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こげ茶色のショートヘア。外側にはねている髪が、地面に足をつくたびにふるふるとゆれる。
洞沢希美香は足取りも軽く、笹本邸に向かっていた。

陽の光を受けると、わずかに青みが見える純黒色の髪。長い髪が風を受け、優雅にふわりと流れる。
綾城藍はいつものようにのんびりと、笹本邸に向かっていた。

「あ、藍さん!おはようございますですっ!」
「あ、希美香さん。おはようございます」
偶然藍と出会い、満面の笑顔でぶんっと頭を下げる希美香。
お辞儀で風を切る人間を初めて見た藍は、驚きながら自分も斜め45度で頭を下げた。
「今日は楽しそうですね、希美香さん」
「わかりますですか?えへへ、夕貴センパイのおかげですよー」
藍の表情にも微笑が出る。ああ、うまく行ったんだ、と。
「でも……ちょっと、センパイには……迷惑かけちゃいましたですけど」
でも希美香は力なく、苦い微笑みを浮かべる。
「いえ、大丈夫ですよ」
「?」
不思議に思い、明るく言った藍を見つめ返す希美香。
「夕貴さんは、どんな苦労をしてもどんな目に遭っても、迷惑とは思ってないはずですよ?」
藍はしっかりと確信を持って言った。
「……そういう人ですから」
「ああー、なんだか、わかる気がします……でも、甘えちゃいそうで怖いですね」
フフ、と笑いながら、藍は希美香と共に笹本家の門を開けた。


夕貴の両隣に藍と希美香3人並んでの、華やかな空気が周りにまでふりまかれそうな登校風景。
「あの、センパイ。お怪我の具合、どうですか?」
心配そうに希美香が訊ねてくる。
「怪我?」
藍は初耳だ。
夕貴は笑いながら手の平の巨大絆創膏を2人に見せた。
「ほら、包帯巻くまでもない軽い怪我だよ。心配いらないから、希美香ちゃん笑って笑って」
ぷにぷにと希美香のほっぺたをつつくと、照れながらとびきりの笑顔を見せてくれる。
「まさか……もしかして……」
藍が夕貴に視線を送ると、夕貴は気まずそうに頬をかいた。
「えーっと……あ、あはは。またやっちゃった。カッターナイフをね」
「……まさかとは思いましたけど、本当にそうだったんですか」
「?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる希美香。
その希美香には藍が答えた。盛大に溜め息をつきつつ。
「夕貴さんは前にも刃物を素手で掴んだ事があるんです」
「ええっ!?」

深い溜め息をつきながら、藍は夕貴にだけ聞こえるように囁く。
「『がん錠』とか使おうとは思わなかったんですか?」
「あ、あはは。そこまで考える余裕なかったよ」
……まったく、この人は……まあ、そんな所が好きなんですけどね。
藍は頬を染めて夕貴の袖をつまんだ。


学校では特に面白い事も起こらなかった。
夕貴がまた『モーテン星』やら『スケスケ望遠鏡』やらを使って女の子に悪戯した以外は。


そして放課後。
3人揃って下校し、今夜の夕食もまた綾城家に集まる約束をして別れた。
希美香はバイトがあるし、藍は藍で何か……ひみつ道具を使った事を企んでいるらしい。
「ふぃー、ただいまっと」
誰もいない家の玄関に鞄を放り投げ、靴も脱ぎっぱなしで自分の部屋に行く夕貴。
どうせまた鞄も靴も使うんだし。

ぼふっとベッドに倒れこんで、夕貴はうつ伏せのまましばらくじっとしていた。
今夜も、父も母もいない。
社会的に考えて、誰か世話しに来る人間がいてもいいのに。
父方の祖父母も母方の祖父母も健在らしいのに、あたしは顔すら思い出せない。
何か、子供にはわからない事があったのかも知れない。
今はもう、ずいぶん大人の事情も理解できるけど……何があったかなんて、調べる気もしない。
うちの親とその親の間に何があろうと、今のあたしには関係ない。
別に、寂しくもないし。
藍がいるし綾城兄……彼方がいる。
うちの親だって、何かあった時には頼れる親だ。正直、恵まれてると思うよ。
「何やってんだかな、あたし」
どうでもいい事を考えた。何か道具でも出して気分変えよう。


ポケットの中に適当に手をつっこんでみる。何が出るかは運任せ。
「……絨毯?」
グルメテーブルかけとかかな?
夕貴はその布状のものを引っ張り出した。
床に広がったそれの中央には魔方陣が描かれており、夕貴は怪訝な顔をする。
こんな道具、あったか?魔界大冒険じゃあるまいし……
と、周りがいきなり暗くなる。
「あ」
思い出した。
確かこれは『デビルカード』の……

ぽむ。
やたらと軽快な、と言うか間抜けな音を立てて、それは現れた。
「やあやあこんにちは、キミが新しい契約主かな?」
煙の中の悪魔を凝視する夕貴。
…………。
………………可愛い。
明るい紫色のツインテールっ!スク水かと見間違うような薄地の黒レオタードっ!
14歳くらいの顔立ちにロリータボディっ!黒のロンググローブにハイニーソっ!
吊り目垂れ眉ってのもあたしの好みにストライクだし、
「おまけに無い胸を強調するように巻かれた革バンドが背徳的であたしの情欲を煽るっ!」
「ど、どこ見てんのー!」
悪魔っ娘は両手で胸を隠した。


「んで、早速だけどコレいらない?」
「いらない」
即答0.2秒。悪魔っ娘がデビルカードを取り出す間もない早業。
多少気勢を削がれたが、それでも交渉を続ける健気な娘。
「……せ、せめて説明だけでも……」
「ひとふり300円、使うごとに1㍉身長が縮むんでしょ。必要ないもん」
「それなら!」
ニヤリと笑みを浮かべながらカードをひとふりする。500円玉が3枚出た。
「ひとふり1500円!1万5千円出してもたった1㎝しか」
「いらないってば」
即答マイナス1.0秒。

「そこをなんとか……悪魔企業も不況で、ボクもこの仕事精一杯頑張ってるんだよ~」
夕貴の目の前でその悪魔っ娘はカーペットに額をすりつけんばかりに頭を下げた。
「置いとくだけでもいいから、どーかお願いっ!」
魔方陣の中から洗剤だのゴミ袋だのトイレットペーパーだのを引っ張り出してくる。
さすがに多少哀れだが、セールスを何度も断ってきた夕貴の心は揺らがない。
「もーボクにできる事ならなんでもするから!しっかりサービスするからさあ!」
「ほう」
キラリ。
そのセリフを聞いた夕貴の目が光った。
……揺らいだとも言う。
まあ……物騒な道具も、人権のない女の子1人と引き換えなら悪くない契約かもしれない。