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「目暮警部」

現場近くで高木が目暮に駆け寄った。

「マル害(被害者)は中村実里、杯戸小学校の養護教諭です」
「じゃあ、子供たちは、自分の学校の先生をあの様に見せられたのかね。
あれだけの事件があって、その上…」

目暮が絞り出す様に言う。
その一方で、美和子が運転手の聴取状況を報告した。

「…この様に、金を貰って助手席のトランクを指定の場所、時間で渡して欲しいと頼まれたと。
トランクの中身はビニールパックされた化学調味料でした。
車は偽造ナンバーの盗難車、タイヤのパンクと幌の分解を遠隔操作する装置がセットされていました。
どこかから様子を伺っている可能性が高いと見て所轄も機捜も探しています…」
言いかけた美和子が携帯電話を取り出し、通話する内に顔つきが険しくなる。
「犯行声明が出ました、“逃げ三矢”です」





「じゃあな」
「また明日」
「うん」

少年探偵団のメンバー、コナン、哀、光彦、元太が、マンション居室の玄関前で歩美と分かれる。

「じゃあ、お願いしますコナン君」
「ああ、分かったよ」

その後、しばらく道を歩いてから光彦に言われ、コナンと哀が二人で歩き出す。

「…ピリピリしてるわね…」
「ああ」

哀の下宿先の近くで、二人が言葉を交わす。

「新潟から関東一円、かと思ったら、東京で立て続けに三件、それも目と鼻の先の杯戸町。
その内二件は小学生だからな。
まあ、小学生って言っても、今までの例からも全部高学年だからさすがにこっちまでは来ないだろーけどよ」
「そうかしら?」
「あー、何だ灰原?」





事件の報告が行われているのは警視庁杯戸警察署講堂に設置された「連続婦女暴行事件特別捜査本部」。
殺人事件でもないのに刑事部長指揮の特別捜査本部が設置される事自体が異例だが、その陣容も所轄と機動捜査隊、捜査一課性犯罪担当に加えて組織犯罪対策部と生活安全部、それに警視庁捜査一課殺人班や所轄本庁各部署からの応援も加えた
正に殺人級の異例の体制が組まれていた。
会議では、一連の事件の発端とされている、新潟県内の女性暴行事件の凄惨な詳細に就いての報告、その後の事件の展開に就いて総論が報告されていた。

「第一の事件を含め新潟県内で連続12件。その後群馬、埼玉、栃木、茨城、千葉、静岡県で
計11件の事件の後、その後は杯戸町内のみで事件が発生。杯戸町での事件は昨夜で三件目です。
被害者の年齢層は10歳から43歳まで、男女別では小学生の男子児童が四名、他は全て女性です…」

プロジェクターで地図とグラフが映し出される。都道府県別地図では明らかな偏りがあるが、年齢層は女性被害者の上限と下限の間に限って言えば割と均等と言えた。

「手口の共通点としては、激しく有力形としての暴行を加え抵抗する気力を失わせるケースが多く、
被害者に口淫、自慰行為等を強要した上で女性への姦淫、男児に対しては肛門性交を行った上
全裸のまま女性の膣、肛門、男性の肛門に同種のバイブレーターを稼働状態で挿入した状態で
麻酔を嗅がせ口枷を填めて拘束し立ち去るのがパターンとなっています」

プロジェクターには、警視庁管内で発生した三件の事件の、人形による再現写真が映し出される。
一件目、自宅で被害に遭い、居間のテーブルに仰向けにされ、大の字に広げられた両手両脚をテーブルの脚と固定され、携帯電話で友達全員に呼び出しメールを送信された事件。
二件目、けたたましい音楽と共にジャングルジムに掛かった偽装市役所名義のビニールシートが分解し、ジムの中に、大股開きの状態で体中をジムの骨組みに固定されジムの骨組みに更に鉄筋を溶接した檻の中に閉じ込められた被害者の女児が通学途中の同じ学校の児童の集団によって発見された事件。
そして、今日発見された三件目。

「…今回も含め、“逃げ三矢”の犯行声明が確認された過去の事件においては全て、
何れのケースでも鎖や破壊しない限り解除不能な金具で拘束され、
あえて人目に、それも大勢の知人の目に付く状態で、晒し者にされています。
多くの現場で、発見されると共に犯行を撮影した映像がテレビに映し出される仕掛けがされていました。
犯行は複数、最低でも三人以上の人間が関わっていますが、それら被害者や犯行現場に残された体液、体毛から、少なくとも主要な実行犯一名は同一人物と見るべきであり、それ以外の人物の慰留物が複数の現場で発見されたと言う事実はありません。
また、大半の現場から、同一として矛盾のない酷似した薬物指紋の覚醒剤粉末が微量ながら検出。
検出されなかったケースでは何らかの原因で散逸した可能性が高いものと見られています」

報告は、生活安全部ハイテク犯罪対策総合センターに移り、数字とひらがなで名付けられたインターネット巨大匿名掲示板での犯行声明の説明に移る。

「えー、インターネット及び2ち○ん○るの用語はお手元の資料と併せてお願いします。
最初の事件では、事件直後から約三分間の間に煽り文句と被害者の個人情報、それに犯行画像をアップしたサイトのURLを書き込んだ投稿を15回に渡って行っています。
何れも“逃げ三矢”のハンドルネームを使っていますがトリップは15回全て別のものが使われており、2ち○ん○る及び成人向けの姉妹掲示板内、この際一括で2ち○ん○ると呼びますが、その別々の板のスレッドにメール欄空白で書き込まれています。
以後の事件においては、やはり事件直後、“逃げ三矢”のハンドルネームによる同様の犯行声明が複数回、やはり2ち○ん○る内の別々の板のスレッドにメール欄空白で書き込まれています。
何れもハンドルネームにトリップ付きで第一の犯行に使われたトリップの何れかが使用されています。
そして、“逃げ三矢”が犯行声明にリンクを貼り付ける画像は、犯行時、犯行後の被害者の画像の他に、免許証や学生証、被害者が自宅と職場或いは学校に出入りする画像も公表されています」

特捜本部の一角で目暮が必死に用語集とレジュメを見比べる中、報告は続けられる。

「ネット関係の契約の名義は事件ごとに変わっています。
現在も裏取りを継続していますが、多重債務者から名義を買い取ったり失踪者の名義だったり
クレジットカードの情報を盗み出されて無断契約されたとしか思えないケースもあります。
当方及び各県警の担当部署では毎回発見と同時にプロバイダー、管理人を通じて必要な要請を行っており、
2ち○ん○る運営等とは良好な協力関係となってはいるのですが、
その様な状況ですのでそちらの対応にも限度があります。
掲示板の運営者が、一度連続して使われたプロバイダーを、日本最大規模となりますが
系列全社全て一ヶ月近く全てのサーバから閉め出した事がありましたが、
犯人はあっさりとそこを捨てて別のプロバイダーから投稿を行っています。
なお、この時は怒り狂ったス○ークが現場周辺を中心に大量発生しましたが
有力な手がかりを得るには至っていません。
又、連絡対応に時間の掛かる海外の業者を経由しているケースも多く、
既にFBI他各国の捜査当局も極めて悪質な児童ポルノ事案として本件を認知、
取り締まりを強化し、現在まで判明しているだけで本件の画像を使用した
インターネット上の児童ポルノ、わいせつ図画犯罪として444人が逮捕或いは起訴されていますが、
それは全て既に広まったものを再使用したもので、
最初に公表されるものに就いては、公表と削除要請の僅かなタイムラグの間に
取り込まれた画像が無限に増殖を繰り返されているのが現状で、現行の技術において即応は極めて困難と…」

これと同じ報告をした新潟県警の担当者はしばらく怒号罵声の中に立たされたという報告も回ってきていた。
続く生活安全部特別捜査隊からは、事件の度に発送される郵便物に就いての報告が行われる。
毎回事件の度に二十ー三十人に発送され、使用されているのは大手百円ショップで売られているB4版クッション封筒である事が報告された。

「…事件後、犯行を撮影、編集した映像を取り込んだCDと、
そこから複製したと思われるビデオテープ、デジタルプリント写真、
それを詰めて遅くとも事件後三日以内に発送しています。
発送は新宿、麹町、銀座、豊島の郵便支店管内、概算して午後三時から午後七時までの間の投函。
送り先は大別して三つ、多重債務者、児童ポルノ、わいせつ図画関連の前歴者、マスコミ関係者の中でも
主にピンク関係か三流以下と言ってもいいライターです。
宛先、差出人の記載に使用されている機種は資料の通り、
多重債務者に対しては金融業者、前歴者に対しては実在する弁護士の名前、マスコミ関係者には
実在する雑誌編集部の名前で郵送されています。
大半は通報によって回収されていますが、送り付けられた中から108人が
それを使用して児童ポルノわいせつ図画関連犯罪を起こし、逮捕されています」





「由美さん?」
「よっ」

聞き込みに歩いていた高木の前で、ミニパトの窓から見知った顔が出て来た。

「由美」
「美和子も聞き込み?」
「ええ」
「ここらで一休みしてたんだけど、ちょっと休んでく?」
「そうね」

高木にちらっと見られた美和子が言い、由美が携帯を出す。

「あー、私、まだコンビニにいる?」



「杯戸の重点警邏の指示来てるんだけど、今の所気になる様な事はないねー」

適当に場所を見付けて駐めたミニパトの助手席で由美が言う。

「こっちもね、今の所それって言う話はなかなか出て来ないわ」

美和子が、運転席にいる由美の相方が買ってきたアイスティーの缶を傾けながら言った。

「…でも…」

緑茶のペットボトルをくわえていた高木が口を開く。

「後ろの方座ってた新潟県警、何か凄い目してましたねー」
「そりゃねー、東京本庁に帳場立って、持ってかれるって焦ってんじゃない?
なんせ新潟がダントツでやられてるのにホシはこっちで逮捕じゃヤバイからね」

由美が言う。

「実際、新潟がどれだけ資料出すか、上じゃかなり揉めたみたいね。新潟は初動の事もあるし」

美和子が言った。

「そうなんですよねー、実際、向こうから出て来たの見ても遅れたのは否めないって感じですから」
「最初のキャバ嬢の件でしょ」

高木の言葉に由美が言う。

「ええ、最初の事件の被害者19歳が県内でも指折りのキャバ嬢、それもあの手口だったから、
捜査方針が鑑取りに偏重して、五日後に発生した24歳会社員の事件でトリップや遺留品が一致してからも
二人の被害者の接点を調べるのに相当な労力が使われたんです」
「で、結局そっちは白、最初に方針決めた上の面子もあったんでしょうね。そしたらそしたら三件目で…」
「まだ11歳の女の子よ、それが自宅であんな…」

言葉を切った由美に続いて美和子が苦い声で言った。

「被害者の父親が県警捜査一課のベテラン巡査部長だった。
それからは県警挙げて、こっちにも聞こえて来るくらいの大車輪の捜査になったけど
それからも連日の様に県内各地で犯行が繰り返された」
「だから、マスコミはもちろん県議会でも本部長や刑事部長が激しく責められる事態にまでなってね」

高木の言葉に美和子が続けた。

「そっちの関係者もいたんでしょ?」

由美が問う。

「ええ、第六の事件の市立中学校教諭22歳の父親は地元の元大臣の後援会長、
第九の犯行の開発公社職員二十歳、父親は県議会の大物でした。
結局新潟では連続12件、それからの犯行は新潟を離れて関東各県に飛び火…」
「そりゃ、自分らでホシ挙げないと部課長、本部長の首かかってくるわよね。
でも、一体どーゆーホシなのよ、キャバ嬢はとにかく、あれだけ新潟で事件起こしたと思ったら
関東から静岡までバラバラに事件起こして、そうかと思えば杯戸町で連続三件」

高木の説明を聞いて由美が言った。

「普通に考えたら流しよね。
少なくとも被害者が見ている中心的な実行犯は一人で同一人物、それは血液型DNAで確定してる。
だけど、ここまで杯戸町、それも杯戸小学校ってなって来ると鑑の線も捨て切れなくなって来る。
でも、それがフェイクかも知れない。現に新潟で12件も事件を起こしながらその後はぷっつりで
関東各地に出没してるんだから」

美和子が首を振った。

「でも、共犯者は間違いなくいるわよね」

由美が言った。

「現場でも複数犯の目撃情報はマル害からも上がってきてますし、
一人で出来る犯行じゃないですからね。と言うか、只の変質者にしては資金力も情報収集力も異常です」

高木が言う。

「組対部(組織犯罪対策部)が本腰入れて来てるわね」

美和子が言う。

「5課の薬対(組織犯罪対策5課薬物捜査係)でしょ、現場には必ず同一の覚醒剤が残されてるって言うから」

由美が言う。

「それは絶好の口実ね。大半の現場からシャブの粉末が見付かってる。
中には焼け焦げたものも。薬物指紋は今の所全件一致」

「シャブ中がこのヤマ踏んでるんだったらかなりヤバイ状況ですね。組対もその線で洗ってるでしょうけど」

美和子の言葉に高木が続く。

「一応帳場に顔出してるのが5課と特捜隊(組織犯罪対策特捜隊)。
でも、水面下じゃ組対部総動員でSの口割らせたり潜入掛けてるみたい」

美和子が言った。警視庁のマドンナでしかも刑事としても凄腕。
その気になれば警視庁の大概の事は掴める情報網を持っている。

「毎回出て来る覚醒剤、それに余りにも気軽に使い捨て同然のネット関係契約の名義。
それに、現場によってはテレビやレコーダーまで使い捨て。
何よりあれだけの犯行を重ねておきながら全くと言っていい程捜査網に引っ掛からないバックアップ…」
「組織犯罪、ですか」

高木が言う。

「でも、犯罪組織の営利目的と考えるのはもっと難しい。どうやって採算とるのよこんな犯罪?
大体、機捜隊や一課が毎回血眼で探し回ってる状態で、逮捕を避ける保障なんてある筈が無い。
だからこれは、アンダーグラウンドに極めて近い、そうしたアイテムを使える人間が、
個人的にやってる、そう言う犯罪、そうとしか思えない」

美和子が言う。

「そうなって来ると、やっぱり組対部の領分ですね」
「もう一つ」

高木の言葉に由美が付け加えた。

「もちろん帳場(捜査本部)には出て来てないでしょうけど、ハムや監察も確実に動いてる。
あいつら、たまたま私の知り合いに下手打ってさ、この事件で探り入れてるって」
「ハム、公安が出て来たって事は内通、捜査網をかいくぐるための、嫌な捜査になりますね」

高木が言う。

「どうやって?事件は新潟や東京だけで起きてる訳じゃないのよ?
関東甲信越の全部の無線を傍受して逃げ道アドバイス出来るハト(内通者)なんてどこにいるの?」

美和子が少し挑発的に言う。

「でも、郵送する手口からも、かなりの情報力が無いと難しいわよね。
警察か、それとも、余程情報力のある関係者か」

由美が言う。






「“逃げ三矢”の手口はかなり幅広い、新潟限定かと思ったら関東各地で転々と、
杯戸町だって小学生が続いたと思ったら次は先生。
あの中村って先生、あなたも知ってるんでしょう?」

阿笠邸で、パソコンを操作しながら哀が言う。

「ああ、蘭もひでーショック受けちまってな。
数美先輩があんなんなっちまって、その上に中村先生だからよ」
「やっぱり、塚本さんの状態は…」
「幻覚やら悪夢やらでズタボロだ」

コナンが苦しげに首を横に振る。

「幻覚?」
「ああ、あの強くて男らしい数美先輩がな…
妃弁護士が地検や家裁と掛け合ってるけど、診断書、出来れば鑑定書取って、
PTSDによる幻覚か記憶の混乱って事で意図的な虚偽告訴を否定する方向で…」
「ちょっと、それどう言う事よ」

椅子を飛び降りた哀が色をなしてコナンに迫った。こんな事は、組織でも絡まなければなかった事だ。

「な、何だよ灰原」
「私、直接彼女に聞いたのよ、現場で、ハッキリと」
「だから、数美先輩が嘘言ってるって、そう言ってる訳じゃねーよ。
仕方ねーんだよ、ここまでハッキリ証拠揃っちまったらよ、
不可能な物を除外していって残った物が、例えどんなに信じられなくても、それが真相なんだ…
らしくねーぞ灰原」
「そう、かもね。それで、今話題の“逃げ三矢”と塚本さんの事件、関係無いの?
似てるわよ、プロファイリングパターン」

いつもの、少し嘲笑的なくらいの態度で哀は言った。

「ああ、俺もそれは考えた、でも、違うらしい。
どっちの事件でも犯人は決定的な物証を残してる。それが完全に食い違ってるんだ。
少なくとも、塚本先輩の事件の実行犯に“逃げ三矢”は含まれていない」
「シャブ中で狡猾、そして残虐な連続レイプ魔、それも集団複数犯、
しかも組織的なバックアップがあるとしか思えない」
「おい、まさか…」
「まさか」

コナンの問いを、哀が答えた。

「こんな馬鹿みたいに挑発的で目立つ事件、組織の人間がやらかしたら組織が黙ってはいない、
とっくの昔に消されてるわ。どう見ても組織の利益になる要素が何一つ存在しないし」
「だよな…」
「だから、薄気味悪いのよ。何か、ここまで摘発されない途方もない力を持った、
それも自分で楽しんでるだけのシャブ中の只のガキ、
これ以上始末に負えないものはないわ」
「只のガキなら、何れ捕まるさ。日本の警察はそこまで馬鹿じゃねーよ」
「そう言いながら、ここまで何人犠牲になってるのかしら?」
「随分熱いな、灰原」
「いい?」

哀が改めてコナンに近づく。

「塚本さんを襲った犯人だってまだ捕まってない、その上シャブ中の馬鹿が目と鼻の先で暴れてる。
そこに待ってるのは想像も付かない程の、一生付きまとう生き地獄。
ビクビクしてもいられないけど、分かってるわね?」
「ああ、分かってる」







「それに、もう一つ、血眼になって“逃げ三矢”を追跡している組織がある」
「どこ?」

手の甲で唇を拭った美和子の言葉に由美が聞き返す。

「マトリよ」
「厚生労働省麻薬取締官」

高木が呟く。

「元々、あのシャブは新潟で荷揚げされたもの。
S情報で荷揚げの情報を察知した麻取は税関と協力してコントロール・デリバリーに掛けた。
ところが、荷揚げ後保管場所から運び出す車両を追跡していた取締官が何者かに銃撃されて死亡、
事が事だけに、新潟と大阪の組対が前面に出て来て徹底的にブッ叩いたけど、
麻取銃撃犯もブツの大半も未だに見付かってない」
「どうして大阪?」

由美が聞き返す。

「ブツを買い取って持ち出した仲買人X、これは元売りである新潟のマルBもその正体を知らなかった。
もちろん組対も徹底的に締め上げたけど、本当に知らなかったみたい、
と、言うより、用心深い麻薬組織ですら騙される程に完璧に身元を偽装していたと。
その仲買人Xを新潟の組に紹介したのが、系列で親戚筋、目上に当たる大阪のマルB幹部。
元々、覚醒剤を初めとした新潟ルートの密輸品取引で新潟と大阪の取引はあったみたいね。
その得意先の大阪のマルBが保証する上客として金回りのいい仲買人Xが割り込んで来た。
その大阪のマルBは摘発の直前にミナミで射殺されてこちらも犯人は挙がっていない。
よりによって本物のブツを使うライブ・コントロールで死人は出すわブツの大半は持ち逃げられるわ、
麻取の責任者はまとめて飛んだ。それが今になって、それも連続婦女暴行犯の線から出て来た、
摘発の際、少なくとも十キロ以上、下手すると十億円単位のシャブは
新潟の組が県内向けに無傷で確保していた約一キロを除いてその大半が姿を消した。
自分達が殉職まで出して目の前で取り逃した薬が連続婦女暴行事件で出て来てる。
あの時抑えていればここまでの事件は起きなかったかも知れない。
麻取としてこれ以上の事はない」

「ここまでの経緯だと、何らかの組織的な情報収集やバックアップはあると見るべきですね。
そんな事が出来る組織ってなって来ると、これはやっぱり組対部や麻取がマークしていくんでしょうね。
麻取は囮も潜入もやりますから、組織に食い込んで闇の中から金の流れや情報を集めていって…」
「私たちが追っているのは足のある人間よ」
「ええ、やり方自体は非常に粗っぽい。
帰宅途中に車に引きずり込んで廃屋に連れ込んでですから、モク(目撃者)が出る筈です。
今までだって、今までこんな粗っぽい事やってて捕まらなかった、悪運が強かっただけですよ」

高木が言い聞かせる様に言う。
それは、美和子も考えていた。
“逃げ三矢”の犯行パターン自体には結構ばらつきがある。
自宅で襲われたケースもあれば拉致されて廃墟で被害に遭ったケース、家人を縛り上げられた民家が犯行現場になったケースもある。
その何れも、粗っぽいと言えば確かに粗っぽい、
今まで有力な手がかりが地取り捜査に引っ掛からなかったのが不思議な程だ。
理論上は可能でも、土地勘か入念な下調べでもなければ難しい様にも見えるが、
事件の範囲から考えてそんな事は不可能に近い。
そして、新潟や杯戸町の様に、連続発生の警戒の中でも犯行を成功させている。
考えられるのは恐ろしく悪運が強いか、そうでなければ、非常に強力な情報的バックアップがあるか。
しかし、それでも、これだけの荒技を捜査する一課の刑事であればやるべき事は分かっていた。

「自分の肉体で被害者の前に現れて被害者を陵辱して自分の足で逃げる少なくとも一人以上の人間。
闇の中で手伝った人脈をたぐるのもいい、
どんな事情があれ新潟の刑事が地元のあんな酷いホシを挙げたいのは当たり前。
だけど、それはこっちも同じ。
自殺者だけでも6人、厳重監視で病室から出られないマル害も何人もいる。
ほとんどのマル害は自分の部屋からすら出られない。
それが、一部とは言え ネ申 だのなんだのってお祭り騒ぎ…」

それを聞く一同の表情も真剣なものだった。

「東京であんな酷い事件を起こして、
大量の遺留品を残して自分の体で自分の足で逃げ回りながら次の機会を伺ってる。
絶対引きずりだすわよ、私たちは警視庁の一課の刑事なんだから。
さ、そろそろ行くわよ」

「「はい」」