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夏の空気。
隣からは、藍のぬくもり。
シーツが素肌に触れる感触が心地よい。

初夏の笹本邸、暑さで目を覚ました朝の夕貴。
「ん~…………っっ」
裸のまま窓を開けて、思いっきり背伸びをした。
夏の匂いを思いっきり吸い込んで、草木の息吹を感じる……良い匂い。
夕貴は時計を見た。午前8時、今日は日曜なのにずいぶん早く起きたなあと思う。
……昨夜寝たのは確実に2時をまわっていたと思うのだけれど。
藍の方を振り返り、まだよく寝ている姿を見ると起こすのも躊躇われ、夕貴は階下に下りていった。

下着の上にワイシャツを1枚羽織っただけのあられもない格好で玄関のドアを開ける。
シャツの前部分を全開にしたままで。
門の所まで歩いていってポストの新聞を取り、シャツを豪快になびかせて玄関口まで帰ってくる。
秘密道具を手に入れる前から、夕貴はこういう事をよくやる人間だった。
露出狂というわけではないが……
身の危険を感じる事も2、3回あったけれど、危なげなくそれらに対処して来た。


夕貴はお世辞にも運動神経が優れているとは言えない。
だが、危険察知能力と対応力が人並み外れて高かった。
藍や希美香を助けた時のように。

自分の姿を頭の中で反芻して、ふと、夕貴は思う。
「ここいらの近所の人間みんな、あたしみたいになったらどうだろ……?」
年代もののコーヒーサイフォンの前で、お湯が沸くのを待ちつつ考える。
少しは誰でも考えたことがあるはずだ。
みんなが自分のようなら……と。
今の夕貴の場合は少し事情が違うが。
(みんながあたしみたいになったら、それこそ何の気兼ねもなく猥談できるし……)
(もしかしたら女の子相手に、それ以上の事ができる可能性だって……)
……アホだった。とことん色ボケだった。

今、自分の手の中にはひみつ道具の入った四次元ポケットがある。
「……やるかっ!」
ベランダに置いてあった笹の所に駆け寄り、笹の側に置かれた筆ペンと短冊を手に取って書き込む。
笹本家の笹には『みんながあたしみたいになりますよーに』と書かれた短冊が下げられた。


藍が目を覚ました時、まどろみの中で最初に夕貴の髪が目に入った。
うっすらと開けた目で朝の光の眩しさを、目覚めたばかりの鼻でコーヒーの香りを感じながら。
ベッドに腰掛けてコーヒーに口をつける夕貴はとても大人っぽくて、絵になるな、と思った。
(かっこいいなー……)
と。
その姿を目にした途端、藍は自分の中に悪戯心が沸き起こるのを感じた。
音を立てないように慎重に体重移動をして……
不意をついて夕貴の背中に飛びかかる!
「わ!?あ、藍ちゃん?」
「おはようございま~す……ゆうき、さ~ん……」
夕貴のサラサラの髪に顔をうずめて、両手は夕貴の胸の双丘をしっかりと掴んでいる。
私は、なんでこんなに積極的になってるんだろう……
眠くて、よくわからないからかな……
でも普段から弄ばれてるぶん、もっと悪戯しちゃおう……♪

夕貴は、自分の『ビョードーばくだん』のもたらした結果に驚いていた。
と言うか、むしろ藍の変わりっぷりに。
普段はネコだけど意外にタチもいけるんじゃないか、と、くだらん事に感心しつつ。


……3時間後。
普段と違う藍に翻弄されつつも、夕貴は勝った。
全精力、全技術を動員し、ようやくの事で藍を満足させ、眠らせたが……
「はぁ、はぁ……ってもうこんな時間!?……さすがに10回はヤり過ぎだったかな」
さすがに疲れた。
『ケロンパス』を使って肉体の疲労を回復させ、『グルメテーブルかけ』で栄養を取る。
予想外の嬉しいハプニングで時間を取られすぎたが、街を見て回る事にしよう。
さて、どうなってる事やら……

最初に知り合いに会ったのは、希美香ちゃんをいじめてた仲間のうちの女生徒A。
クモを取ってやった子。
「あ、先輩こんにちはー。どうですか最近、新しい恋人とかできました?」
その明るさにちょっと意表をつかれながら、当たり障りのない返答をしておく。
「いや、あたしは別に……」
「え、今フリーなの?じゃあ私が先輩の彼女に立候補しちゃおっかな~……なーんてね。じゃ!」
呆気に取られている夕貴を置いて、女生徒Aは走り去った。

「なんか、怖い予感がする……いじめっ子さえあんなになってるって事は……」


夕貴が歩いていると、妙な場面に遭遇した。
希美香がアルバイトをしている喫茶店の前で、何やら少年がコワモテのヤーさんに絡まれている。
……かと思いきや。
「俺、そんなに魅力ないか……?」
「そ、そんな事ないですよ、いつも僕を守ってくれてるし……」
思い出した。
うちの学校に通ってる、黒塗りの外車に護衛されてる少年だ。
で、あのヤーさん風の男はその運転手の1人だったはず。
「お前と付き合っていく覚悟はある……俺やお前の意思にかかわらず、家柄ってもんがあるからな。
 だがな、俺はどんな事があってもなんとかできると思う。……お前が、いるから」
げげげっ……
天下の往来でこんなこっぱずかしいセリフを。
しかも、同姓どうしで。
……あたしだ。間違いなくあたしだ。

怖気を覚えながら店に入ると、店長……ナイスミドルのいい男。が、希美香を口説いていた。
「やあ夕貴、希美香ちゃんはやっぱり可愛いだろう?もう飾っておきたいくらいにね。はっはっは」
「オッサン通報するぞ」


「はー……アイスティーね」
席を決めて座ると、希美香ちゃんがすぐに注文を取りに来てくれる。
「どうしたですか?ずいぶん疲れて見えますですけど……」
「あ、いや、ちょっとね……」
不安げな顔をしていた希美香が、突然ぱっと何か思いついたように顔を輝かせた。
「夕貴さん、私で良ければ……休憩時間になったら元気づけてあげますですよ?」
「へ?元気?」
ぽっ、と顔を赤らめ、窓ガラスごしに道の向こうを指差す。
……〔御休憩 2時間3500円〕
……おいおい。
「え、えーと……希美香ちゃんの初めては、もちょっとムードある所でしたいからさ……」
「あ、そうですね!じゃあ、今週の金曜でしたら、また夜中に誘いに来てくださって結構ですよー」

希美香の大胆さに焦りながら、夕貴は早々に喫茶店を後にした。
そして……もう、街中を見るのはやめた。
そこいらじゅうに同姓カップルが跋扈し、少し人気のないところでは必ず誰かの嬌声が聞こえる。
そして、普通ならそんな光景は「引く」のだろうが……格好いい奴が、格好いいセリフが。
ぽんぽん飛びかっているせいで、文字通り魅せられた被害者が、夢の中のように漂っている。


夕貴はジーンズのポケットの中で『タンマウォッチ』のスイッチを押した。
被害者側に「自分が被害者だ」という意識が無いのが怖い。
なにしろ自分が自分を口説いているようなものなのだから。
早く元に戻さないと、元に戻した時に色々と面倒が起こる。
「あー……でも、あいつの様子だけは見ておこうか」

綾城家。
夕貴は覚悟を決めて、時の止まったままの彼方に近づいた。
「……どうも」
「うわっ!?」
彼方が動いた。止まった時の中を。
とびすさる夕貴に、彼方は宮司服の袖から『タンマウォッチ』を取り出してみせる。
「これを持っている人間に危害が及びそうになると、自動的に『止まった時に入る』らしいですね」
「なんで持ってるのさ綾城兄……」
じりっと後ずさる夕貴。
「夕貴さん、藍に『スペアポケット』を預けたでしょう?『フエルミラー』でコピーしたんです」
今日の綾城兄は何かが違う。
気配といおうか。


「ちょ、ちょっと待って、て事は『ビョードーばくだん』の効果も受けてないの?」
「はい……よって」
またも袖口から、今度は刀を取り出す彼方。
どうも袖とポケットを『ウルトラミキサー』で融合させたらしい。
「げえぇぇっ!?『名刀【雷光丸】』!?」
「神社仮面として、成敗いたします!」
「綾城兄、今度は何のマンガ読んだんだーっ!?」
オペラ仮面をつけて、夕貴に挑みかかる彼方。

綾城神社に、カミナリが落ちた。

庭でぷすぷすと煙を上げる2つの黒いかたまり。
「綾城兄……何した……?」
「『蓄電スーツ』でぱわーあっぷを図ろうとしたんですが……うまく行きませんでした……」

この後、夕貴は彼方にさんざんお説教をくらい。
また、彼方は庭をめちゃくちゃにした事で藍からお説教を受けたそうな。
めでたくなしめでたくなし。