*  *  *

一度人造地球を出た俺は、「かんさつ鏡」でB島以下C島、D島…と、
同じ条件で造成しておいた無人島の状況を一応確認する。
おおよそ同じ条件だが、猪の代わりに豚を放して、

調達用の人造地球の大正時代に集めたその豚の産地も、
島によって沖縄やら奄美大島やら浙江省やらイタリーやらイベリア半島の国境周辺やら
それなりにバラエティに富んだものにしておいたが、
鹿の種類も島によって赤鹿やらムースやらシフゾウやら最近千葉県辺りで自然繁殖していると言うあれやら、
まあ、そんな所だ。

  *  *  *

「やあ、君が国木田君だね」

声を掛けられても、国木田は怪訝な顔をするだけだ。
それはそうだろう。自宅のベッドで安眠していた筈が、
気が付いたら普段着に着替えて見も知らない砂浜を歩いていた。

種を明かせば人造地球内のB島の南側の砂浜で
「シナリオライター」で着替えさせられて「ゆめふうりん」でうろつきながら
「ネムケスイトール」で強制覚醒させられているのだから、
いかにシャープな国木田でも、
「フリーサイズぬいぐるみカメラ」で適当な大人に化けた俺を相手に言葉を探すのも難しいだろう。

「いやいや、君も大変だったねぇ。
御両親が重大な経済的問題を抱えられて一家離散寸前と言う事で、
学校を休学して短期のアルバイトのためにここに来たのだから」
「え、ええ」

「うそつ機」経由の俺の説明に、国木田はようやく事態を飲み込んだ様に反応する。

「私は案内人の鈴木と言う者だが、
ここでの仕事と言うのは、ソーセージと薫製を製造してもらう。
マニュアルを含めてあの建物に必要なものは全て揃っている。
まあ、最初は失敗しても構わない。
免許とかそういう事は心配は要らない。そもそもここは日本ではないのだからね。

まあ、色々と言いたい事はあるだろうが、君の方に躊躇している余裕は無い筈だ。
何しろ時間が無い。
ここで断ったら後は内蔵の売買かマグロ船かと言う瀬戸際の経済事情なのだからね君の家は。
事情により私も同行出来ない。あちらの建物に指導員が待機している。

要は、期間内に製品が出来ていればいい、材料も生活物資も潤沢だから最初はいくら失敗しても構わない。
詳しい事はあの建物の中に書類と道具が揃っている。説明は以上だ」

「分かりました」
「じゃあ、早速あの建物に行って作業にかかってくれたまえ」

「ムードもりあげ楽団」に奮起されつつ納得いただいた所で、
国木田の頭を「分身ハンマー」で一撃し、建物へと走り去る分身を余所に、
今度は本体の方の国木田を「ネムケスイトール」で銃撃してから「ワスレンボー」で一撃して
俺の与太話とドッペルゲンガー体験を早々に忘却させる。

まあ、半月は突破されないであろう木製の国境線の向こうとなっているB島の北側では、
大体似た様な事情で俺の分身も、まあ、古泉ほどではないとは思うが奇妙なバイトに勤しんでいる。
無論、俺自身はその事を把握している。
しかも、お手伝いとして朝比奈さん(大)の分身まで同行している。

お互い野暮ったい作業服姿とは言え、朝比奈さん(大)である以上の輝きに一点の曇りもあろう筈は無い。
とは言え、朝比奈さん(大)も「うそつ機」で未来職務で既定事項で最高級上司の命令だと言われて
「分身ハンマー」を一撃されている訳であって、
俺は俺でこの作業を成功させなければならないと言う「さいみんグラス」による自己催眠状況下で
「天才ヘルメット」と「技術手袋」で製造した機械箱に仕込んだ「シナリオライター」に仕切られて
「分身ハンマー」で自己殴打に至っている。

分身朝比奈さん(大)には作業監督もお願いしたが、特盛になっても根がドジッ娘なのはおいといて、
やると決めたらその作業が例え密室で二人で素っ裸で踊り明かせと言う事であっても、
邪念も雑念も無縁なのが「分身ハンマー」の筈だ。この場合そうでなければ困る。

同様に、国木田の分身には分身の長門を先行入島させて監督・サポートの用意をさせてある。
まあ、豚一頭をどうこうする所からして、何日かかるか分かったもんじゃないけどな。

そういう訳で、北と南に一軒ずつ作業工場が用意されている。
工場と言っても豪邸を改造したものであり、
建てた過程は不可能では無い事はご理解いただけると思うが、水道は「なんでもじゃ口」で、
閉鎖された一角では大量の「つづきをヨロシク」がハンドルを回している巨大発電機が稼働中だ。

「分身ハンマー」の濃度は数よりもモチベーションらしいので、
構う事なく同じやり方でC島、D島、E島…でもどんどん分身による作業開始を指示する。
もちろん、後で忘れさせる訳だが、何しろ「分身ハンマー」なので、
忘れる以前に記憶しておく物理的土台に影響が無いか…ま、大丈夫だろ。

  *  *  *

「ん、んー…」
「おう、起きたか国木田?」

むずかる様な声を上げる国木田に俺は声を掛けた。

「あれ?ここって?」
「ああ、船の中だ」
「船?」

さすがの国木田も、今度も又シャープな頭脳が圧倒的に空回りしているらしい。

「だから、今日は夏休みの…」

「うそつ機」を装着したまま、俺はふざけた日付を口に出す。

「…日で、俺達がSOS団受験合宿をやるって聞いて、
興味を示したお前を特別準団員として招待した結果、
こうして合宿の会場である無人島の別荘に向かっている、と、こういう事だろうが」
「ああ、そうだっけ」

まだ、何となく理解し切れていない口調ながら、国木田は頭を振りながら返答する。
それはそうだろう。体育館の中に設置した「地球セット」で一通りの準備を終えた後、
俺は「タイムベルト」で更に過去に遡って「タイムテレビ」で確認済みの深夜の国木田の自宅に赴き、
「石ころぼうし」を被って「どこでもドア」で部屋を訪問して「グッスリまくら」で確実に熟睡させてから
「ペタンコアイロン」と「チッポケット二次元カメラ」を使って連れ出した。

で、逆のコースを辿って体育館に戻って、
「宇宙どけい」を西暦300年から微進行モードに設定された「地球セット」の人造地球の中に入って、
一旦B島での与太話と分身の着任を経て、
人造地球内の地理的には静岡県沖合にクルーザーを浮かべて中に乗り込んだ。

クルーザーは「友情カプセル」と「うそつ機」でとある大富豪に乗せてもらい、
「ペタンコアイロン」で一時的に所有者と操舵手に退場してもらっている間に
「チッポケット二次元カメラ」と「タイムコピー」で手に入れたものだ。

錨を降ろし、船室の中でまずは本日の共犯者朝比奈さん(大)を
「チッポケット二次元カメラ」の写真から湯で取り出し、
「ペタンコアイロン」の圧縮状態になっている朝比奈さん(大)に霧吹きを掛ける。

こちらはある程度、夏の無人島に行って少々悪ふざけをすると言う辺りは説明済みなので、
目を覚ました後で、眠っている間にクルーザーに乗って貰ったと言う事だけは「うそつ機」で納得して貰った。
まあ、今の朝比奈さん(大)は、数々の道具でベタ惚れ状態で
「うそつ機」によって俺が既定事項の支配者にして未来時空管理局の責任者になって
「ニクメナイン」服用済みと言う事情によって、大概の手伝いは喜んでやって下さる。
無論、畏れ多くもかの魅惑の太陽系グラマー特盛一杯を俺の欲望に興すると言う点も含めてな。

そして、国木田を「チッポケット二次元カメラ」の写真から湯で取り出し、
「ペタンコアイロン」の圧縮状態になっている国木田に霧吹きを掛ける。
そのまま、共犯者朝比奈さん(大)立ち会いの下、
国木田には「ゆめふうりん」で国木田の部屋から持ち出したラフなTシャツとジーパンに着替えてもらった
そして、今に至ると言う訳だ。

「せっかくだから、眠気覚ましに海でも見てみるか」
「ああ、そうだね」

「グルメテーブルかけ」で用意しておいた
サンドイッチと紅茶をなかなかに旺盛な食欲で平らげた国木田を誘い、
俺達は甲板に出る。

「あら、国木田くん、起きたの?」
「あ、朝比奈先生お早うございます」

タンクトップにショートパンツと言う姿で潮風に吹かれていた
実に様になる朝比奈さん(大)ににっこり微笑まれながら国木田が礼儀正しく頭を下げる。

「えーっと、他のみんなは?」
「おいおい、まだ寝ぼけてるのか?
とある無人島にある古泉の知り合いの別荘に行く事になって、
人数の都合でこの三人だけ別行動でこの船で向かうって説明しといただろ」
「ああ、そうだったね」

「かたづけラッカー」で視界から消した「うそつ機」越しの俺の言葉に、
国木田はにこにことしごくあっさり承諾し、
ジャスト一分を待って一分間に設定した「かたづけラッカー」で視界から消した「ワスレンボー」を
「マジックハンド」で動かして朝比奈さん(大)の頭を一撃する。

「朝比奈さ…先生、操縦の方は?」
「自動操縦よ、お天気もいいしこの辺は地形も問題は無いから」
「朝比奈先生が操縦を?」
「他に誰がいるのかしら?」

「セーラーマン」の「能力カセット」を挿入された朝比奈さん(大)の余裕の微笑みは、
普段は余裕の国木田を赤面させるに十分だったらしい。
その間に、俺は、小さく引いたマーカーを手がかりに、
「かたづけラッカー」で視界から消した「タヌ機」を装着する。

「霧?」
「あらあら、言ってる側から。あなた方は戻った方がいいわね」

俺のウィンクを受け、打ち合わせを受けていた朝比奈さん(大)が言った。

「キョン、これって?」
「ああ、天気予報は快晴だったんだけどな」

脳内に雷鳴を聞いている事はほぼ間違いない国木田に、
「タヌ機」で脳内雷鳴を発信している俺も真面目くさって応える。
だが、とびきりデカイ直撃に声一つ上げなかったタフなお前を俺は忘れない。

  *  *  *

「ん、んー…」

「かたづけラッカー」で視界から消した「ネムケスイトール」で狙撃された後、
同じ道具で睡魔を吸引された国木田が船室で頭を振る。

「あれ?」
「ああ、ひどい揺れだったからな。どっかぶつけたか?」
「いや、大丈夫。それで?」
「ああ、何か停まったみたいだな。出てみるか」

俺と国木田は甲板に出るが、ハッキリ言ってこの先、大概の事は俺の仕込みと言う事になる。
この船がどこかの港、要はA島に停泊していると言う事も含めてだ。

「取りあえず、状況を説明するわ」

何とかかんとか投錨、その港の防波堤に上陸した俺達の前で、朝比奈さん(大)による説明が始まる。

「さっきの落雷が直撃で、計器も無線も使えなくなった」
「えっ?」

朝比奈さん(大)の説明に、国木田が小さく声を上げる。
むしろ、即座にその意味を察知した頭の回転の方が賞賛に値する。

「だから、ハッキリ言って現在地は不明。オーパイも使えない。
ここがどこだかも分からないけど、上陸して助けを呼ぶしか無かった。
こんな事になって本当にごめんなさい」
「い、いえ、事故なら仕方がないです。港があるなら連絡出来る筈ですから」

頭を下げる朝比奈さん(大)に、国木田がやや慌て気味に言った。

  *  *  *

「…人の気配が無い…」

防波堤から道なりに、港のすぐ側まで迫る森へと入って行く。
道無き道を進む中、国木田も気付き始めていた。

「建物」

先頭の朝比奈さん(大)が指差す先には木造の小屋があった。
小屋に近づくと、その側には更に大きな建物が見える。

「すいませーん、誰かいませんかー?」

施錠されていない正面玄関から小屋に入り、三人で呼びかけるが応答は無い。

「まずいわね…」

広くもない小屋を探り回った果てに、何かを見付けた仕草で朝比奈さん(大)が言う。

「ここは…」

朝比奈さん(大)が打ち合わせ通りの名前を出す。

「…の別荘みたい」
「?」

同じ名前を繰り返して国木田が首を傾げる。

「余り知られていないけど、相場か何かで当てた大富豪よ。
無人島に別荘を持っているって聞いた事がある」
「じゃあ、ここは…」

国木田の言葉に、本人も知らぬ間に
「女優」の「能力カセット」を挿入された朝比奈さん(大)が真面目な表情で頷く。

「でも、大富豪の別荘だったら…」

国木田の言葉に、朝比奈さん(大)は首を横に振る。

「それが、彼は非常な偏屈者で、土地の名義もダミーを介したもので場所も公表されていない。
航路から見ても普通だったらまず通らない場所にある島だって聞いた事がある。
年に何日か、信頼のおける愛人と共にここに来る時以外は外部との連絡を一切絶つ。
本当の非常時だけ、船の無線か自分で持ち込む携帯用の衛星電話で連絡をするって。
しかも、ごく最近ここに来た形跡がある」
「そんな…」

さすがの国木田も落胆の表情を浮かべた。

「で、でも大丈夫です」

つと目を反らした朝比奈さん(大)に、国木田が言った。

「僕達が到着しなければSOS団の他のメンバーが不審に思う筈です。
捜索が始まったらクルーザーもあるしすぐに助けが来る筈です」
「だとすると、助けが来るまでどうやって持ち堪えるかだな」

国木田の言葉に俺が続け、国木田も頷いた。

  *  *  *

「こりゃ、食うだけなら当分保ちそうだな」

別荘と言うには質素そのものの小屋で鍵を見付け、
すぐ側にある倉庫に入った俺が、実際の所は俺自身が用意していた結果を告げた。
倉庫には玄米と大麦、塩の袋が山と積まれ、味噌や醤油の樽もズラリと並んでいる。

「これって備長炭かな?」

山積みになっている炭俵を見付けて国木田が言った。

「あれですね」

一度表に出て、倉庫の屋根を見上げた国木田が朝比奈さん(大)に言った。

「倉庫自体の風通しは非常に良くなっています。
外側には小さな穴の空いた厚い鉄板、内側には網戸を張った二重窓がいくつもあって、
それに、換気扇も稼動しています。

あの屋根のソーラーパネル、あれで発電が出来る時は、
あの室外機から吸引された外の空気が倉庫内の扇風機から吹き込まれて、
中の空気が屋根に取り付けられた換気扇から外の室外機に抜けています」

「じゃあ、中の食べ物は…」
「見た限り、十分食べられるものばかりでした」

二人で微笑み合って、文字通り微笑ましい光景って奴だな。
まあ、朝比奈さん(大)にも、絶対安全と言うぐらいの説明しかしてはいないからな。

  *  *  *

「お待たせ」

とっぷりと日が暮れて、別荘の囲炉裏端で俺達が待つ間に朝比奈さん(大)が夕食を持ってきた。
この別荘の構造は、土間の台所、囲炉裏端、そして敷居だけまたぐもう一部屋
ほぼこれだけで構成されている。

「いただきます」

礼儀正しく唱えて国木田がかぶりついているのは、玄米の握り飯梅干し入りだ。
無論、朝比奈さん(大)手ずからのおむすびに俺から異議などあろう筈も無い。
土間の台所に竈があり、ご丁寧にも玄米用、麦飯用のマニュアルつきだ。ポンプ井戸も存在していた。
朝比奈さん(大)が見付けた記録によると、井戸水は飲料用に検査済みだ。
ああ、そういう設定って事で、今後その辺のメタは時々割愛するんで行間を読んでくれ。
やっぱり無人島漂流記はそうじゃないと興が削がれる。

「でも、明かりだけでも電気が通ってて、助かったわね。それに冷蔵庫も使えるみたいだし」

オレンジ色の電灯が灯る天井を見上げて、朝比奈さん(大)が言った。

「向こうにあった建物が、簡単な水力発電になっていました。
この別荘まで地下ケーブルが通っているみたいです」

食後のお茶をすすりながら国木田が言う。
このお茶も、食器類は意外な程に多いものの簡便すぎる程簡便なコテージの台所にあった買い置きで、
コンセントに接続して熱湯を沸かすだけの至ってシンプルなシルバーなポットもここの備品だが、
コンセントつき手動発電機もセットで置かれていた。

「犬、なのかな?」

遠吠えに気付いた国木田が少々不安そうに呟いた。

「それが…」

朝比奈さん(大)が真面目な口調で続け、何かを持って来る。

「これって…」
「ボーガン?それにド…」

俺の言葉に国木田が続き、朝比奈さん(大)が頷いた。

「ボーガンは鹿狩り用みたい。こっちはド?」
「石弓、ここに石を置いて飛ばす、多分こっちもハンティング道具、手作りみたいですけど」
「そう。ハンティング用に入れた動物が島を丸坊主にしない様に、
ヨーロッパかどこかから秘かに狼を移住させたって話があるの」
「マジかよ」

答えを知っている俺でも言いたくなって実際に言ったその展開に、国木田も息を呑んだ。
ただ、一つだけ答えと違うのは、
この島にいるのはこの人造地球内には未だにうじゃうじゃといる日本狼だ。
こんな時でも無ければ一生見る機会も無いだろうからな。

「だから、外に出る時は単独行動は慎んで」
「は、はい。狼なら」
「え?」
「熊と同じで、お話ほどには人に危害を加えない筈です。変に刺激しない様にすれば…」
「ふふっ、詳しいのね」

朝比奈さん(大)ににっこりと微笑みを向けられ、国木田は目をぱちくりさせていた。

「それじゃあ、今夜は寝ましょう」
「だな、頑丈そうだからマジ狼でも突破しては来ないだろ」

囲炉裏端を立った俺達は、隣の板の間で、
用意されていたマットを敷いてタオルケットを被って三人で雑魚寝をした。

「んー…」

朝比奈さん(大)を挟んだ川の字になった訳だが、
ごろんと転がって自分の方を向いた朝比奈(大)に気が付いた国木田は、
ちょっとの間目を開けてそちらを見ていた。

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最終更新:2010年11月28日 01:59