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あいつが来る/本編/第49話」(2012/05/18 (金) 03:26:50) の最新版変更点

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  *  *  * 「ガサ入れ?」 早朝の某警察署の廊下で、 佐藤美和子はすれ違った女性刑事に小さく声を掛けた。 「動画サイトに投稿したマル被が早速に引っ掛かりました。 これから引っ張ります」 「そう」 短い会話だった。 東都放送のプロデューサー以下が現在も留置所にいる猥褻映像放映事件。 それだけでも「終わっている」上に、既にその録画映像は各種動画サイトに投稿されており、 警視庁からも有名サイト運営には要請を出しているが、 一度そうなったものを以後完全予防するのは不可能と言うのが現実。 今美和子が淡々とすれ違ったハイテク捜査官達に出来るのは精々が鼬ごっこ。 しかも、サイトによっては投稿者が圧倒的ハイテンションなコメントにより ネ申 待遇を受けており、 運営や警察が警戒強化してもゲリラ投下されるので、 映像のみならずコメント投稿者の教唆犯での摘発も検討していると美和子は聞いていた。  *  *  * 「強制解任ね」 探偵団と合流する前の通学路で哀がコナンに言った。 「ああ、新聞でも大きく出てるしな」 コナンが言う。現在の居候先である妃英理は、 全国紙はもちろんその仕事柄新聞雑誌大概のビジネスマスコミに目を通している。 「逮捕当初は会社の方でも茫然自失ってのが実際だったらしーけど、 あのテレビ放送が終わってた。 鈴木会長が接見した弁護士にも身に覚えがないの一点張りで頑として譲らないモンで、 関わってる全部の企業、団体が役員会、理事会を招集して役職の強制解任だ。 本人が辞職拒否してるから取締役ではあるけど、法的に言って株主総会までだな」 「長引くなら、株主から裁判所に強制解任の訴えが出てもおかしくないわね」 厳しい顔でコナンが言い、哀が続けたが、更に先がある事も二人は理解している。 日本、引いては世界的財閥の当主である鈴木史郎が引き起こしたとされる今回の事件。 東都放送での「放送事故」も含めて世界的大ニュースとして報道されている。 国家的な信用損失はもとより、鈴木財閥と言う企業体が被った損害は計り知れない。 財閥、代々の当主と言っても現代日本のトップ企業を一族で所有出来る筈が無い。 鈴木家とは直接関係の無い株主が大きな割合を占めており、 この何十年で株主権の実質的な意味が追い付いている以上、 とてつもない金額の民事訴訟に発展する事は避けられないだろう。 「呆気ないわね…」 哀が天を仰ぐ。どうやら探偵団が駆け寄って来た様だ。 思えば、彼ら彼女らはあの年で鈴木財閥とは随分と関わって来た。 中には異常すぎる経験のきっかけを作った事もあったが、 同年代では考えられない貴重な経験の数々を提供してきたのが鈴木財閥だった。 この、ぽかんとした落差は、これから響いて来るのだろうか。   *  *  * 「で、どやった?知らぬ存ぜぬか、ま、せやろな… ああ、分かってる、やっとくさかいああ」 宗返は電話を切り、又、別の電話を始めた。 「もしもし、私です。ええ、今夜はい、はいそうですええ…」 自分の事務所の社長室で平身低頭しているこの男、宗返仁分が一体何者かと言えば、 表看板は金融屋であり、早い話が企業舎弟だった。 電話を終え、宗返は来客用のソファーにどさっと座り込む。 切り札はある、大丈夫だと自分に言い聞かせる。 この焦燥感の原因ははっきりしている。 始まりは、伊西田銘柄に手を出して大火傷した事だった。 関西の裏社会でも上のクラスでの資金運用を任されている宗返は、 これまでも何度か伊西田関係の仕手に手を出して顔も繋いでいる。 だが、あの時は伊西田が直接持ち込んで来た話だった。 中堅機器メーカーのA社と海外資本との提携交渉が進み、 既に実務者調印がなされていると言う極秘文書のコピーを伊西田が宗返に持ち込み、 その話に乗る形で宗返はA社の株式購入に踏み切った。 だが、正式発表へのカウントダウンと思われた段階で事態が一変する。 宗返は、その辺の時の事を思い返していた。   *  *  * 「ああ、伊西田さんか?」 「A社の株、すぐに手放して下さい」 電話越しの伊西田の声は、緊迫したものだった。 「部長が刺された件か?」 「それに、公認会計士の自宅にマイト置かれた事件。 あれも一繋がりです。 今すぐ手放して損切りしないと儲けどころじゃなくなります」 「おい、ちょっと待て、一体どれだけ突っ込んで…」 「だから言うてるんです。今損切りかけないと最悪紙切れですよ。 ええ、けじめの事は後日話しつけますさかい…」   *  *  * 「ああー、どうも」 東京都内、とあるクラブVIPルームに足を踏み込んだ宗返に、 奥のソファーに掛けた男が手を上げて応じる。 つい先ほどまで同じ部屋にいた女性アイドルタレント三名は既に別ルートで退出したらしい。 宗返と先客の男は、取り敢えず応接セットを直してソファーに掛けて向かい合う。 宗返の向かいで携帯電話を操作していた男が、それを宗返に手渡す。 それを見た宗返が、自分の携帯電話を使った。 「こりゃあ、ばれてるって事だな」 携帯電話に映し出された有料インターネットジャーナルに目を通し、宗返が言う。 フリーだがアングラ経済関係の事件に就いてはなかなか強いジャーナリストのサイトだった。 「ええ。他にもフリーのジャーナリストが何人か動いています。 そこに週刊誌もくっついてますから、話の筋は完全に割れます。 ………会、潰れますよ」 宗返の目の前の男は、関東でもそこそこの組の名前を挙げてあっさりと言った。 やっと三十歳と言った年配のこの男、表看板は司法書士だが、 企業の役員を口車で転がす術に長けており、 安値で発行させた株式を「真のスポンサー」である極道筋に買い取らせ、 それを高値で売り抜けさせて分け前に預かる様に無責任私案誘導する手法を得意手としている。 宗返も何度か儲けに預かっているが主に関東系の組織を金主としており、 株式に関するその方面の情報には通じている。 宗返から見ればいずれドツボにはまるだろうと言う若僧だが、 今は使い手のあるそつの無いエリート共生者だった。 「部長さんもそうだけど、監査法人の会計士にボムってのがまずかった。 金融庁が火ぃ吹いちゃって、キャリアのルートから人事交流のルートから、 とにかく一刻も早く上げろ、情報があるなら資金ルート完全遮断させるって、 警察検察から官邸ルートまで走り回ってますよ」 「そんな所だろうな」 宗返が苦笑して言う。宗返も関西の出先に出て来ているキャリア官僚の生態、 下半身事情に就いてもそれなりに情報を収集しており、 その気になれば使える官僚も少しは確保している。 「金融庁も直接監督してる監査法人使って随分と締め上げて来ましたからねぇ、 そこに楔を打ち込まれたら根本的にヤバくなる。 もちろん、反社ハンシャで旗振って来た検察庁警察庁その下の警視庁も、 言われなくても怒り狂って総動員です。 警視庁の本部組対の特捜隊に本部と所轄のB担当に大号令掛けて、 ………会絡みの遊び場から取引先から、組対総出でありとあらゆる被害届かき集めてますよ」 「最近お得意の懲役二十三日か」 「だから、A社もかなりぶっ叩かれる。お上に逆らったら完全に潰されるでしょうね」 宗返の目の前で司法書士の男はさらりと言った。 「利益供与の株取引、ここだけは絶対譲らない筈です。 そうしたら、経営陣の特別背任は免れない」 「しかも極道相手、連中の言う反社絡み、提携どころじゃなくなるか」 宗返が大きく嘆息し、ようやくバランタインに口を付ける。 「元々、辞めた前の会長の案件だったんですけどね」 「勇退、って事になってるが実質は詰め腹切らされたって事だな」 「ええ。中興の祖なんて言われていましたがいわゆる老害ですね。 時代感覚の欠如が放っておけない所までヤバくなってて、 しかも息子に禅譲しての院政なんて本気で夢見ちゃったモンですから。 監査法人の公認会計士の一人が社長とツウツウで、 銀座関係への支出を監査法人から正式に監査役に通告されるか 最大限配慮するから退職金で清算するかを迫られて辞表を書いたって聞いてます」 司法書士の男が小指を立てて言った。 「今時、古典的なエロジジィだ」 「その古典芸能でロクでもない置き土産置いて行ってくれたみたいですが」 「………会との腐れ縁か」 宗返の言葉に、目の前の司法書士は頷いた。 「会長が現役の時に別件のトラブルで街宣車出動されて、それで仲裁に入ったのが………会系の企業舎弟。 その後、会長側近による色々とトラブル処理や便宜供与があったみたいですが、 そっちの企業舎弟が仕切ってたベンチャー企業の増資で、 会長側近の常務が値段も決めて株式買い取りの合意書を書いた矢先の勇退劇でしたから」 「梯子外されたって事やな」 「常務にしたらそういう事になります。 A社の新しい経営陣もこの取扱には困ったみたいですね。 中身を見たら暴落確実のボロ株をバブル値で買わせるって話ですから、 買い取り契約を取り消すためには常務を特別背任で刑事告訴する必要がある。 そうなったら会長の了承もゲロするでしょう。 辞めた会長も中興の祖って事で政財界でもなかなかの顔でしたから、 勇退って事で社内的にも社外的にも顔を立てましたが、刑事告訴となるとどんな反発があるか分からない。 それ以上に………会、特に窓口となった企業舎弟が株式買い取りを鉄板と見て資金繰りをしてたモンで、 それがポシャッた日には命が危なくなる」 「身につまされる話やなぁ」 お互いその筋の金の運用係。宗返はあえてのんびりした口調で言った。 「A社の預金通帳残高の話はひとまずおくとして、 会長を特別背任で告訴して株式買い取りを拒否した場合、 A社と………会と警察で社会的にも文字通りにも殺し合いになるだけで損する一方。 結局、前会長が使ってた特命係長にお呼びがかかって、 A社から正式に特別背任事件として告訴状を提出するか、 今回だけA社側の見通しが甘かったと言う事で何食わぬ顔で株取引を済ませて以後の関係を断ち切るか。 裏の交際費関係で懲戒免職刑事告訴リーチかかってた係長から、 極めて微妙な表現でそういう意味の最後通告が行われたって事です」 「簡単に金蔓を手放したりはしないモンだがな」 「どっちも切羽詰まってたって事ですよ。 A社側は今の経営陣が多少泥を被っても、前会長時代の事を暴露する事があれば暴露すればいい、 法的に粛々と対処すると言う立場だから………会は新経営陣には押しがきかない。 ………会の側は、特別背任事件に発展したら一銭にもならない。 下手したら資金ショートで自分の命が危なくなる。 この裏交渉を暴露しても特命係長の一存って絵が出来てるのは確実。 今日び、カタギ相手にガラス割りの鉄砲玉撃ち込むだけでもコストは馬鹿にならない。 それなら、今回だけ手切れ金を受け取って資金調達の段取りをやり直した方がマシ、って結論です」 「それで、太いシノギ一つ泣く泣く手放した挙げ句に妙な暴露されたんだ、 まあ確かに爆弾の一つも投げたくなるわな」 「やりますか?」 「やらねぇよアホ臭い」 「そういう事です。私の聞いた話でもいきなりあそこまでやったのは組の本意じゃないですね。 精々がお子さんの学校の名前を言うとかいい所犬の首でも投げ込むか、色々とやり方あるでしょうに。 今日び、あそこまでやったら警察からどこまで追い込み掛けられるか、 実際そういう事になっちゃってますから、その辺は本職の皆さんが一番よく分かってる。 特に関東の組関係は…」 「ま、表立ってお上に楯突くってのは嫌がるな、利口な土地柄って奴だ」 あくまで人なつっこい口調の若僧司法書士の前で、宗返もロックで喉を潤す。 「しかし、伊西田さん、大丈夫ですかね」 グラスの氷を揺らして司法書士の男が言う。 「その伊西田さんのネタで、こっちでもかなりの大火傷が聞こえて来てますよ。 東京に出て来てる西の組の枝、その中でもかなり太い所が大損してますね。 それがまとめてケジメ取りに行ったらちょっとまずい事になるんじゃないかってレベルで」   *  *  * 「今回は本当に申し訳ない」 京都市内のホテルの一室で、伊西田は土下座を決めていた。 「まずはこれを」 伊西田が、宗返に紙袋を差し出した。 「一億、まずはお納め下さい」 宗返は、袋の口を指で弄び、伊西田を見据える。 本来、株価が跳ね上がる筈の提携話は、一連の摘発を受けて契約書通りにあえなくご破算。 何しろ、首脳陣が特別背任容疑その他で摘発された上に、 その内容が暴力団への未だに続く資金提供。 これが一方的契約破棄の要件になる事は、 今回の外資系企業との提携に当たっては契約書に明記されている事だった。 堅いと見られていた大勝負のまさかの暴落だけに、 株価の下落に借り入れた「早い金」の利息諸々を併せると、宗返の損失は三億に達している。 既に、何日のスパンでの資金繰り次第では首筋が薄ら寒くなる。 だが、この頃宗返の所に聞こえて来ている情報では、 これはまだいい方で、更に莫大な損失を出してる裏の大手筋がいるとの話も聞こえて来ている。 伊西田は既に裏社会での資金運用にどっぷり浸かっている。 それがこの規模で大穴を空けた場合、仮に宗返一人だけでもそれを踏み倒せば命が危なくなる。 「これはあくまで迷惑料。損失の方の話、構いませんか」 「と言うかさっさとしろ」 とぼけた伊西田に宗返が押し殺した口調で言うと、伊西田が携帯電話を使う。 程なく、スーツ姿の初老の男が、 スーツ姿のボディーガードと思しき男たちを連れて二人のいるリビングに姿を現した。 「私、こういう者です」 初老の男が宗返に名刺を差し出す。 取り敢えず、その男が弁護士バッヂを付けている事だけは確かだった。 「こちらの矢麻岸先生から、現金三億と預手を十億、借りていただきたい」 伊西田の言葉に合わせて、ボディーガードが持参したケースを開く。 確かに、目算で現金三億とメガバンクの預金小切手が十億円分だ。 「預手の名義こそ別の会社になりますが、 先生はインダスタル・チキチキ・リテイリングの裏顧問を勤めておられます」 蛇の道は蛇、インダスタル・チキチキ・リテイリングは学生社長のベンチャーだったが、 現在では未公開株詐欺で荒稼ぎしている、と言うのが実態だと宗返は聞いている。 この会社ならその程度の日銭は動かしても不思議ではない。 「そして、その中から十億円をこちらに回していただきたい。 それを十三億にしてお返しする事を約束します」 伊西田の言葉を聞き、宗返が喉で笑った。 「おい、それはつまり、博打の借りは博打で返せ、そういう事か?」 「ええ、そういう事です」 伊西田の現状を普通に考えるなら、 宗返に借金を被せて今すぐの現金を握ってドロン、それ以外を考える方が難しい。 「その約束、裏書きする人間がいるとでも言うのか?」 「もちろんですとも。そうでなければこんな話持って来たりしませんよ」 宗返の、重い凄みが滲む言葉に、伊西田はむしろ明るいぐらいの口調で応じる。 確かに、こういう憎めない所があるからここまで伸びた男なのだが、時と場合によりけりだ。 これはハッタリなのかなんなのか。 「只、今すぐここでと言う訳にはいきませんので、まずはこちらの取引を済ませていただけませんか?」 とてつもなく怪しい伊西田の言葉だったが、 当面の条件を聞いた限りでは悪い話ではなかった。 契約上、貸し手はイン社のダミー会社とされる会社で、矢麻岸弁護士はその代理人。 少なくとも通常の契約に必要な証明、書類は揃っている。 状況的に、宗返の背後関係を考えると、ここで妙な仕掛けをしたら矢麻岸やイン社、 そして紹介者である伊西田の身が危ない事はそれぞれ理解しているだろう。 借用証の上では、弁済期限は三日で無利子融資。 ここまでを借用証とした上で裏の念書を交わして、その念書では、 念書に書かれた条件の個人保証つき約束手形額面十三億三千万円を弁済期限までに宗返が用意するならば、 その手形を十三億円で買い取る事を約束するものとされていた。 宗返は、まずは矢麻岸との契約を交わし、それをもって矢麻岸一派はその場を辞去する。 その後、宗返が信頼出来る部下に借り入れた現金を引き取らせた後で、 伊西田は携帯電話での連絡を取った。 電話の後で、伊西田と宗返はそれぞれのボディーガードと共に同じホテルのスイートに移動する。 途中、伊西田は宗返にICレコーダーを差し出した。 「差し上げます。この先は非常に微妙な話になります。 我々が保険を掛けておいた方がいい」 伊西田の真面目な口調に、宗返も頷いて渡された録音機を操作した。 「こりゃあ…」 スイートに入った宗返は、思わず笑い出しそうになった。 何とも芝居がかっている。 「この際、ざっくりといきましょう」 伊西田の仕切りで伊西田と宗返もソファーに掛ける。 そして、とある国家的プロジェクトの再稼働の説明が伊西田の口から為された。 「理由は絶対に言えませんが、近々総理が代わります。 そのために党内選挙が行われます」 要は、実弾として莫大な現金が必要であり、 そのために、伊西田がかき集めてロンダリングした現金を目の前にいる二人の政治家に提供する。 その代わり、二人の政治家がプロジェクトのインサイダー情報で伊西田に巨額の利益をもたらし、 その利益をもって伊西田は宗返から借り入れた現金を弁済する。 そういう、昔からよくある絵図だった。 そして、宗返が了承するなら、伊西田が額面十三億円の会社名義の手形を担保として宗返に預け、 手形には伊西田と、目の前にいる二人の政治家。 与党に隠然たる勢力を保つ元官房長官と若手の論客として知られる、 プロジェクトの直接のインサイダーと見られる現職の某省副大臣。 この二人が保証人としてサインすると言う事だった。 確かに、話の筋は通っている。 と言うより、筋が通りすぎていてむしろ警戒すべきレベルだと、宗返自身は勘を働かせていた。 何しろ単純明快すぎる上にどうにも政治家としての無防備さが鼻につく。 だが、その一方で、今の宗返の立場では返事が限られている事も又事実だった。 株取引の失敗、損切りの直後、 伊西田の紹介として九州の建設業者の会長が宗返の元に訪れていた。 会長は、伊西田には恩がある、借入条件を呑むなら幾らでも融通すると言って、 ダミー会社の預金を担保にした莫大な金額の預金小切手を持参していた。 借入条件も裏の利息としては実に有り難いレベルの条件であり、 結論として、宗返は厚意に甘える事にした、と、言うか、 やはりこの時点で他の選択は困難だった。 A社の株式売買のために組関係から相当額の借入を受けており、それが利益どころか大損で終わった。 実際問題として調達も弁済期限も「早い金」である組関係の高利息の借入を弁済する宛は厳しく、 債権者が債権者だけに踏み倒したら命に関わる。 この条件での借入ならば、楽観すればその後の資金繰りで再起も不可能ではない。 そう考えて会長からの借入を受けたものの、企業舎弟にそうそう太いシノギがあるご時世ではない。 株価の下落から裏の利息から何から、三億円余りの弁済を必要として じりじりとリミットが迫っていた中での今回の政界融資と言う事だ。 宗返が借入を受けた九州の会長は、形の上ではカタギであり地元では有力財界人だが、 炭坑上がりで荒っぽい九州極道と長年渡り合い、盆での武勇伝でも知られた古強者。 地元政財界とその筋との間に立って調整の出来る顔役としても知られており、 関西でもそれなりの組をバックにしている宗返でも無理を通せる相手ではない。 会長は九州でも武闘派と言うより過激派で知られる組関係の大物とも懇意にしており、 古くからの恩義と実利の両方からして会長に事あらば直ちにチャカ呑んで動き出すと思っていい。 筋を通して組関係が仲裁するならケツモチの組が九州からの借金を立て替えるのが筋であり、 そもそも、逆に組からの当座の借入がなくなった以上、 ケツモチでも戦争でもそこまでして保護をする価値があるかと言う話にもなる。 まずは、矢麻岸からの借入で九州ルートの借金を早急に片付ける必要があった。 「確かな話なんですかね?」 宗返が、控えている政治家二人に視線を向けて言った。 「伊西田君の説明の通りだ、どうか、助けていただきたい」 元官房長官がテーブルに手をつき、頭を下げる。 「この通り、お願いします」 副大臣がそれに続いた。   *  *  * 取引は成立した。 余り詳細な証文はこの場合むしろ危険であるため、 簡単な保証契約つき借用証を書いた上で、 伊西田の会社が振り出した手形に伊西田と政治家二人がサインする。 特にこの二人の政治家の地位を考えるならそれで十分だった。 加えて、その場で写真撮影を行い、インスタント写真の裏に政治家が念書を書く。 こういう形式での契約となり、宗返が矢麻岸から借り入れた預金小切手は伊西田の手に渡った。 翌日には早々に矢麻岸が訪ねて来たので、 宗返は約束通り矢麻岸に手形を買い取らせて三日期限の借金は終わらせる。 その一方で、矢麻岸からの借金で手元に残った現金三億円を九州ルートの借金返済に充てた。 それでも、先の見込みがあるだけ借金も気が楽だ、と、思っていた。 その矢先の伊西田の死だった。 ---- [[次話へ進む>あいつが来る/本編/第50話]] 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