ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-16

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ルイズはその魔法を即座に思い出した。
『ライトニング・クラウド』
雷を発生させる凶悪な攻撃魔法、それが扉にいた四人のワルド、風の遍在に
よって放たれたのだ。
青白い光が空気中をジグザグに走り、炸裂。よくて大怪我、悪ければ死亡。だが、
ルイズとキュルケ、タバサは怪我ひとつしていなかった。
失敗した、わけではないはずだった。空間を叩き割る音、それがいまも耳鳴り
として残っている。
耳鳴り、とは。
「ンドゥール!」
ルイズが呼びかけるが、返事はなかった。彼は杖を突いたまま立ち、微動だに
していない。心配は杞憂に終わったのか、いや、そうではなかった。彼はただ、
倒れることを拒否しているのだ。耳の穴から真っ赤な液体が流れ出しているにも
かかわらず。
「保険が効いたみたいだ」
ワルドが服のほこりを払い、立ち上がった。ウェールズたちは逆に窮地に立たさ
れてしまった。一人と四人、計五人のワルドに囲まれている。式の前からすでに
作り上げていたのだ。ンドゥールは呪文を聞いていたかもしれなかったが、どの
ようなものかはわかるはずもない。
「……よくぞ四人も遍在を作り上げるものだ。その技量には敬服しよう。しかし、
同じことができないとは考えなかったのか」
ウェールズが腕を押さえながら言った。苦渋に満ちた顔。
「そんなことはない。だが、詠唱の暇は与えなければ問題はない!」
戸から四人のワルドが襲い掛かる。杖は魔法を付加され、鋭利な刃物と化している。
ウェールズが女子たちを守るために立ちはだかろうとする。しかし、一体はふわりと
彼を飛び越し、四人に向かっていった。
「もらった!」

遍在のワルドが持つ杖、その切っ先がンドゥールの肩を突き刺した。もちろん
頭部を狙ったものだったが、ほんの一瞬早くルイズが彼を突き飛ばしたのだった。
「いい判断だよ」
本体のワルドがその遍在を自分の下に引き寄せた。
「しかし、先延ばしにしたに過ぎない。婦女子方、覚悟はよろしいかな」
笑ってそんなことを口にする。ンドゥールに止めを刺さないのは、いつでもできる
からである。聴覚を破壊されては、ただの死んでいないだけの男だ。そんな死に
際の相手より生きて牙を剥いている方に目を向ける。集団で戦う際には当たり前だ。
それが、普通の相手であったならばだが。
ワルドは嘗め回すようにルイズたちを見やる。三人は杖を向け、戦う意思を見せて
いる。どうも大人しく命を絶ってはくれなさそうであった。トライアングル二人と、いまだ
自分の力を理解していないメイジ、実質二人のスクウェアを相手にするには不足である。
それに、敵はまだいるのだ。
礼拝堂に突如大きな振動が襲ってきた。
「なによ今度は!」
ルイズが声を上げる。響きは外から聞こえてくる。それだけでなく大地が不規則な震動を
している。明らかに自然の現象ではない。疑問に答えるように、いやらしさを含んだ優しい
声でワルドが言った。
「攻城が始まったのだよ。約束を守ると思っていたのかい?」
ルイズとンドゥールの二人は横っ腹を空気の塊で殴られた。力は強く、大きなゴーレムに
殴られたかのようだった。
キュルケが炎を生み、タバサが氷の槍を作り向かわせた。だが両者とも強力な風に煽られ
あらぬ方向へ飛ばされてしまった。しかし、二人のワルドは優位さを確かめるよ うに静々と近寄って
きている。
「ルイズ。君は諦めないのだね」
「当たり前だわ。殺されるのは嫌だもの」
「でも、どうやってだい? 後ろの級友も不安げな顔つきだ。味方を巻き込んで自爆してくれるのなら
手間も省けるんだが」
嫌なところを突かれた。
(でもわたしにはこれしか戦う方法がないんだもの。仕方ないじゃな……まだあったわ。戦う術は
なにも魔法だけじゃない)

ルイズは地面に転がっていたデルフリンガーを拾った。手にずしりとくる重たさだが、
振れないことはない。むしろちょうどいいぐらいだ。剣もよろこんで手伝うといってくれた。
「伝言だ! 時間を稼げ、だとよ!」
デルフリンガーがそう言った。それはンドゥールが、あのような状況でもいまだ諦めて
いないこと、勝利を模索していること。
それは勇気を与えてくれる。不屈の魂がルイズの幼い身体を奮い立たせる。
彼女は剣を構え、まさしく騎士のような姿を取った。
ワルドは驚きながらも若干楽しそうに声を上げた。
「すばらしいよ。君はいい。妻になってほしかった女性だよ」
「ぜえったいに、いや!」
強い拒絶。その後に小さな笑いが起こった。
「見事に振られたわね。あんたは退場なさい!」
キュルケが火を放つ。タバサもタイミングをずらし、氷の槍を打ち出した。
風の盾で火を防いだのでこと受けきることはできない。ならばと、二人のワルドは
蝶のように舞い、華麗に避けて見せた。その最中にも魔法の詠唱をしていた。
それは風の魔法を使うタバサにはわかった。先ほどと同じもの。
『ライトニング・クラウド』
二つの雷が絡み合いながら三人に襲い掛かった。
炸裂、またしても空気を叩き割る音がした。ところが、タバサもキュルケも無傷のまま
だった。静電気すら起こっていない。その理由は、目の前の小さ な少女がその身で
庇ってくれたからだった。

ルイズは、立っていた。二つの足と一つの剣で身体を支えていた。両腕が焼け爛れ、
今にも気を失ってしまいそうだった。だが彼女は朦朧とした意識である疑問にぶつかっていた。
それは単純なことである。
なぜ生きているのか――
彼女はおちこぼれではあったが勉強には熱心だった。そのためワルドの使った魔法がいかな
威力か、それは頭に入っている。だからこその疑問。まず、 二重で受けてしまえば生存できる
はずがないのだ。
「……イズ!」
誰かの声が聴こえた。心配してくれるのがよくわかった。
頭の中は衝撃で混濁している。家族や友達、使い魔の顔が浮かんでくる。そして、憧れていた
男の顔も。いまそれは憎き敵である。忘れてしまいたい。記憶を消してしまいたい。でも、それ
は逃げだ。敵から逃げてはいけない。
戦わなくてはいけない。ルイズは叫んだ。
「キュルケ! タバサ! わたしが守るから好きにやって!」
「……わかったわ!」
今度はキュルケはより巨大な炎を作り出した。さらにタバサは風を吹かせ、その炎を圧倒的な
津波へと成長させる。それが飛んだ。
あまりの巨大さ、避けれるものではない。ワルドは二人で力を合わせ、その攻撃に飲み込まれ
ることのないように竜巻を作った。ワルドたちの目前で炎が壁となり視界を包む。だが、所詮、
それだけ。時間が経つにつれ徐々に勢いを弱め、彼の眼に三人の姿が映りこだした。
このとき、ワルドは不思議に思った。とっておきの攻撃を防いだのだ。
それなのに、なぜ、してやったりとした顔をしているのか。
視界が開けたまさにその瞬間、背後から答えが襲ってきた。

「ざまあ!」
キュルケが歓喜の声を上げた。彼女の自慢の使い魔、フレイムがワルドの背後から炎を
吹きかけたのだ。至近距離からのそれ、人間に耐え切れるようなものではない。見事に
ワルドの一人は消し炭になってしまった。
が、惜しいことに本体ではなかったようである。すぐさまフレイムは魔法で殴り飛ばされた。
「ひどいことをするわ。人の使い魔に」
そうぼやきながら、キュルケは事態が悪くなったことを悟る。もはや小細工は通用しない
だろう。ウェールズも三人が相手なため徐々に押され始めている。助けは来ない。
ンドゥールは意識が戻ってきているのかゆっくりと体を起こし始めているが、戦力にはな
らない。耳から血が出ているということは鼓膜を破られたのだ。
無音の暗闇に彼は閉じ込められている。
「さあ、もう十分だろう」
ワルドは笑っている。彼にとってこれはお遊びなのだ。子供が蟻をいたぶるのと同等。
それだけの実力差がある。キュルケはつばを飲む。汗が体中に浮かんできていた。額
に前髪が張り付い ていて、うっとおしかった。
「タバサ、あなたの使い魔は来れないの?」
「できない。レコン・キスタが邪魔」
キュルケが舌打ちする。
ワルドが呪文の詠唱を始めだした。キュルケも対抗して魔法を唱える、が、杖の先から
炎は出てこなかった。魔力が尽きてしまったのだ。タバサは氷の槍を飛ばす。それは、
またしても軽々と避けられる。
詠唱が終わった。
『ライトニング・クラウド』

今度こそ死んじゃうかも。ルイズは雷を眺めながらそう思った。
悔しくてたまらなかったが身体の痛みが意識を朦朧とさせ、感情は爆発しなかった。
だから静かに思った。アンリエッタとの約束が守れなかった。ウェールズを守れなかった。
ワルドを倒せなかった。キュルケやタバサ、ギーシュを巻添えにしてしまった。
ただ一人の使い魔、ンドゥールになにもできなかった。

ごめん

青白い蛇はルイズに迫ってくる。彼女はそれを見て、死を嫌った。嫌ったものの、
受け入れるしかないと諦めたまさにそのとき、ひょうきんな声がした。
「思い出したぜえ!」
手に握っていたデルフリンガーが雄たけびを上げた。途端、その錆びついた刀身が
太陽のような輝きを放ち、殺意を持った雷という蛇を『食って』しまったではないか。
「雷を二発も食らったショックで思い出した! 俺はよお、あまりに暇だったんで身体
を変えてたんだ!」
輝きが収まると、そこにはいま磨き上げたかのような剣があった。
白銀のような美しい刀身だ。
「おい娘っこ、あいつの魔法は全部俺が止めてやる!」
「もっとはやく、気づきなさい、よ」
憎たらしい口を利かせたが、ルイズはほっとした。防御はこれでいい。あとは、後ろの
二人が、やってくれる。
そう『安心』して、彼女は気絶した。

「あとは私たちに任せなさい」
キュルケは倒れるルイズを抱きとめ、額にキスをしてデルフリンガーを取った。
びゅん、と、振ってからワルドに剣先を突きつける。ちらとウェールズを見るもこちらに
気を向ける余裕はなさそうだった。だったら自分たちだけでなんとかしてみよう。
「ねえ、ちょっと作戦があるんだけど」
「……わかった」
タバサに伝え終えると、キュルケはゆっくりと足をすすめ始めた。ワルドの杖はいま、
風の魔法が掛けられてあるようだった。白い竜巻のようなものがついている。確実に
それは彼女の肉体を貫くだろう。
キュルケは脳内でどう動くかを考える。先日のンドゥールとの決闘からして、剣で戦って
も勝ち目はない。どう攻めても防がれ、胸かのどか額に穴を開けられるだろう。ならば
どうしたらいいのか、簡単なことだ。
彼女は地面を 蹴った。
ワルドは迎え撃とうと、風のように静かに迫った。技量は天と地ほどの差がある。彼の勝利
は必然。
だからキュルケは、振りかぶった剣を目前で止めた。
「ほお!」
杖先は剣の腹に衝突した。キュルケはわかっていた。振り下ろそうと、払おうと、突きをしようと、
すべて避けられるか流されるかして杖先で貫かれるということを。だから彼女は、それらすべて
をしなかった。戦わなかった。防御に徹した。
それすらも難しくあったがワルドの慢心が可能にした。
しかし、そんなことをしたところで止められるのは一瞬だが、その一瞬さえあれば作戦は完成
する。キュルケはすぐさま後ろへ跳んだ。

ワルドは見た。タバサ、彼女の周囲には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの氷の槍が
浮かんでいるのを。十や二十どころではない。彼は後ろに下がり壁を作る詠唱を始めた。
おそらくそれでも防ぎきれない。ならばあとは肉体を駆使しかわすだけしかない。
風の壁を作る。氷の槍が飛来する。一撃でも食らえば致命傷になりかねない太さだ。
銃弾のごとき速度をもったそれらが風と衝突した。拮抗は一瞬、風は易々と槍を弾き飛ばしたかのように
見えた。だが、実際は違う。ワルドもそれに気づいた。
槍は、風の力を利用し方向を変えただけだったのだ。
新たに切っ先が向いたのは、ウェールズを狙っているワルドの遍在たち。急ぎ意思を送り、背後に迫る
脅威をどうにかするべく命令する。だが、ワンテンポ遅い。無傷ではすまないと判断し、一人が腹に槍を
ぶち込まれながらも呪文を詠唱する。他の二人は避けながら時間を待つ。やがて呪文が完成し、今度
こそ風は槍を散らしていった。

「甘く見ていたよ。なかなかやる」
ワルドは遍在たちを一旦自分の下に引き寄せた。五人が三人になっているが、これは
キュルケの計算違いだった。本来ならさっきの作戦で遍在を全て倒して、ウェールズに
とどめを決めてもらおうとしたのだ。
「タバサ、まだいける?」
小声で尋ねると、否定の返答がされた。これで魔力が残っているものはいなくなった。
ウェールズが彼女たちのもとにやってきて、眼前にたった。
「援護を感謝しよう」
「あら、どういたしまして。でも、どうします?」
「なに、勝算はないことはない。外の戦よりも遥かにましだ」
ウェールズは笑っていた。たしかに、三人を相手にするだけなのだから十倍以上の軍勢
とは比べようもない。
だが、そんな彼の笑みを吹き飛ばすことが起こった。
大地からより大きな震動が伝わってきた。
それはこれまでのものとは大きく違っていた。
真下からなにかが上ってきているのだ。
ウェールズはとっさの判断で四人をその場から突き飛ばした。
直後、彼の足元から何かが生えてきた。

「な、なんだこれは!」
ウェールズにはわからない。しかし、キュルケにはわかった。多少小さくなっていようと
間違いなかった。ほんの数ヶ月前、自分たちを殺そうとした女盗賊、フーケのゴーレム
だった。本人はウェールズの目の前にいる。
彼女は高笑いを上げ、ウェールズに詰め寄った。
「やあ、久しぶりじゃないかっていっても覚えてないでしょうねえ。あんたはまだガキだったもの」
フーケはうろたえているウェールズを一発、素手でぶん殴り地面に蹴り落とした。
彼はレビテーションを唱え、床に静かに降り立つ。頬を押さえフーケを見上げた。
「まさか、サウスゴータ家のものか」
「そのとおりだよ。なんだ、覚えてるんじゃないか」
フーケは笑っていた。どうやら二人の間にはなにがしかの関係があるようだが、それはいまは
どうでもいい。
問題は勝算が消えてしまったことである。
「そうそう、こいつらを渡しておくわ。なかなか頑張ったわよ」
彼女はゴーレムの中からギーシュとヴェルダンデを引っ張り出してきた。気絶しているギーシュ
をヴェルダンデが担いでウェールズたちの下に走った。
「言っとくけど、俺ができるのは魔法の吸収だかんな。あんなゴーレムを土
に戻すのは無理だぞ」
「役立たずねえ」
「うっせえ」
デルフリンガーに軽口を叩くも、キュルケの心には敗北感が広がり始めていた。
ウェールズも同様だろう。苦々しい顔をしている。
ワルドがゴーレムの影から姿を出す。もう一度魔法を使ったのだろう、五人に戻っていた。
これでもうウェールズに勝ち目は、なくなった。

ワルドが告げた。
「観念したまえ。王族らしく自決させてやるぞ」
「断る!」
「ではどうするのだ?」
ウェールズは苦虫を噛んだ。これでは勝てない。勝てるはずがない。それならせめて客人だけ
でも助けたい、と、彼は思っているが、目の前の敵がそれを許すはずがない。己の裏切りを知る
ものを生かしはしない。
ワルドはこの戦いが終わるとトリステインに戻り、そのまま魔法衛士隊に戻るだろう。誰もが婚約者を
失った彼に同情する。そして愛しい姫のそばに居座る。許せられない。しかし、それを止める力がない。
悔しさで死んでしまいそうだった。
ワルドが近づいてくる。ウェールズが睨む。
歩みは止まらない。
彼らに死が着々と 近づいてくる。だが、ウェールズはそんなものが怖いのではない。あの愛しい姫と、
勇敢な客人をみすみす死なせてしまうのが怖いのだ。
このとき、彼は始祖ブリミルに願った。みっともなく、助けてくれと。

それは、叶えられる。もっともそれはそんな大昔に死んでしまったものではなかった。
自分が間諜ではない証拠に、やろうと思えばいつでも殺せると証明した、物騒な男だった。


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