「あなた、何をしてるんですかっ?」
厳しい声と共に腕を掴まれた。
俺様の右手で右腕を掴んでいるのは、この辺を縄張りにしている高校の女子生徒。
すらりと背が高くまあまあ俺好みの面をしているが、何故かその握力は異様に強かった。
「大丈夫量子ちゃん?」
女子高生の友人らしき、同じブレザーの制服姿でボブヘアのややケーハクそうな女子高生が言うと、
ぷるぷる震えていたセーラー服姿の少し年下らしい少女にして我が獲物がこくんと頷いた。
「な、なんですかー一体?」
「とぼけないで、ちゃんと見てたんですからね」
「私もよ」
髪の長い女子高生がきりっとした程の口調で言う、実に好みである、が、現実的にはヤバイ。
その友人のケーハクも同調する。これはどうでもいい。
「まあまあまあ、落ち着いて下さい」
“…10、9、8、7、6…”
怜悧な頭脳を働かせた俺様は、気弱な風を装いつつ、電車のドアが開くや否やホームへとダッシュした。
「あいつ痴漢っ!」
ケーハクの声が背後から聞こえた様な気がしたが、気にしている暇は無い。
だが、女子高生はその脚力もやたらと半端ではなかった。
「どけおらあっ!」
思わずホームに立った目の前の女に鞄を振り回した俺様は、即座にその事を後悔する。
目の前で燃える目は、それぐらい半端ではなかった。
「ハアアァァァァァァ…」
次の瞬間には、俺様の体はくの字に曲がって昼食がホームを彩った。
「くっそおっ!」
だが、ここで倒れてはいけない、ここで倒れては人生が終わる。
一瞬の隙を見て目の前のウルトラ正拳女に鞄を投げ付け、
横をすり抜け悲鳴を上げる内臓を叱咤して走り抜ける。
“…勝った…計画ど、お…”
どうやらスーツが焼き切れたらしい、ホームを滑る感触が熱かった。
「鈴木に聞いたよ、こんな痴漢野郎に何ボケかましてるのよ毛利」
「数美先輩」
ショートカットの制服美少女見参だった。
だが、滑って離れたのはラッキーだった。
人生かけた火事場の馬鹿力を信じるしかない。このまま飛び降りて線路を突っ切れば命脈は繋がる。
「どけどけどけええぇぇぇぇぇぇ…」
目の前には、こちらもショートカットのよく似合うOLと思しき女がゆらりと立っていた、
そう思った時には、俺様の体はホームに改めて伸びていた。
「大丈夫だった、蘭ちゃん?
取りあえず暴行の現行犯、痴漢の件もゆっくり聞かせてもらうわよ」
暴行容疑で逮捕されると言う事に物凄い理不尽を感じたが、
取りあえず俺様の勝ち組人生が終了する、俺様の怜悧な頭脳はその結論を素早く導き出した。

それなりに金はある、俺的には過剰防衛としか思えない目にも遭っている。
弁護士を雇い言いがかりをつけられ怖くなって逃げたとしおらしい態度で
しかし痴漢事件は徹底否認を貫いた。
俺様の怜悧な頭脳はそうなった時の事も的確にシミュレーションしていた、筈だった。
しかし、今回に関しては、相手の方が上手だった。
獲物の供述があった事は勿論、トメとか言うやたら腕のいい鑑識員に調べさせたらしい、
繊維からDNAから何から、
検察で完璧な鑑定書を開示された弁護士は早々に諦めきった顔で俺様に情状酌量を勧告した。
突破口であり腹いせである、あの暴力女どもを暴行傷害で告訴した件も、
よりによって向こうの母親が辣腕弁護士でしかも父親は今でも現職と繋がる元警察官とやらで
現行犯逮捕、正当防衛として刑事は終了民事も圧倒的に不利に進む。
刑事被告人としての俺様はと言えば、ちょっといい女だった高慢な女検事から人間失格に締め上げられ
後で知った所では裁判ウオッチャー共のブログでいい様に笑い物にされていた。
最高学府より国家公務員一種試験合格、財務省入省主計局配属、
そこでも公私ともに抜かりなく、だからこそ、それなり以上のいい女でかつ閨閥に恵まれた結婚にも成功した。
子供を作るにも絶好の環境、行く行くは事務次官となり民間に再就職し
老後を過ごすに一片の不安もない筈だった。
その輝かしき人生は、ここ十年近くの安らぎとして我が高潔なる精神を支えてきた日課の僅かな手違いで、
三十の声を聞く事もなくあっさりと崩壊。弁護士はさっさと離婚届を預かって来た。
二十数年歩んで来た我が栄光に満ちた人生こそ愚民共の嘲笑と嫉妬の的として大いに数字を貪ったらしい。
たまたまワイドショーにゲスト出演していた沖野なんたら言う低脳テレビタレントに
クソミソに言われた事も又、余計な注目を浴びる一因となったらしい。
面子のために弁護士と保釈金は出した実家でもゴミ扱い。
一審は反省の欠片もないと断言して実刑、だからと言って実際に何年も入る訳でもない、
実際検察も控訴した、俺様も当分入りたくはないから控訴した。
性犯罪者の刑務所暮らしは実にキツイらしいと嫌と言う程聞かされた、
出て来た所でウルトラ負け組人生が残っているだけだ。
そう、あれを手に入れるまでは…

(三人称モード)
「あれー、なんだよ博士それー?」
東京都米花市米花町2丁目22番地にある研究所の作業台を見た
江戸川コナンが間延びした口調で言いながら、
何となく子供演技が染み付いてるなと思い返す。
「ああ、その辺をぎくしゃく歩いておってのー、バッタリ倒れおった」
「歩いてぇー?」
人の良さそうな目の前の老人は、天才科学者の阿笠博士である。
阿笠博士の言葉に、作業台の上の青い物体に視線を走らせたコナンがまたまた呆れた声で言う。
「何か、悪いウイルスでも呑み込んだみたいね、最近流行ってるから」
カチャカチャとキーボードを叩きながら灰原哀が相変わらずの冷めた口調で言った。
「ふむ、準備はいいの」
博士がガコンとレバーを下ろし、強烈な電撃音と共に青い塊が数センチ浮き上がる。
「ナンジャラモンジャラホニャラカピー!!!」
その青い物体は立ち上がりガラス戸をぶち破って一目散に消えていった。
「元気になったみたいね」
「お、おいおい…」
「さすがに頑丈じゃの。さっきも全く解体が出来んかったから
哀君が何かに取り憑かれた様にヌンチャクでボコボコにしとったがビクともせんかった」
「………」


(俺様一人称モード)
「!?」
飛び出して来た何かを跳ね飛ばした時、俺様は、びっしょりと全身を濡らす汗を自覚する。
馬鹿みたいな時間を掛けて制限速度でレンタカーをこの東京の外れ西多摩まで転がして来た。
それがパーになる。
それも勿論問題だが、取りあえず今自分が生きている事で、最重要問題はクリアーした事を確認する。
詰まり、大量の花火を詰め込んだ瓶にも缶にも異常は無いと言う事だ。
服の下に巻いている、通販で購入した陸海空軍海兵隊グルカ部隊に至るナイフ、
百円均一で買い集めた包丁を差し込んだベルトも無事だったと言う事だ。
とにかく、鉢巻きとその下に装着する二本の懐中電灯、
五番アイアンと金属バットはいいとして、
二桁の釘を打ち込んだバットが転がっているこの車を調べられるのはまずい。
ビールケース一杯に差し込んだ、既に口に布をねじ込んで準備したウオッカもしかり。
ましてや、親父のケースから持ち出して既に組み立て装填済みのモスバーグと
OOバックのケースの山積みとなると論外だ。
車を降りた俺様は、コートの下のアーミーナイフを確認する。
社会の理不尽を全世界に知らしめるために、俺様直々に
馬鹿みたいな手間を掛けて米花町くんだりまで来たからには、
余計な手間がかかる様であれば速やかにこれを排除する崇高なる義務がある。
ほんの一時間、三十分でも時間を稼げればいい、低脳な雌豚どもを始末するのはそれで足りる。
本来であれば発情した豚どもの穴に俺様のビッグなマグナムを突っ込んでヒィヒィ泣かせてやる所だが、
俺様のリアリストでシャープな頭脳が、
崇高なる自己犠牲をもってこの世界の理不尽を知らしめ神として君臨すると言う
目的遂行のために弾き出した計算式がそれを許さない。
そこに倒れているのは、どう見ても人ではない、
青いずんぐりとした短い手足の付いた鉄の塊だった。
鉄の塊はガクンと座って身を起こす。
「アジャラカモクレン!」
その物体は、一言叫ぶと、腹から大量のガラクタを吐き出してバッタリ倒れた。
「なんだこりゃ?ここから?」
俺様は、その物体の腹から白い半月形の袋を剥がした。
どう見てもあんな大量のヤカンやら鍋やらが入っている様には見えない。
「!?」
我が耳を疑った。
「運がいい奴だ、精々残りの寿命を楽しむがいい愚かな豚共よ」
俺様は、素早く車に戻ってエンジンを掛け、
広報カーががなり立てる空き巣警戒アナウンスをBGMにゆっくりゆっくり米花町を後にした。

「ネ申
やはり俺様を選んだ神、当然の事だ。
いや、我こそが神、しんせか…」
絶叫寸前でインターホンに気付いた俺様は、
自宅マンションを訪れたラーメン屋に万券を握らせ釣りは受け取らなかった。
先々を見越し、良質なる物件を購入し、
家庭裁判所の調停委員を通じて慰謝料だ分与だと小うるさく催促されているこの部屋。
だが、そんな事はもうどうでもいい。
実際、リビングの床には万札が無造作に散らばっている。
手始めに、金も、金で買える文字通りの売女も美食も美酒も存分に堪能した。
俺様の怜悧な頭脳をもってすれば、
この選民たる俺様に神の与えたポケットの使い方の概略をマスターする事など小一時間もあれば十分だった。
そして、もっともっと効率的に効果的に屈辱的に劇的に、 ネ申 を打ち足蹴にし這いつくばらせたと言う
その意味、その罪万死に値すると言う世の真実を思い知らせる事が出来る。
「アヒャラアヒャラアヘラアヘラアヘラアラアヘラ」
俺様の放った細身の両刃ナイフが、壁に貼られた大量の写真の一つに突き刺さる。
黒髪ショートカット、ブレザー制服の女子高生の小生意気な面、
そのつんとした鼻を鋭利な刃が貫いていた。