ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アンリエッタ+康一-10

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匿名ユーザー

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暗い、石の箱に押し込められたような感覚。
湿気ってカビ臭い、ツンと鼻につく匂いがするが男は鼻が麻痺して分からない。
体を少しよじったため、戦いと拷問で受けた傷がジクリと痛む。
この日の差し込まない牢獄に男は放り込まれてどれほどの時間が経っただろう。

まだ10日は経っていないかと男は思った。
毎日3回料理ともいえない、腐って虫が沸いたような食べ物が運ばれてきた回数で分かる。
国の姫を狙ったにしてはズイブンお優しいことだが、
まだ自分は知っていることを全て話したわけではないので餓死させるわけにもいかないのだろう。

反吐が出そうになりながら、出されたものは全て食べきった。
死にたくないからではない。
まだ死ぬのが得策ではないというだけの話だ。

自分は幾ら痛めつけられ精神的に追い込まれても、何も話たりすることはないと言いきれる。
だが魔法を使われれば話は別だ。
水の魔法で心を支配され、自分の知ることを全て話してしまう。
それだけは何としてでも阻止する。自分の命を捨てることによって。

ただ水の魔法で心を支配する場合、ともすれば対象者の心が壊れてしまうことがある。
故にいまだその段階に移らずに、男はこうして命を永らえさせている。
それだけの話だ。

(だが、その時は、やって来る。遅かれ、早かれ……)

ピチョリと石壁の隙間から落ちてくる水滴を見つめる。
何度水滴が落ちてくるのを見ただろう。
とりとめもないことを考え、男の鍛えてある耳が別の音を捉えた。

ギギギィと耳障りで、男にとっては厄介事を運ぶ疫病神か。
牢獄への扉は開かれ、闇に薄ぼんやりと光が浮かぶ。
石畳をカツン、カツン、と誰かが歩く音が牢獄の中でこだまする。

光が男に向いた。暗闇に閉じ込められ、男には光が途轍もなく眩しい。
思わず鎖に繋がれた手で光を遮り、顔を背ける。
そうする間に誰かは男にゆっくりと近づく。
最後にチャラリと小さく音がして、誰かは立ち止まった。

少し光に慣れてきた男は、瞼を少しだけ開いてみる。
目の前に立つ誰かは小柄で男性にしては随分と背が低い。
右手には松明を左手には棒切れのような物を握っている。
ようやく男は瞼を完全に開けられ、その者の顔を見た。

………だが男は自分の目がおかしくなってしまったようだと思った。

何故コイツがこんな所にいるのだ。

軽快そうな、それでいて豪奢なドレス。
こんなドレスを着た女は、この城に一人しかいない。
「何故……オマエ…がここに…」

アンリエッタだ。男が狙った標的のアンリエッタが目の前に立っていた。

穏やかなような、冷徹そうな、怒っているような。
表情を押し殺し、仮面をつけたような顔。
瞳も同じく、何も感情を浮かべず何も読み取れない。

沈黙を破るように、アンリエッタが口を開く。
「…少し、お話があって参りました。貴方の仲間に関することです」
何故わざわざコイツが出て来るのかと思ったが、もう其処まで辿りついたのか、と男は思った。

(少々、おかしな、展開やも、しれない)
アンリエッタが目の前に現れたことに関しては多少動揺したが、男は冷静だった。
まず落ち着いて状況を確認する。

目の前のアンリエッタの他に人影はなし。
あの少年の使い魔は見当たらない。傍にいないだけで何処からか見ているのかもしれないが。
そしてアンリエッタの左手にある棒切れに見えていたのはメイジの杖だ。
事前の情報でアンリエッタの杖には水の力が蓄えられていて、通常の何倍の力で水の魔法を行使できるらしい。

アンリエッタの他に人がいない理由は思い当たる節がある。
城の内部にいる内通者だ。
男はそれが誰かは知らないが、居ることだけは間違いない。

それもアンリエッタのすぐ近くにいる可能性もある。
だからアンリエッタの傍に誰もいない、誰もいられない。
状況から見て、アンリエッタが痺れを切らし一人で先走っている可能性が高そうだ。

スッとアンリエッタは握った杖を突きつける。
「理由はご存知と思いますが、人払いをしてあります。
時間は限られていますので、どうぞお早めにお話ください」
アンリエッタの顔に一瞬だけ焦りのようなものが浮かんだ気がした。

男は冷静に考えをめぐらせ、この時点で最良の結果を求める。
現在の自身の手札は何なのかを考慮して策を立てる。
さて、どうするか………

途切れるような声で男は話し始める。
「…知って、いる……オマエの…足元…のネズミ………
どんな、気分…なんだ…?………いつ…殺さ、れるか…分からない…のは……ふ、はっ」

自分の命を握られながら、人をバカにしたような態度をとる男にアンリエッタは眉を顰める。
だがジッとアンリエッタは耐えるようにして耳を傾けた。
「王族…という、のは……お優しい…ことだ……
…い、や……マヌケなのか…こんな、ことにも………気付かない……」
「気付かない…?」

くはっ、っと男がおかしそうに嗤う。
明らかにアンリエッタは不快だと雰囲気が示した。
それでもなお男は嗤い続けて、ようやく嗤いつくしたのかまた喋りだす。

「………あ、ぁ…本当に…気付かない…のか?」
ふと尋ねるように男が聞いた。

「オマエを………狙ったのは、母親…だ…ぞ?」

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時間が掛かった。
理解するのに、時間が掛かった。
あの優しき母が、侮辱されていると気が付く。

放心しながらも、怒りが理性に勝る。ブチ切れた。

「キサマァァァァァッッ!!!」

怒りに任せ、杖を男に叩きつけるように「一歩」踏み込んだ。

「マヌケだな…やは、り………」
「なッ」
アンリエッタの目前でフッと男が掻き消える。

違う、男が地を這うほどに屈みこんだのだ。
「キャアッ!」
さらに男は自身の足首に繋がる鎖を、アンリエッタの足に引っ掛けおもいっきり引っ張る。
アンリエッタは体重も軽く、筋力は吹けば飛ぶようなもの。
あっさり足をもつれさせて、ひっくり返ってしまった。

鎖がひっくり返ったはずみで足に絡まる。
さらに男は痛む体に鞭打ち、力を込めてアンリエッタを引き寄せる。
「ッ!」
自分が今まずい状況にあると思ったのか、アンリエッタは呪文を唱えようと口を開く。

ガボッ!
しかし男はそれをさせる訳がない。
即座に口に手を突っ込んで詠唱をさせない。
さらに足で手を踏みつけ、杖を取り落とさせた。
喉まで押し開けられアンリエッタの胃液が逆流する。

「アッ…ブガッ……」
口から手を引き抜こうとするが非力なアンリエッタでは到底無理だ。
もたつく間に腹に一発喰らう。
「ヴッ!」
痛みで歪む顔。さらにもう一発。
一発。一発。一発。一発。一発。一発。一発。一発。一発。一発。一発。

ようやく男がアンリエッタの口から手を引き抜いた。
アンリエッタが冷えた石畳に崩れ落ちる。
冷ややかに見下ろす男がアンリエッタの体をまさぐる。
チャリンと音がした。
アンリエッタの懐に手をさしいれ、引き抜く。

鍵だった。おそらくこの牢屋の鍵だ。
幾つか輪に入っている鍵を、手足の錠に試す。
カチリと、まず手の錠が外れた。
続いて足の錠も外した。

久しぶりに重さがなくなり、男は充足感が身を包むのを感じた。
アンリエッタを見ると、どうやら気絶しているらしい。
少し考えるそぶりを見せて、落ちていた杖を踏み砕く。

そして肩にアンリエッタを担ぎ、牢を出るべく歩を進めた。

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