夕貴は雀のさえずりで目を覚ました。
「うーん……なんて健康的なんだろう……」
と言っても単に眠気がどこかに吹っ飛んでいるのかも。昨夜も寝付いたのはかなり遅い時間だった。
子供のようなはしゃぎっぷりだと自分でも思うが、それも仕方がない。
なにしろ、絶対に叶わないとばかり思っていたものが、叶ったのだ……
「!」
ガバッと布団から起き上がり、戸棚の書類ケースを引き出して中を見る。
ある。
有る。
在る。
夢じゃなかった。確かに自分は、これを手に入れたのだ!
「うう……っ」

その朝、笹本家の周囲500m内に住む住人は「ひゃっほおぉう!」という叫び声で目覚めたという。

「はー、叫んですっきりした所で……藍ちゃんの所に行きますか!」
とりあえず、ひみつ道具は2人で使う事にした。その方がミスを犯す事もないだろうと思ったから。
漫画で見たのび○達のような致命的な状況に陥りたくはない。
ポケットからどこでもドアを取り出し、重さを感じる前に落とす。……昨日のような失敗はしない。
「藍ちゃんの家の裏手に」
綾城家の神社は森に囲まれており、小高い山の中腹にある。人に見られる心配は無い。
まあ時々綾城兄がいる事もあるが、あやつはどうとでも誤魔化せる。
夕貴は希望に満ちた顔で、ドアを押し開けた。


綾城家、藍の自室にて。藍はお茶を入れるために、さっき出て行った。
「とりあえず何をおいても……『フエール銀行』だよね」
笹本夕貴は幼い頃から落ち着いた小学生で、欲しいものと言えば漫画の単行本くらいしか無かった。
元手が多いだけに『これがあれば生活に困らないお金は手に入るんだろうな』と思っていたのだ。
「我ながら可愛げのない小学生……」
「いえいえ、私も同じようなものでしたよ」
……沈黙。夕貴の背後に気配もなく立っていた人間がいた。
「……人の心を読むな、綾城兄」
「思いっきり声に出てましたが」
綾城彼方は妹の藍とまったく同じような喋り方……いや、藍が兄の影響を受けたのだろうか?
とにかく男らしさとは無縁の人間だ。髪も長く体も細い。
外国で福祉活動をしている両親に代わってこの神社を切り盛りしている、綾城家の「お母さん」。
「ははは、藍から聞きましたからね。貴女と藍がとんでもないものを手に入れたらしいと」
「へ?」
しくしくしく。
藍ちゃんめ。道具の事は暗黙の了解で「ふたりだけの、ひ・み・つ♪」だと思ってたのに。
「御心配には及びません。藍も私以外には話していないようですし」
「はい、そうです。兄さんは口が堅いですから」
彼方の背後から現れる藍。夕貴はとりあえずその藍の口を引っ張っておいた。
「いひゃいいひゃいいひゃい」
あ、面白いほどよくのびーる。
「いひゃいいひゃい、はなひてふだはい」
うるさいわい。このあたしに黙って第三者にしゃべった罪は重いのじゃ。


「まあ、藍の事は許してあげてください。私も貴女達のお役に立てると思いますし」
「うーん……それはそうだけど」
彼方の事は夕貴も心から信頼している。
藍も、彼方も、多少人とズレた所はあるが善人なのだ。
(この兄妹ならポケットが与えられてもおかしくないよね……なんであたしに与えられたんだろ?)

「そうそう、私、昨夜ドラ○もんの単行本を読み返してみたんです」
藍が両手でほっぺをさすりながら言う。
昨日に続き、連日で藍の「涙目&上目遣いコンボ」を見られるのは結構嬉しい。
普段キッカケがないとなかなか意地悪できないし。
まあアレなコトをしてる時は色々と……にひひ。
「夕貴さんもお読みになられますか?書斎に並んでおりますので」
にへらとしていた夕貴は彼方の声で我に返った。

8畳の部屋の、右側の壁と左側の壁すべてが天井まで届く本棚。
いつ見ても凄い本の量。壮観だ。
この部屋があったからこそ、夕貴は彼方と仲良くなったと言ってもいいかも知れない。
「それじゃ、チェック、チェック」
その後3人でドラ○もんの単行本を読み返す異常な光景が広がるが、面白くもないのでカットする。
とりあえず『フエール銀行』には『円ピツ』や『未来小切手帳』のような副次効果は無いと確認し、
藍と夕貴2人で1万円ずつ出し合って預けておいた。
夜は……夕貴としては今夜もやりたい事があったのだが、藍が疲れているため延期。
真の女たらしは、女の子を気遣ってこそ、である。


次の日。
「にっ……21万6694円……」
夕貴は恐れおののいた。
横にいる藍も同じように引きつった表情を浮かべている。
利子のついた回数を確認する。25回、つまり25時間は経っているのだが。
昨日預けた2万円が今日になって10倍にもなっていようとは。
「…………」
言いようのない恐れが夕貴を襲う。その直感に従い、夕貴はすぐさま全額引き出した。
藍も止めようとはしない。

夕貴は電卓でさんざん計算してみた。藍は律儀にも筆算で計算した。
計算自体は確かに間違っていない……
単純に2日経てば100倍近く、3日経てば1000倍近く、4日経てば1万倍近くになる。が。
「これで何の制限もないなんて、おかしいって絶対」
「元が子供用のひみつ道具ですから」
2人が振り向くと、彼方が立っていた。手には紅茶とクッキー。
「あくまでも遊びの道具……のはずなのです。こんな使い方をして大丈夫でしょうか」
紅茶を受け取った夕貴と藍は、神妙な顔で発言する。
「他にお金稼ぐ手段が無いわけじゃなし、これはしまっとこうか」
「はい、私も賛成です。ちょっと怖すぎますよ、これ」
普通に考えれば『アルバイト料先払い円ピツ』などは、この就職難の時代には非常に助かる。
いつでもどこででも働き口があると考えればこれほど便利なものもない。
何もお金に困っているわけでもないんだし。


「ん、いつもながら良いお手前で」
紅茶の温度も砂糖の量もあたしの好み。やるな綾城兄。
「どうしてもお金が欲しかったら、適当なロボットを作って働かせてみるのは?」
良い意見。カモフラージュの道具も豊富にあるし、現実的だ。
「んー、でもあたし、ロボットに働いてもらうのってなんか嫌で」
藍が小首を傾げる。なぜに?と。
「だって、いくら外見あたしそっくりに作っても可哀相でさー。……マル○とか想像すると」
がくーんと顎が外れそうなほど大きな口を開ける藍。額から大きな汗を垂らす彼方。
いくらなんでもそんな事は考えないだろう。そしてマ○チと来たか……
「……夕貴さん」
彼方がやっとの思いで口を開いた。
「貴女の脳内妄想力は凄いですね」

夜。今日も藍のために休憩を置いているが、そうなると考える事は昼間のあの話。
フエール銀行は使わない、とはいったものの、あれだけのものを使わないのは惜しい。
どうにかバランスを取るためには?お金をどこかから持って来る?
昨日読んだドラ○もんのフエール銀行の出て来た回を、何回も頭の中で読み返す。
夕貴は布団からがばっと跳ね起きた。
「……これだ!」
とんでもない悪巧みを思いついたような子供そのものの顔で、夕貴はがさごそとポケットを漁る。
来たるべき明日のために。
「んっふっふっふっふ……」
笹本家の2階、夕貴の自室からは遅くまで不気味な笑いが聞こえていた。


私立、丘本高校。
とりあえず見かけは普通の高校である。ただ、時々妙な現象が起きるというだけで。
教師陣は程度の差はあれ、いずれも人格的には素晴らしい者ばかり。
学業・部活と特に目立った業績があるわけではないが、寄付金の安さから地元では好まれている。
しかし……
いくら教師陣が立派でも、すべての生徒に目が届くわけではなく……

昼休み、夕貴が藍の所に行くために1年の廊下を歩いていると、不愉快な声がした。
人を見下したような言い方。
「私はちゃんとメンチカツパンって言ったよ。あんたが間違えたんじゃない」
「うんうん、私達も聞いてたもん」
「自分の失敗棚に上げて私責めるの?最っ低」
……どうも数人の女子が1人の女子に何事かほざいてらっしゃる様子。
「え、あ、う」
困り顔で苦笑いを浮かべる弱気そうな子に、数人の女子は追いうちをかける。
「ちゃんと買って来てよ、ほらすぐ行って」
「えっ、今ですか?」
広いおでこが、眉がぴこんと上がったせいでさらに広くなった。
「当たり前でしょ。買えなかったらしょうがないからコロッケで我慢してあげるけど」
「でもお金払わないからね」
「ええ!?そんなぁ」
「それが嫌ならさっさと行く!はい走って!」
その子が教室から飛び出して来る。慌て過ぎて転ばないか心配になるくらいに。


「きゃ!あ、す、すいませんです」
その子が夕貴の肩にぶつかって来てしまう。とっさに夕貴は、倒れそうになった子を支えた。
「あ、ありがとうございますです、ごめんなさい、ほんとに」
あ。
夕貴は、泣きそうになっているその顔に見覚えがあった。
洞沢希美香。よく行く喫茶店でアルバイトしてる、清楚なエプロン姿と八重歯が可愛い女の子。
あそこの制服はメイド服に近いものがあるが、本当にメイド服を着せたくなる……きっと似合う。
と、夕貴は日頃から妄想していたものだ。
「すいません、急がないといけなくて、はいっ」
カチリ。
夕貴の制服のポケットから小さな音がした。入れておいた『タンマウォッチ』の。
世界から音が消える。
「ふっふっふ……時よ止まれッ!なーんてね」
この子、希美香が困っているのを見て、瞬時に夕貴は自分のすべき事を判断した。
自分の立っていた位置をよく記憶しておいて、1階の学食へと向かう。

「……うわあ」
普段は綾城兄妹の作ってくる弁当を食べている夕貴にとって、学食は縁遠いもの。
初めて混雑時のその光景を見て絶句した。
まさに人の波。「芋を洗うような」という形容がピッタリと来る。
さすがに奪い合いやらは無いようだが……希美香が買えるか?という疑問はある。
うんせうんせと苦労してなんとかパン売り場まで辿り着くと、メンチカツパンを1個持ち出した。
代金は小銭入れの容器の中に入れておく。


希美香の立っていた1年の廊下……4階。まで戻って来ると、夕貴は少し考える。
さっき希美香に何事かほざいていた女子どもに仕返しをすべきか?
でもこれから希美香がパンを渡しに行くんだから、その前に機嫌を損ねるのはまずいかな。
「……そして時は動き出す」
このセリフ、本当に時間止められたら誰でも言うよなー、とアホな事を考えつつ時間を動かす。

途端に大量の雑音が発生し、目の前の希美香も頭を下げた。
「あ、何組の方ですか!?後でお詫びに参りますですよ」
「まあそう慌てないで。はいコレ」
メンチカツパンを差し出す。希美香の顔が驚きに包まれ、眉がまた跳ね上がった。
この子、本当に表情が豊かで面白い。
「え!?いえ、あの、え、なんでですか!?」
「教室の前でたまたま聞いてたからね。やるよ、ほら」
夕貴は希美香の手を取ると、メンチカツパンを握らせた。
「そ、そんな、困りますですよ、見ず知らずの人に……」
言葉遣いも面白いなあ。
人によって意見は分かれるだろうけど。
「ああ、心配ないって。少なくとも見ず知らずじゃないから。覚えてない?喫茶店の常連」
「え、ええっ!?あのお店に来てくださってたんですか!?」
頬を染めて両手を頬に持って来る希美香。やばい、可愛過ぎる。
「まあ、そんなわけだから行って来な。お代は後でいいよ」
できるだけ己の欲望を出さないように言葉を紡ぐ夕貴。
希美香が満面の笑顔を見せる……八重歯がまた可愛いんだこれが……


だが、教室に入ろうとした所で夕貴は希美香を制した。
「?」
教室の中から、さっきの女子達の声が聞こえて来たから。

「さっき頼んだの、本当はコロッケっしょ?」
「んー?どっちでもいいよ、もう」
「あ、酷い。あの子必死で駆けてったよ?」
3人の中心にいる女子がボス格という所か。
「まあでも、あの子変だしかわい子ぶっててイヤだよ。貧乏なのにこんなとこ来てて生意気だし」
「え、家ビンボーなの?」
「そうだよ、こんないい学校来なきゃいいのに。同情されたかったらもっとマシな事しろ、ての」
「そうそ、だから今みたいにお金絡んだ話すれば必死ですっとんでくの。面白いよ~」
何がおかしいんだろうか。

……隣にいる希美香の顔を覗き見た。
弱気な笑いがかえって痛々しい。
決めた。あの女子ども、粛清してやる。ボス猿は特に痛めつけてやる。
このあたしの目の前で、可愛い女の子をいじめるなんて……神が許してもあたしが許さん!
あ、そうだ。
昨日思いついたアレを……こいつらで実行してみよう!
「希美香ちゃん、放課後、迎えに来るから」
「へっ?」
そして夕貴は独自に行動を開始した。ひみつ道具を理解するために。


6限目が終わった直後、HRの始まる前に再び希美香の教室1年4組に来た夕貴。
希美香は一番前の廊下側の席に座っており、すぐに出てきてくれた。
「?まだHR終わってませんですよ?」
「や、その前にちょっと聞きたい事があってさ」
教室の中を見る。
昼休みに見た女子3人は教室の後ろの方でペチャクチャと喋っていた。
「あの3人の名前知ってる?」
「はい?知ってますですけど……何をするですか?」
不安そうな顔になる希美香。
「大丈夫大丈夫、あたしが何かするわけじゃないから」
半分嘘だけど。
とりあえず3人それぞれの名前を聞き出した夕貴は、希美香と放課後一緒に帰る約束を取りつけた。

名前さえわかればあとは簡単。夕貴はポケットから「それ」を取り出す。
『必ず実現する予定メモ帳』。
たしかずいぶん昔の巻に載ってたから、よくは覚えていないけれど。
【~~】が・【~~】と・に・【~~】で【~~~】
「つまり必ず、一度に2人の行動を操らないといけないのかな。で、場所指定も必須と」
あれ?でも、ドラ○もんはパパにドラヤキを買ってもらって来てたような。
よく帳面を見て考え込む。
「……思い出した!」
夕貴はそこに、「女生徒Aが・今すぐに・1年4組の教室で・服を脱ぐ」と書き込んだ。
すぐに効果が現れる。


「……?」
「どうしたの?」
「なんか、背中がモゾモゾと……」
夕貴は廊下からさりげなく教室の中を見た。
表向きはポケベルとメモ帳をいじっているふりをしながら。
「なんかいる?」
「いや別に」
女生徒Aは制服の上着を脱いで、他の2人に見てもらっている。
なるほど。一応脱いだ事は脱いだ。
とりあえず効果はわかった、文章にさえなっていればいいらしい。
それならと、「女生徒Aが・今すぐに・混乱しきった様子で・上半身裸になる」と書く。

Bが何かに気付いた。
「あ!ちょっと、襟に蜘蛛ついてるよ!」
さっと顔が青ざめると、途端に暴れだすA。
「取って!嫌、た、助けてよぉ!」
「え、嫌だ、近付かないでよ!」
薄情な事をほざいて後ずさったのは女生徒C。やっぱりこいつが一番ワルか。
そう思っているうちにAはいよいよ焦り、ボタンを引きちぎるようにしてブラウスを脱ぐ。
「お♪」
はずみでフロントホックのブラが外れ、生乳がぷるんと揺れた。
うーん、なかなか形がいい。ちょっと触ってみたいな。一瞬時間を止めて触ってみようかな?
「必ず実現する」その名に偽りなし。偉大だ。


「きゃあ!何やってんの!」
悲鳴を上げたのは当人ではない。女生徒C。
友人がここまでパニクってるってのに、こいつ本当に薄情だな。
「ちょっとあんた、服着なさいよ!」
「嫌、クモ、クモぉ!」
……なんかちょっと可哀相になってきた。
夕貴は教室の中につかつかと入ってきて、女生徒Aの肩を掴む。
「じっとしてな」
蜘蛛をつまみ上げて手のひらに収め、落ちてたブラウスを当人にかけてやった。
「ハア、ハア……フゥ……あ、う」
……ちょこっと、その嗜虐心を煽る姿に欲情してしまったのは内緒。
さて、この蜘蛛どうしよう。
「べしっとやっちゃってくださいよ!」
「え、嫌だ気持ち悪い!外に投げ捨てて!」
女生徒B&C。なんつーか自分勝手だな、どいつもこいつも……
「あのな、『一寸の虫にも五分の魂』って知ってるか?」
夕貴がそう言った瞬間。2人の表情が急速に冷たくなっていく。
うわっ。
なんかもう『テレパしい』や『ツーカー錠』なみにこいつらの心がわかった。
今にも「白ける~」とか「ウザ~」とか言いそう。
……ま、このB&Cの処分は後々考えよう。蜘蛛はとりあえずベランダに逃がして……
女生徒Aを上着で覆ってやり、とりあえず落ち着ける。
HRが始まりそうだったので夕貴は自分の教室に帰って行った。


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最終更新:2007年06月10日 00:27