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明け方、火災報知器としか思えないベルの音に、コナンは跳ね起きた。

「何だぁ?」
「何ですか?」
「江戸川君?」
「コナン君」

元太と光彦がまだ寝ぼけ眼でいる中、廊下に飛び出したコナンが隣室の哀と蘭に出くわす。

「別に、煙の気配は無いけど…」

哀が生あくびと共に言う。蘭と同室していた哀は、ひどい寝不足を自覚していた。

「事故発生、速やかに一階待合室に避難して下さい、危険です、速やかに一階待合室に避難して下さい」
「おいっ、元太、光彦っ!!」

放送にハッとしたコナンがドアを開けて怒鳴り、ようやく二人も廊下に駆け付けた。


「なんだなんだ?」

人でごった返す待合室で、コナンは首を傾げていた。
明らかにおかしい。そもそも、一体何が起きたのか、未だもって全く把握出来ない。

「コナン君?」

音を頼りに、コナンは歩き出した。

「オルゴール?賛美歌…時限装置…」

途中から駆け出したコナンは、廊下でオルゴールを拾った。
次の瞬間、少し先で爆発音と共にドアが吹っ飛ぶ。
中を覗いたコナンは、絶句した。


「来るなっ!」

コナンの発した怒声は廊下に響き渡り、後続がギクリと足を止める程だった。

「博士、蘭姉ちゃん野次馬を止めてっ!灰原は子供達をっ!!」
「…まさか!?」
「ああ、そのまさか、みてぇだぜ」

哀の叫びにコナンの声が返って来た。

「どうしたんですかコナン君!?」
「駄目よ」

目の前に立ちふさがった哀の鋭い言葉に光彦が息を呑む。

「駄目、あなた達が見てはいけないものなの」
「何だよ、おいコナンッ!」
「ちょっ、小嶋君っ!」
「駄目えっ!」

叫んだのは、歩美だった。

「駄目えっ!絶対駄目えっ!!」

前に回って元太にしがみつく歩美の絶叫は元太の足を止めるに十分だった。

「…絶対、駄目なんだから…」
「…わりぃ、蜷川先輩…」




杯戸警察署の一室。
携帯の着信に反応し、美和子が寝ぼけ眼で携帯を開く。

「…コナン君?…もしもし…」
「メール見て、早くっ!」

小さいが、明らかにそれはコナンの怒声だった。電話は一方的に切られる。

「おいっ、何だよっ!」
「何やってんだおいっ」

コナンが振り返る、蘭と阿笠が抑えておくのは流石に無理があった。

“…まずい…”

現れた面々を見てコナンの顔から血の気が引く。

「おいっ!」
「おいっ、蜷川かこれっ!?」
「きゃあああっ!!」
「おい蜷川っ!!」
「入らないでっ!すぐ警察が来るっ!!」

本来ならコナン(新一)の一つ上の先輩たちが
ドカドカと分娩室に踏み込む。

「くそっ、何だよこれ」
「駄目、外れない」

口枷を填められ、開いたクスコとアナルバイブを差し込まれた状態で拘束された蜷川彩子を前に、彩子の拘束された分娩台の周辺に集まったクラスメイトが悪態を付く。


「無理だよ」
「は?」
「奴がやったんなら、レスキューが機材持ってきて壊すまで外れないよ」
「奴って」
「ちょっと、まさかこれって…」
「きゃあああっ!」
「彩子さんっ!?何よこれ…」

背後に後輩の悲鳴を聞きながら、看護師の野田夢美もまた立ち尽くていた。

「野田さん毛布ある?それから産婦人科に手配して、レイプ前提で」
「レ、レイプって坊や…ああ、こっちよ。ドクターコール、いや、待合室戻って先生に」
「はいっ」
「大丈夫よ、今、すぐ助けが来ますからねーもうちょっとだけ待っててね」


写真メールを開いた美和子はぎょっと目を見開き、立ち上がる。

「“逃げ三矢”が出た、米花総合病院!!」

美和子の怒声と共に、周辺でかなりあられもない姿の女性警察官達が一斉に跳ね起きていた。

「当直に連絡、リモコン台(所轄無線室)お願い。私が“逃げ三矢”と断定したって言っていい」
「はいっ」

バックアップの雑務から所轄、本庁で性犯罪指定を受けている面々までが自分の頬を張ったり体を伸ばす中、一人の女性刑事が携帯を開き「神の親指」を連打する。

美和子が、ハイテク犯罪対策総合センターに所属している、左手にも携帯電話を持って耳に当てた彼女が変人入っているが真面目で腕利きである事は承知していた。

「“逃げ三矢”が出た米花総合病院投下始まってますトリップ確認しました要請をスレ名は…」

「と、言う事よ。それぞれ連絡入れて持ち場戻って!」
「はいっ!!」





「消防来た道空けてっ!!」
「ひどいな、こりゃ」
「駄目だ、こっちもワイヤー入ってる。切れるか?」
「はい、今外しますよ」

最初から“逃げ三矢”前提で通報された消防からレスキューが到着し、分娩台の彩子を拘束している器具を破壊していく。

「はい、蜷川彩子さんですね…」
「やめてやめてやめて…」
「すぐに全部…」
「やめてやめてやめてそれだけはやめてそれだけはやめてなんでもしますなんでもします
なんでもいうことききますなんでもしますえっちなことなんでもしますだからやめてやめてやめて
みせるのだけはやめてみせるのだけはやめてなんでもしますなんでもしますみせるのだけはやめて…」





「コナン君」

さすがに現場を飛び回るのは憚られ待合室に戻ったコナンが振り返ると、険しい表情の美和子が立っていた。

「あ、佐藤刑事」

美代子の言葉に、コナンが無言で携帯を渡す。

「他に撮影したり送信したりは?」
「してないよ」

厳しいぐらいの美和子の口調に、コナンも静かに答える。

「確認出来たら消去の上返すから。気持ちは分かるけど、余り褒められないわよ」
「ごめんなさい」

効率に徹したとっさの判断、迅速に対応されるのが一番いい、それで良かったと考えていたが、既に付けられた深い傷だからと、僅かにでも触れてしまった事の重大さが改めてコナンの心を揺るがす。




病院の防災センターに向かった美和子が、出て来た女性刑事とすれ違おうとした。

「クラッキングです」

美和子が足を止めて隣を見る。

「火災報知器の作動プログラムと偽の館内放送の音声データ及びその作動プログラム
まず間違いなく防災システムに存在していた筈ですが恐らく自動的に消去されています。
アクセス記録プログラム上の痕跡を分析して病院関係者システム監査合鍵を持っている人間をこちらで徹底的に叩いて叩き出します
このシステムでそこまでの事が出来る内部犯は限られて来る筈ですから。只…」
「只?」
「問題は内部犯ではなかった場合です。
その場合は我々はとんでもないバケモノを相手にしている事になります。
陵辱する肉体を持ちながらアナログの足跡も残さず情報の海を好き放題に泳ぎながらデジタルの足跡も残さないゴースト。
割り出して見せます機械は嘘をつきません」
「証拠は嘘をつかない、見つけ出して見せる人間が必ず残す足跡を」





「犯人は薬か何かで蜷川さんを眠らせて、別の病室に移して暴行して、そこから更に分娩室に移動して拘束し放置した。
分娩室のドアに時限爆弾を、廊下に時限装置付きオルゴールを仕掛けて、防災センターのプログラムと音声データを書き換えて拘束された蜷川さんに注目が集まる様にした。
そこまでは分かるんだけど…」

ファミレスのテーブル席で、ストローを弄びながら美和子が言った。

「目撃者が出て来ないんだね」

目の前のコナンの言葉に、美和子が頷く。

「蜷川さん、精神状態が酷く不安定で事情聴取は難航してる。
犯行時刻もあの夜だと言う以上はなかなか確定できない。
でも、断片的な供述や犯行様態からしてかなりの騒ぎになっていた筈。
にも関わらず、病院内でそれに気付いた人は現れない」

通常の意味での暴行を受けたのが明らかだった彩子の姿を思い出し、コナンの胸に新たに熱い怒りが灯る。

「その、暴行の現場は、特定されているんだよね?」
「ええ、入院していたのとは別の病室から痕跡が色々と見付かった」
「覚醒剤も?」

コナンの静かな問いに美和子は頷く。

「その、色々な器具も、持ち込んだんだよね?」
「そうよ、病院内の器具だけじゃあんな事、壊さない限り外れない様なあんな拘束は出来ないもの」

そう返答する美和子の口調には怒りがにじんでいた。

「犯人はどこから侵入したのか、そもそも、いつから病院に潜んでいたのか…」
「ずっと、病院にいたって言う事?」
「可能性はあるわ。外部から侵入した様な形跡も窓から発見されたけど、それもフェイクかも知れない。
だから防犯ビデオや見舞客、出入り業者の割り出し、確認を急いでるんだけど、病院だからその気になれば入り込む事自体は難しくないかも。理論上はね」
「入院患者なら、誰でも良かったって事なのかな?」
「そうなのよね。
今は病院内でさえ入院患者の名前を把握するのが困難な時代だけど、犯人は彼女の名前も、そして恐らく帝丹高校の三年生だと言う事も知っていて、準備もしていた。
でも、蜷川さんが入院したのは急な食中毒。そんな事当日になるまで分からない」
「ニュースで見たけど、あの食中毒を犯人がどうにかするのは難しいよね」
「念のためこっちでも調べた。
“逃げ三矢”関連と言う事で警察庁から要請を出して、問題の食中毒のサンプルや証拠品、各県警で集められるだけ集めて科捜研(科学捜査研究所)や科警研(警察庁科学警察研究所)、大学で分析したけど事件性は出なかった。
大半のケースでは有害物質自体が出なかったけど、中毒症状が出たケースではほぼ百パーセント、それから、釣り人から提供された魚の一部から問題の毒物が検出された。
ほとんどが関東各地の自宅に持ち帰られていた魚よ。
どこかの海域で有毒プランクトンが蓄積した魚の群れが海流か何かの関係であの日あの海岸にたどり着いた。
科学的に見てもそれが結論、人為的にどうにか出来る話じゃないわ」
「だとすると、たまたまあの魚を食べてクラスの他の人と入院していた蜷川さんが被害に遭った、そう言う事だよね…」

全く納得していない口調でコナンが言った。

「蜷川さんを狙っていたのだとしたら、入院するって分かってほんの何時間かの間にあれだけの準備した事になる。
それは余りにも手際が良すぎる、ほとんど不可能だと言ってもいい。
だから、理屈で考えると、入院患者なら誰でもいいと思って準備していた、無差別婦女暴行事件の犠牲になった。そう言う事になる」

美和子の言葉も、納得しがたいのがありありと分かる口調だった。

「あの非常ベルを鳴らしたら放送したりしたのは?」
「あれも犯人の仕業に間違いないわ。大体、あんな内容のアナウンス、病院側は用意してなかったんだから」
「それ、準備するのにどれぐらい時間掛かるの?」

コナンの言葉に、美和子が首を横に振った。

「防災システムのプログラムや音声データを書き換えられていた。そんな事が出来る人間は限られている、筈だった。
でも、何らかの事情で大規模な情報流出があったみたい。
病院内でアクセス権限のあるほぼ全員が外部から不要なアクセスをして、しかもその痕跡を表面上消去していた。
記録上はね。
しかも、アクセスした事になっている人間はその時間、飲み会や会合に出席していてアリバイが成立している。
つまり、アクセス権限のあるほぼ全員が、自分のアクセス権限の使い方を誰かに教えていた、そう言う事になる。
どうやって情報を手に入れたかは分からないけど、そこまで周到に準備していたと言う事は、いよいよ、突発的な食中毒に合わせての犯行とは思えない。
狙いは蜷川彩子さんではなく病院の入院患者だった、そう言う事になるわ」
「アリバイって言っても、パソコン経由だといくらでも方法はあるよね」
「ええ、プログラムの方法次第でどうにでもなるって聞いた。
これが蜷川さん一人の事だったら、
病院による組織的犯行の線もかなり濃厚になる。蜷川さんを狙った犯行も可能かも知れない」

「でも、“逃げ三矢”、なんだよね」
「そう。蜷川さん一人ならとにかく、“逃げ三矢”に病院が組織的に関わっていて、それに関する情報が全く漏れないなんてまず考えられない」
「…蜷川さんの具合、どうなの?」

コナンの問いに、美和子は首を横に振るばかりだった。





「そう」

阿笠邸でコナンの話を聞き、哀はパソコンのディスプレイに向かって呟く様に言った。

「ああ、蜷川先輩を狙ってあんな事件起こすのは、
下手すりゃ太平洋のど真ん中までトリック仕掛けなきゃなんねーからな。
そうじゃなくても、蜷川先輩の入院から事件までの時間であれだけの仕掛けをするなんて、
凄腕の共犯者がどんだけいたって出来る話じゃない」
「そう。それで、彼女はたまたま病院にあんなバカみたいな仕掛けをしていた連続暴行犯の餌食になり、
たまたま一緒に入院していたクラスメイトに死ぬより辛い程の姿で晒し者にされた、
それが警察と工藤君の方針なのね」
「絡むなよ。俺だって…」

コナンの脳裏には、見た事も無かった美和子の表情が蘇っていた。





「これで八件目よ」

その言葉を吐き出した美和子の声は、僅かに震えを帯びていた。

「警視庁管内ではこれで八件目。難しい事件は今までにもあった。
でも、こんなに粗っぽい事件なのに近づいていると言う実感が全然無い。こんな事件初めてよ。
こんな犯行を続けていれば必ず目撃者が出て来る筈なのに、それ以前に見付かって通報されるのが普通なのに、それが全然出て来ない。
警視庁だけじゃない、新潟も、他の県警もそこで立ち往生してる。
確かに、一件一件の事件で考えるなら悪運が強かったで済ませられる事もある。
でも、これは天文学的な偶然でもなければ何らかのトリック、でも、トリックと言うには余りにも…
犯人が天文学的な偶然を操る事が出来るのならば、蜷川彩子さんを狙う事だって出来るのかも知れない。
いつ生きるか死ぬかも分からない苦しんで錯乱してそこまで彼女の身も心もを決定的に破壊する事を、彼女を同級生の前で意図的にそこまで追い詰める事だって出来るのかも知れない。
私たちは本当に、神を相手にしているとでも言うの?…」

下を向いたまま震える言葉を吐き出す美和子の顔は、真っ青に震えていた。

「こんな神なんている訳がないっ!」

コナンの叫び声に、美和子はハッと顔を上げ、店中の注目が集まった。

「そうよね、こんな神様がいる筈がない。
これは人がやった事、人がやった事に手が出せない、足跡すら見付ける事が出来ないでいる。
こんな粗っぽい事件で捜査しても捜査しても近づいていると言う実感は全然無くて被害者だけが増え続ける。
警視庁管内だけでも、何人もの被害者が言葉に出来ない程苦しめられてる、私達が何も見付けられない間に、被害者だけが、苦しみだけが増えていってる」
「この世にとけない謎なんて塵一つもねぇ」

美和子が、ぎょっとしてコナンを見た。

「いつも新一兄ちゃんが言ってた。
神様でも悪魔でもない、人間なんだから、だから…」
「うん」





「どうかした?」
「いやー、別にー」

哀に声を掛けられたコナンは、上を向いて美和子の子供の様な笑顔を思い出していた。
今考えると、美和子の思いも少しは分かる。
そもそも、あんな事件で、美和子が携帯電話を取りに来たコナンを誘って茶飲み話をした事自体どうかしている。
事件の事を知っている多少は頭の切れる小学生と話をして、何か見落としていた糸口が見付かればいいと、それぐらい捜査が煮詰まっていると、コナンはそう推測していたが、どうも煮詰まっているのは捜査だけではないらしい。
美和子の立場、性格を考えれば、どれだけ一生懸命この事件に取り組んでいるか想像はつく。
にも関わらず、美和子の言う通り、これだけの捜査体制でここまでこれだけの粗っぽく派手でふざけた犯行が検挙出来ない。
その事でのし掛かるプレッシャーは尋常なものではない。
コナンも、この成り行きを只の第三者として見ていれば、警視庁は無能揃いかと本気で考えただろうと思う。であれば、他の誰がそう考えても不思議ではない。
何より、その事は美和子自身、現場の捜査員が一番痛感している筈だ。
そんな状況下で、美和子の立場、性格では弱音は吐けない。

「何か、変な事言ったんじゃないの?」
「は?何だよそれ灰原?」
「別に、いつも自信満々の名探偵さん」
「あれだけの犯行だ、普通ならとっくに検挙出来てる、そう考えても無理ねー所だ。
目暮警部からも工藤新一として情報仕入れたけど、これが“逃げ三矢”の犯行である事には間違いないんだ」
「一致したのね?」
「ああ、先輩に残された…体液のDNA、ネット掲示板の犯行声明のトリップ、覚醒剤の薬物指紋、全部一致した」
「まるで同一犯だってアピールしてるみたいね、これでもかこれでもかってぐらい」
「アピールしてんだよ、完璧に。けど、絶対残してないものがある」
「何かしら?」
「指紋だよ。二十件を超える事件で、一致する指紋は出て来ていない」
「今時指紋を残す犯罪者の方が珍しいんじゃないの?」
「まあな。けど、体液はバッチリ残ってるからこっちも照合されたら一発だ」
「そもそも指紋とDNAだと照合を受けるリスクが違いすぎるし、それが我慢出来るんだったらそもそも性犯罪なんてしてないんじゃない?」
「お、おいおい…まあ、そう考えるのが普通なんだけどよ…」
「前歴者?」
「かもな。確かに手袋は着けてたみてーだけど、犯行の性質上も完全に手袋のままとは考えにくい
俺が聞いた断片的な情報からも、時々手袋を脱いでいた可能性は高い。
それでも、指紋が出て来ていない、完璧に始末してるんだ。病的なぐらいにな。
実際、硫酸が使われた形跡すらあったってよ。指紋が出る事は徹底的に警戒してるって事だ」
「ここまでDNAでヒットしていないって事は、
“逃げ三矢”以外の犯罪、特に性犯罪でのデータは無いって事よね。
それで指紋を徹底的に警戒しているって言う事は、単に犯罪者の常識だから警戒しているって線を外した場合、前歴者或いは…」

哀の言葉に、コナンは心の中で呟く。

“…どんな警戒網も巧みにくぐり抜け、大胆不敵な犯罪を繰り返す。
粗っぽい犯行でありながら目撃者すら出て来ない。
病的なまでに指紋の照合を警戒する犯罪者…前歴者、或いはNeed…
佐藤刑事のプレッシャーも…”