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あいつが来る/本編/第39話」(2015/12/17 (木) 18:38:17) の最新版変更点

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  *  *  * 「あっ、ああっだめっああっうごか…ああっいっだっらめっ、はっ、あぁあ…」 データの状態を確認し、一度ヘッドホンを外す。良好良好。 思えばこの俺様が、痴漢とも呼ばれるらしいちょっとしたストレス解消法の結果として 順風満帆であった超エリート街道から一時離脱を余儀なくされた、 この理不尽さが事の始まりであった。 その結果として生じた暇がもたらしたのがこの謎のポケット。用途を解析する事は容易な事だった。 このポケットを使って、この俺様の顔に泥を塗ったにっくき愚民共。 まずは塚本数美をねっとりたっぷり可愛がって地獄の一丁目から先へ先へと陥れ、 現在鈴木一族への作戦進行中なのであるが、 既に用事が済んだ「逃げ三矢」も相応に力を入れただけに使い捨てと言うのは惜しい。 それに、その脅威と憎悪はもうしばらく、いや、歴史ある限り持続してもらわねば困る。 従って、こうして俺様はアジア某国のインターネットカフェから過去にも投稿した厳選素材を投稿する。 「逃げ三矢」が逮捕された以上、物理的にあり得ない超常現象はもちろん、 金満過ぎるやり口も表に出してはいけない。 あくまで、過去の動画データを保存していたバカが面白半分に投稿した、と言う体裁を取りつつ、 無論、それで逮捕される等という愚の骨頂は必ず回避する必要がある。 入国審査の省略は「どこでもドア」によるものだが、 何かの弾みでパスポート提示を求められた場合のために「悪魔のパスポート」は持参している。 念には念を入れて地元のシンジケートを通じて目的に適合するインターネットカフェを探しておいた訳だが、 俺からの問い合わせを受けた地元シンジケートの大物は、 俺が大親友であり大恩人であると言う「うそつ機」経由の自己紹介も含めて、 俺とのやり取りを「メモリーディスク」で記憶から抹消している。 万一警察の捜査の手がそれなりに伸びたとしても、 今、俺様の高潔なる精神が入魂されている肉体と言う名の器は、 「タイムベルト」、「入れかえロープ」等々によって入手した、 とっくの昔に中国大陸の肥やしになっている男性の肉体なのだから返却すれば済む話だ。   *  *  * (本項が名前初登場となる新潟県警の刑事達はオリキャラです) 新潟県内某駅の構内。 ひっそりとたたずむ初老の男に、二人の男が近づく。 ガッチリとした体格の中年男とまだ若気の残る男。 三人とも新潟県警刑事部捜査一課の刑事だった。   *  *  * 「やっぱりハムが押さえてたか」 居酒屋の隅で、テーブル席に就いた年かさの男、美定(よしさだ)警部補が言う。 駅で合流して辿り着いたこの店は、今はこの年かさの警部補が馴染みの座を受け継いでいる、 新潟県警刑事部捜査一課某一派の御用達。声を潜めて非公式の捜査会議も出来る場所だ。 「連中の仕切りって事は前もって分かってた事れすけどね。 東京のサツ庁(警察庁)の仕切りで間違いないれすわ」 ゴシゴシとお絞りで顔を拭いながら、広高巡査部長が言う。 いかにもと言った雰囲気のガッチリとした中年のデカ長だ。 「向こうの帳場、一課も形だけ入ってますがね、 まずマル被(被疑者)の身柄を連中が完全に抱い込んでますから。 一課に渡ってる縦書き(供述調書)もどこまれ当てになるものか」 美定警部補のグラスにビールを注ぎながら、この中では一番若い安元刑事が言った。 「まあー、元々がタタキ絡みのヤマら。最初は一課で調べてたが何しろあの規模ら」 ビールで喉を湿らせて美定警部補が言う。 「それでハム、公安の連中がしゃしゃり出て来た」 広高デカ長が苦々しげにコップ酒をあおる。 「実際、最初の一課の調べでもその辺が出て来なかったみたいれすからね。 あれだけのヤマ、しかも狙いが狙いれすからね。最初に出て来た話じゃとても信じられない。 そっち関係の背後関係がある、そう考えるのが自然ですしそうじゃないととても出来ない。 自分が聞いた所では、ハムの方じゃ例の奈良の事件なんかも関連を視野に入れて…」 「連中お得意の話だ。俺達の事なんか平気で引っかけて来る。 その手の話はな、そういう事ら」 言いかけた安元に広高デカ長が口を挟んだ。 「その、問題の北ノ沢村にその問題の時点れ“名探偵”毛利小五郎がいた。 “名探偵”とこの新潟の、“逃げ三矢”事件以前の唯一の接点」 美定警部補が言った。 「その唯一の接点が北ノ沢村のあの事件。 だから何か掴めるかって出向いてみてもあの真空掃除機がなぁ」 実際、安元刑事と共に現地調査を行った広高デカ長が、 情報を吸い上げたら最後吐き出そうとしない連中の事を思い返して天を仰いだ。 「それで、あの北ノ沢村と“名探偵”の接点は? あの事件、やはり“名探偵”が…」 「いえ」 言いかける美定警部補の言葉を、安元刑事が否定する。 「確かにあの事件の当時、“名探偵”は現地にいました。 しかし、事件の解決にはほとんど貢献していません」 「貢献していない?」 安元刑事の言葉を美定警部補が聞き返す。 「ええ。そもそも村で最初の殺しも事件性が微妙で帳場も立っていませんれした」 「田舎の所轄にすりゃあな、帳場なんか立てた日にゃあ弁当だけれもてんてこ舞いら。 出来る事なら寒空で勝手に心臓れも止まって欲しかったんだろうよ」 そう言って、チェイサーと言う言葉も似合わぬ広高デカ長が今度はビールをぐいっと空ける。 「それで、そっちに当たってみたんれすが、 発見者として通り一遍の事情聴取があったらけで、 “名探偵”は初期の捜査にはほとんど関わっていません。 それがあんな大事件に発展した訳れすが、 その時も“名探偵”の行動はほぼ完全に把握されています。 そもそも、マル被自体は相打ちみたいな形で確保されていますが、 その時にも“名探偵”はほとんど関与していません。 現地の職員と同行していましたからそれは確かれす。 何をしたかと言えば初期の救助活動に関わっていた事ぐらいれす」 「だが当初から、事件の直前から村にはいた、そういう事らな」 安元刑事の言葉に、コップ酒を手にした美定警部補が静かに言う。 「“逃げ三矢”は北ノ沢周辺には出ていない。 滞在時間や聞き込みの結果からして下見をしてたって線はありません」 「しかし、フェスティバルで相当な人手れしたから、 そんねかったら誰かと接触していたと言う可能性は捨てきれない」 広高デカ長の報告に安元刑事が付け加えた。 「“逃げ三矢”、“名探偵”、毛利小五郎、か…」 美定警部補が嘆息してモツ煮に箸を付ける。 「何が“名探偵”ら」 呻く広高デカ長の言葉は、彼らの世界全てを代弁していると言っても良かった。 「逃げ三矢」事件。 犯行を誇示したインターネット掲示板ハンドルネームから名付けられた連続強姦事件。 新潟及び関東各地を跳梁してその犯行は無惨の一言。 特に、初期に連続発生した新潟と後半の東京での犯行は甚だしいものがあったのだが、 その被疑者として新潟県警に逮捕されたのが名探偵と名高い毛利小五郎だった。 その事による衝撃、そして憤りは桁違いのものとなっていた。 その毛利小五郎と新潟との接点を探していた県警捜査一課では、 過去に発生した北ノ沢村関連の事件に着目、現地調査をひとまず終えた所だった。 「“名探偵”が“逃げ三矢”の実行犯なのは鉄板れす」 「精液のDNAに自宅から押収したブツの数々、 長六四(長期懲役)なんざ今すぐにでもら」 安元刑事の言葉に、広高デカ長が吐き捨てる様に言った。 「が、一人で出来るヤマじゃない。資金的にもマンパワーも」 「そもそも、複数犯の目撃情報はマル害からいくつも出てますし、 只のツッコミ(強姦)にしちゃあ金のかけ方が馬鹿げてる」 美定警部補の言葉に、安元刑事が言った。 「どっかのバカネモチ…」 「鈴木…」 広高デカ長の天を仰いでの呟きに、安元刑事が呟いた。 「マトリ(厚生労働省麻薬取締官)が着手したのも、この一環れすか」 「元々マトリは綾子嬢をマークしていた。 タイミングが来て一気に噛みに行ったのは確からが…」 安元刑事の問いに、美定警部補が言いながらビールを傾ける。   *  *  * 「だけど、肝心の綾子嬢の逮捕に失敗して暗礁に乗り上げた」 番組終了後、水無怜奈はスナックの一角で取材記者から聞き出していた。 「伸るか反るかの勝負に負けた訳ですから、 マトリとしちゃあ真っ青ですよ」 取材記者が言う。 「元々、マトリで立件したボンボン大学生グループの大麻パーティーに 綾子嬢が出入りしていたのを掴んでマトリはマークしていた。 そして、別ルートでボンボングループの麻薬パーティーの情報が入って、 そこに綾子嬢も合流すると知り、強制捜査に着手した」 「それで、他のメンバーは押さえたけど綾子嬢だけは駄目だった」 「乱交セックスまではホームビデオが残ってたけど、肝心の薬物吸引の証拠が無い。 元々大麻は他の薬物よりも違法性の範囲が狭い上に、 本人はワインに悪酔いして先に休んでいたらしい、と、 実際素っ裸でベッドに沈没して記憶喪失供述を繰り返すばかり。 尿検査でもガサ入れ、所持品検査でも物証が全く出て来なかった。 だから、任意で引っ張るのが限度だった」 「これは、“逃げ三矢”捜査の一環なの?」 「その含みはあるんでしょうね。 “逃げ三矢”の持ってたシャブはかつてマトリが大量に捕り逃がした因縁のブツ。 只、自分の感触では、マトリの方は“逃げ三矢”の正体は新潟県警が上げるまで知らなかった、 その前から綾子嬢はマークされていた。これは確かな様です」 「鈴木と毛利小五郎…」 「公私に渡る深い関係は知られている事。更にもう一つの深い関係があったとしても… 新潟県警があの“名探偵”を上げてからも背後関係はさっぱり出て来ない」 「あれだけの事件、一人で出来る筈がない。相当な組織力や資金力が」 「ええ、今の新潟の一課に限って隠蔽はあり得ない。 むしろ、“名探偵”と繋がりの深かった警視庁捜査一課を徹底的に警戒して情報を制限していますから」 「地元の有力者、何より身内の被害者が新潟では続出してる」 「そういう事です。 サツ庁が何を言おうが、今の新潟県警は地の果てまででも黒幕を追い込むでしょうね。 今の新潟県警が“逃げ三矢”に隠蔽臭い真似なんかした日には、 表なんか歩けませんよ。新潟の政財界、マルB(暴力団)、何より身内やその家族がやられてる。 ノンキャリはもちろん、キャリアだって新潟県警でそんな真似をしたなんて知れたら、 新潟から出る前にあらゆるルートの内部告発で社会的抹殺は避けられない。 それでも新潟県警で背後関係を特定したと言う情報は丸で出て来ない。 これは本当に割れてないみたいです」 「警視庁捜査一課が信用出来ない今、 新潟と事実上共同戦線を張って“逃げ三矢”を追っていたマトリが、 毛利小五郎に近い鈴木、引いては鈴木財閥の捜査に着手した。 だけど、その後でSESC(証券取引等監視委員会)なんかが出て来てかなりややこしい事になってるわね」 「マトリと東京地検刑事部のしゃぶ係は、内偵段階では極秘、 強制捜査もあくまで麻薬パーティーのために売買され運び込まれた関連先、 そのアホボングループの麻薬パーティー、そういう事で地検内部でも決裁を取っていた様です」 「圧力対策ね」 怜奈の言葉に、取材記者もハイボールを軽く持ち上げて頷いた。 「マトリは厚生労働省の中の一部署。 鈴木の側がどう思おうが厚生労働省本省に事前に抜けたら鈴木と厚労省の政治マターになる。 だから、現場のマトリや地検のしゃぶ係は、 有無を言わせぬ証拠と共に身柄を取って引き返せない状況を作る腹だったものが…」 そこまで言って、記者はハイボールで唇を湿らせる。 「間一髪で証拠が出ずに逮捕も出来ず、 任意で引っ張って自宅までガサ入れしたと言う事実だけが残った。 しかも、その捜査がSESCとも競合していた」 「地検も含めたマトリ側の秘密主義、いや、SESCもその辺は似た様なものですか。 SESCのバックにいるのは地検の特捜部です。 どっちにしろ、鈴木側、鈴木の周辺にいる政治筋の妨害を避けるためにギリギリまで情報を押さえていた所、 マトリが先行してしまったためにSESCも証拠隠滅を恐れて強制調査に着手」 「でも、こっちも証拠が出て来なくて膠着状態が実際」 「まあー、そういう事ですね。 綾子お嬢が大麻繋がりのツバメ大学生に、 朋子夫人も愛人の金融屋に裏情報を流して株取引をさせて上がりをかすめていた。 朋子夫人の方は金融屋を別件で上げた神奈川県警からでしたが、 綾子嬢のインサイダー疑惑も出所はマトリ。 株取引の名義人となったボンボン大学生を大麻で上げたマトリがパソコンや金の流れを解析して、 綾子お嬢からの美味しい儲け話を吐かせた。 マトリとしては管轄外だから地検の刑事部、地検の特捜部を経てSESCに情報が流れた」 「だからと言って、情報の逆流は無かった。 マトリがスタートの情報でも、端緒を掴んだ地検特捜部とSESCは独自に内偵を進めていた」 「元々マトリの担当外ですけどね。だけど、着手時期が被ったのはきつかったですね。 しかも、インサイダーの立件もめどが立たない状態で」 「インサイダーが特定できない」 怜奈の言葉に記者が頷く。 「事実上のインサイダー取引だった事はまず間違いないです。 売買された銘柄と規模。 鈴木財閥のトップシークレットを知らなければ恐ろしくて出来ない内容です。 只、綾子嬢にしても朋子夫人にしても直接そこにアクセスする権限は無い。 常識で考えるなら父であり夫でありトップであり当然知っていた立場にある鈴木史郎会長が出所。 SESCも鈴木一族を含めた関係者を相当きつく締め上げた。 鈴木のガサ入れまでやっておいて立件できませんでしたじゃ洒落にならないですから」 「だけど、出て来なかった」 「ええ。綾子嬢に朋子夫人は売買した当事者との関係自体を全面否認。 会長を含めてインサイダー情報を知っていた幹部連中も二人への情報提供を否認している上に 今の所、インサイダー情報を示す物証はメモ一枚出て来ない。 パソコンや携帯のデータの復元作業も進めているみたいですけど、これは時間が掛かりますからね。 財閥一族と言う点で臭い事は臭いけど、それじゃあ起訴には持ち込めない。 SESCのバックに控える地検特捜部も受けられない訳ですよ」   *  *  * 「“名探偵”一人で踏めるヤマじゃねぇ。資金力、組織力…」 「情報力」 新潟の居酒屋で広高デカ長の言葉に安元刑事が続けると、座は更に重苦しいものになる。 「毎回毎回、あれだけ大がかりなヤマを踏んでおきながら、 それも、新潟や東京じゃあ非常事態級の警戒が為されていたにも関わらず、 その囲みをするりするりと交わして逃げおおせてた。そんな事が出来るのは…」 「だがなぁ」 結論に急ぐ広高デカ長に、コップ酒を傾けた美定警部補が静かに割り込む。 「新潟、東京だけじゃないからな。関東各地で事件は発生してる。 その全部の情報をどうやって、って事だ」 「組織ぐるみだとすると、当たり前ですけどただ事じゃないですね」 美定警部補の問いに、安元刑事が言った。 「それに、榎本梓の件もある」 「可哀相になぁ」 広高デカ長の言葉に、美定警部補がしんみりと言う。 「事務所と同じビルで働いていたウエイトレス。さらわれて輪姦とシャブでボロボロか。 実行犯の悪ガキ共は現場の東京で、バックのマルBはこっちで上げたが、 どの筋からの話なのかもハッキリしねぇ」 「逃がしたんだよ東京がっ」 美定警部補の言葉に、安元デカ長が吐き捨てる様に言った。 「ありゃあ警告だ、檻ん中の“名探偵”に、うたったら今度は娘をやるってな。 東京支社(警視庁)は実行犯、半ゲソ(暴力団準構成員)の悪ガキ共をパクッたはいいが、 ガキ共の頭は逃がした。たまたま出かけている間に踏み込んだなんて寝言かましてな。 そして、その逃げた頭が阿賀野川で仏で揚がった。 その殺しに関わったマルB連中はブツからこっちで上げるにゃあげたがどいつもこいつも全面否認。 悪ガキ共は逃げた頭に言われてやっただけらとよくそったれ」 言うだけ言って、デカ長はコップのビールを空ける。 「結論を急ぐのはまずい。 実際、あの榎本梓事件の捕り逃がしに関しては、資料を読む限り本当に偶然の節もある」 美定警部補が一度宥め役に回った。 「らろも、“逃げ三矢”の捕り逃がしは偶然じゃない。偶然であんな回数はあり得ない。 いくら“名探偵”が警察に顔が利いたとしても、それだけじゃ説明がつかない事もある」 「東京だけじゃないですからね。既に逮捕された“名探偵”への直接の情報漏洩らとすると、 いい加減何か聞こえて来てもいい筈ら」 広高デカ長の言葉に安元刑事が言う。 「“名探偵”だけじゃ無理ら。そこいらのサツ官でもな。 そんな芸当が出来る、それだけの人脈を持っていて、 ここまで交わしていられる。そんな切れ者…」 広高デカ長が言いかけた時、安元刑事が右手を軽く挙げた。 「おお、来たか」 美定警部補の言葉に、席に近づいて来た未だ二十代かと言う女性が小さく頭を下げた。 彼女は、やはり捜査一課で性犯罪担当の江船巡査部長。 県警刑事部門の女性警察官ではホープと見られ、「逃げ三矢」事件でも一線で捜査に励んでいた。 「北ノ沢は?」 「ああ、“名探偵”は確かに現地入りしていた。 らが、あの村での事件にはほとんど関わっていない。マル被としても名探偵としても、 そういう話をしていた所ら」 席に就いてビールを頼む江船刑事に、美定警部補が言う。 「…江戸川コナン…」 「何?」 江船刑事の言葉に、デカ長が反応する。 「江戸川コナンはどうれしたか?」 「いましたよ」 江船刑事の質問に、安元刑事が応じた。 「あのスキー場の、江戸川コナンれす。はなんとか救助されましたが、それ以外にも生傷だらけでひどい有様れした。 大方の資料はハム(公安警察)に押さえられてますが、地元の看護師から話を聞く事も出来ました」 「マル被とやり合ったって言ったか」 美定警部補の問いに、村に赴いた二人の刑事が頷いた。 「その、看護師の息子って言うのが例の、奇跡の少年れしてね。 直接話を聞きましたが、マル被確保のかなり近い所まで同行していました」 そのまま、安元刑事が当時の状況について聞き込んだおおよその所を説明した。 「大活躍らな」 美定警部補がふっと笑みを浮かべて言った。 「ええ。他にもいくつか聞いた話もあるんれすが、 何しろあれだけの事件です。コナン少年の活躍って奴も都市伝説じみた所がありまして。 マル被の確保に尽力したって事と、 その後最初に要救助者になったのも彼だった。そこは確かれす」 「やり手れすよ」 安元刑事の説明に江船刑事が口を挟む。 「帝丹小学校で少年探偵団を名乗ってえるグループ。そのエース級と聞きました」 「ああ、奇跡の少年から聞いた所でもそれで合ってる」 江船刑事の発言に広高デカ長が応じた。 「江戸川コナンともう一人のなんてったか女の子…」 「…グレイ…アイ…灰原哀」 「変わった名前らな。確かハーフって事だろも。 江戸川コナンとその娘の二人が丸で兄貴分、姉貴分で、 頭が切れて推理も披露するってな。それも大体的を射てるって事ら」 江船刑事にするりと助けられて広高デカ長が言った。 「東京、神奈川、群馬、他にも、少年探偵団は幾つもの事件、 それも殺人事件を事実上解決に導えています。 江戸川コナンが怪盗キッドの好敵手と言うのも、これはマスコミの虚像ではありません。事実れす。 それにあの“名探偵”。あの男のこれ迄の実績を追跡すると、 必ずと言っていい程江戸川コナンとセット、江戸川コナンが絶妙なフォローをしてえるケースも少なくない」 「坊やにご執心らな。よく調べたモンら」 広高デカ長が、手帖をめくる江船刑事にヒッヒと笑みを向ける。 「北ノ沢の事件。その前に発生した東京の大規模テロ事件。 あの時、警視庁側が会見でコナン少年の名前を連呼してえました。 あの後新潟に飛び火して、 当時のニュース映像は何度も見ましたから名前はなんとなく引っ掛かっていました。 その後、“名探偵”のヤサであの少年に会って、あの目を見ました」 「班長も言ってたよ。ありゃあ“探偵の目”だってな。 ガサ入れを掛ける俺達をじっと観察する冷徹な目」 「そして、ナイトの目」 美定警部補の言葉に江船刑事が付け加えた。 「あれは、お姫様を守り抜く。そう決意した男の目でした」 大真面目に言う江船刑事の言葉に、安元刑事は乾いた笑みを漏らす。 ガサ入れを監視し、コナンを監視する江船に静かな心理戦を仕掛け続けていたあの目、 忘れられるものではない。 「坊やはいいさ、あんな悪さは出来ねぇからな。 問題なのはもう一人、メッキの剥がれた名探偵の方ら。 北ノ沢村でもう少し何か分かるかと思ったんだがなぁ。 とにかく、あれだけのヤマでここまで共犯も組織も影一つ出て来やしねぇ。 マトリが鈴木に着手したがそっちも肝心の所で手詰まり」 「塚本数美は?」 バリッと頭を掻いた広高デカ長に江船が尋ねた。 「身柄は東京の組対5課。 あの娘の吸ってたフリーベースと“名探偵”の事務所のそれが微物検査れ一致、 事務所からは彼女の指紋唾液つきの吸引危惧も押収、 “逃げ三矢”の犯行車両からは指紋まで出て来てる。 最近の情報では、帝丹高校で二人の情交写真まで押収されたと」 「らろも、連日探偵稼業の調査活動と称してせっせとダミーの報告書捏造してた探偵野郎と違ってら、 朝昼夜上級生同級生下級生問わず日々ハメ狂いながら 毎日真面目に学校と部活動に通っていた彼女には“逃げ三矢”のサポートすら無理ら。 東京の組対5課の捜査れも“逃げ三矢”との繋がりを示すメモや携帯の類は出て来ちゃいない。 実際、事情聴取もしてみたが完全にイカレて話にならない。 あそこまで逃げ切った“逃げ三矢”が連れて歩ける状態じゃない。 環状線の件は悲惨だったが、 その後は言ってみりゃあどこから聞いても只のヤク中のヤリマ○女子○校生それ以上でもそれ以下でもない。 そんな見た目ちょっとイケてるてめぇの娘の先輩女子○生を薬で飼ってた、その程度としか思えんな」 淡々と説明する江船に広高デカ長があけすけに言い、江船も淡々とそれを聞いている。 「逃げ三矢」毛利小五郎が逮捕される前、その娘である毛利蘭の空手部の先輩に当たる塚本数美。 彼女が街中で素っ裸で大暴れして警視庁の所轄と組織犯罪対策部組織犯罪対策5課に逮捕され、 その後コカインの一種であるフリーベースの吸引や 学校内外での手当たり次第に等しい乱交セックスが明るみに出て大騒ぎになっていた。 その塚本数美と後に逮捕された毛利小五郎の接点は新潟県警としても気になる所であったが、 接点はあっても本人の精神状態と「逃げ三矢」事件との接点の乏しさから後回しが現状だった。 「静岡の方はなじら?」 「静岡の第二事件と“名探偵”。確かに接点がありました」 美定警部補の問いに、江船刑事が落ち着いて応じた。 「静岡の第二事件か。また荒っぽい真似しやがったからなぁ」 広高デカ長が吐き捨てる様に言う。 「海水浴に来ていた大学生のカップルと、その男子大学生の妹でもある女子大学生。 その三人まとめてかっさらってだ。荒っぽいなんて生易しい話じゃない。どんな玄人なら出来るもんかね」 美定警部補の言葉に、改めてテーブル席は沈黙に包まれた。 ---- [[次話へ進む>あいつが来る/本編/第40話]] [[戻る>◆uSuCWXdK22さん-2]] [[小説保管庫へ戻る>小説保管庫]]
  *  *  * 「あっ、ああっだめっああっうごか…ああっいっだっらめっ、はっ、あぁあ…」 データの状態を確認し、一度ヘッドホンを外す。良好良好。 思えばこの俺様が、痴漢とも呼ばれるらしいちょっとしたストレス解消法の結果として 順風満帆であった超エリート街道から一時離脱を余儀なくされた、 この理不尽さが事の始まりであった。 その結果として生じた暇がもたらしたのがこの謎のポケット。用途を解析する事は容易な事だった。 このポケットを使って、この俺様の顔に泥を塗ったにっくき愚民共。 まずは塚本数美をねっとりたっぷり可愛がって地獄の一丁目から先へ先へと陥れ、 現在鈴木一族への作戦進行中なのであるが、 既に用事が済んだ「逃げ三矢」も相応に力を入れただけに使い捨てと言うのは惜しい。 それに、その脅威と憎悪はもうしばらく、いや、歴史ある限り持続してもらわねば困る。 従って、こうして俺様はアジア某国のインターネットカフェから過去にも投稿した厳選素材を投稿する。 「逃げ三矢」が逮捕された以上、物理的にあり得ない超常現象はもちろん、 金満過ぎるやり口も表に出してはいけない。 あくまで、過去の動画データを保存していたバカが面白半分に投稿した、と言う体裁を取りつつ、 無論、それで逮捕される等という愚の骨頂は必ず回避する必要がある。 入国審査の省略は「どこでもドア」によるものだが、 何かの弾みでパスポート提示を求められた場合のために「悪魔のパスポート」は持参している。 念には念を入れて地元のシンジケートを通じて目的に適合するインターネットカフェを探しておいた訳だが、 俺からの問い合わせを受けた地元シンジケートの大物は、 俺が大親友であり大恩人であると言う「うそつ機」経由の自己紹介も含めて、 俺とのやり取りを「メモリーディスク」で記憶から抹消している。 万一警察の捜査の手がそれなりに伸びたとしても、 今、俺様の高潔なる精神が入魂されている肉体と言う名の器は、 「タイムベルト」、「入れかえロープ」等々によって入手した、 とっくの昔に中国大陸の肥やしになっている男性の肉体なのだから返却すれば済む話だ。   *  *  * (本項が名前初登場となる新潟県警の刑事達はオリキャラです) 新潟県内某駅の構内。 ひっそりとたたずむ初老の男に、二人の男が近づく。 ガッチリとした体格の中年男とまだ若気の残る男。 三人とも新潟県警刑事部捜査一課の刑事だった。   *  *  * 「やっぱりハムが押さえてたか」 居酒屋の隅で、テーブル席に就いた年かさの男、美定(よしさだ)警部補が言う。 駅で合流して辿り着いたこの店は、今はこの年かさの警部補が馴染みの座を受け継いでいる、 新潟県警刑事部捜査一課某一派の御用達。声を潜めて非公式の捜査会議も出来る場所だ。 「連中の仕切りって事は前もって分かってた事れすけどね。 東京のサツ庁(警察庁)の仕切りで間違いないれすわ」 ゴシゴシとお絞りで顔を拭いながら、広高巡査部長が言う。 いかにもと言った雰囲気のガッチリとした中年のデカ長だ。 「向こうの帳場、一課も形だけ入ってますがね、 まずマル被(被疑者)の身柄を連中が完全に抱い込んでますから。 一課に渡ってる縦書き(供述調書)もどこまれ当てになるものか」 美定警部補のグラスにビールを注ぎながら、この中では一番若い安元刑事が言った。 「まあー、元々がタタキ絡みのヤマら。最初は一課で調べてたが何しろあの規模ら」 ビールで喉を湿らせて美定警部補が言う。 「それでハム、公安の連中がしゃしゃり出て来た」 広高デカ長が苦々しげにコップ酒をあおる。 「実際、最初の一課の調べでもその辺が出て来なかったみたいれすからね。 あれだけのヤマ、しかも狙いが狙いれすからね。最初に出て来た話じゃとても信じられない。 そっち関係の背後関係がある、そう考えるのが自然ですしそうじゃないととても出来ない。 自分が聞いた所では、ハムの方じゃ例の奈良の事件なんかも関連を視野に入れて…」 「連中お得意の話だ。俺達の事なんか平気で引っかけて来る。 その手の話はな、そういう事ら」 言いかけた安元に広高デカ長が口を挟んだ。 「その、問題の北ノ沢村にその問題の時点れ“名探偵”毛利小五郎がいた。 “名探偵”とこの新潟の、“逃げ三矢”事件以前の唯一の接点」 美定警部補が言った。 「その唯一の接点が北ノ沢村のあの事件。 だから何か掴めるかって出向いてみてもあの真空掃除機がなぁ」 実際、安元刑事と共に現地調査を行った広高デカ長が、 情報を吸い上げたら最後吐き出そうとしない連中の事を思い返して天を仰いだ。 「それで、あの北ノ沢村と“名探偵”の接点は? あの事件、やはり“名探偵”が…」 「いえ」 言いかける美定警部補の言葉を、安元刑事が否定する。 「確かにあの事件の当時、“名探偵”は現地にいました。 しかし、事件の解決にはほとんど貢献していません」 「貢献していない?」 安元刑事の言葉を美定警部補が聞き返す。 「ええ。そもそも村で最初の殺しも事件性が微妙で帳場も立っていませんれした」 「田舎の所轄にすりゃあな、帳場なんか立てた日にゃあ弁当だけれもてんてこ舞いら。 出来る事なら寒空で勝手に心臓れも止まって欲しかったんだろうよ」 そう言って、チェイサーと言う言葉も似合わぬ広高デカ長が今度はビールをぐいっと空ける。 「それで、そっちに当たってみたんれすが、 発見者として通り一遍の事情聴取があったらけで、 “名探偵”は初期の捜査にはほとんど関わっていません。 それがあんな大事件に発展した訳れすが、 その時も“名探偵”の行動はほぼ完全に把握されています。 そもそも、マル被自体は相打ちみたいな形で確保されていますが、 その時にも“名探偵”はほとんど関与していません。 現地の職員と同行していましたからそれは確かれす。 何をしたかと言えば初期の救助活動に関わっていた事ぐらいれす」 「だが当初から、事件の直前から村にはいた、そういう事らな」 安元刑事の言葉に、コップ酒を手にした美定警部補が静かに言う。 「“逃げ三矢”は北ノ沢周辺には出ていない。 滞在時間や聞き込みの結果からして下見をしてたって線はありません」 「しかし、フェスティバルで相当な人手れしたから、 そんねかったら誰かと接触していたと言う可能性は捨てきれない」 広高デカ長の報告に安元刑事が付け加えた。 「“逃げ三矢”、“名探偵”、毛利小五郎、か…」 美定警部補が嘆息してモツ煮に箸を付ける。 「何が“名探偵”ら」 呻く広高デカ長の言葉は、彼らの世界全てを代弁していると言っても良かった。 「逃げ三矢」事件。 犯行を誇示したインターネット掲示板ハンドルネームから名付けられた連続強姦事件。 新潟及び関東各地を跳梁してその犯行は無惨の一言。 特に、初期に連続発生した新潟と後半の東京での犯行は甚だしいものがあったのだが、 その被疑者として新潟県警に逮捕されたのが名探偵と名高い毛利小五郎だった。 その事による衝撃、そして憤りは桁違いのものとなっていた。 その毛利小五郎と新潟との接点を探していた県警捜査一課では、 過去に発生した北ノ沢村関連の事件に着目、現地調査をひとまず終えた所だった。 「“名探偵”が“逃げ三矢”の実行犯なのは鉄板れす」 「精液のDNAに自宅から押収したブツの数々、 長六四(長期懲役)なんざ今すぐにでもら」 安元刑事の言葉に、広高デカ長が吐き捨てる様に言った。 「が、一人で出来るヤマじゃない。資金的にもマンパワーも」 「そもそも、複数犯の目撃情報はマル害からいくつも出てますし、 只のツッコミ(強姦)にしちゃあ金のかけ方が馬鹿げてる」 美定警部補の言葉に、安元刑事が言った。 「どっかのバカネモチ…」 「鈴木…」 広高デカ長の天を仰いでの呟きに、安元刑事が呟いた。 「マトリ(厚生労働省麻薬取締官)が着手したのも、この一環れすか」 「元々マトリは綾子嬢をマークしていた。 タイミングが来て一気に噛みに行ったのは確からが…」 安元刑事の問いに、美定警部補が言いながらビールを傾ける。   *  *  * 「だけど、肝心の綾子嬢の逮捕に失敗して暗礁に乗り上げた」 番組終了後、水無怜奈はスナックの一角で取材記者から聞き出していた。 「伸るか反るかの勝負に負けた訳ですから、 マトリとしちゃあ真っ青ですよ」 取材記者が言う。 「元々、マトリで立件したボンボン大学生グループの大麻パーティーに 綾子嬢が出入りしていたのを掴んでマトリはマークしていた。 そして、別ルートでボンボングループの麻薬パーティーの情報が入って、 そこに綾子嬢も合流すると知り、強制捜査に着手した」 「それで、他のメンバーは押さえたけど綾子嬢だけは駄目だった」 「乱交セックスまではホームビデオが残ってたけど、肝心の薬物吸引の証拠が無い。 元々大麻は他の薬物よりも違法性の範囲が狭い上に、 本人はワインに悪酔いして先に休んでいたらしい、と、 実際素っ裸でベッドに沈没して記憶喪失供述を繰り返すばかり。 尿検査でもガサ入れ、所持品検査でも物証が全く出て来なかった。 だから、任意で引っ張るのが限度だった」 「これは、“逃げ三矢”捜査の一環なの?」 「その含みはあるんでしょうね。 “逃げ三矢”の持ってたシャブはかつてマトリが大量に捕り逃がした因縁のブツ。 只、自分の感触では、マトリの方は“逃げ三矢”の正体は新潟県警が上げるまで知らなかった、 その前から綾子嬢はマークされていた。これは確かな様です」 「鈴木と毛利小五郎…」 「公私に渡る深い関係は知られている事。更にもう一つの深い関係があったとしても… 新潟県警があの“名探偵”を上げてからも背後関係はさっぱり出て来ない」 「あれだけの事件、一人で出来る筈がない。相当な組織力や資金力が」 「ええ、今の新潟の一課に限って隠蔽はあり得ない。 むしろ、“名探偵”と繋がりの深かった警視庁捜査一課を徹底的に警戒して情報を制限していますから」 「地元の有力者、何より身内の被害者が新潟では続出してる」 「そういう事です。 サツ庁が何を言おうが、今の新潟県警は地の果てまででも黒幕を追い込むでしょうね。 今の新潟県警が“逃げ三矢”に隠蔽臭い真似なんかした日には、 表なんか歩けませんよ。新潟の政財界、マルB(暴力団)、何より身内やその家族がやられてる。 ノンキャリはもちろん、キャリアだって新潟県警でそんな真似をしたなんて知れたら、 新潟から出る前にあらゆるルートの内部告発で社会的抹殺は避けられない。 それでも新潟県警で背後関係を特定したと言う情報は丸で出て来ない。 これは本当に割れてないみたいです」 「警視庁捜査一課が信用出来ない今、 新潟と事実上共同戦線を張って“逃げ三矢”を追っていたマトリが、 毛利小五郎に近い鈴木、引いては鈴木財閥の捜査に着手した。 だけど、その後でSESC(証券取引等監視委員会)なんかが出て来てかなりややこしい事になってるわね」 「マトリと東京地検刑事部のしゃぶ係は、内偵段階では極秘、 強制捜査もあくまで麻薬パーティーのために売買され運び込まれた関連先、 そのアホボングループの麻薬パーティー、そういう事で地検内部でも決裁を取っていた様です」 「圧力対策ね」 怜奈の言葉に、取材記者もハイボールを軽く持ち上げて頷いた。 「マトリは厚生労働省の中の一部署。 鈴木の側がどう思おうが厚生労働省本省に事前に抜けたら鈴木と厚労省の政治マターになる。 だから、現場のマトリや地検のしゃぶ係は、 有無を言わせぬ証拠と共に身柄を取って引き返せない状況を作る腹だったものが…」 そこまで言って、記者はハイボールで唇を湿らせる。 「間一髪で証拠が出ずに逮捕も出来ず、 任意で引っ張って自宅までガサ入れしたと言う事実だけが残った。 しかも、その捜査がSESCとも競合していた」 「地検も含めたマトリ側の秘密主義、いや、SESCもその辺は似た様なものですか。 SESCのバックにいるのは地検の特捜部です。 どっちにしろ、鈴木側、鈴木の周辺にいる政治筋の妨害を避けるためにギリギリまで情報を押さえていた所、 マトリが先行してしまったためにSESCも証拠隠滅を恐れて強制調査に着手」 「でも、こっちも証拠が出て来なくて膠着状態が実際」 「まあー、そういう事ですね。 綾子お嬢が大麻繋がりのツバメ大学生に、 朋子夫人も愛人の金融屋に裏情報を流して株取引をさせて上がりをかすめていた。 朋子夫人の方は金融屋を別件で上げた神奈川県警からでしたが、 綾子嬢のインサイダー疑惑も出所はマトリ。 株取引の名義人となったボンボン大学生を大麻で上げたマトリがパソコンや金の流れを解析して、 綾子お嬢からの美味しい儲け話を吐かせた。 マトリとしては管轄外だから地検の刑事部、地検の特捜部を経てSESCに情報が流れた」 「だからと言って、情報の逆流は無かった。 マトリがスタートの情報でも、端緒を掴んだ地検特捜部とSESCは独自に内偵を進めていた」 「元々マトリの担当外ですけどね。だけど、着手時期が被ったのはきつかったですね。 しかも、インサイダーの立件もめどが立たない状態で」 「インサイダーが特定できない」 怜奈の言葉に記者が頷く。 「事実上のインサイダー取引だった事はまず間違いないです。 売買された銘柄と規模。 鈴木財閥のトップシークレットを知らなければ恐ろしくて出来ない内容です。 只、綾子嬢にしても朋子夫人にしても直接そこにアクセスする権限は無い。 常識で考えるなら父であり夫でありトップであり当然知っていた立場にある鈴木史郎会長が出所。 SESCも鈴木一族を含めた関係者を相当きつく締め上げた。 鈴木のガサ入れまでやっておいて立件できませんでしたじゃ洒落にならないですから」 「だけど、出て来なかった」 「ええ。綾子嬢に朋子夫人は売買した当事者との関係自体を全面否認。 会長を含めてインサイダー情報を知っていた幹部連中も二人への情報提供を否認している上に 今の所、インサイダー情報を示す物証はメモ一枚出て来ない。 パソコンや携帯のデータの復元作業も進めているみたいですけど、これは時間が掛かりますからね。 財閥一族と言う点で臭い事は臭いけど、それじゃあ起訴には持ち込めない。 SESCのバックに控える地検特捜部も受けられない訳ですよ」   *  *  * 「“名探偵”一人で踏めるヤマじゃねぇ。資金力、組織力…」 「情報力」 新潟の居酒屋で広高デカ長の言葉に安元刑事が続けると、座は更に重苦しいものになる。 「毎回毎回、あれだけ大がかりなヤマを踏んでおきながら、 それも、新潟や東京じゃあ非常事態級の警戒が為されていたにも関わらず、 その囲みをするりするりと交わして逃げおおせてた。そんな事が出来るのは…」 「だがなぁ」 結論に急ぐ広高デカ長に、コップ酒を傾けた美定警部補が静かに割り込む。 「新潟、東京だけじゃないからな。関東各地で事件は発生してる。 その全部の情報をどうやって、って事だ」 「組織ぐるみだとすると、当たり前ですけどただ事じゃないですね」 美定警部補の問いに、安元刑事が言った。 「それに、榎本梓の件もある」 「可哀相になぁ」 広高デカ長の言葉に、美定警部補がしんみりと言う。 「事務所と同じビルで働いていたウエイトレス。さらわれて輪姦とシャブでボロボロか。 実行犯の悪ガキ共は現場の東京で、バックのマルBはこっちで上げたが、 どの筋からの話なのかもハッキリしねぇ」 「逃がしたんだよ東京がっ」 美定警部補の言葉に、安元デカ長が吐き捨てる様に言った。 「ありゃあ警告だ、檻ん中の“名探偵”に、うたったら今度は娘をやるってな。 東京支社(警視庁)は実行犯、半ゲソ(暴力団準構成員)の悪ガキ共をパクッたはいいが、 ガキ共の頭は逃がした。たまたま出かけている間に踏み込んだなんて寝言かましてな。 そして、その逃げた頭が阿賀野川で仏で揚がった。 その殺しに関わったマルB連中はブツからこっちで上げるにゃあげたがどいつもこいつも全面否認。 悪ガキ共は逃げた頭に言われてやっただけらとよくそったれ」 言うだけ言って、デカ長はコップのビールを空ける。 「結論を急ぐのはまずい。 実際、あの榎本梓事件の捕り逃がしに関しては、資料を読む限り本当に偶然の節もある」 美定警部補が一度宥め役に回った。 「らろも、“逃げ三矢”の捕り逃がしは偶然じゃない。偶然であんな回数はあり得ない。 いくら“名探偵”が警察に顔が利いたとしても、それだけじゃ説明がつかない事もある」 「東京だけじゃないですからね。既に逮捕された“名探偵”への直接の情報漏洩らとすると、 いい加減何か聞こえて来てもいい筈ら」 広高デカ長の言葉に安元刑事が言う。 「“名探偵”だけじゃ無理ら。そこいらのサツ官でもな。 そんな芸当が出来る、それだけの人脈を持っていて、 ここまで交わしていられる。そんな切れ者…」 広高デカ長が言いかけた時、安元刑事が右手を軽く挙げた。 「おお、来たか」 美定警部補の言葉に、席に近づいて来た未だ二十代かと言う女性が小さく頭を下げた。 彼女は、やはり捜査一課で性犯罪担当の江船巡査部長。 県警刑事部門の女性警察官ではホープと見られ、「逃げ三矢」事件でも一線で捜査に励んでいた。 「北ノ沢は?」 「ああ、“名探偵”は確かに現地入りしていた。 らが、あの村での事件にはほとんど関わっていない。マル被としても名探偵としても、 そういう話をしていた所ら」 席に就いてビールを頼む江船刑事に、美定警部補が言う。 「…江戸川コナン…」 「何?」 江船刑事の言葉に、デカ長が反応する。 「江戸川コナンはどうれしたか?」 「いましたよ」 江船刑事の質問に、安元刑事が応じた。 「あのスキー場の、江戸川コナンれす。はなんとか救助されましたが、それ以外にも生傷だらけでひどい有様れした。 大方の資料はハム(公安警察)に押さえられてますが、地元の看護師から話を聞く事も出来ました」 「マル被とやり合ったって言ったか」 美定警部補の問いに、村に赴いた二人の刑事が頷いた。 「その、看護師の息子って言うのが例の、奇跡の少年れしてね。 直接話を聞きましたが、マル被確保のかなり近い所まで同行していました」 そのまま、安元刑事が当時の状況について聞き込んだおおよその所を説明した。 「大活躍らな」 美定警部補がふっと笑みを浮かべて言った。 「ええ。他にもいくつか聞いた話もあるんれすが、 マル被の確保に尽力したって事と、その後、最初に要救助者になったのも彼だった。そこは確かれす」 「やり手れすよ」 安元刑事の説明に江船刑事が口を挟む。 「帝丹小学校で少年探偵団を名乗ってえるグループ。そのエース級と聞きました」 「ああ、奇跡の少年から聞いた所でもそれで合ってる」 江船刑事の発言に広高デカ長が応じた。 「江戸川コナンともう一人の女の子…」 「灰原哀」 「変わった名前らな。確かハーフって事だろも。 江戸川コナンとその娘の二人が丸で兄貴分、姉貴分で、 頭が切れて推理も披露するってな。それも大体的を射てるって事ら」 江船刑事にするりと助けられて広高デカ長が言った。 「東京、神奈川、群馬、他にも、少年探偵団は幾つもの事件、 それも殺人事件を事実上解決に導えています。 江戸川コナンが怪盗キッドの好敵手と言うのも、これはマスコミの虚像ではありません。事実れす。 それにあの“名探偵”。あの男のこれ迄の実績を追跡すると、 必ずと言っていい程江戸川コナンとセット、江戸川コナンが絶妙なフォローをしてえるケースも少なくない」 広高デカ長が、手帖をめくる江船刑事にヒッヒと笑みを向ける。 「北ノ沢の事件。その前に発生した東京の大規模テロ事件。 あの時、警視庁側が会見でコナン少年の名前を連呼してえました。 あの後新潟に飛び火して、 当時のニュース映像は何度も見ましたから名前はなんとなく引っ掛かっていました。 その後、“名探偵”のヤサであの少年に会って、あの目を見ました」 「班長も言ってたよ。ありゃあ“探偵の目”だってな。 ガサ入れを掛ける俺達をじっと観察する冷徹な目」 「そして、ナイトの目」 美定警部補の言葉に江船刑事が付け加えた。 「あれは、お姫様を守り抜く。そう決意した男の目でした」 大真面目に言う江船刑事の言葉に、安元刑事は乾いた笑みを漏らす。 ガサ入れを監視し、コナンを監視する江船に静かな心理戦を仕掛け続けていたあの目、 忘れられるものではない。 「坊やはいいさ、あんな悪さは出来ねぇからな。 問題なのはもう一人、メッキの剥がれた名探偵の方ら。 北ノ沢村でもう少し何か分かるかと思ったんだがなぁ。 とにかく、あれだけのヤマでここまで共犯も組織も影一つ出て来やしねぇ。 マトリが鈴木に着手したがそっちも肝心の所で手詰まり」 「塚本数美は?」 バリッと頭を掻いた広高デカ長に江船が尋ねた。 「身柄は東京の組対5課。 あの娘の吸ってたフリーベースと“名探偵”の事務所のそれが微物検査れ一致、 事務所からは彼女の指紋唾液つきの吸引危惧も押収、 “逃げ三矢”の犯行車両からは指紋まで出て来てる。 最近の情報では、帝丹高校で二人の情交写真まで押収されたと」 「らろも、連日探偵稼業の調査活動と称してせっせとダミーの報告書捏造してた探偵野郎と違ってら、 朝昼夜上級生同級生下級生問わず日々ハメ狂いながら 毎日真面目に学校と部活動に通っていた彼女には“逃げ三矢”のサポートすら無理ら。 東京の組対5課の捜査れも“逃げ三矢”との繋がりを示すメモや携帯の類は出て来ちゃいない。 実際、事情聴取もしてみたが完全にイカレて話にならない。 あそこまで逃げ切った“逃げ三矢”が連れて歩ける状態じゃない。 環状線の件は悲惨だったが、 その後は言ってみりゃあどこから聞いても只のヤク中のヤリマ○女子○校生それ以上でもそれ以下でもない。 そんな見た目ちょっとイケてるてめぇの娘の先輩女子○生を薬で飼ってた、その程度としか思えんな」 淡々と説明する江船に広高デカ長があけすけに言い、江船も淡々とそれを聞いている。 「逃げ三矢」毛利小五郎が逮捕される前、その娘である毛利蘭の空手部の先輩に当たる塚本数美。 彼女が街中で素っ裸で大暴れして警視庁の所轄と組織犯罪対策部組織犯罪対策5課に逮捕され、 その後コカインの一種であるフリーベースの吸引や 学校内外での手当たり次第に等しい乱交セックスが明るみに出て大騒ぎになっていた。 その塚本数美と後に逮捕された毛利小五郎の接点は新潟県警としても気になる所であったが、 接点はあっても本人の精神状態と「逃げ三矢」事件との接点の乏しさから後回しが現状だった。 「静岡の方はなじら?」 「静岡の第二事件と“名探偵”。確かに接点がありました」 美定警部補の問いに、江船刑事が落ち着いて応じた。 「静岡の第二事件か。また荒っぽい真似しやがったからなぁ」 広高デカ長が吐き捨てる様に言う。 「海水浴に来ていた大学生のカップルと、その男子大学生の妹でもある女子大学生。 その三人まとめてかっさらってだ。荒っぽいなんて生易しい話じゃない。どんな玄人なら出来るもんかね」 美定警部補の言葉に、改めてテーブル席は沈黙に包まれた。 ---- [[次話へ進む>あいつが来る/本編/第40話]] [[戻る>◆uSuCWXdK22さん-2]] [[小説保管庫へ戻る>小説保管庫]]

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