ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

この宇宙の果てのどこかから

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匿名ユーザー

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 わたし――ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール(いちおう名乗っておく)が『ゼロ』の二つ名を
懐かしむようになってもう随分の月日が経つ。
今のわたしの異名は(この名でさえ呼ばれることは今は無いが)『死神』だとか『悪魔』だとか、
まあ私自身より少しは可愛げのあるものだ。

 最初の出来事は、サモン・サーヴァントの儀式の日――いや、違う、あの日は何も起こらなかった。
そう、結局あの日わたしはあの神聖な儀式に挑み――そして失敗した。
召喚されたものは『生物』でなければならない、という前提ならわたしは確かに失敗した。
けれども贅沢の言ってられないわたしは、不本意ながらも『それ』を使い魔とし、
何とか退学だけは免れることが出来た。
だが、『あれ』はいつの間にかどこかに消えてしまっていた。

 そう、翌日の朝だ。起きてから部屋中を隅々まで探し回ったが、『あれ』の行方はわからず、
だがそのときのわたしは、ひょっとすると、『あれ』がわたしの知らないタイプのゴーレムで、
勝手にどこかに動いたのかもしれない(それでも許せないが)、などとのん気に構えていた。

 最初の犠牲者は、ギーシュだった。

 わたしは一人で食堂に降り、周りの嘲笑に耐えながらも始祖に祈りを捧げ、
ささやかな(一体どこが『ささやか』なのだろう?)朝食を摂っていた。

 突然、ギーシュの頭が爆散した。
飛び散った『破片』がわたしのスープの中に入ってきたことは鮮明に覚えている。
辺りは騒然とし、悲鳴を上げる者や今し方口にしたばかりのモノを吐き出してしまう者で溢れた。
わたしはあまりの光景にそのどちらの動きもとれず、目玉の浮いたスプーンを持ったまま固まっていた。
 無論、学院は上を下への大騒ぎで、学院中のメイジ(主には教師たちだったが、中には物好きな
生徒も大勢いた)がこの事件の原因、犯人を躍起になって捜し、授業が五日ほど中断されたが、
結局詳しいことはわからずじまいだった。

 使い魔がどこかへ消えてしまったというわたしの小さな事件は、その大きな事件の影ですっかり
忘れ去られていた。痛ましい記憶の覚めやらぬ内、授業は再開された。
教室内ではまだすすり泣く声が絶えず聞こえていた。そう、教室には二人の生徒が欠けていた。
ギーシュ・ド・グラモンの恋人だったと噂されていたモンモランシーは、事件以来一歩も部屋を出ず、
食事もろくに摂っていないと聞いた。
 ミス・シュヴルーズがギーシュの冥福を祈り、わたしたちもそれに続き、悲しみを吹っ切れぬまま
(当然だろう)授業が始まった。わたしはどこか上の空で、多分他の生徒もそうだったと思う。
だがわたしが特に目立ったのだろうか、錬金を実践してみろと指名された。彼女はこの雰囲気の中でも
授業をきちんとこなそうとし、そういう意味では立派な教師といえた。わたしが魔法を使うと知ると、
他の生徒たちは一斉にそれに反対し始め、それでやっと現実に戻れたような気がした。

 わたしは、生まれて初めて、盛大に失敗しようと考えた。
いつもの様に、大失敗をすることで、ほんのわずかでも、『いつも』に戻れるような気がした。
多分だけど、他の皆もそうだったと思う。

 悲鳴が聞こえたのは、爆発の前だった、と思う。

 わたしは集中して杖を振るっていたので、何が起こったのかを知ったのは煙が晴れてからの事だった。
その悲鳴は、アルヴィーズの食堂に響いたそれを思い出させた。
 よく見ると、洗濯したばかりの自分の真っ白なシャツに、何かペンキの様なものがかけられていた。
ミス・シュヴルーズの脇腹がごっそり無くなっていた。そのとき私は初めて人前で嘔吐した。

 その後の話を聞けば、どうやらミス・シュヴルーズは石礫で殺されたという。
しかし、それがどこから飛んできたものかはわからなかった。ギーシュの死因もどうやらそれだという。
まさか二度も至近距離であんなものを拝むことになるなんて思ってもみなかった。
その事でわたしは学院長に呼ばれることとなった。オールド・オスマンの秘書ミス・ロングビルの
言によると、石礫のコースと一直線上にわたしがいた、ということだった。
 ここからはわたしが直接聞いた話ではないのでどうとも言えないが、ギーシュの事件の時から
この事件を調べていた王宮の使者の推理では、ヴァリエールの三女であるわたしを狙った何者かに
よる犯行の可能性が高く――というわけで、わたしには護衛が付けられ(凄腕の者が多いという
理由から学院から出されることは無かった)、一般の生徒からは隔絶される生活を強いられた。
 自慢じゃないけど、頭のいいほうだと言い切れるわたしには、ある疑問が浮かんでいた。
ギーシュの時はともかくとして、ミス・シュヴルーズを殺した石礫は壁の向こうから
打ち出されたものだった。一体、どうやってわたしに狙いを定めることが出来たのか。
出来たとして、なぜわたしには当たらなかったのか? あれだけの威力で、破片すら当たらなかった。
壁を打ち砕き、目にも留まらぬスピードでミス・シュヴルーズを貫いたというのに。
ギーシュの『破片』も、ミス・シュヴルーズの『血』も、真っ直ぐわたしの方へ飛んできた。
貫いた石礫はどこに消えた?

 『土くれ』のフーケが捕縛された。
 わたしの護衛のために学院に駐在していた婚約者、ワルド子爵の活躍によるものだった。
憧れの人がわたしを護ってくれ(会う機会は少なかったが)、その強さを知り、わたしは嬉しかった。
驚いたことに、フーケの正体はミス・ロングビルだった。

 暗殺者の正体はフーケだった、ということで話は落ち着き、わたしは普通の生活に戻ることとなった。
その時は嬉しかっただろうとは思う。けど、今なら思い出せる。本当は、不安だった。
その不安も、すぐに吹き飛ぶ。より陰鬱で暗澹としたものが心を覆いつくしたからだ。

 モンモランシーが服毒死した。――というよりは、ほとんど餓死に近い形だったと聞いた。
少し、詳しい話をしておこう。わたしが他の生徒から隔離されている間、ギーシュの部屋が整理された。
その机の引き出しの中には、結局生前には渡されることのなかった、モンモランシーへの愛を
綴った手紙が溢れていた。その内にはこんなことが記してあったそうだ。
   『死しても君を愛す』
その手紙を見て以来モンモランシーは茫然自失し、わずかにでも摂っていた食事にも手をつけなく
なってしまった。ガリガリに痩せこけた彼女を心配した先生方が無理矢理連れ出し、医務室にて療養を
とらせた。少しづつ体調が回復し、先生方が目を離しかけた矢先のことだった。
 遺体の顔は安らかなものだったと聞く。右手にはギーシュの手紙が握られ、左手には、今際の際に
したためたのだろう、震えた文字の手紙が握られていた。
   『永久に』

 わたしは、モンモランシーの死を伝聞でしか知らない。だが、彼女はわたしが殺したのだ。

 伝聞を話しているだけならいい。まだ、自分の目の前で起こらないだけましだ。
思い出すのも辛い事がある。忘れたくてもこびり付く記憶がある。

 キュルケと夕食を摂っていた時のことだ。
どういう風の吹き回しか、その晩、キュルケはわたしを夕食に誘った。
正直を言えば、私も一人は辛かった。だから、この申し出はありがたかった。
わたしと、キュルケと、もう一人、キュルケの友達のタバサ。久々に誰かと食べた食事だった。
キュルケは相変わらずわたしを『ゼロのルイズ』と馬鹿にし、プロポーションを自慢して見せ、
わたしはそれに猛烈に怒り、タバサは興味なし、といった風に食べ続ける。そんな夕食だった。
 覚えている。流れ星が見えた。猛烈に輝いていた。
わたしが怒りの雄叫びを上げていると、キュルケと、タバサまでもが目を引ん剥いた。
そこまで驚くことだろうか。いや、違う。二人の視線の先にあったのはわたしではなかった。
スープの味がおかしい。背後で何かが崩れる音がした。わたしは絶対に振り向きたくなかった。

 泣きたいのに涙が出ないというのは、きっと死ぬより辛い。
死んだのは、『風上』のマリコルヌ。顔は、もう、忘れた。
ともかくも、その日からわたしのことを『ゼロのルイズ』なんて馬鹿にする奴はいなくなった。
『死神』とか『悪魔憑き』とか、遠巻きにわたしを蔑む連中が日に日に増えた。
 一連の事件の元凶が私であるらしいことはすぐさま学院中に知れ渡り、教員側も対応せざるをえず、
わたしは再び学院の片隅に幽閉された。が、わたしの身に何が起こっているのかはようとして知れず、
何か未知の魔法、呪いの類ではないかなどとの憶測でしか語られなかった。

「大体『ゼロ』のアンタにそんな大層な事が出来る訳ないでしょ。自惚れるのも大概にしなさいな」

 いつだったか落ち込むわたしにキュルケはそんなことを言ってくれた。
 そうだったらよかったのにな。

 わたしの身柄はそれから二週間ほどの後に実家に送られると、ミスタ・コルベールはそう伝えた。
退学処分、というわけではなく、病気療養という名目だそうだ。わたしは嫌だった。
学院を離れること、というよりも、今のわたしが家族に会うことが嫌だった。
飛んでくるのはたかだか石礫。実家ならなんらかの対処はできるかもしれない。けど失敗したら?
 幽閉されてから3、4日ほどして、わたしの部屋の壁が砕けた。宝物庫ほどではないにしても、
かなり強力な固定化を軽々と打ち破ったそれに教師たちは戦慄した。例によって、わたしは無傷だった。
わたしはその穴から逃げ出してしまおうかと考えたが、すぐにその穴はふさがれた。食事を運びに来る
メイドが震えているのが、ぶ厚い壁越しにもわかるようになってきた。
 部屋の四方の壁、全てにボコボコの穴が開いた。もはやその部屋は使い物にならなくなった。
恐らく学院中、いかなる部屋、いかなるメイジだろうと、それを防ぐことは不可能だと悟った。
どこか遠くへ行かなければ、きっとまた人を巻き込む。実際、たくさんの流れ星を見たあの日、
何人かの生徒や教師が狙われたかのように石礫に貫かれ、全員死んだ。

 この辺りの記憶は、どうも曖昧だ。毎日わたしのところに来てくれたミスタ・コルベールが
来なくなった事で、彼が死んだろうことは推測できる。ヴァリエール家からの迎えはあったのか?
 何故か学院内を普通に出歩いていたことは記憶にある。閉じ込められていたはずなのにどうして?
わたしを見た生徒は大抵がすぐに逃げ出したが、何人かの生徒はわたしを殺そうと襲ってきた。
それは自衛の為だったり、恐怖の種を打ち消すためだったりしたのだろう、と思う。中には、
誰かの名を叫びながらやってくるものもあった。多分、復讐だ。勿論、全員、死んだ。

 キュルケがいなくなった頃には、学院の生徒の大半は自分の実家へ避難し、学院にかつての賑わいは
もうなかった。聞くところによると、近頃はだいぶ落ち着きを取り戻しつつあるようだ。

 ――いなくなった?
 ああ、そうだ、思い出した! なぜ今の今まで忘れていたのだろう! だって思い出したくなかった!

 キュルケはもう死んでいた!

 もう学院を出て行こう、そう思って色々支度をしていた頃だった。どうせ一箇所に留まっていても
人は死ぬ。だからわたしは気兼ねなく部屋の外に出た。誰もわたしを止められない。奇妙な達観だった。
 キュルケだけはわたしにいつも通りに接してきた。嬉しいけど、だからこそ近付いてほしくなかった。
タバサも危険だ、とキュルケを引き止めようとした。
 だってそうじゃないの、わざわざ死にに来ることはない。誰だって、わたしだってそう思うわ。

「キュルケ! 鬱陶しいから付きまとうのはやめて! 死にたいの?」
「ふざけた事言わないで。『ゼロ』のルイズがわたしを脅そうなんて、百万年早いのよ!」
「ツェルプストーの女にストーカーされるいわれなんて、由緒正しいヴァリエールにはないのよ!」

 タバサに目で訴えた。力づくでもいい。わたしのともだちをわたしから遠ざけて、と。
 わたしの訴えは伝わった。だが、遅すぎた。

 わたしは、恥も外聞もなく、キュルケを力いっぱい抱きしめた。
だって、わたしが支えてあげなければ、キュルケはもう立てなかったから。
なんでツェルプストーの女ってば、こんなに馬鹿なのだろう?
一番痛ましかったのは、キュルケが即死しなかったことだ。
いつもわたしを見下ろしていたキュルケの自慢の体は半分にちぎれてしまっていた。

「…な、まい…きね……『ゼロ』…のルイズが…アタシを見下ろそう…なん、て…」
「キュルケ…キュルケッ!」
「…め…ね……泣…し…ちゃって……」

 あんまりです、神様。

 首を吊った。手首を切った。崖から飛び降りた。毒を飲んだ。井戸に飛び込んだ。火に飛び込んだ。
 全部失敗した。わたしがそうしようとする直前に、『それ』が全てを破壊していった。
 その度に、人が死んだ。

 わたしは馬を一頭連れて、学院を去った。どうせこの馬もすぐに死ぬのだろうが、それまでに少しでも
人のいる場所から離れたかった。馬も何かを感じているのか、なかなか先に進んでくれないが、それでも
歩くよりはずっと早かった。

 一日も走らないうちに、馬は突然死んだ。石礫ではない。全身から氷の柱を生やしていた。
見上げると、風竜に乗った少女がこちらを睨みつけていた。
あの無口で無表情な彼女があんな顔をするのだということを、わたしは初めて知った。
 わたしはその場を逃げ出そうとしたが、遅かった。
彼女が呪文を唱え終わらないうちに、乗っていた竜がはじけた。彼女は受身をとれずに地面に落ちた。
足が一本もげていたが、どうやら生きていることを確認すると、わたしは走りだした。

 力の続く限り走った。人の通りそうな道は避けて通ったので、体力の限界が来るのも早かった。
結局それからのわたしはつい最近まで山の中で人目を避けて潜んでいた。
食料に困ることはなかった。毎日毎日、大動物や小動物の新鮮な死体が転がっていたし、その気になれば
草だって食べた。慣れるのには時間がかかり、最初は何度も吐いていたが。

 山を降りたのはたまたまだった。好奇心からいつもの縄張りから抜け出し、
あてどなくさまよっていると、いつの間にか山から出ていた。道なりに行くと、村があった。
山に戻ろうかと思ったが、勇気を出して村人に話しかけてみた。
 村人はわたしの身なりにひどく驚いた。敗残兵か没落貴族かなどと口走り、話が噛み合わなかった。
どうにか落ち着いて話を聞いてみると、戦争があったらしい。
このタルブという村も酷い被害を受け、たくさんの女子供たちが死んだという。
レコン・キスタという勢力に対抗するため、アンリエッタ姫はゲルマニアとの政略結婚をしようと
したのだという。
が、その結婚もご破算になり、さらには臣下の裏切りに遭い、ギロチンにかけられたそうだ。
つまり簡単に言うと、負けた。今のトリステインには共和制の波が押し寄せている。
貴族たちは家を取り潰され、中でも有力な貴族たちはやはりギロチンにかけられた。

「首都には今でもクソ貴族様たちの首が晒されてるってよ。ざまぁ見やがれだ!
 あのアンリエッタとか言う淫売があんな無茶な戦争さえしなきゃよう……。
 娘の、シエスタの仇だ! アイツの顔に唾を吐きかけてやった!」

 わたしは初めて自分の意思で人を殺した。

 ふと、タバサのことが気になった。けど、どうこうしようとは思わなかった。
風の噂ではタバサはあれ以来心を病み、母親と一緒にどこかで療養しているという。

 わたしはと言えば、結局今も山の中で暮らし、今となっては誇るべきものだった『ゼロ』の記録を
更新し続けている。出来る事なら、途切れさせたくはないものだと思う。
 時々、どこかに消えた使い魔のことを思い出す。あの薄っぺらい銀の鏡に映るわたしの顔には、
いつも穴が開いていた。その隣に映る不気味な亜人の姿は、今になっても頭から離れない。

 今日も、死傷者はゼロ。

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