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プロローグ

 夜道を一人の人間が細い路地を歩いていた。
電灯は電柱ごとに設置はされているがそのほとんどが整備不良で用をなしておらず、
もしここに初めて来た女性なら危険を感じて別の道を通ろうとするだろう。
だがその人物は慣れているのか、根本的にそういった感覚が抜けているか、
比較的しっかりとした足取りで歩いている。
その人物の表情は見えない。ただ学校、会社、あるいは遊びの帰りか、疲れたような雰囲気を
身にまとっていた。人影は歩きながら、ときおり思い出したようにブツブツと独り言をつぶやく。
自分の今の環境に不満があるようだった。
「ドラえもんがいればなぁ」
 人影はため息混じりにそんな事を言うと、それを最後に不平不満を並べるのをやめて歩きつづけた。
 ふと、人影は足を止めた。路地の中ほど、そこで唯一の人工のあかりの中、スポットライトに
照らされているようにしている、なにか小さい白い物を見つけたのだ。
 人影は見なれない物に興味を持ち、それを取り上げた。
 それは半円形をした二枚の白い布だった。
よくよく見てみると、それぞれの円周部が互いに縫いあわされ、袋状になっている。
 人影は苦笑したようだ。これはまるで自分が先ほど想像した、未来世界から一人のダメ少年を
助けるためにやってきた猫型ロボットが、少年を助ける秘密道具を出すポケットにそっくりだったのだ。

 普段ならそんななんの変哲もない布切れなど、すぐに捨ててしまっただろう。
だがその人物はいささか興が乗っていた。
これが本物ならこんな事をしたい、たとえば……そんな事を思いながら袋に手を入れ、
すぐに抜き出してその手を高々と掲げた。
その布切れと同じ形のポケットを持ったロボットが道具を取り出したときのように。
「ハイ、タケコ……プ……ター……」
 人影は信じられない物を見る声と目つきでその手に握られた物を凝視した。
 ポケットから引き抜かれた手に握られていたのは、黄色いカップの頂点に、同じ色のタケトンボが
刺さった、奇妙なデザインの物体だった。カップの脇にはスイッチらしきものも見うけられる。
 人影はその奇妙な物体をためすがめつ眺め、次に握ったままの布切れに目をやった。人影は
布切れをしまうと、おそるおそるその奇妙な物を頭に載せ、スイッチを押した。
 本物だっ!!
 人影は激しい驚き混乱、そして共にそれ以上の喜びに、心の中で快哉を叫んだ。
人影の眼下には先ほどまで歩いていた路地はおろか、その周辺の家並みをも収めおさめている。
 空を飛んでいるのだ。それも身一つで。頬をつねってみても、その光景は変わることはなかった。
 その人物は子供の頃の夢と憧れが叶った事に歓喜を覚えると同時に、昔から思っていた願望が
ムクムクと音を立てて自己主張し出したのを理解した。
 もし自分が秘密道具を手に入れたらこんな事しよう、自分だったらこんな風に使うぞ……
その思いを叶える事が、今なら出来るのだ。
 けれど、今はもう少しこのままでいるのも悪くない。人影は、いま少し今まで誰も
成し遂げた事のない、体一つでの空中散歩を楽しむ事にした。秘密道具をいかに使おうか
考えながら……。



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最終更新:2009年06月20日 18:06