあげよう」
差し出された手は大きく逞しかった。ずっと憧れていた手。ルイズは握り返そうと手を伸ばすが、急に風が吹いて目の前の男性を吹き消してしまった。
わたしはまた、一人ぼっちだ。

そこで目が覚める。

「大丈夫か?」
目が覚めて一番に目に入ったのは使い魔の顔だった。
「うなされていたが」
「なんでもないわ!」
なぜだろうか。わたしは焦ってそれだけ言うと毛布に頭までくるまり身を縮めた。なぜだか今はウェザーと顔を会わせたくなかった。
しかし無情にも毛布は剥ぎ取られてしまった。必死になって端を掴むけれどウェザーの力には敵わずに奪われてしまった。


「何するのよ!」
「朝起こせと言ったのはお前だろう・・・俺に落ち度はないはずだ」
「う・・・」
「理解できたなら顔を洗い着替えろ。朝食を食いっぱぐれるぞ」
ルイズは言われた通り起き上がり顔を洗う。ちなみに本来ならば桶に水を張って持っておくものだが、ウェザーの場合は桶の上に雨を降らせることで手間を省いている。
顔を洗ったのを確認したらウェザーは廊下に出てルイズの着替えが終わるのを待つのだ。
こうして新しい一日が始まる。

教室の扉が開き、長い黒髪と漆黒のマントという不気味な出で立ちの男が入ってきた。
「では授業を始める。知ってのとおり私の二つ名は『疾風』、疾風のギトーだ」
ウェザーは第一印象から何だか好きになれそうにないやつだと思った。
「さて、最強の系統をご存知かな?ミス・ツェルプストー」
「『虚無』じゃないんですか?」
「伝説に夢を馳せるのは構わないが私は現実の話をしているのだよ」
回りくどく陰険な物言いは聞いているだけで相手を不快にさせる。直に言われたキュルケならばいわんや何をや、である。
「『火』に決まってますわ。ミスタ・ウイロー」
「ギトーだッ!白黒抹茶あがりコーヒー柚桜でもないッ!・・・取り乱したなスマナイ。電波を受信してしまったようだ」
青柳・・・もといギトーが咳払いをして仕切り直す。
「で、どうしてそう思うね?」
「すべてを燃やしつくせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない」
ギトーは腰に差したういろうではなく杖を引き抜くと言い放った。
「試しに、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」
なるほど、生徒の魔法を撃ち破ることで自分の力を見せつけたいわけだ。さしずめキュルケは生け贄と言うわけだ。
「・・・気に食わないな」
そう思ったのはウェザーばかりではないらしく、周りからもぶちぶちと文句を言う声が聞こえてきた。
(どうするかな・・・)
ウェザーが思案している間にキュルケは少し躊躇ったが挑発に乗ったようだ。


「火傷じゃすみませんことよ?」
キュルケの目が狩人のそれに変わる。
「かまわん。本気できたまえ。そのツェルプストー家の証たる赤髪が飾りではないのならね」
その瞬間、キュルケの周りの空気が熱に歪んだ。炎髪は正に炎のごとく揺らめき逆立つ。胸の谷間から杖を引き抜くと瞬時に呪文を詠唱し振った。
直径一メイルの『ファイヤーボール』がギトーめがけて飛ぶ。
殺傷能力は十二分だろう。しかしギトーは恐れた様子もなくすました仕草で杖を向けた。そのタイミングでウェザーはキュルケの火の玉に酸素を送り込む。
火の玉が一瞬で燃え盛り、一メイルから二メイルに燃え上がった。
目の前でいきなり倍に膨らんだ火の玉を目の当たりにしたギトーは詠唱も放り出して教卓の陰に潜ってしまう。
その上を火の玉が通過してだいぶ経ってから顔を出したギトーの髪は先の方が燃えていた。
慌てて消そうとするギトーに教室中から笑いが起こる。
「あらミスタ・ギトー、わざわざ情熱に焦がされてくださったのですか?でも残念、あなたあたくしの趣味じゃございませんの」
キュルケのセリフに笑いが一層大きくなった。キュルケが後ろを振り返りウィンクを贈ってきた。
「鎮まりなさい!鎮まりなさい!」
何とか鎮火したギトーがちぢれた毛を必死に伸ばしながら叫んでいる。その後笑いは収まったがギトーの見せ場は台無しだろう。
「あー・・・さすがはツェルプストー。『火』の恐さはよくわかったよ。しかしだ諸君!それでも『風』が最強であることは確実なのだ!今その証拠をお見せしよう・・・」
恥辱からか顔の赤いギトーに次は何をやらかしてくれるのかとダメな期待の眼差しを生徒が贈る。せれを良い方向に受け取ったギトーは杖を構えて詠唱を始める。
「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」
しかしギトーの見せ場はまたも台無しとなった。教室の扉がけたたましく開かれると、ロールケーキが入ってきた。
「みなさん授業は中止です!」
「ミスタ・コルベール!一体何事か?」


ギトーの言葉に驚いたがよくよく見ればコルベールがロールケーキの群れを被っているだけだった。しかしセンスのないヅラだ。
「ヅラじゃない!ウイッグだ!」
心を読まれて怒鳴られてしまった。
「そんなことより授業が中止とは?」
「うむ、何とゲルマニアへ出向いてらしたアンリエッタ姫殿下がハルキゲニアへの帰途に我が学院に行幸なさるのです!」
その途端に教室が荒波のごとくざわつきだした。王女が来る。それがスゴいことなのはわかるが、この騒ぎ方は異常だ。コルベールが両手を掲げけて生徒を静める。
「したがって、粗相があってはいけませ。急なことですが、今から全力を挙げて歓迎式典の準備を行います。よって本日の準備は全て中止!」
荒波から一転、水滴ほどのささやきさえ聞くことができなくなってしまった。コルベールはその様子に満足したらしく首を上下に振った。
「御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい!よろしいですかな!」

生徒たちが正門近くで列を整えて暫くすると、一角獣に引かせた馬車が正門をくぐって現れた。真ん中の一番立派なのが王女の馬車だろうか。
生徒たちは一斉に杖を掲げて出迎える。
オスマンが出迎える本塔の玄関で馬車は止まり中から老人が現れ、一拍おいてから王女が現れた。
「なるほど、確かに可憐だな」
王女が生徒に向かい手を振ると辺りからは割れんばかりの歓声が上がった。
人気の秘訣は王女という地位もさることながら、彼女自身の美貌によるところも大きそうだ。
「大した人気だな」
「王女だからでしょ。あたしの方が美人よね、ダーリン?」
誰に言うでもなく呟いたつもりだったが、キュルケが目敏く反応してきた。
「ん~・・・そうだな」
「ちょっとぉ~今の間はなにィ~?」
留学生という話だったからだろうか、キュルケはあまり王女に興味は無さそうだった。タバサはタバサでいつものごとく本の虫と化している。
対照的にギーシュは熱狂的に騒ぎ立てていた。ルイズはと言うと、顔を赤くして一点を見つめていた。
王女の方を見ているのかと思ったが、その護衛の男を見ているらしかった。羽付の帽子にヒゲをはやした長身の美丈夫だ。
(一目惚れか?)
ウェザーは勝手にそう思った。


夜になり部屋に戻ってもルイズは惚けていた。
顔を赤くしたまま俯いたり天井を見上げたり、ベッドに寝転がると枕を抱いてあっちへコロコロこっちへコロコロとせわしなく動いている。
よっぽど王女が好きだったのだろう。ビートルズやマイケル・ジャクソンを直で見たファンが卒倒してしまったなんて話をよく聞くからな。
ルイズの奇行を眺めているその時、廊下で空気の乱れを感知した。寮生ではない初めて感じる風だ。しかも徐々にこの部屋に近づいてきているらしい。
警戒してドアを見ていると不規則なノックがされた。
それが聞こえると惚けていたルイズがベッドに寝たままの姿勢でドアまで跳び、少しだけ開けた。隙間からは黒いローブを被った人間が見える。
「まさか・・・姫様?アンリエッタ様ですか?」
「そうよ、あなたのお友達のアンリエッタよ!ルイズ会いたかったわ!」
そう言ってローブを取り払うと確かに今日見たアンリエッタ王女その人であった。
アンリエッタはドアを押し開けてルイズに抱きつこうとしたが、それよりも速くルイズの掌底がアンリエッタの顎をかち上げた。
「巨乳だなてめー・・・」
「何ッ?」
たまたま部屋の前を通り過ぎようとしていたタバサが室内に入ってきて二人してアンリエッタを蹴りまくる。
「巨乳か!」「巨乳かッ!」「巨乳かッ!」「巨乳かッ!」
激しい蹴りの嵐に晒されているアンリエッタは・・・なぜか笑顔だ。そこに騒ぎを聞き付けたキュルケが入ってきた。
「ちょっとルイズ!あんた何して・・・」
しかし皆まで言う前にタバサの神速の掌底が口を塞ぐ。
「巨乳発見」
「なにィ?」
「巨乳か!」「巨乳かッ!」「巨乳かッ!」「巨乳かッ!」
アンリエッタから標的を移したルイズとタバサのヤクザキックがキュルケに雨霰と降り注ぐ。
さすがに止めた方がいいかと声をかけようとした時、文句を言いに来たモンモラシーが現れた。
「あんたらうるさァーーいッ!」
眉を吊り上げながら飛び込んできたモンモラシーだが今度はルイズとタバサのダブル掌底が炸裂した。
ああ、人間の目からはマジで火花が出るんだなあ・・・
「テメーも巨乳か?」
「なに!」
「巨乳か!」「巨乳かッ!」「巨乳かッ!」「巨乳かッ!」
「くらえ!くらえッ!」「おらっ」「おらっ」「おらっ」
いつの間にか参加していたアンリエッタが二人を制する。
「待てルイズ。こいつは巨乳ではないようだ・・・なんだ、おい・・・ただの罪のない中乳だぜこりゃ」
「え、本当かよ!やばいわわたしどうしよう。弁償なんてできねーよ、わけてあげれる余裕のある胸なんか持ってねーよ」
「これか?うーむ確かにこの胸では分類しにくいな。
巻き毛に普通の胸は目立たないんだよなぁ~~~だがラッキーな事に、今のキャラの立ち位置ならギーシュとくっつく未来が見えない事もない。
死亡フラグを立てなけりゃ大丈夫だぜ」
「そう、まあ・・・しょうがないわね。ついでよ、こいつに『探知魔法』をかけてから話しましょう」


「で?ルイズご乱心の理由はなんだ?」
「やあねえ、わたしと姫さまの間で昔から行われてきた挨拶よ」
「驚かせて申し訳ありません。懐かしくてつい・・・」
「驚いたってレベルじゃなかったがな」
蹴りも掌底も全て『ふり』らしくアンリエッタはまるで傷をおっていない。
後からのってきたタバサと巻き添えをくらったキュルケとモンモラシーは知らないが、ケガをしていないところを見ると『ふり』らしかった。
「で、そのルイズと旧知の麗しの姫殿下様がこんな時間に何の用なのかしら?」
キュルケが乱れた髪を手櫛で直しながら尋ねる。ゲルマニアからの留学生だからかどこかぞんざいな感じが見受けられた。
ルイズと共にベッドに腰かけているアンリエッタはウェザーとキュルケとタバサ、モンモラシーを順繰りに見て回りその後でルイズを見た。
その視線を受けてルイズが一人ずつ紹介する。
「あそこの赤い髪の彼女はキュルケと言ってゲルマニアからの留学生です。椅子に座って本を読んでいるのがタバサ。窓際の巻き毛の彼女はモンモラシーです」
キュルケとタバサはまるで気にした様子もないが、モンモラシーだけは姫殿下に紹介されてかなり緊張しているらしい。会釈がぎこちなかった。
「それでルイズあの人は?私ここに入った時から気になっていたのよ。だってあなたの恋人なんでしょう?」
いきなりの爆弾発言にルイズは目を白黒させながらしどろもどろに答えた。
「は?な!え?ち、違います!あんな角生えた帽子かぶるようなセンスの男が恋人なわけないじゃないですか!」


慌てて否定するルイズに対してキュルケがウェザーにすりよってきた。
「そうよね~、ダーリンはあたしの恋人だもの」
豊満な胸を押し付けているキュルケをルイズが睨む。あまりの剣幕とさっきの挨拶のせいかキュルケは思わず飛び退いた。
「あれはわたしの使い魔です」
「でもどう見ても人間・・・」
「人間です」
その言葉にアンリエッタはポカンとしたが、すぐにクスクスと笑いだした。
「ルイズ、あなたって昔から不思議なところがあったけれど、スゴいわ」
「ははは・・・」
乾いた笑いのルイズだった。
「王女様は昔話をしにきたのか?」
ウェザーが横から口を挟むとアンリエッタは少し渋ったが、改めてルイズを見据えた。
「実はね、あなたにお願いがあってきたの。あの『土くれ』のフーケを倒したあなたにしか頼めないの」
するとキュルケが不満そうに口を挟んだ。
「お言葉ですけど姫殿下様、『土くれ』討伐の場にはこのキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルト・ツェルプストーもいましたのよ」
「フォン・ツェルプストー!かの家の者までが!そう言えばフーケを捕らえた者の中にキュルケとタバサという名がありました」
アンリエッタはにわかに喜びだすと、内密な話です、と前口上を置いて話し出した。
「実はですね・・・」
「あの~・・・」
モンモラシーが申し訳なさそうに挙手をして話を切った。全員の視線が刺さる。
「なんかヤバそうな話なら私はパスしたいな~・・・なんて」
「確かに、王女の密談を聞いたのなら従わなければ殺されるな・・・」
「私はフーケ討伐にも参加してないし、本当物騒なことは嫌いなんです・・・」
「いえ、わたくしも無理強いするつもりはありません。今日わたくしがここに来たことを他言しないと誓ってくださるのならばわたくしは何も申し上げませんわ」
アンリエッタの言葉にモンモラシーはほっとした表情になる。
「だ、そうだが、お前の覚悟を聞かせてもらおうか?」
ウェザーはいきなりそう言うともたれていた扉を開けた。すると誰かが転がり込んできた。
「うわあ!」
ギーシュだった。


「盗み聞きしてた覚悟のほどをお聞かせ願おうか」
仰向けにひっくり返っていたギーシュは素早く立ち上がるとなぜか敬礼の姿勢をとった。
「姫殿下!あなた様の憂鬱、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに打ち明けられませ!」
「グラモン?あの、グラモン元帥の?」
「息子でございます。姫殿下」
「あなたもわたくしの力になってくれるというのですか?」
「姫殿下のお力になれるのであれば、これはもう、望外の幸せにございます」
その目はいささか熱っぽすぎるが、アンリエッタは納得したようだ。モンモラシーが扉に向かう。
「それじゃあ私はこれで・・・」
「みんな、モンモラシーの口の固さはこの僕が保証しよう」
「あなたの尻の軽さはみんなが保証するけどね」
「も、モンモラシー・・・」
憎まれ口を叩きあってモンモラシーは帰っていった。
「それでは皆さんにお話し致します」

ギーシュが部屋に戻るとモンモラシーが扉にもたれていた。ギーシュに気付くと物憂げな眼差しをギーシュに贈る。
「待っていたのかい?」
「ギーシュ・・・なんだか私心配になってしまって。あなたが遠くにいってしまう気がするの・・・」
モンモラシーが胸に飛び込んでくるのをギーシュは優しく受け止めた。
「大丈夫さモンモラシー。当然わけは話せないが僕は明日早くにここを出立する。けれど必ず帰ってくるから、どうか涙を拭いておくれよ、僕の愛しい女神」
キザったらしくモンモラシーの涙を掬うギーシュにモンモラシーは安堵を感じた。
「ギーシュこれを持っていって」
モンモラシーがやや大きめの小ビンをギーシュに渡す。中には銀色に光る液体が入っている。
「これはもしかして薬かい?」
「まだ上手く作れなくてそれだけしかないの・・・傷に塗るだけでも効果はあるはずよ」
「ありがとうモンモラシー」
ギーシュはモンモラシーの額に口付け、モンモラシーとおやすみを言い合った。


「なんだか面倒くさそうねえ」
「ならば受けなければ良かった」
タバサの部屋のベッドを占領したキュルケが愚痴るようにこぼした言葉にタバサは律儀に応えた。
キュルケは寝返りをうち仰向けになると頬杖をついてタバサを見やった。寝巻きに着替えるタバサの体のラインが月の光によって浮かび上がる。
「だってぇ、あの王女様ったらルイズばかり褒めるじゃない?ルイズが注目されてあたしが注目されないなんて有り得ない!」
力強く言いきったキュルケにタバサはため息で応える。着替え終えたのでキュルケをどかそうとするがまるで動く気配がしなかった。
むしろボタンの掛け違いを指摘されて直されてしまった。
「それにそれを言うならあなたこそモンモラシーと一緒に抜け出せばよかったのに。あなたこういうの嫌いでしょ?」
キュルケが上目遣いで見つめてくるのを正面から受けていたタバサだったが、すぐにそらしてしまった。
「・・・心配」
キュルケは一瞬きょとんとしてしまったがタバサの顔が赤いのに気付くと手を引いてベッドに倒して抱きついた。
「あーん、あなたってば本当に良い子ね。あたしは良い友達を持ったわ。キスしていい?」
「それはダメ」
「つれないわねぇ・・・じゃあ今日だけ一緒に寝ちゃダメかしら?」
「・・・かまわない」
「ありがとうタバサ」
その日タバサは抱きついて眠るキュルケの胸を枕代わりにした。巨乳も悪くないと思えた。

寮の廊下をアンリエッタとウェザーが並んで歩く。ルイズの命令でアンリエッタを護送しろということだった。
無言に耐えられなかったのかアンリエッタが口を開いた。
「あの、あなたは本当にルイズの使い魔なのですか?」
「そうらしいな」
前を見たままウェザーが答える。また無言。
「あ、あの!わたくしの大事なお友達をどうか守ってくださいね」
そこではじめてウェザーがアンリエッタの方を向いた。
「そう思うのなら・・・ルイズにあんなことを頼むべきじゃあなかったな」
「え?」
「ルイズを――お友達を守れと言うが、そのルイズにふりかかる火の粉はお前が招いたものだし、お前がルイズに被れと言ったことだ・・・」
責めるような調子でないことが逆にアンリエッタの胸に深く刺さる。
「そんな、わたくしは・・・ただ・・・」
「お前はただ友達だからと話をしたんだろうが、ルイズはお前だからこの依頼を受けたんだ」
アンリエッタはハッとした。頼むだけなら他の者でも良かった。依頼の内容が内容だが、ルイズを危険にさらす必要はないのだ。
だのにルイズはまるで躊躇する様子もなく快諾してくれた。しばらくぶりだというのにルイズは昔と変わらない態度で接してくれた。
今のアンリエッタの周りにそうしてくれる者がはたして何人いるだろうか。
「いい友達を持ったな・・・」
「ええ・・・ええ・・・」
アンリエッタの青い双眸からは涙が止めどなく溢れていた。

一人になった部屋でルイズはアンリエッタの話を反芻していた。反乱を起こしたアルビオン貴族派に対抗するためにゲルマニアと同盟を結ぶこと。
そのためにはアンリエッタがゲルマニア皇室に嫁がなければならないこと。
しかしそれを脅かす材料があること。姫様からの依頼とはこの不安材料――ウェールズ皇太子が持つ手紙の回収であった。
「はあ・・・」
ルイズがため息を漏らすのはその依頼の難易度ゆえにではなかった。いかな困難もアンリエッタのためならば辛くはなかい。
ウェールズ皇太子のことを話す時の姫様のあの憂いを帯びた瞳。あれは間違いなく恋する女の瞳だった。
ウェールズは凛々しく、アンリエッタとならさぞやお似合いだろう。しかし政治に携わる者の宿命か、二人は引き離されようとしていた。
自分がすることは二人にとって本当に良いことなのだろうか?
アンリエッタから授かった『水のルビー』を明かりにかざしてみる。心を落ち着かせるような光が反射したがルイズの心中は複雑だ。
「わかってるわよ・・・個人よりも国だってことくらい・・・」
ルイズの一人言は、しかし虚しく部屋の壁に吸い込まれるだけだった。


朝霧の中、ルイズ、ウェザー、ギーシュ、キュルケ、タバサ、シルフィードが正門に集まった。ルイズ、キュルケ、タバサがシルフィードの背に乗り先行する。
ウェザーとギーシュは馬だ。
「あなた馬に乗れないんじゃないの?」
「尻の下にクッションを敷けば問題ない」
空気のだが、とルイズに答えた。
話によるとかなりの距離を行くらしく、しかもいつアルビオン王家が敗れるかわからないので急がなければならなかったがこれで何とかなるだろう。
「でも今日に限ってスゴい霧ね。幸先悪いわ」
「ああ、それは俺だ。あくまでこれは隠密だから姿を隠せる。誰が見てるか分からないからな」
ルイズ以外の三人はへ~と驚いていた。
「ねえやっぱり先住魔法なの」
「・・・さあな」
出発の準備を着々と進める中でギーシュが困ったように言った。
「僕の使い魔を連れていきたいんだ」
「連れてくればいいじゃない」
ルイズの言葉に笑みを浮かべたギーシュが地面を叩くとそこが盛り上がり巨大なモグラが現れた。
「ヴェルダンテ!ああ!僕の可愛いヴェルダンテ!」
モグラに抱きつくギーシュに周りは引いた。
「ジャイアントモールじゃない。ダメよギーシュ。私たちの目的地はアルビオンなのよ。地中を掘り進む生き物を連れてはいけないわ」
それを聞いたギーシュはがくりと両膝を地面についた。
「絶望した!使い魔に冷たい世界に絶望した!」
両手を持ち上げて何か言っているが気にしない。するとモグラが鼻をひくつかせながらルイズを押し倒したのだ。
「ちょ、ちょっと!や!どこに触ってるのよ!」
ルイズは必死に抵抗するが、何かの遊びと勘違いしたシルフィードがダメ押しとばかりに混ざり出してなすすべがないようだ。
モグラはルイズの右手に光るルビーに鼻を擦り付けている。
「ほう、ヴェルダンテは宝石が大好きなんだ」
ルイズはルビーを守るために必死だが、相手は小熊くらいのモグラと竜だ。勝ち目はない。
しかしこのままでは出発できない。キュルケもタバサも見ているだけなのでウェザーが止めるはめになった。
一陣の風が二匹を吹き飛ばす。その際ルイズのスカートもめくれたが見なかったことにした。
「遊んでないで行くぞ」
「遊んでんのはこいつらでしょ!」
憤慨したルイズが二匹の額に大きなたんこぶを作った。
シルフィード組と馬組に別れ、シルフィードが羽ばたき霧の外を目指して飛び立ったのを合図にウェザーとギーシュが正門を出た。
しかしウェザーはすぐに止まって後方を見つめる。
「どうしたんだねウェザー?」
「・・・いや何でもない」
何か帽子を被った長身の人影が霧の中をさ迷っていてすれ違った気がしたが、ギーシュにせかされて先を急いだ。

アンリエッタは学院長室から霧を抜けて走り去る一団を見つめると、目を閉じて祈った。
隣ではオスマンがその尻を撫でるかどうするかで真剣に迷っていた。やれば罰が、やらねば今まで築き上げてきた全てが崩れる気がした。
「見送らないのですか?オールド・オスマン」
「いや、見るだけでは惜しい尻ですからな・・・」
「お尻?」
「いやいやなんでもありませんぞ!」
「心配はないのですか?」
「すでに杖は振られたのですぞ。それに若い者のすることに老人は口を挟むものじゃありませんでな」
その言葉にアンリエッタは頷いた。災厄を被せた以上彼女にできることは全ての結果を受け入れることだけだった。
「なに、心配せんでもあのミス・ヴァリエールの使い魔がおれば大丈夫じゃて」
アンリエッタはあの無口な横顔を思い出す。
「彼は・・・そんなにも?」
「ギーシュ・ド・グラモンとの決闘を軽く制して『土くれ』討伐も彼がいなければ成功しなかったという。雲のように捉え所のない男じゃがただの平民ではあるまい」
「そうですか。ならば信じましょう。その雲がみなを優しく包んでくれると」

アンリエッタが窓から見上げた空には黒い雲が迫っていた。どうか彼らの道が暗雲に覆われることのないようにと祈った。

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