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秋森良樹編 第三話『美人教師の秘密』(6)

 気分が良くなった俺は時間を止て地下に降りる。
 先生と話す前にはあんなにイライラしていたのに、今はこんなにスッキリとした気分だ。
おかげで頭が良くまわる。現にさっきまでは思いつかなかった様々なアイディアが浮かんでくる。
この分なら、いい悪戯が思いつけそうだ。
 その前に、秘密道具のリストを作らなくちゃな。早速『ハツメイカー』に注文し、
設計図を出させる。少し時間はかかりそうだが、時を止めてあるので気にする事も無く作成に
取り掛かった。
「……なんだこりゃ?」
 完成品を見て俺は疑問の声をあげた。
 それは一冊の本のような道具で、サイズは百科事典ほど。真中の見開き数枚が極薄・軽量の
液晶ディスプレイになっていて、その両面の裏には四角くくぼみが掘ってある。裏表紙には
小さなカメラレンズが設置してあり、これも何に使うのか分からない。
 俺は説明書を読んでみた。
「えーと、この『リストブック』は最初に本やカタログでデータベースを構築し……」
 ……なるほど。どうやら本に切られているくぼみに図鑑や辞書などをセットすると、
それが自動的に読み込まれて、調べたい物が液晶に表示されるらしい。リストを追加するには
また新しい図鑑を読み込ませるか、後ろのカメラで対象物を撮影すればいいようだ。撮影された物は
自動的に性能を解析されてリストに追記される、と。
 つまり、秘密道具全てを撮影すれば、その機能の詳細とともにリストに追加されるわけか……。
 俺は少し考えた後、『どこでもドア』を使って、ドラえもんの秘密道具の辞典が
売っている本屋に行った。俺の記憶にある限り、秘密道具は膨大な分量がある。それをいちいち
撮影していたのでは面倒すぎるからな。

 書棚から本を見つけると、レジで止まったままの店員の前に辞典の代金と『もらって行きます』と
書いたメモを置いておく。俺はいくらでも金が使える目処が立っているけれど、他の連中、
特に商売人にとってはほんのわずかな損失でも痛いだろう。ほとんど一人暮らしに近い生活で、
毎月小遣いの捻出に苦労してきた俺からすれば、他人の事とはいえ、ネコババするのは
少しばかり良心が痛みすぎた。
 本を取り込ませて、性能検査ついでに『リストブック』を読んでみる。特に何も言わなくても
持っている人の考えを読み取って、その人が求めている効果のある道具のリストと外観図、
効果の説明が表示されるらしい。さらに撮影で取り込んだ物や取り込んだ本にもともと
記載のある物は内部図解まで表示される。
 回路につけられた名前もなかなかに面白い。たとえばこの『薬製造機』には
『シャレ解読器』なんて装置があり、これで製造機に入れた物の薬の効果を設定していると言う。
 ……そう言えば、亮輔が媚薬がどうたら言っていたな。いらなくなったエロ本取り寄せて
薬を作ってみるか。
 ……で、出来たはいいが、説明もなにも表示されないってか? 俺は製造機から出てきた
白い粉末を見つめる。どんな効果があるか分からないって言うのに、試しに飲んでみる訳には
いかないし……。ここも『ハツメイカー』に薬の効果を調べる道具を出してもらおう。ついでに
何を入れればどんな薬になるのか調べる機能も付加する事にする。
 そうして作った『薬品分析器』でエロ本の薬を分析すると……『ヌーディストになる薬』?
……あー、入れたのが単なるヌードグラビアだったもんなぁ。じゃ、媚薬を作るには……
『精液、もしくは愛液を吸った後に乾燥させた紙か布』? それぞれが異性に対して
効果があるか……。
 じゃ、これからの事も考えて精力剤を作るには……『亀の甲羅とはしご』!? 亀は
アレを指すとしてはしごは……のぼる物……のぼるのは上……亀が上を向く……ああ、
そう言う事か。
 じゃあ、コンドームは……やっぱり『妊娠薬』だ。『コンドーム』→『今度、産む』ね。
 俺は呆れた笑いを浮かべる。確かに、シャレだ。

 精力剤の原料を製造機に入れ、ハンドルを回しながらリストを読む。薬を作っているのに
合わせたという訳ではないが、薬品関係の道具だ。忘れている物が多い分、こうして読んでいると
マンガのエピソードも一緒に思い出して懐かしい気持ちになってくる。
 『コーモン錠』か……確か、凶暴な男を追っ払うために使ったけれど、恐れ入るだけで
何の効果もあがらなかったっけ。名前を名乗るだけで相手が土下座するから、ストレス発散には
いいかもな。
 『ムシスカン』……のび太が静香ちゃんに嫌われるために飲んだんだったよな。でも大量に
飲みすぎたせいで中毒を起こして倒れて、誰も近づけないほどの不快感を放っているって言うのに、
静香ちゃんはそれを我慢してのび太を助けたんだよな。さすがの秘密道具も深い愛情には
勝てないわけだ。とりあえず、プレイボーイ気取ってる奴にこっそり飲ませてその後の反応を
楽しむ事にしよう。
 『バイバイン』も懐かしいなぁ。これでオヤツを増やして、腹いっぱい食べたくなったっけ。
「……」
 ハンドルを回す手が止まる。
 『バイバイン』って、かけた物が五分ごとに倍に増えていくんだよな? ……それって、
金にかけたら『フエール銀行』と『カネバチ』の組み合わせより効率良くないか? 札は
通し番号が振られてるからダメだとしても、硬貨なら……試しに計算してみるか。
 電卓を取り寄せ、パチパチとキーを叩く。
 えーと、60割る5で12。これが増える回数で、一つのコインが一時間後には……4096枚。
思ったより増えないな。二時間後だと……16777216枚っ!? たった二時間で
二千万枚近くになるのかっ!!
 思い出した。この道具を使った回のオチは、たしか食いきれなくなったオヤツをのび太がごみ箱に
捨てて、それが地球を押しつぶしかねないから、ロケットで増え続けるオヤツを宇宙の果てに
飛ばしたんだ。
 けど、金を増やす効率は『フエール銀行』の比じゃないな。あれの利率は普通預金で一時間一割、
一年定期でも一時間五割。百円を元金とすると一時間後には『バイバイン』なら四十万九千六百円、
『銀行』だと最大でも百五十円にしかならない。

 俺はすぐに『銀行』での資金調達に見切りをつけると、資金増殖法を考える。
「効率が良いって言ってもなぁ……」
 俺は地下室をぐるりと見渡す。桁が大きすぎて今ひとつピンと来ないが、多分、
一日としないうちにこの程度の地下室は満杯になるだろう。より大きな地下室を作っても、
それが少し遅れるだけだ。
 それに増殖する金を置いておける用地を確保しても、また別の問題がある。『バイバイン』は
分裂元が食べられてしまうなどで消滅しない限り永遠に増えつづける。つまり増殖したコイン
たった一枚を持っていったとしても、すぐに財布がはちきれてしまうし、変形・破損したコインは
コインとして使えない。銀行で交換できるけれど、そんな大量の変形コインなんて持っていったら
怪しさ大爆発だろう。せめて『バイバイン』の効果を打ち消す薬か何かがないとダメだ。
 『薬品分析器』に指示を出すが、さすがにすぐには返事が返ってこない。俺はその間に
精力剤を生成しつつ、自由に使える広い空間を作れる道具を『リストブック』で検索する。
 最初に挙がった候補は、『入り込みミラー』や『逆世界入り込みオイル』のような
鏡の中の世界に入り込める物。これは却下。どんな広い惑星だってすぐに増えたコインで
埋まってしまうし、それ以上は大気圏を越えて太陽熱でコインが溶ける。下手をすると
溶けたコインで出来た小惑星が出来てしまう。
 『ポップ地下室』や地下の空間に接続する『どこでもマンホール』も空間を制限するという理由で
却下。
 次の候補は……。
「『地平線テープ』?」
 説明には『壁に貼ると向こう側に無限の空間ができて地平線が見えるようになる』とある。
 無限の空間か……とりあえず貼ってみよう。
 俺はかすんだ記憶を頼りに壁から壁に渡すようにテープを貼る。すると、その向こう側に
夕暮れのように多少薄暗く何も無いが、間違いなく広大無辺の空間が発生した。
「ここなら……どんなに増えても大丈夫だな」

 興奮気味につぶやく。これで『バイバイン』の解除薬があれば、本当に金に困る事はなくなるな。
 そうそう、金と言えば……。俺は4時間目の前に考えていた事――どうやったらもっと
カネバチたちが金を拾い集めて来れるか――を思い出す。上手くいけばこんな事を考える必要は
無くなるが、次善策も用意しておいた方がいいだろう。
 簡単なのはカネバチとその出入り口を増やす事だ。数は『フエルミラー』で増やせるし、
置き場所は今確保できた。とは言え、どれだけの増やせばいいか分からないし、
一人で作業するのは面倒くさい……。

 ピッカーンッ!

「そうだよ、この手があったっ!」
 俺は天啓のようなひらめきに手を打つと、『ハツメイカー』に向かった。
 注文したのは、俺の言う通りに動く作業ロボット。こいつに『天才ヘルメット』と
『技術手袋』を合成すれば、命令するだけで改造などの面倒な作業を肩代わりしてくれる。
 早速一台作る。人型で、サイズは俺と同じくらい。外見はS○NYのP-3とよく似ているが、
膝と踝にタイヤがついている。長距離を移動する場合、変形して走行するらしい。
”マスター、ゴメイレイヲ”
 『一号』と名付けて、曰く『改造セット』と合成した作業ロボットが、直立不動で尋ねてくる。
俺は少し考えてから口を開いた。
「『フエルミラー』でお前自身をコピーして数を増やせ。ある程度数が増えたら次に言う作業に
取り掛かれ。そうそう、見分けがつかないから、コピーたちは増えた順番に番号をふって胸にでも
書き込んでおいてくれ。それで命令って言うのは……」

 いくつか与えた命令を忠実に実行していく作業ロボットたちの様子を眺めると、俺は壁にもたれて
『リストブック』に目を落とした。作業が終わるまでの暇潰しと、秘密道具のチェックのためだ。
 リストを四分の一ほどを読み終わった時の事だ。不意にビービーというアラーム音が
地下室に響いた。

「な、なんだぁっ!?」
 思わずリストブックを取り落としてあたりを見回す。
 ロボットたちは正常に動いているようだから違う。『フエルミラー』や
『フエール銀行』からでもない。『カネバチ』やこの『ポップ地下室』からはもちろん違う。
 そこまで見て、俺はようやくブザーが左手首の『タイムウォッチ』からの物だと気付いた。
「……俺の時計には、アラームなんてついてないぞ?」
 耳障りな警報を鳴らす時計を見て首をかしげる。昼休みの末に止めた時刻で針が止まっている
この時計は、俺の腕時計に『タンマウォッチ』と『狂時機』の二つを合成した物だ。そのどれにも
アラーム機能なんて物は存在しないはずなんだが……。
 考えているうちにもアラームはどんどん早く大きく、切羽詰った調子になって行き、
最後にはビッ……という鋭い音を発して消えた。それに合わせて止まっていた秒針が、
本来の機能を思い出したように時を刻み始めた。
 ……『時を刻み始めた』?
 俺は嫌な予感に突き動かされるように『タイムテレビ』を呼び出すと、現在の外の光景を
映し出す。
 そこには急ぎ足で廊下を行き交う生徒たちの姿があった。
「動いてるっ!? 時間は止めたはずなのにっ!!」
 俺はしばし呆然とすると、慌てて腕時計のネジを押す。しかし、何度押しても針は止まらず、
生徒たちも硬直することはなかった。
「な、なんで……」
 まさか、秘密道具が使えなくなった……? そう考えたとき、俺は全身が震えた。
 そうだ……秘密道具が手に入るなんて奇跡が起こるはずがない。きっと、その奇跡を今俺は
使い切ってしまったんだ……。きっと、この奇跡を用意した誰かも、あんまり利己的な事に
使いすぎる俺に呆れてしまったんだ……。
 そうだとしたら、今ある道具も取り上げられて……この地下室も、最初から無かったように
押しつぶされてしまうっ!?

 俺は恐ろしい想像に支配されてしまう。サァァァッと顔から血の気が引いていく音が聞こえた。
「……いや、そんなはずはないっ!」
 俺は不安を振り払うように叫ぶ。
 もし本当に秘密道具が使えなくなったのなら、『タイムテレビ』も使えないはずだ。
 少し冷静になると、俺はコピーしておいた『タンマウォッチ』のネジを押した……。