その白い少女とは数日前から相部屋だった。
なんでも植物状態から1年かけて復帰してきたらしい。
1月の11日、なんとも切りのいい日に目が覚めたものだ。
男と同室だった前の人も、その前の人も長い苦痛の末、今は安らかに眠っている。
白く、だだっ広い2人部屋
病院の中では、死を待つ部屋と噂されていた。

女「1年か・・・・・2007年・・・・」

初めて少女がこの部屋に来た夜、静かな部屋の中でそう呟いたのを忘れない。


新ジャンル「病ツン」


その少女は数日前にこの部屋にやってきた。
この少女を見るのは初めてだったけど、少女の噂は聞いていた。
‘この病院には眠り姫がいる’
黒く、細やかに伸びた髪が綺麗だったのが初めの印象で、
全身の筋肉が衰えてるのだろう、ほっそりとして、何も話さない
この部屋に移ってきた時、俺が横でボーっとしていたら、少女の小さな瞳だけがこっちに向いていた。


男と女、初めての会話
女「ねぇ、貴方?」
男「ん?どうした?」
女「ジュース買ってきて」
男「めんどい、ってかあんたのほうが動けるだろ」
女「知らないわよ!女の頼みなのよ!?」
男「しらねーよ。」
女「もぅ、いいわ。自分で買ってくる!」
男「・・・・ゴメンな、」
男にはちょっとしたトラウマがあった。
前の人も、その前の人にも男は優しかった。
早く退院できる日を夢見る彼らは、そうして、結局は苦しみ、死んでいった。

そう、ここは死を待つ部屋
ここに入った時点で、退院の見込みはほとんど無く。
1年近くここにとどまる男もまた、死を待つ身だった。


ガララッ
女「ただいま」
男「おかえり」
女「こんな紙幣知らない・・・・私、本当に1年眠っていたのね・・・・」
男「そうだな、1年も眠っていて、夢とか見てたのか?」
女「・・・・・・どうだったかしら、夢ってすぐに忘れるものだから。」
男「あぁ、確かに。」
女「ほら、これ、貴方に」
男「・・・・・・・ありがと」
女「貴方も早く退院できればいいわね」
男「・・・・・・・・あぁ」

その女には不器用な優しさがある

男「あ、そうだ」
女「なに?」
男「さっき、買い物いけなくてスマン。」
女「い、いいわよ!別に、謝らなくて。それよりさっさと飲みなさい!」
男「お、おぅ」
手にあるのはトマトジュース
この数日で、女は男が大のトマト嫌いであることを知っている。


2月7日
男「なぁ、女、、、」
女「グスッ、な、なによ!!」
男「・・・・・・・なんか買って来ようか?」
さっきまで、女の元同級生の友達が来ていた。
女子高生だった。

少女は、まだ中学三年生
さらには、ちょっとした書類を書いているときに、日付を2006年と書いてしまった。
今日は、2007年、2月7日

女「い、いらないわ!!!ヒグッ、放っておいてよ!!!」
男「・・・・・・そっか」
女「構わないで」
男「ん・・・・・」

1時間後
男「ただいま」
女「・・・・・・・」
少女は布団を被ったまま動かない、
精神的な眠り病も持っているらしい少女は、1日の半分以上を眠っている。
まるで、この現実から目をそらすかのように。
コトッ
男は土産を置いて、ベッドに戻った。
雪が降っている。
売店はバレンタインデーの直前でチョコレートが大量に売られていた。


2月8日
男「おはよ・・・・」
女「・・・・・貴方、私がチョコレート嫌いなの知ってて置いたでしょ」
男「ん?おぉ」
女「チョコレートなんていらない!どっかに捨てて!!!」
男「お前が捨てろよ。あげたんだから女のもんだろ」
女「ッ・・・・・知らないわ。」
男「ま、元気になってんならそのチョコレートも役に立ったってことだな」
女「何がよ!こんなもの無くても私はずっと元気よ!!!!」
男「じゃぁ、捨てといてくれー」
女「もらい物を捨てれるわけ無いじゃない!!!!」
男「女に混じって買ってきたチョコレートだしな、恥ずかしかったんだぞww」
女「ーーーッ!!!知らない!!!」
ガラッと戸を開けて女は部屋から出て行った。

男は、そんな捻くれた少女が好きだった。
あの、初めて話した日も、男は手に吐いた血をどう処理しようかと悩んでいたとこだった。

女は、弱々しいながらも、明るい男を好きになった。
あまり上手に優しくできないのを知っていて、けんか腰になったりしてしまったときも、それを皮肉で返してくれるのだ。

1年タイムスリップした少女は、はっきりといって身内に会いたくはなかった。
1年間、自分が眠っていたことに気づかされるから。
みんなが、私を置いていってしまうから。

でも男は違う。
1年の眠りとは関係なく出会い、関係なく接してくれる。

女は廊下に立ち止まってもたれかかる。
聞きなれた先生の声がした。
医1「男君の容態は?」
医2「今は落ち着いています。彼も、よく続きますね。」
医1「そうですね、新薬の許可待ち、本当に頑張ってますわね」
医2「明日に止まってもおかしくない身体です、普通に活動できるためそんなイメージは
出来ませんが・・・」

聞きたくないことが聞こえる。
毎日30錠ちかくの薬をジャラジャラと流し込む少年の姿が浮かんだ。


2月9日

女「・・・・・・おはよ」
女が起きると、男はベッドにいない
寝巻きのまま、外に出ると、小さな病院の庭で、男の姿を見かけた。
白い雪降る白い病棟に、白い男が立っている
女「男君?」
男「あ、女、おはよー」
女「こんなとこにいたら風邪引くわよ!?」
男「もともと壊れてる身体だからいまさらだよ」
女「そんなこと言って・・・・」
男「心配してくれてありがとうね」
女「べ、べつに心配してないわよっ!!!」
男「あははー、僕の身体のこと知ってるんでしょ?」
女「・・・・・・・・・・」
男「大丈夫、女と同室の間は死なない。俺がそう決めたから。」
女「え?」
男「あはは、戯言戯言w ちょっと冷えて来たかなぁ♪(チラッ」
女「・・・・・・・し、知らないわよ!」
男「寒いなぁ♪」
女「――――っ!!!////」
繋がれる手と手
男「あったかい・・・」
女「別に、男君が寒そうだからやってるわけじゃないんだからね!!!」
男「知ってるw」
女「わ、私が寒いから男君の体温奪ってるだけなんだからっ!!!」
男「はいはいw」
ギューー
女「!!////」
不意に男に抱きしめられ、女は腕の中で固まった
その緊張も一瞬で、すぐに穏やかな気持ちに変わっていく。
男「んー、女って温かいね」
女「わ、私の体温奪わないでよ!!」
男「じゃぁ、離そうか?」
女「ダメ」
男「了解♪」

二人は少しの間だけそうして、部屋に戻って1本の暖かい缶のポタージュを飲んだ。
それを、あの日のチョコレートが女の机の上で静かに見守っていた。

次の日 2月10日
女「・・・・・・男君?」
男は集中治療室に運ばれる。



女「・・・・・・・・」
女は目を覚ました。
暗闇の中隣のベッドには男の気配はない。
女「・・・・・・・・」
再び女は目を瞑る
また一つ、この現実から目をそらす要因が出来た。

きっと、彼はこの部屋に帰ってこないだろう。

それだけポツリと頭に浮かべて、涙を流しながら眠りに落ちてゆく。


女「・・・・・・・・・・」
また目を覚ます。
病室は紅く、夕焼け空だった。
女「・・・・・・・・・・同室の間は死なないか。あたりまえじゃない、バカ」
女は再び目を瞑る。

あの部屋は、死に憑かれた男と、眠り姫が同居していた。
男は今、ICUでいろいろなものにつながれている。


女「・・・・・・・・・・・」
もう何度目か、女は目を覚ました。
身体が軽い。今日は何日だろうか。

時計を見た。
2月14日 セント・バレンタインデー。
男と女が愛を誓う日。

医1「あぁ、やっと目を覚ましたね。」
女「・・・・・男君は、どこ?」
医1「彼は、ICUにいるよ。」

医者は、隠し事をしなかった。

今日が、おおよそ、彼の最後の日であること。
3日間、女が眠っていたほぼ同じ分、男も眠っているということ。

女「私、彼と夢で会っていた気がするの。」

その言葉を聞いて、医者は言う
「それは夢でしかないよ。だから、男君のためにも、ちゃんと今を見てあげて。」

女の心に、少しだけ灯がともった。
夢の彼は夢でしかない。
それは、本物の彼から目を背けているということだ。
男を好きになったなら、女は、どんな辛くても前を、今を見なくてはいけない。

そこにどんなつらい現実があったとしても。

女「先生、私を男君のところに連れて行って。」

上手く動けない身体のため、車椅子で移動する。
ICUの中は、普通は入れないのだが、なぜか、消毒と着替えだけですんなりと入れてもらえた。

女「男君」
男「・・・・・・・・・・・・・・・よぉ」
女「約束、ちゃんと守って。」
男「・・・・・・・・・・・・・・・・約束?」
女「貴方!忘れたとは言わせないわよ!!!私と同室の間は死なないって!!!!
  私は今ここにいる!場所はICU!2007年、2月14日!!!」
男「・・・・・・ちゃんと2007年って言えたなw」
女「そんなことどうでもいいの!ちゃんと約束守って!男でしょ!!!」
男「・・・・・・・そうだなぁ、ごめん、無理っぽい」
女「なんでよ、ちゃんと生きてよ。なんで死んじゃうの・・・」
男「・・・・・・俺はもう十分生きたよ」
女「私のそばにいてよ。私と一緒に生きてよ。好きなの、一緒に居てよ・・・」
男「・・・・・ごめんな」
女「・・・・・・・・・・・・バカ・・・・バカ、バカ、死なないで、死なないでよ」
男「・・・・・・・・・・・・女・・・・」
女「な、なによ・・・」
男「今日、2月14日だよな・・・・」
女「そ、そうよ?」
男「・・・・・・・・なんかくれ。」
その、弱々しいながらも、穏やかな言葉を聞いて、女の緊張は完全に溶けてしまった。
女の目から、涙が伝い、零れ落ちる。
女も、男も、出会ったときから分かっていた。
こういう別れになることを。
その人を好きになれば、近い未来につらい現実があることを。
それでも、それでも女は好きになる
女「・・・・・・・・・ほっ、ほらっ、ありがたく受け取りなさい」
女はいつも通りであろうとした。
不器用な自分であろうとした。
男がいつもどおりである限り、女もいつもどおりであるべきなのだ。
そうやって、頭の中でなんどもなんども繰り返し、気丈に振舞おうときつく唇を噛んだ。
こんなときに不器用になれない不器用な自分を、ただひたすらに女は悔やんだ。

そこには、ビニール袋に入れられた、あの日のチョコレート

男「手抜きだなぁ、もうちょっと愛情を込めてくれよw」
女「わ、私はチョコレートが嫌いなの!あげるだけでも感謝しないさい!」

細く、白い腕が伸び、弱々しくそれを受け取った。
触れる指先、少しだけその感触を味わって、
男のほうから離れていった。

男「俺、チョコレートもらったの初めてかもしれん・・・・・ありがとう」


それだけ言って。
男は静かに目を閉じた。













2ヶ月が過ぎ、サクラの季節がやってくる。
女「行ってきまーす!」
そうやって、女は家を後にする。
中学生の制服を着て、それでも、元気良く女は歩く。

女の通学路にはあの病院があった。
院内のサクラは満開。
風に吹かれ、サクラの花は揺れていた。

女「私は、あなたのことを忘れません。
  私が、私であり、今ここに立っている。
  それが、貴方を愛した証拠だから。」


死を待つ病室には、もう患者は居ない。
瞳が湿っぽくなるのを感じて、女はそのまま駆け出した。


END


By温泉 ◆SPA/n44aNU
最終更新:2006年11月04日 02:28