ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第八話 『STAND BY ME!』

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

ギーシュの奇妙な決闘

第八話『STAND BY ME!』


 夜天に双月が輝き、星が瞬いて大地を照らす頃……昼間の騒ぎで疲れた生徒達が深い眠りに落ちていたのとは対照的に、トリスティン魔法学院学院長オールド・オスマンは精力的に動いていた。
 オールド・オスマンは、久方ぶりの書類仕事で疲れた眼をしょぼつかせつつも、その手を休めようとはしなかった。
 王室への報告書や騎士団への出動要請、『灯の悪魔の筒』の管理追求等……書かなければならない書類は山ほどある。そしてそれらは早ければ早いほどいい。
 こうしている間にも、『土くれ』は逃げ続けているのだ……最早、自身の責任問題のためにもがいている場合ではなかった。
 一刻も早く体制を整え、フーケを捕らえなければならない。

 姫殿下を巻き込んだ事を考えれば、これらの書類が受理されるのは早いだろうが……それでも、半日程度の時間はかかるだろう。
 その間にフーケに逃げられては元も子もない。

(こちらからも追っ手を出して、足止めさせるか……? いや、しかしのぉ)

 腕を動かしながら、頭の中では全く違う事を考えていた。
 追っ手を出そうにも、この学院に勤めるメイジと言ったら……使えそうにない連中ばかりだった。
 実力云々依然に、募ったとしても誰も名乗り出ないと言う、中々に情けない問題が転がっているのだ。
 シュヴルーズのような、実戦経験能力のない学者系の貴族はまだいい方である。
 オスマンとて、彼らのような学者系メイジを追っ手に出せるなど全く思わないし、誰かが立候補したら全力でとめるだろう。
 最も情けないのは、ギトーを初めとする自称『実力者』連中だった。普段は生徒相手に鼻高々な教師連中が尻込みする様は、見ていて気持ちのいい物ではなかった。
 まあ、元より期待はしていなかったが。

 以前にも記したとおり、この学院は基本的に慢性的な教職員不足に悩んでいる。
 ……シュヴルーズのように志願してくれるメイジは貴重であり、『没落貴族』まで雇っている有様だ。
 ここで生じるのは、実に単純な答えだ。志願した教師や没落貴族以外の……ギトーを初めとする教職員は、どういう経緯で学院に就職したのか?
 まさか、下級貴族を雇うわけにも行かない。
 実に単純明快かつ、とてつもなく情けない話だ……あの連中、元をただせば全員が『落ち零れ』なのである。
 魔法学院を卒業した子供達に限らず、メイジの大半は成人すると、軍に入隊するか城に仕えるか、領地を統括するかの三択になる。
 基本的にはこの三つのどちらかであり、給料も中々の物だ。
 故にそこから教職員になろうなどと言う酔狂な人間は出てこないのだが。
 ギトー達は、その三つの道から『役立たず』の烙印を押されて放り投げられたのを、オスマンが恩着せがましく雇い入れた連中なのである。
 文官としてあまりに能力がないやつもいた、敵前で漏らしてクビになったやつもいる。
 次男三男で継承権がない連中も……ギトーなんぞ、酔っ払って『風が最強だ!』と言いながら土属性スクウェアのグラモン元帥に喧嘩売って、負けた挙句に景気よく首になった馬鹿だ。
 こんな連中が、土くれに勝てるわきゃあない……あてにするだけ、間違いっちゅーものである。
 マトモに追っ手として機能しそうなのはコルベールだけなのだが、彼の過去を知っている身としては、とてもじゃないが命令なんてできなかった。

(戦闘能力や判断力なら、ミスタバサやミス・ツェルプストーの方が上じゃし……『覚悟』に至ってはグラモンとこの馬鹿息子にも負けるからのぉ。
 ……さてはて、どうすべきかの)


 足止めは絶対必要だが、手駒が貧弱……なんとも言えない微妙な状況に、嘆息したところで。

 コンコン……

 ドアをノックする音が聞こえた。

「――!」

 途端に、老いた好々爺の相貌が引き締まる。こんな夜更けに、何のアポイントメントもなしにたずねてくる人間……オスマンには思い当たる節がなかったし、昼間の騒ぎの事もあって、最大限に警戒した。

「だれじゃ?」
「……俺だオスマン。娘から話を聞いてきた」

 だが、一瞬で張り詰めた神経は、同じように一瞬で緩んだ。聞こえた声は、今この場にアポ無しでやってきても可笑しくない男の物だったのである。

「おおぉ、開いておるよ……入りなさい」

 声と同時に音もなく扉が開かれ、そこから長身の騎士が現れた。2メートル近い長身に、星屑騎士団のマークがあしらわれた騎士装束の男を、オスマンは笑顔で出迎える。

「こんばんは承太郎君」
「……夜分遅くにすまない」

 その男の名は、ジョウタロウ・シュヴァリエ・ド・クージョー……星屑騎士団の隊長であり、『下手な将官よりも威圧感があって頼りになる』と兵士の間で評判の男だった。

「座るかね?」
「いや、このままでいい……」

 承太郎はオスマンの勧めを辞して、単刀直入に言った。

「破壊の杖が盗まれたそうだな」
「……うむ。ケースごと、な……」

 ケースごと。
 それが指し示しているのは……そこに隠しておいたモノまでもが行方不明になったという事。
 この事実は、承太郎たちにとっては驚愕し、早急に解決するべき問題だったが、承太郎はあえてその事には触れず、神妙に口を開く。

「……ミス・ロングビルの事は、残念だった……」
「……ありがとう。承太郎君」

 悔やみの言葉。
 死者が出て、それが学院長の秘書と言う高い立場にいる人間だったのならば、当然送られるべき物をオスマンはロングビルの死後初めて、学外の人間からそれを聞いた。
 それがオスマンには無性に悲しく、故に承太郎の言葉が嬉しくて堪らない。

 王室とその近くにいる人間達にとって、ミス・ロングビル……『没落貴族』が死のうが生きようが知った事ではないということだ。
 現に、情報の詳細を聞きに来た騎士団の連中は、清々しいほどにロングビルの死を無視してくれた。ジョリーンとアンリエッタなら確実に悔やんでもらえたのだろうが…… 彼女たちはロングビルの死が判明する前に、『危険だ』というマザリーニ宰相の進言の下に城に帰ってしまったから、お悔みを頂戴する暇もなかった。


「……して、御用向きは何かな? まさか、それだけの為にやってきたわけでは無かろう」
「奪われた破壊の杖関連の事と、あんたが今書いている書類の事だ」
「これのことかね」
「ああ。明日、朝一で俺が王宮に届けよう。あんたはそれが終わり次第フーケへの追手の編成を急いでくれ……何もかも王室まかせじゃあ、間に合わねぇ」

 オスマンと全く同じ見解を承太郎も抱いていた。事が『大逆』というだけに王室の反応や騎士団の配備は早いだろうが、相手はあの『土くれ』だ。
 ほんの少しの時間で何処まで逃げられる事やら、わかった物ではなかった。事は早いほうがいいのである。

「んーむ。その事なんじゃが……承太郎君。君の部下から何人か、こちらにまわせんかのぉ。破壊の杖ごと『あれ』が盗まれたとなれば、女王も許可を下さるじゃろう」

 元々、承太郎の率いる『星屑騎士団』は、オスマンの言う品の存在を知った王家がその危険性を警戒し、回収させるために作り上げられた騎士団である。
 肝心の品が盗まれたとあれば、何を優先してでも動くように命令が下るだろう。
 だが、現実とはえてして、想像通りに回らない物だった。承太郎は首を振って、

「そうしたいのは山々だが……無理だな。現実問題として、王都に人間がいない。
 ただでさえ人数が少ない上に、最近はあちこちで『あれ』を使ったらしい犯罪が頻発している。
 エルメェス達はそれらの解決に遠征していて、今王都にいるのは俺とジョリーンのみだ。それも仕事で動けない。
 まさか、騎士団としての本来の仕事をほっぽり出すわけにもいかん」
「むぅ」
「しかも、仕事の内容が俺達にしか出来ないものが多いからな」

 承太郎の星屑騎士団が『騎士団』としての体裁を整えたのは、『あれ』の存在を貴族達に知られる事のないようにする、カモフュラージュなのだ。
 『あれ』は、ただでさえ緊迫した今の世界情勢をぶち壊すだけの凶悪な力を秘めた、平民にすら力を与える、凶悪無比な代物である。
 貴族にばれるのが怖くて、王室の宝物庫に入れられないので、魔法学院の別の宝物の入れ物に隠したという、いわく付の代物だった。
 騎士団としての規律を無視して動いて怪しまれては、元も子もない。
 そもそも、存在そのものを隠すようにアドバイスしたのはオスマンなのだから、ぐぅの音も出なかった。

 ここからは余談になるが。
 別に、オスマンは平民が力を持つ事を反対しているわけでも、忌避しているわけでもない。むしろ、頭の中身は民衆革命バッチコーイな危険思想の塊である。
 だが……それは、民衆たち自身が貴族達と向かい合って勝ち取った場合。純然たる意思と力でもって果たされるそれは、人類の進化とでも言うべき物である。
 『あんなもの』を使って貴族と同じになろうとするのなら……それは、貴族が増えるだけであって、決して民衆たちが自分で勝ち取った物ではない。
 最悪、『それ』を手にした者たちが貴族に成り代わるだけで、文明は前進も後退もしないだろう。オスマンはそれだけは認めるわけにはいかなかった。
『それ』が異世界からの漂流物だとすればなおさらだ。

「しかし……うちの教職員じゃてんで役に立たんしのぉ」

 言い返さずに唸りをあげるオスマン。

(まさか、生徒を追っ手に出すわけにも……)

 と、そこまで考えて。
 オスマンは気付いた。

(……あれ? 灯の悪魔倒したのって、生徒じゃね??
 足止めぐらいなら何とかなるかもしれん)


 情けないのか喜ばしい事なのか。
 状況の助けを得たとはいえ、確かにブラックサバスの討滅したのは、彼の育てた生徒達なのである。下手したら、教職員などよりも余程使える連中だろう。
 勿論、ついていく面子は厳選するべきである。
『シュヴァリエ』タバサと、その彼女が認めるキュルケは磐石であるとして、ガンダールヴである才人と、オマケで主であるルイズもつけるべきか。
 そしてもう一人は……やはり、あの男か。

「……? どうした、オスマン」

 急に手を止めて考え込むオスマンに対し、承太郎は訝しがったが、返事はなかった。
 学院のセクハラジジイでありながら、その中にたゆまぬ知性と覇気を隠し持つ好々爺は、深く静かに考え込んだ後、承太郎にある頼み事をしたのだった。

「……のう承太郎君。会ってほしい子供がいるんじゃが」



 ――宝物庫に賊が侵入し、それを阻止しようとしたミス・ロングビルを殺害して、『破壊の杖』を盗み出した。

 本来なら学園の不祥事として隠し通すべき一軒だったが、オスマンはあえて隠そうとする意図すら見せずに、王室に対して事実を告げて援軍を要請した。
 もし、あのブラックサバスの召喚が『土くれ』によるものだとしたら……否、タイミング的にそうとしか考えられなかった。
 『土くれ』は、己の目的のために姫殿下を含めた何百人と言う人間を殺そうとした事になる。
 そんな凶悪犯を放置しておく事などできるわけがない……それが、王室に騎士団の出動を要請した際の、オスマンの言い分であった。

 ――恐れ多くも姫殿下を傷つけようとした大逆の徒!

 貴族専門の泥棒として知られる『土くれ』のフーケの、それが新しい枕詞だった。
 只でさえ貴族の恨みを買っている『土くれ』は、さらなる憤怒と憎悪に晒される事となったのである。
 マザリーニ宰相を初めとするごく一部の良識派である貴族達に至るまで『土くれ』憎しの思いは伝播し、『土くれ』に関して軍が動くと言う情報すらあった。

 だというのに。
 こんな、こんな緊迫した状況だと言うのに……

「ねぇギーシュ……」
「な、何かな、モンモランシー……笑顔がとても怖いよ」
「あなたが一日寝てる間にね、私何度もあなたのお見舞いに来たのよ。ハーブとか花とかもってね」
「そ、それは……ありがとうモンモランシー! 僕はきっと、君の愛で癒されて眼を覚ましたんだね!
 ああ……こうやって自分の体を抱いていると、君の愛の香りが……!」
「そりゃあねぇ……私だけじゃなくて、何人もの女の子の愛があったら、眼を覚ますでしょうねぇ」
「え゛」
「お見舞いに来る度に違う女の子が枕元にいるのはどぉいう事かしら……?」
「あ、いや、彼女達とはそんなのじゃあ……」
「うふふ、いいのよギーシュ。私、あなたがどんな下種野郎でも愛していける自信があるわ」
「す、凄く嬉しい言葉なんだけど、そのフレーズどこかで聴いた覚えが……」
「だって、欠点は 去 勢 す れ ば い い ん だ か ら 」
「や、やっぱりー!?」

 ……会話文だけで状況が想像できると言うのが、なんともはや。真夜中だというのにやかましい事である。
 兎に角、今日もギーシュは馬鹿だった。


 ギーシュ・ド・グラモンが追っ手として相応しいかどうか、確かめて欲しい。

 承太郎は、オスマンの唐突な頼みに対し、質問を返そうとは思わなかった。
 心当たりは娘からの報告で十分すぎるほどあったし、彼自身も会ってみたいという願望があったからだ。

(スタンドに目覚めたメイジ……グラモン元帥の息子か)

 オスマンの元を辞して、教えられた医務室への道を歩きながら、承太郎は娘から聞かされた情報を脳裏で反芻する……この学院の生徒が、『灯の悪魔』と言うスタンドが出した『矢』らしき物体に貫かれて、スタンドを発現した。
 承太郎達は異世界の事は秘密にして、『平民』で通しているが……メイジどころか、ハルキゲニアの人間が自前のスタンド能力に目覚める事は、絶対にない。
 断言してもいい。痛々しく悲惨で確実な根拠が、承太郎の脳裏には刻まれている。

 にもかかわらず現れた、メイジのスタンド使い……単にハルキゲニアのスタンド発現率が極端に低いのか? それともその少年が特別なのか?
 どちらにせよ、スタンドに目覚めたと言うのならば色々と教えておかなければならない事がある。

 彼が今歩いている石造りの通路が、昔やんちゃだった頃に放り込まれた牢屋を思い出させ、その記憶は己の半身の存在に直結する。

(――スタープラチナ)

 今はそう名づけた存在を、当時の承太郎は悪霊と呼び、忌み嫌っていた。
 制御不可能でいつもどこからか勝手に物を持ち込み、闘争心にしたがって敵をぶちのめす、文字通りの悪霊。
 祖父から『幽波紋(スタンド)』の存在を聞かされ、承太郎がその存在が悪霊ではないのだと自覚するまで、それは続いた。
 もしあのまま……スタンドに目覚めた理由との関連性からして、それはまず有得ないのだが、スタンドの事を知らないまま暮らしていたらどうなったのだろう?

(ともかく、最低限スタンドの知識ぐらいは教えておかないとな……)

 丈助のように『よくわからないもの』として認識しているのなら、まだいいが……下手に魔法と言う知識がある分、承太郎のようになる可能性は高いのだから。

「人が散々心配したって言うのにあんたって男わー!」
「も、モンモランシー! お、落ち着いてくれ! 僕が本当に愛してるのは君だけだから……!」

 承太郎の横を、追いかけっこをするカップルが通り過ぎたのは、目標とする医務室まであと少しと言う所だった。
 聞こえてくる会話から、浮気の挙句の痴話喧嘩だと推察し、黙殺しようとしたのだが、

「待てって言ってるでしょうがぁー! ギーシュぅッ!」
「……なんだと?」

 カップルの女のほうが叫んだ名前に、意識を向けざるをえなくなった。
 振り向けば、女のほうが手にした棍棒を、男のほうに振り下ろそうとしているところで――

「と、止めろ『幽霊』っ!」

 がしぃっ!

(なにっ!?)

 男の体から現れた半透明の人影が、その棍棒を片手で受け止めたのを見て、承太郎は目をむいた。
 その見た目に驚いたのではなく、ギーシュが明らかにスタンドを意図的に操作して、モンモランシーの攻撃を防いだからだ。

(あの棍棒には見覚えがある……確か、水属性のメイジが使う棍棒だな)

 普段は小さくて柔らかいが、内部に水を入れると巨大化、硬質化する為携帯性に非常に優れた代物である。
 承太郎の記憶が確かなら、あれは決して威力が低いわけではなかったはず。
 それを正面から受け止めるとなると、パワーは低くは無いようだ……受け止める時の動きはかなり速く見えた。

(それを正面から受け止めるとはな……やれやれ、完全にスタンドを操作してるじゃねえか)

「モンモランシー! 僕が愛してるのは君だけだ! 本当さ!」
「信じられるわけが無いでしょ!? 何人お見舞いに来てたと思ってるのよこの種馬ぁー!!!!
 私が寝ないで待ってたっていうのに……ばかぁっ!」
「モンモランシー……寝る事も出来ないくらいに僕の事を心配してくれたんだね! うれしいよ!」
「そ、そんなわけないでしょっ!」
「……やれやれだぜ」

 なにやら背中がむず痒くなる展開に入りつつあるカップルに、承太郎はため息をついて歩み寄った。


「わ、私が気になったのは! 今アンタが体から出してる幽霊よ! それ、一体なんなのよ!?」
「こ、これは……「幽霊じゃない『スタンド』だ」へ?」

 ギーシュが顔を真っ赤にするモンモランシーになんと言っていいか迷っていたその時に、丁度いいタイミングで助け舟を出したのは、見知らぬ男だった。
 200サント近い長身と、それに見合った騎士装束をまとった、威圧感のある男が、二人に向かって歩み寄ってくる。

「別名『傍らに立つ使い魔』……先住魔法の一種とも、虚無のもうひとつの姿とも言われる……」
「え、あ……」

 いきなり現れていた第三者にあっけに取られていたモンモランシーを、ギーシュは抱き寄せて背後に庇った。
 こんな真夜中に学院にいる事自体怪しいし、あんな事があったばかりなのだ。ギーシュが男を敵だと認識したのも可笑しくない事だった。
 思考が、日常のそれから『戦い』のそれへと切り替わる。本人が意図してのことではなく、目の前の男が放つ威圧感が強制的に彼の意識を戦士に変えた。

(こ、こいつ――強い!)

 無意識に震える体は、恐怖に怯えたのか、威圧感に負けたのか――兎に角、ギーシュは自分の全身全霊を傾けたとしても、目の前の男には勝てそうにもない事を理解してしまった。

「落ち着け……ギーシュ・ド・グラモン。
 俺は、敵じゃない」

 震えるギーシュに言いながら、男……承太郎は、その身にまとった騎士装束に取り付けられた騎士団章を掲げてみせる。

「星屑騎士団(スターダストクルセイダーズ)隊長ジョウタロウ・シュヴァリエ・ド・クージョーだ……破壊の杖の一件で、オールド・オスマンに用があって来た」
「星屑騎士団……?」

 承太郎の掲げた騎士団章を見て、モンモランシーは?マークを頭上に浮かべ、ギーシュを見た。
 自分を庇ってこちらを見ていないはずのギーシュは、モンモランシーの視線を感じたのか、ポツリと答えた。

「姫殿下直属の、危険なマジックアイテムの回収追跡を専門とする騎士団だよ。団員が十数人の小規模な騎士団だけど、『シュヴァリエ』の称号を持つ人間が何人もいる精鋭だって父上が話していた……」

 説明しながら、ギーシュはこの男がここにいることが必然なのだと納得し、緊張を解いた。
 王国から管理を任された宝物庫が破られ、そこから『破壊の杖』などという物騒な名前の物が盗み出されたのなら、彼らの出番だろう。


 そもそも、宝物庫に収められているマジックアイテムの3割は彼ら星屑騎士団の手によって回収された物なのだ。
 多くの団員が授かったシュヴァリエの名は伊達ではなく、星屑騎士団は数多くの困難な任務を自分たちだけで……凄い時には単独で解決してきているのだ。
 『平民上がり』を軽蔑し、差別する一般の貴族達も、承太郎達にだけは何も言ってこない。
 ……内心でははらわたが煮えくり返っているのだろうが、表立っていやみをいうような奴らは一人もいなかった。
 余談だが、ギーシュの父のグラモン元帥は彼らの数少ない理解者と言えるだろう。
 感情的には受け付けないが実力だけは認めていて、『お前達にあの男の10分の1でも実力があったらなぁ』と部下に愚痴をこぼすほどだ。

「そうだ……今回の一件で君がスタンド使いになったと娘から聞いたんでな。それで、君を探していた」
「娘?」
「ジョリーンだ」

 娘の名前を口ずさんでから、承太郎は指を一本立てて、

「スタープラチナ」

 己のスタンドを発現させる。長髪を風になびかせた、筋骨隆々の大男……スタープラチナだった。

『!?』
「これが、俺のスタンド……『スタープラチナ』だ。
 スタンドに目覚めたばかりで戸惑っているだろうが、お前の従えているそれは幽霊なんかじゃない。もう一人のおまえ自身だ」
「も、もう一人の、僕?」
「そうだ」

 いきなり長身の大男の後ろに現れた人影に、ギーシュとモンモランシーは息を呑んだ。
 スタープラチナの放つプレッシャーに圧倒される二人に、承太郎はなおも続ける。

「正確には、お前自身の魂が、パワーのあるビジョンとして現れた物……その証拠に、お前のスタンドを魔法の火で炙ってみるといい……同じ場所が熱いと感じて、やけども負うはずだ。原則として、スタンドは同じスタンドやその能力、メイジの使う魔法としか干渉しない。
 そしてスタンドは様々な能力を持っている。火を操る、念写、傷を治す……お前の場合は、話を聞く限り『フェンスを生やす』能力のようだな」
「な、何でいきなりそんな事を……」

 いきなり自分の能力について説明しだす承太郎に、ギーシュは困惑した。
 ギーシュ自身、スタンドに関して少しでも悩んでいたら、彼の説明をありがたく感じたのだろうが……何せ、ブラックサバスでぶっ倒れて、目覚めた直後に追いかけっこが始まったのである。悩む暇もクソもなかった。
 承太郎が口にしたのは、説明の理由……スタンド使いが見つかるたびに彼が繰り返してきた最重要な懸念であり、今となっては全くの無意味になってしまった懸念であった。

「スタンド能力は魔法のような技術じゃない、当人の魂に刻み込まれた才能の発露だ。それ故に『暴走』したり制御できなかったり、下手をすると自分のスタンドに殺される可能性すらある」
「はい??」
「自慢にもならないが……俺は自分のスタープラチナで、パワーを制御しきれずに母校の医務室を壊滅させた事があってな。
そうならないかどうかが心配だったんだが……さっきの様子を見ると、大丈夫そうだな」

 ちらりとギーシュのスタンドを見やる承太郎。ギーシュの傍らで拳を構える姿は、とてもじゃあないがかつてのスタープラチナとは趣が違う。
 きっちりとしたギーシュの制御の元に動かされている証だった。暴走していたら、警戒などすっ飛ばして攻撃を仕掛けてくるだろう。
 暴走という物騒な単語と、承太郎の体験談を比べて、モンモランシーは顔を青くする。

「そして……お前に警告がしたいというのもある」
「警告だって……?」

 目の前のスタンドの威圧感やら、いきなりもたらされたとっぴな情報やらで半パニック状態のギーシュ。続いて出てきた警告という言葉に、眉をひそめる。



「そうだ。まず第一に……身辺には気をつける事だ。
 メイジでスタンドを発現させた人間というのは前例がない……アカデミーの連中が黙っていないはずだ。
 お前の場合家名があるから強硬手段はないと思うが、念のためにな」
「…………」

 アカデミー。
 王室直属の魔法研究機関。
 こういうと華々しく聞こえるかもしれないが、実際はそうではない。
 確かに王国の利益に貢献する貴重な研究を行っている者が大半だが、一部には生まれの貴賓問わずに人体実験を行っているマッドなメイジ達の存在が確認されている場所だ。
 実験のためには犯罪にまで手を染めると言うきな臭い噂もある。
 そんなところから狙われる可能性を示唆されて、ギーシュは本気で青くなる。

「第二に、スタンド使いに気をつけろ……スタンド使い同士は惹かれあう。磁石が引き合うように。敵味方関係なくな。
 そして、こいつは単なるおせっかいだが……余裕があれば、自分のスタンドを試しに動かして、能力を確かめておいたほうがいい。損にはならないだろう。
 後は、名前も付けたほうがいい」

 承太郎は懐から、真鍮で出来た騎士団章を取り出すと、ギーシュに向かって放り投げる。
 アカデミーの事で頭が一杯だったタイミングでは反応できず、思わずお手玉してしまうギーシュ。

「っ、うわっと」
「本当ならもっと腰をすえてじっくりと教えてやりたいところだが……俺もそろそろ行かなければならん。わからない事があったら、オスマンに聞くといい。
 暇が出来た時に、その団章を持って行けば、すぐに会ってくれる。話は通しておいた」

 事実だった。
 承太郎の懐には、既にオスマンの書類が入っていて、可及的速やかに届けなければならない……仕事の事も考えると、今から学院を出て、ようやくギリギリといったところだ。
 落としかけた団章をようやく両手でキープしたギーシュは、立ち去ろうとする承太郎に気付き、慌てて声をかける。

「ま、待ってくれ!」
「――なんだ?」

 矢張り呼び止められたか、と承太郎は立ち止まった。答えてやりたいのは山々だが、今は本当に時間がないのだ。
 相手が発するであろう質問を一通り脳裏に浮かべ、それに対応する答えを用意する。
 どんな質問が来ても、すぐさま答えて立ち去れるようにしたのだが……ギーシュから発せられたのは、承太郎の予想を外にある問いかけだった。

「さっきかから君が言っている『フェンス』というのは、僕の『幽霊』が作り出す『柵』の事なのか!?」

 他にも聞きたいことがあるだろうに、何故にそこを聞くのか……酷く間の抜けた質問だが、多すぎて質問が特定できないのだろうと承太郎は思うことにした。

「――そうだ。危険な場所への立ち入りを禁じる時に、俺の故郷で使われていた物だ」
「そう、なのか……君の国のものなのか」

 ギーシュのスタンドが動き、目の前の地面に『フェンス』を生やす。
 青銅色の針金が菱形を作るように交錯した、金網。四方を囲む枠さえも青銅色で……彼自身が望んだ、穴だらけの『守る物』。
 その穴が、自分の弱さだと、ギーシュは感じた。盾になりきれないマヌケの弱さだと。語りかけてくるようだった。
 フェンスに手をかけ、穴に指を突き入れる。突き抜ける指そのものに、何の抵抗もなかった。これでは、矢も炎も風も防げないだろう……!
 フェンス越しに立ち去っていく承太郎の後姿を見送りながら、ギーシュは手に力をこめる。
 普通のフェンスなら容易に歪められるであろう握力ではあったが、しかしスタンドのフェンスはその力すら反射し、小揺るぎもしなかった。


 ――いきなりの扱いの変化に、一番戸惑いまくったのは、勿論『土くれのフーケ』その人である。

「……なんか、凄い事になってるみたいね」

 トリスティンのハズレにある森、その中にポツンと立つボロ小屋。
 月明かりに照らされて幻想的になるどころかより一層不気味になってしまうような、そんな風情の小屋の中に彼らは集まっていた。
 イルーゾォが集めてきた情報を聞いたフーケは、疲れたように嘆息した。

「ああ。何が凄いって、一部の平民にまで『土くれ』憎しの空気が漂い始めたって事だよなー。あのお姫さん、かなり人望あるみてーだな」
「人望って言うより、アイドル扱いだろう」

 カタカタとベイビィフェイス本体を操作しながら、メローネが皮肉を口にした。それを見たホルマジオが眉をひそめて、

「……しょーがねーなー……メローネ。こんな時ぐらいエロゲーはやめとけよ」
「仕事だ仕事! お前が請け負ってきた奴だろうが!」
『え? 仕事してたの?』
「ふ、フーケたんまで……」

 心外だとばかりに叫び返すも、フーケも含めた一同に一斉に聞き返され、地面に手をついて暗い空気を放つメローネ。
 なんだか哀れだったが……この男、フーケの前で堂々とエロゲープレした挙句、ヒロインの名前にフーケなんぞとつけて、彼女にその場でぶっ飛ばされた前科があるので、誰も慰めなかった。
 その言葉で思い出したのか、ホルマジオはぽんと手を打った。

「お。そーいやー新しく請け負ってきた仕事あったなぁ。もう終わらせたのか」
「一応、死体は持ち帰っておけメローネ……何かに使えるかも知れねーからな」
「いや、それはねーだろ。相手はいい年こいたおっさんだし、今回みたいに身代わりにもならない」

 プロシュートの言葉に、メローネはすぐさま復活して言い返す。
 身代わり、と言うのは学園で死んだ『ミス・ロングビル』の事。
 あそこで死んだ女性の正体は、依然暗殺の依頼があった際に殺さずに捕らえ、ベイビィフェイスの母体とする予定だったターゲットの貴族だ。
 背格好と髪の色がフーケに似ているという事で、急遽今回の計画のために犠牲の羊として捧げられたのである。


 そもそも、何故フーケはわざわざ回りくどい事をしてまで死を偽装したのか?

 ――後腐れを無くし、逃走の難易度を下げるためだ。

 フーケはあの学院ではミスロングビルとして有名であり、死体の一つも残さずに消えようもんなら、自分がフーケですよと宣伝してしまうような物だ。
 ばれてしまえば、全国にフーケの人相書きが配られる事になり、彼女はかなり仕事がやりにくくなるだろう。その為には、死んだ事にしておくのが一番だった。

 逃走の際に顔を隠す必要もなくなった。例え魔法学院時代の知り合いに合ったとしても、髪形を変えてメガネを外せば、誰も彼女がロングビルだとは気付かない。
 似ているとは思うかもしれないが……死んだ人間が生きていたなどという考えに行き着く事はない。
 元々フーケは貴族とはいえ粗野な口調のほうが性に合っており、素を出すだけでロングビルとは思わないだろう。

「目当ての物も見つかったし、後はこいつを裏で売りさばくだけね……あの子達にも楽をさせて上げられるよ」

 破壊の杖のボックスに入っていた『それ』を片手で弄びながら、フーケはにやりと笑う。
 この協力無比なマジックアイテムを売りさばく事ができれば、国が丸ごと買えるくらいの金にはなるだろう。
 必死になってこれほどの数を集めたオスマンや星屑騎士団には悪いが、精々高く売り払ってやろうと一同は考えていた。
 フーケは、どう考えてもこの世界の物ではないそれに興味を持ったらしく、ふと聞いてみた。

「ねえペッシ。これってどう作るのか知ってる?」
「はぁ?」
「どう見てもこの世界のもんじゃないし……あんたらの世界にあったのと同じ物なんじゃないかってね。ほら、破壊の杖みたいに。量産できたら、一財産じゃない♪」

 言ってから、ちらりと壁に立てかけられている破壊の杖――M72ロケットランチャーを見るフーケ。
 この奇妙な円筒が彼らと同じ異世界からの漂流物だと聞かされたときはそりゃあびっくりした物だが……その驚きは長続きしなかった。
 彼らと知り合い、一緒に仕事をするようになってもう大分立つ……この手の奇妙な物はかなり見慣れてしまっていたりする。

「似たようなもんならあるけど……こういうのは見たことねえなー。
 兄貴はなんか知ってます?」

 フーケの手からそれを受け取り、弄繰り回しながら、敬愛するプロシュートに意見を仰ぐ。
 プロシュートはすぐに自分を頼ってしまう弟分の態度に、『甘え』を感じ取っていたが、今は説教をする時ではないと自重した。

「……さあな。形だけなら見覚えがあるが、素材が全く違う……」
「そうッスよねえ」

 手にした物をぐにゃぐにゃと曲げながらペッシは嘆息した。


「こんなもんがねぇ」

 恐る恐る、と言った風情でペッシは『それ』を頭部に当てて……

 ず ぶ り っ

 泥の中に沈むかのように、硬いはずの頭蓋を突き破り、食い込ませる。
 そのまま、ずぶずぶとペッシの頭の中に食い込んでいって……9割がたペッシの頭に納まろうとしたその時。

「――っ!?」

 唐突にペッシの脳内に衝撃が走り、『それ』はばね仕掛けのように弾きとんだ。
 弾き飛んだ方向にはホルマジオが座っていたが……彼は己のスタンドを発言させると、それを見もせずにキャッチし、

「たっく、しょうがねぇなぁ~~~~~~~……俺たちじゃあ、こいつは使えねえのは知ってんだろペッシ」
「へ、へい……すんません。けど、コレ使えたら兄貴の役に立つし、つい」
「フーケ、お前は試したのか?」
「あたしはいいよ、そんなもん」

 イルーゾォに対してパタパタユカイなしぐさで手を振って、

「水を熱湯にするとか流れ星落とすのとか禄なのががないじゃない……」
「くだる、くだらねーは頭の使いようだぜぇー、フーケ……水を熱湯にするなんて、うまく使えば相手を煮殺せるぞ。人体は半分以上水分なんだからよぉー。
 ペッシの言うとおり、プロシュートのグレイトフル・デッドと相性抜群だしよぉー」
「そりゃそうだけど、はめた途端に暴走するなんて事になったらイヤだし。それに……」
「それに?」

 ホルマジオの経験則からのお言葉に、フーケは肩をすくめて見せた。

「本当言うとね……こっち来るまでの間に試しに入れてみたのよ。けど、どれもこれも気持ち悪くなるだけだったし」
「使えるようになるつっても、スタンドは精神の才能だ。使うには才能がいるってこった」

 くくっとのどの奥で笑いをかみ締めながら、イルーゾォは手にしたものを弄ぶ。



 それは――CDと呼ぶには、多少分厚すぎる円盤状の物体。
 暗殺者たちは知る由もない。
 それが、世界を天国に至らせようとした『最悪』のスタンド使いが愛用していた物だという事を。
 その名は『DISC』。
 ハルキゲニアの人間がスタンド使いになる為の唯一の方法であり――知っている物にならば破格の値で買ってもらえる『お宝』だった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー