静香と心優は姉妹達を集め、学院の音楽室にいた。
 いよいよ二人でヴァイオリンソナタを演奏することに決めたのであった。
「篠崎様、なんだか急にお綺麗になられたわ。素敵な体験でもなさったのかしら?」
 お嬢様達が、お上品な猥談に花を咲かせる中、ヴァイオリンの調弦が済んだ。
「心優さん、準備はよろしくって?」
「はい、静香お姉様」
 先取りの春を謳歌しっぱなしの二人の『春』は、それでも完璧な優雅さを誇り、聴く者をのどかな草原へと誘ってゆく。咳払い一つしないおしとやかな聴衆が、ウットリと目を細めていた。
 事件はピアノパートが盛り上がる場面で起こった。
 主旋律を奏でるピアノのキーが、幾つか鳴らないのだ。
 心優の顔が蒼白になった。
 聴衆の姉妹達がひそひそ話を始める。
 心優の肩がガクガクと震え、ミスタッチが頻発するようになって、静香は演奏を止めた。
「心優さん、残念だけど、ご縁が無かったようね」
 心優の肩に手を置いて告げると、心優はポロポロと涙をこぼし始めた。
 静香はハンカチで心優の頬を拭いながら、小声で囁いた。
「(こんな胸くそ悪い伝統なんてまっぴらだわ。この失敗は高くつくわよ? お尻を張り型で可愛がってあげようかしら?)」
 ニンマリと淫蕩な面持ちになる心優を視線で制しているところに、数名の姉妹が駆け寄ってくる。
「静香お姉様はやっぱり『聖カタリナのマドンナ』だったのですわ。心優さんはかわいそうですけど、みんなの静香お姉様でいてくださいまし」
「……いいわ、これからもよろしくね、私の可愛い妹達」
 学院には、こじつけがましい伝説があった。あまりにも人気の高い『お姉様』には、聖カタリナも嫉妬して、妹にあたる少女を妨害するという伝説が。心優の演奏は失敗ではなく、ピアノの不調による中断だったのだから、『聖カタリナのマドンナ』に箔をつける役割としては十分だったのである。
 キャーキャー騒いで伝説の完成を祝う姉妹達の中で、枝切りバサミにも似たごついペンチを持った美少女がいた。学院の制服を着込んでいるその少女こそ、聖カタリナであった。
「また一人、伝説のマドンナを作っちゃった……。とっても可愛いわ、私の静香ちゃん……」
 カタリナは悪戯っぽく笑い、静香の頬にキスをして、待機させてあったタイムマシーンに飛び乗った。石ころ帽子のウィッグを脱いだ瞬間、時間の穴の向こうで静香と目が合った。
 静香はニッコリと微笑みかける。カタリナもまた。マドンナ同士にのみ通じる、テレパシーのような視線の会話であった。


 ――了――


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最終更新:2008年10月01日 19:46