*  *  *

「あっ、ああっ、いっ、ああっいいっあっ、ああっ、ああああっ!!」

叫びながら、程よき乳房もベッドに押し付け尻だけを掲げて、
女は激しく喘ぎ続ける。
そんな女の腰を抱え、男は激しく突く突く突く。
普段のスーツ姿であればやり手の実業家と言う雰囲気も板に付いているが、
こうして裸一貫となるとどこからどう見ても文字通り絵に描いた様にその筋の人間以外の何物でもない。

「あ、あぁーっ!」

薄闇の中、白いシーツに黒髪をぶんぶんと乱して悶えていたが、
そんな女の顎がぐいっとシーツから浮き上がり、ぱたんと沈み込んだ。
堪能した男、普落二定は、既に生まれたままの姿でベッドでとろけきっている女から
未だ硬度を失い切らぬ逸物をずりゅっと引き抜き、テーブルを引き寄せ戦後の一服をつける。

昨今厳しさを増すばかりだが、主であり王であるここでは関係の無い事だ。
無論、Vシネマそこのけのモンモンな色事を「石ころぼうし」に「かくれマント」を装着して堪能していた
少々未来からの来訪者の事など知った事ではない。

そんな普落の側で最早寝くたばりつつある名義上のオーナーは、
現職の弁護士で社長令嬢だったが父親の経営破綻により学費弁済計画が一挙に破綻。
その知識を破産申立書だけに使って弁護士生活を始める前に終わらせるか
極めて品位に関わるアルバイトを探すかを本気で考えていた頃に、
その父親の倒産整理に関わった普落に目を付けられた。

元々が頭のいい女らしく、その意向が伝わった時には諦めきって割り切っていた。
多少の浪人だけで資格を得た、その努力だけに時間を使って来ただけに、
流石に最初に普落の裸体に怯えその日の最後に本物の涙を流していたのは仕方の無い事だったが、
今では百戦錬磨の極道棒に脳味噌までかき回されてとろけ切っている。
仕草の端々からも俺に惚れている、と、自惚れる事が出来るぐらいの色気が匂い始めている。

やり手で通っている今時の極道と、制度上の問題で市場から溢れ出しつつある
女子大生に毛の生えた程度のヒヨコ弁護士では実務の実力で勝負になるものではないが、
一応本職と言う事で試しに話を向けると打てば響くものは持っている。
仕事向けの忠誠心が確信出来るなら、何れ使ってみようと考えている所だった。

  *  *  *

「石ころぼうし」と「かくれマント」を装着したまま、
同時に装着していた「四次元若葉マーク」だけを剥がした俺様は、
まずは充填済みの「ネムケスイトール」でベッドの二人に睡魔を撃ち込み、
やや時間の異なる「グッスリまくら」で熟睡を保障する。
そして、「タイムベルト」でやや未来の世界へと移動する。

その結果としても深夜の同じ部屋、同じ寝室に居座ったままの俺様は、
「石ころぼうし」と「かくれマント」を外して、
「フリーサイズぬいぐるみカメラ」で制作した着ぐるみに包まれたこの身をさらす。
着ぐるみのモデルとなった男はこの日本で随分前に死んでいる。

  *  *  *

跳ね起きた普落は、奪い取る様に携帯電話を手にした。
一昔前なら迷わず拳銃を向けていた所だが、今は別の意味の警戒の方が厳しい。

「無駄だ」

側に立つ男が平然とした口調で言い、
よく知られた、目の前の機会にもロゴが入っている携帯電話会社の名前を言う。

「ここのエリアでシステム障害発生中につき×××号室に連絡する事は出来ない」
「何?」

一瞬、理解に苦しむのも無理からぬ話だ。
それこそ、基地局を爆破したとでも言うのならまだ話が分かるが、
わざわざシステム障害を起こす等と言う芸当は、
多少なりとも人脈、実力のある身だからこそ簡単な話とは思えない。
無論、「あらかじめ日記」など想定出来る筈も無い。

「そうかい!」

「かたづけラッカー」で消去した「さとりヘルメット」を被った男は、
普落の投げ付けたガラスの灰皿を頭だけですいと交わす。
そして、ベッドの下から引っ張り出して一挙動で振り抜かれた四番アイアンの足払いもぴょんと交わした。
その後で、男は、悠々と22口径の銃口を歩楽に向ける。

それを合図にしたかの様に、
リビングからアーミールックに黒覆面にサブマシンガンと言った出で立ちの集団が
静かに突入して来る。

彼らが何物かと言えば、アジア某国の特殊部隊であり、
就寝中拉致された上に「うそつ機」で緊急招集と思い込み、
「分身ハンマー」で任務遂行モードの分身を呼び出された上で本人はその事を「ワスレンボー」で忘却。
ここにいるのは「うそつ機」で絶賛任務遂行中の分身と言う事になる。
普落はアイアンを放り出し、ベッドの縁にどっかと腰掛けた。

「申し遅れました。わたくし、田中と申します」
「その、田中さんが何の用や?」

普落の言葉を受けながら、「田中」は口に「かたづけラッカー」を吹き付けた「うそつ機」を装着する。

「田中と言うのはコードネームでして、アメリカ合衆国の特別顧問を務めています。
無論、表向きの役職ではありません。
しかし、日米の司法、警察、そして軍隊は私の一存で動かす事が出来る。
その点に就いては日米双方の首脳、議会からも秘かに了承を得ている。
その事をご理解いただきたい。
もっと言うならば、私の立場ははるか昔から存在していた、見えなかっただけなのです」

普落の頭脳は猛烈に回転していた。
普落はイケイケの武闘派で通っている。それも真実であるが、只の喧嘩馬鹿ではない。
普落が舎弟頭に就いている顔根組の組長は
日本最大規模で知られる関西系組織でも両手に入る実力者であり、
普落はその顔根組でも次を狙える人材とされている。今日び、只の荒くれに出来る立場ではない。

いわゆる経済ヤクザの分野でも基本的な理解力と度胸と勘の良さ、
そして人使いの上手さで決して引けを取らぬ実績を上げている。
それだけの、各方面の情報力も持っている。

この話が嘘である、と言う前提が消えている以上、
この話が本当であると言う前提であればそれがどれ程恐ろしい事であるか。
それは、裏を知っている人間だからこそ通常の何十倍にも分かる事だった。

第一、田中が今この部屋にいる事自体が尋常ではない。
決して安穏ではない立場である以上、情報的にも物理的にも様々な手は尽くしてある。
それを楽々と突破している以上は、尋常ならざる力の介入としか見えなかった。
普落も修羅場をくぐった身。背後のSMG軍団がそこらの殺し屋軍団ではない事も理解出来る。

「ご理解いただけた様ですね。選択肢は二つに一つ。
私の指示に従うか、或いは、あなた個人も組もあなたの六親等以内の親族全員跡形もなく破滅するか。
私の指示が無い限り、いつも通りにしていただいても一向に構いません。
むしろ、あなたには得になる話を持って来る事になると思いますよ。
この事はくれぐれも内密に、私の事に探りを入れても決していい結果は出ませんよ」

結果として、普落の了承を得て携帯電話番号を交換した自称田中は、
麻酔銃と称する「ネムケスイトール」を歩落に打ち込み悠々と姿を消した。

  *  *  *

メキシコ国内某所、豪奢な応接セットの中で、ソファーに掛けた俺様は一人の男と向き合っていた。
テーブルに金の置物とメモを置き、
「ほんやくコンニャク」が作り出す訛りも完璧なスペイン語で一言二言言葉を添える。

目の前のソファーに掛けた男は、背後にかしこまる男に指示を出す。
背後の男が、携帯電話で何やら確認を取り、アイコンタクトが交わされた後、
俺様は目の前の笑顔の殺人鬼と固い握手を交わす。

目の前にいる男が何者かと言えば、メキシコの麻薬カルテルのドンと呼ばれる男だ。
ドンにとって俺様は古くからの大恩人であり、
俺様は現在メキシコ、アメリカ政府にも深く関わる情報活動を行い政財界への深いパイプも持っており、
そしてドンとの友誼を第一に考えている。立場上、この交際はトップ・シークレットであるべきだ。

その様に、俺様は「うそつ機」を使いドンに吹き込んである。
実際、各種の未来予知で得た相場変動の重要情報は度々、
この背後に控える会計士を通じて連絡を入れて多少の恩は売っている。

無論、会見に当たっては「フリーサイズぬいぐるみカメラ」を使って随分昔に死亡した南米人の姿を借り、
念のために「ソノウソホント」により指紋や筆跡、DNA型も指定された全くの別人のものに酷似させてある。

そして、今ここで一体どの様なやり取りが交わされたのかと言えば、
俺様が指定した銀行口座に足のつかない二十万米ドルを入金してもらいたい。
置物は報酬であり、米国内のとある廃墟にそれに見合う金塊を用意してある。そういう事だ。

その廃墟は、ドンの組織の出張所に程近い所にある。
指定された口座はケイマン島のペーパーカンパニーで、
欧州某国で札束に色は無いをモットーとしている弁護士を通じて入手したものだった。

  *  *  *

シチリア島某所。
かなりの部分は以下同文、で省いてしまってもいいだろう。
コーサ・ノストラの大物ゴッドファーザーと会見した俺様は、布袋と小切手を差し出した。
小切手は、実在する預金が担保である事に就いて銀行の証明つきのものであり、
布袋の中には屑ダイヤが詰まっている。

俺様としては、その小切手の額面に見合うユーロを指定された口座に振り込んで欲しい。
その様に依頼した俺様に対し、目の前の老人は相好を崩して応じたのであった。
別に断っても良かったのだが、丁度時間が時間だったため、
俺様はナイフを取り出す。パンから始まるコースが始まる。

以前、似た様な所用で訪れたドンは陽性であった。話が終わり、食事の後は、
昼寝の前に開放的にラテンなグラマーガールと死闘を演じた。
しかも、自分達がヌルヌルな死闘を展開した後のそんな二人をまとめて面倒見てやってだ。
だが、今回はちょっとそうはいかない。
いくら「うそつ機」効果であれ、円滑な交渉の為に建前は大事にしてやるものだ。

  *  *  *

「気が付いたかね?」

夜の廃工場の作業場で、俺様は厳かに告げる。

そんな俺様の目の前では、スーツ姿の女が一人、柱に立ち縛りにされてボール・ギャグを噛まされている。

「まず、私が日本国政府より最高機密特別作業員の任命を受けている事、その事を把握してもらう。
つまり、私が行う事即ち法、私がこれから行う事はいかなる違法行為であっても、
それは全て日本国政府が公認したものであり、内閣総理大臣以下
警察検察裁判所全ての政府機関が合法になる様に手配する仕組みになっている、つまり」

俺様は、今も口に装着している「うそつ機」と入手方法には事欠かぬドル札を駆使して入手した
マカロフを無造作に抜き出し、五回ほど引き金を引く。

「もし、この弾が当たっていたとしても、私は犯罪者ではない、そういう事だ、理解して頂けたかな?」

俺様の言葉に、スカートに大きな染みを作った女がコクコクと頷いた。
まあ、一応刑務所帰りのプロの詐欺師とは言っても、所詮はインテリ崩れの売女。
かつては司法書士でもあった元銀行員と言う程度のものだ。

それも、有罪判決も一度ではなく、最初は資金繰りの悪化から
客の金に手を出しての資格剥奪に始まり、とうとう実刑判決を受けて最近まで刑務所暮らしをしていた
と言うのだから、裏を返せば緻密さもその程度と言うもの。
その辺は俺様の頭脳とフォロー、
「女優」の「能力カセット」と「うそつ機」による信用保証で補えばいいだけの話。

「君には、これから私の指揮下に入り、秘密工作活動に従事してもらうのだが、
そういう訳で、最初にこれを見てもらう」

俺様が用意したのは、巨大なキャスターつきの姿見だった。

「あー、何か違和感があるかも知れないが、それは当然である。
我が組織の最新技術をもって君の体と顔を少々改造させてもらった。
任務終了の暁にはきちんと元に戻る、それは私が国家を代表しこれを保障する。

君は、私の言う通りにしていればいい。
そうすれば、国家ぐるみで捏造した証拠と
国家的圧力に屈した検察官、裁判官による過去全ての事件の再審無罪判決と、
キャッシュで一億二千万円を約束する。ただし、逆らうと言うのであるならば」

俺様は、改めて交換したマカロフのマガジンを空にする。
「きょうじき」でこの廃工場で一時間が経過しても
外部では一秒に過ぎないのだから、音と言う程のものではない。
壁には文字通り、後で回収する防弾チョッキが貼り付けられている。

「ご理解いただけたと思う」

実際には、眠っている間に「シナリオライター」などを使って、
「入れかえロープ」で俺様の用意したクローンと中身が入れ替わった詐欺師女はコクコクと頷く。
既に、「ソノウソホント」を使って指紋と筆跡も
そのクローンのオリジナルと同一のものに変化させておいたが、今はそんな事は説明しない。

無論、俺様自身が今現在、
この詐欺女同様「クローン培養基」で用意した全く別人のクローンの肉体を
「入れかえロープ」で借用している事など、捨て駒の詐欺師が知る必用も無い事。
海外のシンジケート巡りに廃工場。
「タイムベルト」に「どこでもドア」を使用しての準備は後もう少し残っている所だ。

  *  *  *

「殿河岸さんだね?」
「な、な、なんだてめ…」

とある安宿の一室で、俺様にマカロフを向けられた殿河岸は腰を抜かした。
それを見届けた俺様は、口に「うそつ機」を装着する。

「これを見て頂きたい。正真正銘直筆本物の紹介状だ」
「な、何?」

這い進んだ殿河岸とか言う極道者は、
日本屈指の大物中の大物極道の名前を連ねた紙片をカサカサ震える手で広げ目を通す。
無論、名前だけなら誰でも書く事が出来ると言うものである。

「一つ、仕事を頼みたい」

日本銀行の諭吉デザイン和紙をぎっしりと詰めたトランクを開き、俺様は商談を開始する。
操作性に問題が出て来たら、「入れかえロープ」で肉体を乗っ取り、
「メモリーディスク」で記憶だけ本人に注入しておけばいい事。

  *  *  *

「石ころぼうし」を被った俺様は、横浜市内の上等な一軒家のリビングで
強盗事件のリアルタイム観賞としゃれ込んでいた。
家人が縛り上げられ、PCやその記憶装置、ノートや手帳の類がドサドサと放り出されたリビングに
家中に散らばっていた黒覆面の男たちが集合する。

「こんなもんか」
「ああ」

リビングで、黒覆面達が会話を交わす。

「じゃあ、これは風呂に放り込んでサラダオイルぶっ掛けとけ。合図したら着火だ」

黒覆面の強盗団のボスらしい男が、仲間にジッポライターを渡した。
その様子を眺めながら、俺様はと言えば、
「フリーサイズぬいぐるみカメラ」で世を忍ぶ仮の姿となった俺様が、
「うそつ機」を装着し「新聞日づけ変更ポスト」を使って
日○中○競○会から俺様に出資させた札束で雇った男の名を「あらかじめ日記」に書き込む。
さらさらとペンを走らせ、日記の一節を完成させ、腕時計に視線を走らせる。

“…10、9、8、7、6…”

リビングの真ん中で強盗団を仕切っていた黒覆面の男が、手にしていたマカロフを振り回し、
一度引き金を引いた後、左手で鳩尾の下を鷲掴みにして、計画通り、にガクンと膝を着く。
泡を食う強盗団の真ん中で、黒覆面強盗団のボスは、文字通り、計画通り、に泡を吹いて白目を剥いている。

  *  *  *

翌日夜、白鳥任三郎警部は止められたエレベーターの前に立っていた。

「二発ですか、かなり手際がいいと言う事ですね」

言いながら、白鳥は戦慄に近いものすら覚えていた。
どこかカタギではなさそうな、そこそこ裕福そうな中年男。
そのスーツには大きな赤が広がり、加えて眉間に丸い穴が空いている。
手近には、底の抜けたミネラルウォーターの500ミリリットルペットボトル。

「凶器は、拳銃?」
「鑑定に回していますが、マカロフの可能性が高いと」
「マカロフですか。多いですね。マル害の身元は?」

報告を受けた白鳥が僅かに眉を動かす。

「これは、やはり四課の仕切りになりますか…」

  *  *  *

「いい店ですね」

白鳥警部が、ワイン・バーのカウンター席で言った。

「柄じゃねぇが、長い事この街で仕事してるからな」

隣に座る横溝重悟警部が言う。

「あんたとはタワーの事件以来だが、多摩川の向こうとこっちで下手に面合わせるとな」
「まだ、色々ありますからね」
「早めに済ましちまおう。そっちで弾かれたマルBの件だ。
俺らがマークしようって矢先に弾かれやがった」

白鳥が出した名前に横溝が頷く。

「例の強盗未遂事件ですか?主犯が心臓発作で死んだって言う」

「ああ、ふざけた話だ。タタキに入った真っ最中に、散々人を脅かしといて、
いきなり心臓発作でてめぇがあの世行きだ。
それで、てめぇでチラ付かせてたチャカ、窓に一発ぶっ放したモンだから、
近くを流してた自邏隊(自動車警邏隊)が駆け付けて仏以外は全員御用ってな。

生きてパクられた連中、仏になったマル被に金で雇われただけってうたってやがるが、
どうも本当らしい。組員にもなれねぇで殺しタタキで流れてるチンピラ連中だ。
余所でも汚ねぇヤマ踏んでるみたいでな、まず生きてシャバには出られねーだろうよ」

「それを束ねていた人間が、犯行中に急死したんですね?」

「ああ、あんましなタイミングなもんでこっちも司法解剖やら徹底的にやったが
今ん所死んだ事自体に事件性は出て来ちゃいない、只の病死って事だ。
野郎も形の上では破門食らった元組員。その元やあさんにだ、
代紋違いの癖に金で雇って汚れ仕事させてた現役マルBがいるってネタが
組対(組織犯罪対策)の筋で入って来た」
「それが…」

白鳥が出した名前を聞いて、横溝が頷く。
白鳥が出した名前は、白鳥が担当している暴力団幹部銃撃殺害事件の被害者の名前だった。

「そっちの感触はどうだ?」
「恐ろしい程の手際です」
「プロの殺し屋、とでも言いたいのか?」

「言いたいですね。同じマンションの愛人の部屋から帰る途中、
乗ったエレベーターを止められてマカロフの二発で仕留められている。
只、プロにしては無警戒過ぎます。すぐに捕まらなかったのは運が良過ぎたとも。
人の目はうまくすり抜けたみたいで、現在の所有力なモクは上がって来ていませんが、
マンションや周辺の防犯ビデオを精密解析に掛けている所です」

「カンの線は?」
「組対が中心になって当たっています。
マルBで自分の組も張ってる人間ですからそれ相応の利権や恨み辛みもありますが、
これだけの危険を冒して弾くだけの徴候があったのかと言えば、組対も首を傾げていたのが実際です。
ですから、そちらが当たりと言う事も…そちらのマル害は確か…」

「鈴木建設の副社長だ」
「鈴木建設…大手ですね」

「トップクラスのな。それだけに色々あるんだろうよ。
心当たりを聞いてもなかなか口を割らない。厄介な話だ」
「鈴木建設と言えば、鈴木の…」
「ああ、今話題の鈴木財閥系のトップゼネコンだ」
「この事件も今回の騒動の…」

白鳥の口調は、必死に動揺を抑え込むものになっていた。
日本屈指の巨大企業グループに関わる謀殺。
しかも、今の鈴木財閥は何が出て来てもおかしくない混乱のただ中。
政治的要素すら出て来るかも知れない。そうなると、難しい事になる。だが、やり甲斐のある大事件でもある。

「マル害の副社長は、こっちの事情聴取に対しては心当たりは全くないで押し通したその後、
家族を実家に避難させ、自分は弁護士の車で監査法人に向かった」
「監査法人?」
「ああ。鈴木崎担当のな。刷毛高監査法人だ」
「刷毛高監査法人…大手ですね」

「顧客にはそうそうたる一部上場企業が並んでる。弁護士はマル害の大学時代の友人だ。
こっちで行確掛けてそこまでは把握してるんだが、
そこから先がぷっつり途切れてる。ハッキリ言って見失った。
そして、その後になって、ある重大事件の参考人として東京地検の保護下にあるって
上から一方的に通達されたよ」

「東京地検特捜部ですね」
「他に考えられるか」

横溝が、グラスの液体をぐっとあおった。

「こちらにも情報が入っています。
詳細は不明ですが、東京地検の要請でSITが何者かの警護に就いていると」

「間違いねぇ。監査法人や弁護士、何よりマル害は完全に東京地検に抱え込まれた。
刷毛高ぐらいの監査法人なら、特捜にも繋がりがある。
地検は本気だ、こっちで下手に触ったら、捜査妨害としての対応も辞さないとよ。上は完全にブルッてる」

「私が聞いてる限りでも、そちらのヤマの強盗団は明らかに何かの証拠を消し去ろうとしていた。
今、副社長は地検の保護下。やはり、何か特捜が動く様な事件の証人として…」
「地べたの殺しのデカには任せられねえって事かよ…
これはタタキだ、それも、チャカ振り回したな。白鳥さんよ」
「出来る限り協力します。正直言って、現状ではそちらの話がこちらとしても一番筋がいい」

「地検と揉めたら後々響くぜ、お互い東大出だろキャリアの兄ちゃん」
「捜査一課は殺し、タタキが仕事ですから」

横溝は鼻で笑い、グラスを掲げる白鳥に付き合って自分のグラスでそれに触れた。
本当の意味での黒幕が、「タイムベルト」と「どこでもドア」を駆使して、
本来自分がいるべき時間である所の割と近い未来に帰宅済みである事など、知る由もなく。

  *  *  *

「あ、美和子」

警視庁本部庁舎で、宮本由美が美和子に声を掛けた。

「現場から直帰じゃなかったの?」
「ガセ掴まされたのよ」

  *  *  *

「前に担当してたヤマだよね。組対(組織犯罪対策部)の扱いじゃなかった?」
「あやふやなネタだったから一応確かめたのよ。
いける様だったら組対の顔も立てたけど、報せないで良かったわ」

居酒屋の小上がりで、キムチ鍋をつつきながら美和子が嘆息した。

「粉飾決算絡みの企業テロ、だっけ」
「メーカーの部長が刺されて、公認会計士の自宅前に爆弾が仕掛けられた」
「内部告発だっけ?」

「どっちかって言うと密告に近いわね、匿名だったし。
刺された部長が課長時代に、会社の株取引に不審点が多々あるって報告上げて、
その時は握り潰されたんだけど、後になってそのコピーが解説書つきで出回った。
その中の一通がマル害になった会計士宛に郵送されて、
本人は担当外だったけど、勤務する監査法人の契約先だったから、
法人としての調査の矢先に二つの事件が発生した」

「あからさまにやったものね」
「結果として部長は軽傷で爆弾事件も実害は出なかった。
自宅周辺に不審なプラスチックバケツが置かれていて、
その中に、発破の束と電池付きハンダゴテと目覚まし時計改造タイマーを接続したものが入っていて、
爆発前に通行人に発見されて処理された」
「だけど、うちの社の上は怒り狂って総動員を掛けたって事ね」

「部長にしたって当初はどうなるか分からなかったし、
この事件を解決出来なければ警察は反社対策で経済界から完全に信頼を失う。
これは戦争だって長官が激怒して帳場開きの一日目は総監列席よ。
検察からも金融庁からも総理秘書官からもどれだけのプレッシャーがあったか」
「うわ、胃が痛い。交通部だって相当に動員かけられたから」

「その密告文書、二課で会計士採用の財務捜査官宛にも送られてきていて、
事件の直前には実力派のジャーナリストにも送られていた。
二課では、事件の段階では公開資料の分析や実地調査を終えて聴取に入ろうかって矢先だった。
マルB関係の情報も含めてね。
だから、組対(組織犯罪対策部)のB担当(暴力団担当)が
帳場を主導したんだけど、刑事部でも機捜、一課、二課初め総動員で捜査に当たってた」

「実際、ホシ上げたのは美和子、一課だったしね」
「向こうは敷鑑こっちは地取り、それだけの事よ」
「元々、B担当は直接組に関わらない悪ガキに強いとは言えない。
現場捜査と独自の情報網で美和子達が部長を刺した悪ガキを割り出した。
それで、実行犯を一課が、バックの半グレ集団を組対の特捜隊がやるって事で顔を立てる事になったけど、
結局組対の方が外したって事よね」

「実行犯の方は防犯ビデオなんかもあったから、殺しとしては難しい仕事じゃなかった。
だけど、指示を出したって言う兄貴分が飛んだ。
組対の特捜隊が別件で一斉検挙掛ける手筈になってたけどその直前にね」
「その兄貴分の情報で出て行って本日も空振りね」
「そういう事。ま、よくある事よ」

実際、何でもないと言う風情で、美和子はモツを食らいビールを傾ける。

「結局、会社ごと引っぺがすって事になったわね」

由美が続けた。

「元々、問題の株取引自体、マルBへの利益供与スキームだったから。
二課や組対とメーカーでどういうやり取りがあったのか、詳しい事は聞いてないけど…」

それはないだろう、と由美は思う。
美和子が警視庁内、特に捜査官の中に持つ情報網はただ事ではない。

「結局、メーカーの方も一斉検挙された」

「既に下準備も終わってたから。
二課が粉飾決算の虚偽記載でメーカーの役員以下、
それに知ってて適正意見を出した監査法人の当時の主査を一斉検挙して、
組対が窓口となった企業舎弟やケツモチの組関係者を別件で引っ張ってる間に、
最終的には企業舎弟とメーカー側を特別背任とその共犯で引っ張る形に持っていったって訳」

「外が無理なら中からかち割ろうって?
内部告発で調査が始まっていた事をマルB側に抜いた奴が誰か、
誰が誰に知らせたか、マルBと連んで利益を得ていた人間、弱味を握られていた人間…」
「まあ、それで大体の筋は分かったけどね」

ビールで喉を潤す美和子が、少々呆れた口調で言う。

「その企業舎弟が調査の情報を聞きつけて、
ケツモチの組幹部に関係者が余計な事を喋らない様に対処を頼んだ。
幹部はそれを組員に指示して、組員は悪ガキ時代の後輩に当たる半グレの兄貴分に、
その兄貴分から悪ガキに渡る内に部長が刺される事になった。
只、ダイナマイトの方は本当に今でもよく分からないし、
部長の件はその組員までは組対が徹底的にぶっ叩いて縦書き(調書)とって起訴したけど、
指示としては曖昧過ぎるんじゃないかって公判は大荒れになりそう」
「私も聞いた」

美和子の言葉に、由美も言う。

「組の方では実際頭抱えたみたいね。これがゆとりかって。
お子さんの学校の名前言うとかもう少し考えれば分かるだろうって。
だけど時既に遅し、反社決別の旗振り役としては経済界との信用問題になるって、
警察庁、それに地検に金融庁だっけ?まとめて怒り狂ってオールジャパンで宣戦布告とみなされて、
組も会社も叩き潰される勢いで狩り出されたって事で」

「組対でも慎重論が結構あったみたいよこの捜査。
マルBは刑務所入りも稼業の内、そこの所を見誤ったら、
結局はサラリーマンを保身に走らせてその筋の人間に付け入られて情報パイプが閉じられるってね」
「この一斉摘発で、「善良な被害者」がいなくなった、
って見方も出来るわよね」

鍋をつつく由美の意地の悪い言葉に、美和子は苦笑するだけだった。

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最終更新:2011年10月07日 03:32