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あいつが来る/本編/第50話」(2012/05/18 (金) 03:29:30) の最新版変更点

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  *  *  * 「なるほどなぁ」 宗返の前で、面会に応じた組関係者が口を開く。 相手はいわゆるケツモチであり、同時に裏ルートでのメインバンクに等しい存在だった。 「話は分かった。わしらも動く事になるがうちだけじゃ受け切れん。 オヤジに持っていく事になるな」 そう言った組幹部自身、大阪でも決して小さくない組を張っている立場であるが、 その一つ上の組を動かすと言う話だ。十分あり得ると宗返も思った。 「どっちにしろ、わしらが出て行くのは最後の最後や」 「取り敢えず、弁護士に内容証明書かせましたわ。 とにかく、主債務者が死亡した以上、保証人として話し合いに出て来て欲しいと」 「それでええ。今日び、代紋見せた先から豚箱直行やからな。 向こうの出方からしてそれくらいの事は平気でするやろ。 まとまったら又来ぃや。オヤジに出て貰う事になるがな、 その線なら関東に流れた手形はこっちで責任持って引き受ける。 もちろんみんなまとめてチャラや。そん二人に証文書かせる事が出来たら安いモンや」 その言葉に、宗返は頭を下げる。 矢麻岸に渡した手形十三億三千万円の内、 五億円分に就いては伊西田の弁済期日よりも早くに決済が来るため、 宗返はこの組幹部から繋ぎの融資を受けていた。 トータルすると、利益見込みは伊西田の最初の詫び料一億と政界融資で約束された三億でしめて四億の儲け。 但し、三億円は九州に弁済し矢麻岸にも利息として三千万円支払う事になっているので単純計算で七千万円。 そして、ケツモチから繋ぎに借りた五億は利息制限法を無視した「早い金」であるため、 なんやかんやでとんとんより少し上と言う事になるが、 この際命が助かるだけマシ。騙し合い食らい合いの裏の株取引をやっていればこういう事もある、 そう思っていた矢先に、今度は当の伊西田が急死した。 このまま伊西田から預かった手形が不渡りとなった場合、ケツモチからは五億円、 更に矢麻岸弁護士には八億三千万円の手形を握られている。 矢麻岸弁護士の金主元は、裏の社会では未公開株詐欺で知られている インダスタル・チキチキ・リテイリング社との説明だったが、イン社の様に手広く詐欺商法をやっていると、 被害者の友達の友達がその筋の人間だったと言うケースも出て来る。 そうしたトラブルに対処しているのが矢麻岸弁護士であり、 その筋の情報で宗返が更に調べた所、矢麻岸弁護士は関東でもかなり上の組の共生者、 もっと言うと企業舎弟ならぬ法務舎弟に近い存在だった。 イン社との関係も、学生起業家を称していた若社長が女絡みのトラブルを起こした際、 「呑み友達」の矢麻岸が、それも脅し側よりもはるかに大きな組を使って追い払った事だった。 かつてはもっと小さな組に絡め取られて中小債務者を食い物にしていた程度の悪徳弁護士だったが、 どういう訳か最近になって関東でも上のクラスの組幹部に気に入られてケチな提携弁護士から抜けたと言う、 裏情報が命の宗返から見てもかなり得体の知れない、しかし、侮れないのは確かな相手。 そんな相手に預けた手形を八億も飛ばした日には、関東でもかなりのランクの組が出て来ると思っていい。 だからと言って、宗返が借り入れているケツモチの組も 関西の巨大組織の枝としては大阪でも相応の組を張っており、 五億の焦げ付きを出しての追い込みは考えたくもない。 むしろ、東西両方からの借金を奇貨として、相手に抜け駆けされたら大損すると言う 債権者同士の利害関係を立ち回り自分の安全を図る剛の者も中にはいるが、 宗返はまだ当面は裏と関わる企業舎弟以外の生き方は無いし、その両天秤は危険過ぎた。 だからと言って、伊西田ルート以外で十三億余りの借金を期日までに弁済する見込みは全く無い。 期日になってはいお手上げ、不良債権、では務まらない稼業であり、それはケツモチとしても同じ事だから、 倒産危険情報が出回る前に、まずはケツモチにそれを否定しておかなければ文字通りの意味で命が危なかった。 もっとも、組を通すと分け前の出るし立場上主導権も奪われる。 出来る事ならここまで美味しい利権は独占したいものだから、宗返も当初は自分で動いていた。 元々、それだけの金額を動かした以上、 伊西田が生きている内から宗返は二人の政治家に関する周辺調査を行っていた。 その結果から、どの政治家にも一人や二人いるものだが、 副大臣の周辺にその筋からの話が通りそうな人物を見付け、宗返は接近した。 規模で言えば、その人物の背景の組は宗返のケツモチから見れば微々たる相手であり、 ある程度の素性とバックと事情を明かして取り敢えず借金に就いて誠実な話をしたい、 と言う趣旨を人を介してその人物に伝えた。 その結果は、相手の代理人弁護士からの内容証明で、 何か妙な事を吹き込んでいるらしいが当職の依頼人は一切関知していない。 今後もその様な事があれば法的措置をとる、と言う切り口上の返答だった。 だからと言って、今日び、怪文書やら街頭宣伝車やら殴り込みやら雪隠詰めやら荒っぽい手段に出ても、 分け前が減る所か場面を選ばなければ自分が危ないだけで当然回収も成り立たない。 まして、副大臣に加えて、官僚社会にも通じる策師と言われる与党実力者の元官房長官もついている。 企業舎弟一人どう引っかけられるか分からない。 ここは、まずは正攻法でいくべきだと宗返は判断する。 今日び、企業舎弟をしていればその程度の、形式上商取引にしか見えない脅しなど日常業務だ。 週刊誌辺りが少し調べれば宗返や伊西田が暴力団周辺人物以外の何物でもなく、 そもそも借金の額が尋常ではない事は当然分かる。 その前に相応の対応をしなければ二人まとめて政治生命が終わる事は理解出来る筈だ。 後は、この二人から半永久的に絞れると分かれば、組関係にすれば十五や二十億などお釣りが出る金額だ。   *  *  * 一人の眼鏡っ娘が、夜の体育館の真ん中で目をまん丸くしていた。 まあ、体育館一杯一杯に分厚く敷き詰められた一万円札を目の当たりにし、掘り返す。 等と言う経験は、そうそう出来るものではない。 しかも、「瞬間固定カメラ」の影響で、下校途中からここまでの記憶が見事に途切れている、 と言うか元々存在しないのだから、混乱するのも無理からぬ所だ。 「いやいやなになに、ちょっと株式投資で大きな当たりを引き当てただけの酔狂な馬鹿者でございましてね」 念のため、「入れかえロープ」で別人の肉体を借りた俺様が優雅に告げる。 「これから、私の言う通りにしていただけましたら、 ここにある現金、好きなだけお持ち帰りでオッケーでございますよ」 眼鏡っ娘はガタガタと震えていたが、その喉がゴクリと動いた。 「はい、笑って、笑ってー、気を付け、休め、 はい、右手を挙げてー、右手で爪先摘むーっ」 セーラー服も下着もその場に脱ぎ捨てた眼鏡っ娘は、 壊れた笑みを浮かべながら俺様の指示に従う。 くるくる回転した後も、俺様の指示で見事な新体操演舞を開始する。 まあ、女としてはこれからが食べ頃と言う奴だが、 この場合、胸の脂肪の薄さが運動機能的には丁度いいと言う事でもある。 道具が無くてもショータイムとしては悪くない光景だ。 丁度、「クローン培養基」出身奴隷メイド塚本数美が、 セクシー乳ぽろスーパーミニスカメイド服で俺様の前に蹲りじゅぷじゅぷ口から出し入れしている所だ。 クローンは肉体だけで中身は本体。「入れかえロープ」様々だ。 何せ留置所にいる本人の精神をいたぶりつつ怪奇現象の発覚を避ける、と言う命題があるからな。 「はい、ごっくんだごっくん」 うむ、我が欲望を解き放す前菜ぐらいにはなる、いい見せ物であった。 「あ、あああっ、い、いいっ、いくっ、ああっいいっいくっああっいっちゃうぅーっ!!!」 そして、指示するまでもなく、その体育館のど真ん中で少女はがに股になり、 激しく自分を慰め絶叫する。 既に、彼女が自覚無き隠れ露出狂の性癖があると言う事は 「ソノウソホント」によって確定している事であり、 そして、この体育館の一角で「天才ヘルメット」と「技術手袋」により製造された機械箱の中で作動している 「シナリオライター」のシナリオは絶対という事だ。 「オーケー、ラストだ。このまま外までダッシュして、 グラウンドのど真ん中で倒立してフル開脚状態で十秒間笑顔を見せる、オーケー? どうせこの夜中、誰もいやしねーよHAHAHAうっ」 俺様の腰使いに合わせてパンパンパンと激しい叩き込みも心地よい。 ちょうど、俺様の眼前に四つん這いになり、 ほぼ引っかかってるだけの超絶ミニスカをそれでもめくり上げている セクシー奴隷メイド七川絢の中に、高潔なる俺様の遺伝子を存分に注ぎ込んだ所だ、 宴の締めには相応しい。 で、眼鏡っ娘はと言えば、途中まで「ゆうどう足スタンプ」の軌道に乗りながら、 「かたづけラッカー」を吹き付けられた 「時差調節ダイヤル」つき「どこでもドア」の向こうへと駆け出していく。 「どこでもドア」の向こうとこちらでは、緯度、経度の差はほとんど無い。 それでは撤去といこうか。 後の記憶処置はとにかく、取り敢えずとろけ切っている二人の奴隷メイドは 「ペタンコアイロン」で時間停止圧縮してから「チッポケット二次元カメラ」で写真にする。 塚本数美メイドが「ソノウソホント」で淫乱化したボディに バイブ突っ込んだままえへらえへらと寝くたばっていたが、 神聖なる俺様の肉棒だ、お預けの一度や二度は当然だろう。 この体育館一杯に分厚く敷き詰められた一万円札は正真正銘の本物。 金額的には更に大量に手に入れたものであるが、経費や、 口座の数字と物理的な札束を現実経済社会で必ずしも一致出来るのかと言う問題で目減りはやむを得ない。 「福沢諭吉がデザインされた和紙の諸君、君達は雄の××蝶だ」 と「無生物さいみんメガフォン」で何度も繰り返し呼びかけた結果、 三つ用意した「どこでもまど」から、その向こうに一部屋ずつ用意した フェロモン漂うマンションの一室に無事移動してくれた。 後は、「どこでもまど」を閉じて、 用意したプラスチック板に「スペースイーター」で開いた超空間トンネルを通って それらのマンションの部屋に移動、さいみんを解除してから体育館に戻って来る。 超空間トンネルの出入り口には別のプラスチック板を張り付けておいて、 移動の際は「四次元若葉マーク」と「フワフワオビ」を装着する。 それだけ大量の万札、手に入れるだけならなんとかなるが、 今回はその過程が重要だった。 毎度の事だが超常現象が存在する事を立証してしまったはならない事はもちろん、 犯行の痕跡は残さなければならない。 そのために、その道のプロを「うそつ機」で口車に乗せて、 「分身ハンマー」で分身を呼び出して連れて行き本体の方は「ワスレンボー」で奇っ怪な記憶を残さない、 そのやり方で必要な技術者を揃える詐欺師ドリームチームとでも言うべきメンバーを用意した。 とある人物の偽物を用意するために、とある場所に隠し撮り用のビデオカメラを設置する。 そのビデオカメラの録音データか抽出した一つの声が、 専門ソフトによってとある人物との声紋一致率××%を記録する。 この結果は、はるか昔から現在に至るまでとある無人島に保管される状態にしておいた 「あらかじめ日記」で既定事項としておく。 この一致率の数字はよく似ているが別人、と言うレベルの数字であって、 俺様が呼び出した技術者の手でビデオを起点とした大凡の時刻位置関係が把握出来たなら、 「タイムテレビ」で正確な居場所を割り出す事など容易い事。 そして、その一致率の人物を「うそつ機」で騙した上で「分身ハンマー」で分身を呼び出し、 本体の記憶からは「うそつ機」で騙して以降の記憶を「メモリーディスク」で改竄しておく。 元々、声が似ていると言う事は形状が似通っていると言う事でもある。 よく似た人物の分身を、まずは「ソノウソホント」で全く別人の指紋とDNA型に変更してから ドリームチームのメイキャップがそっくりに仕立て上げる。 そっくり、と言うと語弊がある。何故なら、チームの科学警察研究所の技官に指示して、 元のモデルから敢えていくつかのポイントを微妙に変更させた写真を用意、 それに基づくメイキャップをさせたからだ。 その後で、「ある人物」本人を連れて来る。 こちらは「どこでもドア」と「石ころぼうし」で就寝中の所に侵入して 「ムユウボウ」で「どこでもドア」の向こう側に誘導してから、 やはり「グッスリまくら」で熟睡させておいた偽物と本物が 「入れかえロープ」で逆転する様に「ムユウボウ」で誘導する。 つまり、俺様が本当に使ったのは、 本物にかなり近いメイキャップをした偽物の肉体に本物の魂を持った、と言う状態の下僕と言う事だ。 後は、「ソノウソホント」で「グッスリまくら」を無効化して「うそつ機」でその必要性を詳しく説いてから、 ほとんど台詞の無い詐欺の舞台に立たせる。 それに付随して使用する各種の証明書も、大金を支払って裏社会を通じて精巧な作り物を手に入れた。 その際は、「フリーサイズぬいぐるみカメラ」で全くの別人に化けた上で、 「うそつ機」によって俺様が絶対的に優位な地位にいる事を相手に誤認させる。 事が終われば、肉体の入れ替わりを元に戻してから再び熟睡させて、 分身は「分身ハンマー」で消去。 本物さんは「ムユウボウ」と「時差調整ダイヤル」つきの「どこでもドア」で 寝室まで誘導してから「ワスレンボー」でこちらとの関わりを全て忘れて頂く。 さて、体育館の片付けもおおよそ終了した。 念のため、俺様の指紋やDNAも「ソノウソホント」で変更した上でのお遊びだ。 後は、「かたづけラッカー」で肉眼では見えない「どこでもドア」を撤去してだ。 グラウンドで朝練中の雄ガキ諸君にはサプライズな差し入れと言う事になるが、 零細企業経営者である両親への闇金融攻勢が頭に来た可哀相な娘として処理される筈だ。   *  *  * 「どうした?ここには掛けて来るなと…」 「急ぎです。まずいです」 「それは俺が判断する」 「本部長が完全にビビリ入ってるって事ですよ。 外部の弁護士に持ち込むために、資料まとめに掛かってます」 「分かった、覚えておく」 掛かって来た電話を切った男は、僅かな哀れみの笑みと共に電話を掛ける。   *  *  * 「もしもし」 「魚練さんですね?」 「そうですが」 大阪国税局査察部で内偵担当査察官を勤める魚練雄化は、 出勤早々自分を名指しした外部からの電話を受けていた。 電話の向こうの男性は、住所とナンバーを告げた。 「この部屋の真のオーナーに就いて急ぎの用件があります」 そして、再び住所を言った。 「ここの廃屋、その天井に張り付けてある茶色い袋を回収していただきたい。 あなた達の言う反社会的勢力も一枚岩ではない、そういう話です」 それだけ言って、電話は切られた。   *  *  * 「モンタージュバケツ」、そして「ソノウソホント」、「声紋キャンデー」によって、 顔も指紋もDNA型も声紋も全く別人のものになっている、問題はない。 心の中で改めて繰り返し、俺様は電話ボックスを出る。 極秘に進められている捜査班の陣容も、俺様に掛かれば手に取る様に分かると言うもの。 手始めに、いくつかの部長クラスを「偵察衛星」、「エコー衛星」で監視して、 少なくとも担当している事が分かれば、 深夜、寝床で叩き起こして「シナリオライター」で知っている限りの担当者の名前をノートに書かせる。 無論、起こしてた書かせた時の記憶は「ワスレンボー」で消去しつつ 「グッスリまくら」で安眠を保障するアフターサービスも万全だ。 この方法で手繰って手繰って、既にチャートは完成していた。   *  *  * 「ああ、そうだ、事件性は無しの線であんじょう処理してくれ。 まあ、妙な痕跡は残さん連中やさかい…」 大阪府警察本部の一室で、腕組みしてその音声を聞いている遠山銀司郎の表情は苦り切っていた。 そして、電話が掛かって来た。 「ちょっとカマかけたら全部ゲロしました、間違いありません」 「面汚しが…」 電話の声を聞き、部屋の一角からぼそっと小さな声が聞こえる。 「手広いからなぁ、元々、サツ官関係の人脈の一人言うのは二課の調べでも浮かんではいたが…」   *  *  * 夜、近畿地方某県内のホテルの廊下を、動きやすい服装をした数人の男が移動していた。 先頭の男が、部屋の一つをノックし、開錠の音が聞こえる。 男たちが部屋に入り、ベッドの上で浴衣姿で寝入っている男に近づく。 男の一人がベッドの男の浴衣を肩脱ぎにし、腕を上げて脇毛を露出しながら注射器を取り出した。 「!?」 次の瞬間、部屋にいた者達はことごとく蹲った。 ようやく視覚、聴覚が戻って来た、そう思った時には、 拳銃を手にしたヘルメットの集団に取り囲まれていた。 「大阪府警捜査一課特殊班MAATや、 取り敢えず傷害未遂、それに薬事法違反か医師法違反か、 最後の容疑はどないなるやろなぁ?」   *  *  * 大阪、ミナミのバーで一人ハイボールを傾ける初老の男。 もう一度だけ、使い古した腕時計に視線を走らせる。 電話のベルも、マスターがこちらに電話機を手渡す気配も無い。 もう一度言うがここはミナミのバーであり札幌ススキノではない。 グラスに氷の球だけを残して静かに立ち上がる。カウンターに紙幣を残す。 路上で携帯電話にライターオイルを浴びせ、着火したジッポを丸ごと投下する。 リボルバーを口に含み、引き金を引いた。   *  *  * 「鈴木のガラ、大阪に持ってかれたぞっ!!」 京都府警五条警察署の捜査本部で、駆け込んで来た刑事の言葉に一同はきょとんとしていた。 「鈴木のガラ、何やて?」 「京都地検が鈴木の公然わいせつ容疑を処分保留で釈放、 そのまま拘置所で大阪地検が業務上横領の容疑で逮捕、引っ張って行きよった」 「………」 僅かな沈黙の後、捜査本部には罵声と怒号が爆発した。 「何がどうなってそないな事になってるんやっ!?」 「地検が何ナメて真似しくさって」 「地検何やってるか分かってるのかおおっ!?」 「仕切ってるのは大阪地検特捜部、高検レベルの命令らしい」 「部長に連絡入れろ、地検にカチ込みやっ!!」 胸ポケットに隠れる相棒に微笑みを向け、綾小路文麿警部は静かに立ち上がる。 「さぁさ、地取りや地取り」 綾小路に、ぐわっと血走った視線が向けられる。 「女の子相手に薬にマメドロ、しかもマワシや、きっちりケジメなあきまへんなぁ警察として」   *  *  * 「車低さんですね?」 羽田空港での搭乗手続き直前、一人の男がスーツ姿の集団に囲まれた。 「大阪府警捜査二課です。詐欺の疑いで逮捕状が出ています。ご同行を」 「逮捕状、見せていただけますか?」 囲まれた男が応じる。 「大阪の簡裁で既に判事が発布しています。緊急執行言う事で手錠掛ける事も出来ますが」 僅かに緊迫した時間が流れ、囲まれた唇の端を歪めて両手を上げた。 スーツ姿だが無理なくガッチリとした壮年の男であり、 その表情は美男とも言えるがどこか憎めないものだった。 「大阪からつけ回しとったんか」 「わざわざ東京までご苦労な事やったな」 「商談や、これでも忙しいビジネスマンでしてな」 「ま、アリバイ工作も無駄って事や往生しぃ」   *  *  * それは、既視感すら覚える風景だった。 「大阪地検特捜部と大阪府警です、特別背任及び業務上横領の容疑で家宅捜索を行います」 「…大阪府警…」 ここ数日来の騒ぎで学校に行く所ではなくなっていた園子は、 玄関から押し寄せる地検と府警の捜査員を呆然と見守っていた。 そこから先の記憶はハッキリしない。 気が付いた時には、部屋に駆け戻り携帯電話に縋り付いていた。 園子からの電話は繋がらず、ベッドの上で震えていた園子は折り返し電話に縋り付いた。 「もしもし、和葉ちゃんっ!?」 「園子ちゃん?」 「う、うちに、うちに大阪の、大阪府警が来て、 ね、大丈夫だよね和葉ちゃん、お父さん大丈夫だよねっ!?」 「…ごめん、園子ちゃん…」 電話が切れた。 和葉の最後の涙声に、園子は何も言えなかった。ただ、ベッドで放心するだけだった。   *  *  * 大阪府警捜査二課、捜査四課を中心とした合同捜査本部は、 鈴木財閥中枢である鈴木HDが所有する系列企業の株式を取締役会に諮る事無く安価で売却したとして、 鈴木HDの鈴木史郎前会長を業務上横領容疑で逮捕。 大阪府下の豆不二市(仮名)における中小企業支援事業を巡り、 嘘八百の申請書類で補助を受けたとして、言わゆるフロント企業の経営者等を詐欺容疑で逮捕。 そして、市役所の部長以下と公益団体前代表の安他茶振容疑者をその共犯容疑で逮捕。 更にこの事件に絡み、議会質問の中止工作が行われその見返りに腕時計が授受されたとして、 大阪府議会議員と暴力団幹部の顔根吾留容疑者を贈収賄容疑で逮捕。 大阪府内の税理士を、無資格で相続トラブルに介入し報酬を得た弁護士法違反容疑で逮捕。 銀行支店長を他人名義での銀行口座の使用を主導したとして犯罪収益移転防止法違反容疑で逮捕。 中堅商社A…商事の常務取締役関西事業本部本部長と同本部第七営業部長である車低来行を 関西圏の農業協同組合から融資を受ける際デタラメな報告を繰り返し貸付金を騙し取った詐欺容疑で逮捕。 大阪地検特捜部は、関西を地盤に大臣経験のある大物代議士の秘書二名を、 実質A…商事からの億単位の政治献金を政治資金収支報告書に記載しなかった政治資金規正法違反容疑で逮捕。 東京地検特捜部は、先に行われた西多摩市市長選挙に絡み、 市長候補だった都議会議員が立候補を取り下げる事を理由に金銭的な便宜を受けたとして、 都議会議員と鈴木財閥系「鈴木建設」副社長河豚舎蝶大容疑者、「之矢九建設」社長剤黄只士容疑者、 そして、元総理大臣八巳用郡代議士を公職選挙法違反容疑で逮捕。 八巳代議士の秘書二名を、実質「之矢九建設」からの億単位の政治献金を 政治資金収支報告書に記載しなかった政治資金規正法違反容疑で逮捕。 警視庁捜査二課は、 先の西多摩市長選挙に絡み、市からの受注業者として禁止されている資金供与を行ったとして建設業者を逮捕。 この違法寄付に関与したとして寄付を受領した落選候補の選対幹部、 「之矢九建設」取締役第三営業部長及びその部下、西多摩市の部長以下を同じ容疑で逮捕。 福岡地方検察庁特別刑事部は、 労働基準監督署から送検されていた福岡市内の建設会社社長と 東海地方に本社を置く建設コンサルタント会社「菅須賀コンサル事務所」幹部を、 様々な不当労働行為とそれを指導した労働基準法違反容疑で逮捕。   *  *  * 「まさに、頂上作戦ね。 東京地検特捜部、ここ最近劇場化してたって言われてたけど…」 「いやあ、負け負け」 「日売テレビ」の報道局フロアで、水無怜奈の言葉に取材記者がぱあっと両手を広げて言った。 報道特別番組はとっくに始まっている。 怜奈は、アナウンサー交代までの間の準備に追われていた。 「何せ、元総理の逮捕まで内偵詰められて、その動きが真ん前まで全然読めなかったんですから。 全社社会部報道局大荒れですわ」 「我が社もね」 「全くです」 「「之矢九建設」は鈴木の下請けで濾過器、それでいいのね?」 「ええ、間違いありません。 業界での情報は色々あったんですが、訴訟に耐え得るネタがここまでどうしても取れなくて、 その間に特捜部にガブッとやられたって具合ですよ。全く情けない。 まあ、特捜にはトップクラスの内部告発がドカンと来たって言いますからね」 「でないと、こんな摘発はあり得ない。西多摩の市長選挙が鍵だったって事」 「ええ。鍵は西多摩の再開発計画。 あの計画は、財界では常磐財閥主導で行われていましたが、 その西多摩の常磐本社ビルがテロリストにサーバごと爆破される、 各社の代表として実質取り仕切ってた常磐のご令嬢がバックにいた市議会議員共々殺害される。 ご丁寧にミラーサーバまでウィルス感染して市議会では景観条例に関わる汚職疑惑まで取りざたされて、 一転して財界各社主導権争いの大混乱になりましたからね」 司法記者の言葉が遠くに聞こえるかの様に、怜奈はじっと静かに考え込む。 「西多摩市による常磐へのきな臭い優遇措置の数々が発覚して市議会は解散市長も引責辞任。 後任を巡っては当時の与党内も一騒動」 「そこで、候補者下ろしの事件があった」 怜奈の言葉に、司法記者が頷く。 「与党内で公認争いをしていたのが政府審議会にも名を連ねていた学者と 今回逮捕された地元選出の都議会議員。 都議会議員が常磐派で、再開発を当て込んで親族や愛人の名義で様々な事業に噛んでいたのが、 常磐の失墜で危なくなっていた。だから、市長になって強引にでもねじ伏せようとしていた事を掴んだ 「之矢九建設」の剤黄軍団が動いた」 「元々、常磐派である都議会議員の当選は之矢九にとっても邪魔。 バックにいる鈴木建設、引いては鈴木財閥の西多摩進出のために恩を売った。 分裂選挙回避をはかっていた与党にも」 怜奈の言葉に、記者が頷く。 「「之矢九建設」がダミーを介して経営不振の関連企業を買い取る事を条件に、 都議会議員は選挙から下りた。公職選挙法で禁止されている買収による候補取り下げ。 そして、この工作には鈴木建設の河豚舎副社長と八巳代議士も噛んでいた。 八巳ほどのキャリアで直接噛んで来る辺り、 八巳代議士も相当焦っていたんですね。中央では与野党、与党内の主導権争いが激化していて、 西多摩市長選挙で敗北すれば当時の総理総裁も危ないと言われていましたから、 執行部を支えて党の選挙をバックアップしていた八巳の立場では分裂選挙なんて論外だった」 「結果はどの道落選、しかも両方逮捕だったけど」 「学者先生の方は党から入ったプロ選対と バックアップした市役所の役人連中が業者からの選挙資金集めで上げられて、 先生まで行くんでしょうかね。 結論としては市長の座は市民団体出身の無所属候補に持っていかれて、総理は力ずくで踏み止まった訳ですが」 「その八巳代議士自身への闇献金も出て来てるわね」 「秘書二人を逮捕で事務所自宅を一斉捜索。鈴木崎のザ・汚れ役と口利きの噂には事欠かない元総理。 候補者一本化の謝礼も入っているんでしょうがね。 当然特捜部は議員本人の関与と贈収賄職務権限を狙って来るでしょう」 「それだけでも大事件だけど…どこから読めばいいのか、って感じね」 怜奈はどこか呆れ、それでいて緊張した口調で用意された膨大な資料を手にする。 「…労基法違反で地検の特別刑事部が身柄を取った?」 怜奈が不思議そうな口調で言った。 「元々、労災なんかがきっかけで労災や未払い賃金に関して個人加入労組が出て来て、 そしたらコレもんの右翼団体が暴れ出してちょっとややこしい事になってたのは確かなんですが…」 記者が、指でしゅっと頬を切る仕草を見せた。 「本命はこっちです」 記者からプリントアウトを見せられ、読み進める内に怜奈の目つきが鋭くなる。 「手抜き工事…」 「尋常な内容じゃないですよ。 社長が逮捕直前に、弁護士を通じて、 福岡県やら国土交通省やら建物の持ち主やら建築紛争に詳しい弁護士やらに送信したメールです」 「このメールの通りだと、主犯はむしろ菅須賀コンサルって事になるけど」 「業界関係に当たったら、相当薄気味悪い会社です。 暴力団やら政治家やら、どこまで関わっているのか。 菅須賀の主導、指導で大規模な手抜き工事を行っていた。 この通りだとすると、とてもこの福岡の建設会社一件とは思えない。 この逮捕容疑だと、通常は刑事事件でも司法警察員である労基署メインの捜査です。 それが今回は地検の、それも特別刑事部が身柄まで取って来た」 「別件捜査、本命は組織的な手抜き工事指導の解明」 頷く記者を目の前に、怜奈がチラッと視線を向けた先では、 キャスターが新たなニュースを読み上げていた。 ---- [[次話へ進む>あいつが来る/本編/第51話]] [[戻る>◆uSuCWXdK22さん-2]] [[小説保管庫へ戻る>小説保管庫]]

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